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POS DT-1、これって別の観点から凄いエフェクターだと思う。

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これから長らく住まうであろう社宅に実家に里帰り中の妻と生まれて間もない娘を受け入れる準備を日々少しずつ、それこそ牛の歩みのような速度ではあるが進めている。
その過程で実家→妻と同居と始めた家→社宅と経てきても尚、段ボールに荷積みされたままの状態だった私物達をいよいよ整理する事になったわけだが、それらの多くが断捨離の果てに廃棄されたのに対して奇跡的に娑婆へ戻ったものも幾つかある。
その中の一つがこれ、一部のクソエフェクター愛好家達の中では有名なPOS DT-1である。

POS DT-1。
これを手に入れたのは大学生の頃である。一時期の僕は今よりも熱病に浮かされたようにエフェクター蒐集に精を出しており、それこそ安価と見るやいなや使わないようなペダルでさえも自宅へ持ち帰っていた。圧倒的な物量に憧れを感じていたというのもあるし、何よりまだ今よりももっと音の良し悪しよりも浪漫に比重を傾けていたという事もある。
中古で数千円しなかったのではないだろうか。兎に角、物凄く安くないとこのいかにも得体の知れない、ラベラーか何かで手作りしたのかとツッコミたくなるような素っ気ないステッカーで記されたメーカー名さえ何かの冗談のような、そしてこのどこかで見たけれどもオレンジ色で(思うにディストーションでこの色というところもメーカー名から感じる冗談のような風合いを強調しているように思える)塗装されている事で異形ささえ感じる筐体のこのエフェクターにお金を払うとは思えないのである。当時の自分を褒めてやりたい。唯一無二のこのペダルは、今だからこそ僕の手元にあるべきであると感じさえする。
購入して一度音を出して満足したものの、大学の部室に持ち込んで同期と笑い飛ばしてやろうとした際に音が出なかった事でこのDT-1との思い出は終了している。数百円だからこそ痛痒も感じなかったし「ほらだからダメだろ」的な感想さえ口にしたかもしれない。何ならその時僕のその発言に相槌を打ちながら笑った同期の顔さえ思い返せる気がする。
それくらい、このエフェクターには嘲笑しか感じていなかった。

本当に音が出なかったのか、あの時の不具合は不完全かつ適当な環境で鳴らされたが故のものだったのではなかったか、という疑念に抗えず昨夜、ベースギターに繋いでみたところ音が、出た。
まさかのまさかである。おいおい、出るんじゃんよ、とペダルに過去の無礼、そして音が出ないが故に仕舞い込んでしまった事への詫びを感じながらツマミを回す。
ディストーションとしては、まあ特に特徴もなく、安エフェクターのディストーションという感じだ。ベースギターで、かつ自宅で鳴らした感じでは特に特筆すべき事はない。
ただ、このDT-1の強烈な個性はそのバイパス音にある。

物凄く、音が劣化する。
高域がバッサリとカットされ、音が遠くなる。こういうフィルターなんじゃないのか、と感じる程である。
僕はかねてから音痩せなんてものは都市伝説のようなものでエフェクターを繋ぐ以上そんなものは気にしていられない、と声高に主張してきたけれども、それでもこのペダルに関しては明確な「音痩せ」を感じたのである。
もう、凄いよ。本当に物凄く変わるから。
音の変化が強烈過ぎて劣化といっていいのか迷う程だ。これは変化、ではなかったか。

POS DT-1、侮り難し。
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お宮参りと久しぶりの演奏。

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11月4日、早起きして伊奴(いぬ)神社へお宮参りに。安産祈願の際はお世話になったので感謝の気持ちを込めてお参りする。僕の父と母も来ており嬉しそうにしていた。家族というのは不思議なものだ、とつくづく思う。他人だった男女が夫婦になり、それぞれの家族が家族になるのだから。
娘が健やかに育つようお参りをして、帰宅。帰りがけにイオンに寄る。こうして新生児が家族にいる状況になってみるとイオンが如何にそういう世帯に対して配慮しているかがわかる。授乳室は広いしお湯も使えるしゴミ箱もきっちりあるしアルコールナプキンも設置されている。フードコートのファミリースペースで食事をとる。思えば初めての3人での外食だった。

