激戦の6月

もう5月も終わり、である。

5月はやっている3バンドとも程度の差こそあれど、それぞれ動きがあって各々に頭と感性と肉体を使っていたらあっという間に終わってしまった。あ、あと左腕の手術もあったね。


パイプカットマミヰズのツアーに出たまま迎えた5月、4月末に行った自首企画の狂騒そのままにハイエースに機材を積み込んで(ついでに酔い潰れた吉田リーダーも)東京に向かって、演奏をし新宿motionを訪れ 、そして浜松で演奏した 。バンドの長い歴史の中で新参者の僕からすれば、ようやくメンバーとしての実感というかメンバーとの一体感というか、そういうのが落ち着いた瞬間であった。加入して半年が経とうとしているけれど、いやはや新しくバンドに加入するというのは実に面白く、そして頭を使う事であるなあ。


不完全密室殺人は、久しぶりにメンバー全員で集まった。それぞれとはちょいちょい会っていた のだけれども、いざ4人で集まるとなると久しぶりだ。聞いた話によれば、それぞれ似たような状況だった様子。各務君と山田君で飲みながら作業をしたり、各務君は小森君(ザ・フロイト )、篠田P(JONNY/Dr.Right )と神田君の娘さんの顔を見に行ったりしていたようで。ってかあれだよな、僕以外の3人はまっちの卒業企画で一緒に演劇やってたしね。近況報告をする程、時間をあけたわけではないけれども一時期のペースから考えれば「久しぶり!」という言葉が口をついて出るような時間ではあった。

何を話したかは内緒、だ。大した話じゃあないよ。


一番忙しかったのはJONNYだろう。

レコ発兼メンバー脱退記念ワンマン 、とにかくそれに向けて動いていた。練習に次ぐ練習(そりゃあそうだ、18曲もやるのだから!)、そして東京遠征(今回の2日間は濃密だった )の練習ととにかくスタジオに篭っていたように思う。肉体的/物理的にも慌しい中、やはり相当に頭も使ったのであった。メンバー脱退、と言葉にすれば簡単な事ではあるけれども、バンド結成時からバンドを支えてきた野々垣君が脱退するわけで。そりゃあ色々と思う所がない方がおかしい。友人からも賛否両論、どちらの話も聞いた。野々垣君よ、君愛されてるぜ。

ちなみに当の野々垣君本人、最近電話で話した感じでは元気でした。

「JONNY辞めてからの方が何故か忙しい・・・笑」と言っていました。


そして6月が、遂にあの6月がやって来る。

6月、JONNYにとって激動の季節。決死の覚悟で臨まなければ、とって食われるぞ。

2日に遂にアルバムが全国発売、5日には「NAGOYA ROCK FES2010 」出演、6日には「SAKAE SP-RING2010 」出演、そして一週間後には東京ツアーが始まって翌週には関西地方を巡って。アルバム発売に関連した様々な動きもあるはずである。こりゃあ僕よ、体調だけは崩すなよ?骨折ったりするんじゃねえぞ?

勿論その間に不完全~やパイプカット~でも意欲的に動き回らねばなりますまい。3つもバンドをやっているからには、どれか一つでも手を抜くまい。ライブがなかろうと、演奏していなかろうとバンドとしてやれる事って実は相当に多いのだ。


JONNYの激動の6月については、JONNYのオフィシャルサイトを参照して下さい。



6月、全力でやりきってみせる。

体(と楽器)だけは壊さないように。

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av○xの女王との接見

昨夜の僕は慌し(忙し、ではない)かった。



・Studio 246にてiPadを触る。ひとしきり興奮する

・張り込み

・av○xの女王に遭遇

・吉田家へ移動

・大丸へ行くも、食わず

・早朝のドライブ



東西南北、西へ東へ大移動だ。

上記の中で特に細かく書こうと思ってかつ書けるのは「av○xの女王」との遭遇だろう。

ちょっとした所用でパイプカットマミヰズ一行と名古屋市内某所の風来坊というチェーン展開している手羽先居酒屋の前を車で通りかかったのだが、我が目を疑った。鬼のような路上駐車、そして風来坊駐車場には沢山の人、人、人。しかもほとんどが若き乙女達である。

