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日記はちゃんと書かないといけないな。

お医者の先生から「もういつ生まれてもおかしくない」とお墨付きを貰ってからというもの、毎日毎日今か今かと娘が妻のお腹の中からこの世界に出てくるのを心待ちにしている。
出産の際には妻の身体に物凄い負担がかかるわけであり、同時に僕は何の痛みも物理的には負わないわけでもうこれは個体としては『ひとごと』になってしまい、だからこそ無邪気に「楽しみだなあ」とか言えてしまうわけなのだろうけれども。
兎に角今は娘に会えるのが楽しみでしょうがない。

ちなみに妻は妻で早く出産をしたいそうで、彼女の場合は早く会いたいという事に加え余り娘が胎内で大きくなると出産の際の痛みが増すのではないかと現実的な側面から戦々恐々としている事も理由としてはあるのだという。
僕は毎日何かと理由をつけて「今日こそは生まれるんじゃないか」と臨月を迎えた妻に向かって言う。
「今日生まれたら金曜の夜だし娘は父親と母親が一緒に揃っている時に生まれてきたいんじゃないだろうか。だから今日生まれる気がする」
「今日は満月だから生まれる気がする」
全く、本当に無責任なものだ。最初こそ一緒に一喜一憂していた妻も今は半ば呆れ顔で「そういう発言が逆ジンクスとなって今日は生まれないのではないか、と思える」と言っている。こうして文章に書き起こすと僕はとんでもない夫であり父親だな、妻が寛容な人で良かった。

陣痛が夜中に来るかもしれないから、と毎日何だかんだ早寝するようになったり、眠れる時に寝ておこうという発想が根付いたのは良い事の一つ。それでも日中は眠いのは何故なのだろう。どれだけ眠っても人は眠いのか。
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日記っちゃ日記だけどもさ

・『突っ張り棒の話』
最近、突っ張り棒がマイブームである。
この日記でも何度か触れてきたが、社宅に入居してからというもの、元押し入れである約一畳分のスペースが僕の自室となっている。その中に以前はメタルラックを組んでパソコンやら機材やらを収納して折り畳み椅子に座って作業したりしていたのだが、どうにもくつろげない事に気がつき思い切ってラックを撤去、床に直接座る事を前提に家具の配置を直した。
最終的には座椅子を導入して随分とくつろげる自室になったのだけれども、こうなってくると高さがそれまでと比べて余ってきた。折角なので空間の有効活用を、と突っ張り棒を使って収納スペースを生み出す事にした。
で、ニ○リで買った突っ張り棒やダ○ソーで買った突っ張り棒をあれこれと試しているのだけれども、断言する、突っ張り棒はニ○リのものが素晴らしい。突っ張り方が半端でなく、壁さえ頑健であればしっかりと突っ張る事が出来る。
世の中の突っ張り棒は全部ニ○リのものなら良いのにな、と思う。

・『娘の話』
妻の胎内の娘、まだ産まれず。
これはいよいよ陣痛が来るか!?という兆候がちらほらあったので妻と揃って期待していたのだけれども、全くもって娘(予定)はじらしてくれる。まあ、将来モテそうだから良いか。

