溜息しか出ねえよ。

全く、溜息しか出ない。

先日は名古屋は中区spazio ritaにて開催された『Experimental Nagoya vol.2』にBBBBBBBで出演、ノイズホトトギス再現ライブを行った。
当初出演予定だった動画と同一の鳥さんが本番二週間前に出演出来ない事態に見舞われ一時はどうなる事かと思われたが名古屋在住グラインドコアを愛好する高校生ベーシスト澤君と彼の愛鳥ゲン君のお陰で我々は無事ノイズホトトギスの再現とあいなったのであった。
それにしても澤君、17歳だってよ。丁度僕の半分の年齢である。僕が17歳の時に生まれたって事か、そう考えると自分も年齢を重ねたものだ、と思う。BBBBBBBの前回の演奏を偶然観て気に入った澤君、西園寺君が鳥を探している旨をSNSでお知らせし出演鳥を募ったところ、連絡をくれたらしい。「参加出来るなんて嬉しいっす」と言っていたけれどもそうやって飛び込んでいく姿勢、とても素敵だと思う。きっとアクティヴな人なんだろうなあ。素晴らしい。
本番はまさかの鳥が普通に鳴く等想定外の事態に見舞われたものの相応にリアクションも良く、流石西園寺君、エンターティナーかくあるべし。

そして共演のTabletop Guitarsのライブ、初見だったのだけれども本当にとても素晴らしかった。共演者の演奏を一度観てあれだけ心奪われたのはその昔新栄CLUB ROCK'N'ROLLで観たG-FIGHTERの演奏以来ではないだろうか。興奮する演奏や「格好良い!」と握手を求めたくなる演奏は過去に何度も観てきたけれども演奏家としてのアティチュードから考え直してしまうような、そんな演奏を目の当たりにして「嗚呼、今日自分がここに存在して良かった」と感謝するようなそんな体験はそうそう出来るものではない。
机の上に並べられたエレキギター3本に大量のエフェクター、それらを演奏し、操作し、音楽を作り上げていく様を目の前で観たのだけれども大変美しく豊かな時間を過ごした。眼前で音がどのように作られていくのかを観察するのは興味深い体験ではあるし機材ギークとしても有難い光景が展開されたわけなのだけれども、往々にしてエフェクティブかつ即興性に富んだ演奏の幾つかが陥りがちな「それ、その楽器じゃなくてもいいじゃん」感がこのバンドには全くない、というかエレキギターである必然性に富んだ演奏がその大半以上を占めていて僕の耳と同時に脳味噌も喜んでいたように思う。エレクトリックギターという楽器の電気的、または構造的な部分(ブリッジをボディーの一部と螺子によって固定し、アームによってそれを動かす事で音程を変化させるetc.)をフル活用している様であったり、プリペアーしたエレクトリックギターによって奏者にも予測不可能な音を混入させたりだとか、それらの全てがエレクトリックギターという楽器の可能性に「挑戦」しているような興味深い試みであった事を記しておきたい。
また30分程のその演奏の一連の流れもシームレスにして大変心地良く快感へ導いてくれるもので、また展開も目まぐるしく変化し飽きたりダレたりとは無縁の30分であった。
感嘆にいえば最高に格好良いライブを観させて頂いたのであった。

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全く、溜息しか出ない。
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2018年のゴールデンウィーク

予定がある日以外は全部仕事に充てていた前職から転勤してからというもの、祝日はカレンダー通り休日となったのでゴールデンウィークの恩恵をダイレクトに受けている。普段はなかなかないぞ4連休。来年は10連休らしいね、気が狂うんじゃないか。

とはいえ妻の出産を見据えて家計を見直したところ決して豪遊する余裕なんてないと確信したばかりだし、かつ引越しを控えている上に妻も体調が安定しないしという事で特にどこに遠出するでもなく、自宅でのんびりする連休にしようという事に相成ったのであった。

そんなのんびりする連休でも5日は父親の誕生祝いに実家へ行き、最終日6日は妻の安産祈願に伊奴神社(いぬじんじゃ、と読むそうだ。安産祈願では有名だそうである)へと妻のご両親と行ってきた。
安産祈願、長蛇の列だったけれども有難い事にその日一番最初の組に参加する事が出来た。

昼からは神田君(不完全密室殺人)の家にバンドメンバーや親しい友人達、その家族で集って自宅BBQ。
神田君の次男、こたろう君(幼稚園年長さん)が僕の手をキュッと握り「一緒に遊ぼ?」と声をかけてきた時は本当にキュンキュンしましたよあたしは。