おいおい、一体なんだこれは。何だって夜中の2時にこんな所にこんなに人がいるんだ。

思わず車から降りて様子を窺う。どうやら名古屋公演を終えたav○xの女王が風来坊で打ち上がっている様子。人だかりは所謂「出待ち」をしているファンのご一行だったのだ。道理で路上駐車された車輌の中にデカデカと女王の顔がペイントされた車があるわけだ。

興味本位でしばらく様子を見ていると、警備スタッフ(これがもう強面でいかにも、な感じだった)に緊張が走り、入り口からそのまま車に乗り込めるように移動者がスタンバイされた。出待ちご一行様もスタッフに遮られながらも少しでも車に乗り込む女王を見ようと密度を増している。

出てくる、女王が、出てくる。

少し興奮して目をこらすと、サングラスをした女王が車に乗り込む姿を見る事が出来た。女王のパブリックイメージ通りの、大きなサングラスをして顔には笑顔。出待ちご一行様に手をふり、女王は颯爽と車に乗り込んだ。

車がすぐに走り出し、ファン達も自分達の車に乗り込んで後を追った。

嵐のような一幕だった。僕達も、そこを後にする事にした。


果たして、女王は手羽先を堪能されたのだろうか。

そればかりが気になった。

樹海でPV撮影してきた。

『樹海、行きますか』

「樹海!?・・・富士の樹海の事ですか?」

『そうですそうです、その樹海です。青木ヶ原の』

「ワオ!」



JONNYのPV監督を務める伊藤君からその言葉を聞かされた時は一瞬耳を疑った。しかし、面白い。

個人的にもいずれ樹海は行ってみたいと思っていたが、まさか人生初の樹海がPV撮影だとは。しかもJONNY。

0時~2時までスタジオで練習の後、スタジオを出たのが午前3時。午前6時に集合、という事でこれはもう寝ない方が確実かつ安全だ(僕は寝起きが悪い。物凄く悪い)。メンバー全員を起こす事を約束し、帰宅。読書やらポケモンやら入浴、身支度をしているとあっという間に午前5時前。

運転手をお願いしていた吉田君(パイプカットマミヰズ)に連絡、合流する。ちなみに彼も不眠。「俺、こういう生活がしたくて仕事を辞めたんだ!」とは彼の弁。本当に有難う。

全員合流し(撮影クルーは伊藤監督、ナツメ君、そして紙コップス でもお馴染み菊地さん)、さあこれから出発しますかというのが午前7時。カーナビで調べたところ、青木ヶ原樹海までは東名高速道路を使って4時間かかる。佐藤さんがCLUB R&R出勤日なので、遅くとも13時には名古屋に向かって戻らなければならない。時間的に難しいのではないだろうか、という事で代替案のロケハンを敢行する。

しかし、伊藤監督のお眼鏡には叶わず。

「もう、樹海行こう!」という事で車3台で東名高速道路に乗った。


12時過ぎに青木ヶ原の樹海に到着。

樹海といえば、くらいに有名な件の看板 も遠目ながらに見れたし、テンションが上がる一同。

衣装に着替えて(日常生活では僕ではまず着ないような服を着た。アベフトシ風味だ)山に入っていく一堂。



続・我が逃走
デジカメを久しぶりに触るので試しに一枚。
だが、充電が全然ない事に気付く。ガッデム!


まずは佐藤さんの出演シーンから。

出勤を控えた佐藤さんの残り時間は既に僅か。伊藤監督のプラン通り撮影は進行していく。

樹海というと陰惨で湿っぽい雰囲気を想像していたけれども、空気は清らかでおいしいし静かだし心地良い気温だしで物凄く快適な所だった。ちなみに樹海では磁界の関係で通信機器が駄目になるとか方位磁石が使えないとか色々な噂があるけれど、あれは実際のところ間違いである。方位磁石は使えるし、僕の携帯電話も立派にアンテナが立っていた。場所によっては木々に遮られて電話が危うくなる場所もあるらしいけれども、自衛隊は方位磁石を使って樹海の踏破訓練を行うらしい。

しかし、見渡す限りの木、木、木である。立派な大木、その根元に倒れ苔むした木。マグマが流れ出して形成された妙な形の岩や段差、それらが立体的に入り組んでこの巨大な樹海が構築されているのだろう。ハイキングコースから少し離れた場所で撮影していたのだけれども、帰りは目印がなければ方向感覚を失う所だった。

