メンタルパンクという事。

dea252a7.JPG神田副社長が体調不良という事で本日のミーティングは中止に。

急遽山田くんと僕の頭を刈る事にした。大阪遠征の前夜に髪の毛を6mmまで刈ったのだが、この短期間でよくぞ伸びたものだ。助平は髪の毛の伸びが早いという噂は本当かもわからんね。

で、お互いに刈りあった。ほぼ全裸の眼鏡2人がお互いの頭を6mmに刈りあう姿はさだめし異様であっただろうが、その後我々、何と一緒に風呂に入った。知り合って4年近いので、お互いの全裸は見慣れている。しかし自宅の風呂に男2人で入るのはやはり多少の違和感は感じた。別にどうという事はないはずなのだが。

時間が随分とあったので友人達とドライブへ。パンクについて話し合い、山田君と僕が行き着いた結果が「最近の不完全密室殺人は殺傷能力が低い」という事。我々はお客さんと手をとりあって一緒に歌う音楽をやっているわけではなく、お客さんが目を閉じて聴き入るような音楽を主軸に据えてやっていきたいわけでもない。結局は圧倒したいのだ。聴くもの全てが圧倒されるような音楽。音で人一人を殺害し得る、そんな音楽。極端な話、受け手を考えて音楽はやりたくない。ただひたすらに自分達の音楽の殺傷能力を研ぎ澄ませてやった結果、という話である。

日よっていたか。現状のバンド運営に必死で大事な根本を見失っていたのではないか。表現力を突き詰めていく動機はそこであるべきであり、そこであるはずであった。僕が音楽をやりながら感じたいのは温かい温もりや満たされていくような暖かさではなく、スリルと日常では得られない衝動性。理性で制しようとしたって、そりゃ無理だ。

メンタルパンクであるわけだ。
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嘘。

広い世界、バンドは数多く存在するしつまりベーシストも多い(だがそれにしても僕の周りのベーシスト不足は一体何なのだろう?)。
今まで様々なバンドと対バンし、様々なベーシスト氏と共演してきたわけだが、たまに僕の足元やラックプリアンプを見て話しかけて下さる方がいる。

先日も共演したバンドのベーシスト氏(曲の屋台骨となるフレーズを的確に、かつグルーヴィに弾かれる方だった)が演奏終了後に話しかけてくださった。

意外にも足元にエフェクターを並べているベーシストは同業者の中でも珍しいのか、その方も僕のエフェクトボードに興味を抱かれたようで何を使っているのか眺めてらっしゃった。

たまにベースにエフェクトをかける事に抵抗のある音楽家に出会うが、まあこの場ではそれについて否定はしないものの、僕がエフェクターを使うのにはちゃんと理由がある。や、勿論好きだからというのもあるのだが。

単純に選択肢の問題だ。フレーズ、音使い、リズム、間、様々なやり方で自己主張、曲への貢献が可能な楽器だというのは周知の通りだと思うが、ここに音色を加えたかったというだけなのだ。意図して使えば立派に楽曲に彩りを添えてくれるのに使わない手はない、と考える。

と同時に時としてベースを弾きながらにして「ベースの範疇外」のアプローチを可能としてくれる場合もある。ギターのような、打ち込みのような、ノイズのような存在としてのエフェクテッド・ベース。大学2年の頃から僕は選択肢を二つ増やしてくれたエフェクテッド・ベースの存在に夢中だし、それを使って音楽をやってきた。

話が大幅に逸れた。本件はそんな話を書きたかったのではない。僕がついた小さな嘘について謝罪したくてこの記事を書いているのだ。

そのベーシスト氏、僕のチューブスクリーマーを見、話はブースターに及んだ。我々ベーシストは多かれ少なかれ恐らくは人口の半分がより良い歪みやブースターを模索している。話が一番弾むのもこの手のエフェクターだ。
そのベーシスト氏は「ビッグマフも良いよ」と薦めて下さった。

ああそして僕は。僕はためらったのだ。自分のエフェクター所有台数、エフェクター中毒を悟られたくない。自分の病的な部分についてそれ相応の自覚がある僕は咄嗟にこう言った。「今度試してみます」。