・『死んでいく弦への鎮魂歌』
詩を書いた。どうしようもない内容だけれども折角なのでここに転載しておく。

げんがしんでいく
作:舟橋孝裕

ああ げんが しんでいく
はりかえて いっしゅうかん してからが
だだりおの ほんきだと
だれが いったか

おれは はりたての
おとが すきだ
ああ げんが しんでいく
げんが しんでいく

にぶった てつの
おとを させながら

僕だって真面目に考えたりはする。

冷静に考えれば、先日の演奏を終えてから約2ヶ月ライブの予定が、ない。
これは大変珍しい事でともすればこの10年間、有難い事に一ヶ月に一度は人前での演奏の機会を得てきたし多い時はもっと人前で演奏してきた。僕のようなスタンス(つまり自己研鑽のための演奏活動を主とし、平日は仕事で収入を得、平日夜或いは週末の演奏でそれを成し遂げるというスタンスである)で演奏活動を継続する人間としてはこれは結構珍しいのではないか。月に一度の演奏が、ではなくそれを10年の間絶える事無く継続する事が出来た事が、である。もしかしてもしかすると、これは音楽を生業に、音楽で生計を立てようとしている人間でさえこの期間人前で演奏をし続ける事というのは難しい事なんじゃないかとさえ思う。
これはひとえに僕が節操がなかったからで、内容も選ばずに必要とお声がかかれば『まずは』やってみるスタンス(これでしっぺ返しを食らう事も僅かではあったけれども、あったものよ)で、あとは同時に幾つもそういうお声がけを抱えたり有難い事に気に入って頂いて継続的に演奏に参加したりその結果加入したり、そういうのがあったからである。この10年間、本当に多くの人と演奏したと思う。
ただ勿論続けている事が自慢になるわけではない。素晴らしい演奏家だけれども今は人前で演奏する機会がほぼほぼない同業者を僕は知っている。その人の演奏だったら僕は優先事項の上記ベスト3に入れるレベルで観に行きたいと思う。そう思える演奏家が今は人前で演奏していないのだから続ける事は僕の演奏技術の向上に繋がりこそすれ、イコール演奏家としての僕の価値とはならないのがはなはだ残念ではある。
変な物言いになるけれどもさ、一緒に演奏する人間や演奏する内容を選ばなければ、そりゃあ絶える事無くバンド活動を続ける事は出来るよ。そうしない人達が圧倒的に多いという、ただそれだけだ。
僕は有難い事に都度都度一緒にやってみたいと思う演奏や挑戦してみたい音楽がそこに存在したのである。
では何故その10年間を経た上で11月まで演奏の予定がないのか。これはひとえに心境の変化である。
これは、これだけはと半ば意地になって続けてきた時期もあった演奏活動を一旦差し置いて、向き合いたいと思う『予定』が差し迫っている。

妻の出産である。

出産というのは一大事だ、特に妻にとっては本当に一大事だ。僕なんかでは想像もつかないような大事を彼女は抱えている。
大前提として、妻は僕の演奏活動に関して大変寛容だ。週末の時間の使い方はそのまま家族としての時間の使い方に関係してくるのでライブのオファーを所属バンドが貰ったり僕個人宛にオファーを頂くとまず僕は妻に相談する。
「ライブのお誘いが入ったのだけれども」「ああ、やってきたら?」
即答である。彼女は内容や時期ではなくその日その時に家族としての予定の有無で検討している。その結果過去のオファーでは8割、いや9割方「やってきたら?」と肯定的な回答であった。
ではこの時期ライブの予定がないのは彼女の、妻の要望によってなのか?答えは否である。
彼女は家族である僕も驚いたのだが9月上旬、つまり臨月のオファーも「やってきたら?」と答えた。予定日近くのオファーに関しては「その日別に予定は空いてるけど、生まれちゃうかもしれないよ」と答えた事もあったな、確か。ストロング過ぎる。
こういう人と家族というコミュニティを形成するとなると、やはり背筋が伸びる。こういう人間に負担をかけてはいけないな、と思う。

あと妻のお腹が大きくなるにつれ、どうやら自然と心境の変化が僕に訪れたようである。
演奏が何よりの楽しみであったし人とのコミュニケーションであったけれども、僕は妻のお腹の中にいる自分の遺伝子を持つ他人の存在が興味深くてしょうがない。彼女に会えるのが待ち遠しくて仕方がないのだ。この分だと彼女が妻の胎内から出てきた後も相当興味を刺激されるに違いない。子どもという存在にちょっとじっくり取り組んでみたいという気持ちがある。
そういうわけで次の演奏が11月になった。しかもその演奏も自宅の近所、大変融通が効く、というかオファー元に融通を効かせて貰えそうだから妻への相談と熟考の末、引き受けた。これからはなかなか家を空けられぬ、というか空けたがらなくなるような気もする。育児は大変だろうけれども楽しかろう。妻も妻で表現する事に喜びを感じる人種なので妻の時間も尊重したい。
諸々関係して、その時期になった。長い人生だ、自分の興味の方向も様々な方向に向くだろうし、自分の一日24時間の使い方も色々な状況で変化するのが当然である。僕は欲張りだからその時その時で全てのバランスが『良い具合』であるように望む。
家族も仕事も、そして音楽も楽しくやりたい。何かを我慢する、のではなく向き合い方、取り組み方を変える事によってそれを成し遂げようと思っている。