似たような風景ばかりだからそうなるのだろう。


樹海に入ってからの野々垣君のテンションの上がりっぷりったらなかった。

スーツ姿ではしゃぐ野々垣君。おい、物凄くミスマッチだぜ。


続・我が逃走
天然のスポットライトを使って撮影中。
撮影中の佐藤さんを写真撮影する野々垣君。
それを撮影する僕、という三弾構えによって成立した写真。


佐藤さんは実滞在時間、30分程で名古屋に帰って行った。

残りは男性陣のシーン。地面はほとんど腐葉土なので、足元に気をつけて(その辺りは骨折してから慎重になったと思う)演技をする。地面に横たわっていたら眠ってしまった。恐るべし樹海の快適さ!


日が沈む前に撮影を無事、終える事が出来た。樹海の中で楽器を振り回す経験はそうそう出来ないのではないだろうか。良い経験をした。しかし、もっと写真撮ってくれば良かったなあ。何だかそこだけ悔いが残る。

あと次回は観光としてゆっくり色々見てまわりたい。気温が低い洞窟だとか、近くには温泉もあるようなので。

『雨に唄えば』


続・我が逃走


『時計じかけのオレンジ』でのグロテスクなパロディにて先に知った『雨に唄えば』を視聴。

こういう名作/大作はなかなか手が伸びないのだけれども、いやいや本当に勿体無い事をしていた!何故もっと早くこの映画を観なかったのか!僕この映画もう手放しで絶賛するよ!



サイレント映画全盛の時代、俳優ドンと大女優リナ・ラモントはドル箱の映画スターであり、大スター同士のカップルともてはやされていた。しかし実際は、リナが一方的にドンに惚れているだけであった。そんな中、ドンは駆け出しの女優キャシーと恋仲になってしまう。

やがて世界初のトーキー「ジャズ・シンガー」」が大成功をおさめたことにより、ハリウッドにトーキーの波が押し寄せる。

そこで彼らの映画会社では、当時作りかけだったドン&リナのサイレント映画を無理矢理トーキーにすることに決定。しかしながら、トーキーのノウハウを知らなかったことに加え、一番の問題はリナが致命的な悪声の持ち主であったために映画の試写会は散散な結果に終わる。そんな映画を公開したら俳優人生が崩壊してしまうと危機を感じたドンとその親友コズモ、キャシーの三人は映画をミュージカルに作り替えることを思い立つ。あとはリナの声をどうするのかが問題だったのだが…。



開始10分もしないうちに始まるジーン・ケリーとドナルド・オコナーの驚異的なパフォーマンス、タップダンスに夢中にさせられる。自分の技能を追求する事で、常人にしてみれば驚異的な表現を可能にしたものが「芸」ならば彼らは本当の意味で「芸人」であり「役者」なのだろう。この2人が関わるミュージカル・シーンはこの後も続くのだけども、それらの全てが一体どれだけの修練を積めばこんな動きが出来るのか、と無駄なく、そして美しい。

人間の体って、美しいんだな。

ジーン・ケリーの力強いダンスにドナルド・オコナーの軽やかで軽妙なダンスが相まって、スピード感と躍動感溢れるダンス・シーンが続出。コズモの愛すべき三枚目的キャラクターは可笑しいし笑えるが、そのキャラクターを活かしているのは完全にドナルド・オコナーの顔面芸、そしてダンスさばきによる所が大きい。

本作でタップ・ダンス初挑戦というデビー・レイノルズも初々しい魅力一杯で大変チャーミング。

この人とジーン・ヘイゲンの魅力の差異(ヘイゲンはヘイゲンで映画的には敵役のようになってしまったが、キーキー声で演技や歌唱をしなければいけない中で音程を外さない辺り、器用な女優さんなのだろうなあと感じた)が映画の面白さを引き出しているのは言うまでも無い。



続・我が逃走


そして、映画史上間違いなく語り継がれる名シーン、雨の中ジーン・ケリーが「singin' in the rain」を唄って踊るシーン、ここのシークエンスは往年のハリウッドの本気を観る事が出来る。映画が夢に満ち溢れたものであり、そこから我々は活力と人生を謳歌する悦びを知る事が出来るのを再確認したよ僕ぁ。

どしゃ降りの雨の中、楽しそうにステップを踏み、唄うジーン・ケリーは大スターの貫禄もさる事ながら、本当に楽しそうなのだ。あの笑顔はハリウッドに刻み込まれた宝だろう。余談だけれども、この長回しのシーンは撮影後にジーン・ケリーが風邪をひいたそうだ。

必見!