謝罪せねばなるまい。僕は自分の名誉、その場の和やかな雰囲気、そして健常なるエフェクト愛好家としての尊厳を守るために嘘をついた。

およそ今から3年前、丁度二十歳の誕生日の日に僕はビッグマフを購入していたのだ。それは僕のコレクションの中でも20台目にあたる記念すべきエフェクターで、忘れられようもないエフェクターだった。

それを告げていたら多分僕は自分の嗜好、病的なまでのエフェクター中毒ぶりを発揮し、恐らくはそのベーシスト氏はリアクションに困っていただろう。だが僕は罪悪感を感じざるを得ない。

その夜の氏の演奏は、それはそれは素敵なものだったし、僕は素直に氏に尊敬の念を抱いていたからである。

悪夢について。

先程の記事を更新した後にウトウト眠ってみた夢はそれはそれはテラーなものだった。
古めかしい雰囲気の漂う洋館が舞台の全くのホラー。亡き娘の亡霊がそこに集う人間を恐怖に叩き落とす悪夢。悲しいかなその娘は悪意はないのだ。ただ自分が死んでしまった事に対する無自覚と、悲しみや憤りが彼女をつき動かす。そこに集った人間達の極めて人間らしい過失やそれに伴う後ろめたさが悲劇をさらに強調する。そんな夢の中で僕は半ば狂気に陥りかけた当主の役どころを演じたってわけである。

恐ろしい夢ではあったがどこか映画的な(事実それは非常に前時代的なホラー映画の舞台設定であったわけだし)夢で、僕は妹に乗り移る事で具体的な恐怖を提示せしめた長女の悪霊を前にしてもあまり恐怖は感じなかった。更に言ってしまえば、亡霊が肉体を手にする事で可能となった具体的な暴力(すなわち両の手で僕の首をしめる事)を行使する瞬間も“ああ、これで僕が演じる当主は退場というわけだ”といった感想しか持たなかったのである。

ひどく映画的で、そして極めて直接的。どこか「体験するお化け屋敷」的な感覚の夢であった。

恐ろしさという観点で語るのであれば以前みた悪夢(そうそれはまさしく悪夢だった)の方が余程インパクトがあり、僕は夢であるという感覚もないまま恐怖したのだが。その夢というのはストーリー性もへったくれもない、断片的で断続的な光景がただ繰り広げられるだけのものだったのだけれど、その夢はそれが故に恐ろしかった。忘れ難いのは繰り返し提示されたある光景。それは砂嵐が吹き荒ぶ荒野を外套を身にまとった旅人が行く光景。薄汚れて擦り切れたボロ布をまとったその旅人の顔は干からび、目があったであろう場所はただ暗い穴が空くのみで、鼻はミイラの如く低く、大きく開かれた口の中には小さな歯が意外にも並びよく生えていた。その亡霊のような姿をした旅人はどこまでもただ行くのだ。放浪する事が、そしてその姿形で僕に恐怖を与える事のみが目的であるかのように。

繰り返し繰り返し彼はその夜の夢の中に登場し、呪術的な恐怖感を与えた。得体の知れない不気味さの境地を垣間見た心持ちだ。目覚めた僕は全身にひどい汗をかいており、夢の中のミイラのような旅人の姿を眺め続けたからか定かではないが、喉はカラカラに乾いていた。

およそあれほどインパクトのある悪夢はあれ以来みていない。人のみた夢の話を延々と語られる事ほどリアクションに困る事はないとは思うのだが、本件で僕が何を言いたかったかというと、僕の恐怖のイメージである。