真面目な話はこれでおしまい。
この三連休は家でゆったり過ごしたり今池祭に遊びに行ったりした。妻の体調が安定せずではあったのだけれども、様子を見ながら妻も一緒に出掛けた。

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犬栓耳畜生のまりいちゃんと出会ったので妻と。
まりいちゃんも妻と子の事を慮ってくれていて嗚呼、優しい娘さんだなあと思った。

あれも欲しいしこれも欲しいしもっと欲しい

妻が実家に帰ってから(こう書くと聞こえが悪い。実際は臨月を迎えて実家に一時的に戻っている状況である)というもの、生活が一変した。

家に帰る、一人飯なので思いっきり適当にどうにかする(例えば冷凍食品やインスタントラーメン等)、家の片付けや家事を適度にやる、その後はもう眠るまで自由時間。テレビゲームに興じたりビデオ試写室の如く模様替えした自室に篭って楽器を弾いたりパソコンを触ったり、あとは映画を観たりそんな感じだ。
ああ、とっても自堕落!!人間一人きりだとかくも堕落するものか!別に部屋が散らかってるわけでもない、シンクが荒れているわけでもない、ゴミ屋敷のようになっているわけでもない、しかしてなんだろう、この罪悪感は。

いわば子どもが生まれるまでの期間限定付の『自由気ままな男の一人暮らし』なわけだが、気楽さここに極まれり。毎日本当に気楽なもんである。けれども同時にこんな生活が続いたら緩やかに心が死んでいくんじゃないか、というようなそんな心持ちさえ感じる。
何か憂鬱なわけでもない、仕事も順調、子どもももうすぐ生まれる、夫婦仲も良いし趣味の表現活動は有難い事に次のワクワクする事も控えているし達成したい目標はあるしまだまだ興味は尽きそうにない。現状、あらゆる角度から見て自分の人生に不満は何一つない。

となるとつまりこれはあれか、そういう奴か。
毎日気ままにやり過ぎてそこに罪悪感を感じている、これは言わば贅沢病なのかもしれない。
時間があり過ぎるのも考え物、という事だろうか。

ELECTROGRAVE RIPPER FUZZ dry signal mod.について。うん、ただの自慢なんだ。

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自慢じゃないがファズは良いものを幾つか所有している。今現在手元にあるものはどれも手放せないものばかりだ。
どんなアンサンブルでも主張出来るアレ、ポンと置いてフルテンにすれば格好良い音がするコレ、問答無用にシビれる音が出るソレ、兎に角馬鹿デカく、そして雷のような音がするアイツにあのレコーディングやこのレコーディングで使った野太いコイツ等、僕の手元にあるファズはベース専用機に限らず良いファズばかりだと思う。
勿論、所謂『当たり』ばかりではない。機材選びは投資とチャレンジの世界、試奏コーナーでそれなりの音量で弾いたってわかるわけない、ずっと付き合っていけるブツかどうかは大音量で現場で鳴らさないとわかりゃしない。だからちょっとでも気になったら買う。試奏して「コイツならいけそうだ」と少しでも感じられれば買う。
実際のところ、愚行であると思う。だってその中の半分、いや良く言い過ぎか、6割くらいはご縁がなくて自分の手元から旅立って行く事を僕は経験上知っているのだから。勿論ご縁がないブツとはもっと良いオーナーと出会えるように中古ショップに売るのだが、その段階でそのアイテムは中古品、ともすれば中古品の中古品で自分という所有者を経ている以上、値段も買ったそのままとはいかない。経済とはそういうものだ。買った金額-手元に残った金額=勉強代。そう思う他ない。
まったく、一生付き合っていけるブツなんてのは全体の4割にもひょっとしたら満たないのかもしれない。この割合、今でこそそうだけれどもその昔はもっと低い割合だった。
人間は経験をもとに学習する事が出来る生き物だ。僕は多くの投資とトライ&エラーを繰り返して何となく「ああ、こいつは長くお付き合い出来そうだ」というブツを選ぶだけの審美眼(耳、だろうか)を養う事が出来た。
きっと、最初からもっと優れた耳をしていればこんなに沢山のお金を勉強代として支払う事はなかったはずだ。僕はようやく人並みの選定基準を得たんだとそう思っている。真面目な話。

