『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』

今更だけども、『破』を観に行く事になったので視聴。

ヱヴァンゲリヲンという青春の一時期を捧げた作品について書くと壮大な自分語り(映画館で量産機が飛ぶのを観て感動したとか未だに理想の女性像は葛城ミサトであるとか)になりそうなので感想は簡単に箇条書きで。


・改めて観ると、シンジは気の毒な奴。

・ミサトさんはやっぱり最高。

・リツコさんも格好良い女性だ。

・一作目の見せ場にヤシマ作戦を持ってきたのは大正解。

・ヤシマ作戦の作戦準備中、そして作戦行動開始時等は滅茶苦茶テンションあがる。『サンダ対ガイラ』等の怪獣映画にも観られる描写であるが、ああいう大掛かりな作戦は本当に燃える。

・そしてラミエル、格好良過ぎだろう!


続・我が逃走
こんなんとか

続・我が逃走
こんなんとか

続・我が逃走
こんなんとか


ああなった第六(TV版だと五だったよな)の使徒を観て何も感じない奴がいるのか!?

滅茶苦茶に格好良くて話の結末はわかっているのに「こんなんに勝てるのか」と思ってしまったよ。


いやあ実に面白かった。

『破』も楽しみ。

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東京という街に対する感情。

折角明日の夜から東京へ向かうってんで、ライブハウス近くの美味しいラーメン屋でも調べてみようとインターネットを駆使してみたんよ。そしたら僕の好きな餌みたいなラーメンを食べさせてくれるお店が、ない。あってもライブハウスから少し距離があったり、そりゃあ歩いて行けない事はないのだろうけれども知らない土地を目的地目指して歩き回るっていうのは物凄く不安で煩わしい事だ。だから当日その時その場所のインスピレーションで飯を入れる事にした。


これは勿論生まれ育った土地(愛知県は名古屋の歓楽街。お世辞にも治安が良いとは言えない場所、らしい。生まれ育った身からすると何て事はないのだけれども)柄ってわけじゃあないのだろうけど、東京という街には気後れするところがある。お洒落でクリエイティブで、活力に満ちた場所だ。

東京のそんな華やかさを肌で感じたのは中学生の頃の修学旅行、と言いたいところだが何かの凄さを知るには当時の僕はまだ無自覚過ぎた。自分という人間をある程度客観視する事すらままならぬ中学生の僕では、自分の存在と比較、或いは拡大解釈して『東京』というこの国の首都を捉える事が出来なかったのだ。

では一体いつ僕は『東京』を意識するようになったかというとそれは大学4年の頃である。当時ちょっと仲良くしていた女性が就職活動で東京へ行くという。関係を深めたいと思っていた僕は単身東京へ乗り込む事への不安に付け込んで、見事に同行する許可を勝ち取ったのであった。

今思えば甚だ迷惑であっただろう事は想像に難くない。何せ僕といったら就職活動もせずに大学へフラリと現れては部室に引きこもるか、後輩や先輩を無理やりひっ捕らえて大学から遊びにくり出すというような事ばかりしていたのだ。仮に面接等で「あなたは大学4年間で何をやってきましたか」と問われれば「はい、よく食べ、よく遊び、よく眠る事です」と応えただろう。云わば堕落した学生生活に他ならなかったわけで、目的意識のしっかりとしたその女性からすれば僕は本当に『大学4年生』に適応できていなかったであろう。

話が随分と逸れてきた。兎に角、僕はそのタイミングを利用して御茶ノ水や渋谷、下北沢等様々な場所を散策した。たかだが一日、さして沢山場所が回れるわけもなく、しかしてそれ故に僕の東京への印象は鮮烈なものになったのかもしれない。あれは紛れもなく『非日常』であった。


毎日毎日繰り返し、ループの中にいる僕からすれば東京や大阪、つまりは日常生活の範疇外へ赴くというのはそのまま『非日常』である。大学を出、バンドを始めるようになってからもその思いは変わらず未だに東京へ行くと強烈にエネルギッシュな気配に若干の興奮を覚える。そしてそれは東京で交流を深める事となった沢山の興味深く、刺激的で活力に満ちた人間達との出会いによって更に強化されている。

勿論名古屋コンプレックスとでも名づけられるような自虐的思考があるわけではない。僕は名古屋という土地柄には妄執というか、変質的な愛情すら抱いているのである。では何故かくも東京という街に固執するかというと前述した通り『東京』が僕の中で『非日常』とリンクしているからである。

『東京』に対する憧れや好意、そして妬み嫉みはそのまま『非日常』へのそれと言い換える事ができる。



summer様

もうすぐ夏本番!

