成人式の思い出といえば、当日キャンセルしてスタジオに入った事くらい。

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写真は樫山君が自分へのクリスマスプレゼントで購入した360℃カメラで開場前に撮影したもの。

1月8日、三連休最終日。この日は白線の内側にて吹上 鑪ら場。鑪ら場、二日前にも演奏したばかりなのにまた演奏出来るなんて嬉しいね。気付いたんだけど、鑪ら場での演奏がベスト3に入るくらい緊張する。

白線の内側、何だかんだで久しぶりのライブという事と最近は打ち合わせとか各々忙しかったりとかであまり演奏を一緒に出来ていないという事で早めに集まってスタジオへ。
相変わらず「体調悪い...気圧が...」と言いながら部屋に入って来る金森君。この人は体調が良かった試しがない。センシティヴな人なのでしょうがないのだろうけれども、それでも本番までにはどうにか自分自身でコンディションを整えているから自身でも慣れているのだろう。
久しぶりの4人での演奏は、やっぱりご無沙汰している間にそれぞれ思ったり考えたり試行錯誤はしていたらしく良い意味で変化があった。この感じなら合奏の空白時間は全く無意味ではない、どころか有益だったのでは、と現金にも思ったものだ。
多分予想なんだけど割と演奏を重ねて継続していないと成長がないのは僕だけで、他の3人はそれぞれ他の活動からも演奏行為への良い循環って作り上げる事が出来ているんじゃないのかな、と思った。

この日の共演はオカリナマコトさんにまさかの登場、鈴木実貴子(バンドでやってる時と曲の雰囲気が明確に違って意識的なのかそうでないのか、いずれにしても凄いや実貴子さん!って思った)さんに浮かむ瀬
浮かむ瀬はキクチミョンサ(ex.chori)君と久しぶりの再会。前京都にライブに行った時に練習前の彼とちょろっと会う事が出来たのだけれども、こうして一緒にやれるっていうのは嬉しいものよ。
案の定滅茶苦茶良くて終演後に「詩人って人種は格好良くて嫌いだよ」と本人に伝えたら「俺以外に格好良い詩人がいるかい」と何とも粋な回答。そうそう、そういう切り返しをしてくる男だった、この同い年は。chori君、と呼んだ方がまだしっくりきてしまうのだけれども、chori君と樫山君は樫山君が孤独部を動かしていた頃にも何度か一緒にやっていて。そういう意味でも時間を経て形は互いに違えどまた一緒にやるっていうのは面白いもんだよなあとしみじみ思った。こういうご縁がグッとくるくらい、去っていく人達が増えている気がする。そうでもねえのかもしれないけれど。

この数日は詩人という人種の面白さ、懐の広さに感じ入った数日間だった。
世界はまだまだ面白い、に満ち溢れている。
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『今年観るべきライブ三選~三戦目』


鈴木実貴子ズと白線の内側による共同企画『今年観るべきライブ三選』、ついに最終回の三選目を終えた。
今回のゲストはクリトリック・リス兄貴。やっぱり滅茶苦茶に強かった。

僕らの演奏後、クリトリック・リスの演奏中にハプニングがあった。泥酔したお客さんが羽目を外して演奏中に騒いだり、他のお客さんに絡んだりしてしまったわけなのだけれども、スギムさん(あ、クリトリック・リスさんね)の大人というか思慮深い対応で騒ぎになる事もなく、それでもその場に居合わせた人達は確実にそれぞれ何かネガティヴな感情を抱いてる、そんな時間が流れた。
誤解を恐れずに書く。大前提としてお金を支払って来場されてる方が不快に思われたのならそれは主催者として残念だし、どうにか挽回もしたいと思った。
けれども同時に「とてもライブハウスだ」と思った。僕はライブハウスは色々なものの縮図だと思っていて、あの瞬間あの場所に居合わせた人達は予想だにせぬ騒ぎにとてもリアルな反応を示していて、でも結果的に全てを収束させたのがスギムさんだった、というのが僕はとても気持ちが良いと思った。
「殺すなら終演後に殺しに来いや」と笑いながら言っていたスギムさん、いやクリトリック・リスの目はちっとも笑っていなかった。人前で表現をする人間としての矜持の部分を大変強く感じた。僕は入口付近でスギムさんを信じて成り行きを見守っていた。主催者としては怠慢だったのかもしれない、申し訳ない。

