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『SEE SHE SEA』

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6月8日、9日と名古屋市青少年交流センター ユースクエアで上演となった音楽家 いちろー君の『SEE SHE SEA』という作品に演奏で参加した。

この作品、普段は廃墟文藝部に所属して劇伴を書いたり他団体に作曲で参加したり、僕も参加する白線の内側でキーボードを弾いたりと大忙しのいちろー君が珍しく主導で作り上げたもの。当初こそ「僕の音楽のライブ演奏を行うので手伝って下さい」というオファーで音楽メインの公演が想定されていたようだけれど、結果的には俳優によるテキストの体現も含めた一つの作品となったのであった。
オファー時は「あー、今まで彼が書いた曲をバーッと演奏するのかな」とシンプルにライブを想像したのだが、そりゃ演劇が好きで演劇を愛してクリエイションを重ねてる彼だもの、単純に曲だけを淡々とやるよりそこに意思と意味を込める事でとても彼らしい作品となったな、と感じた。

稽古自体は少し前から入っていたのだけど振り返ってみれば各参加メンバーの出自というか、どういった人でその人から成る表現は何なのか、をいちろー君が探る時間が多かったように思う。その最中はその行為にどんな意味があるのかこちらとしては捉えきれない部分もあったのだけど、作品の初稿が提示された際にそこに演奏者それぞれのソロコーナー(というか厳密には役者と演奏者2人のアンサンブルだが)が記されていた事で、重ねられてきた時間がそういう形で帰結したのかとストンと腹に落ちたのであった。ああ、思っていたよりもこれはそれぞれの表現が求められていて、集団としての物作りなんだな、と。いちろー君の作品の中でその人の色、時間と空間が求められているんだなと僕は(勝手に)そう解釈した。
変な話ではあるけれど、それによって他のシークエンスとの繋がり、「演奏」する上での軸みたいな部分がスッと出来上がったのであった。

あと非常に印象に残っているのが出演者の大半を占めるのが演奏家である中で、作品に関わるのが舞台に上がる面々だけであるわけはなく、舞台を作り上げるというか司るというか、そういったわかりやすく言うと音響であったり照明であったり舞台監督であったり制作であったり、そういったプロフェッショナル達の仕事の丁寧さとその所作の美しさであった。瞬間を積み重ねて積み重ねて積み重ねて積み重ねて、そうやって作り上げていってるんだこの人達は。普段ある種その場その場というか、瞬間的にどうあるのか、どうするのか、どう弾くのかを考えて演奏に臨んでいる自分からするとその姿勢というのは自分や周りの人間とはまた違った種類のストイックさを感じたのであった。
今回の座組は大変ストイックで、そして円滑で、普段不慣れな環境での演奏に対するストレスや会場にいて演奏する時間以外の時間、所謂待ち時間のストレス等は微塵もなかった。普段結構、会場入りしてから本番までの時間って所在に困る事があるのだけどね。

作品そのものについて触れるのはある種の野暮さも感じてしまうので言及は避けるけれども、いちろー君の在り方というか一つの集大成だと思うのでそういった機会に声をかけて貰って作品に参加出来たのは大変嬉しかった。

演奏の半分は即興であるが故に、仕掛けたい時に仕掛けられるように足元も色々とそれなりに詰め込んだ。
ソロコーナーはホットタッチ(音響の堀場眼助さんがこのために抜き差しの際に自動でミュートされるサイレントプラグを使ったシールドケーブルを作って下さった。滅茶苦茶便利だったので普段使いで欲しいくらい)にリングモジュレーターをかけて電子音のリズムを作り、ミートボックスをかけて重低音のリズムを打ち、その上でファズをかけて即興で演奏した。会場入りする道すがら、アート・リンゼイの音楽を聴いていたのでそういう演奏になった。影響受け過ぎ。
完全暗転(こういう現場の暗転はライブハウスのそれの比ではない。本当に真っ暗)の中での演奏に舞台からの撤収、となかなかない経験も出来た。演奏家としてはどんどんと経験値を重ねていきたい。