だけどもどうやら夏のリハーサルに呼ばれていない僕はぶっつけ本番で夏を迎える事になりそうです。


今年の夏にしたい事

・海かプールで泳ぐ

・山奥で涼む

・川魚を食べる

・BBQ

・お化け屋敷へ行く

・朝まで遊んでグッタリ寝る

・冷房のガンガンに効いた部屋でゲームをひたすらにやる

・花火

・焼肉


ああ、幾つかは夏関係ないのが入ってますね・・・。

『刑事コロンボ 死者のメッセージ』

刑事コロンボ史上、最も高齢な殺人者の登場である。


今回の犯人はアビゲイル・ミッチェル、売れっ子ベテラン推理小説作家である。彼女、簡単に言ってしまえば70歳を超えたおばあちゃんなのだけれど滅茶苦茶チャーミングなのである。姪の命を奪った(少なくとも彼女はそう信じている)姪の夫を自宅の金庫室に閉じ込めて窒素死させる(その筋の方はご存知であろう、古畑任三郎の中森明菜が犯人を演じたエピソードは、本作品を雛型としている)という残虐な殺害方法を採るのだが、それでも彼女を思い返す際に冷酷無比な殺人者というイメージが第一にこないのは彼女の『復讐』という動機もさることながら、演じるルース・ゴードンが発するチャーミングさによるものだろう。

コロンボのあとをついてチョコチョコ歩く様といい、目を輝かせてコロンボと推理合戦を繰り広げたりする様子はある意味犯人らしくないのである。

そして彼女、コロンボファンなら思わずニヤリとしてしまう言葉をコロンボに投げかける。最早コロンボ警部の代名詞と言っても差し支えないだろう、ファンならば何十回、何百回と耳にしたであろうあの台詞。

「あの、すみません。もう一つだけ」

投げかけられた瞬間の警部の可笑しさといったら。


続・我が逃走


勿論見所は犯人側だけではない。

アビゲイル・ミッチェルの講演会会場に訪れたコロンボが、成り行きでスピーチをさせられるシーンがある。

ここで我々は如何にコロンボ警部が『殺人課の刑事』という職業を愛しているか、そして行った殺人という行為は兎も角、殺人犯の中にも愛すべき人間がいた事(アビゲイルに自首を促しているようにも感じる)等を警部の口から聞くのだ。ここはすっとぼけたコロンボ警部も目が真剣で、観ているこちらも感慨深いシーンである。『殺しの序曲』の犯人追及シーン直前の警部の長台詞と併せて、実に印象深いシーンである。


人間ドラマとして実に面白い本作、片や知恵比べという観点では若干物足りない点があるのも確か。ダイイング・メッセージではなく被害者が犯行現場に残した車の鍵に焦点が当たり気味なのも残念だし、犯人逮捕の決め手がそのものズバリダイイング・メッセージだというのも不完全燃焼感がある。

それでも本作が大いに楽しめる作品であるのは間違いがないのだけれど。

楽しかった。

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今日の画像は新栄クラブロックンロール敏腕PA井藤さんの親友、プーさん。

JONNYでライブだった。場所は久しぶりの新栄クラブロックンロール。恐らく一番ライブを経験した場所であり、確実にお世話になっている場所だ。誤解を恐れずに言えばホームグラウンドでの演奏。血がたぎらいでか。

アメニトウタのサポートベース、三宅嬢に恐れ多い言葉をかけて貰えて言葉に詰まりそうになった。僕みたいな人間が貰うには過ぎた言葉だ、勿体無い言葉だ、そして素敵な言葉だ。
ただでさえ血がたぎったのに、それによって血肉沸き踊った。とにかく全身全霊でライブを突貫しよう、と心に決めた。

さて楽しみにしていたアメニトウタにおける三宅嬢、これがまた良くて。丁寧に紡ぎあげていくような演奏、バンドをまとめるブレのないベース。ステージ脇の扉からすかして見た指板上の動きは無駄がなく、丁寧なピッキングは表情を音に与えていた。
かくありたい。演奏のベクトルは違えど、いよいよもってして全身全霊で挑まねばならぬ。このような演奏をする演奏者の褒め言葉に泥を塗ってはならぬ。
やる気しかない状態で演奏をはじめ、機材トラブルを契機にテンションが沸騰。音が出るという当たり前の状況、表現手段を一時的に剥奪された事によって、根本的な快感を直視出来た。
弦を振動させて音を出す。図らずもその忘れがちな気持ち良さを無音から見出してしまった。
終盤、気付けば僕は高い所に。膝はギターを投げ捨てた篠田尚希君によって抱えられ、僕は一躍騎上の人となった。見回せば人、人、人。つい口をついて歓声が漏れた。あの瞬間の無邪気な興奮は忘れがたい。あの光景を見せてくれた篠田尚希君に、最大限の感謝をしたい。

音楽、とかくそれを生で出力、構築していくライブという状況が僕は大好きだ。飽きる事は恐らくないだろう。

筋肉痛、止まず。

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バイト終わり、そのまま地下鉄鶴舞線塩釜口駅へ。

以前レコーディングでベースソロを弾かせて頂いた、某キュウリバンドの作品を仕上げるという事で素材の録音をしに行った。
有難くもこのブログを閲覧して頂いている皆様、皆様の中にはこのバンドに並々ならぬ愛情と親愛の情を抱いてらっしゃる方が確実にいらっしゃると思うのだが、まだ完成品が世に出回っていない故に名前を伏せさせて頂くこのバンド、実に実に素晴らしい作品を完成させようとしている。
僕も仕上がりが楽しみです。

今日の画像はそんな現場で一枚。「敏腕エンジニア」風に。

さて今から練習行ってきます。

大阪へ行ってきたっす。

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JONNY非常勤(つまりサポートベース)で大阪へ行ってきた。
今日の画像は控え室にて、自らの新しいスタイルを確立した篠田君。