完全懲悪気味なエンディングには賛否両論あるだろうけれども、この大作、兎に角もう音楽とダンスの楽しさ、美しさに酔うべきである。ジーン・ケリーらのダンスを見ていれば、文字通り「心躍って」しまうのだから!

改めて映画の面白さを教えてくれた傑作である。

入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 幸せの背景は不幸』


続・我が逃走


映画化されるという事で入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』を。

まずはあらすじ。



御園マユ。僕のクラスメイトで、聡明で、とても美人さんで、すごく大切なひと。彼女は今、僕の隣にちょこんと座り、無邪気に笑っている。リビングで、マユと一緒に見ているテレビでは、平穏な我が街で起こった誘拐事件の概要が流れていた。誘拐は、ある意味殺人より性悪な犯罪だ。殺人は本人が死んで終了だけど、誘拐は、解放されてから続いてしまう。ズレた人生を、続けなければいけない。修正不可能なのに。理解出来なくなった、人の普通ってやつに隷属しながら。―あ、そういえば。今度時間があれば、質問してみよう。まーちゃん、キミは何で、あの子達を誘拐したんですか。って。第13回電撃小説大賞の最終選考会で物議を醸した問題作登場。



過去に誘拐事件の被害にあった「みーくん」と「まーちゃん」を中心とした、ミステリー要素有りの人間模様。いや、特異な人間模様が絡んだミステリー、なのか?

読了し終わって、否、読んでいる最中からある作家の名前がちらつく。「特殊な」人間達が織り成す「ミステリー」を「パロディ交じり」のくだけたテイストで描く(そして名前は「言葉遊び」のようである)というのはもうあの人しか連想しないのだろうけれども、本作はまああの作家の作品群が好きなれば十分楽しめるだろう。

主人公の語り口調からしてもう完全に「戯言○い」的な香りがプンプンする。本来ならば日常生活に於いては一番『ブッ壊れて』いると認識されてしまうはずの「まーちゃん」が、ある意味では一番常人っぽいというかリアリティがあるのが何ともおかしい。しかして本作、そして本作の登場人物達にリアリティを求めるのはナンセンスというもので、心が壊れてしまった「まーちゃん」を取り巻くそれはもう実在しようものなら確実に世間に溶け込めない人間達の軽妙洒脱な言葉のやり取り、そしてキャラクター造詣を楽しむのも本作の楽しみ方としては間違っていないだろう。僕も大いに楽しんだ。

で、そんなキャラクターを楽しむ趣味のない向きには本作のミステリー的側面に着目して頂きたい。

その手のひっかけになれた方々は本作の仕掛けに或いは気付かれるかもしれない。ミスリードらしいミスリード、「もうこれは完全にひっかけだろう。ざあとらしい!」と叫びたくなるようなミスリードは恐らく作者の中ではひっかけでさえなく、恐らくそう機能するようにと意識して書いていないだろうけれども、いやはや、僕は完全に引っかかってしまった。

まあ勿論、ミステリーを読む時の快感の一つに作者の術中にハマるというが挙げられるし、そう考えれば僕って大抵のミステリーを無邪気に楽しめてしまう典型的な『良い読者』なんだろうなあ。


西尾維新の作品が好きなら、是非本書もお薦めしたい。とりあえず僕は二作目もおっかけてみるつもりだ。

あ、いっけねえ、西尾維新の名前伏せるの忘れてた!