さて、エフェクター、とりわけファズの中でも弾いた瞬間に「これは俺の手元に来るべきアイテムだ」と思えるものがある。
ELECTROGRAVE RIPPER FUZZはそんな一台。「これは絶対に手に入れないといけない」とそう強く思わされた一因に「これじゃないと出ない音」がある。この言い回し、エフェクターをついつい買ってしまうペダルギーク達にとっては常套句なのだろうけれども兎角このRIPPER FUZZに於いては誇張でもロマンでもなく、歴然とした事実である。このファズじゃないと、出ない音が、出来ない演奏がある。

ビルダー小池さんが「完全に無音の瞬間を作る事で破壊力を追及した」と完成直後に興奮しながら教えて下さったけれども弾いてみてその意味がすぐにわかった。ゲイン値固定のこの強力なファズ(「ゲイン?そんなものいるの?どうせフルアップでしょ?」とは小池さんの弁)は本来であればオンにするや否や強烈なフィードバックノイズを放つであろうけれども、RIPPERコントロールによって音を発音しない限り完全なる静寂を実現したのである。SENSITIVITYによってその掛かり具合をコントロールする事が出来るのだが、左に回し切る事で演奏者は世にも不思議な体験をする事が出来る。
グッシャグシャに、バッシャバシャに歪んだファズサウンドが炸裂するのだが弦をミュートした次の瞬間、否、その瞬間、完全なる無音が辺りを包むのである。ゲートファズのそれとは完全に異なるこの異様な体験に僕は思わず笑ってしまった。
強力な轟音で辺りを薙ぎ払うような演奏をし、次の瞬間完全なる無音。彼岸と此岸を行き来する、何だかとんでもなくイケナいファズのような感じである。

僕が小池さんにオーダーしたのは只の一点、この素晴らしい兵器、RIPPER FUZZをベースギターで完全に使いこなせるようにするためにドライボリュームを搭載して頂いた。ドライシグナルとファズシグナルをブレンドする事でトーンの効きがこれまた極悪で面白いRIPPER FUZZの魅力を存分に活かす事が出来る、そう感じたのである。
完成品を受け取りに行った時、小池さんは興奮気味に「これで死角ナシ!」と言い放った。弾いた直後、僕はきっとそれ以上に興奮していたに違いなかろう、「死角ナシ!!」。
微妙な匙加減、というあんばいがこのペダルに必要かどうかは別として、微妙な匙加減の音作りも可能になってしまった。もう完璧だ、恐ろしく完璧だ。物凄くタイトな、休符だらけのリフだろうがギンッギンに歪ませてかけっぱなしで刻めるようになってしまった。
弾いてると「あれ、これって本当に歪んでいるっけ」とゲシュタルト崩壊を起こす程演奏にタイトだ。これをファズトーンと呼んでしまっていいのかわからなくなる。全く新しい、小池さんによる『発明』なのでは?
そんな風にさえ思えてくる。

これはもう絶対に手放さない。手放せない。

これが本当のRandy's Revenge

台風21号の脅威に晒された一日。
ここ最近、名古屋は大雨とか台風とかほとんどが夜中に通過していって日中その脅威を目の当たりにする事って久しくなくて、前日まで何となく今回もそんな感じだろうとか危機感が全くなかったのだけれど。
予報通り正午頃から崩れる天気、吹き荒れる風に職場の建物がウオオオオオ...と揺れ、物凄い風の音に思わず「ちょっと大丈夫か、これ」と口から出てしまった。
尤も、仕事を終え同僚の運転する車に乗せてもらい特に支障無く帰宅出来てしまい、本当に僕は今回の台風に関しても特に被害らしい被害を被らずに済んだ。
報道やSNSを見ているととんでもない動画や画像が出回っていたり、街中でも看板が剥がれたり信号が停電で動いてなかったり「有事」という言葉に相応しい光景も目の当たりにしたのだった。
被災した方々が少しでも早く元の生活に戻れますように。
家族を持つようになってこういう言葉も以前と意味が変わってきた。生活というのは尊いものだと痛感する。