帰宅後、新栄はVioへ。
この日は砂場主催のサーキットイベント『世界の砂場から』に鈴木実貴子ズがバンド編成で出演という事でベースギターを担いで参加してきた。会場入りしてすぐにエフェクターや電源こそ持ってきたもののパッチケーブルを一式忘れてきた事に気付く。この日はエフェクター少な目で、とそれでも厳選したペダルを2、3持ち込んでいたのだけれどもそれさえもそのままじゃあ使えない。共演者に借りようにも共演者に友人知人がいるかどうか、と楽屋に入るや否やすぐさまゼローネの青木君に会う。
渡りに船とはこの事だ、とパッチケーブルを借りられないか尋ねるも青木君はゼローネでの演奏が終わり次第すぐに別現場に行かねばならぬという。残念ながらどうしようもない。

こういう時こそ演奏家は知恵を絞るべきだ。諦めるのではない、与えられた状況の中でどのようにベストを尽くすか思考を反転させれば良いのだ。そうすれば逆境を楽しめるようになる。
この日足元に設置しようと思っていたのはチューナー、ボリュームダウナー(僕のベースは出力が大きいのでファズに突っ込む前にレベルを半分くらいに下げておく必要がある)、ファズ、そしてサンズアンプだ。
チューナーは、一瞬迷ったけれども外す事にした。なければないで思い切りチューニングが狂うような演奏をするでもない。何ならいつも安心するために足元にペダルチューナーを置いている程度の事なのだ。外せる。
次にボリュームダウナー。これは思い切ってベースギター本体でボリュームを絞る事にした。電気信号的には問題ないはずだ。
ファズとサンズアンプは同じくサポートメンバーの各務君から短めのシールドケーブルを一本借りる事が出来たのでそれを用いて接続。かくして、どうにか最低限の足元は実現出来たのだった。
どうにかなる、と楽観的に構える事は「どうにかしよう」という心持さえあれば実際のところどうにかなってしまうのだ、という経験則に裏打ちされた自信のなせる業なのかもしれない、結局のところ。たかだかパッチケーブルだけでここまで話を大きく出来るのも楽しいものだ。


演奏しながら時折はフロアを見るように心掛けている。演奏に集中して楽しむのは勿論だけれども、その「時折」で目に入る光景が一生忘れられない光景になり得る事もある。
この日、フロアを見る度に人が増えていっているように感じた。それこそ転換中はまばらで、数えられる程度しかいなかったというのに。如何に二人が力強い活動を続けてきたのか痛感すると同時に、じゃあ尚更この瞬間を鋭いものにせん、と気張った。
5曲の演奏はあっという間に終わった。

演奏を終えて外に出ると外気が体に心地良かった。湿気や気圧に不快感を感じる日ではあったけれども、それでも演奏後はどんな外気でも気持ちが良い。
やはり、演奏は楽しい。続けていこうと思った。

友人の結婚。

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写真は先日、目出度く入籍した弟子とバンドメンバー夫妻に愉快な仲間達と。
僕にとって唯一の弟子が結婚、しかもその相手がバンドメンバーだっていうんだから縁がないわけがない。有難くも披露宴でも大役を仰せつかっていたのだが、非常に残念、諸事情で出席する事が敵わなかった...。
無念さは行動で晴らす。
仕事を終え、もうあと数時間で日付も変わろうかというタイミングだったけれども新郎新婦夫妻は新栄のバンドマンの溜まり場である某中華料理屋で朝方まで飲み明かす意向だと知っていた。妻と娘が妻の実家で待っている。だが妻には「行ってきなさい」と許可を貰えた。さあ、祝いに行こう。
中華料理屋に入店すると最寄りライブハウスでの打ち上げ組がテーブルに陣取って、おっと、その横のテーブルにお目当ての組がいた。新郎であるバンドメンバー氏、会うなり顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。おいおいまじかよ、そんなに喜んでくれるなんて。驚いて涙も出なかったけれども、本当に来て良かったと思った。もう本当に、ぶらりとおめでとうを伝えに行っただけだったのだけれども。
新婦である弟子にも会う事が出来た。出会った時は彼女は二十歳そこそこだったんじゃなかろうかと思うのだが(ひょっとしたらもっと若かったのか?どうなのか)、こうして遂に人妻となったのであった。僅かな時間だけれども、話す事が出来て本当に良かった。