それは、居心地の悪さと抜け出れないのではないかという恐怖感を伴っていたのである。

タコ焼きパーティー。

38eb2d6e.JPG昨夜は友人宅でタコ焼きパーティー。

タコ焼きは勿論、豚の角煮あり炊き込みご飯あり焼肉ありの非常に豪勢な一夜となった。

仲間と一緒にワイワイ食べるのはやはり楽しい。はじめは女性が多くて緊張したけれど神田君が顔を出したあたりからリラックス。

楽しみきった。

VROOOM:絶えず前進するもの、止まらないもの

本日、我々不完全密室殺人は第2期不完全密室殺人始まって以来初の月3回公演を終えた。皆やはり精神的にも肉体的にも消耗し、7月にライブを全く入れないという自分達の決断が正しいものである事を痛感せざるを得なかった。
そもそも限られた少ない楽曲の中からセットリストを組み(即興演奏的な要素を含む曲を組み込んだ所でやはりそれは“即興演奏”に過ぎないのだ。現状はやはり。それについては不満も疑念もメンバー中誰一人として抱いてはいないだろう。だがいずれそれら即興演奏の中から我々のセットリストに組み込まれるような曲が誕生するかもしれないという可能性は誰も否定できないだろうし、肯定もできない)ライブを行うという事を実にこの半年間行ってきた。
毎回のライブが刺激的で得るものがあったとしてもマンネリ化は否めない。初めて我々の30分をご覧になる客の諸兄もいるだろうとは思うし、そんな方々にしてみれば我々がマンネリを感じているセットリストであれ未知なるもの、或いはそれは新鮮なものに映るかもしれないが、何より我々自体がマンネリ化した現状のライブを潔しとしないのである。

決まったように始まり、お決まりの曲順で演奏し、そして最後はフィードバックに包まれながらステージ上を荒らして(荒らす事そのものが目的ではないがやはり結果として我々は“荒らし”ているのだろう)30分を終える。

我々の公演には脚本が存在し、それは計算され、ともすれば間すらも練られて演奏をしているのだが、ライブを行う我々の感情、興奮すらも脚本があり、それをなぞっているような印象を抱きかねないのだ。

ふとした瞬間にステージ内で繰り広げられている光景。メンバーに触発されてとった行動(アクション、ではない。音についての事柄も勿論含む)がさらにメンバーを興奮させ、熱量がどんどん高まっていく瞬間を我々は欲している。
その瞬間に至るため、そしてそうなり得るために新曲の開発は急務であると言えるかもしれない。
故に我々は一月ライブを休んで、腰をすえて活動に勤しもうと思っている。

クリック。そして基礎練習がもたらすであろう結果。自らへの警告。インプロビゼーションに対する覚書。

連続し、今なお積み重ねられていくものであり、およそ現状最も具体化している表現の一つであるもの。ベース演奏には様々な言語が介在する。それらは他の楽器の演奏者とのコミュニケーションの一様式であり意思表示であり、それらは結局音という信号である。

とかく即興演奏では自らの意思(それは他人の意思を汲み取った上でどのようなリアクションをとるかという事柄も内包する)を速やかに楽器という媒体を通じて発信する事が重要であり、いずれの演奏者も自分の取捨択一の結果(ある局面では選択する事すら必要ない程結果が明確な場合はあれども)がその楽曲に如何様な影響を及ぼすかを考慮して音を出す必要があるのは明らかな所であろう。

この時問題となるのは演奏者の懐の深さと広さそして判断力であるが、瞬発力に磨きをかけた後の問題として我々の前に横たわるのは楽器演奏者であれば誰しも等しく掲げる一点。絶えず前進する事を我々に要求し、広大に広がる音階の中からすくい上げられるのを今か今かと待ちあぐねている。それは引きだしでありそれはそのまま表現力であると断じてしまって差し支えないだろうと思う。

そこに対する求心力を失った瞬間、演奏者を表現者たらしめる要素はかき消え、音楽は完結する。切磋琢磨すべき愛しき瞬間はルーチンワークと化し、時間はただただ残酷に過ぎていく事となる。

我々演奏者は絶えず自問自答し、およそ人間の想像力とインスピレーションが枯渇しない限り広がり続ける(それの速度についてはさしたる問題ではない。少なくともこの場合は)であろう範疇内外に於いて模索するのだ。

即興演奏に必要なのは以上の点から求心力、状況判断、そして表現力である。

表現力の礎を組み上げるのに、そして礎を強固なものにしていくのに手堅い手段として基礎練習があげられる。基礎練習に於いてクリックは我々の良き友、良き先導者、そして伴侶である。