比較的ゆっくり目に出発、思わぬ同行者を迎え一路、大阪へ向かう。僕は前夜朝方4時までイエスの『燃える朝焼け』導入を少しばかりコピーしようとベースを練習したり、最近マイブームのベース・シンセサイザーの音色をあれこれ試したりしていたのでひたすらに眠かった。
遠征になると体調が悪い。慣れっこといえば慣れっこなのだが、どうにかならないか。

リハーサルも恙無く終了、共演者さんとTDL(実は大好きなのでありんす。カリブの海賊とホーンテッド・マンションだけでも近所に引っ越してこないかしら)の話で盛り上がり、あっという間に演奏開始。

自前のYAMAHAのアンプ・ヘッドとサンズアンプでブリブリバキバキ、高域強めに。ベース・シンセサイザーもうねるようにエフェクト音を若干多めにセッティングして出力、結果、満足のいく音を出力出来た。
アンペッグのベースアンプは依然、苦手だ。

演奏後、体中に耐え難い痛みを抱えながらステージから機材を抱えて降りる。こんなライブのやり方は非効率的だし確実に体に負荷をかける。連戦ともなると最終日は体に鉛を仕込んで演奏するようなものだ。
しかし僕は思うのだ。バンドマンはサイヤ人と同じで、追い詰められれば追い詰められる程回復してからは強くなる、と。
気持ち良く演奏出来たので良し。ライブハウスの方に録音して頂いた音源を省みても、悪くない演奏をしたのではないかと思う。浮き彫りになった問題点を潰すため、次に備えたいと思う。

個人的には相応に達成感を感じた遠征だった。JONNY目当てで来て頂いたお客さんも結構いてJONNYメンバーも喜んでいたし、僕もまた嬉しかったのである。

次回ライブは明後日(日付的にはもう明日)。
不完全密室殺人活動開始直後にご一緒して以来のmothercoatと共演。
ベース友達のGRANCH三宅嬢がサポートするアメニトウタと楽しみが尽きなさそうな一日だ。

明日は大阪。

そういえば、明日はJONNY非常勤(つまりサポートベース、な)で大阪へ行くのでした。


6月24日(Wed) 京橋ism
ism anniversary No.24 "三都物語"

Straw, JONNY, J'ms Band, SHOW@徒花(東京), サンズサウンドコーリング

18:30/19:00
\1,800/\2,000円

Drink \500円/\1000



久しぶりの大阪な気がします。

今回は前回の反省を活かし(ライブハウス常設のベースアンプが苦手なアンペッグだった)アンプヘッドを持っていこうと思っています。

季節柄。

ジメッとした季節がやって来た。

ここ最近の僕といったら雨と湿度、そして気温にやられている。
元々、あまり鞄や手荷物を持って出歩きたくない所謂『手ブラ派』の僕は、傘等も雨が降っていない限りできるだけ持ち歩きたくない。少し前なら小雨程度なら無視して傘をささずに歩いていたくらいなのだが、まあ酸性雨だの何だの健康にあまり良くなさそうなので雨が降ったら傘をさすようにはなった。
しかし。
曇り空ともなると話は別である。「いけるんじゃないか?いけるんじゃねえこれ」といった空模様の場合は、結局傘を持たずに家を出る事になる。タイミング悪くそんな時に限って雨が降る。ズブ濡れになった経験を活かして傘を持って家を出れば出たで結局雨は降らず、出先に傘を忘れるはめになる。
僕と曇り空の相性はとことん悪い。
そして湿度と気温からくる不快感、これにも参ってしまう。ここ数日の名古屋の不快指数は相当なものだと思うのだがいかがであろう。体は湿気と汗でべとつき、汗を吸ってじんわり湿ったTシャツが肌に張り付く。不快指数は計測上よりも体感上の方が勝り、現金なもので「こんな事なら冬の方がましじゃい」とまで嘯く始末。
せめて自宅では快適に、と冷房を起動するのだが結果、毎年のように僕は冷房病になってしまう。
酸性雨の影響は考慮するのに、冷房の害悪は度外視するのだから如何に僕が目先のものしか見ていないか窺い知れようというものだ。

そんな中でも大学時代、ともに青春(この言葉自体、もう死語なのだろうか)を駆け抜けたサークルの同期、男3名でちょっとばかり飲む事になった。正確にいえば僕が参戦するまでに後輩もいたそうなのだが、生憎と彼に会う事はできずに彼の酔った様を聞くにとどまった。
現役時代は時間軸上では相応に昔の事となるのだけれど、体感上、そして記憶の中ではつい最近の事である。「器具庫」とサークルの面々が呼んでいた部室の様子、空気もまざまざと思い出せるし、僕達の代が今なお続くあのサークルに残してきたひっかき傷(結果的に僕達の代は、不良、破天荒、愚連隊だったのだ)も飲み会の肴には丁度良い。当時は真剣に思い悩み、イラついたりした同学年がなかなかまとまりきらなかった事も今は軽く笑い飛ばせてしまう。年齢を重ねるというのはつまりそういう事であって、これが優雅に年をとるという事なのだろう。
幸い今のところ、年をとる事に焦りはなく年々僕は「今が人生の絶頂期だ」と思いながら日々を送る事が出来ている。ともに酔っぱらう事のできる友人達と出会った大学時代は僕の人生をかえる程有意義だったろうし(そもそもあのサークルに入っていなかったら僕は今こういう生活をしていなかったと断言できる)、今日の会合は会合でとても楽しく、満ち足りた気分で終える事が出来た。