個人的にも挑戦のし甲斐のある公演であったし、何より楽しい人達と出会えたのでそれがとても嬉しかった。
「またね」と言ってお別れした。「また」の機会は公私ともに作っていかないといけないなァ、とぼんやり思いながら。

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犬栓耳畜生ライブ、それとそれぞれのバランス。

6月2日の日記である。
この日は新栄DAYTRIVE&TRIMにてちょこたんとDAYTRIVE稲垣さんの共同企画に犬栓耳畜生で出演。
毎回演奏曲はおろかライブの構成を考える人間も変わる犬栓耳畜生、今回のコンダクトは炭酸さん。内容としては炭酸さんらしい実験精神と挑戦意欲に満ち溢れたものになった。炭酸さんは割とその時の旬をぶつけてくる、というよりかはそれまでの活動を踏まえた上で更に挑戦する内容をコンダクトとして仕掛けてくる事が多い。セットリストにずらりと並んだ曲目を見ただけでは内容は「?」となるものばかりだったけれど、いざスタジオに一度入って内容について説明を受けると「ああ、成程」と思えるものばかりだった。
体力の限界に挑戦したい=スクワットをしながら演奏、海外で子ども達がある種の罰ゲームに使用するという極端に酸っぱい味から極端に甘い味に変化する飴をいっせーのーでで口に含んで、味の変化に併せての即興演奏等、どのタイミングでどのようにこのアイデアを思いついたのか想像出来ないものばかりだ。挑戦し甲斐がある。
本番当日、まさかの炭酸さんが個人輸入してまで手に入れた件の飴を忘れてきてしまい急遽コンビニで購入したグミで演奏する事になった事以外はさしてトラブルもなく(笑)、僕達は予想通り予測不可能な演奏を披露したのであった。犬栓耳畜生のライブ中に限って偶発的に格好良いノイズを出してくれる俺のエフェクター達、愛してる。

さて、この時期はこの後に差し迫った現場だったりこの日のライブだったり、と娘の体調不良やら仕事で立て込んだりが重なり、ちょっと色々なもののバランス感覚を見つめ直さないとなあと思った時期であった。
僕は一人の人間であると同時に夫であり父なので仕事=お金を稼ぐ事をしないといけないし、同時に妻と分担して娘の育児や家事にも向き合わねばならない。ただこの時期はちょっと家を空ける事が連続したように感じ「これじゃあいかん」と思ったのであった。
表現活動は完全に僕の趣味であるし、妻も活動に理解があるから現状問題はないはずなのだがそこに甘え過ぎてしまったと思うし、同時に仕事についても僕は必要以上にオフの日にも仕事についての勉強会等の予定を入れてしまっていた。これもこの先のキャリアプランや先々の家計について関係ある事なので妻は理解があるのだが、これまたそこに甘えてしまっていた。
僕が楽器を弾いたり仕事の勉強会に出たりしている間、妻は家で一人で娘の世話をしている。娘はまだ数ヶ月だしいざという時に動ける人間がもう一人いないと不安でしょうがない事は明らかだろう。すまない、妻よ。
僕みたいなお気楽野郎はたまにでもこうして自戒しないとな。

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犬栓耳畜生のライブ後、迎えに来てくれた妻の膝の上ではしゃぐ娘。赤ちゃんって凄い。熱があってもそこまでテンションが落ちているように見えない。この日はバンドメンバーだったり色々な人に愛嬌を振りまいていた。

娘の情操教育とサカエスプリング。

6月1日、この日はサカエスプリングに出演する鈴木実貴子ズの手伝いで演奏。
入り時間が遅めで、会場入りの前に練習を一時間するにしても夕方から家を出れば良い程だったのでそれまで家で家族とゆったり過ごすか、と思っていると朝方、妻から「今日はタキナオさんの個展に行こう」とお誘いが。
成程、確かにこのタイミングなら行ける、と早速準備して家を出る。かしやま君(あたらしいまち)にも声をかけてみるとたまたま予定がなかったそうなので一緒に出掛ける事になった。