りっちゃん、炭酸さん、改めてご結婚おめでとうございます。
友人として二人の結婚、本当に嬉しいです。どうかこれからも仲良くして下さい。

何もバカボンドを一気読みしたからこういう内容になったのではない。

随分と日記を書く感覚が空いてしまった。
筆不精というわけでもないのだろうけれども、ここ最近日々の事を書きとめるだけの気持ちの余裕がなかったのだろうと思う。
時間の余裕がないわけではなかった。むしろ、あった。が、その時間を漫然と過ごす事に費やしていた。それが必要な事だったのだろうと思う。
もう、十分怠けた。怠けるのに飽きたのでまた日記を書いていこうと思う。

日記をサボっている間、仕事に毎日行き、実家で過ごす妻と娘に会いに通うという生活をしていた。育児を妻と義母と義父に任せてしまう形となり、妻に負荷をかけ過ぎてしまったと思い至るような事もあったけれども(それでも妻は随分と寛容な人だから本当にスッと至らなさを許し、改善する猶予をくれる)改善に次ぐ改善、地道な改善あるのみだ。人間は経験し学習し成長する事が出来る。これが人間を人間たらしめる一要素だと僕は考えているのでそれに則って成長していきたいと思う。育児はまだまだ始まったばかりだ。

印象深かった光景。つい先日の事である。
週末、妻の実家に泊めて貰い妻と娘と一室で三人で寝たのだけれども、その夜どうした事か娘はなかなか寝付けなかったようで(妻曰く週に一度はあるらしい)ミルクが足りないわけでもオムツが汚れているわけでもないのに泣き止まなかった。新生児の泣き声というのはとても情報量が多い、と思いつつ娘を抱いたりポンポンしたり声をかけたりするわけだけれども、なかなか泣き止まない。
ずっと泣いている孫を心配したのか義母が上階からやって来、声をかけながらあやしたところすぐに泣き止んだ。
もうね、圧倒的な力量の差を見たという感じである。
あの領域まで、いつか到達せねば。

最近は仕事の面でも私生活でも自分の伸び代、というか余白の部分を実感する事が出来て嬉しい気持ちだ。まだまだ自分は成長出来るんだと、発展するのだと感じてワクワクしている。毎日毎日が経験値を重ねる場で、実践の場である。

最近観た映画3作品の感想。

最近観た映画3作品の感想をつらつらと書いておく。
映画観たなら感じた事はあったはずだし、じゃあそれを言葉にする努力をするという事は面白いんじゃないか、と思ったので。言語化しているうちに「ああ、俺こんな風に感じてたの」って再確認する事もしばしばあるわけだし。

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『ゲット・アウト』
コメディアンが初監督作品で撮影したというホラー映画。2017年公開。話題になったよね、これ。
僕はほぼほぼ予備知識なんて持たずに観ちゃったんだけど、いやこれ正解、大正解だった。
アフリカ系アメリカ人に対する差別に真っ向から挑む、的な作品なのかと思いきやそういう要素を扱いつつきっちりホラーで、しかもその差別問題という要素がホラー映画としての構造的にも必要不可欠でさらにはそれを扱う事で面白さを増している、という非常に奥深い作品。ホラー映画って頭使わないでしょって印象あるかもしれないけれどもこれは是非観て頂きたい。
視聴後に色々なシーンを思い出して「あ!あのシーンもあのシーンも、思えばあのシーンも!」とこの映画が最初から実は伏線だらけというか巧みなミスリードだらけだったと気付くだろう。
ここ最近観た映画の中で一番のお薦め。

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『ハイテンション』
2003年、仏作品。
物凄いグロ映像のオンパレード!みたいな煽り文句でレビューサイトにも書いてあったりするんだけれども、観終わった後に不思議とそういうグッチャグチャにグロい、みたいな印象は残らないというか。むしろそこまでグロいわけではなかったような気がする。主人公のベリーショートの女の子が田舎にある女友達の実家に泊まりにいったところ、夜中に汚い作業着を着た中年男が乱入してきて一家を虐殺し始める、というホラー映画。
一家惨殺シーンは印象に残るものの、不思議と淡々とした静かなイメージでそれよりもタイトル通りテンション上がる描写はそれ以降、終盤の辺りである。
ストーリー的には一筋縄ではいかない系の粗筋になるのだろうけれども、別にそこまで驚く結末ではないというかそこにカタルシスを感じる映画ではないと思っている。
MUSEの『New Born』が流れるんだけれどもシビレる程格好良いタイミングで流れる。この一曲によってこの映画、妙にまとまってるというか良い意味で大衆感をゲットした気がする。個人的な感想だけど。