「伊藤君さ、気付いたら俺達食い物の話ばっかりしてるよね」「そうね」

ここ最近は連日連夜スタジオに入っている。

5日はNAGOYA ROCK FES'10 、6日はSAKAE SPRING にJONNYが出演、そこでサポートして頂く2名のサポートドラマー氏との鍛錬を夜な夜な繰り広げているのだ。

ドラマーというのは、つくづく美しい業種だと思う。「ドラマーはボクサーでありダンサーなのだ」と形容したのはトニー・レヴィン氏だったか。間違っていないと思う。特定のドラマー(不完全:神田君/パイプカット~:駒田君/JONNY:野々垣君)以外と演奏する機会が久しぶりだったので新鮮な思いに駆られると同時に、ドラマーが須らく有するあの美しさを再認識したのであった。


で、練習後はサポートドラマー氏も交えて2月にオープンしたというつけ麺屋「わっぜ」へ。

ここに行きたいがためにメンバーに夕方頃メールして、事前に予定を取り付けておいたのだ。もうテンション上がる上がる。喜び勇んで入店。

営業時間が夜中の3時まで、と夜型のバンドマンには嬉しい時間帯である。看板や諸々の印象から所謂「背油ガツン!な極太麺」の印象を受けるかもしれないが、さにあらず。食べ易い味であり、麺の物量以外で胃に負荷がかかる事はまずないだろう。ちなみに中盛、大盛ともに値段は据置で750円なのも嬉しい。個人的にはつけ麺の最も気がかりな点、つけ汁の温度もIHヒーターがカウンター上に置いてある事でクリアー。これは嬉しい。

しかし背油で極太麺、と謳われるとどうしても二郎みたいなのを連想してしまうなあ。月に一度程度しか食べられないからだろうか、渇望してしまう。伏見のラーメン大はそこまで良い印象もないしなあ。決して不味くはないのだけれど。

とまれ、胃袋に茹で上げ750グラムの麺を叩き込んで満足満足。つけ汁が残らなかったのでおじやは食べられなかった。

僕にとって一番の魅力が「夜中の3時までああいうつけ麺が食べられる」と、営業時間である事はどうなのだろうと思ってしまうけれども、是非続いて欲しいお店だ。あそこは昔から店がコロコロ変わるからなあ。


ワンマンを映像で振り返って反省会。

そして先日からライブ会場で販売が始まったツアーDVDを皆で視聴する。ワンマン当日から販売が開始され、手元に残っていなかったので実質観るのは初めてである。映像の中では骨折前の僕が、楽しそうにベース演奏をしていた。オフショットがほとんど下ネタで盛り上がっているって、本当に下衆なバンドである。

唯一名前のテロップが出てきたのが太平洋不知火楽団の大内君であったのは、ここだけの話だ。



続・我が逃走
新宿JAMの楽屋での一コマ。
佐藤さんがどれだけ大内君に執拗に絡んでいたかがよくわかる映像となっている。


最後のダイジェストで、野々垣君も交えて皆で演奏したり移動したり談笑したり、そんな映像に少しだけ、ほんの少しだけグッときたのもここだけの話。

良い映像作品なので是非ライブ会場で!マストバイ!

所謂『アメコミ・ヒーロー』的な映画を3作観た。

最近は暇を見つけては意図的に「話題作」だったり所謂「ハリウッド大作」を観るようにしている。

神経に深く沈みこんでくるような作品や、色々と考えさせられたりする作品よりかは頭空っぽで観れる映画を欲している時期なのだろう。

スカッとしたい。今映画に求めているモノというのはその言葉に尽きる。

というわけで最近観た映画について、ざっくばらんに記録。



続・我が逃走

『アイアンマン』

続編公開間近の話題作。

アイアンマンというアメコミ・ヒーローに大した思い入れはないけれど(昔カプコンの格闘ゲームで使用したくらい)、予告編やらその後の口コミで面白いらしいとは聞いていたのでそれなりに楽しみにして観始めた。

で、結果、この映画面白い。

武器商人だった主人公が命の危険に瀕して自分の行いを悔い、世界平和を意識するようになるっていうのは深読みしようと思えば簡単に出来るけれども、この映画は能天気に楽しんでいいんじゃないかなと思う。

「スゲー!」「うわあ!」「格好良い!」こんな言葉を口にしながらお菓子をボリボリ食べて一人で観るのが良いのでは。笑えるシーンも結構あったし、主演のロバート・ダウニーJr.も好演している。映画公開前はキャスティングに不満を漏らした往年のアメコミ・ファンも公開後には拍手喝采だったそうで。

適度にコミカルで、そしてアメリカンな主人公像をうまく体現していると思った。敵役のジェフ・ブリッジスはこれ言われなかったら気付かなかったんじゃないかな。『ザ・コンデンター』でも観れた一見爽やかだけれども含みのある笑顔がうまくキャラクターに活きている。ヒロインのグウィネス・パルトロウはこんなに綺麗だっけ?ってくらい綺麗でビックリした。あの人の存在感って適度に抑制が効いていてそこが良いと思うのだけれども、しゃしゃり出過ぎずに程良いヒロイン感。人によってはヒロイン、と認識しないくらいがこの作品には丁度良いのでは。