梅雨でも、精神的には毎日健やかにやれているのでまあよしとしようじゃあないか。

5年という年月

某大型掲示板で自称『音楽ディレクター』が自分の身分を伏せて皆の質問に答える、というスレッドがあった。


オリコン5位以内にチャートインしたアルバムを一枚、30位以内にチャートインしたアルバムを3枚ここ数年で制作した(クリエイターとしての制作、ではなく、企画から宣伝等々のマネージメント面だったそう)28歳のその音楽ディレクター、発言が真に迫っていたのでどうやらこれは本当に音楽業界の人間ではないかと判断、興味深くスレッドの流れを閲覧していた。

彼が言うには「バンドが商業的に成功を収める、『売れる』ためには5年間は活動するのが最低条件だと思う」と。

この5年、というのが妙にリアリティのある年月で思わず「ほう」という言葉が漏れた。

よくよく思い返してみれば身の回りの先達、同年代で所謂『売れた』バンドは5年間程の活動を経て現在の位置にいるのだと気づく。勿論旬の音楽(ああ、こういう表現しか思いつかなかったけどこういう表現は物凄く抵抗があるなあ)を自然と演奏していて、そういう市場(こういう内容のエントリーに於いては、こういう単語を使えば使う程に胡散臭くなるのは自覚している)のニーズに合致してとんとん拍子で話が進んだ実例はあるにせよ、この5年という数字は如何ともしがたいリアリティを伴って僕の認識に飛び込んできたのだよ。

今現在メインで活動している不完全密室殺人というバンドがあるけれど、今年の7月でライブ活動を開始して満3年になる。体感上はもっと長い年月活動しているように感じるが、実際カウントしてみると3年『しか』(『しか』という年月なのだ。体感と比較すると)活動していなかった事に驚かされる。この3年間、色々な事があったけれども月日を経る度に興味深い、そしてバンドの事を思いやって、誠実に接して下さる『発信者』側にいらっしゃるであろう人間との出会いが増えていく事が思い知らされる。

バンドのインディーズ活動というのは、バンドが一丸となって死力を決して音楽活動をやっているという大前提さえクリアすればあとは出会いと誠意が織りなすものだと考えているのだけれども、なるほど、確かに1年2年ではそういった出会いが発生しないのも無理はない。

地道な活動と出会いが、そういったバンドに感情移入する人間との出会いを生むのであれば自称『音楽ディレクター』が言った「5年」という数字はこの上なくリアルな数字ではないだろうか。我々が活動開始から5年経った頃、つまり2年後売れている自信があるとかそういう話ではない。これはバンドマンが考えるべきバンドの運営、活動に関する一つの目安となる話であろう。

実に興味深い話であったし、そして我々が出会った人々への感謝の念を新たにするには良い機会であったと思う。


今、そんな『出会い』から起因する面白い話が水面下で進行中です。

秋口には何かしらの報告ができると思うのでお楽しみに。

仮想空間に遊ぶ。

インターネットというものが普及して、昨今ではWeb上に仮想空間とでも呼ぶべきものが多数提供されている。

自分の身代わりとなるキャラクターを作成、それらは例外なく自分の部屋を持ち、そこを拠点として出歩く事ができ、出会った見知らぬ誰かが操るキャラクターとコミュニケーションを図る事が出来るのである。
更にそこではポイント(我々が日常を営む現実世界での通貨を支払ってそれらは得る事が出来る)を使って部屋に家具を増やしたり、或いはキャラクターのバージョンアップを図ったり、様々な代償を得る事が出来るのだ。
ヴァーチャルな性交を目的とした仮想空間すら世にはあるという話だし、これは最早「たかが仮想空間」と軽んじる事は出来ないのではないか。

というわけで提供されているそれらのサービスの中から、現状自分が一番参加しやすいものを選んで身を投じる事にした。好奇心と、ちょっとした遊び心の成せる業である。

結論からいうと、やはり人間最大の娯楽は他者とのコミュニケーション故にこれらの仮想空間はそれに興味を抱く人間からすればなかなかの娯楽として機能する事が確信出来た。ざっくばらんに話をしてしまえば僕はそれを十二分に楽しんだと言えるし、恐らくは今後も折を見てはログインするだろう。
見知らぬ遠方の人間と、その仮想空間に於いてはお互いがお互いを「友」と認定する間柄として認めるまでに至ったのである。物見遊山で始めた仮想空間での遊戯に、いつしか僕は真剣に取り組んでいたのであった。

賢明なる当ブログ訪問者諸兄ならば既にお察しの事と信じているが、僕はインターネットにかなり比重を置いた生活をしている。今の僕にとってインターネットはまさしく最高の暇つぶし、情報収集の場でありまた、コミュニケーションの一手段なのである。
ネガティブな印象を抱かれがちで事実、ネガティブな側面も多分に内包するインターネットであるがそこから起因する諸々の刺激を僕はわかり過ぎる程に痛感しているのでそういった印象はない。
ただ可能性として仮想空間での遊戯は自室にいながらにして遠方の他人とのコミュニケーションのきっかけとして、そしてその後はコミュニケーション自体として成立し得るので『それだけ』になってしまう人間には相当に危険な代物である事は間違いがない。