改めて振り返るとタキナオさんの作品でじっくり拝見したものってそのほとんどがタキナオさんのライトドローだった事に気がつく。
何ならタキナオさんのライトドローイングと一緒に演奏した事がきっかけで始まったご縁なので「タキナオさん=ライトドローイング」という印象が強いけれども画家なんだもの、キャンバスに感性を投影しないはずがなかった。
で、何が凄いってやっぱりタキナオさんの作品ってタキナオさんそのもので。じっと作品を観ているとそれこそライトドローイングのように立体的に動いて感じられるし、同時にライトドローイングってキャンバスに描かれた瞬間の連続なんだな、とも感じた。
娘を抱っこしながらボーッと観ていると、何だか心のひだの中に染み渡ってくるようでサウナと水風呂を行き来した時のような感覚に陥った。滅茶苦茶良い。あの絵が部屋に一枚飾ってあるだけで毎日リラックスする時間が作れそうだ。
生憎と持ち合わせがなかったのだが(ポストカードを買うには買ったけれども、なんだろう、キャンバスに描かれたものと立体感が違うように感じてしまった。素人ながら)、タキナオさんの作品はいずれ絶対に拙宅に一枚飾りたい、と心に決めた日であった。

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8ヶ月の娘の情操教育について考える。
僕は自宅のリビングでゾンビを撃ち殺したり殴り殺したりするゲームを最近遊んでいるのだが、こういうゲームがリビングのTVで遊べるのも今のうちかもしれない、と最近思う。娘もそろそろ自分が目にしているものが何であるのか理解出来るようになってくるはずだからだ。
ゾンビゲームが教育上子供に与える影響について是非を問いたいわけではない。暴力的なゲームや映画、表現物が子供に与える影響なんてものを僕はここで言いたいのではなくて、娘には自分の趣味嗜好を自分で手元に手繰り寄せる権利があると考えているだけだ。幼い頃からゾンビものに慣れ親しんでみろ、そういうのが好きになってしまうかもしれない、自分が好もうと好まざると。ゾンビものを好きになるなら自分で行き着いて欲しい。それもきっと親のエゴではあるけれども、彼女には自分の「好き」を自分の手で自分の感性で構築して欲しいからこそ、僕は彼女の前でゾンビゲームで遊んだりしないようにしようと思っているし楽器演奏も無理にさせようとは思わない。何を好きになるか、見守りたいなあと思う。
そういう意味ではこの日のタキナオさんの作品展然り、僕の周りの友人知人にはとても刺激的な才人が多いので娘の情操教育には困る事はなさそうだ。一体誰から刺激を受けてどうなっていくのか、楽しみである。

夕方、鈴木実貴子ズの練習に一時間ばかし入りこの日のセットリストのおさらいをする。
先日も思ったばかりだがサーキットフェスは会場入りしてからあっという間だ。この日の会場は新栄TweeHall。CBCのすぐ近くにあるのだが恥ずかしながらこの日初めて足を踏み入れた。普段はパーティー等で使われているそうで、確かにバーカウンターにその片鱗は見られた。鈴木実貴子ズはこの会場のトリ。
この日の演奏は自分の中でも今後、突き詰めて考えていくべき課題が浮き彫りとなる演奏だった。つまり、結果的に収穫は多かった。

娘もそうだけれども、僕も感性をもっともっと磨かないといけない。

京都にて旧友と再会。

5月26日は京都へ。
サーキットフェス『いつまでも世界は...』に鈴木実貴子ズが出演、有難くもサポートで演奏に参加してきた。
今回は京都での滞在時間も短そうだし帰宅時間も早めで済みそうだったので妻と娘も同行、鈴木実貴子ズと同じくサポート参加の各務君(紙コップス)とは現地集合する事になった。
新名神高速が開通してかた関西方面への遠征は体感上、移動時間が短くなったように思える。この日は日曜だからなのかスポーツカーの集団が物凄い速度で追い越し車線を疾走していった。ッビューーーーン!って音がするもんだからたまげちゃった。

