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HaTeNa? Active Spiceを高橋いさみ君より譲り受けた話。

ある日、鈴木実貴子ズの高橋君と話しててどんな流れだったか「ベーシスト時代の機材がそのまま埃を被ってる」というような話になった。

今でこそ鈴木実貴子ズのドラマーとして活躍(インターネット上ではマネージャーだのスタッフだのと愛情も含めて、いやきっと込められている、愛情込められた上で揶揄されているけれど彼のドラム演奏は僕はとてもアンサンブルしやすい、素晴らしいドラマーだという印象が第一にある)している高橋君だが、僕が彼と出会った頃というのはまだお互い今とは違うバンドをそれぞれやっていて、高橋君は髪型も服装も雰囲気も違った記憶があるし僕は高橋君の話だと髪型が坊主で「僕はお金はエフェクターと風俗にしか使いませんからねェ!」だなんて言いながら笑っていたらしい。最低な第一印象だな。実際「あ、この人いけない人だ」と高橋君は僕を警戒したらしいのでやっぱり当時の僕はちょっとよくわからない奴だったのかもしれない。

話が逸れた。で、それぞれ違うバンドをやっていたのだけれど高橋君はベーシストで、ジャズベースを弾いていた。そのジャズベースは高橋君が働く吹上 鑪ら場の機材置き場に開店してしばらくの間置いてあったのだけれど、ある日金森君(白線の内側)によって引き取られていった。
しかし、エフェクターは残っていた。しかもなんと埃を被って!

「え!勿体無い!買い取らせてよ!」と何があるかを聞く前からつい口をついて出た。蒐集家とはそういうものである。
「いやいや、あげますよ。あれとかありましたよ、なんだっけ、Active Spiceでしたっけ」
「おお、本当に。あれ結構良い奴じゃん。ちゃんと買うよ!」
「えー。いいですよあげますよ」とこれは確か横で鈴木さんが発した言葉。
結局押し問答の末、記憶が定かだが確か僕の妻が鈴木さんにシフォンケーキを差し入れる、というもうほぼ僕がエフェクターを貰っちゃうよ、という話と同然の契約によってActive Spiceは僕のものになる事になった。

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というわけでHaTeNa?のActive Spiceである。
Active Spiceいうとなんだか巧い人が足元に据えているイメージがないだろうか。僕はある。
なんかこう、上品な演奏を志向する演奏家の足下でその出音をさり気なくアップグレードします、みたいなイメージが勝手にあったのだけど、いやはや、それが実際その通りかどうかは別としてこれ、どういう原理かよくわからないし具体的にどこがどう良いかみたいなのが語れないけれども凄く雰囲気が良い。
雰囲気が良いっていうと漠然とし過ぎだろうけれど、なんだろうなぁ、明確にこの周波数が!とかこのアタックが!とかこの圧縮具合が!ではなくて繋いで弾きながらセッティングして、あらいいじゃない、良い音じゃないみたいなそういうペダル。

インターネットで色々な人のレビューを読んでみたのだけれど各コントロールについて書いている事が人によって微妙に違う。
Volume兎も角としてSensitivity、Gain、Color、この3つが非常に曖昧というかそれぞれ何かが明確に可変してはいるのだけど微妙に相互作用している感じもするし捉え所がない。良い音になるんだけど。
主観としてはSensitivityは右回りに回していくとグッと存在感が出るというか音が太くなるというか音が前に出てくるというかそんな感じ。Gainはそのままゲインっぽいんだけどなんかそのものずばりだけでもないような気がする。Colorはトーンだと思われる、右回りに上げていくと高域が出てくる。しかも結構バキバキに出来たりする。あまり上げ過ぎない方が旨味がある音が出る気がしますねこれね。
セッティング次第では前に出てくるけどイナたい温かい音も出るし、少し古くなった弦でも張ったばかりの頃のギラついた感じをまとわせたり、使い道は人それぞれ、幅も広いのではないかと思われる。
コンプレッサーとEQの複合機、プリアンプ的でもあるし掴み所がないけれど料理で言う出汁、或いは化学調味料的なそんなペダル。