さて、話はガラリと変わって今夜もエフェクターについて記録しておく。
ベースギター本体からの信号をバッファ→ボリュームを下げるペダルという順番で流してから他のエフェクターにインするようになってからというもの、それまでよりもグンとその真価を発揮するようになったエフェクターは少なくなく、一度は手放したものの再度購入したエフェクターも幾つがあってその中の一つにFAIRFIELD CIRCUITRYのリングモジュレーター Randy's Revengeがある。

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以前は何なら「俺とは相性が悪い」という論調でブログに感想を書いたけれども、少し前の金曜の夜だったか、仕事が早く終わってテンションが高かったためサイクリングがてら行きつけのエフェクター専門店に飛び道具気味のリバーブを探し求めて行った際にコイツに再会した。
気になっていたリバーブはどうもしっくり来ず、久しぶりにコレを触ってみたい、と試奏させて貰ってたまげた。滅茶苦茶良い、どころか滅茶苦茶に『美しい』でやんの。

普段愛用しているelectro harmonixのリングモジュレーターは音が微妙にヨレてて、それでも主張が強い音で好きなんだけれどもRandy's Revengeは「綺麗に」リングモジュレートするというか、綺麗にかかってくれる。透き通るような濁った音という矛盾した表現をお許し願いたい。他の語彙力ではこの芸術的な音を表現するにはそれが一番しっくりくるのだ。
ブレンドコントロールはドライシグナル側に振り切れば完全にドライシグナルだけになるし、ボリュームコントロールをその状態でちょいとブーストすればクリーンブースターになるくらい音量の可変域もある。
真ん中の大きなツマミは以前は設定がシビア過ぎる印象だったけれども今改めて触るとどの設定でも音楽的なリングモジュレートサウンドになるし、何ならシビアさも然程感じなかった。感覚って変わるものである。
エフェクトシグナルだけに作用するローパスフィルターも素晴らしく、これで思い切った音も耳に痛くなく=アンサンブルに馴染むようにする事が出来る。勿論その逆も然り。
スイッチ切り替えでトレモロみたいな効果も得られるしいやあ、面白いし一々美しいですよこれは。
これは買わねばならない、これを逃すと罪悪感さえ感じるだろう、と思い詰め翌日購入。触りまくってその翌日の鈴木実貴子ズの現場から早速導入した。
所謂歌モノの演奏の際にはファズの後段に接続、エフェクトシグナルはギヂッッ!という具合の過激目な設定、しかしてブレンドは抑え目にして多少音にエッジと輪郭を出すようなイメージでボリュームはブースト目。
これでファズで歪んだ音を更にブーストするようなイメージで使ってみたところ狙い通りの効果が得られた。

勿論先日の『あめつち』:での即興演奏の際も大いに活用した。
単体でも使用したしDOD MEATBOXで使ったサブオクターブにブレンド抑え目にして輪郭を押し出すようにかけてやるとこれまた面白いサウンドになった。

コントロールの融通の効き具合とエフェクトの美しさのお陰で汎用性を獲得したリングモジュレーターの傑作。
一度は手放してしまったかつての僕の頬をはたいてやりたい。もう、手放さないぞ。

『あめつち』終演しました。

昨夜は千種 喫茶モノコトにて『あめつち』という公演に参加した。総合的な一つの作品を画家タキナオさんの招集の下に集まった絵画、音楽、造形に携わる7人のクリエイターによって作り上げて上演したわけなんだけれども、これが滅法面白かった。
途中休憩を挟んで前半後半、幾つかのシークエンスに分かれておりそれらがゆったりと移ろうように変化して進行していくのだが、僕は梶藤君と主に即興パートを担当させて貰って、梶藤君とタキナオさんと即興でライトドローと演奏で空間を立ち上げん、と挑んだ次第。
あ、この際だから参加アーティストをご紹介。

天野入華/美術作家
梶藤奨/パーカッション・シンセサイザー・マニピュレーション
Kazuyuki Ito/ギタリスト
せをはやみ/サウンドアーティスト・ミュージシャン
タキナオ/画家・ライトドロー(即興映像)
舟橋孝裕/ベーシスト・エフェクター演奏家
Yakko/ドラマー

