性懲りも無く、また。

一時期猿のようにハマッていた某巨大SNSですが、最近は専らこっち、ブログ更新の方に意識が傾いている。

コメントがあまりつかない故に(コメント下さった皆さん、有難うございます。お返事出来ていないのは近々返しますので)読み手を意識しないで済む、というのが一要因か。


ブログを開設してエントリーを投稿する、という一連の行為には様々な動機が考えられるけれども、僕なんかは完全に『日記』と『自己顕示欲』、この2つ故にこうやって今日もエントリーを投稿している。

『日記』が『日記』であるためにはそれはどこまでも私的でなければならない。例えば、だ。例えば貴方が日記を書くとする。インターネットで公開するものではなく、眠る前にベッドの中で書き付けるようなそんな日記だ。それに「皆さんはどう思いますか?」とか「駄文失礼」等書きはしないだろう。それよりかは片思い中のアノ人の事だったり嫌な上司の愚痴だったり、そういう誰にも見せられない事、知られてはまずい事を書き付ける事の方が多いはずだ。『日記』をいうのをその『日』の『記』録と捉えるのであれば、どこまでも自分自身と周囲の事象に対する自分の雑感に忠実に記録すべきで、その行為というのは読み手を意識しては書けない。この場合の日々の記録に読者が存在するとするのであれば、それはかつては書き手であった自分だけであるはずだ。

読み手を意識してしまうと書きたいようには書けない。数年後に読み返した際に「あの人と会えて嬉しかったのだよー」の『あの人』が誰か思い出せなくて悲しい思いをするかもしれないし『本当に○○○は嫌な奴!』の○○○が誰かわからずに首をかしげてしまうかもしれない。公開前提の『日記』というのはそういう、実に微妙で危うい立場にあるのだと思う。

自己顕示欲についてはそのまま額面通りに受け取って頂ければ全く問題ない。

この『日記』は凡庸たる一男性が非凡なる仲間達と駆け抜ける青春の日々の記録である。

これと「俺ってこんな経験したぜ」とか「俺ってこんなものが好きだぜ」とか「俺ってこんなに凄いんだぜ」というのをオブラートに包みつつ、物々しい口調(文調?)で回りくどくクドクドと主張するのがこのブログなのだ。

現在このブログは幸いにも実に多くの皆様に訪れて頂いているようだし、中にはこういう長ったらしい記事を最後まで目を通し、咀嚼し、何であれば楽しんで頂いている方がいらっしゃるかもしれない。

その方々には大きな感謝と最大級の謝意を示すと同時に、僕は偏屈な自分に忠実であろうとするためにその方々を暗に裏切るような発言をこれからする事を謝罪しておこうと思います。

『日記』であり『自己顕示欲』によって成立しているこのブログですが、例えば僕は読者が誰一人としてここを訪れなくなってもこれを更新し続けるでしょう。

そうなった際には恐らく『日記』と『自己顕示欲』の危ういバランス関係は瓦解し、このブログが本質的に『日記』になる時が来るのだろう、と思う。


時折こうやって自分がブログを続ける動機(僕にとってはバンド活動を続ける動機もほぼ一緒だったりする。そちらには違う目的も含まれるのだけれども、それはまたいずれ)を書き綴ったりするのは、きっと恐らく自分自身頭の中を整理したいからってのと時折訪れる所謂静かな思索ファッション躁状態、それとこれだけこのブログに入れ込んでしまっている理由を弁明するという意図もあるんだろうなあ。

これで唯今現在の自分の全てを書き付けれたとはとてもじゃないが思わないけれども(自分自身の欲求という部分には未だに理路整然とできない所もあるが故に)、数年後にここを読み返して「長えなあ」「言い訳じみてるなあ」と苦笑できればもうけもんだ。

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9/29の日記

ニンニキニキニキ ニンニキニキニキ ニニンがNIKKI!


昨日は帰宅後、ご近所のragan平井さんちでJONNY佐藤さんとraganのアコーディオン奏者 悟さんが3人で夕食を採っているという情報を耳にしたので襲撃。

バイト後の疲れた顔で「飯~」と言いながら上がりこんだ僕を優しく迎え入れてくれた2人、JONNYに関わるデザインの仕事をキッチリ終わらせていた佐藤さんには頭が上がらない。俺、結局バイトして飯食いに行っただけっす。

干物や悟さん特製サラダ、そして煮物等大いに食らう。おかわりして食らう。もう本当にどうしようもない。

皆さん有難う御座います。


で、不完全密室殺人の練習へ。

予約のタイミングの都合で6畳の部屋しかおさえる事が出来ず、そこに成人男性5人で入る。キーボードやエフェクターもあったのでギュウギュウ詰めだが、スペースの使い方を工夫してどうにか挑む。ライブ前最後の練習(とは言っても最近は皆忙しく、ライブを重ねてきたので練習らしい練習というよりかはライブの流れの確認といった風情)であったはずなのだが気がつけば過去にお蔵入りしてきた曲や、今はもうほとんどやっていない曲等を発掘、再確認する作業になっていた。

『屋根裏の散歩者』というこのバンドの記念すべき初の自作曲があるのだが、ここ数年間一度も披露していなかったこの曲を突発的に演奏してみた所、大変良い感じになっていた。ベースラインは54-71に多分に影響され、そしてギター2本は本当にフリーキーで、音階のある楽器は皆違うコード進行を頭に浮かべて演奏していたようだけれども。結局この曲に関しては個々人、そしてバンドとして3年間経なければここまで熟成出来なかったのだ、という事だ。

スタジオ終了時間、20分前にどうにかセットリストを決定し、確認できるだけ確認作業に入る。4日は伊藤誠人君を交えて懐かしい曲をやる事になりそうです。


で、練習後再びragan平井家へ。

平井さんと悟さんが飲んでいたので合流。バーテンダー悟氏の手腕により、どうやら僕はハイボールなら美味しく飲め、かつ緩やかに気持ちよく酔えるらしいという事が判明。気がついたら酔い潰れて眠ってしまっていた。

で、美味いもの食ったり酒呑んだりしたせいか、今日は排泄物がドッサリ出た。

今夜東京に向かって名古屋を発ちます。待ってろ東京。

ベッドの上がひでえ

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またすぐに研究意欲がムラムラと。

ああなんか楽器マニアのブログみたいになってきたけれど、決してマニアではないのだよ。
僕なんかより詳しい人間は沢山いて、彼らの知識量には驚かされる。
僕は僕で必要に迫られて研究に追われるばかりです。

「この仮説がうまくいけば…ッ!我々の未来に大きな可能性を生み出す事になる…ッ!」

筆。

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弘法は筆を選ばず、とよく言う。

一般的には優れた人は道具に左右されない、という意味だが、この諺はとかく楽器マニアに片足を突っ込みがちな機材マニアのバンドマンには耳が痛い諺だろう。
大学時代の先輩はどんなベースを使ってもその先輩の音になっていたし、更には適材適所で楽器を使い分けていた。
芯のブレない『自分の音』を持ちつつ、楽器の特性を引き出していた先輩の姿勢には未だに憧れている。

実は最近楽器を替えたりしているのも背景にはこの意識があったりする。腕を磨くには絶好の機会。元がどんな楽器だろうが構造的改築と電気的増減によって好みの音色を実現させてやる。
既に好みの音が出る楽器が手元にあるにも関わらず、この挑戦を続ける意義は単純に扱いずらい楽器を扱う事で自分を高めようという所にある。

で、試行錯誤を繰り返して夜な夜な電気的増減を調整しているわけだが、ふとしたはずみで楽器が壊れた。所謂電気的な故障であり、木材が破壊される事を考えればものの数ではない故障なのだが、既に楽器演奏に対するモチベーションが高まっていたせいもあってか何となく自分にとって他の楽器に対して判断基準となっている愛機を手にした。