娘用のイヤーマフも用意してバッチリだ、と準備していたのだが肝心の抱っこ紐を忘れてしまった。広いわけでもないライブハウスの中、ベビーカーはいかがなものか。妻が機転を利かせて風呂敷で抱っこ紐のようにしてくれた。こういう時に行動力と決断力、そして機転の利くパートナーで本当に有難い。僕は演奏前には気持ちが急いて駄目だ。普段でも頭の回転が良いわけでもないのに余計に機転が利かなくなってしまう。
ちなみにこういう時の鈴木実貴子ズの二人は本当に優しい。自分達も演奏前だっていうのに妻と娘にまで気を遣ってくれる。気を遣わせてしまった、わけなんだけれども演奏でその分お返しせにゃあ、と気張る。

転換中、持ち込んだベースアンプヘッドから音が鳴らず焦る。足元のエフェクターが原因なのかそれともアンプ側なのかトラブルシューティングに時間を割くよりサーキットフェスの限られた転換時間、出来るだけバンドの音作りに時間を割いた方が良い結果が得られるのは明らかで、ライブハウス常設のアンプヘッドに接続を差し替えて足元も必要最低限のシステムに組み直す。
よし、音が出た。気持ちをブーストしてくれるファズペダルに突き刺すようなオーバードライブは失ったけれども、プリアンプに直接入力した愛用の楽器の音は、うん、なかなか良いじゃあないか。やれる、やろう。

サーキットフェスだから、ではないのだろうけれども転換から演奏終了までの体感時間はこういう日は物凄く短い。
この日もあっという間に演奏が終わった。タイムテーブルとにらめっこしながら多くの人が会場を行き来するサーキットフェス、多くのお客さんは何を観るか聴くか「選ぶ」事になるわけなのだが鈴木実貴子ズの音楽は多くの人に選ばれていた。
演奏の良し悪しについては最近、毎回こう思う。「もっとやれたのに」と。こればっかりは悪い事じゃないし気持ちに実感が追いつく日というのは来るのか果たして来ないのか。到達した時にのみそれがわかるだろう。
演奏を終えてまだフロアに人が残っている中、急いで片付ける。物販を手伝っている妻から娘を引き取らなければならない。
慌てて物販スペースへ向かうと妻がニコニコしながら娘を抱いていた。聞くとライブハウスのスタッフさんや何ならお客さんも娘を可愛がってくれたらしい。人の親になって痛感するけれども世の中、本当に優しい人が多い。本当に有難いし頭が上がらない。
汗をかきかき地上へ出ると、往来の向こうの方を昔共演した知人のバンドマンが歩いて行った。何人か見た事があるようなないような、そんなバンドマンも見かけた。そりゃそうだ、サーキットフェスだものな。

娘にミルクを上げ、折角京都で一緒に演奏したのだから帰りの時間は調節して、中途のサービスエリアで一緒に夕食でもとってから解散しようと時間をやりくりしていると各務君から電話。彼は演奏終了後、近くの会場で演奏していた太平洋不知火楽団を観に行っていたようだ。ベースの大内君と久しぶりに会ったので良かったら顔を出さないか、との事。妻と娘とそちらへ向かった。

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完全に丸顔になっている僕と娘、怪奇大作戦オマージュの大内君と各務君。

旧友は、果たして全然変わっていなかった。前に会ったのがいつだったのか忘れてしまうくらいには大内君と僕はそれぞれ別の場所で時間を経てきたはずなのだが、以前と全く同じ感覚で話せたのは驚いた。下手すると同じ名古屋で月に一度会ってる人よりも気楽にお話出来ちゃうんだから、これは一体何なんだろう。決してお互い言葉が多いわけではなかったけれど、近況を話したりゴジラやスターウォーズの話をチラチラしたり、した。
大内君は色々経た上で太平洋不知火楽団で再びベースギターを振り回している。僕は転々としながらもマイペースに色々と演奏している。共演が楽しみだな、旧友よ。

白線の内側『へいせい』レコ発大阪編。

12日日曜日は白線の内側で大阪遠征。
SNSで「アルバムが出来たのでレコ発で今年は全国色々なところへ行きたい」と何気なく発言したところすぐさま連絡をくれたのが大阪は扇町para-diceだった。そこからサクサクと話はまとまり、かくして名古屋のレコ発よりも先にレコ発ライブ@大阪場所が先に決定と相成ったのであった。
うん、僕が加入して一発目のライブもpara-diceだったし何なら一番ライブやってるのpara-diceだし、別に違和感も全くないけれどもね。名古屋のバンドだから名古屋で始まり名古屋で終わるというのが決まりじゃなし。あ、でも勿論名古屋での企画とかも、予定していますよ。