僕は入力の最初の方に繋いで音をまとめたり少し丸い、というか温かい音を作る時に使おうと思っている。
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こんな人生初、は嫌だ。

5日(土)は仕事関係の面接があったので早起きして名古屋駅へ。自他から最寄りの市営地下鉄駅まで到着した際に鞄の中に財布が入っていない事に気が付き、時間的にも然程余裕がなかったので大いに汗をかきながら急いで向かった。
到着した時に感じた安堵感によって面接の緊張が和らいだのは良かったと思う。試験管の方も大変優しい雰囲気でお話を丁寧に聞いて下さった。
午前中一杯かかるかな、と思っていたのだが10時過ぎには体が空いたので一時帰宅、この日は妻は仕事の為不在、僕が空いていれば娘と二人で過ごすはずであったが面接のため娘も妻の実家にて預かって貰っていた。
まずは何はともあれ風呂に入って汗を流した。

東京在住の友人 高野君(SuiseiNoboAzゲスバンド等で活躍)が名古屋にライブで来ているというので先頃目出たく復活したエフェフリにて落ち合おうか、という事に。
なんだかんだ仕事を終えた妻も合流して3人で昼食をとる事にした。あ、高野君はエフェフリでEQDのRainbow Machineを購入していた。愛好家の中では大人気の機種だが、僕の周りではまだまだ愛用者が少ないので情報交換が出来ず寂しい思いをしていた。これで楽しみが一つ増えた。

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それなりに名古屋らしいものの方が高野君も喜ぶだろう、とスガキヤラーメンへ。
「ここで一番美味いのは多分このクリームぜんざいじゃないの」と高野君が割りかし大きめの声でdisと称賛を口にしたので慌てて打ち消した。
楽しい時間だった。

そしてこの夜、原付との接触事故を起こした。人生で初めての事故だ。幸いにも先方には怪我はなく、車に乗っていた娘もスヤスヤ眠っていた。
原付きの運転手さん、大変良い人だったのだが何と偶然にも父の高校の同級生だそうだ。実家近くでの事故だったので心配した父が現場に立ち寄ったのだが、原付の運転手さんと親しげに話し始めた時は何がどうした、と思った。
こんな偶然もあるもんなんだな。それにしても事故は気持ちが落ち込む。

アデノウイルスと娘の誕生日。

幾分かブログの更新に間隔が空いてしまったが、実は5日間程寝込んでいた。
順を追って記していこう。

9月27日(金)、朝起きると目がやたら痒い。眠っている間に目元を掻いているのか、寝起きであるそれ以上に目蓋も腫れぼったい。こりゃあいかんと市販の爽快感がある目薬をポケットに入れて出勤、職場で目薬をさして痒みもおさまったので特に気にせず仕事をしていた。
翌日、友人達と弥富の方までカレーを食べに行く予定があったので早起きしたのだがどうにも体調が良くない。というか、最悪だ。関節は痛いし体も倦怠感で重たくてしょうがない。気持ちが萎えそうな体調だ。おまけに目も痒い。これはどうしたものか、と昼から予約していた歯医者を急遽キャンセルし、土曜のお昼以降でも営業している眼科をインターネットで検索、予約した。

受付で目の痒みと微熱がある事を告げると「待合室ではなくこのままこちらでお待ち下さい」と受付横の席にて待つよう言われた。「雑誌等触るとそこから人にうつる可能性もありますので」とどうやら人に感染する病気である可能性も示唆しれた。その席で検査を受けた結果、アデノウイルス と診断された。どうやら感染力の高い病気のようで、プール熱の名で知られるらしい。「小学生だと2週間は出校停止ですね」と言われ事の重大さを理解した。
残念ながらアデノウイルスには対向薬がないらしく、体内で抗体が出来上がるのを待つ他ないらしい。目の充血を抑える点眼薬を貰い、眼科を後にする。上司に電話するとアデノウイルスという名自体初耳だそうで色々調べてみる、との事。なんだか大変な事になってしまった。

