お腹を壊した。

人生の岐路、とまではいかないにしても自分の諸々が試されている気がして「いざという時」の自分の打たれ弱さみたいなものを思い知った。ひーこらひーこら言いながらでも走り続けねばならん。

そんな中、昨夜は観劇をした。

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凄かった。とんでもなく凄かった。
こういう作品を観るといざという時感想なんて言葉に出てこないな、と思い知らされる。しばし放心状態だったもの。
観劇して泣いたのは初めてだったし、大いに笑ったし耳を塞ぎたくなる程の恐怖も感じた。
僕が観たかったのはこういう「世界を描いた」ものだったんだ、と思い知らされた。
大いに堪能し、同時に自分が生きている事を痛感した2時間。
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『シン・ゴジラ』を観た!

『シン・ゴジラ』をようやく、ようやく観てきた。
思い入れとネタバレたっぷりに書きますので未見の方はご注意を。



最高。
一言で映画の感想を言うのであれば最高である。
「ゴジラ映画を庵野さんが?」とか一瞬でも疑ってかかってすいませんでした、と土下座したい気持ちである。
観る前から何となくそんな気はしていたけれどもあの「3.11」を経験した日本ならではの怪獣映画になるんだろう、と思っていた。
しかし何だろう、怪獣映画と言い切ってしまう事に違和感があるというか、怪獣映画という言葉から連想する爽快さではなく、初代ゴジラを評して「SFホラー」と形容する向きがいるように、「ゴジラ」であるのと同じくらいかそれ以上に「人間ドラマ」だったと思う。
これはあの3.11を体験した庵野監督がその後あの震災に作り手として真摯に向き合った結果なのだ、と思った。
ヒーロー的な立ち回りをする人間がいるわけでもなく、現場の人間も為政者も皆が皆それぞれがやるべき事を責任を持ってやって、それが積み重なった結果ゴジラという「災害」に対処するというあの結末(対応方法も含めやはりゴジラは東日本大震災の象徴であると感じた)も胸が熱くなった。
この感覚、恐らく戦争を経験した人達が初代『ゴジラ』を観た時の感覚と共通の何かがあるんじゃないかなと思ったわけである。
勿論僕は戦争も震災も直接的に体験したわけではないのだけれども。世代感覚として。

それだけだとゴジラ映画である必然性はない、というかゴジラでやらなくても良いじゃないかってなっちゃうわけなのだが、庵野監督が過去のゴジラシリーズに敬意を表しまくりというか愛情を惜しむ事無く発揮していて、そりゃあ皆ゴジラ好きだもん、興奮するってもんだよ。
ゴジラ第二形態とか第三形態とか滅茶苦茶ビビった。というか「!?...キッメエエエエエエエエエエエ」ってなった後に第四形態になったゴジラが上陸、そこで流れるゴジラのテーマ(伊福部先生の曲を鷲巣先生がアレンジしたもの)で鳥肌が立たないわけがなかった。そしてヤシオリ作戦、無人在来線爆弾という男、否、漢心くすぐるネーミングの「兵器」が次々とゴジラに向かって突っ込んでいき、ビルが倒壊してゴジラを地面に打ち倒す。過去作でゴジラに散々蹂躙されてきた在来線やビル群が総力を結集してゴジラに挑んでいくあの作戦の演出、素晴らしかった。
あと会議がこんなに格好良かったのは鷲巣先生のあの曲もさる事ながら、素晴らしい役者達によって成し得たってああもう、市川実日子さん最高かよ!高橋一生さんも最高!津田寛治さんも滅茶苦茶良かったし皆本当に良かった。はみ出し者やオタク集団、一匹オオカミの即席チームで事態を打破していくって展開が嫌いな奴なんていないよ!でもそういう描写する時って大抵「組織」は無能って扱いがされるけれどもこの映画の「組織」はどの組織も最高に格好良く描かれていて!
ああ、月曜から俺も仕事頑張ろ!!プライドと誇りと意地を持って!

あと何回か映画館で観たいぞ...そして当然のようにソフトも買う。
これは何度も観たい素晴らしい映画だ。日本映画史上に名を残す傑作。

ちゃんと楽しんでちゃんとアウトプットもして。

劇団B級遊撃隊『満ち足りた散歩者』観劇。
大変素晴らしい作品だった。「面白かった」という言葉は陳腐な褒め言葉かもしれないけれども、最大級の敬意と感謝を込めて「面白かった」と書き記したい。素晴らしい作品だった。僕の五臓六腑の隅から隅までがこの作品を楽しんだ。素晴らしい時間を過ごした。

夜半、かれこれ4年来のお付き合いになる、と言うと聞こえは良いが実際のところ「面白い現場に引っ張り出して貰う」という意味ではお世話になりっぱなしであるニノ・キノコスターさんと飲む約束があった。幾人かの友人がそれを耳にし「僕も私も参加したい!」と集い、また別口からも人が集まり最終的には相応の人数の飲み会になった。いやあこれが大変楽しかった。集まった人達が劇作家/演出家/役者/制作/ダンサー/劇伴作曲家/紙芝居作家/落語家/バンドマンと多彩な方面で活動する人々だったので面白い話が一杯聞けたし刺激も受けた。

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愉快な飲み会の様子。記念撮影くらい、するさ!