溜息をつきながらでも良い。興奮をおさえながらでも良い。あるいは得られなかった充足に思いを馳せながらでも良いがクリックのスイッチを入れる事は、そして楽器を手にしてクリックが律義に刻むリズムにあわせて鍛練を行うのは決して無駄ではないのだ。それはあるいは具体化されないかもしれないし、何人にも(可能性としてはその本人でさえも)意識されないかもしれないが、確実に血となり肉となる。

さて、今夜もクリックのスイッチを入れよう。ライブ前夜だろうとしても、そこにはリズムが存在するのだから。

人間椅子。

文明の利器というのは文字通り便利なもので、近頃の僕はニコニコ動画のお世話になりっぱなしである。

人間椅子「ヘヴィメタルの逆襲~21世紀の精神異常者」のライブ映像を観る事ができたのもまさしくニコニコ動画のお陰だ。クリムゾン関係の動画を検索していたらヒットした動画なのだが、人間椅子というバンドを始めて観た。クリムゾンの「21世紀の精神異常者」をカヴァーしているのだけれど、これがまた非常に良い。緻密かつ正確な演奏は言うまでもないのだけど、出色なのは歌詞。
「ヘヴィメタルは苦労する 仕事を選ぶヘヴィメタル ビデオ屋と楽器屋と ビラ配りするヘヴィメタル」
こんな歌詞が歌われるのだ。よく思い付いたものだ。しかも違和感がない。

アップロードされていた動画が高品質だったのか音もクリアーで聴きやすかった。ベースサウンドもソリッドで格好良い。ギタープレイはフリップ先生に対する敬意が感じられた。

意外なところからではあるけれど、人間椅子を聴いてみよう、と思った。

気付けばミニアルバム、残り30枚をきっていた。

不完全密室殺人の6月分公演も残すところあと1回となった。前々回の更新にて大阪公演について記述した。今日は先日行われた名古屋は新栄クラブロックンロールでの公演について記録しよう。

今回の公演は去年12月、トイロ×Hyd Lunch企画で行った「ミケと私の物語」というエピソードの再現、否、再構築である。そもそもの発端は我々の欲求に始まる。伊藤誠人は我々が感ずるに、現状不完全密室殺人のサポートキーボーディストとして最良の人物である。表現力、音への拘り、ライブパフォーマンス、そして破壊力それらの全てが我々の求めているものであり彼の備えているものである。以前サポートして貰い非常に心地良く演奏できた我々が彼と再び演奏したいと感じるのは当然の事だろう。
我々はオファーを出し、彼は引き受けてくれた。ならばという事で脚本も前回彼が参加した際のものを下敷きとする事になった。およそあのエピソードほど感情移入できる脚本は数多くはない上に、「ミケと私の物語」を再演するには伊藤誠人の参加が不可欠なのは明白だったからである。
半年振りの5人不完全、誰よりも我々が楽しみにしていたであろう当日がやってきた。
共演はPIGGY、Romany Jade、ザ・フロイト。非常に濃い。何かのイベントかと言いたくる程の濃さである。

この日のライブは不完全密室殺人始まって以来の流血沙汰となった。しかも血を流したのはメンバーではなく、サポート参加の伊藤誠人だった。本番が終わるまで気付かなかったのだがスパークした彼はキーボードに頭を思い切り打ち付けたらしい。不慮の事故だった。傷は意外に深く、打ち上げの際にも血が流れていた。

この一件に端的に表現されているように、気持ちの上ではガツン!と演奏できた。ただ残念な事に気持ちだけであったのも事実。一体感という点ではまだまだ及第点は我々自身下す事ができない。ただただ今後も精進するのみ!