いずれの方もしっかりとご自身の表現を持っておられて活動を重ねておられる方々ばかりで。有難い事に梶藤君とタキナオさん以外ほぼほぼはじめましての方々ばかりの中、大変新鮮な気持ちで音を出し続ける事が出来た。
僕と梶藤君、前半の海をテーマとした即興シークエンスではタキナオさんのライトドローに添えるように音を出すつもりだったんだけれどもついつい楽しくなっちゃって随分と深くて壮大な海のイメージに引っ張ってしまい。こりゃあどうなるかとちょっと気がかりだったんだけれどもせおはやみさんとYakkoさん、Kazuyuki Itoさんのお三方が綺麗に色を上塗りして下さって。
この前半があったので後半の即興シークエンスはタキナオさんのライトドローを煽るようにノイズや重低音まみれの即興演奏となった。タキナオさんのライトドローって僕みたいなのからすると門外漢なんだけれどもそんな僕でもわかるくらいキッチリと即興演奏に応えて下さっていて。タキナオさんは今まで何度かご一緒した事があってその都度思ってきたんだけれども他者と一緒にやる意味というかその場その瞬間をとても大切にされていて、そこに反応して表現をして下さるので一緒にやっていてとても楽しい。
楽し過ぎて僕も梶藤君もついついドロドロしたものを顕在化させてしまった。
のだがここでも前述のお三方、綺麗な世界観に引き戻して下さってもうこのコントラストって逆に良かったんじゃないか、と自分の出番が終わった後は放心状態で目の前のクリエイションを堪能していたのであった。
天野さんの造形が全体のイメージをかたどって、いやはや、ライトドローに造形に音楽に、とガッツリ組み合ってあめつちを作り上げていたなあと振り返る。

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終演後に集合写真。
またこの7人で何かやれたら素敵だろうなあ。

鈴木実貴子ズと大阪へ。

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写真はSAにて鈴木実貴子さんと僕。豚野菜炒め定食美味しかったです。

鈴木実貴子ズのレコ発企画大阪編で梅田HARD RAINへ行ってきた。
同じくサポートメンバーとしてギターを弾いている各務鉄平君は前日に大阪でライブがあったため現地集合、往路は鈴木実貴子ズの二人と僕の3人の道中となった。
僕は結構喋る方だと思う。どうしようもない事から突然スイッチが入ったように(自分が)興味深い事を熱心に話し出したりする。会話がどんどん飛び交ってそれでいて自分の中では理路整然と整合性がとれている感覚でいるもんだから随分と迷惑な話ではあるのだが、二人には随分と迷惑をかけたんじゃないかと思う。カフェインと久しぶりの梅田HARD RAINでの演奏という事で少しハイになっていたのだ。
少しは貢献せん、と運転もしたりした。高速道路の運転も少しは慣れた。運転免許はもっと早く取得しておけば色々と便利だったろうにな、と思う。

現地で各務君と合流し、リハーサル後皆で楽器屋を覗いた後、単身サウナへ。梅田ニュージャパンは前夜各務君が宿泊したそうなのだが、話を聞くにエンターテイメント性溢れるサウナスパだようで興味がそそられたところに高橋君の「あ、そういえば知人も言ってました、そこは日本一だ!って」と言葉を添えたもんだからこりゃあ行くしかあるまいて。
「この暑いのによくお風呂に入るねえ」と鈴木さんに言われてしまったけれど、YESのクリス・スクワイアも無類の風呂好きだったそうな。良いベーシストはきっと風呂好きなんだよ、と背中で告げてニュージャパンへ向かった。

ニュージャパンは露天風呂(サウナに夢中になっていて結局行かなかったけれども)含め3フロア構造で温水プールまである結構「ガッツリ」なサウナスパだった。サウナの温度も高いし水風呂も13.8℃と申し分なし。大いに堪能した。
あ、そうだこれも忘れずに書いておかないと。人生で初めてあかすりも挑戦してみた。年上のお姉さまにすっぽんぽんを見られるのは最初こそ面食らったものの、気持ちよさにうっとりとしてしまった。こうやって大人になっていくにつれて人は快楽を憶えていくのだな、と思った。
適度にサウナ・トランスしてHARD RAINへ。