それは極度に引っ込み思案な人間、脳内の理想の自分と現実の自分が完全に解離してしまっている人間諸々には最高に魅力的で手軽な代物であろう。

ここに至って僕はかねてからの思いを強くする。「人間、取捨選択はその人間の性格、判断力に起因し、多少なりとも聡明だと自らを断じる人間はこれら仮想空間と程良い距離を築いている」という事だ。

ウルトラマンベリアル

幼い頃から、『悪役』というものに夢中でした。


色々とニュースを閲覧していたところ、12月にウルトラマンシリーズ最新映画が公開される事を知った。最近はほとんどウルトラマンをおっかけていないので(エンペラ星人がついに登場したり実相寺監督が『狙われた街』の続編として『狙われなかった街』を製作したという話くらいしか知らなかった)、「ほー」というくらいの感慨しか抱かなかったのだが、ニュースを読み進めると・・・



(前略)・・・本作には、43年の歴史を誇る「ウルトラマン」シリーズで初めて、ウルトラマンたちの故郷、M78星雲・光の国出身の悪のウルトラマン、“ウルトラマンベリアル”が登場する。

ウルトラマンベリアルは、ウルトラの一族でありながら暗黒の力に魂を奪われ、光の国で反乱を起こしたならず者だ。数万年前にウルトラマンキングの手で永久牢獄に封じ込められたはずが脱獄し、怪獣を操る能力を駆使して、100体の怪獣を使ってM78星雲・光の国を占領しようと企む。これに対し、おなじみのウルトラ兄弟をはじめ、初登場となる未知のウルトラ戦士たちも多数参戦するが、ウルトラマンベリアルに次々と倒されていき、光の国は暗黒の闇に包まれてゆく。そんな中、ウルトラマンメビウスが同じく怪獣を操る力を持つ“怪獣使い”のレイとともに、光の国再興のために立ち上がるが……。(後略)



悪のウルトラマンとな!?

というわけで調べてみた。悪のウルトラマン、ウルトラマンベリアルとは一体・・・!?


続・我が逃走


おおおおお、格好良い!手が鉤爪状になっているところとか、禍々しい口元目元とか、あと何といっても黒と赤を基調にしたデザイン!細身じゃなくてマッチョになっているところもアメコミ風味で良い。



続・我が逃走

んでこれが全身を描いたデザイン画。太い首からそのまま肩に流れていっているラインといい、前傾姿勢といいどこか“モンスター”チックなのがタマらないなあ。

でも冷静に見ると『スパイダーマン』の敵役ヴェノム みたいだ・・・。格好良いから全く問題ないんだけどね!


拝啓、日記書き様。

勝手に、そして一方的に(こう言うのも自信がある。先方はまだ僕の事はよく知らぬだろう。ただそれでも彼は僕が信頼するに十分な、誠実な人柄を感じさせてくれた)信頼を抱いているバンドマンのブログを読んでいて、かねてから考えていた「やはり世の中一番の読み物は『面白い』人間の綴る日記や思想である」という思いを強くした。

インターネットの活用時間の半分近く、ともすると半分以上を人の日記を読んでいるのではないかと疑いたくなる程、重度の日記読み、日記中毒者の僕としては食い入るように読みたくなる日記を見つけるとああ、これでしばらくは『日記探し』に明け暮れなくて済む、と安堵するのだ。

無闇やたらにブログを探しまくるのは効率が悪い。そして僕もバンドマンの端くれ、自然と立場、環境が近い人間の中から探すのかバンドマンのブログを閲覧する事が多い。そんなバンドマンによる日記、ブログだが今まで貪るように目を通していた「日記書き」が3人程いる。

4人目になりそうな件のバンドマン氏の日記を読んでいて気付いたのだが、彼らの日記は一様に『内側』に向いている。
前提として公開されている事実は踏まえているのだが、告知を主目的とするでもなく、表現活動の進展具合を日々綴るでもなく、青臭い言い方が許されるのであれば日々を「焼き付ける」ような記述なのである。

下手をうてば対立する人間、立場の人間を生み出しかねない程の直情的なエントリー、一人称小説のような自分の内側に潜り込んだエントリー。
それらが渾然一体となってその日記、ブログに書き手の気配を濃厚に残すのである。モニター越しの書き手の人間性や気配が伝わってくる記述。
こういう日記は大いに感情移入を呼び起こす。

と同時に僕は嫉妬と無念も感じる。僕にはそういう日記はもう書けないので。日々のアクセス数に一喜一憂する、常にブログを『ブログ』として認識している人間には、あれは無理だ。
せいぜい凡庸な僕は非凡な人間が生き様と思想を焼き付けるのを眺めてニヤニヤするのが相応しい。

と言うか、そうでありたいと切に思う。

『刑事コロンボ 自縛の紐』

刑事コロンボ『自縛の紐』を視聴。

まずはあらすじを。



スポーツ・ジムのチェーン店を経営するジャナス(R・コンラッド)は、フランチャイズ店に卸す品からマージンをとり、莫大な不当利益をあげていた。それに気づいたスタッフォードは、不正の証拠集めをしているところをジャナスに襲われてしまう。ジャナスは被害者にトレーニング・ウェアを着せ、バーベル上げの練習中の事故であるように見せかける。だがコロンボは、一つの手掛かりから、被害者が他人にウェアを着せられたことを見破るのだった……。