さてはて非常に濃かった対バンはどうだったか?
出演順に記していこう。

Romany Jade。1曲目の歌い出しから「ヒロシマは平和都市じゃない」という歌詞にやられる。メンバー全員風貌は素朴な好青年といった風でありながら(事実お話させて頂いた感じ、人当たりの良い誠実な印象を受けました)曲調が多分に怪しげ、不穏。“夜”という印象を受けた。忘れられないバンドになりそうだ。
続いてPIGGY+北村くん。カワノくんがキーボードを弾いていた。色々できる人は羨ましい。マッチの可愛さに目が釘付けになる。個人的に最高に好きなオーラ。ドラムをバカスカ叩き出した瞬間の快感は得難いものだなあ。
てか観ていない間に相当アヴァンギャルドになっていた。曲も相当にブッ飛んでいる。他の不完全メンバーも大いに楽しんだ様子。

トリは大丸ラーメン前でたまに会うザ・フロイト。演奏を開始する前に音源の告知をしてしまう所に「今夜もガッといくのだな」と期待が高まる。前回共演した時よりも圧倒的な凄み。気迫みたいなものが演奏から伝わってくる。演奏の熱量、キレも確実に前回共演した際より上。物珍しいバンドだなという印象だった前回、そしてシッカリ聴かせた今回。お客さんにも好評だった様子。
余談だがヴォーカルギターのケンゴさんは僕より年上なのに丁寧で温厚。かくありたい。

結局、自分達の出番が終わった後は完全にお客さんとして楽しんでいた。全バンドしっかり観れたのは久しぶり、と思ったらそれは出番が1バンド目であったからに他ならない。普段は準備等でなかなか落ち着いて観られないのだ。どのバンドも悔しくなるくらいに個性の塊であったが故に、この日名を連ねられて良かったと感じる。お客さんとして来ていたら欲求不満を感じていたに違いないからだ。

打ち上げは、総勢10数名という小規模ながら盛り上がった。むしろ規模としてはあれくらいの人数の方が落ち着く。振り返ってみても良い一日だった。

新兵器。

73d20ee4.JPG新兵器を導入した。

A.Y.Aという東京のメーカーのベースファズ。限定30台のうち20台目である。武道館公演時のティム・ボガードの音を再現したというのが謳い文句だけれど残念ながらその音を聴いた事がないので何とも言えない。

昔からファズは好きで、折を見ては使おうと新しく買ったりエフェクト・ボードに忍ばせたりしていたのだけどなかなか自分の足元に定着せず、結局いつものセットになってしまっていた。

今回のはメーカーの営業さんが持ってきてくださったもので、軽い気持ちで試してみたら一息に気に入って購入を決意したもの。貯めていたプレベの改造資金が吹っ飛んだけれど気にしない。

ツマミは歪み具合を調節するFUZZと、音量を調節するLEVELのみ。の割には使いやすい。というのもこのファズ、しっかり歪みつつもグシャグシャになりきらない。ベースの芯が残っており、ギターやドラムと混ざった時にもそれが生き残る。歪み方の押し出しも強いので安心して踏めるのだ。

早速不完全密室殺人で踏んでみたのだが、バンドメンバーからは「ブリブリ歪む」「しっかり歪む」「エグめだね」とコメントが貰えた。

ミーハーな感想になってしまうけれど最近愛聴しているキング・クリムゾンのライブ盤「USA」で聴けるジョン・ウェットンのような音。サスティーンがないので音の粒が見えやすいのも、逆に扱いやすい。ロングトーンを多用するフレーズには向かないけれど、ブリブリ弾き倒したくなるエフェクターだ。

ついついハイポジにいったり指板上を駆け巡りたくなる。そういった意味でも非常に触発されるペダルという事で、気に入った。

今日踏んだだけでも随分と馴染んできたので、今後が楽しみなペダルである。

ファズベースって、やはり良いのだ。

大阪に於ける不完全密室殺人

6月8日金曜日、大阪は扇町DICEで公演を行う機会に恵まれた。DICEのスタッフの方々、DICEを紹介してくれたトイロの谷村氏には感謝しきりである。

初遠征という事で興奮していたのもあるし、夜間の方が高速道路が空いているという事もあって前日夜に名古屋を出発。車中ではメタリカやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン等のリフに魅力を見出だしたり中島みゆきやZARDの音楽に琴線を刺激されたりした。だがこの旅で一番印象深いのはやはりキング・クリムゾン。行きも帰りもクリムゾンの音の構築と破壊、壮絶なインプロビゼーションに酔った。