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『殺人者の記憶法』
韓国映画。
アルツハイマーの元連続殺人鬼が、娘を守るため巷を騒がす連続殺人鬼に挑む!という映画。粗筋だけですっげえ面白そう!と観たものの想像とはベクトルが違った映画であった。けれども丁寧に作ってあって、煙にまかれたようなオチ以外は好印象。
まずアルツハイマーの元連続殺人鬼という設定が面白い。現役連続殺人犯の凶行を止めるために乗り込んで殺害しようとするも肝心なところで「あれ、俺は何故ここに...?」状態になってしまったり、記憶は失っても手は人殺しについて憶えていたりと設定を活かしたシーンが多い。事故の影響でアルツハイマーが進行しているのだけれども、娘からメモ代わりにとICレコーダーを渡されていてこれが映画の終盤でも小道具として効いてくるところも小気味良かった。
もっと陰惨な描写を期待してしまった、というと語弊があるかもしれないけれども『悪魔を見た』の連続殺人鬼って映画の細かいシーンは忘れても冒頭の隠れ家のサビついた汚らしい雰囲気というか、そういう臭いみたいな部分は妙に印象に残っていてそういうのがあまりこの映画にはなかった。そんなところにこだわったりするのは多数派ではないのであろうけれども。


妙に陰惨な映画ばかり観ている。
人格を疑われそうだが、こればっかりは好きなんだからしょうがないとしか言いようがない。

鈴木君、田中さん結婚おめでとう

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studio penneこと鈴木君と田中みなさんの結婚式、披露宴が10月8日(祝、月)に挙行され、有難くもご招待頂いたので参加させて頂いた。
二人とも長いお付き合いをさせて頂いているしそれぞれと一緒に作品を作ったり演奏をしたり、出掛けたりサイクリングしたりリサイクルショップ巡ったり辛い思いをした時は助けて貰ったり一緒に笑ったり、色々してきた。そんな人達の結婚式だもの、嬉しかったし感動したよ。
しかも新郎友人スピーチまでさせて貰っちゃって。鈴木君には僕の結婚式で新郎友人代表スピーチをして貰って、開始30秒で号泣させられてしまったもんだからどうにか一矢報いたいと思っていたのだけれども、いやあれって本当に難しいのね。滅茶苦茶緊張したしそれを隠す事さえ出来なかったし、でもまあ、僕なりの二人への思いを込めてお話する事は出来たんじゃないだろうか、伝わるものはあったんじゃないだろうか、と思っている。
披露宴は二人のおもてなし精神に溢れたもので、ゆったりくつろげつつも映像を観て楽しんだり美味しい料理に舌鼓を打ったりスピーチ後は(笑)大変ゆったり過ごさせて頂いた。もてなして頂いたなあ。

あとこれは完全に個人的な感想なんだけれども、いざ親の立場になってみると「結婚式」というイベントの捉え方というか感じ方、受け取る情報量が多くなるんだなと痛感した。ご両親からのメッセージが凄く、胸にくるの。グッときてもう泣きそうになっちゃう。
あれには驚いた。鈴木家、田中家両家のご両親が素敵な方だったというのは勿論あるんだけれども。

鈴木君、田中さん(こういう時になかなか旧姓で呼べない)、末永くお幸せに!
これからも家族ぐるみで仲良くして下さい!