この日は友人 九鬼君を運転手兼スタッフとして同行して貰い、アルバムジャケットや盤面のデザインをして貰った吉村さんも同行してくれた。免許を取ってからというもの、時折バンドの遠征は運転していたけれども今回も往路の後半は僕が運転した。遠征も運転するとなると格別だ。前日も何だかんだ仕事でお客さんのところへ運転していたし、この頃は割と長距離の運転が多かった。
話を戻す。割と余裕をもって名古屋を出たので扇町para-diceへ到着したのも結構早めだった。道中食事休憩等もなかったので皆は食事に出、往路前半、妻が持たせてくれたお弁当(妻には感謝しかない)を食べていた僕は一人で近所をブラブラした。扇町para-diceのある天神橋筋商店街は日本で一番長い商店街で、その店の並びとかを見ながらブラブラ歩くだけで楽しい。
途中に日本各地からベンチャーズファンが集まる楽器屋もあり、モズライトが大量にあるので見応えがあったのだが店の前まで行ったものの、集合時間まで中途半端な時間しかなかったので中を覗くのは諦めた。以前訪れた際はお店の店主さんともお話出来、流石にモズライトベースの購入は出来ないが何か小物くらいならお土産に購入出来るかも、と思っていたのだが、楽しみはまたの機会にする事にする。

リハーサル序盤、パワーサプライを接続してもエフェクターに電力が供給されない。どうやらデイジーチェーンケーブルの接触不良のようだ。ケーブルをグリグリするとすぐに通電し、事無きを得た。リハーサルを大変快適に終え、出音に大変満足出来るサウンドメイクが出来たので本番への期待も高まろうというものだった。
実験的にコンプレッサー2台、ディレイ3台と僕にしてはノードライブ、変則的な足元で臨んだのだけれども面白い演奏が出来そうな予感もあった。
リハーサル後、メンバー各自自由行動。僕は樫山君とすぐ近くにあるクラブ温泉へ。

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クラブ温泉、多分だけど一度訪れた事があるような気がする。
今まであまりそこに着目していなかったけれど、浴室の天井の高さは快適さにも繋がると発見した。クラブ温泉は天井が高く、その浴室の広さもあいまって良い具合のアンビエント感を演出してくれる。解放感もあって大変良い。また、水風呂の深度も結構あり、どっぷり浸かる事が出来る。サウナルームとその真下の水風呂を繋ぐ螺旋階段も趣があった。
再訪したいサウナだ。

この日の共演バンドでLLRR(るるろろ、と読む。webとかは見当たらなかった。俺の検索能力の低さ故、なのだろうか)というバンドが僕達の一つ前の出順で演奏していた。出番前は割と緊張やら集中で時間を要するので1,2曲しか演奏を観る事は出来なかったのだけれども滅茶苦茶良かった。格好良いバンドを観た後に思う「こういうバンドやりたい」とダイレクトに思った。ああいうバンドやりたい。

出番直前、転換でハプニング。
調子が悪かったデイジーチェーンケーブルがどうやら更に壊れたらしく不具合が頻発している。電源が供給されて一瞬で切れてまた一瞬復旧して、みたいな状態を繰り返している。流石にこの状態で演奏に突入するわけにもいかず、急遽使用エフェクターを厳選、2本のデイジーチェーンケーブルの内断線しかけていると思しき方を外し、正常なケーブルのみで使用出来る5台分のエフェクターで演奏する事にした。こういうのは焦る焦る。けれども同時に腕前が試される瞬間でもあるし面白くなる瞬間でもある。
電源的に安定した状態を作り出せたので演奏開始。
しかしエフェクターを幾つか外した状態だからか混乱の中ツマミの位置が変わったのかどうにもドライシグナルとコンプレッサー×2のバランスが崩れたように感じる。修正したものの動揺もするし何だかなぁと気持ちの部分でもダメージを負う。
しかし同時にその差異やエラーが演奏、ライブ全体に及ぼす影響は俺が捉えているより大きくないはずだ実際、と冷静でいられるように努め演奏を行う。演奏終了後、照明をして下さってた志村さんとお話したのだけれども実際外では気にならなかったそうで、あそこで自分に前向きになるように言い聞かせて正解だった、と今後の自分の判断に更に自信が持てるようになった。これ、大きな事言っているで別にそうでもないからね。落ち着くための根拠、みたいな話。ちゃんちゃん。