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翌日は娘の誕生日だ。妻の実家の家族が娘の為に蟹料理と一升餅(一歳の子が背負って歩く風習があるそうな)の予約までしてくれていたのにアデノウイルスのお陰で僕は隔離されねばならない。妻と娘は実家へ帰った。帰る前に僕が一人で寝込むには十分な用意をしてくれたのと、妻が娘の誕生日を前倒しで祝う席を設けてくれたのが有難かった。体調不良で手伝うどころではなかったのが悔いが残る。

結局、熱は下がったり上がったりを繰り返し目の充血が治るまで仕事に出勤出来なかった。体調自体は回復の兆しはあったものの、接客業なので真っ赤に充血した目では差し障る、という上司の寛大な判断が有難かった。

妻と娘も僕が寝込む家に直ぐに帰ってきてくれたけれども、日中は眠るか横になってボーッとするか、寝過ぎで背中が痛くなると起き上がって映画を観たりしていた。世間と社会との繋がりを絶たれた5日間、仕事に復帰出来るとなった時は嬉しかった。どうやら暇潰しの才能はないらしい。家に寝ていても直ぐにする事がなくなってしまったもの!

娘よ、申し訳ない。
父は君の一歳の誕生日に寝込んでいたのだ。
多分だけど、君が保育園で貰ってしまったアデノウイルスに君経由で感染したのだ。これも思い出、だ。二歳の誕生日は一歳の分も盛大にやろうじゃあないか!

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白線の内側レコ発ツアー四日市編。

9月22日(日)は四日市ドレミファといろはにて白線の内側のライブ。
発売から幾分か時間が過ぎてしまったがレコ発ツアーの一環である。
「発売してから一年くらいはレコ発ツアーと銘打っても許される」という先輩のかつての助言を愚直に信じ、遅々たる歩みではあるが白線の内側というバンドは行進を続ける。決して一定のペースでもなければ直進するわけでもないが、大の大人が4人集まっていればそういうもんだろう。ゆっくりだろうが三歩進んで二歩下がろうが動き続けていれば良い。
停滞こそが最も性に合わないのは公私ともに実感している。

結果的にこの日は共演のハルラモネルニシヤマユウタ(それぞれ敬称略)と共にトリプルレコ発となった。ゲストにchori君。
この日は台風の影響が出ており天候も落ち着かない。今まで愚直にレンタカーで向かっていたところを「ひょっとしたら電車の方が時間もお金も節約になるのでは」とこの日は近鉄で到着した四日市駅前は突然雨が降ったり曇ったり、いずれにしても物凄い湿気と生ぬるい空気が漂っていたのであった。
「駅で雨が降って困っていたら『傘に入る?』と声をかけてくれたおばさんがちょうどこのビルまで来るところだった。奇跡だ」とやってきたchori君が言う。前日SNSで「滑舌が時折悪くなる。脳梗塞の初期症状かしらん」と冗談で書いていてちょっと心配していたがいつも通りで安心した。
ドレミファといろはで過ごすリハーサル後、開場前の時間程我々が静かな時もないのではないだろうか。メンバーそれぞれ作業したり、大多数は膨大な漫画の中から好き勝手に読んで過ごしたりした。僕はお気に入りの『塀の中』を何度目かわからないがパラパラ読んだ。店主のゴウさんに「舟橋君はそれ、好きやなあ」と笑われた。飲食が関わる漫画が無条件で好きだ。

さて、開演。
一組目のchori君がライブ終盤に具合が悪くなったのか出番直後に病院へと連れて行かれたり等、出演陣一同(ひょっとしたら気付かれたお客さんもいらしたかもしれないが)、ドキドキした瞬間もあったが演奏後に摂取した日本酒が結構良い感じに効いて楽しく音楽を聞き、普段は仏頂面で交わす会話も楽しく出来たと感じている。ちなみにchori君、脳梗塞は専門医によって否定されたようだ。ひとまず安心、だろうか。