続編も気になるなあ。



続・我が逃走

『インクレディブル・ハルク』

上記の『アイアンマン』とプロジェクト的に関わりがある(最終的に各主人公が集結する映画が製作されるそうだ)という事で視聴。数年前に映画化されたらしいハルクだけれども、本作は一応それとは設定をリセットしているようで続編というわけではないそうだ。

まずは主人公を演じたエドワート・ノートン。個人的にはこういう映画で苦悩するノートンよりもっとダークでシニカルな映画で苦悩するノートンの方が好きだ。あのひょろひょろしたノートンが怒りに駆られると緑色の巨人に、っていうのを狙ったのだろうけれども。

もうノートンよりもリヴ・タイラーよりもティム・ロスが良い意味で気になって仕方なかった。あの人って危なそうな顔すると本当にアブナイ感じになって良いね。

けれどもなあ、何だか『アイアンマン』と比べると若干劣ってしまうなあ。所謂派手さに欠ける。多分それって映画云々以前にハルクを僕があまり好きではないだけなんだけれども。



続・我が逃走

『ハンコック』

ウィル・スミス主演の「駄目なヒーローが皆に愛されるヒーローになるように頑張って、そしてそれから」な映画。

かるーーいノリで始まって気付いたら引き込まれている導入、お見事。

この人ってこんな複雑な表情するっけ?ってなくらい胸にくる表情を見せてくれるウィル・スミス。彼が『ヒーロー然』として群集の前に姿を現すシークエンスは笑いっぱなし。思うに製作側、アメコミ・ヒーローのうがった見方というかそういう文化を軽く茶化しているんじゃないのかな。嫌な印象は全く受けなかったけど。

ただ終盤、『相方』登場以降はあれよあれよという間に予想外の展開へ。しかも悪い意味で。

何だかひどく失速してしまったなあという印象だった。少し前に観たウィル・スミス主演の『アイ・アム・レジェンド』も失速する印象の映画だったから、誰か彼に良作を!

心機一転。

ワンマンが終わって呆けたわけじゃあないけれども、一息ついている。

6月頭は諸々のイベント出演、そしてレコ発ツアーが控えているので最後の深呼吸といった感じだ。


で、深夜にUstream配信をしていたらば(と言ってもベースを抱きかかえてダラダラ喋っていただけだけど)、海の向こうの友人がtwitterを通じて発言、その内容を直訳すると


「youtubeは君を良いベーシストにしてくれる。チュートリアルがアップロードされているからそれを観て練習するといいよ!君には可能性がある」

「・・・」


夜中の3時に海の向こうの人間に、ベースギター演奏に駄目出しをされる、の巻。

インターネットは便利だ。

JONNYワンマンを終えて

JONNY『POP STAR』レコ発ワンマンでした。

去年の秋口頃から製作作業に従事していたアルバム『POP STAR』が、いよいよ世に解き放たれる。そのお知らせがてら盛大にぶちアゲようというわけで新栄CLUB ROCK'N'ROLLを占拠した次第です。

東京からはゲストとしてthatta を招待しました。このバンド、大阪遠征で出会ったバンドです。骨折中だったので僕はその日は客席で大人しくしていたのだけれども、メンバー一同その格好良い演奏、パフォーマンスに大興奮、その日のうちにワンマンへのゲスト出演をお願いしていました。昨夜彼らを観た人ならわかると思うんだけども、素晴らしいバンドです。また一緒にやれると良いなあ。

で、ワンマンライブというのは僕が楽器を握り締めるようになって初めての経験でした。心配性なので当日まで色々と心配だったのですが、いざ開場すると本当に沢山のお客さんが天気の悪い中来て下さって。演奏以外の部分では現状こういった形でしか表現できませんが、本当に有難うございました。