普段は演奏前は落ち着きがなく会場を出たり入ったりするのだけれども、この日は出来るだけ全出演者観ようと、観たいと思ってフロア後方に陣取った。途中で演奏に対する緊張感や諸々に襲われて外へ出たりもしたけれど、僕にしては結構しっかりと共演者の演奏に向き合ったのではないか、と思う。出演順が最後の方というのもこれはなかなか辛いものがあるのだ。
ドッグフード買い太郎さんが素晴らしい演奏をされていた。買い太郎さんとはこの日で三度目の共演になるのかな?ご一緒する度に僕は違うバンドだったりするので紛らわしいな、と思わせてしまっていないかが気がかりである。

鈴木実貴子ズの演奏は鈴木さんと対峙する感じというか、高橋君を筆頭に男衆3人で鈴木さんに向き合う、そんな感覚がある。勿論鈴木さんと高橋君の二人と向き合うスタンスの演奏なんだけれども高橋君が僕ら側についているというか、僕らのまとめ役になってそれでバンドアンサンブルを構築して鈴木さんの感情をプッシュせん、とするかのような。これは完全に主観だし「そんな事ないっすよ」って言われてしまいそうだけれどもそう感じる瞬間があって、結果的にそう感じる時って良い演奏が出来ている気がする。バンドって演奏の仕組み?アンサンブルの成分?の作られ方がバンド毎に違っていてどの作り方が正解なのかそのバンドごと、ともすればその時ごとによって違っていてそれが良い具合にハマると途端に良くなったりするもんだから面白い。
もっと貢献出来るように頑張ろう。多分、僕が一番お気楽に楽しんでやっている。

帰りの車中は、割とすんなり寝てしまった。
起きたら吹上、我が家のすぐ近くだった。
「こんな時間に家に帰したら近所の皆さんびっくりしないかな」
「あらやだ舟橋さん、また夜遅くに帰って来てるわよ、一体何されてるのかしら、みたいな」
そんな会話が聞えたり聞こえなかったりした。

近所の定食屋。

四国に接近している台風20号の影響で東海地方も天候が乱れている。
そんな中、朝一番に「今日は定時で帰ろうな!」と皆で盛り上がったにも関わらずついつい盛り上がってしまい仕事を終えるのが遅くなってしまった。自宅最寄りの市営地下鉄の駅から地上に上がると細かい雨が降っている。傘をさすという行為はどうにも億劫だもんだから通勤鞄の中には折り畳み傘が入ってはいたのだがそのまま足を踏み出してしまった。
台風接近による荒れ模様の中での帰路というリスクを冒してまで仕事に打ち込んだせいだろうか、腹がいつもより減っていた。今夜は外食と決めている。妻は出産を控えて実家に帰っている最中だ、男一人の自由気ままな夕食、こんな夜は自炊(とは言ったものの簡単に冷凍食品で済ましてしまいがちである)ではなく外食したいという腹積もりだった。
6月に引っ越してきてからというもの、僕にしては珍しく近所での外食はあまりしていなかった。自宅付近に小気味良い定食屋や中華料理屋が店を構えているのはリサーチ済だ。今夜はその中の一軒に突撃する事にした。

蒸す中、ビジネスシャツが肌にへばりついて気持ち悪い。特に首回り。食事を済ませて家に帰ったらとっととシャツを脱ぎ捨てよう、そんな事を思いながら歩みを進める。
よし、ここだ。
近所の定食屋、その中の一軒。表から中の様子が窺え、他にも客が何組かいた事が背中を押してくれた。初めての店に入るには幾分か勇気が必要となる。
「いらっしゃーーい!」
近所の定食屋、それも人通りが少ない路地の定食屋で夜の8時過ぎだというのにその印象を覆すような明るい声が迎えてくれた。
厨房の中で女将さんが明るい声をかけてくれる。もうこれだけでこの店が美味いのは約束されたようなものだ。