この日の白線の内側の演奏は充足感のあるもの。
一曲目から樫山君が具合良くて「ああ、楽しそうだな」と思うと同時に自然と「では自分はもう少し落ち着いて演奏しよう」と興奮しがちなのをグッと抑えるよう努めた。抑え切れたかはわからない。結局は上ずった演奏になったんじゃあるまいか。
白線の内側は練習時には時折絶望する程に全員が噛み合わなかったりするのだけれども、ライブとなると全員がバチッと集中するのか良い感じになるもんだから複雑な気持ちになる。
まあ、練習も本番も絶望的に下手、の何十倍も良いと思っている。
出番が二番目で、ゴウさんが「良い日本酒がある」と教えてくれたし妻からも解禁のお許しが出たので久しぶりに飲酒してみる。最近胃の中にアルコールを入れていなかったからかすぐに効いてくる。
飲酒した方が良い感じにインプットの幅が広がるというか普段より豊かなものの受け取り方が出来ている気がする。きっと気のせいなのだろうけれども確実なのは気兼ねなく初対面の人にも話しかけたり出来る等、厚かましくなれてしまうというところだ。
この日もこの日で一人で静かに酔っ払ってりゃいいのについ楽しくなっちゃって演奏後のニシヤマさんに声をかけたり、した。
二番目というのは、良いものだ。

演奏前にはっきりと自覚した事を憶えているのが自分の日常の中で演奏前程、気弱になっている時はないなという事。精神的にも参る、とまではいかないにしても浮き沈みが随分と激しいしネガティヴな思考に陥りがちだ。いざ演奏が始まってしまえばそんなの全く視野の外になるのだけれど。その浮き沈みとその後の超然とした具合のギャップが、僕の人生を豊かにしていると確信している。
終演後、表に出てみるとムワッとした空気と湿気に包まれた。気持ちは悪いが気分は悪くない。こういう夜は印象深い気候の方が良い。あの夜はこうだった、と後々思い出すきっかけになる。

Digitech PDS 20/20と戯れる。

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季節の変わり目には決まったように風邪をひく。
温度調節が苦手な僕は夏場は冷房を、冬には暖房を妻が眉をひそめる程の風速でつけるのだがその行為だけが季節の、気温の移り変わりに取り残されて場違いな室温だけが取り残される。近頃は朝と夜は涼しくなってきた。にも関わらず冷房をつけてしまうもんだから(最早、惰性)そりゃあ風邪もひこうというものだ。
風邪をひく事によって季節の移り変わりを感じるとは随分ではあるが実際そうであるからしてしょうがない。幸い、仕事が平日休みの日に体調不良のピークがきたので自宅にて仕事に向かう妻と保育園に行く娘を送り出した後、栄養を摂ってベッドで寝倒した。
昼過ぎに起床し、昼食をとって以前風邪をひいた時にかかりつけ医より処方された薬を飲む。
眠気がくるまでの間、しばし自室に篭って機材弄りをする事にした。

僕の機材棚には頻繁に手に取るもの、滅多に手に取らないもの、最早肥やしになっているもの等色々あるが最近は集中して色々触るようにしている。「これは使わないナァ」と思ったものを時間をあけて弄り倒した結果、思わぬ使い道を発見する事が少なくなかったからだ。
そんな中で最近は触れていなかったのがDigitech PDS 20/20である。
好き好んでインターネットでエフェクターについての情報を蒐集していると海外のフォーラムやコレクターの記事に至る事があるが、これはそういうところに入り浸っては情報を交換しあっている人達、つまりは「そういう筋の人」=ちょっとぶっ飛んだペダルを愛好するpedalgeek達の間で愛されているブツである。特にベースギターに特化した機能や適性があるわけではないのだが、変なものを好む人が多いのかベーシストでの愛用者も少なくないようだ。