これがべらぼうにいいのである。ハードウェア的な観点ではまず第一にネックが素晴らしい。矢のように真っ直ぐで手に吸いつくようなネックである。第二にボディが軽く、演奏していてストレスがない。
電気的な観点ではブリッとしつつも全帯域にわたって満遍なく出力されている音、これは慣れもあるだろうが従順なコントロールという事なし。
それでいて無難の範囲に収まらない個性が実現されているのが本当に素晴らしい。
良い楽器なのである。良く出来た楽器なのである。

大学3年生の春に、偶然手にしたのは本当にツイていた。楽器との出会いが巡り合わせならばこれこそが本当に良き出会いだったのだろう。未だに飽きが来ない良く出来たベースギターなのである。

弘法は筆を選ばず、とよく言う。その領域を目指しつつも、家が火事になった際真っ先に持って逃げるのはこの一本なのである。

「どこまでも、行ける」

たまに無性に切実に、運動したくなる時がある。

今夜がそうだった。
運動と考えて「自転車での放浪」が真っ先に思い浮かぶ辺り、自分が根っからのスポーツ愛好家ではないのが思い知らされる。移動を兼ねていないと不満で、運動のための運動をする気はない辺りどうにも中途半端な健康志向だ。
しかも一人では興に乗らないときたもんだ。

自転車と言えば伊藤誠人、伊藤誠人といえば自転車である。伊藤誠人は不完全密室殺人にサポートキーボーディストとして参加して貰っている男で、他にも様々なバンドに引っ張りだこの売れっ子である。しかしこの男、忙しい割に自転車での放浪等、贅沢な時間の使い方の楽しみを知っている。というか彼は昔からそれを実践してきた。
自転車で名古屋中を走り回り地理感覚を頭に叩き込んだり、距離を実地で測ったり(自転車に乗った伊能忠敬である)、自転車で京都まで行ってみたり彼は自転車を使って自らの土地勘、脚力を鍛え上げる事に余念がないのだ。幾つものバンド、プロジェクトを掛け持つ今とてそれに変わりはないようで、となれば今夜の相方は彼しかいない。メールを打った所、快諾。

『成人男性が3時間自転車を漕ぎ続けたらどこまでいけるのか』を検証する事と相成った。

しかして我々、時間の贅沢な使い方が好きな他に共通項として、食いしん坊である。長久手の友人がクッキーを振る舞ってくれる事になったので目的地をその友人宅に変更したのであった。
それにしても距離はざっくばらんな計算で15キロ近くある。伊達や酔狂で深夜に往復出来る距離ではない。少なくとも日頃の運動不足を補うためのスパーリングとしては十分な距離である。

自転車での長距離移動、それを興味深く愉快で、心身ともに充実したものにするためには「未開の道を敢えて選ぶ好奇心」「位置を把握して効率良く道を選定する決断力」「兎に角、脚力持久力」が必要である。自分にその3つが備わっているか断言はできねども、やりきる自信はあった。
かつてその友人宅から二時間半かけて伊藤誠人と徒歩にて帰宅した事実が、あらゆる観点で僕を勇気付けていたのだ。

果たして行きは気がつけば元来た道を逆走していたりお世辞にもスムーズな道程であったとは言えぬが、帰りは一時間をきるタイムで帰宅出来た。思うに、行きはアップダウンの激しさ故に敢えて避けた最短コースを帰路は採用したのが良かったのだろう。帰路に於いては比較的下り坂が多く、楽に帰投出来ると見積もったのが功をそうしたのだろう。

かくして運動は十分に出来た。専ら脚力と持久力を鍛えたわけなのだが、帰宅後の風呂と、友人宅にて振る舞って頂いた信州蕎麦がべらぼうに良かった事を報告してエントリーをしめたいと思う。

自分撮り。

髪を切ったよ。

と目線を外した自分撮り写真と一緒にアップして、アイドルやアイドル並に可愛い○○を気取ったりしてみようかと思ったけれども(誓っていうけれども彼女らが嫌いではない。ただ風刺の対象として面白いとは思う。悪感情がなくとも風刺はできるし、愛情あってこそだと思う)、あと一歩という所で挫けた。

正確に言えば、写真は撮った。

過程とはいえ、自分がやっている事を自分の容姿、人間性と照らし合わせて「イタイなあ」と思って撮影した画像を眺めつつ「さてどうしたものか」と考え込んでいたところカメラモードに自動的に戻った。

僕の携帯電話を気をまわしたのか。

念のためデーフォルダを確認したところ、やはり画像は記録されていない。


無言で携帯電話を閉じた。

目の前では大きなアブが飛んでいる。

おススメしたい。


続・我が逃走


時に、血のたぎるような創作物がある。

それは自分の本能を刺激する、鼓舞する物だ。

男ならば、という表現は使い古された言い回しかもしれないが、男ならば興奮する、血がたぎるシチュエーションがあるはずだ。


僕にとってはそれが『HELLSING』におけるミレニアムに対する少佐の演説だったり映画『地獄の黙示録』で描かれたキルゴア大佐のシークエンスだったりエヴァの旧劇場版で描かれたNERV本部への戦略自衛隊一個師団による侵攻だったりする。残虐表現や破壊行動に心惹かれるのではない。

確かに吹き上がる爆炎や回転するヘリのローター、軍靴を揃えた兵隊達の行進する様や訓練された戦闘集団の作戦行動等には惹かれるものがあるが、僕は自分のこの興奮を『本能から成るもの』と定義した。

元は4速歩行する動物、そして進化し、狩る側へ回った我々は集団を構築し、支配する側される側という階級が生まれ、それを覆さんと力を以ってしてそれに抗い、外側へ向けても侵攻を続けるという歴史を繰り返してきた。

これは国民性云々、ではない。人間の根本には闘争本能、自分より強靭な他者を追い落とそうとする無意識があるのではないかと考えているのである。


上記に列挙した幾つかの表現物は、わかりやすい形でそれを掠める。或いは直接刺激する。

僕は決して政治的思想も無ければ戦争に酸性するわけでもないし、右でも左でもない。ただただ芸術としてそういう、そうだなあ『漢』を意識せざるを得ないシチュエーションが存在するという話だ。


で、そういう股座がいきり立つようなWEBコミックがある。

くろやぎ先生が連載されている『覇記』がそれだ。

祖国を負われた男が覇道をのし上がっていく様、周囲の人間の人間模様を描いたWEBコミックなのだけれども策謀、陰謀、知略、暴力、そして萌えに満ち満ちている。

是非ご一読を。眠れなくなりますよ。




『覇記』

YAMAHA MB-Ⅲ Loveless Guitar Custom.

今まで何度も(その1/その2/その3/その4)触れてきたYAMAHAのMB-Ⅲだが、改造、調整にとりあえずの決着がついたようだ。


Loveless Guitarの岡田さんにより手を加えられたMB-Ⅲは、それはそれは丁寧な作業っぷりが伺える仕上がりで、全く新しい楽器に生まれ変わったと言っても差支えないだろう。

この楽器、元々ミディアムスケール故に弾き倒すのには丁度良いのとそのボディの小ささ故に取り回しが抜群に良いのだが、如何せん「4弦のテンションの低さ故に音が歪む、引っ込む」点が気になっていた。

相談の結果、ヘッドにテンションピンを打ち込むのには無理があるので、弦を裏通しにする事になった。それに加えて裏通しのためのパーツ取り用に持参したのFender Japanのムスタングベースに搭載されていたアクティブ回路も転用、搭載する事になった。


続・我が逃走-CA390635002.JPG
生まれ変わった箇所全景。
BADASSブリッジに換装した事で精悍な雰囲気が出た。


ブリッジは裏通しが可能なBADASS BASSⅢに変更、ムスタングベースのブッシュを使用する事で無理なく裏通しする事が可能になった。テンション確保の他、ロングスケール弦も張れるようになった。お得感、有。

そしてムスタングベースに搭載されていたbartoliniのNTCTというベースプリアンプ(BASS:30Hz ±13dB/MID:400hzカット/TREBLE:4KHz ±13dB)も内蔵、音作りに幅を持たせる事が出来た。元々ミドルカットのツマミは内部トリマーで調整するよう組み込まれていたため、大掛かりなザグリだったりボディ加工はする必要がなくこれまた運が良かった。ステレオジャックのホールド感も心地良い。


結果、4弦の違和感も随分と解消され(若干音の出が弱いものの、まあこれならどうにかなる範囲)、随分と可愛らしかった出音も実にモダンなサウンドに生まれ変わった。当初予定していなかったプリアンプの移植も岡田さんの薦めでお願いして良かったと感じている。

これで概ね演奏性、音作りに関わる改造は終了。

いずれ時期を見てピックガード製作、フィンガーランプ等搭載して貰って他では見れないMBにする予定だ。


さああとはこれを使いこなすばかり。

轟音出すぞ。

世界のミフネに捧げます。

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JRに乗ったらトイレがあったよ!