白線の内側がレコーディングを開始してこうして所謂「レコ発ツアー」みたいなものに出張るようになるまで随分と時間がかかってしまった。一般的なバンド活動のペースでいっても相当に、滅茶苦茶に遅いだろう。けれども、アルバムは出来上がり物販ブースで売る事が出来るようになった、兎に角。
これを携えて色々な場所に行きたいと思う。

Fulltone OCD ver2.0を購入した話。

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昨年末に行きつけの中古楽器屋、というか中古エフェクター専門店が閉店してからというもの、多くの東海圏在住の機材愛好家、蒐集家と同じように僕もエフェクターを買い求めるお店を求めて路頭に迷う事になった。
多くの行動力と時間と情熱を注ぐ事をやむなしと出来る者達のようにリサイクルショップを巡る事も時間的な制約の中難しく、時折行動範囲内の楽器屋を覗いてはかつて行きつけだった店の面影はそこにはないという当たり前の現実に打ちのめされて帰路につくという不健康極まりない道楽の時間を過ごしていた僕を見るに見かねたのかはわからないが、友人が一軒のリサイクルショップを薦めてくれた。
聞くと友人も何の気無しにそこを訪ねたそうだがなかなかの品揃えに驚いたとの事。
僕が家内と友人とそのお店を訪ねたのは果たして桜が咲く頃、Fulltone OCDを求めてであった。

Fulltone OCDはその内部回路からして幾つかのバージョンに分かれる事は好事家の中では有名な事実であり、一見見た目は同じでも音は随分と違う、という評判を沢山聞いた。だが同時にOCDはエレクトリックギターだけでなくエレクトリックベースギターにも具合が良い、という話も聞いた。こりゃあ弾いてみねばなるまい、となるわなそりゃあ。
そんなOCDがバージョン違いで3つ店頭に並んでいると知った時の嬉しい驚き。これで試奏してバージョン毎の違いを知り、更にはどのバージョンが自分の求めるものか探る事が出来る。一箇所でそれが出来るってのはそうそうある機会ではないのではないか。
店員さんに言って、3つのバージョン違いのOCDを直列で繋いで頂き、どれがしっくりくるか比べる事にした。

いやこれがもう面白いくらいに音が違って。
今回僕が試したのはバージョン1.4と1.7と2.0。
まず音量が違った。ボリュームコントロールを同じ位置にしても出力される音量が明確に違って、新しいものの方が大きかった。それだけで決定打にはならないけれど、僕みたいな大音量の信奉者、イヤーカフをしてまでもバンド全体で大音量で演奏する事に臨みドラマーが遠慮容赦なくその筋肉を行使出来る環境を作り出す事に尽力するタイプにはこれは大きなポイントである。
で、今度は聴感上の音量を揃えてトーンの位置を3機種全部揃えて弾いてみると、いやこれがまた音が全然違う。目を閉じてブラインドチェックで比較、というのは出来ないので可能な限りフラットな気持ちで比較してみると、これまた新しいものの方がドライシグナルそのまま(厳密にはそのままではないけれどもこの場合のそのまま=キャラクターを損なう事なく、くらいのニュアンス)の音を出してくれた。
今回欲していたのは『扱いやすいオーバードライブ、というかOCD』だったのでこの「扱いやすそうなOCD」=「バージョン2.0」を購入。