YONONACA『Like』公開されました。

YONONACA、新曲が公開になりました。


YONONACA - Like feat.近藤圭晃(Monaca yellow city)

今まで何人の演奏家と一緒に演奏したのか、何人の演奏家とバンドを組んだのか数えた事もないけれども、経験から言うのであればメンバーによって曲の出来上がり方というのは大きく異なる。セッションで出来上がる事もあれば中心人物が作曲して皆でアレンジをする場合もあるし全部完全に構築されたものを皆で再構築する場合もある。あ、中にはライブの瞬間に皆でその場で作る、っていうのもあるのか。

YONONACAの曲はメンバーからのアイディアや投げかけに対して松岡さんが応える形で曲の原型が出来、それを皆で演奏し、適時手を加えたりして曲自体を「バンドのものにして」(この曖昧な表現で伝わるだろうか。演奏に参加するメンバーの血肉が通った状態にして、という事である。あ、余計わかりづらくなったか、こりゃこりゃ)完成、という生い立ちのものが多い。あとはヒップホップ的発想に基づいてジャズやボサノヴァのベースラインをそのまま使ったり印象的なテーマを引用したり、兎に角、僕はYONONACAの構築という瞬間に於いては割と「受け」にまわる事が多い。ではどう「受け」て打ち返すのかという話になってくるわけで、今回のこの曲『Like』は皆であーでもないこーでもないとやる時に結構苦労した記憶が残っている。

まず僕のボキャブラリーの中でこういうフレーズってあまり豊富な方ではなくて、お恥ずかしい話、演奏経験としてもあまり弾いた事がない。自分の中にないから不得手なのか不得手だから自分の中に落ちてこなかったのかはわからないけれども、兎に角こういうフレーズについて研究したり肉体に沁み込んだりする程弾いた事ってなくて、これはもう如何に録音までに自分の中でノリを出す事が出来るのか(=今回の場合に於いては自分のフレーズに出来るのか、と言い換えてもいいのかもしれない)が重要だなという点は明らかだった。
弾き込んでいく上でこの曲は指弾きなのかピック弾きなのか、とだんだん明確になってきた。雰囲気的には指弾きのが合いそうだけれども、これはもう歴然とした事実として僕はピック弾きの方が圧倒的に巧い=説得力がある。だがしかし弾いていて面白いし自分の中でしっくりくるものがあったので指弾きで録音する事にした。挑戦する気概を忘れちゃいけない。

次は音色について。
確かこれはアレンジも落ち着いてきた頃だったと思うのだけれど練習中に松岡さんから「舟橋君、この曲ベースにフィルター系エフェクトかけてみてくんないっすか」との提案があり、フィルター系には明るくはない(そういうペダルを幾つか所有してはいるのだがどうにも使う機会があまりなかった)が折角の機会という事でオートワウをかける事にした。スタジオ練習やライブではZOOMのマルチストンプを使用してオートワウをかけていたと思うのだが、折角レコーディングするのだから、という事でmooger fooger MF-101を持ち込む事にした。最近は専らローパスフィルターとして使う事が多く、オートワウとしての機能は使っていなかったのだがコントロールの幅が広いのでレコーディング向きだと考えたのであった。
フィルター系エフェクトには明るくない上にこういったフレーズは素養にない、というのは申し上げた通りだが、だからといって挑戦する意欲に欠けるかと言われたらそれは別問題である。未知数のものに着手するから我々はクリエイターなのだ。
ええいままよ、とMF-101のコントロールをグイグイ動かしつつ、ベースギターを右手て弾きつつ、音を調節する。
こういう曲調だとどんな具合が良いのか(この場合の良いは=一般的に良い、である。念のため)うすらぼんやりとしか感じられなかったため、もう好きな音に振り切る事にした。これくらいならよろしかろう、と作った音がミックスを聴いてみると結構不穏な気配を醸し出しており、まあ僕のこのバンドの立ち位置って良い意味でこういうところなのかな、と再認識出来た。

どうせやるなら色々、あれもこれも挑戦した方が20年後に聴き返した時に面白いだろうと思う。
作品としても無難なものより引っかかるんじゃないだろうか。
願わくば、一人でも多くの人に何か感じて頂けますよう。