簡単に言えばモジュレーションディレイである。
大まかなディレイタイムからECHO、CHORUS/DOUBLE、FLANGEと3つのモードに分けられている。勿論それぞれのモードから更に細かくディレイタイムは設定出来るし、フィードバック量もミックス具合やモジュレーションの深さ、速さもコントロール出来る。
ECHOモードはモジュレーションをかけなければ真面目なディレイとして使う事も出来るしCHORUSモードもFLANGEモードもそれぞれベースで使うには不足のない音の太さである。
では本機のどこがぶっ飛んでいるのかというとそれがエフェクトのオン/オフスイッチと別にもう一つ据え付けられた「INFINITE REPEAT」スイッチ。
聞き慣れないコントロールであるが名前の通り、踏んだ瞬間無限に繰り返す。いや、本当に無限に繰り返す。所謂ホールドモードですねこれね。
ECHOモードでは踏んだ瞬間のディレイ音をそのまま永遠に繰り返してくれるしCHORUS、FLANGEモードではモジュレーションシグナルだけを繰り返してくれる。しかも繰り返しているエフェクトシグナルのモジュレーションの速さを可変する事が出来る。ECHOモードではモジュレーションはディレイ音のピッチシフトを伴うもんだから繰り返し続けているエフェクトシグナルの音を弄ると当然ピッチもグワングワン変わる。これが面白い。モジュレーションの速度を一番ゆっくりにするとなだらかにピッチが変わっていくモジュレーションディレイとして使えるし最速にすると返ってくるディレイ音の一つ一つがダブついた音になってこれまた他にない感覚。ホールドしてペダルのツマミを触って楽しむ事も出来るし、ホールドをオフしてフレーズを弾く→ホールドオン→ツマミを触る→ホールドオフ→フレーズを弾く→ホールドオンを繰り返していくとわけがわからない音の重なり方とピッチの変化の仕方がして大変面白い。また、フレーズの最後に両スイッチを同時踏みすると突然変なディレイが永遠に鳴り響くのでオツだ。
これの後に更にルーパーとか繋いで遊ぶのもまた楽しかろう。

こういうペダルをクレバーに扱えるプレイヤーになりたいものだ。

最近の私

近況報告を箇条書きにて失礼。

・『娘が歩いた』
我が娘が遂に歩み始めた。
最初は一歩を踏み出すのも大変そうだったが、歩き始めた瞬間を目撃した妻曰く「トトトッと」歩いたそうだ。というわけで早速ファーストシューズを。
娘も今月で1歳になる。あっという間の一年だった。成長が早いなあ。

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・『親不知を抜いた』
左奥歯の歯が虫歯になっている事はずっと気付いていたのだが、先日はを触っていたらボロッ...と歯が欠けて少し痛んだ事をきっかけに本格的な治療を決意した。
職場にて薦められた歯医者に行ったところ「あ、これ親不知だね。しかも噛み合わせたところで上の歯と噛み合わさるものがないから役に立ってないよ」と先生(説明が丁寧な推定70代の紳士である)から教えられ、即座に「抜いて下さい」とお願いし、一週間後に抜歯。
根の形によっては簡単には抜けないよ、と聞いていたし何ならその昔、歯茎を切開し歯を叩き割って親不知を抜いた記憶があるので戦々恐々としていたのだが麻酔を含め一瞬たりとて痛みを感じなかったので先生は本当に名医なのだと思う。抜いた歯は記念に貰ってきた。写真をアップする事は差し控えようと思う。決して気持ちの良いものではないから。


・『買い物に行った』
僕の運転でイオンモール大高店へ、妻と娘と母と。
トイザらスでジェフリージュニアがいたので娘と記念撮影をした。

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ボーッと生きてんじゃねえよ!