この中では割と新参者である妻も皆に温かく迎え入れられていて楽しそうにしていた。20代前半の頃に一緒にバンドをやったり切磋琢磨したライバル、しのぎを削ってきたバンドマンが家庭を持ったり母親になったりしていてなんだか酷く感慨深かった。月日は流れる。
そしてそれは悪い事ではない。

家族が増えるご報告。

もう妻自身がSNSで情報解禁していたので、あと念のため妻自身にも許可を貰ったので書いてしまうけれども2018年5月2日現在、妻のお腹の中には僕達の子供がいる。
現在妊娠5ヶ月。安定期に入ったところでスクスク育っているそうな。「たぁぶぅん、女の子かなぁ?」とはお医者の先生談。男の子であるにしても女の子であるにしても元気な子供が生まれてきてくれればそれだけで十分以上に嬉しい。

所謂「妊活」は昨年の秋頃から始めた。出産予定日から逆算すると割とすぐに授かったのかな?と思うわけだけれども、想像していたよりも遥かに妊娠というのはおおごとなんだなあと日々思う。
クリニックでは「つわりは軽い方だね、良かったね」と妻が言われているのを耳にしたが、どっこいやっぱり妻はしんどそうである。
「気持ち悪い」「えっ」「というかいつも気持ち悪い」「えっ」なんてやりとりもしたし嗅覚が物凄く鋭くなった影響かご飯が炊ける匂いが受け付けなくなったり慢性的に眠かったり胃が痛くなったり眠気が酷かったり食べてないと気持ち悪かったり(食べづわり、というそうだ)兎に角、妊娠を原因と考えられる体質の変化に妻は振り回されっぱなしだ。
少しずつだけどお腹も大きくなってきたので服装も考えなければいけなくなるだろうし妊婦というのは本当に大変である。

きっと、産んでからの方がもっと大変なのだろうけれど。
出来る事はないか、と父親入門者としての心得、みたいなものを周りの先達に聞いたりインターネットやクリニックで貰える本等に目を通したりして養ってはいるけれども正直まだまだのほほんとしてしまっている。日々少しずつ大きくなる妻のお腹に話しかけているばかりだ。

結婚して一年経つ頃には妻のお腹の中に子供がいる、というのは独身時代には想像さえしていなかった。生活をちゃんとしていくために住居も引っ越す事になり、生活も見直す事となった。
正直言って「どうしてもっと早く先々の人生についてまともに考えておかなかったのかな!?」と思う事もなくはないけれども、何、悔いたって事は始まりはしない。想像してもきっと想像以上の事が起こり続けるのが人生だ。有難い事に良い意味で想定外の事ばかり起きている。

嗚呼、あと半年もしたら僕らの家族が増えるのだ。
楽しみだなあ!

ハイテンションサティスファクション有難うございました。

四日市で様々な思いに駆られたは名古屋は栄TIGHT ROPEにてBBBBBBB企画『ハイテンションサティスファクションvol.2』。
選抜メンバーである自分もこの日は演奏で参加、昼からスタジオにてライブ前最後の練習があったので自転車漕ぎ漕ぎ向かったのであった。
家を出る頃には元気一杯だったもののまだ5月になろうかならないかという頃なのにもう既に、暑い。汗で体がベトベトして不快だ。
練習後に会場入りして、リハーサルまで時間があったので練習スタジオ付近まで自転車で舞い戻り、新栄は養老温泉にイン。
サウナと水風呂を交互に楽しみ、リフレッシュする。

会場に戻ると丁度エレファントノイズカシマシがリハーサルに臨むところであった。いや凄え観たかったバンドだから楽しみだったんですよ、エレファントノイズカシマシ。リハーサルから静かに静かに興奮しながら観てたんだけど、もうリハーサルから凄く面白くて。
...この日、実はちょっとした事情があってBBBBBBBの演奏後急遽「お先に失礼!」せなばならず。どのバンドも西園寺君入魂のセレクションで声をかけているのがわかっていたので楽しみだったのだけれども、残念。
BBBBBBBの演奏は曲の構成こそガッチリ決まっているけれども演奏自体は結構自由で、だからこそ難しい感じ。リフをガンガン弾くのは好きなのだけれども曲毎に雰囲気出そうとすると難しいですな。