あ、そうそう、MF-101を発振メインで使った曲もあって、そちらは得意分野を大いに叩き込んだ曲なのでそれもまた、いずれ。

このベビーベッドは炭酸さんの会社で取り扱っているらしい

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人生で初めての、娘とのツーショット。

父親になって48時間が経過した。
喜びこそあれど、まだ自分が父親になったという実感が正直、薄いのではないかと思っている。
正確に言えば「娘も生まれたし妻は病院で娘と生活し、どんどんと母親になっていっているのに、自分自身はもっと大きな精神的な変化が生じるのではないかと思っていたにも関わらずそれほどでもなくてこれ大丈夫なのかとちと心配になって」いる。
いや、そうなのよ、今日も娘と妻に会いに行き、妻が順調に回復しているようで安心したし夫婦水いらずの会話は相変わらず面白おかしい(気の合う友人と結婚出来た事は有難い事だ)し、娘はずっと見ていられるくらい可愛くて顔をボケッと見ているだけで幸せだなと思うのだけれども、そんな物凄い環境の変化に対して自分自身の変化のなさにちょっと戸惑っている。
もっとこう、ガツンと精神的に革命的な変化が生じるかと思っていたのだけれども。
いや、勿論「これからは父親としてしっかりせにゃあいかんな」とか「育児も楽しく頑張らないとな」とか「妻に負担かけないようにしないとな」とか娘の学資金の積み立てとか娘をどう幸せにするのか、とか色々考えちゃいるのだけれどももっとこう、「個」としての成長というかそういうのがガツン!と感じられるような、「おお、俺成長しちゃった!」みたいなそういうのがあるかと思ってた。

いやこれは甘い考えですね。
きっと壁にぶつかる度に、少しずつ精神的に変化して成長していくんだろうなと今では思う。
目標や到達したい過程は見えた。まずはそれだけで良しとしようじゃあないか。
毎日コツコツと頑張っていこうと思う。

舟橋なずな、爆誕!

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2018年9月29日16時51分、待望の第一子が誕生した。
体重は3468グラム、女の子である。名前は妻と相談して舟橋なずな、とした。春の七草で季節は違うけれども丈夫なナズナのように育って欲しいし、何より可愛らしい名前だ。妻が挙げてくれた候補の中で一番気に入ったのがこれだった。娘がお腹の中にいる間から仮名ではあったけれどもその名前で呼びかけるようにしており、家族も愛着を持っている様子だ。妻も僕も気に入っている。
なずなちゃん、これから宜しくお願いします。

前日から定期的に痛みがくるようになっていた妻。病院に連絡したものの痛みの間隔と前日の定期検診の様子から「もう少し自宅で様子を見ましょう」という事になり、痛みが酷くなった時に病院により近いし何より妻もリラックスするだろうという事で彼女を実家へ送っていった。
夕方になり痛みの間隔が狭くなるもどうやら痛みの程度も出産までの時間もまだまだのようだ。病院に行ったもののまだ自宅待機、という事になった。母子ともに健康で心配はないとの事。妻は定期的にくる腹部の痛みに気が張りつめていた様子だったけれども、僕は一安心。
翌日である29日は午前中にどうしても外せない仕事が一件入っていたので妻をそのまま実家へ残して僕は一人帰宅。
「陣痛が来たら連絡頂戴ね」だなんて話をしてから眠りに就いた。

明け方、6時過ぎに義母から着信。
夜中から痛みの間隔が狭くなり、また痛みも増してきたため病院に妻と来たところ入院となった、との事。前日の痛みは前駆陣痛
というものだったようで、電話越しに伝わってくる妻の様子も前日のものとは一変していた。
仕事をキッチリ納めてから駆け付ける、と伝えると痛みに耐えながらも「承知!」と妻が叫んだ。強い女性だ、とこの時思った。

ソワソワしながらも夕方以降に入っていた仕事関係の催しについて連絡を回す。僕は幹事の補佐的な立場であったため、伝達は必須である。やっぱり気持ち的に落ち着かないものの、慌ててもしょうがない、と仕事をテキパキと納めるよう気持ちを落ち着けて出勤。上司も僕を気遣って下さる様子がありつつも、流石に落ち着いている。二人の娘さんがみえるからだろう、「ここから先が長いけれども、業務をまとめたらすぐに駆け付けてあげなさい」と力強い言葉を下さった。