共同主催の鈴木実貴子ズがその後全て、音楽で洗い流していったようでこれまた僕は感動した。いよいよ主催者としては怠慢だけれども。

三選、の選という字は戦という字でもあってそれってつまり三戦でもあったわけなんだけれども、結果的に毎回毎回僕達は共演者に、鈴木実貴子ズにボコボコにされたと思った。

鑪ら場三周年おめでとう

吹上 鑪ら場が三周年を迎えるとの事でその前夜祭に白線の内側で出演。
鑪ら場はお店が出来上がる直前に運営(経営、というべきか)しているお二人と現場で密な時間を重ねた事もあって開店前の工事の段階から覗かせて貰ったり、話を聞かせて貰ったり、とお店の誕生時から見ているので思い入れもただのライブハウス以上にある。
ああ、こう書くと他のライブハウスがそうでもないのかって誤認を生みがちだけれども、そういうわけではなくて。
勿論ライブハウス毎に思い入れや思い出や愛着、そこで重ねた時間に対する色々な感情はあるのだけれど、鑪ら場に関してはもっとこう「バンドマンとライブハウス」という距離感ではなくて「場所と俺」的な距離感というか、もっとパーソナルな部分での距離感を感じる数少ない場所である。
人生の節目の夜までここで過ごしたのだ。結婚式の二次会はここ最近の私的な思い出の中で最も楽しかったものの一つだ。
兎に角、そんな場所の三周年。鈴木さんに高橋君、三周年、本当におめでとう。
これからも創造力の味方でいてください。

鑪ら場にいる時は大抵受付カウンターの前にいる。
というのも機材置き場が受付カウンターから奥、トイレの手前にあり演奏前に控えるには楽器の近くにいると落ち着く、というかいたいと思うので演奏前はそこが定位置になった。
また、カウンター付近からは店内の様子が一望出来(勿論死角もあるにはあるが)、雰囲気も伝わってくるけれども演者からは遠い距離にあるので落ち着きがない僕がニヤニヤしたりソワソワしたりしていても演者もお客さんも気が散らないだろうと思い込んでいて、妙に落ち着くのである。
3周年前夜祭も受付カウンター前で過ごした。演奏前は緊張して、演奏後は酔っ払って。良い夜だ。
これ以上何を望むのか、という夜だった。


かしやま君がリハーサル中の僕達を撮影した。
微妙におぼろげな具合が気に入っている写真。

白線の内側レコーディング

先日、白線の内側のベースパートのレコーディングを終えた。
今回の録音は完全に各パート別録りだったのでベースギター録音も色々実験しようと思っていた。以前MoNoSiRoで少し挑戦したリアンプ(ラインでエフェクトも何もかけずに素のまま録音し、後々そのシグナルをアンプに流し込んで再度マイク録りする作業)を今回ガッツリやってやろう、であるとかベースパートを重ねたり(とはいってもこれは他のパートとの兼ね合いもあるので最終的にどれだけ採用するかはまだわからないけれども)、ギターアンプを使ったり。

色々試した結果、それに見合った分だけ発見があった。
まずリアンプ。アンプの音を聴きながらの演奏にはそれはそれで魅力も利点もあるのだけれども、今回のように細かく作り込んでいくのであればリアンプは大変有用な作業に思われた。というのも予め録音しておいた自分の演奏シグナル(と言ってしまおう。意味は伝わるはずだ)をアンプから出力しながら音作り出来るので、普段よりも慎重に、またフラットな視点で音作りをする事が出来た。音を聴きながらツマミをいじったりしていると良くも悪くも手元の影響を受ける。そうなってくるとツマミを動かした作用で音が変わったのか「音が変わっただろう」という前提を踏まえたピッキングによって音が変化したのか結果的にいまいち判然としない。そういうのをリアンプは排除出来る。エフェクトは過剰にならず(過激ではある、と思っているが)、クリーントーンもどことなく上品でいて粗野、な印象を受けた。
リアンプをする際は楽器の状態、弦の鮮度はとても重要だと再認識出来たレコーディングでもあった。