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ここ最近は毎週末のように演奏活動があり、あとはその準備であるとかバタバタと動き回っていたのだけど同時に家族(主に妻)には負担をかけてしまっていた。

日々、演奏活動と家庭生活の両立について試行錯誤はするし時にはそれで割と煩悶する事もあるのだけれど、やっぱりどうしても演奏活動に比重がいってしまう、というかいざ演奏となるとそこでどうしても必要とされる時間が確定するので家族としての活動みたいなのは後手後手に回ってしまうのが実情である。常に話し合いをして夫婦内で最低限のバランスこそ維持しているものの、共に生活しているのが妻だからこそ実現出来るのであってこれって本当に有難い事であるよなあと思うのである。

さて、この週末は珍しく演奏の予定や練習もなかったので歯医者に行ったり実家に行ったり、家族での活動をしっかりと楽しんだ。
松坂屋で妻と時折視聴して楽しんでいる『チコちゃんに叱られる!』の展示がやっていると実家の両親から知らされたので両親、妻と娘の5人で出掛けてきた。皆で地下鉄でドヤドヤと移動するのは楽しいものだ。娘は人見知りしないのか、公共の場ではよそ様に遠慮容赦なく接触していく。可愛い赤ちゃんだからこそ相手様もニコニコと許してくれ、相手をして下さるけれどもその積極性たるやほんと、凄まじいものがある。
それにしても松坂屋って、普段あんまり行かないな。エレベーターガールがまだ存在していて一同、驚いたしなんだかイメージするデパートそのままだった。娘の玩具を見、チコちゃんと写真を撮って帰宅。
皆で改めて車でショッピングモールへ出掛けて回転寿司を食べて食品等購入して帰宅。

ほんとのんびりした、実に休日らしい休日なのであった。

夏期休暇の思い出その2

24日は鈴木実貴子ズのサポートで今池HUCK FINNに出演。

4BROTHERSの企画で共演は4BROTHERS、スーベニアDOIMOI
DOIMOI先輩は滅茶苦茶久しぶりの共演だ。ドラムの礼一先輩と「最近どう?まだ演ってる?」「演ってますよー」と挨拶。
辞めていく人間の方が多分だけど、多い。続ける事自体が美徳であるとは思わないけれども少なくとも僕自身の人生の喜びにはなっているな、と思う。もう楽しくてたまらないんだ、演奏は。
DOIMOI先輩も活動を継続されているバンドの一つ。鈴木実貴子ズの次にDOIMOIがリハーサルだったのだけど、いやはやリハがこの順番で良かったとつくづく思う。物凄い音量、圧力。
僕ってのは阿呆だから順番が逆だったらきっと影響を受けたに違いないのだ。

音量が大きければ大きい方が良い、と断言こそはしないけれどもきっと僕が演奏している時ステージ上のベースアンプは結構な音量を発しており、僕はそれを大きいと思わない類の演奏者だと思う。音量は単純に=音量ではない。音質にも関わるしベースアンプの場合低音の量感に直結してくる。また、スピーカーによってはなかなか音量を出さないと音が飛んでこないようなものもあるので、演奏しやすい音質を実現しようとすると音量が結構出てしまう時もある。それなりにくどくどと書いたが、単純に大音量で鳴るアンプは好きだ大好きだ。
だから一緒に演奏する人に「下げてくれ」と頼まれた時はそういう嗜好の人間として快く下げるようにしている。特に歌う人間からするとそれなりの距離から低音が飽和状態で迫ってくるのは結構な恐怖だと思うからだ。
鈴木さんは率直に言ってくれるので大変やりやすい。この日も鈴木さんのリクエストに応えながら音量を探った結果、当初よりやりやすくなった。本番はもう少し出ていた気もするけれど。

この日でここ最近演奏が続いてきた鈴木実貴子ズのサポートも一区切り。
少しだけ間が空くけれど、多分ほぼほぼ通年雇用なのですぐに演奏する機会はあるだろうと楽しみにしている。

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写真はDOIMOI先輩。

夏期休暇の思い出その1

有難い事に会社から夏期休暇を三日間与えられた。
更には土日を挟む事で五連休となった。
先週北海道へ行ったし、妻は普通に出勤していたので遠出するでもなくのんびり過ごす夏期休暇となった。いや、なったはずだった。なんだかんだそれなりに動き回って過ごしたのであった。