さて大阪の漫画喫茶で仮眠をとった僕は各務氏と商店街をブラブラ散策した。風俗店と立ち呑み屋が軒を連ねており、立ち呑み屋では午前中から酒を呑む人々の姿が見られた。名古屋では見られないこの光景に刺激され、大阪への期待が高まる。僕の思い描く商店街というのは人間の臭いがする所であり、そういった意味ではあの商店街はまさしく理想の商店街。

小腹が空いた我々は立ち喰いうどんの店に入った。関西のうどんは薄味であると聞いていたし、前回のライブで対バンしたLittle Bigからも「大阪ではうどんを食べてください」と薦められていたので念願かなったりといった具合。このうどんが想像以上に旨かった。出汁の味が効いており、また汁の味ではなく麺の味が豊かである。こりゃあ今後も関西風うどんにハマりそうだわい。

一足先に漫画喫茶を出ていた山田氏、起き出してきた神田氏と合流しアメリカ村の楽器屋へ。名古屋では見られないようなビンテージ楽器、ビザールなギターの数々。思わず持ち逃げしたくなるようなベースの数々に興奮を隠せない。見るだけでも楽しかった。
時間も時間なのでDICEへ。リハを終え対バンの方々と談笑。開演前にあんなにお話したのは生まれて初めてではないだろうか。実に気持ちの良い方ばかりで得難い交友関係を築けたように思う。

そして開場、開演。
扇町DICEはステージが広くない。あけすけな言い方をするのであれば狭い。客席と段差はほとんどなく、観客は至近距離でバンドの演奏を体感する事となる。それも一役買っているのか定かではないが、非常に生々しい。

ニシコというバンドが演奏を始めた。ドラムスの方がALLieの有坂くんを彷彿とさせる。ひねくれたポップ感覚を有するこのバンド、非常にインテリジェンスを感じさせる。観客もそのひねくれ具合を堪能していた。
次なる出演者はJIN-Cromanyonと名乗る男性ソロ。DJ機材を駆使した表現をしていたのだが、何より目が尋常でない。自らが打ち込んだその音の上で繰り広げるそれはまさしく狂気の沙汰。氏とは開場前も終演後もじっくりお話したのだけれど、「音楽は詳しくない」と言っているにも関わらず筋の通った表現をされる。バンドの見方も完全に音楽人のそれ。いやはや、危うく騙される所だった。

モーモールルギャバン、前評判から期待していたのだけど期待以上。ドラムボーカルというなかなか見ないフロントマンが牽引するバンドなのだが、実に突き抜けたバンド。フロアのお客さんもこのバンドを待ちわびていたようで凄い盛り上がりを見せていた。不完全メンバーも気に入った様子。

そしてトリは妄想良雄。坊主頭に眼鏡と共感をおぼえるギターボーカル氏は「闘う哲学家」。不穏な雰囲気を醸し出す一曲目から非常に好み。論客がいるバンドではたまに弁ばかりがたって表現がおざなりになるバンドがいるのだけど、これまた筋の通った事をやりなさる。意思や理想が後付けである音楽ではなく、それらが根付いているバンド。リズム隊のしなやかさも出色。

総じてこの日の出演者は濃かった。ブッキングにも関わらずイベントなのだろうかという印象を受ける程であり、ニシコのドラム氏とも話していたのだがつくづく“当たり”だったと感じる。遠方でこのような日に演奏出来たのは幸運というよりないだろうなあ。

では我々はどうだったか。
不完全密室殺人を始めてもうすぐ一年が経とうとしているが、あそこまで観客の反応が良かったライブは初めてではないだろうか。我々の出している音を観客が全身で感じているのが見てとれた。それを感じた我々も必然的に熱量があがり、テンションの塊のような演奏が出来たのではないだろうか。
噛み砕いて言ってしまえば人が自分達の音楽で踊り狂う様は絶景であった。

こうして初遠征もその価値を十二分に見出だして終える事が出来た。我々としては得た反省を今後に活かして邁進するばかりである。

パーティー会場に於ける男と女。

宴もたけなわだった。
俺の周りにいる男共はそのほとんどがしたたかに酔っ払っていたし、女達はその輪の中にいるか嬌声をあげている男達を侮蔑の目で眺めるかしていた。
飲み慣れないアルコールによって弛緩した頭で考える。俺はどうしてこんなところにいるんだろう?一体全体誰が俺をこんなところへ導いたというのだろう?