翌日、祝日月曜日。
首が痛い背中が痛い腰が痛い。筋肉痛を抱えながらも友人達がお茶会を催すと聞いていたので鶴舞公園へ。

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屋外でのお茶会って不思議の国のアリスみたいだねえ。想像していたよりもずっと本格的なお茶会であった。手作りのお菓子に舌鼓を打って大いに堪能。いまいち現実感が湧かなかったけれども(笑)。

『俺の温度、軸との距離」を四日市で再演。

年齢を重ねたらきっと悔しい思いなんてする事は減るんだろうなと、そんな甘い幻想を抱いていた。
雑誌やテレビやwebインタビューで見たあの人やあの人やあの人のように、一つの事をやり続けてきた人間だからこその苦悩こそはあれども根本的に自分の作品に対する葛藤や「完全に作ってあげられなくてごめんよ」みたいな思いを抱く事なんてなくなるんだと、そう思っていた。
勘違いだった。
幾つになったって、作った物に対してふと冷静になって「これはこれで良いのだろうか」と思う事はある。何より心にグサグサッとくるのは曲だったり作品だったりは問題ないのに自分自身の在り方や向き合い方やその日のバイオリズムが悪くて真価を発揮出来ずその結果、絶好調であれば瑣末な問題でしかなかった作品のほんのちょっとした綻びが大きな大きな穴になって顕在化する事である。
数日もすれば清々しい思いと共に「あの苦渋は舐める必要があった!」と思えるものの(根っからのポジティヴであるからして)、その時その場所で「やっちまった...」となる時は決してそんな風には思えずただただ悔しい、強烈に悔しくてなんなら悲しいだけである。
嗚呼、一つの事だけやってきたらこうもならなかったのかもしれないけれど、僕はあれもこれも面白そうな事はやりたいし自分が自分であり続ける事だけを続けようと思ってしまっているからなぁ!

さて、話を戻すと最近いつそんな思いをしたかと言うとつい先日、4月28日の事である。
場所は四日市ドレミファといろは、どこからか僕がそんな作品を作ったと耳にしたゴウさん(ドレミファといろは店長)から「うちでもサウナやって!」と連絡を貰ってメンバーを再集結、たった一度の上演の思って臨んだあの日以来の『俺の温度、軸との距離』再演となった夜の事であった。

作品が進んでいくのに併せてパフォーマンス(僕の場合は演奏)しながらどこかで違和感というか「ああ、ここ、直したい!」と思いながら演奏していたのであった。
つまりは作品の粗が目立って感じたという事で、しかし現場ではどうにかするしかなくその時その時で最善とは何か、とアティチュードから探りながらの演奏となったのであるが、長期的なスパンで見ればこれは進化していて感じ方が変わったのだなあとも言えるけれど、いやいやでもそんな作品として受け取られてしまう作品に申し訳ない。その時最善を尽くしているとは言えどもこの作品の面白さを伝えられないであろう(120パーセント理解して欲しい、というのはエゴだろうか?)お客様にも申し訳ない。
それでも好評は好評で滅多に僕の事を褒めない同業者諸兄も「今回の良いね」と楽しんだ旨を伝えてくれたりはしたのだが、いやいや違うんだよ、もっと面白く出来るんだよだなんて言えるわけもなく。
尚更悔しい。こんな事をここに記録として残す事が美しくない事であるという自覚くらいはあるのだが、それでもやっぱり無駄にしないためにはやはり記録にしておく他、ないのだろう。


各々が課題を感じていた、とは終演後に判明したけれども、それでも共作者達は素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたのであった。感謝感激。

EarthQuakeeDevices Hoofに関する熱い思い入れを書き綴る。

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うん、すまない、またファズの話なんだ。

EarthQuakerDevices略してEQDというブランドが気になりだしたのはいつ頃からだったろうか。
最初はこのwebサイトで見かけ、次第に国内のベーシストもこのブランドのペダルを使いだして皆絶賛するその様に「ああ、これは一度試してみにゃあいかんな」と思ったのであった。ああわかってる、見事に広告戦略にやられてるよな、でもメーカー側の戦略に踊らされて良かったと思ってるよ。
で、友人のギターリストがコーラスだったかなんだかを持っててスタジオで試させて貰って「こいつぁオツだわぃ」なんて思って兎に角深いリバーブを欲していた僕はAfterneathに手を出したのであった。
『異次元のリバーブ』と謳われるこのペダル、実際コントロールも特徴的で一筋縄ではいかなかったしバンドアンサンブル中ではその効果を発揮しづらかったものの、面白いペダルだった。手放してしまったけれど。