病院に到着したのが何だかんだで13時過ぎ。ナースステーションで教えられた病室に向かって歩いていくと痛みで動けなくなっている妻と支える義母に出会う。陣痛に耐える妻とここで初めて顔を合わせたのだけれども、明らかに前日と様子が違う。痛くてたまらない様子だ。「男性には耐えられない痛み」であるとか「下剤を飲んだうえでバットで腹をボコボコに殴られるようなもんだ」とか「スイカを口から入れるような痛み」とか、陣痛に関して色々聞いてきた様々なワードが頭の中を駆け巡る。妻はこれにもう何時間も耐えてきているのだ。とてつもない。僕はアワアワしながら腰のあたりを兎に角さする事しか出来なかった。
あまりにも痛みが続き、妻の体力が心配だという事で和痛分娩を行う事になった。麻酔を打たれた後から嘘のように痛みが引いたらしく、そこで初めて妻と冷静に会話する事が出来た。深夜から付き添って下さった義母も一度帰宅し、休憩。ここでバトンタッチである。妻は束の間の休息をとる事が出来た。一睡もしていないのだ、体力も相当消耗しているだろう。妻は程無くして陣痛室のベッドで眠りにおちた。僕はといえば売店で買ったおにぎりを食べながら「一番大変じゃないのは僕だな」だなんて妙に冷静に考えていた。仕事して、腰さすってお弁当食べて今、だもんな。僕がグーグー寝てた間から妻は痛みに耐えていたのだ。凄い女性だ。

先生が妻の様子を診に来られたタイミングで妻が目覚めた。少しすると痛みがぶり返してきた様子だ。楽な姿勢になろうと半身を起こすとそこで破水。目の前でパシャッ!と音がした。妻はガウンを着ていたので実際目の当たりにする事はなかったのだが、その音だけで破水したと悟るには十分な音だった。この瞬間に漠然と「いよいよだ」と思った事を憶えている。慌ててナースコールをして破水した旨を伝えると分娩室に移される事になった。
妻の様子を診た先生曰く「あと一時間半もしたら産まれるかもしれないので、親御さんに連絡してあげて下さい」。まじかよ、いよいよだ遂にだ、と一人焦る。妻は痛みに耐えてウンウン唸っている。もう麻酔を打たずにこのまま産んだ方が良いのでそうしましょうね、という先生の言葉に無言で、だけれども強く頷いた妻を見てグッと来てしまった。
何が出来るのかそれなりに考えていたつもりであった。かける言葉もその時になれば出てくるものだと、そう思っていた。
実際何も出来なかったし言葉も「がんばれ」とかありきたりな言葉しか出てこなかった。男というのは分娩室の中では無力極まりない、と聞いていたけれども成程、確かに無力だ。
けれども、立ち会う事が出来て本当に良かった。僕はあの時間を一生忘れる事はないと思う。生命がこの世に出てくる瞬間、そうだろうとは思っていたけれども想像していた何倍も感動した。言葉にならない感動というか、その感情はもう生命というものの力強さと尊さに対する敬意の念とごちゃ混ぜになった感情である。

「上手い、上手いですよー」
助産婦さんと先生が妻がいきむ度にそう言葉をかける。実際妻はいきむのが大変上手かったそうだ、それは先生が途中で「初めてですよね?」と真顔で冗談を言う程に。ちなみに笑ったのは僕だけだった。流石にツッコミはしなかった。
もうこの頃になると妻は「痛い」と言わなくなっていた。声を出さない方が良いですよと言われていたのもあるのだろうけれども、それよりも産む事に集中しているように見えた。ハンドルを両手でしっかりと握っていきむ妻の腕のあたりを掴んで、僕も妻と一緒に息を止めたり吸ったりしていた。「あと5秒長く息を止めて下さいねー次はねー」と言われ、おいおいそんなの倒れちゃうよ、と思いながらも妻と一緒に息を止める。ブッ倒れそうになったらやめよう、けれども何もせずにはいられない、せめてその感覚の片鱗でも味わえればと思っての事だったけれども、クラクラした。妻がいきむのと助産婦さんが引くのと同時だったと思う、血まみれの、けれども髪の毛のしっかり生えた赤ん坊の頭が見えた。と思うとすぐに全身が出てきた。血まみれで出てきてすぐは全身紫色だったけれども、不思議と陰惨な印象はない。生命そのものだ。可能性の塊が目の前に出てきた!

先生達が娘を囲んで処置をして下さった。すぐに泣き声が響き渡った。医療ドラマとかで観たシーンであるけれども、本当にあの瞬間、場の空気は緩む。和やかなお祝いの雰囲気に包まれる。妻は汗だくで、けれどもやり遂げた様子で分娩台の上でぐったりしている。目線はずっと娘の方に向けたままだ。
こんな稚拙な言葉の何十倍も感動した事をここに明記しておきたい。あの時間は僕の人生の中でも最も幸福な瞬間の一つであった。
妻よ、そして娘よ、本当に有難う。僕は幸せな夫、父親だ。力強い二人の女性に支えられている、と感じる。

さあさあ、人生ますます張り合いが出てきたぞ!!