ワンマンライブ初体験というのはJONNYにとってもそうであったようで、一メンバーとしてもワンマンライブに自分が臨むだなんて半年前には想像もしていませんでした。


でもね、結成当初から6年近くJONNYを支えてきたドラマー 野々垣貴彦、最後のライブだったのだよ。そりゃあワンマンくらいじゃなきゃあ不足だろうがよ。


『JONNYから野々垣貴彦、脱退』をメンバー全員で話し合って決めて、それを公式に発表して、それから大体2ヵ月半。これから先の2ヶ月半というのは長い時間に思える反面、現在進行中の、そして過去の2ヶ月半というのは想像以上に短いものです。実感のないまま昨日を迎えてしまったというのが正直なところ。僕がJONNYと知り合ってJONNYと関わるようになってそれなりに年月が過ぎましたが、それでも佐藤さん、篠田君、そして野々垣君の3人が過ごした時間には到底及ぶべくもなく。高密度な時間を過ごしたのは紛れもない事実なので寂しくないわけがありませんが、特に結成当初から一緒にやってきた佐藤さん、野々垣君の間にはどんな心境があったのか、特にそういう部分で2人がお喋りではない以上、僕では想像の範疇を出ない。打ち上げでも特にしんみり会話するでもなく、抱き合って泣くでもなく、僕から見れば普段通りっちゃ普段通りの2人だったのだけれども。

けれどもあの2人、何だかんだでお互いを評価しているのでお互いの胸の内、何かしら思う所はあるんじゃないでしょうか。僕は野々垣脱退が決まった夜の佐藤さんを知っているし、遠征帰りに野々垣君が語った佐藤さんへの感情を、いざとなったら彼なりに感情的になる篠田君を知っている。僕含め不器用な人達が集まってしまったなあと思います。あんまり色々書くのもナンですし、ひょっとしたら彼ら全然何も感じてなくて意外とあっけらかんとしてるかもしれないのでこの辺で。


今後、JONNYはサポートドラマーを迎えて当面の活動を行っていきます。6月以降はイベント事が目白押し、正直一息つく間もなく怒涛の日々を過ごす事になるでしょう。

野々垣君が脱退した事によって、バンドとして変化は生じると思います。そりゃあ4分の1が変わるのです、変わらないなんて言えません。けれども僕達は現欲求に忠実に、より良いものを目指して邁進していきます。

野々垣君も次の予定がもう入っている状態で(売れっ子だなあ、おい!)、むしろ今までより忙しくなるんじゃねえのかと僕は思っています。今後の動向をチェックしてみて下さい。


今後ともJONNY、野々垣貴彦を宜しくお願い致します。

昨夜関わった皆様方、本当に有難うございました!

SBV-500のトーン・コントロール周りをシッカリする。

ギャンギャンやかましいギター、そしてジャンジャン打ち鳴らされるシンバル類に負けないため、そして僕自身の嗜好のため、全力でベースに右手を叩きつけた際にはアタックと高域が強調された音が出るような音作りをしてきた。時には「ベースとは思えない」とか「ギターよりもきつい高域」とか言われてきたけれども、アンサンブルの中では問題なく馴染んでいる、と思う。思いたい。

YAMAHA SBVはそういった意味で実にコントロールしやすい楽器で、そこが他の楽器にはない魅力だと僕は思っているのだけれども、逆に色々と問題もあってしっとりとした曲やメロディアスな曲、静かな曲の際はそのアタックや高域が耳につく。例えばピック、指が弦をヒットする「ブリッ」とした音、他には指が弦をスライドする瞬間の「キュッ」というスライド・ノイズだ。僕もいつまでも子供ではないのでそういった場合にはフレキシブルに対応する必要があり、手元の調節プラスアルファで試みてきたのがトーン・コントロールによる高域の調整である。

YAMAHA SBVという楽器は一音一音のアタックがしっかりしているので、例えば極端な話トーンを絞りきってしまっても「使える音」になる。実際今まで幾度かそういった音で演奏してきた瞬間もあって、それはそれでオツな音になるので重宝している。で、効きがわかりやすい楽器でもあるのでトーン・コントロールを積極的にいじるようにしているのだけれどもJONNYのワンマンに向けて色々な曲を演奏していると、トーン・コントロールについつい手が伸びるようになった。

ただSBVシリーズのノブというのは今どれだけボリュームが出ているのか/トーンが開いているのかわかりづらい見た目になっておりあまり実用的ではない。なのでボリュームは兎も角(ライブ中はフルにしている事がほとんどなので)トーン・コントロールはどうにかせにゃあとサーフグリーンのSBV-550には所謂『チキンヘッド』型のノブをつけるようにしていた。