で、結局6時間くらい飲んで解散。
フラフラと家に帰ってガツッと就寝。眠る際も大きな満足感と安心感に包まれていた。何故なら、翌日月曜日も僕は休みだったのである。仕事の関係で、突然のお休みになったのであった。

さて、突然休みになると何をしていいかわからなくなってしまう。結果、夕方までゴロゴロしながらアプリゲームをやったりSNSを眺めたりまどろんだり、とどのつまり非生産的な行為に従事し倒してやっと起きだして入浴を済ませ、大須は行きつけのエフェクター専門店に使用しなくなったオーバードライブとファズを売りに行った。
予想していたよりも遥かに高額に買い取って貰えたので(このお店は大抵いつもそうだ)、少しばかり気が大きくなって鯛焼とチキンナゲットを買い食いした。
その後、来月上旬に控えた久方ぶりの孤独部ライブハウス作品「中学生」の再演(12日に鶴舞DAYTRIPにて店長八木さん卒業に向けた樫山君企画。是非来られたし)に向けての稽古にベースギターを担いで出張った。稽古は一定以上の手応えを演奏として参加する立場としても得られたので大変有意義だったように思う。
その後中華料理屋で台湾豚骨ラーメンとザーサイ飯を食べた。ザーサイ飯は旨かったし台湾豚骨ラーメンも癖になる旨さ(名古屋は地下鉄桜通線御器所駅近くの中華料理屋 盛華の台湾ラーメンシリーズはどれも旨い)で大変良かったのだがその後が良くなかった。
豪雨である。
どうしようもないのでギグケースの生地の厚さを信用して傘を差しながらゆっくりゆっくりマウンテンバイクで帰ってきた。
で、お風呂上りに緑茶ハイを飲みながらこれを書いているっていうわけ。

『毒もみの好きな署長さん』を読んで素直にかくありたいと思った話。

今夜は随分と年下の若い娘さんに誘われて茶をしばいてきた。
勘違いする事なかれ、全く色っぽい話ではない。むしろその逆、恋愛相談にのって欲しいというわけだ。こんな30過ぎた半ばおじさんで良ければ、と笑いながら快諾して話を聞いてきたのだけれども、こういう具合に年下の人の話を聞いて返答の中に「まだ若い」が良い意味でも悪い意味でもどちらにないにしても、スッと自然に出てきてしまうあたり僕も自分の加齢を意識しているのかもしれない。もしこれを読んでいる方の中で32歳よりも年下の方がいらしたら強くこう主張した。
「貴方が思っているよりも32歳は相当に楽しいぞ」と。
さて今日は若い娘さんの恋愛相談にのったぞという自慢話が書きたかったのではない。その娘さんから教えて貰ったある童話が大変面白かったのでそれについて10年後でも忘れないように記録しておきたい、と思った次第だ。
宮沢賢治さんの『毒もみのすきな署長さん』という童話である。パブリックドメインになっているので本文を載せておく。
宮沢先生、素敵な物語を残して下さって有難うございます。