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適当な席につきながら周りをぐるりと眺める。手書きのメニューが壁に貼ってあり値段も手頃。他の客は3組。もう食事を終えつつあるサラリーマン然とした男と学生だろうか、若者二人にカレーライスを静かに食べるこれまた若者。そういえばこの辺りは学生街のはずれだったな、と思い返す。
カレーには呼び水のような効果がある。学生さんが食べている結構な分量のカレーライス、見ただけでついつい自分もカレーライスを頼みそうになる。落ち着け、決めるにはまだ早い。
今夜は定食方面に心が動いたのでメニューを眺め、定食の方向で探っていく。唐揚げ定食にミックスフライ定食に味噌煮込みうどん定食、お、夜定なんてのもあるのか。
「すいみません、ミックスフライ定食一つ下さい」
ミックスフライ、という言葉のお得感にヤラレてしまった。

落ち着いて、改めて店内の様子を眺める。厨房はそのまま返却口となっており、見ると張り紙で「食べ終えた食器は返却口へお持ち下さい!」と謳ってある。「!」によってちょっと怒っている、語気が強い印象を受けるが女将さんの様子から特段そんなつもりはないのだろう、シンプルに強調しているだけなんだろうな、と理解出来る。他にも「味噌汁はおかわり一杯まで自由、セルフサービス」と張り紙がある。味噌汁のおかわりが出来るなんてちょっとお得感が凄い。
程無くしてミックスフライ定食が運ばれてきた。

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「味噌汁と漬物はセルフでお願いします」
運んできてくれた旦那さんが言う。見ると店の片隅に電気ジャーが据えられており、成程、そこでセルフで注ぐ形式のようだ。何だか、妙に楽しいじゃないか。つい楽しくなって味噌汁をお椀一杯、漬物も山盛りにしてしまった。
味噌汁は実家の味噌汁然とした、恐らくは先程の女将さんだろう、しっかりと手作り感があってそれだけで妙に落ち着くものがあった。
「いただきます」
ご飯は大盛+100円、大盛にしようか一瞬迷ったけれども並良かった、結構あるぞこれ。遠慮容赦なくかき込んでもまだ余りそうだ。学生さんが食べに来るからそういう仕様なのかもしれない。チキンカツはサクッと揚がっており男の子なら皆大好きな味。タルタルソース付きの白身魚のフライも申し分なし。そして目玉焼きは嬉しい事に双子である。目玉焼きの中央がこんもりと盛り上がっているのは下にドレッシングがかかったキャベツの千切りが隠れているからであった。
あと小鉢に鶏皮の和え物。全部キッチリと旨い。どこか懐かしい旨さだった。
それぞれの味を確かめると、あとはもう一心不乱。ガンガンと食べ進める。
ゆっくり食べようゆっくり食べようと思ってもついつい早食いになってしまう。幼少期に兄弟におかずを奪われた事がきっかけで早食いになった、とかそういうのではない。旨い飯は箸が進む、というシンプルな理由だ。

10分程で平らげて、お会計をして店を出た。
入店前よりしっかり雨が降り始めていた。早歩きで帰路につく。
近所に良い店を見つけた。こういう店を一軒知っているかいないかで地域に対する愛着も変わってくるはずだ。

アフターファイヴをアクティヴに過ごした話。

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数日前から出産を控えた妻が実家に帰っている。
妻の実家は名古屋市港区、そう通り距離ではないのだが、毎日一緒に生活していた人が突然いなくなるというのは変な感じである。
ともあれ、僕一人で家の事を維持、更には発展させなければならない。次に妻がこの家に戻って来る時は子供連れである。想像を絶するであろう、新生児との生活は。可能な限り環境を整えておかなければ。

とか真面目な事を書いたものの、本日は仕事後に山田君(ex.不完全密室殺人)と岐阜県各務原市までドライブしてきた。
万代書店の岐阜の店舗が楽器が充実している、と先日共演したDUCT TAPEのTA-BO兄貴から教わったので早速覗いてみたのである。品薄な頃合いもあるそうで、今はそんな時期なのかな?とも思ったが自室での作業用に必要だったアダプターやらどんどん買い足しているゴミ屑のように安いパッチケーブルも2本買えて大変満足。折角来たのだから、と玩具コーナーも覗いたところ今日の日記に貼り付けた写真のゴジラの人形を見つけた。500円でしっかりした出来だったし買ってしまった。自室の棚に飾る事にした。

平日とは思えない程の移動距離であった。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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