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初日は兎に角家でのんびり過ごし、2日目は朝妻を職場へ、娘を保育園へ送っていきその足で岐阜へ向かった。
お世話になっているLOVELESS GUITARへメイン機とサブ機の二本のメンテナンスをお願いしてあったのだ。メイン機はフレット打ち直しの際に指板を削って貰い、梅雨を終えたので様子を診て頂くのと微調整、サブ機は北海道への往復でバラバラにしてしまったので組み直して再調整して頂く。
近況報告やらダイエットについて等話をしながら岡田さんに楽器を診て貰う。トータル的なセッティングや調整をお願いするようになってまだそんなに時間が経っているわけではないが、既にプロの手で楽器の調節をして貰う効能を感じている。格段に演奏の際のストレスが減ったもんな。

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二本とも良い感じにして頂いて、以前から話に出ていた丸デブ総本店へラーメンを食らいに行く。
平日で、しかも悪天候だったので行列こそ少なかったが店内は満席。注文してワクワクして待っているとお待ちかねのラーメンが供された。
一口食べて「あ、これ大好きな奴だ」と思わず口に出た。どこか懐かしいけれど、それだけではない醬油味。少し柔らかめに茹でられた麺も美味い。一心不乱に食べて完食。スープまで飲み干しそうになったのは久しぶりだ。

食後、岡田さんオススメの和菓子屋さん『ツバメヤ』にて妻にお土産を購入。フワフワモチモチの皮で拵えられたどら焼きとわらび餅である。どら焼きは工房に戻った後岡田さんが淹れて下さったコーヒーと早速頂いたのだが、これまた新食感。餡子も甘すぎずコーヒーと合う。

楽器の調整だけでなく食道楽まで楽しんだのであった。

北海道備忘録~楽器運搬編

まだ北海道ネタ、というか北海道への楽器の持込について、である。

今回、北海道で演奏するにあたって僕が真っ先に考えたのは「楽器をどうするか」という事であった。飛行機で北海道入りする以上選択肢はそう多くはない。受託手荷物(所謂、飛行機に預けてしまう荷物である)として航空会社に預けて飛行機の貨物室に持ち込むか、席をもう一席抑えて機内持込手荷物として持って行くのか。
前者は席を予約した航空会社のwebを見たところ「破損の恐れがあるのでお勧め致しません」とハッキリ書いてあってもうそれだけで心折れた。預ける事は不可能ではなさそうだが、大切な楽器である、お勧めしませんと言われている方法をわざわざ試す気にはならない。
後者は航空会社によってはそういう取扱があるようだが、料金的にも現実的でない。
ううむ、これは万事休すか、と思ったのだが知恵を絞った結果良い方法を思い付いた。

楽器をバラバラにして、発送すれば良いのだ。そうすれば受託手荷物だろうが機内持込手荷物だろうがそもそも僕とは別に飛ぶのだから関係がない。発送さえ済んでしまえば僕は身の回りの品だけ持って北海道入りすれば良い。
幸い今回は先に北海道入りするメンバーがいるので宿泊先のホテル宛に送りつける事が出来る。これだ!と思ったのだがいや待てよ、バラバラにする発想が有りなのであればバラバラにした上でアタッシュケースに詰め込めやしないか、と実家にて最大サイズのアタッシュケースを借りて実際に詰め込んでみた。
結論、どうやったってロングスケールのベースギターをアタッシュケースに詰め込むのは難しいようだ。ショートスケールのロングホーンベースをバラバラにしてリュックサックに詰め込んだり、同じくショートスケールのムスタングベースをバラバラにしてリュックサックに詰めて高速バスに乗った経験はあるのだが、うむ、やはりロングスケールは難しいか。
一瞬今回もムスタングで、とも思ったがいざムスタングベースをスタジオに持ち込んで弾いてみるとやはりロングスケールの楽器の方がアンサンブル的にしっかりとする。あと折角の北海道初演奏だ、ここは愛用の楽器を持っていきたいところ。良い楽器なんだけどね、ムスタングベース。

