鑪ら場三周年おめでとう

吹上 鑪ら場が三周年を迎えるとの事でその前夜祭に白線の内側で出演。
鑪ら場はお店が出来上がる直前に運営(経営、というべきか)しているお二人と現場で密な時間を重ねた事もあって開店前の工事の段階から覗かせて貰ったり、話を聞かせて貰ったり、とお店の誕生時から見ているので思い入れもただのライブハウス以上にある。
ああ、こう書くと他のライブハウスがそうでもないのかって誤認を生みがちだけれども、そういうわけではなくて。
勿論ライブハウス毎に思い入れや思い出や愛着、そこで重ねた時間に対する色々な感情はあるのだけれど、鑪ら場に関してはもっとこう「バンドマンとライブハウス」という距離感ではなくて「場所と俺」的な距離感というか、もっとパーソナルな部分での距離感を感じる数少ない場所である。
人生の節目の夜までここで過ごしたのだ。結婚式の二次会はここ最近の私的な思い出の中で最も楽しかったものの一つだ。
兎に角、そんな場所の三周年。鈴木さんに高橋君、三周年、本当におめでとう。
これからも創造力の味方でいてください。

鑪ら場にいる時は大抵受付カウンターの前にいる。
というのも機材置き場が受付カウンターから奥、トイレの手前にあり演奏前に控えるには楽器の近くにいると落ち着く、というかいたいと思うので演奏前はそこが定位置になった。
また、カウンター付近からは店内の様子が一望出来(勿論死角もあるにはあるが)、雰囲気も伝わってくるけれども演者からは遠い距離にあるので落ち着きがない僕がニヤニヤしたりソワソワしたりしていても演者もお客さんも気が散らないだろうと思い込んでいて、妙に落ち着くのである。
3周年前夜祭も受付カウンター前で過ごした。演奏前は緊張して、演奏後は酔っ払って。良い夜だ。
これ以上何を望むのか、という夜だった。


かしやま君がリハーサル中の僕達を撮影した。
微妙におぼろげな具合が気に入っている写真。
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白線の内側レコーディング

先日、白線の内側のベースパートのレコーディングを終えた。
今回の録音は完全に各パート別録りだったのでベースギター録音も色々実験しようと思っていた。以前MoNoSiRoで少し挑戦したリアンプ(ラインでエフェクトも何もかけずに素のまま録音し、後々そのシグナルをアンプに流し込んで再度マイク録りする作業)を今回ガッツリやってやろう、であるとかベースパートを重ねたり(とはいってもこれは他のパートとの兼ね合いもあるので最終的にどれだけ採用するかはまだわからないけれども)、ギターアンプを使ったり。

色々試した結果、それに見合った分だけ発見があった。
まずリアンプ。アンプの音を聴きながらの演奏にはそれはそれで魅力も利点もあるのだけれども、今回のように細かく作り込んでいくのであればリアンプは大変有用な作業に思われた。というのも予め録音しておいた自分の演奏シグナル(と言ってしまおう。意味は伝わるはずだ)をアンプから出力しながら音作り出来るので、普段よりも慎重に、またフラットな視点で音作りをする事が出来た。音を聴きながらツマミをいじったりしていると良くも悪くも手元の影響を受ける。そうなってくるとツマミを動かした作用で音が変わったのか「音が変わっただろう」という前提を踏まえたピッキングによって音が変化したのか結果的にいまいち判然としない。そういうのをリアンプは排除出来る。エフェクトは過剰にならず(過激ではある、と思っているが)、クリーントーンもどことなく上品でいて粗野、な印象を受けた。
リアンプをする際は楽器の状態、弦の鮮度はとても重要だと再認識出来たレコーディングでもあった。

次にベースパートの重ね録りとギターアンプの使用、これは所謂ギターがいない白線の内側ならではの挑戦ではあるけれどもギターソロ的なものをベースギターで録音した。かといってベースソロ、ではなくピッチシフターやファズをかけてギャインギャインにした変な音、もうノイズとスレスレ、半々くらいの暴力的な弦楽器の音を重ねたのだった。鍵盤のレコーディングが終わった後、全体の微調整を兼ねてもう少し重ねるかもしれない。足し算になり過ぎないように。