で、あれやこれやとファズを買い漁っては試し、を繰り返していた時期にEQDのHoofというファズが気になってしまって。
アーミーグリーンのビッグマフを元にシフトコントロール(中域のコントロール)を搭載したこれは非常に使い勝手が良さそうでもうどうしても欲しくなってしまった。
しかし当時中古はおろか新品でもHoofがなかなか出回っておらず、どうしたものかと思案していたところ日本の流通をヤマハさんがして下さる、と発表があって。流石ヤマハ!素晴らしい!
発売日当日に名古屋市内の楽器屋を覗いてみたんだけどHoofだけ売り切れてしまっており、怒りと失望に沈みかけたところ2日後に鈴木実貴子ズの遠征で大阪に行く事に思い至ったのであった。
慌ててネットで大阪の楽器店の在庫を調べ、在庫有りと掲載されている店に電話をし、2日後に行くからホールドお願いしますと鼻息荒くお願いしたのであった。
リハーサル後に個人練習でファズを思い切り鳴らすためにスタジオの予約までする念の入れようであった。

そして目出度く僕の手元にやってきたHoofファズ、一言で言えば素晴らしい。
復刻版アーミーグリーンと使い分けをしているけれども、甲乙つけがたい良さがある。ビッグマフそのものを踏んでいる、という気概の部分では復刻版に敵うわけもないけれども出音の幅の広さでいったら圧倒的にこちらの方に軍配が上がる。
トーンコントロールとシフトコントロールは操作性も良くサクサク音作り出来る上に、そこから作り出せるファズサウンドは幅が広い。音も破綻しづらくまさに痒いところに手が届くファズサウンドである。
褒めすぎか、否、実際に試してみて頂きたい。素晴らしいから。

というわけで今日も僕はこれか復刻版アーミーグリーンを踏んでいる。本当に気分で使い分ける、くらいなもんだ。ビッグマフに肉薄するビッグマフ以外のファズ。
格好良い音で思い切り鳴らすという事がどれだけ気持ち良いか改めて教えてくれる一台である。

Hoofのドキュメンタリーが動画アップロードサイトにアップされている。
テンション上がるよ、これ。字幕機能で字幕を出すとところどころ「?」という言い回しもあるけれども何となく意味はわかるので英語が不得手な人でも楽しめる。そう、僕のような。

東京エフェクター BLACK SWAN“CIVIL FUZZ”を買って、手放してしまった話。

僕だって薄々気付いてる。
「理想のファズとは永遠に追い求めるものなのだ」と。

だってそうだろう、理想なんてものはその時々でどんどんと変わっていくものだし、その時自分が演奏している音楽に混ざった際の風合いによってペダルの評価は二転三転する。しかもファズ程、足元の他の機材と影響を相互に及ぼしあうペダルもない(ファズというエフェクターが自作の入門者が最初に着手する程極めてシンプルな構造をしている事と照らし合わせると大変に興味深い事実である)と僕は思うのだ。
故に面白い、とも言えるのだけれども。

兎も角。
少し前に滅茶苦茶良いファズを手に入れて残念な事に既に手放してしまった(!)のだが、「買った」「手放した」からそのペダルに費やしたコストと情熱が無駄になるかと言われたらさにあらず。その「経験」が今後求道する際に必ずや礎になるであろうと信じているので備忘録代わりに記録しておく事にする。


東京エフェクター BLACK SWAN“CIVIL FUZZ”。
六本木発のブランドみたいですね、東京エフェクター。web上で絶賛されているのを見、「そういえばシビルウォー期のビッグマフってどんなんかいな」と試した事さえなかった事を思い出し現代風に甦らせたと謳われているコイツがたまたま中古で安く出ていたので入手。
ロシア製ビッグマフといったらアーミーグリーン、くらいの知識しかなかったのでシビルウォー期の音の傾向なんて知る由もなかった次第である。現代的にアップデートされている、とは言えどもそれらしさは感じられるはずだしそもそもベースギターに使って素晴らしいファズ、と定評があるブツだったので外れる事はないだろうという確信があった。
実際に弾いてみるとうん、手持ちのコレと比べて(復刻版と比べてしまって良いのか、という話ではあるけれども僕はそもそもコレクターではないのでオリジナルに拘る必要はないし、なんなら以前所有していたアーミーグリーン実機よりも復刻版の方が良い音がしたのだからそちらと比べた方がファズとしての性能の差異はわかりやすかろうというものだ)低域がブ厚い。良く出る、とかではなく、厚い。よって押し寄せるようなファズサウンドの壁感は印象としてより強い。歪み方はちょっと粗く感じた。