自分の歪み史に於けるマーシャルサウンド=GV-2

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こういう物言いをすると自分が年齢を重ねた事、更には「もう若くありませんよ」みたいな雰囲気を醸し出してしまって嫌なのだけれども、今の10代の楽器演奏家達も楽器をストラップで肩から吊り下げる際のその長さであるとか、ダウンピッキングでひたすらに弦を弾く、その際のBPMの早さ等で競い合ったりするのだろうか。
そういった行為が流行した記憶こそないけれども、何となくそういう要素で人に勝っていたいみたいな気概はひっそりと持っており、そこに正直に従った結果、否、そこだけに着目してしまったが故に今の僕のような極端に偏った演奏家になってしまったのは明らかである。もし万が一ここを読んでいる貴方が10代の演奏家であればこう忠告したい。
「バランスを崩せ、好きな事だけ追求せよ」
この生き方に後悔はないのであった。

さて、ハイゲインの追求というのは今も昔の一部の愛好家は徹底的に追及しているところではあると思うのだが、僕もベースギター
演奏を本格的に愛好し「これこそが自分のコミュニケーションツール」であると自覚する少し前からベースギターの音を歪ませる事に随分と情熱を注いできたものである。
低く、美しく豊潤で時に感応的なそれさえ感じさせるエレクトリックベースギターの音をエフェクトペダルでグッシャグシャに歪ませてやるのである。低域等バッサリカットされ、攻撃的なアティチュード「だけ」が声高に主張されるような、そんな音色を作っては悦に入っていた時期さえあった。バンドアンサンブル中で効果的に運用するためにはどうするべきか、そんな事を考えるのはもう少し後の話、兎に角歪ませる、オラオラ歪ませる、そんな時期が僕の超初期の歪みサウンドであった。

研究は発展し技術を向上させる。
僕は様々な先達の音色を研究してはそれをそのままパクり、自分のものとして取り込もうとした。当時僕が愛聴し、かつかくありたいと思ったバンドにRAGE AGAINST THE MACHINEがいる。このバンドのベーシスト Tim Commerfordはプレベのネックをくっつけたジャズベを指弾きしてブッ太い音を出しており、その高い位置に楽器を構えた立ち姿や「Tシャツかよ」と突っ込みたくなる程沢山入ったタトゥーも相まって大変威圧的で格好良いオーラを放っていた。サイクリングで指を骨折した後、指立て伏せを取り入れた徹底したトレーニングにより骨折前より太い音を出すようになった、との武勇伝も耳にした事がある。僕はこの生き方が自分とは正反対の、しかしブッ太く歪んだ音でグイグイ弾くTim Commerfordに憧れた。少しでも何かパクれないかと思った時に彼の「ガヴァナーディストーションは最高のディストーション」との発言を知ったのであった。

今思えばTim Commerfordの言ったガヴァナーは古い型のものだったのではないか、と思う。
僕がその発言を間に受けて購入した(いや、人から譲ってもらったものだっただろうか、何にしてもどのようにして手に入れたのか記憶が曖昧模糊としている)Marshall GV-2は多分彼が使っていたものとは違うのではないだろうか。
ただ、機材棚にさえ入っていなかったこのGV-2、サビだらけでツマミもちょっとユルくなっていたけれども大変良い按配に歪んでくれたのである。
実際のところ、ベースギターに使うには非常に良いドライブペダルなんじゃないだろうか。
BASSコントロールのみならずそこより更に低い帯域をコントロールする事が出来るDEEPコントロール、これがギター用の歪みペダルをベースギターで使った際の「ひっくい、分厚いところ」が欠ける感じを補ってくれる。どころかブーストし過ぎるとモッコモコになる。MIDもTREBLEも具合が良い。本当にこれ、ベース向きなんじゃないのってな具合である。
キメの細かいドライブサウンド、ギターのみならずベースでも大変オイシイ音になる。

見た目が僕は好きじゃあないけれど。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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