次にベースパートの重ね録りとギターアンプの使用、これは所謂ギターがいない白線の内側ならではの挑戦ではあるけれどもギターソロ的なものをベースギターで録音した。かといってベースソロ、ではなくピッチシフターやファズをかけてギャインギャインにした変な音、もうノイズとスレスレ、半々くらいの暴力的な弦楽器の音を重ねたのだった。鍵盤のレコーディングが終わった後、全体の微調整を兼ねてもう少し重ねるかもしれない。足し算になり過ぎないように。


今回使ったペダルの一部。
曲毎にあーでもないこーでもない、とやるのは楽しかった。お陰で良い音で録れたと思う。


一曲ほぼかけっぱなしにしたアナログオクターバー。
エラー等起こさず綺麗にかかってくれた。オーディオインターフェースを通すとコンプレッションがかかるのかな?その辺詳しくないから金森君(彼は今回のエンジニアを兼ねている。ドラム録りは孤独な闘いだったはずだ)に聞いてみよう。

毎回思うけど、レコーディングは楽しい。
ライブとはまた別の喜びがある。

京都旅行最後の日。

8月13日(日)
京都旅行の続き、である。
ルブランペンション宇多野での美味しい朝食を食べ、チェックアウト。スーパー銭湯に向かい汗を流し、サウナでリラックス。
その後、ディープめな京都グルメを楽しもうとJR京都駅すぐ近くの山本まんぼへ。ラーメンの人気店を尻目に市営住宅の一階にお店を構える山本まんぼ、お好み焼きとも広島焼きとも違う粉モノって感じでとても美味しかった。
空腹も満たしたので妻が申し込んでおいてくれたろくろ体験へ。
不器用だとは思っていたけれども、まさかあそこまで苦労するとは。茶碗と湯呑を作ろうとしたのだけれども、コツを掴むまでなかなか巧く形を作る事が出来ず...。最終的にどうにか形になったものの、自分の不器用さに辟易した。焼きあがったら送って下さるそうなので楽しみである。
ろくろ体験を終えた頃、丁度バンドメンバーが会場入りしたとの報せが届いたので一路VOXhallへ。
この日は白線の内側にて演奏である。

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写真はご一緒したピアノ男氏。始まった瞬間に会場が夢中になったのがわかった。ナードコアという音楽は初めて聴いた。初めてが氏で良かったと思う。最初から最後まで楽しんだ。終演後お話する機会に恵まれたけれども、犬栓耳畜生の動画を観て気に入って下さっていたそうだ。ありがてぇありがてぇ。

この日のVOXhallはブッキング担当 小野君の趣味全開の日。前述のピアノ男氏をはじめ、面白いバンドばかりだった。
印象に鮮烈に残っているのは奇跡のバランスで成立しているバンドカルピス現役。のっけからDD-6を使ってテルミンをループして重ねたり、ギター、ベース、鍵盤ハーモニカが全員スケールや調を無視して不協和音を奏でたり(それでも音楽的に成立していた)、ギターの人がKORGのPANDORAを使ってここ数年耳にした中では最も好みの格好良いギターの音を出していたり、その演奏がとても素晴らしかったりとてもとても印象が深い。面白いバンドは大好きだ。

この日の白線の内側は個人的にはここ最近で一番有機的な演奏が出来たと思っている。
最後まで目の前で起こっている事、そしてアウトプットされた自分の音をありのままのものとして捉えて如何にして次の瞬間に繋げていくかに注力する事が出来た。バンドは有機的に動き、その都度その都度演奏の主軸を変えながら演奏を完逐する事が出来た。
白線の内側はかしやま君の精神性と彼の『ポピュラリティ』への傾向のせめぎあいの歴史でもある(のかもしれない)。やるからにはどうせなら楽しくポップに、と掲げるものの根の部分が明るくないもんだから内容的にはそうなっていってしまう、という話。
だけれどもせめぎ合う事に妙味があるんだろうな、と思う。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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