これは良いファズ、と現場に持ち出してガンガン使っていこうかと思っていたのだけれども、ゴツい筐体がサイズの割に重たいのと高級感溢れる見た目が好みじゃなかったのと(こういうところ、自分は本当に気難しいと思う。一般的には絶対的に良い点とされるであろう美しさがこの筐体にはあると思う)、ちょっとどうしても手に入れたい別のファズがあったもんだから金策に手放してしまった。
復刻版アーミーグリーンともう一つビッグマフ系ではお気に入りのペダルがあったので「まぁ、いいか」となってしまったのである。

「どうしても手に入れたかったファズ」についてはまた近日。

徒然と書いちゃうよ。

4月も折り返し地点を過ぎて何ならもう残すところ10日程だけれども、いや全く本当に慌ただしい日々を送っている。
この場合の慌ただしい、が文字通りの「心」が「荒」れる、ではないのが有難い限りで実際のところは物理的に慌ただしいというか、相も変わらず予定組が下手だもんだから毎晩のように何かしらの予定が入っているわけで、おまけに一日の大半を占める仕事は職場の人事異動で新しい上司がやって来た事による環境の変化が起きている。しかしこれまた有難い事に好ましいというか変化した結果4月からの職場の雰囲気はテンション高めであり僕自身も新入社員2年目(34歳で新入社員2年目っていうのは本当に遅いスタートだ)で受け皿としては未熟ながらも良い刺激を受けているように感じている。
要するに新しい上司はこれまでの上司とは違った形で大変有能な仕事の出来る方なのである。
私生活の上でもこれまた大きな変化があったりもしたけれども、毎日楽しくやっている。妻の手料理美味しい。

バンド活動に関してはなかなか思うように時間を作る事が難しいけれども一週間に3回はスタジオに入ったりバンド関係の予定で出歩けている事自体が仕事勤めを続けながら表現活動を行う人間としては異例、大いに感謝すべき事でこの辺りはひとえに妻に感謝している。
「うわー、今日演奏する曲おさらいできてない!何て怠け者なサポートメンバー!」と思ってスタジオ前にどうにか慌てて準備をしたり、或いはままならぬままスタジオに入った結果体が勝手に反応して演奏が出来たり(この辺はもう演奏を重ねた時間の成果だと思う。この次の段階へいく事が課題だ)致命的な支障みたいなものは演奏活動を行う上で起きてはいないのだけれども、現実問題としてでは自分から能動的に創作に向き合う時間が作れているかと言うとちょっとこれがまた難しいところで。
机に向き合ってウンウン唸って何かを生みだす人間ではないもんだから日常のふとした瞬間に「あ。これやりたい」とか「あ。こんなの面白そう」とか思いついたりしてある時は楽器を抱えて録音して、ある時はメモ代わりに書きだして精査してみたりなんちゃったりして、っていうのをやっているんだけれどもこれまたどうにもこうにも行き当たりばったり感が否めない。
要するに表現活動にもっと精神的な(時間的、物質的ではない。念のため)余裕を持って臨みたいところなんだけれども自分の未熟さと怠け癖故にそれが実現出来ていない、というのが現状。
これまで通り、と半歩踏み出したこれまで以上、なら今の状況でも実現出来そうだけれども価値観の破壊と再構築、自分の中で勝手に出来上がった成功論みたいなものの大革命、絶望する程の余白を見つめ直す、とかそういうところになるとちょっと難しいのかもわからんなあと思っていたりする。
これもまた全部自分がいけないのだけれど。

少し前に駐車場代を節約、カロリーを浪費したくて自転車で自宅(名古屋市瑞穂区)から今池の音楽練習スタジオに楽器背負って向かったのだけれどもこれがなかなか爽快で、考え事ははかどるわアドレナリンが出たからか演奏も良い手応えだわ水筒に詰めていったお茶は美味しいわで良い事尽くしだった。
恒例にしたい。

ちなみにメンバーだけでの打ち上げでは火鍋を食った。

2018_04_09_002
土曜日、職場の花見という名の飲茶を肴にした飲み会からのハワイアンバルでの二次会を経ての極々内内のメンバーでのラーメンを胃袋に流し込んで、その後のライブ。
福岡由来のその焦がし味噌ラーメン、明らかに発言の節々からラーメン好きで何なら食べ歩きとかされているんだろうなとわかる上司が薦めるだけあって大変美味だった。ゆっくりお話してみたいと思っていた上司ともお話出来て満足だ。こう書くと嘘だろと言われるかもしれないけれど、仕事も仕事関係の人間関係も俺は決して嫌いではない。