今回使ったペダルの一部。
曲毎にあーでもないこーでもない、とやるのは楽しかった。お陰で良い音で録れたと思う。


一曲ほぼかけっぱなしにしたアナログオクターバー。
エラー等起こさず綺麗にかかってくれた。オーディオインターフェースを通すとコンプレッションがかかるのかな?その辺詳しくないから金森君(彼は今回のエンジニアを兼ねている。ドラム録りは孤独な闘いだったはずだ)に聞いてみよう。

毎回思うけど、レコーディングは楽しい。
ライブとはまた別の喜びがある。

京都旅行最後の日。

8月13日(日)
京都旅行の続き、である。
ルブランペンション宇多野での美味しい朝食を食べ、チェックアウト。スーパー銭湯に向かい汗を流し、サウナでリラックス。
その後、ディープめな京都グルメを楽しもうとJR京都駅すぐ近くの山本まんぼへ。ラーメンの人気店を尻目に市営住宅の一階にお店を構える山本まんぼ、お好み焼きとも広島焼きとも違う粉モノって感じでとても美味しかった。
空腹も満たしたので妻が申し込んでおいてくれたろくろ体験へ。
不器用だとは思っていたけれども、まさかあそこまで苦労するとは。茶碗と湯呑を作ろうとしたのだけれども、コツを掴むまでなかなか巧く形を作る事が出来ず...。最終的にどうにか形になったものの、自分の不器用さに辟易した。焼きあがったら送って下さるそうなので楽しみである。
ろくろ体験を終えた頃、丁度バンドメンバーが会場入りしたとの報せが届いたので一路VOXhallへ。
この日は白線の内側にて演奏である。

2017_08_14_003
写真はご一緒したピアノ男氏。始まった瞬間に会場が夢中になったのがわかった。ナードコアという音楽は初めて聴いた。初めてが氏で良かったと思う。最初から最後まで楽しんだ。終演後お話する機会に恵まれたけれども、犬栓耳畜生の動画を観て気に入って下さっていたそうだ。ありがてぇありがてぇ。

この日のVOXhallはブッキング担当 小野君の趣味全開の日。前述のピアノ男氏をはじめ、面白いバンドばかりだった。
印象に鮮烈に残っているのは奇跡のバランスで成立しているバンドカルピス現役。のっけからDD-6を使ってテルミンをループして重ねたり、ギター、ベース、鍵盤ハーモニカが全員スケールや調を無視して不協和音を奏でたり(それでも音楽的に成立していた)、ギターの人がKORGのPANDORAを使ってここ数年耳にした中では最も好みの格好良いギターの音を出していたり、その演奏がとても素晴らしかったりとてもとても印象が深い。面白いバンドは大好きだ。

この日の白線の内側は個人的にはここ最近で一番有機的な演奏が出来たと思っている。
最後まで目の前で起こっている事、そしてアウトプットされた自分の音をありのままのものとして捉えて如何にして次の瞬間に繋げていくかに注力する事が出来た。バンドは有機的に動き、その都度その都度演奏の主軸を変えながら演奏を完逐する事が出来た。
白線の内側はかしやま君の精神性と彼の『ポピュラリティ』への傾向のせめぎあいの歴史でもある(のかもしれない)。やるからにはどうせなら楽しくポップに、と掲げるものの根の部分が明るくないもんだから内容的にはそうなっていってしまう、という話。
だけれどもせめぎ合う事に妙味があるんだろうな、と思う。

台風3号が接近しているけれども気圧の変化は然程感じず。

台風3号が東海地方に接近しつつある7月4日19時現在、いつもより早めに職場から帰らせて貰って洗濯物を部屋干しする準備を整え、昨夜の残り飯を片付けてしまってこれを書いている。
今日は練習も何もないのが幸いした。こんな日は部屋に閉じこもってブログ更新するに限る。

先日2日は吹上鑪ら場にて白線の内側のライブだった。共演は小池喬さん、中村佳穂さん。
お二人とも人柄が、いや人間が紡ぎだす音楽が空間に広がってとても素敵なライブだった。