普段地下鉄しか乗らないから車両内にトイレがあるのが物珍しくてwktkして入っていったら窓が。

「まさか…」と思って開けてみたら数センチしか開かない!
列車、トイレ、数センチしか開かない窓…。
黒澤明の『天国と地獄』みてえだ!と一人興奮。

ポップンロール


続・我が逃走
10月4日(日)@新栄CLUB ROCK'N'ROLL
[ポップンロール]
S▲ILS
ザ・フロイト
モーモールルギャバン
不完全密室殺人
\2000/\2300
18:30/19:00
予約入場者にプレゼント有。


こういう企画があってこういうフライヤーが存在するのだよ。

滅茶苦茶手が込んでるので紹介。

冷静に考えるとカオスなイラストではあれど、何となくイベントの気配が伝わってくるから不思議。

センスの良い仕事をされたイラストレーター氏に感服。

ひょっとしたら今回の共演者、僕の経歴の中でも一番の有名人ではないだろうか・・・。

長文だよ。

続・我が逃走-CA390602.JPG
アルバイトに出勤後、携帯電話をチェックすると留守番電話録音サービスにメッセージが。
先日伺ったばかりのLoveless Guitar岡田さんだ。確認するとベースがもう仕上がったとの事。あまつさえアクティブ化の際に使用したサーキットに不備が見つかったので直しておいた、と。

…もう、素晴らしいプロ!急遽金曜夜に取りに伺う事にする。来月頭に控えたJONNY東京ツアーに間に合えば、と願ってはいたが、まさかスタジオ練習に持ち込めるとは思わなかった。
感謝感激。
多分明日現物を触ったらまた感激してしまう事請け合い。そしてまたエントリーに書く事請け合い。

只今現在使用しているアメーバブログに標準装備されているアクセス解析なる機能を使うとこのブログを訪れている方がどのような検索キーワードで訪れるに至ったか調べる事が出来るのだが、「YAMAHA MB」というキーワードでここに到達する方がちらほら。もし貴方がまさしくこのキーワードでこのエントリーを目にしていたら、そしてそんなキーワードで来る方ならばともすると熱心なジャパニーズプレヴィンテージファンであるかYAMAHA社製エレクトリックベースの熱心なファンであったら予め謝罪しておきたい。

恐らくは古き良き楽器をそのままの形で愛する方が半数程を占めると推察されるが、僕という人間は古い楽器を只今現在、如何に今の自分の嗜好通りに仕上げるかという目標に技術力のある方の力をお借りして挑戦している。恐らくは貴方の知的好奇心を満たす事は出来ないし、何の参考にもならないだろう。ひょっとすると楽器の特性自体を否定している、と気分を害するかもしれない。
悪意はないのである。YAMAHA社の技術力は十二分に理解しているし、世界で一番信用している楽器メーカーだ。ただ僕の発想がそれをそのまま残すよりかは、使える道具にするという方向で働いてしまっただけなのである。

さて、長い弁明を終えたわけだが本日のエントリーはまだ終わらない。
今日はこのエントリーを書くのに相応に時間を割く覚悟であるからして、あと少しだけエントリーは続く。

来月の頭にJONNYは東京ツアーを敢行する。東京でのイベントに誘って頂いたのが偶々日が続いたのでツアーになったわけなのだが、その内訳は以下の通り。


1日 新宿LOFT
3日 渋谷ラママ


どちらもバンドマンからすれば何かしらの感情を伴って語られるライブハウスであるわけなのだが、1日は名古屋のバンド主体のイベントを東京で行うという趣旨の元、名古屋を活動の中心てしている顔馴染みのバンドと共演。楽しくないわけがない。
3日は東京のPARMESANというバンドの企画で、東京のライブハウスで顔を合わせていた方がやっているバンドのイベントという事でこれまた楽しみだ。

で、本題。
間の2日、これは空き日になっているのだが僕は単身名古屋に帰る事にした。JONNYメンバーは東京に残るという話だが、僕は先頃患った新型インフルエンザによりアルバイトを長期休んでしまい、ざっくばらんな言い方をすれば生活費を稼ぎに戻るわけである。
JONNY運営側よりそういった方面はある程度融通するという破格のお話を頂いたにも関わらず、僕は戻る。

一つには、出勤表に休みマークが連なる事に抵抗があるというのもあるが、何となくしてみたくなったのだ。
「じゃあ、バイトあるんで一旦名古屋戻ります」と言って皆に手を振るのはウケるだろうか。

ただ若干不安なのは僕が夜行バスに慣れていないという事。
さてどうなる事やら。

Loveless Guitar 訪問。

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今日は実に有意義な一日だった。

以前JONNYで出演したイベント「やったぜ!ノム杯」にてギターを展示していた「Loveless Guitar」様の工房を訪問したのである。ベースを携えて。

工房代表の岡田さんは沢山の時間を割いて相手をして下さった。名古屋のバンドの事、JONNYの事、ベースの事等様々な話をしたし、工房に展示してあるギター一本一本を実際に演奏して下さった。

どれも個性がありつつ、かつ音が総じて良いのに驚愕。ギターリストでない僕が良い音だと感じるというのはすなわちそれはライブや録音作品等を楽しむ方にも『良い』と伝わるという事だ。
『楽器』であり『作品』、『作品』であり『楽器』だった。

さて僕がベースを携えて「Loveless Guitar」の工房を、岡田さんを訪ねた理由、それは一週間後に形としてお知らせ出来ると思う。
あの方なら僕の期待を上回る形で結果を出されるだろう。元の楽器の限界まで性能を引き出した上に+αを足して下さるのではないか。勿論楽器の材質、構造上難しい点もあるだろうが今よりは良くなる予感しかない。

長い時間を重ねてそう思うようになっていた。

「僕のベースをどうするつもりだね」

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「僕のベースをどうするつもりだね」
気がつけばオワリカラのベーシスト ツダさんに向かってこう言い放っていたライブ終盤。

詳しく話そう。
不完全密室殺人が東京へ遠征に行くようになって数回目、The Fitsというバンドと出会った。あれはそう、ALTRA&CRYOGENICも出演していた日で僕達がステージ上のみならずフロアにもキャットフードをばらまいてしまうという暴挙に出たライブの日だった。

僕達は会場中を獣臭さで満たしてしまったわけなのだが、その日の出演者は皆感じが良く僕達を許してくれたのだった。
海外の古い音楽の気配を感じさせるバンド The Fitsの面々とも愉快で楽しく打ち上がった。
その後彼らは活動を一時休止、そして再開後バンド名を『キングヌラリヒョン』と改める事となった。

キングヌラリヒョンのドラマー 児島君から自主企画の出演依頼を頂いた際は嬉しかった。東京の友の誘いに報いないわけにはいくまい。時間とバンド名を越えて再共演である。

そして今日、東京へ向かう道中出演予定だったオワリカラが諸事情により出演キャンセルになったと聞いた。今月初めに太平洋不知火楽団の大内君企画でタカハシヒョウリさんとお会いし、お話していたし大内君からもオワリカラを薦められていただけに残念でならなかった。