というわけで筋肉隆々、53歳(演じたロバート・コンラッドは当時39歳)にも関わらず逞しい体を維持するスポーツ・ジム経営者が今回の犯人。


続・我が逃走
左側が犯人のマイロ=ジャナス。
コイツがスポーツマンらしからぬとんだ悪党なのである。


この犯人、何かにつけて運動の重要性と健康について説いてくる。

「葉巻はやめたまえ、寿命を縮めるよ」

「一日30分でいい。運動を続けたまえ。生まれ変わるよ」

安葉巻にずんぐりむっくりの体型のコロンボ警部とのコントラストが可笑しい。特に日課のトレーニング中に犯人を訪ねたコロンボ警部のシークエンスが最高だ。海で泳いでいた所をコロンボがいつもの調子で犯人に食らいつく。犯人もやるもので

「時間がないのでね、トレーニングしながらでもいいかい」

と自分のペースにコロンボ警部を巻き込もうとする。コロンボも当然OK。と、それまでの歩調が嘘のように走り出す犯人。コロンボも革靴を砂まみれにしながら砂浜をドタドタ走って追いかける。どんどん開く二人の距離。

呼吸一つ乱さない犯人に対し「死にそう・・・」と呟くコロンボ警部。

どうやら運動は苦手なようで。


しかし警部も知能戦では負けていない。

事故に見せかけられた殺人事件の真相に、少しずつ少しずつ証拠を集めて近付いていく。

犯人も事故で片付けられると思っていたものだから、アリバイ工作がどうにも甘くて結果的に強引な論調で切り返さざるを得なくなる。

どうにも今回の犯人、フィジカル面でしかコロンボ警部に勝っていなかったようで。


本作の見所はコロンボ警部の感情が発露するシーン。

犯人の悪辣さに参ってしまった女性を目の当たりにし、犯人に宣戦布告を叩きつける。

「あの人はあんたの所為でここ(病院)に担ぎ込まれたんだ!あの人はあんたがやったんだと思ってるし、ついでに言うとあたしもあんたがやったんだと思ってる!」

ここにきて我々は、シリーズ中でも数えられる程度にしか見られない警部の激情を目の当たりにし、同時にこのやぶにらみでもじゃもじゃ頭の、不恰好な上にとらえどころのない中年警部の『正義』に胸を打たれるのである。

指先一つで。

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神田佑介。
彼の天賦の才能には驚かされる。ドラマーとしての腕前は皆さんご存知の通りであろう(raganで彼が見せた表現力の幅は一緒に音楽をやる人間として誇らしく思いすらした)が、彼、リズムマシーンを使った打ち込みでもその腕前を十二分に発揮する。

乱れ打たれるスネア、叩き鳴らされるシンバル、それらが全てRoland社製リズムマシーンと彼の指先の合作である。
不完全密室殺人のデモ製作でしか披露される事はないのであろうが、その腕前はまさに匠の技。
至高を追い求めた匠の、洗練された技がそこにはある。

近頃は。

時を同じくして不完全密室殺人、JONNYともに僕が携わるバンドが新曲作成を行っている。

それぞれのバンドとの関わり方も違えば演奏する雰囲気、何から何まで違って恐らくは共通するものの方が少ないくらいなのだけれど、どちらも違ってどちらも楽しい。


で、当然作業内容も違ってくるわけで。

どちらにせよ僕はより良いベースを弾こう、曲を作ろうと感性と頭を研ぎ澄ませるだけなのだけれども。

ああ、最近忙しい忙しいとかまけていて中途で止まっているdadapandaのベース録音も早く着手したいのう。

地下鉄にて。

地下鉄は、様々な感覚に満ち溢れていて五感を刺激するにはぴったりだ。

サークル帰りか、もう21時を回っているのに女子大生風の娘が乗っている。
彼女の半径5メートルは彼女の使うシャンプーか、或いは香水か甘い香りが漂っていて図らずも僕は深呼吸する事になる。頭の中で必死に「僕は変態じゃない僕は変態じゃない」と繰り返しながら。

ふと掴まった手すりは冷たい金属の温度と、それとどう足掻いたとて調和し得ぬベタベタした手触りとを与えてくれる。沢山の人間の脂と垢とをすり付けられてはこうなるのは当然だが、ふと自分の体もじんわり汗ばんでいる事を思い出す。

ふと目に入る週刊誌の中吊り広告はグラビアアイドルと競馬の騎手との熱愛が発覚した旨をでかでかと謳っている。豊満な胸に芸術的にくびれた腰を有する彼女は何を思って13歳年下の若者と恋愛に興じるのか。気付けば脳内はそのグラビアアイドルの肢体で埋め尽くされている。

両耳に突っ込んだイヤーホンからは自分にとって神格化されつつあるプログレッシヴ・ロックバンドの演奏が流れ出している。今から40年以上前に彼らは何を思ってこのような曲を作り、演奏したのか。自分達の後のバンドに与える途方もない大きな影響を自覚していたのだろうか、とドカドカと打ち鳴らされるスネアドラムを聴きながら想像する。