一方僕達はちょっとささくれだったというか、そんなところから演奏スタート。音楽とは、表現とは、時にいざ形にしてみると当人達の想像もしないものになる事がある。樫山君って結構憑依型というか自分自身がどうであるかというのを制御出来ない=しない人でそこが妙味の一つでもあると思うのだけれども、流石に樫山君自身「これはやべえな暗過ぎるな」と思ったとの事で軌道修正しつつ時にはその軌道を放り投げたりキャッチしたり、そんな演奏をこの日はした。こういうライブの在り方というか表現の在り方がその翌日の反省会という名のただの飲み会にて議論の的になり、酔っ払った僕と樫山君が言葉を荒げて言葉をかぶせ(荒げてとは言っても樫山君は穏やかな人なので「生きるか死ぬかだ!!!」って感じの激しさである)あって金森君は「うんうん、うんうん」と首肯するというカオティックだけれども『皆真面目にバンドについて考えているなあ』という事を再認識するに至ったきっかけになったので結局長い目で見ればこの日の演奏は良いものだった、と演り手本位では思う。有難くも「良かった」と評して下さる方も少なくはなく、まあこれからも色々と試したり考えたり試行錯誤は余儀なくされるだろうけれども、そういうのが面白くてやってるもんだから人様より時間はかかれど良いバンドになると思うよ白線の内側。いや出来ればかけたくねえけど。でも長く納得して良いものを作っていくにはしっかりと、しっかりとやっていかなければならないなと思う。

その時その時の最善を自問自答して、追い求め続けなければいけませんね。

反骨心を持って演奏に臨む

新幹線の中でこれを書いている。
大阪から名古屋に向かって疾走するこだまに乗っているのだが、新大阪を出て15分で京都に着いた。
やっぱり新幹線、滅茶苦茶早え。

今から1時間前は扇町para-diceにいた。
本日は白線の内側で愛すべきpara-diceに乗り込んだのであった。嗚呼、扇町para-dice。大阪の我らがホームよ。白線の内側一同、足を向けて眠る事は出来ない(寝るけどね)くらいお世話になっている。
定期的に声をかけてくれ、かつ毎回素晴らしいバンドとの共演の機会をくれる。終演後のやりとりでは毎回「良かったで」とか「素晴らしいな」と褒めてくれるものの、毎回刺激的な共演陣の演奏を目の当たりにしているもんだからその言葉の裏には「まだやれるだろもっとやってみろ」という激励が込められている事は明らかである。どうにか「参りました」と言わせたいのだけれども、まだまだだなぁ。そういう強気な言い方をするのであれば、ひっくり返してやりたいライブハウスがあるっていうのはとても面白い事である。
何のためにやるのかっていうのは演奏に臨む度、ふとした瞬間に折に触れて思索するけれども(今回の旅ではリハーサル後に銭湯で湯に浸かっている時にふと去来した。『俺は何故、家族と過ごす休日を脇に押しやってまで、また多少なりとも使うもの使って遠く離れた大阪に来てまで、演奏をするのだろう』と)、一番の根っこにある動機の上にある幾つかの理由の一つがこういう負けん気みたいなものだ。いや、違うかな、どちらかと言うと僕はそう思いたい。どうせ色々なものを賭して演奏するなら余計なものかもしれないけれども色々なものを『演奏の動機』に突っ込んで演りたい。思い込みでも良いのだ、そういうので自分自身の演奏が拡大、加速、深化するのは自分が一番良くわかっている。他人と場所(そして重ねてきた時間)に対する愛情を拡大して注視して反骨心だと勘違いするようにして、やる気になるってんなら安いものでしかない。誰も不幸にならないしね。後腐れもないってもんだ。

こういう自己暗示から始まって自己暗示で終わらなくなる精神的なカンフル剤、効果覿面な体質で良かったと思っている。
今日も楽しく演奏出来た。破壊(と崩壊。反省しきり)と構築、奮起がそこにあった。ドラマチックだな、と手前味噌だけれども思ったもん、ごめんね、きっと面白かったよね。

気持ちは次の演奏に向かっている。
もっとやりたいなあ、と思う。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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