残念過ぎたので、一緒に演らせて貰う事にした。

尾張から参上した我々がライブの終わりにオワリカラ(-タカハシヒョウリ氏)と一緒に演奏する。大内君、読んでるかい。なんだか僕は君の気配を感じたよ。

快く引き受けて下さったカメダさんにツダさん、カワノさんに感謝。そして許容して下さったキングヌラリヒョンに感謝。タカハシヒョウリさんにはお会い出来なかったけれど、感謝。開場しているにも関わらず土壇場でこんな事を決めた我々に協力して下さった池袋手刀ドームのスタッフ様、愛しています。

で、だ。
ライブ終盤、『お葬式』という曲を一緒に演奏したのだが、オワリカラの3人、曲を全く知らないはずなのに素晴らしい演奏をされていた。カメダさんは最初の一音から曲の全体像を把握されているかのような音を出し、欲しいタイミングで欲しい音を出し、ブッ壊れて欲しいタイミングでもんの凄いブッ壊れ方をして下さったし、ツダさんはエモーショナル以上にエモーショナル、それでも僕のベースを優しく労って下さりつつベースを天井に引っ掛けようとし、カワノさんは曲を、そしてライブを終幕に向けて加速させるビートをブッ叩いて下さった。
オワリカラは観る事が出来なかったけど、メンバーそれぞれの演奏を、日を跨いでバラバラにでも観た僕は確信したのだ。オワリカラは大変格好良いに違いない。
キングヌラリヒョンのメンバーも共にステージにあがり、今何人いるかわからねえ把握しかねると爆笑しているうちにライブは終了。

キングヌラリヒョン、妖怪総大将の名を冠するバンドだが、僕はこのバンド名、実に腑に落ちた。音楽性まで考慮して名付けたのだとしたら何と客観的で、そして構築力のある人達なのだろう。3人のグルーヴたるや、まさしく妖怪のような怪しさと色気に満ちているのである。
音楽性も随分と変わったように感じたが、何よりメンバーそれぞれの独自性がもの凄かった。
ああこの辺は音楽に関する語彙力がないからうまく書けないけれど、僕は紛れもなく妖怪総大将がステージに君臨するのを観たのである。

ツアーファイナルの企画という事で、恐らくは忙しい中で準備したのであろうしきっと彼らの事だから苦労はしても表には出していないのであろう。兎に角、有難う。
初めて会って数年経ったのかな、ああいう形で報いれたのが嬉しかったです。

パイ投げ

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名古屋でライブの日は入り時間まで自宅に引きこもっているのが常なのだが、昨日は折角なので今池祭へ佐藤さんと繰り出した。

今池で生まれて今池で育った割に、今池一帯で行われる今池祭に参加するのは中学生時代ぶり。
今池祭は今池の商店街の皆様の他、様々な人が出店を出していて内容も豊富というか、良い意味で節操がない。
「バンドマンも店出してたりするみたいだよ」という佐藤さんの言葉を受けて、何かが疼くのを感じた数分後、信じがたい物を目にした。
エフェクターがフリーマーケットにて出品されている。BOSS CS-3。コンプレッションサスティナー、だ。800円也。
気がついたら「これ下さい」。つくづく感じたものだ。不可能を可能にする今池祭、と。

食べ歩きしたり(串カツやどて煮、焼き鳥等肉類を中心に攻めてみた)不完全密室殺人山田君に偶然発見されたり(「金髪で浴衣の小さい女っつったらみおさんくらいしかおらんだろ、この辺りは」)したら入り時間。そう本日はビビビビとJONNY2マン。

会場となる栄DREAM CUBEに出演するのは初めてだったのだけど、お店の人も大変感じの良い方で料理も大変美味で(チーズたっぷりカルボナーラを賞味。美味さに一同驚愕)良い場所だった。

そうそう、昨夜無料配布されたCDのジャケット及び盤面は出演者の手書きという事で悪戯心を起こして「当たり」を混入、MCにて「当たりが出た方には野々垣メンバーが一杯奢ります」と公約したらば、シッカリ人数分奢っていた野々垣メンバー。
新しいベースも好評だった。4弦の鳴りの悪さには苦戦したものの、好評で良かった。JONNYでは久々のライブという事で大変楽しくやれました。

ビビビビはやはり圧倒的。何故あれだけ運動しつつ演奏が巧みなのか。ザッツ・ザ・エンターテインメント!

で、終演後は前述のカルボナーラを食べたりファミコンを背中に彫っているファミコンマンという方のお話を興味深く聞いていたりしたら打ち上げ終了。佐藤家にて有志で二次会を挙行、一足お先にドロンとしまして4時頃帰宅、そのまま就寝。

今日は今日とて不完全密室殺人でトキオへ向かいます。池袋 手刀ドームにてキングヌラリヒョン企画!
ドラム児島君のアナルにも注目です。首都圏の皆様、まだまだチケット予約は受け付けていますので是非!

一夜明けて。

一晩明けた。

昨夜はヘトヘトに疲れ果てていたものの、折角時間が出来たのでraganのライブを観に行った。最近ちょっとした作業をお手伝いしたのもあって是非観ておきたかったのである。

最近見られる4人編成にベースが加わり、その為かアンサンブルが実に立体的。全員が全員実に良い演奏をしていて観れて良かった。


そうそう、前々回のエントリーで触れた高校生ベーシスト、あの翌朝一緒にベースアンプの前であーでもないこーでもないと試行錯誤したら気に入る音が作れるようになった様子。飲み込みがべらぼうに良いようで、2日目のライブでは全出演ベーシストの中で一番良いサウンドを出力していた。聴き取りやすく、かつ他を支える低音。若干のドライブ感を出しつつも輪郭のハッキリした音。そうそう、これだよこんな音、と本当に嬉しくなった。

「これでもうどんなアンプがきても大丈夫だね」

「いやあ、時間がまだかかりそうです」

どこまでも謙虚な彼なのであった。


さて本日はJONNYとビビビビのツーマン!先週に続いて再びツーマンという事で体力の限界に挑戦する。

YAMAHA MBも初出勤!佐藤さんから「エフェクターいっぱい使ってよ」と僕の嗜好をよく理解しているお言葉を頂戴したので、とりあえず気に入ったのを繋いで気の向いた時にオンにする所謂『オマー・ロドリゲス方式』で今日は臨もうと思う。

終わった!

3日間(搬入1日、本番2日)にわたる母校の文化祭も無事終了!

体育館に引きこもっていた割に疲れました。やはり普段の生活時間が問題か。とりあえずお風呂入りたい。

文化祭と男子高校生との出会い。


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全国優勝を見事に果たした母校の硬式野球部。
今日も練習していた。


秋が訪れ、少し気が早いような気がしないでもないが若干肌寒くなってきた。

この季節はバイト先に文化祭や学園祭の音響や機材レンタルの依頼がよくあり、今日僕は毎年恒例の母校の文化祭の音響現場へと行ってきた。


流石に母校だけあって顔見知りの先生方が沢山いらっしゃる。

「卒業してどれくらいだ?」

「7年程になりますかね」

「君は変わらんなあ」

どうやら見た目は変わっていないようで一安心。流石に20代も半ばになると高校生とは軽いカルチャーショックを感じるので。いつまでも若い気でいるわけではないが、変わっていないというのは嬉しい言葉だ。

先生方もお変わりなく、懐かしい気分に浸ってしまった。


さて僕の仕事は体育館ステージの音響だ。ダンス部やチア部、クラス企画等ほとんどが体育館ステージで行われる。僕が在校していた頃からこの体育館企画ステージは今のアルバイト先が音響として出入りしていて、当時高校生だった僕は「凄い機械だなあ」等と思ったものである。よもや自分が出入りする側にまわろう等とは当時の僕には思いもよらなかった。

当然バンド研究会、これは所謂軽音部なのだが、彼らもステージで演奏する。毎年文化祭シーズンになると制服を着て楽器を担いだ母校の在校生がアルバイト先の練習スタジオに訪れ、文化祭へ向けて鍛錬を重ねている。