その後、丁度良いタイミングで鈴木実貴子ズでの練習があったりワンマンライブがあったので自分の足元にこのOCDを組み込んで使ってみたのだけれども、いや大変具合が良い。バイパス時の音をそのまま歪ませたような音で扱いやすい。歪ませた、というと説明がザックリし過ぎか。アタックが滲んだような、それでいて抜けてアンサンブルの中でも出音全体が歪んでいるのがちゃんと伝わるような抜けのよいサウンドで弾いててストレスがない。ダイナミクスもちゃんと反映してくれるし、そりゃあ人気も出るってもんですよ、これ。Driveコントロールの幅も相応にあるし、飛び道具的な代物を欲するような時以外は持っていて損はしない一台ではないだろうか。
これの後にベースビッグマフを繋いで歪みを二段階にしてこの日は演奏したのだけれども、大変快適に演奏出来た。
あ、HPモードとLPモードがあってHPモードは音がグンと前に出てきて音量も上がるけれども、何だかちょっと腰高なサウンドになったように感じる。ソロとかとる時はこのモードもオイシそうだけれどもアンサンブル中で堅実に歪ませるのであればLPモードの方が地に足ついた感じがあって良いかと思った。
コントロールが多ければ対応出来る幅が広いってわけじゃないと教えてくれた一台。

10連休10日目。

10連休10日目。
随分と間が空いてしまったが記憶を頼りに大型連休最終日の事を書いておこうと思う。
とはいったものの確かこの日は白線の内側で練習したくらいであとは特に何もしなかったのではなかっただろうか。
最終日なんだし情熱を燃やし尽くすように何かする!というわけでもなく平凡に過ごすというのは、まあ僕のスタンスからするとあっているように思える。
というか正直言って10連休は長過ぎてワーカホリックとまではいかずとも仕事の事が嫌いじゃない僕は結構連休「明け」の事に思いを馳せていた印象がある。あまりに休みが続くと仕事の面で不安を感じるようになる、というのは新鮮な発見だった。
この分ではもっと連休が続いたら仕事がしたくてしょうがなくなるんじゃないかしらん。

何だかんだで10連休、大いに楽しんだなあ。
遠くに行くだけが連休じゃなし、夜通し遊ぶのだけが連休じゃなし。

10連休9日目。

10連休も佳境の9日目、5月5日の日記である。
この日は父の誕生日、だからというわけではないが実家の両親と妻と娘の5人で東山動物園へ出掛けた。
実家まで車で行き、そこから地下鉄で移動する。娘は初めての地下鉄だ。

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娘と正門前の看板で記念撮影。コアラが動物園に来たのと僕が生まれた年は同じ年だったようだ。
連休中だし混んでいるかな、と思いきや想像していた程でもなく、一安心。
ゴリラを見たりゾウを見たりキリンを見たり、娘がどこまで見れていたかはわからないけれども僕達や両親には良い思い出になったように思う。家族が増えて家族同士の距離はより縮まった。楽しそうに娘をあやす母やカメラのシャッターを切る父を見てそう感じた。
娘もぐずる事なく、3~4時間程動物園を楽しんで帰宅。
折角なので夕食は父の誕生祝いも兼ねて一緒にとろう、という事になった。
妻の実家の方で予定があったので、娘を預け一時妻の実家へ。妻は義母の盆栽に水やりを、僕は行きつけの理髪店へ散髪しに行った。ここのマスターは元トロンボーン奏者で音楽の話が出来るので楽しい。今回も楽器屋の話から管楽器の話になり、色々と教えて頂いた。で、毎度の事ながら心地良さに眠りこけてしまう。気がつけば散髪は終わっていた。

実家へ戻ると兄一家も一緒に食事をする事に。皆で近所のショッピングモールの食べ放題のお店へ行く。あれこれと選んで食べられるビュッフェ形式なのでこういう時には大変便利だ。いつもどうにももとをとれている気がしないので今回は作戦を立て「野菜」「肉、魚」「炭水化物」とテーマを決めてそれに則って食事をよそって食べた。いつもよりかは食べられた気がする。

帰宅して娘を風呂に入れ、スマートホンでインターネットをすると「いつかは手に入れたいランキング」ベスト5以内に入っている生産完了しているペダルが比較的安価に売りに出されているのを知る。eBay等で見る価格の半分程だ。
いやこれ絶対欲しい。
数時間後、妻と交渉の末、無事に購入手続きを済ませた。舟橋家には厳格なる「エフェクター購入のルール」があるのだが、これはまた別の機会に。いやそんな大した話でもないのだけれど。