それは他ならない俺自身であったにも関わらず俺はそんな事ばかり漠然と考えていた。答えが薄々わかっているのに、そして自分が答えを手にしている事に勘付いているのに思索の旅に出るのは楽しいものだ。意識が白濁している時は尚更さ。
俺はどこのどいつが俺をこの集まりに叩き込んだのかぐるぐる回る螺旋階段のような意識の中で思い返そうとし、そして頓挫した。
同じ事を手をかえ品をかえ繰り返すのは酔っ払いにありがちだな。あとは三流の物書きに。となると今の俺に必要なのは優秀な編集者であるわけだ。

ああこの集まりったら、ない。
俺は思っていたよりもおぼついた足取りで会場から出ようと歩き出した。よしよし、歩ける
右左右左右左右左おっとつまづいた左右左。
俺がゆっくりゆっくり歩いていると目の前にあの女が立ちはだかった。諸君諸君、それは全く立ちはだかったというのが相応しい。その女は飲み物の入ったグラスを手に俺を冷笑しながら俺の目の前に立ちはだかったのだ。

「久しぶりだな、おい」
酔いまかせて自然と粗野な口調になった、という演技をする。
「お久しぶりね」
おいその目つきをやめないか、という目でじろりと睨みつける。実に全く、良くできた女だった。世の中で俺が好きな曲線は幾つかあるけれど、彼女によく似合った黒いドレスに3分の2程を隠された彼女の二つの丘は実に美しい曲線を惜しげもなく晒していた。その曲線が俺の好みだとわかった瞬間、俺は過去の確執等諸々全てを忘れた。そして俺の中にあったのはただ目の前の女をぐちゃぐちゃになるまでナニしたいという欲求だけだった。衝動といってもいいかもしれないな、ありゃあ。
俺はそんな自分の欲求を生唾と一緒に飲み下した。相手の目線から俺の嚥下を女がはっきりと目にしたのがわかる。奴さん、俺が漫画か何かのキャラクターみたいに生唾飲み下したと思っていやがる。いや実際その通りなんだけどもね。

「お前さんはどうしようもないアバズレだよ」
俺は相手の目を見据え言い放った。女の能面のような表情には何一つ変化が表れない。畜生め。
「変わっていないのね、あなたって」
そう言うと女は悠然とグラスの中身を干してみせた。そのまま俺に形のいい尻を向けると、女はゆったりと歩き去った。
俺かい?俺はまんじりともできなかったね。
それまで俺は意識していなかったのだけど、その瞬間に自分が如何に惨めだったのかって気づいたね。自分がどうしようもない奴の更に上をいくどうしようもないクソ野郎だって悟ったのさ。だけどな諸君、あの女だって相当に大した事のない奴なんだぜ。

グラスを干した時に脇に汗をかいているのが見えたのさ。冷房の効いたこの会場、つまり奴さん緊張していたのさ。俺に何か言うつもりだったのかもわからんね。

だがそんなもんだろうよ。
昔の男と女なんてものは。

八事から新栄へ。

ebd35d06.JPG職場の40周年記念という事で仕事の後スタッフ皆で中華料理を食らいに行った。中華料理って気付かないうちに腹に溜まっている。まだまだいけると思っていたらお腹一杯になっていた。

その後、中華料理屋から50メートルも行かない居酒屋で学生時代に所属していたサークルがライブの打ち上げをしているという事で顔を出し、そのまま流れで深夜のファミレスに行った。サークルの打ち上げ的には三次会な流れ。

現役学生達と一緒にいると自分も若返ったようで悪い気はしない。それにしても彼らは性懲りもなく顔を出すOBに優しくしてくれて、本当に良い若者達である。僕だったら打ち上げ終盤に現われて場をかき乱す先輩は煙たがってしまうだろうなあ。