当然彼らも気合が入っているようで、OBとしても音響としても、彼らが満足いくような演奏が出来るよう願ってやまない。

今日は搬入、準備日という事で彼らもリハーサルを行ったのだが、2年生だろうか、リハーサル終了後にナーバスになっている男子生徒が一人いた。

彼はベースギター奏者でmoonのジャズベースモデルを携えており「最近の高校生はこんなに良い楽器を持っているのか」と驚かされたものだが、どうやらベースアンプから出力される自分の音に違和感があるようだ。

自分の音が聴こえず、音量を上げようとするとアンプが限界に至り歪んでしまう。

リハーサルはバンド数も多いので慌ただしく行われるのだが、目の前で演奏するバンドのオペレートをしながらも彼の様子が気にはなっていた。

全バンドのリハーサルが終わると彼が声をかけてきた。やはりベースアンプから出力される音にストレスを感じるらしい。


どのような音作りを行っているか一緒にステージに上がって確認したところ、GAINがかなりあげられており低域をブースト、高域をカットしているようであった。

「なるほど、こういう音で弾いていたんだね」

「はい。ハイポジションで弾く箇所があるんですが、そこもしっかりと低音を出したいのです」

僕と彼はベースの音作りについて若干の会話を重ね、彼の音作りに検討を重ねた。

個人的な所見、一般論と言い換えてもいいのかもしれないが、ベースアンプで低域を強調し過ぎると『体感』出来るローは出力されるもののそのほとんどが耳には届かない。やはり耳に届く音作りには中域と程よい高域が必要なのだ、と思う。

そんな話をしていると背後に気配。振り返ると彼の同輩だろうか、YAMAHAのアクティブベースを使っていた男子生徒が興味深そうに僕達を見守っている。察するに、彼も初めて触るベースアンプヘッドに苦戦したのだろう。短いリハーサルの時間中に、自分の納得いく音作りが出来なかったのだ。


経験と知識不足、と断じるには早計だ。彼らは短い時間で自分の持ち得る技術と知識を総動員して事にあたったのである。ベースだからふんだんに低域を、と彼が考えたのは僕にも思い当たる節があった。

初めてライブハウスに出演した際、GAINを相当にあげ、低域を強調し過ぎて自分が何を弾いているかわからなくなった経験は僕にもある。懐かしい思いと同時に、彼らに対して誠実に向き合った際、何が出来るかを考えた。


明日、僕は彼らともう一度ベースアンプを触ってみようと思う。


革命。

革命は、突然に起きて全てを覆す。

ベースギター奏者としてこれを認めてしまってはいけない事なのかもしれないが、基本的に前ノリである。基本バスドラムスネアドラムより前にベースのアタックがくる。更には放っておかれるとどんどんハシッていくのだよ僕という男は。

自分と同じタイミングで同じだけハシるドラマーと組めば、それはハシッているのではなく事実上『加速』している事になる。或いはドラマーが無意識にしろ意識的にしろ、ベースに合わせているとこれもまた『加速』となる。僕の人生において最も長くリズムセクションを共にしてきた神田佑介はまさしくこのケースで、各セクション毎に『加速』や『減速』を繰り返している。微調整が意識せずとも出来るという観点では互いに重宝しているはずだ。5年近く一緒に演奏してくるとストレスが全くない。

JONNYのドラマー野々垣貴彦は基本リズムに忠実である。ライブという現場に於いて興奮すると話は別だが、彼の中では恐らく一定のリズムをキープしようという意識が根底にある。
「ライブに於ける『加速』や『減速』は気持ちがノッていれば問題はない」という柔軟性を持ち合わせているものの、練習に於いてはクリックを導入したりとリズムキープに意識を置いている。
クリック練習を全くしない(かといってリズムキープが全く出来ないわけではないのだが)神田佑介とは発想が別である。

どちらも実に優れたドラマーで、演奏を共にすると興奮させられるしストレスはないのだが、このリズムの概念というのは彼らの表現に対する思想の違いを示唆していて興味深いし、ドラマーという演奏者の立場上、それぞれのバンドのキャラクターを決定付けていて面白い。

瞬発力と腕っぷしの神田佑介に、鍛錬と拘りの人野々垣貴彦。
それに組する僕はといえばハシリ屋である。

クリック練習を日夜繰り返すベースギター奏者諸兄は決して少なくないと推測する。しかしてかくいう僕はそういった鍛錬を全くしない。スネアやキックにベースがあっていれば、極端な話一拍の長さ、感じ方さえブレなければ前ノリのまま曲を演奏しきる事になり、それは問題ではないと考えてきた。

しかし革命は起きた。起きてしまった。

リズム感というのは共に演奏する人間との共通意識であると同時に、信頼するに足りるかどうかを顕在化する指標なのである。
リズム感が養われた人間、指定されたBPMにある程度自信を持って対処でき得る演奏者は様々な局面に対応する事が可能となるだろう。

如何にリズム感を養ってきたか、そしてそれが根付いているか。それはそのまま演奏者としてのステータスたり得るのだ。例えば単純にハシる傾向にある人間はお呼びでない瞬間もあるだろう。律儀にリズムを打つ事が出来た上で前後を柔軟に操れる演奏者はすなわち、その分活躍する場が増える可能性があるという事に他ならない。

今夜はJONNYのスタジオでクリック練習を挙行した。自分が如何にハシる傾向にあるか、またそれが顕著であるかを認識したその瞬間、革命は起きたのであった。

YAMAHA MB がほんきをだした!

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最近の僕ときたら、YAMAHAのMBに夢中である。

只でさえ熱烈なYAMAHA信者、YAMAHA党である上に(仕事で出会ったYAMAHA社の方に「僕は世界で一番YAMAHAの楽器を信頼しています」とぶちあげた程だ。更には子供の名前は「やまは」にしようと夢想している)随分と昔の楽器である点、にも関わらずネックの状態が極めて良好である点、ボディが小さくて軽く、取り回しに優れている点等魅力が多過ぎるのだ。出力される音も悪くない。ロングスケールのベースでは重低音と攻撃的な高域を意識していた僕にとっては、このベースの特徴的な中域は大変興味深いし、アンサンブルの屋台骨としてのベースを意識しつつある最近の嗜好ではこれぐらいの音の方がバキバキいわせ過ぎずに(それでもピッキングとサンズアンプで相応に、いや、人並み以上にはトレブリーかもしれないのだが)済む。リハビリテーションにはうってつけときたもんだ。

以上のようにMBに夢中でJONNYのライブはこのベースでいこうと決心したのだが、若干の不満があった。4弦の鳴りが不調で音にハリがなく、結果的に他弦とのバランスがとても悪い。音の芯が感じずらい。
ミディアムスケールだから仕方ないのかと思っていたが、あまりにもあんまりなのでこれは本体のセッティングに問題があるのではないかという結論に行き着いた。

右手のタッチに違和感がある4弦、これはテンションの問題だろうと普段使っている弦よりテンションきつめのアーニーボールの弦に張り替えてみた。ううむ、いまいち改善されぬ。

テンションピンをヘッドに打ち込んでみた所、若干改善されたものの施術された部位を眺めているとどうにも張力にテンションピンが負けそうだ。ふとした弾みにネジごとパーツが吹っ飛んでいく様が容易に想像出来た。いつ爆発するかもわからない爆弾を搭載したベースをライブで酷使するのは成る程、確かに面白いかもしれないが気が気ではない。

やはり弦の問題か。試しにロングスケール弦から、ミディアムスケール用の弦に張り替えてみる事にした。ロングスケール用故に本来ならそれを想定されていない太い部位がペグのポストへ巻き付けられる事による不具合。その可能性は十分に考えられたし、様々な可能性の中でこれが些細ながらも一番大きな問題点のように思われた。

張り替えてテンションピンを抜き、弦を外す。さらばアーニー。君のテンションの強さは実に、実に魅力的であった。しかして君はロングスケール用なのだ。切られてしまった君はロングスケールのベースへ張り替える事すら叶わぬ。涙を飲んでさようなら。
さてダダリオのミディアムスケール用弦だ。