10連休8日目。

10連休8日目、5月4日の日記である。
この日は昼頃から妻が娘を連れて友人とお茶をしに出掛けたので昼から一人、のんびりと過ごす。
夕方から6月に控えているいちろー君(廃墟文藝部、白線の内側)の公演『SEE SHE SEA』の稽古があったので少し早めに家を出、近所の家電量販店へ。
出先でもスマートホンで音源データを確認出来るように、ライトニングケーブルから通常のイヤホンに接続出来る変換アダプターを欲していたのだが色々見ているうちにBluetooth接続のワイヤレスイヤホンの方が安い事に気付く。
2000円程度で購入出来たので試しに使ってみたのだが思っていた以上に音質も悪くなく、出先でのちょっとした確認や音楽鑑賞には十分過ぎる程であった。最先端(っぽい)の機器を導入した満足感も得、ホクホクしながら稽古場へ向かう。

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画像はボケてしまったが稽古中の様子。
まだまだいちろー君の頭の中でも試行錯誤の連続であるようだけれども、何となくこの日の通し稽古で彼のやりたい事というか作り上げようとしているものの一端、手触りだけでもわかったような気がした。
作品作りもこれからが本番。楽しみつつ、力を出し切ろう。

10連休7日目。

5月3日の日記である。
連休もここまで続くと連日の夜更かしがたたり、生活時間がずれ込んでくる。いつもは朝6時過ぎに起床しているのに9時過ぎとかに起きてしまう。目覚まし時計をかけて就寝しないのでさもありなんといった感じではあるが、どうにも不慣れな生活時間で生活していると体に負担がかかるのか倦怠感がうっすらと肉体にまとわりついているかのようだ。

前日に行こう行こうとしていたけれども時間の関係で行けなかったお宝市番館 尾張小牧店へ妻と娘とドライブ。目的としては僕はエフェクターを購入前提で試奏しに、妻は不具合が起きているゲーム機のコントローラーを見に、といった感じ。
「BOSS PW-2はギターで使うには扱いづらいし音も良いわけではないがその極端なローブーストっぷりがベースギターには丁度良い」という評価を聞いてどうにも気になっていたPW-2、尾張小牧店で安価で販売しているとインターネットでの情報で知り気になっていた。SNSで「PW-2が気になる」と発言したところ友人から「あれは黄色い文鎮だよ」と言われたり同好のベーシスト氏からは「僕は試しましたが好みではありませんでした」と言われ、実質9ヶ月しか生産されていなかったその超絶不人気っぷりの裏付けになろうかという評判ではあった。
つまり酷評、ね。
だがしかし、たった一人ではあるが知人のベーシスト氏が「最高のベースファズ」と絶賛し、今をときめくEarth Quaker Devicesの宣伝担当のベーシスト氏も「僕は歪みもののペダル集めが趣味で過去にはPW-2なんかも使ってた」と発言する等どうにも挑戦意欲をそそるような絶賛も垣間見え、これは実際鳴らしてみる他あるまいと妻と娘を強引に誘いわざわざ車で45分のリサイクルショップまで赴いたというわけだ。

で、結論、購入は見送った。「滅茶苦茶安いし(4000円きるくらいである)、音楽で得たお小遣いもあるしそれ使って経済回そう!」くらいの気持ちでハンドルを握ったものの、お店を出る時には「これは戦略的撤退である」と自分の決断に間違いがなかった事を確信する始末。酷評される程酷くもないけれども、なんだか敢えて購入する程ではないな、というのが正直な感想で、そりゃあ試奏コーナーでのちょろっとした試奏じゃあその全貌は計り知れないけれども、どうにもこうグッとこなかったので僕にしては珍しく購入を見送ってしまった。こういうのもご縁だしね。
結局、妻も近所のお店で中古のコントローラーを安価で見つけ、ただのドライブになってしまった。けれどもまあ、無駄ではなかったと思う。気になるペダルがある、という状態は放っておくと変に気になり続けてしまって判断を誤る要因になりかねないので。

夜はstudio penneこと鈴木君と今やその妻である田中さんが夫婦で遊びに来てくれた。
皆でピザを食べ談笑した。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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