味覚。
いっけねえ、味わってねえや。地下鉄の中の飲食は見た目が宜しくない故。

不完全密室殺人@池袋 手刀

不完全密室殺人で遠征に行ってきました。

昨年末のぐしゃ人間企画以来の池袋 手刀。東京ではあらゆる意味でしっくりくるライブハウスです。

活動再開を決定すると同時にこの日の遠征が決まっていたのは、手刀のホリイさんのお誘いがあったから。ホリイさんからの電話があって、それが引き金の一つになって活動再開が決まりました。

我々にとってのカリスマ、もう『ネ申』と断言してしまおう、ホリイさんをはじめ「久しぶりなので気合入りましたよ」と言って下さったPA様、完璧なる演出、効果を出してくださった照明様、気持ちよく我々を迎えて下さったスタッフの皆様、終演後にギリギリ再開できたスタッフ様、皆様本当に有難うございます。

東京での数多くの出会いのきっかけを作ってくれた手刀で活動再開一回目の演奏が出来て、本当に嬉しかったです。


で、昨夜のイベントというのがこれまた本当に濃い。死神というソロアーティストと手刀の共同企画だったのだけれど『奇人の奇人による奇人のための演奏会』という企画名に相応しい『奇人』の演奏会。

東京アナルボーイズは「それ歌詞に出来るんだ!?」ってくらいものの見事に下ネタオンパレード。

劇団ゴキブリコンビナートは圧倒的な25分。完全なるアングラミュージカル。肉体、ただ肉体だけを使った表現というのをかくも直接的にぶつけられると思わず目頭が熱くなる。

ピープルパンパン。随分と昔に共演したのだけれども別バンドかってくらいに印象が違った。曲の印象が深化したとでもいうのか。相当バンドとして練習を重ねられたのか、演奏もタイトになっていて滅茶苦茶格好良かった。

重婚。プログレッシヴ。歌詞の感じは昭和歌謡なのに演奏は完全にプログレッシヴという不思議なアングラ感。

死神。これはもう、日本が誇って良い芸術。舞踏、太鼓、そして口述と完全に完成された、心地良い緊張感と刺激の25分。いやあ、本当に良いものを観た。不完全密室殺人+スタッフとして同行してくれたJONNY篠田君一同大満足でした。


かくも濃密な出演陣の中で我々はというと、それはそれは楽しく演奏しました。ちょっとはしゃぎ過ぎたかもしらん。でも久しぶりの遠征、久しぶりのライブハウス、そして久しぶりの顔ぶれにそれは興奮しないはずがない。

終演後の「早く観たかった」「活動再開嬉しいです」等のお客さんのお言葉が、今は何よりの賛辞です。

これからはバンドとしての『筋肉』をつけていこうかと。


お楽しみに!

トキオイクヨ。

明日はTOKYO!

不完全密室殺人では半年ぶりの東京遠征。物凄くお世話になっている池袋手刀に出演します。



06/13(土)

東京 池袋手刀
死神、池袋手刀共同企画
「奇人の奇人による奇人ための演奏会」

死神/ゴキブリコンビナート/重婚/東京アナルボーイズ/ピープルパンパン
18:00/18:30
\1,500/\2,000(+1d)



物凄く濃そうな出演陣・・・!!

死ぬ気で楽しもうと思っています。


「こういうのもあるのか」

クリエイティビティというものが如何程体力、そして平穏な精神状態に作用されるか定かではないけれども、昨夜の作業は間違いなく静かに興奮させられるものであった。


JONNYはレコーディングに向けて新曲を作っている。昨夜も元ネタはあったものの、2時間で一曲雛形が出来上がった。メンバーをして「順調過ぎて不気味だ」と言わしめる程製作は順調にいき、2時間終わる頃には心地良い疲れが体を支配していた。良いベースラインをつけれた、と思う。気がつけばJONNYのサポートをするようになってから初めて作曲らしい作曲に参加した事になる。


続・我が逃走-CA390526.JPG
JONNYより篠田、佐藤の2人。
「おい、ブログ用の写真提供してくれ」という僕の一言を受けて。

毎日予定がパンパンに入っていても、ふとした瞬間に一息つければ大丈夫。

新宿のブックオフで買った『ロビンソン・クルーソー』を読んでいる。ご存知無人島に流れ着いた男が一人で生活していく冒険譚である。古典と言っても過言ではない程昔に書かれていながら、そこには現代人にも通用する思想が書かれている。詳しくは読了してから改めて。


すぐさま東京へ。

コダマから戻った僕を待っていたのは、24時間以内に東京遠征に向けてJONNY号が出発するという事実。

そうか、タイミング的にはそうなるよな。


コダマ09に参加した出演者やお客さん、ほとんどの方から「余韻を引きずっていて仕事に行くのが億劫だ」とか「まだボーッとしている」と聞く。JONNYメンバーもどうやらそうだったようで、高速道路に乗ってからもコダマ09の話ばかり。かくいう僕もちゃっかり音源交換したcuolのCDを聴いたりエビの話をしたり、しっかりとコダマ症候群にかかっていたようで。