昼間から呑む酒がキくのは明らかで流石に泥酔してまで良い演奏が出来るとは思っていなかったので二次会も途中から烏龍茶にシレッとシフトしてやり過ごしていて、ただ何だかもう少しだけ酔っ払いたかったのでアルコールが抜けた体に生中一杯を流し込んだのがいけなかったのかもしれない、呑み疲れというか、妙にクタクタになって新栄DAYTRIVEへ到着。受付でこの日共演のCRAZY興業のぴろしき君とこの日のブッキングを行ったシミズミミちゃんが談笑していたので薄ら笑いを浮かべつつ、少しだけ混ざる。酔っ払っているという事は伝わったと思う。
会場に到着してメンバーが注いでくれた烏龍茶を飲んで一休みすると随分と疲れもとれた。休息、大事。
演奏は?出来る、当たり前だ。しかも良い演奏をする、しなければならない。過去最高を塗り替える事に当たり前のように挑戦し続けなければバンド活動なんて続ける意味がない。

思えば白線の内側で新栄DAYTRIVEに出演するのは初めてなのであった。
この日に観て以来何度も何度も声をかけてくれた否、かけ続けてくれたシミズさんの期待にようやく応える事が出来た。演奏後、シミズさんがさり気なく褒めてくれた。きっとリップサービスでもなんでもないその言葉を、視線を交わす事さえ出来ずに照れ笑いで受け流したけれども、うん、その言葉を聞くためと言ったら大袈裟かもしれないが、この言葉を演奏にぶつけて貰っただけでも価値はあったなと思った。
まだ物販もまともにないような状態だし一年前に始まったレコーディングは一応の決着さえ、ついていないような状態(余談だがこの日の深夜に行われた会合でバンドは健全な状態を取り戻した、と思う。やっぱり話し合いは大事)だけれども。
革ジャンを着込んだ彼の心を穿つ事が出来たのも、僕の嬉しかった事の一つだ。

また四月が来たよ

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4月になった。
昨年よりも年度の推移を意識するようになったのは明らかに職場が変わった影響であると思う。
2018年度初めてのライブは犬栓耳畜生で。一週目の金曜夜、スタジオ246名古屋での演奏だった。

毎回陣頭指揮をとるメンバーが変わる犬栓耳畜生、今回は僕が指揮を執る回だった。
バッキバキの、スリリングなブレイクと緩急ついたノイズアンサンブルを披露出来るような演奏、を意識した構成でスタジオに持ち込んだものの、良い意味でその通りにはならず想定は今回も大いに覆されたのであった。他人、他者という存在を強く強く意識させられる演奏というのはつまり同時に果てしなく不自由でそれでいて自然であるという事だ。そしてそれがつまり他人と一緒に演奏する意味であると感じる。不自由で、想定外で、それが極々自然であるという自由。
嗚呼、面白ぇ。

明言してしまうと犬栓耳畜生のメンバーは僕を含め誰一人として社会から逸脱する程の『狂人』はいない。人の目や視線を意識せずに行動する事が出来るメンバーは誰一人いないのだ。意識した結果、どのような行動に移るのかはそれぞれの特性に依るのだけれども、人目を気にせずに=意識せずに自我の赴くままに演奏出来る程のブッ壊れた演奏家はいない。こうしてやろう格好良いだろう、うわあ見られている失敗しないかな、何かやってやろうどうだろうか、等千差万別、一人の人間の中でも恐らく様々な葛藤や試行錯誤があるのだけれども、きっと他の3人のメンバーもそれを感じながら演奏している。そう感じる。
そうなってくると普段の自分からしても演奏中の自分というのは「想定外」だ。平時ならしないような事を演奏中はする、してしまう。
興奮しての行動だったり必死に何かだったり、状況を変化させようとするそれだったり色々経験はあるけれども例えそれが早大にスベッたとしても僕はそれは無価値ではない、と思う。それがきっかけで事態はどんどん想定外になっていき、我々表現者は想定外の作品を作るべく自己の想像力と格闘する生き物だからだ。
僕は見られている、と思うと興奮する。僕は他人の視線を感じると緊張する。決してうまくいかないからこそ、続けるのだろう。

ノルウェーから来たバンドは、低い帯域の音も高い方も攻撃的な壁を築き上げていた。
あんな早いピッキングは見た事がないぞってな演奏だった、ギターリスト。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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