…成る程、確かにこれはミディアムスケール用だ。4弦ポストにしっかりと弦が巻き付いている。これは期待出来そうだ。

改造を依頼してきた方(実はバイト先の上司である)の忠告によりネックに仕込み角をつける事に。ネックを外し、ネックポケットにシムと呼ばれる今回の場合は厚紙を一枚入れる。ネックをはめてネジを締めていく。締め方もヘッド側を強く締め上げた後に、ボディエンド側をそれより僅かに弱く締める。ネックは4本のボルトによりしっかりと確実に固定された。
些細な施術に思われるかもしれないが侮るなかれ、これが劇的な効果を及ぼす事も少なくないのだ。

弦を張ってみる。調整し直されたMBには劇的な変化が生じていた。問題点が全て解決され、以前よりアタックがしっかりと出るようになった。4弦と他弦のバランスも問題なし。実戦でブリブリ弾くのに何のストレスもなさそうだ。

こうして2時間にわたる長い戦いは終わった。後に残ったのは完全に楽器として機能しだしたMBと、そのヘッドに遺ったネジ穴の痕だけである。

そのネジ穴は僕にこう語り掛けてくる。
すなわち、楽器はその性能を最大限に引き出すセッティングをしてからでないと評価出来ないものと知れ。

僕とMBの冒険は始まったばかりだ。

ジーク・ジオン!

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最近やたらこのブログに登場する(というのも何だかんだよく会う)ザ・フロイト小森君は、実はカッティングシート職人なのであった。

彼はカッティングシートを自作する機械を所有していて、彼の般若心経ギターも実は彼の自作なのです。凄いや、普通そんな機械持ってないよ。

というわけで初期型Motion Bassのヘッドにジオン公国のエンブレムが燦然と輝く事になった。某ベーシストのモズライトベースの真似ではあるけれど、なかなか格好良く仕上がったのではないかと。

素晴らしい、有難う小森君!ジーク・ジオン!

企画案

近々掲載しようと思っている企画、エントリー草案


1.そのブログに話題騒然、コモリコウキ 特別インタビュー

2.スーパーチャレンジ!クッキング『自宅で二郎を作ろう!』

3.未曾有の挑戦、舟橋孝裕、一日に2784(フナハシ)回ブログを更新!

4.成人男性が丸々一日歩いたらどこまで行けるのか

5.山奥の廃駅に挑む



1.そのブログに話題騒然、コモリコウキ 特別インタビュー

僕の友人、知人達の間で話題になっているブログがある。元々の意味、起源は別として昨今一番よく見受けられるブログはざっくり言って『日記』なのだろうが、そのブログで主に触れられているのは投稿者の過去。それも華々しいものではなく所謂『やっちゃった』体験、失敗談や黒歴史的なものなのである。思わずクスリとしてしまうものから声をあげて笑ってしまうような「青春(或いは性春)の失敗」、それを巧みな構成力と文章力で読ませるブログ、それが『なんかプレッシャーかけられた 』なのだ。

投稿者は某バンドのギターリスト コモリコウキ氏。バンドマンが書くブログというのはライブ告知やツアー日記、機材紹介や最近聴いた音楽の紹介等で終始するのがよくあるパターン(本ブログもその範囲内である)だが、氏のブログはほとんどバンド活動や日常生活について触れていない。それらについて書かれる事があっても結局それらは導入、効果的なイントロダクションである。

で、折角親しいコモリ君が面白いブログを書いているのだから『ブロガー コモリコウキ』について迫ってみようという企画。ええ、完全に趣味です。



2.スーパーチャレンジ!クッキング『自宅で二郎を作ろう!』

今まで数多くの失敗と挑戦を繰り返してきた『チャレンジ!クッキング』。元々は投稿者の料理下手(驚く事なかれ、何と炊飯器を使って満足に飯を炊く事すらできない)を克服するため、ブログネタにして面白がってしまう事によって苦手意識を少しでも軽減しようという事で投稿を始めた本カテゴリーなのだが、気がつけば初回から最新投稿分まで徐々に徐々に間隔が空いてしまっている。当初は「どんどん難しい料理に挑戦しよう!」と息巻いていたものの、度重なる失敗から恐れをなした投稿者は、ハードルの低い料理にばかり挑戦してしまっていた(未投稿分として『タンポポ・オムライスの巻』があるのだけれども、実はそれも相当に簡単)。

このままではいかぬ。一念発起して挑戦すべきだ、料理に!

好きなものならば全力で挑戦できるだろうし食べ慣れた味ならば料理した結果「これは成功なのか失敗なのか」と悩む必要もなくなってくる。というわけでここは東京に行く度に食べている『ラーメン二郎 』に挑戦だ。

『自宅で二郎』、所謂『家二郎』に挑戦する者は意外と多く、WEB上では挑戦者がその挑戦の過程を公表しているし、動画投稿サイト『ニコニコ動画』では動画で調理過程が公開されている。かかるのは材料費と手間ばかり。

調理したら食べたがりそうな人間も周りにいるし、ここはいっちょドカッと作ってみるか、という企画。



3.未曾有の挑戦、舟橋孝裕、一日に2784(フナハシ)回ブログを更新!

投稿者の苗字はフナハシ、である。数字をあてるならば2784。

ブログを一日に何回も更新するというのはタレントの中川翔子さん(余談だが戸籍上は中川嬢、「なかがわしようこ」になっているらしい。有名な話なのかもしれないが)が物凄い記録を打ち出しているはずであり、おいそれと抜けるものではない。

ではブログを愛する者としてその記録に挑戦しようではないか、という企画。ただ中川さんが一日に何回更新したのかわからないので、ここはフナハシだしキリの良い2784回更新してみよう、という安易な話。

ちなみに1時間は60分、3600秒。一日は24時間なので24倍するとして86400秒。24時間=86400秒という事実が算出されたわけだが一日にブログを2784回更新するためには24時間フル稼働、約30秒に一回更新せなばならない。

・・・。



4.成人男性が丸々一日歩いたらどこまで行けるのか

歩くのが、好きである。

小学校高学年まで自転車に乗れなかった(これは相当に遅かった。事実をひた隠しにしていたが恐らく周りは気付いていたと思う。恥ずかしい)僕は当然のようにどこに行くにも歩く、走る。結果的に幼い頃の僕は脚力だけは鍛えられた。当時の記憶が忘れられないのか、大学生になっても僕は歩く事が好きだった。人によっては免許も持っている時分だし、僕も自転車や公共交通機関を日常生活に於いて不自由なく活用する事はできたのだが、時間に余裕さえあれば僕は徒歩で移動する事を好んだ。

大学までダラダラ寄り道しながら一時間半近くかけて歩いて行ってみたり、バイト先から歩いて帰ってみたり。スタジオ練習後に楽器を背負って歩いて帰った事もあった。

特に愛好したのは夜中の散歩である。皆が寝静まった時間に閑静な街中を一人、歩く。時間の無駄遣いと言われてしまえばそれまでなのだが、ストレス解消、心の栄養摂取としてその行為は大変適切であったし、心の余裕があったらならばこういった贅沢な時間の使い方というのは自らの余裕を実感できて大変気持ちが良かった。徒歩、自分の両足を信用できずに何を信じるのか。そんな思いもあった。

で、今回は24時間かけてテクテク歩いたら愛知県名古屋市千種区にある自宅からどこまで行けるのか、という挑戦である。これこそ究極の贅沢。



5.山奥の廃駅に挑む

廃墟の美しさ、というものは確かにある。

形あるものが崩れ去った後にそこに残る寂しさ、というか荘厳さである。「兵どもが 夢のあと」ではないけれどもかつては栄華を誇った巨大ホテルの廃墟写真等見ていると、かつては沢山の人が出入りした場所が今となっては草木に侵され、野ざらしになっているというのは何ともたまらないものがある。何かがこみあげてくるような感覚というか、モニター越しに見ていても伝わってくる静寂、緊張感がそこにはある。