というわけでYAMAHA SBV-550のサブ機の方をバラバラにして梱包して発送する事に。
ボディとネックは4本のネジで固定してあるだけなので(大抵のボルトオン機構の楽器がそうである)バラバラにするのも組み直すのも簡単なのだが、この楽器実は見た目からはわからないのだがピッグガードの下までネックが延長されておりボディの深くまでネックが仕込まれている構造になっている。なのでネックをボルトオン部でボディから外すにはピッグガードも外さなければならない。音的にも影響がある構造だそうだから文句は言えないが、これはバラバラにする際にはちょっとだけ手間だ。

弦を外しバラバラになったネックとボディを梱包材(プチプチいう奴だ。引っ越しの時に大量に義父が用意してくれたものの余りが倉庫にしまってあった)で何重にも包む。段ボールもジャストサイズのものがないので幾つか組み合わせて一つの大きな箱を作る。構造的にここで弱かったりすると元も子もないので慎重かつ丁寧に。大きな箱を作り上げ、中に支えとなる柱をこれまた段ボールで作り、ボディとネックをしまう。隙間には新聞紙を丸めたものを敷き詰めて蓋を厳重、かつ開封する時に可能な限り手間にならないようにする。開封→組み上げの時間は短ければ短い方が良い。現場ではどんなシチュエーションになるか想像出来ないからだ。最悪車の中で組み上げ、とかも有り得る。

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組み上がったものはそのまま郵便局さんへ。
名古屋の集中局というんだろうか、他県へそのまま発送となる名古屋神宮局の夜間窓口へ持ち込んだ。近所の郵便局の夜間窓口でも良かったのだろうけれども、出来るだけ人の手を渡らないようにした方がリスクも少ないというもの。一応こわれもの扱い、下積み厳禁とシールを貼ったものの、それはそれ。精神衛生上の話である。

で、前日にRISING SUN ROCK FESTIVAL2019自体がなくなったり飛行機が飛ぶのが危ぶまれたり、それでも演奏の場がありそうなので妻と娘と一緒に北海道へ飛んで、先に現地入りしていたベースギターと再会したのは札幌LOGでだった。
流石郵便局さん、丁寧に運んで下さったようで楽器は完全に無事。

ただここで問題発生である。ストラップを忘れてしまった。いや、馬鹿か。弦も組み上げるドライバーも忘れなかったのにストラップを忘れるだなんて!
幸いライブハウスの方に借りる事が出来たが、夜の演奏では用意する時間もなかったのでライブハウス向かいのコンビニで荷造り用のビニール紐を購入、4重くらいに結わえて楽器にガムテープで固定、ストラップとした。これが見た目こそ酷いものの演奏には全く支障はなく「ストラップとは...」と普段自分が使っているものの存在について改めて考えざるを得なかった。演奏中、自分がビニール紐で楽器をぶら下げている事なんて全く忘れてしまうくらいに違和感なかったもの。

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演奏後はビジネスホテルのお世辞にも広いとは言えない部屋で、眠っている妻と娘を横目に再び楽器をバラバラにして梱包した。勿体無いけれど弦は捨てた。どうせ一日だもんな、と今回のために用意したベース弦は980円のもの。メーカー名は失念してしまったがパッケージには大きく「エレクトリックベース弦」と書かれており、安価でこそあったけれども用はきちんと果たしてくれた。同じような価格帯で売っていたWarwick社のベース弦程ザラザラしてもおらず、ちょっとビンビンいうきらいはあったけれど。

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北海道の郵便局さんから楽器を発送した。
往路は170サイズだったけれど復路は160サイズだった。ちなみにゆうパックで北海道宛に楽器を送ると往復で5000円とちょっとかかる。
参考になるケースも少ないかと思うが、参考までに。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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