『毒もみの好きな署長さん』 宮沢賢治

四つのつめたい谷川が、カラコン山の氷河から出て、ごうごう白い泡をはいて、プハラの国にはいるのでした。四つの川はプハラの町で集って一つの大きなしずかな川になりました。その川はふだんは水もすきとおり、淵には雲や樹の影もうつるのでしたが、一ぺん洪水になると、幅十町もある楊の生えた広い河原が、恐しく咆える水で、いっぱいになってしまったのです。けれども水が退きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。その河原のところどころには、蘆やがまなどの岸に生えた、ほそ長い沼のようなものがありました。
 それは昔むかしの川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無くなるということもありませんでした。その中には魚がたくさんおりました。殊にどじょうとなまずがたくさんおりました。けれどもプハラのひとたちは、どじょうやなまずは、みんなばかにして食べませんでしたから、それはいよいよ増えました。
 なまずのつぎに多いのはやっぱり鯉と鮒でした。それからはやもおりました。ある年などは、そこに恐ろしい大きなちょうざめが、海から遁げて入って来たという、評判などもありました。けれども大人や賢い子供らは、みんな本当にしないで、笑っていました。第一それを云いだしたのは、剃刀を二梃しかもっていない、下手な床屋のリチキで、すこしもあてにならないのでした。けれどもあんまり小さい子供らは、毎日ちょうざめを見ようとして、そこへ出かけて行きました。いくらまじめに眺めていても、そんな巨きなちょうざめは、泳ぎも浮かびもしませんでしたから、しまいには、リチキは大へん軽べつされました。
 さてこの国の第一条の
「火薬を使って鳥をとってはなりません、
 毒もみをして魚をとってはなりません。」
 というその毒もみというのは、何かと云いますと床屋のリチキはこう云う風に教えます。
 山椒の皮を春の午の日の暗夜に剥いて土用を二回かけて乾かしうすでよくつく、その目方一貫匁を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それを袋に入れて水の中へ手でもみ出すことです。
 そうすると、魚はみんな毒をのんで、口をあぶあぶやりながら、白い腹を上にして浮びあがるのです。そんなふうにして、水の中で死ぬことは、この国の語ではエップカップと云いました。これはずいぶんいい語です。
 とにかくこの毒もみをするものを押さえるということは警察のいちばん大事な仕事でした。
 ある夏、この町の警察へ、新らしい署長さんが来ました。
 この人は、どこか河獺に似ていました。赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀の入歯でした。署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを着て、毎日ていねいに町をみまわりました。
 驢馬が頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追いにたずねましたし家の中で赤ん坊ぼうがあんまり泣いていると疱瘡の呪いを早くしないといけないとお母さんに教えました。
 ところがそのころどうも規則の第一条を用いないものができてきました。あの河原のあちこちの大きな水たまりからいっこう魚が釣れなくなって時々は死んで腐くさったものも浮いていました。また春の午の日の夜の間に町の中にたくさんある山椒の木がたびたびつるりと皮を剥かれておりました。けれども署長さんも巡査もそんなことがあるかなあというふうでした。
 ところがある朝手習の先生のうちの前の草原で二人の子供がみんなに囲まれて交わる交わる話していました。
「署長さんにうんと叱しかられたぞ」
「署長さんに叱られたかい。」少し大きなこどもがききました。
「叱られたよ。署長さんの居るのを知らないで石をなげたんだよ。するとあの沼の岸に署長さんが誰れか三四人とかくれて毒もみをするものを押えようとしていたんだ。」
「なんと云って叱られた。」
「誰だ。石を投げるものは。おれたちは第一条の犯人を押えようと思って一日ここに居るんだぞ。早く黙って帰れ。って云った。」
「じゃきっと間もなくつかまるねえ。」
 ところがそれから半年ばかりたちますとまたこどもらが大さわぎです。
「そいつはもうたしかなんだよ。僕の証拠というのはね、ゆうべお月さまの出るころ、署長さんが黒い衣だけ着て、頭巾をかぶってね、変な人と話してたんだよ。ね、そら、あの鉄砲打うちの小さな変な人ね、そしてね、『おい、こんどはも少しよく、粉にして来なくちゃいかんぞ。』なんて云ってるだろう。それから鉄砲打ちが何か云ったら、『なんだ、柏の木の皮もまぜておいた癖に、一俵二両テールだなんて、あんまり無法なことを云うな。』なんて云ってるだろう。きっと山椒の皮の粉のことだよ。」
 するとも一人が叫さけびました。
「あっ、そうだ。あのね、署長さんがね、僕のうちから、灰を二俵買ったよ。僕、持って行ったんだ。ね、そら、山椒の粉へまぜるのだろう。」
「そうだ。そうだ。きっとそうだ。」みんなは手を叩たたいたり、こぶしを握ったりしました。
 床屋とこやのリチキは、商売がはやらないで、ひまなもんですから、あとでこの話をきいて、すぐ勘定しました。
     毒もみ収支計算
 費用の部
   一、金 二両 山椒皮 一俵
   一、金 三十銭メース 灰 一俵
      計 二両三十銭也なり
 収入の部
   一、金 十三両 鰻 十三斤きん
   一、金 十両  その他見積り
      計  二十三両也
 差引勘定
    二十両七十銭 署長利益
 あんまりこんな話がさかんになって、とうとう小さな子供らまでが、巡査を見ると、わざと遠くへ遁げて行って、
「毒もみ巡査、
 なまずはよこせ。」
 なんて、力いっぱいからだまで曲げて叫んだりするもんですから、これではとてもいかんというので、プハラの町長さんも仕方なく、家来を六人連れて警察に行って、署長さんに会いました。
 二人が一緒に応接室の椅子にこしかけたとき、署長さんの黄金の眼めは、どこかずうっと遠くの方を見ていました。
「署長さん、ご存じでしょうか、近頃、林野取締法の第一条をやぶるものが大変あるそうですが、どうしたのでしょう。」
「はあ、そんなことがありますかな。」
「どうもあるそうですよ。わたしの家の山椒の皮もはがれましたし、それに魚が、たびたび死んでうかびあがるというではありませんか。」
 すると署長さんがなんだか変にわらいました。けれどもそれも気のせいかしらと、町長さんは思いました。
「はあ、そんな評判がありますかな。」
「ありますとも。どうもそしてその、子供らが、あなたのしわざだと云いますが、困ったもんですな。」
 署長さんは椅子から飛びあがりました。
「そいつは大へんだ。僕の名誉にも関係します。早速犯人をつかまえます。」
「何かおてがかりがありますか。」
「さあ、そうそう、ありますとも。ちゃんと証拠があがっています。」
「もうおわかりですか。」
「よくわかってます。実は毒もみは私ですがね。」
 署長さんは町長さんの前へ顔をつき出してこの顔を見ろというようにしました。
 町長さんも愕おどろきました。
「あなた? やっぱりそうでしたか。」
「そうです。」
「そんならもうたしかですね。」
「たしかですとも。」
 署長さんは落ち着いて、卓子テーブルの上の鐘を一つカーンと叩たたいて、赤ひげのもじゃもじゃ生えた、第一等の探偵を呼びました。
 さて署長さんは縛られて、裁判にかかり死刑ということにきまりました。
 いよいよ巨きな曲った刀で、首を落されるとき、署長さんは笑って云いました。
「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中なんだ。いよいよこんどは、地獄で毒もみをやるかな。」
 みんなはすっかり感服しました。