去年の夏、ふとした弾みで廃校に入った事がきっかけで友人間で廃墟巡りが流行ったのだが気がつけば心霊スポット巡り、肝試しと大差ないものになっていた。それはそれで夏の風物詩、季節特有のものを楽しむという意味合いでは趣深い試みではあったけれども何より、怖い。

で、今回はちゃんと廃墟に行ってみよう、陽の光に照らされた廃駅、WEB上で見かけたあの光景をこの両の目で見てみよう。そういう企画です。



さあて、どれからやるかなあ。

レギュラーバーグディッシュ150g、ライス大盛で。

『祭』の余韻覚めやらぬままに、次なる活動(個人的)に向けて行動開始。


現状僕の活動といったらば不完全密室殺人とJONNY非常勤、その二つが中軸なのですが、不完全がほんの少し予定が空く間にJONNYが忙しい。

もうすぐJONNYでもツーマンがある(詳細はJONNY WebSiteで)のでそれの準備やら、アルバムに向けて新曲製作作業やらやる事には欠かさない感じでありまして、「余韻が覚めないなあ」と前夜の大混乱の疲れ、筋肉痛を引きずったままスタジオへ。

JONNY佐藤と篠田君が新曲を持ってきたのでバンドでアレンジ作業に着手したわけなのだけれども、これがまた良い。あの二人が本気出すと「なんて事ぁない」みたいな顔してサクッと良い曲作ってくるので毎回静かに感動している。


でミッチリシッカリ3時間スタジオで作業をした後は久方ぶりに皆で大丸ラーメン(東京のライブで名古屋食として紹介してしまうくらい僕は愛している。大丸ラーメンをよくご存知でない方、詳しくは「大丸ラーメン」でGoogle検索をかけるといいです)詣でをする予定だったのだが、そこは土曜夜、予想通り長蛇の列。あまりの空腹に耐えかねて急遽びっくりドンキーへ。

ハンバーグ150グラムとライス大盛りが盛られたプレートを前に生唾飲み込んでまずは視覚で愉しむ。

そして一息吸って思う存分食らった。伊藤誠人の語る「びっくりドンキーの美徳」を耳にしつつ、成る程確かにその通りだ、この男は余程びっくりドンキーが好きなのだなあと感心。

食べ終わったもののスイッチが入った胃袋は止められず、そのままメリーゴーランドなるパフェを注文。シンプルかつスタンダードながらも美味いパフェを堪能した。

食べ終わると同時に物凄い眠気。

帰宅後、二日ぶりの入浴だけサクッと済ませてベッドへ倒れ込むように就寝。

気を失うように眠った。

『祭』のあと。


続・我が逃走
ロックンロール井藤さんが激写したリハーサルの様子。


僕達の、夏が終わった。


ザ・フロイト、不完全密室殺人合同企画『祭』、終了。

手前味噌だろうが何だろうが大成功だろう。ライブハウスのフロアにバンド機材を丸々2つ分セットして、お互いの曲を入り混じらせて演奏する。出順もへったくれもないガチンコ勝負。お互いの演奏に触発され上がるボルテージ。普段なら成立しないスペシャルな瞬間を僕は何回も見た。


バンドっていうのは思うに極小の組織だ。編成とか無論それぞれあるけれども、ブッキングやそれこそイベントにおいてもそれぞれの持ち時間は厳粛なる美意識と畏敬の念から『それぞれのバンドのもの』だ。バンドの持ち時間毎に空気がガラッと変わって、それこそが美しい。極小の組織がそれぞれの誇りを賭けて持ち時間を使い尽くす、しゃぶり尽くす、出し尽くす。

昨夜はその大前提からまず切り崩したわけなのだけれど、その結果『男達の2時間』となったと思う。

違うバンドが2バンド、違う人間が8人集まってそれぞれの意識と意向を摺り合わせて企画運営、準備をしてそれぞれの衝動とそれぞれの嗜好を以ってして演奏、表現をする。

今まで以上にザ・フロイトというバンドを『盟友』だと思った瞬間だった。

僕らが今ツーマンを一緒にやるのはザ・フロイトしかいないし、彼らにとっては僕らもそうであると思う。

今となっては達成感と充足感しかないよ。フロイト大好き。敬愛している尊敬している。

そういったフロイトに向けての衝動や愛情は近々彼らと反省会と称して改めて打ちあがる際に静かに爆発させようと思う。僕は結局この数ヶ月間、得難い友人達と一緒にワイワイ楽しくやっていたのだなあというのが本音だ。


今回の企画運営、それに向けてのツアーの際にお世話になった方々がごまんと、いる。
鵜飼さん(HOIP)、太平洋不知火楽団 大内君、塚本エレバティ 三ツ目さん、池袋手刀 堀井さん、新栄クラブロックンロール本多さんに井藤さん、まっち、当日手伝ってくれたスタッフの皆様、PCをクラッシュさせてまで取り組んでくれた篠田君、名前は挙げれないけれども大勢の皆様の助力によって昨夜の『祭』の狂騒と皆の笑顔は実現しました。

感謝の念しかありません。


昨夜の事は一生忘れんぞ。

『東京ゲリラ2』について

我々不完全密室殺人が参加したコンピ『東京ゲリラ2』のHPがオープンしました。

僕も意気込みを語ったりしておりますので是非覗いてみてください。


『東京ゲリラOfficialSite』


さてこの『東京ゲリラ2』ですが10月7日 新宿ロフトで行われる『東京ゲリラナイト』で先行発売されます。勿論それ以降も販売するのですが(流通にものるのでお近くのCD屋さんで買える日も来ます。これって僕達にしてみれば初。小売店担当様の腰にすがりつきたい気持ちです)、とりあえず先行発売後くらいから、不完全密室殺人から『東京ゲリラ2』をお買い上げの方には特典をお渡ししようと考えています(店頭販売分にはつきませんつけれません。バンドから直接買って頂ければ大丈夫です)。映像素材としましては先日ザ・フロイトと行った関西~関東ツアーのライブ映像やオフショット等、面白い映像が溜まっているのでそれを我らが敏腕プロデューサー山田君監修の元編集、あとはまあ諸々盛り沢山な感じになるかと思います。

『東京ゲリラ2』購入ご希望の方は


fukanzen_murder@yahoo.co.jp

まで『東京ゲリラ2購入希望』という件名でメール下されば随時対応させて頂きます。勿論発送も対応致しますので遠方の方もお気軽にどうぞ。


さて明日はついに『祭』。

み  な  ぎ  っ  て  き  た  !

復活。

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本日、活動再開日也。

早起きしてJONNYレコーディングへ。リズム隊録音という事でドラム野々垣メンバーと同じブースに入る。足元にはアンペグのヘッドにSANSAMP RBI。長い長いスピーカーケーブルを使い、別室に置かれたキャビネットに接続、マイクにて拾ったその音をヘッドフォンでモニターしながら演奏。こうする事でドラムと一緒に演奏しながらドラムに向かって立てられたマイクに音がかぶらずにアンプからの音を録音できる、という方法。非常に贅沢なスペースの使い方である。
なかなか良い音で録音出来たと感じる。

4曲録音の後、ギターを軽く録った所で本日の作業は終了。ミーティングをしながら味噌煮込みうどんを腹に入れる。名古屋名物という認識を他地方ではされているようだが、別段そこまで普段から味噌煮込みうどんを食べはしない。

ツーマン直前、ザ・フロイトと不完全密室殺人なわけだが準備作業も佳境という事でそれに合流。結局帰宅したら4時だった。

精力的に動いた一日であった。

闘病記

ここ数日間ブログをかけなかったのは、ここ最近何かと話題になっている流行病の所為だ。元来体の強くないところに加えて、恐らくは大阪東京と目まぐるしく移動、演奏したのが仇となった。どこでひろったのかは定かではないけれども、ツアーに携わった人員の中で発症したのが僕だけで本当に良かった。しかしてこれは逆説的に自分の体の弱さが露呈してしまったようでどうにも気恥かしい。