新栄の昭和食堂でQucumbersが打ち上げている。不完全密室殺人神田副社長もいると聞き、友人の車で一路新栄へ。購入したばかりのキング・クリムゾン「ヴルーム・ヴルーム」を聴きながら移動。ダブルトリオ編成という事でこの頃のクリムゾン、ギター×2、ベース×2、ドラム×2のなかなか聞かない編成である。その音たるや恐ろしくヘヴィ。昨今のヘヴィロックと比較するや何のその、である。

会場に着いてみると恐ろしく人が多い。異種格闘技戦のようなイベントであったらしいけれど非常に濃かったという話。キュウリの面々と話をしたり、副社長と軽い音楽談義(正確に言うと僕が熱に浮かされたように話してばかりいた)をしつつ過ごす。

周りの人間がどっと減り会場も随分と閑散としてきた頃、僕を搬送してくれた神谷嬢へ曲タイトルのネタ提供。というのも作曲するにあたってネタがあった方が作りやすいらしく、キュウリほそちんさんと2人で「ごめん、それ無理」とか「Someday in the rain」とかわかる人にはそのものズバリなネタを古今東西よろしく出し続けた。神谷さん楽しみにしていますよ!

気付けば昭和食堂も閉店時間。すなわち朝の5時。眠気に支配されて混濁しかけた意識の中帰宅。

結局、一晩で飲み会会場を三つハシゴした事になり親しい人にも沢山会えた。勿論その分体力の消費も激しくて帰宅したらザッと風呂に入ってすぐに眠ってしまったのだけど。
Sonyのデジタルウォークマンにキング・クリムゾンをダウンロードする事だけは忘れなかった自分を褒めてあげたい。

未来の僕よ!

書きたい文章はいくつかあるのだけどそのどれもが書き出しては消しての繰り返し。
大切にしておきたい瞬間って以前は克明に描写して保存しておきたかったのだけど結局は記憶媒体として自らの脳にその任を課すのが最もふ相応しい。
だから今日体験した事について詳しく触れるのはやめよう。こういう風にブログを書いていてその目的が自分の剥き出しのものを綴る事でもそれはしない。おいこれを読み返している僕。今夜僕は友人のためにベストを尽くしたぞ。深夜の今池を闊歩したこの夜の事を忘れるな。得たものは多かったはずだが果たして今の君はそれを活かせているのだろうかね?

さて不完全密室殺人、6月の三公演の稽古に励んでいます。大阪と名古屋は同じ脚本、残り一回の名古屋公演はメンバー内投票の結果、結局常連さんの中でも評判の良かった脚本をリライトして行います。

今バンドはやりたい事(やるべき事、とほぼ同義)が一杯でモチベーションが非常に高い状態。このモチベーションをバンド全体で維持していけば過去最高の月三公演も何のその。

音に意思を込めてベース弦をはじきます。

構造改革。

と言っても一昔前の政治家の言葉ではない。

部屋の収納スペースを考え直さねばならない。元々今の家は去年兄一家がこちらに引っ越してくる際に建て直したもので、改築後の僕の部屋は以前のべらぼうに広い部屋から人並みの広さになっていた(畳何枚分、とかそういうのはよくわからないから割愛)。当然、荷物の量を減らさねばものが溢れる。貧乏性な僕は「いつか使うかも」と保管しておいた品々を廃棄して新居に備えたのだった。

にも関わらず今の部屋にもものが溢れかえっている。CDラックにはCDが入りきらなくなっており山積みになっているし、本等の書籍類も段ボール箱から出せないまま。何が優先されてくるかと言うとアレである。

エフェクター類だ。

エフェクター中毒者の僕が好日々購入するエフェクターは一年前より確実にその数を増しており、中身が空っぽになった机の引きだしを利用して収納していたものの、今やそれも限界に近付いている。せれに自分のコレクションは綺麗に陳列しておきたいのが愛好家の性という奴だろう。

頭を捻って考えたところ、面積が足りないなら高さを使えば良いと思い当たった。大きな三段式のラックでも置けば無理なく物を収納できるはずである。

聴かないCDは段ボール箱にしまっておいてラックの一番下の段に置けばよい。うまくいけば他の段全てを機材陳列に使えるはずだ。

今度手頃なものがないか見てこようと思う。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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