お弁当を食べたり、SAで休憩したりしながら足柄SAに到着したのが名古屋を出てから4時間後、3時半頃だったか。ここのレストイン足柄という宿泊施設、銭湯があって入浴したら休憩所で休む事ができる。部屋の照明は薄暗くなっているしリクライニングシートはかなりたおせるし、まあそりゃあ寝ますわね。

しっかりと9時過ぎまで睡眠。


東京は新宿に着いて車を新宿MARZ近くの駐車場に入れ、そのまま体一つでラーメン二郎歌舞伎町店へ。

新宿motionや新宿JAM等、新宿のライブハウスに出演する際は必ず訪れる二郎である。東京の友人やバンドマンの方から「歌舞伎町店は二郎の中ではライト向け」という評価をよく聞くけれど(実際インターネットで調べてみてもほとんどのジロリアンがそう言っている。そんなになのか)、僕みたいに月に数回しか食べるタイミングがなく、かつ東京の地理に詳しくない人間からすれば入門者用二郎でも十分です。名古屋では食べられないんだ。


会場の新宿MARZは、二階席もあってとにかく綺麗!照明もしっかりしていてアガった。

出番まで篠田君のお友達の方から取材(内容は商業的な事故、触れていいのかわからないので割愛)を受けつつ過ごす。

で、出番。ギターリスト二人が機材トラブルに見舞われつつも(何か最近僕が一緒にステージに立つ人って機材トラブル多くねえかしらん。気のせいか)楽しく演奏。しかし気付けば随分と時間をおしてしまったようで本当に申し訳ない。そういう所は個人的にはしっかりしておきたい所では、ある。

ライブハウスってとかく様々な出会いがあるけれど、今回印象深かったのが終演後に物販に来られた親子。

スキンヘッドでマキシマムザホルモンのパーカー、色つき眼鏡をかけた格好良いお父さん(完全に40過ぎには見えないのである。肌ツヤッツヤ!)と16歳の息子さん。滅茶苦茶気さくで話によると一緒にライブハウスに通っている様子。凄いお父さんだな・・・。格好良かった!


で、二郎。

昼野菜マシにしなかった分野菜をカッ食らう。マシマシには・・・そのうち挑戦する。


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箸をつけてしまっているけど、ラーメン二郎歌舞伎町店で食べた二郎。
にんにく、あぶら、カラメコールをしたもの。


コダマ09を終えて。

コダマ09を終えて滅茶苦茶簡単ではあるけれどもまとめを。

詳細な感想やら何を観たかはここ2日間のエントリーを見れば一目瞭然なはず!


で、とりあえず2日間ガッツリと音楽と人に触れてみて痛感したのは、音楽は人がやるもので音楽を楽しむのもまた人であるという当たり前の事実。とかく印象的だったのが二日目最後のTURTLE ISLANDの時に最後方から観たお客さんの盛り上がりっぷり。皆全身全霊で楽しんでいて、それでいて後ろの方の人達も思い思いに体を揺らして楽しんでいたり、じっとステージを見つめて感じ入っていたり。

丸々二日間も時間があると色々な人と話す時間があって、野外フェスという開放的な空間に起因するのか、コミュニケーション不足気味な僕すらもにこやかに色々な人と話をする事が出来た。


とりあえず最高にコダマが楽しくって、『野外フェスに行く時は出る時だ』という僕の小さな野心が一つ叶ったので最高に嬉しかったです。



コダマ2日目その8。

続・我が逃走-CA390524.JPG
コダマ09もいよいよ最後のバンド、TURTLE ISLANDです。

皆踊り狂っています。
野外フェスってこうだよね!

コダマ2日目その6。

続・我が逃走-CA390521.JPG
疲れを、癒さねばならぬ。

コダマもぼちぼち終わりが近付いて参りました。TURTLE ISLANDが楽しみです。

コダマ2日目その5。

続・我が逃走-CA390520.JPG
お昼ご飯。

ざるそばがあったので食いました。旨い。そばをたぐる手も休む事なく数分で完食。

二日目は食い道楽も堪能しています。

コダマ3日目その3。

続・我が逃走-CA390518.JPG
名古屋が誇る変態、失礼、変態ベーシスト野村先生によるノムラセントラルステーション、スタート間近。

写真は野村先生。
ドラムカルテット(ドラム×4)を擁するこのバンド、とてつもないライブをするのではないかと。しかし実は1台ドラムセットが減っているという事実…!
一体どうなっていたんだ…!

コダマ2日目その2。

続・我が逃走-CA390517.JPG
茨城のcuol。
ドラムのほそやさんは朝方まで一緒に呑んでいたにも関わらず凄まじいドラミング。
メンバーが一体となって熱量をあげていく様、炸裂っぷり、それでいて一子乱れぬアンサンブルが快感でした。

コダマ2日目その1。

続・我が逃走-CA390516.JPG
コダマも2日目であります。

さっき起きました。起きたら相当体が冷えていて、危ないなこりゃあと思いました。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。
以下、ライブ予定。


12/28(水) 新栄DAYTRIVE
犬栓耳畜生

2017/1/07(土) 今池HUCKFINN
ONE BY ONE RECORDS レーベル10周年イベント
JONNY

1/08(日) ミソフェス2017(http://www.misofes.com/)
パイプカツトマミヰズ

1/08(日) 新栄DAYTRIVE&TRIM
パイプカツトマミヰズ


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