病床に伏せっていた間にどう過ごしていたかといえばうんうん熱にうなされる事と、読書を数冊、それ以外は食べては眠っての繰り返しであった。体調が幾許か回復してきた時分には少し気も大きくなって油っぽいものを口にしたりもしたけれど、ここ数日間で何を専ら口にしたかと言われれば梨、である。瑞々しい梨は口に入れるのに抵抗がなく、食欲も普段のそれはどこへ行ったのかほとんど失せていたので梨半個で随分と満腹になった。

一番高熱を出していた際に病院へ行き検査を受けようと起き上がりはしたものの、フラフラでまっすぐ歩けぬし第一立てぬ。高熱も度が過ぎると平衡感覚に影響を及ぼすのだと知った。何に苦しめられたかといえば深夜、高熱故に眠りが浅くなる事であった。眠っているのか眠っていないのか、時計を確認してもほとんど時間が進まない。熱にうなされた頭を休ませようと目を閉じても脳が熱くて眠れやしないのだ。両親は眠っており一人でまんじりともせずに朝が来るのを待つ他ない。以降反省して氷枕やそれに類するもので対処する事を憶えた。


医学の進歩というものは凄いもので、処方された薬を飲んでからはあっという間に回復に向かった。熱が下がったと思いきや上がったり、というのは繰り返したけれども脳が熱くて眠れなくなるような事はなかったし、第一最高時と比較してもそれらの発熱は可愛いものであった。巷で騒がれていた薬による異常行動も見受けられず、僕の体は健康体へと向かっていったのである。


僕が患っている病の性格上、世間との交流を断っていた頃周囲の友人の動揺たるや凄まじいものだっただろう。それはそうである。一緒に大阪、東京と巡った人間が流行病を発症したのだ。同じウイルスに自らが感染しているのは火を見るより明らかであり、苦しんでいる僕の症状はともすれば有り得る未来の自分である。そして大きなイベント事を控えているだけに体調管理を徹底せねばなるまい、と話した直後の舟橋発症。今だからこそこうして書けるが(日本全土に蔓延しているからこそ書ける。非常に限定的な事柄であればウイルスの保有者たる僕はお尋ね者状態であって然るわけであって、そうなったらおちおちこのように記述もできない)、発症した当の僕も先の事を考えるとどうなるのだろうか、と気が気ではなかった。

まさか自分が世間を賑わせている最新型の流行病になるとは。一体どうなってしまうのだ。


そこまで思いつめた僕が今こうして無事に社会復帰できるのも、そして無事にザ・フロイトとのツーマンを迎えられるのも、そして体内のウイルスが完全に死滅した(発熱がおさまり48時間が目安だそうだ)のも家族の看護と現代医療、そして周りの気遣いあってこそである。そして本当に何よりだったのが自分のまわりで僕経由での発症者が出なかった事だ。今のところそういう報告は聞いていないので現状、安心はしている(今後出てきたらひたすらに申し訳ない気持ちで頭を下げる他あるまい)。


嗚呼、腹が減った。


9月3日(木)の日記

名古屋に戻ってまるっと24時間経ったわけだけれども、じわりじわりと滲み出る体の不具合からやはりこの怒涛の三日間は自分の体にかつてない負担を与えていたのだと再認識した。

とはいえども、運転を担当した山田各務まっちの3名の疲労はこの比ではないだろう。命を賭して運転してくれら3名には感謝の念しかない。


ではこのブログ上では空白の一日となった3日、何があったかを可能な限りさらってみる事にする。


09月03日

07:00 舟橋、帰宅。太平洋不知火楽団大内貴博氏とともに。

07:30 舟橋、ブログを書いたり車中用に買ったコーラの残りを飲みながら一服したりする。

08:00 2名、就寝

12:30 虚しく響き渡る目覚まし

14:00 舟橋、起床。風呂に入ったり歯を磨いたりする。

14:15 大内、起床。同じく風呂に入ったりする。

15:00 JONNY佐藤、舟橋家訪問。預けてあったギターやアンプを持ち帰る。

15:10 2名、舟橋家をあとにする。

15:45 地下鉄東山線、栄駅到着。大須へ向かって進軍。

16:00 コメダ珈琲にてシロノワールを賞味。This is 名古屋taste.

16:15 各務、舟橋からの入電により起床。

16:30 大須散策開始。でっかいチキンカツや拳骨みたいなミートボールに驚愕。

17:10 舟橋、大内両名、各務と合流。舟橋家を目指す。

17:30 3名、ragan平井と会う。

17:40 舟橋家にて時間を潰し始める。

18:30 男性陣、腹が減ってくる。

18:50 ザ・フロイト小森より入電。合流ポイントを決め、男性陣3名舟橋家を出発。同時刻、ザ・フロイト梁瀬からも入電。

19:15 5名、ザ・フロイト栃木家に到着。ザ・フロイトのアルバムの出来に舟橋、密かに感動。

19:30 栃木家をあとにする。

20:10 東郷町はカフェ・マジョリに到着。

20:15 注文を済ませ、舟橋、大内、各務、小森着席。

20:30 注文、未だ届かず。

20:40 舟橋注文「クリームコロッケ弁当やや盛り」到着。

20:50 小森注文「メンチカツカレーやや盛り」各務注文「エビカツカレー」到着。

21:10 舟橋、各務、小森ログアウト。

21:11 大内注文「ハッシュドオムライス」到着。

21:30 大内「物量には勝てない。だが心は負けていない」宣言。一同マジョリを後にする。

22:10 舟橋、BLスタジオに到着。大内らと別れる。さらば盟友よ。また会う日まで。

22:30JONNY練習開始。

23:30 JONNY一同、新曲のアレンジに悩みつつ楽しむ。

24:00 「これじゃね?」というアレンジが出来上がりつつある状態。

24:50 レコーディングまでにもう練習がない事に気付く。

25:00 練習延長を決意。

25:30 JONNY、練習終了。舟橋、新ベースのサスティーンの無さに愕然としつつも、同時にそんな所を愛おしく思う。スケールや音使いについて若干の思索の旅に出る。

25:40 そのままスタジオロビーにてJONNY軽くミーティング。篠田就寝。

26:00 BLスタジオを後にする。

26:20 伊藤誠人を自宅まで送り届けるJONNY佐藤。舟橋、助手席にて自分の抵抗力の悪化に気付き、不吉な咳に若干の不安をおぼえる。

26:35 舟橋、帰宅。



おいおいおい、意外と憶えているもんだなあ。我ながら若干気持ち悪い。多少の誤差はあれど、兎に角まあ、こんな感じの一日を送ったわけである。詳細に書き出すときりがないのである程度ははしょったけれども(大須のくだりとか)こんな感じの有意義な一日だった。今日は自宅に引き篭もって読書に励んだり、自分の体を使って世にも素晴らしい風邪薬、パブロンの効能とその中毒性、その過程とメカニズムについて(危険ではない程度に)研究しようと思う。

お菓子とジュースとパブロン、そして読書。引き篭もるには丁度良い夜である。何冊読めるかなあ。

とりあえず



現在のパブロン:パブロンゴールドA微粒 一包(合計:一包)

服用時間:12:10

現在の体調:咳は明け方よりかは楽になった。体の脱力感は単純に寝不足に起因するものと思われる。副作用か、若干の眠気有。

ツアー最終日その4

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で、無事帰宅。
3日間の長い長いツアーは無事終わりをつげたわけである。思えばこんなに長いツアーは人生初めてで、大阪で演奏した翌日に東京で演奏するというのも初めて。肉体的にも精神的にも鍛えられた。

一表現者として学ぶ事が沢山あり、一個人としても大変実のあるツアーになったと感じている。

そして太平洋不知火楽団の大内君、連れてきちゃいました。名古屋に。

ツアー最終日その3

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オーライ
クンニEXPOはHey!
最高だったYo!
不完全密室クンニはHey!最終的に8人の大所帯!
HOT STYLE EXPOは本当にHOTだったYO!

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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