一見するとこの署長さんは極悪人のような印象を受けるけれども、少し冷静に考えると本質的には悪人ではない(結果的にこの国では罪人になってしまうのだが)という事がわかる。宮沢賢治さんはこのような人が好きだったそうだ。
探求と執念の人である。
僕は、署長さんのような人でありたい。数年前に一度は迷って日和ってしまった自分を深く深く悔いているからこそ、これからは今後はかくありたいと強く思うのだ。

今池 金太郎で楽しく飲んできた。

量が多くて美味しいご飯屋さんが好きだ。
その手のお店は結構好きで行ける範囲内で色々と行ったりもしたのだけれど、地元である名古屋は今池にとんでもないお店があった。
今池の金太郎というお店(リンク先は食べログへ)。

男7人、一人4000円飲み放題でコース料理付。
これがとんでもなく最高だった。
出てきた料理を憶えている限り、簡単なコメント付で書き出していこうと思う。

刺身盛り合わせ…普通に旨かった。貝もきっちりコリコリしていた。
エビフライ…大きくて全員「おおおおお!」となった。海辺の食堂で出てくるようなのだ。旨かった。
豚しゃぶサラダ…千切りキャベツの上に豚しゃぶ+ポン酢。サラダというか大量の豚肉である。
飛騨牛メンチカツ…大きいのが一人一個。肉汁したたる旨さ。
シュウマイ…とんでもない量出てきたぞ。
串盛…お腹膨れてきたぞ
茶蕎麦…シメ。皆が皆「これで最後だよね?ね?」となった。で、これも凄い量。旨い。
アイス…シューアイスが一人一つ。

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びっくりするくらいの量が出てきたシュウマイ。
シュウマイって口当たり軽いからスイスイ食べられちゃう!

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茶蕎麦。7人でこれが2皿出てきた。

で、「足りなかったらポテトフライ出すよー」とお店の方が仰って下さったそうな(僕はトイレに行っていました)。
「満足して帰って貰いたい」というのがいたるところから伝わってくる。
正直飲み放題コース料理付って飲み放題メインというかそういう印象のところが多かったんだけど、ここはそうでもありません。というかお腹がはちきれる程食べさせてくれる。食べ過ぎて口数が減るだなんて久しぶりに体験した。
量が多いだけじゃなくって全部美味しいのも最高。
刺身は「裏が海なの?」ってくらい美味しかったし揚げ物も衣がザクザクしてて大変美味だった。茶蕎麦も良い香りがしてシメとしてとても嬉しい。お酒も日本酒含め各種飲み放題で僕は結局緑茶ハイとソフトドリンクだけだったのだけれども、ここのカルピス(ソフトドリンク)、おばあちゃんちで出されるカルピスくらい濃くて嬉しくなります。

コース料理じゃなくてもコスパ良く楽しめそうなので是非また行きたいと思う。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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