この類のノブは楽器メーカーから買うと数千円するけれども、電子部品屋で買えば150円程度で買えてしまう。

それだけの出費でトーン・コントロールに対するストレスが軽減されるなら、とJONNYで使っているSBV-500にもノブをつける事にした。早起きして大須の電気街へくり出す。

で買ってきたのがこれ。


続・我が逃走


チキンヘッドのノブと、目盛り板。

目盛り板は偶然見かけて見た目が気に入ってしまい「つけてみるか」と購入。写真のものよりもう一回り大きなサイズのノブ、目盛り板も買ってきたのだけれどもちょっと大き過ぎたようなので今回はこれで対応する。



続・我が逃走


つけてみました。

両面テープを貼り付けた目盛り板をピックガードに固定、その上からナットで締め込むとガッチリ固定された。

見た目にもわかりやすいし、これ可愛くていいぞ。

トーンを絞ってやると、ガッキガキでブッリブリの音が少し大人っぽくなる。普段は歪んでる、と言われる音も歪んで聴こえなくなるから面白いね。


「俺だって大人の音、出せるんだぜ」ってフリをする時にトーン・コントロールは有効であるなあ。


自分なりの楽器調整方法を記録してみる。

自分でやってみよう、と思いたちトラスロッドを回した21歳の夏から幾年も月日が流れた。

年月を経て、それなりに色々なベースを手にしてはSBVに戻り、というサイクルを繰り返してきたけれどもここいらで自分なりの『楽器調整の方法』を記録しておこうと思う。

迷ったらここに戻ってくれば良いし、経験を言語化して知識に変換するのは悪い事ではないと思う。



・4弦の弦高は12フレットで2mm。ここを機軸とするため、4弦の弦高は金物差しを用いて正確に調整する事。

・他弦の高さは4弦のアタックの質感、低域の出方とバランスをとるように設定する。

・そうなると経験上では2、3弦のブリッジサドルが指板のアールにあわせて若干、気持ち4弦より高くなるようである。

・サウンド面で4弦とのバランスをとるように、と書いたが、これはあくまでバンドアンサンブルの中で考える事。ベース単体ではバランスがとれているようでもギター、ドラムと混ざった場合聴感上、そして演奏している感覚的に違和感を感じる場合がある。例えば他弦に比べて2弦だけ音が抜けてこない、アタックばかりバキバキいっていて低域にパワー不足を感じる場合がある。そういった場合は2弦の弦高を若干あげてやると良い。この場合の若干、というのはブリッジサドルを高低ネジを1/8回程度で妥当である。逆に低域がボワついてアタックが出てこない場合、少しだけ弦高を落としてやると良い。これらの処置は見た目にはほぼ変化を生じない調整であるが、サウンド面には大きな変化をもたらす。故に理想的なのは『ベース単体でのバランス調整』をある程度ざっくばらんに追い込んだ後(ネック調整はこの段階でやっておく事)、アンサンブルの中でのバランスを検討し、微調整に入るという流れになる。バンド練習のスタジオに六角レンチを持ち込んでネジを回す場合、重要なのは「やり過ぎない事」である。本当に微妙なサドルの高低だけで音質に変化が生じるためである。一曲終わってメンバーが小話をしている場合は笑って参加しながらちょちょいと回し、演奏について重要な話をしている場合は神妙な顔をしてネジを回すのが吉。

・ピックアップの高さも同じく、ちゃんとアンサンブルの中で各弦毎の音量を確認しつつ調整する事。

・力一杯ピッキングした際に、アタックがガキガキ出るくらいが丁度良い。ソフトタッチの場合はまろやかな音も出るように調整しておく事。

・ブリッジサドルの高低ネジは、短いものに交換しておく事。経験上、僕の愛するセットアップでは初期状態で使われているネジでは弦高調整後、サドルの上にネジが飛び出して興奮してピッキングする際に右手側面を削られる。右手から流血したくなければここは自分の身の安全のためにも出費を惜しまない事。

・半音下げの楽器の場合、最も手軽かつ低コストで行えるテンション確保の方法は「弦のゲージを太くする事」である。レギュラーチューニングで.045-.105の弦を使用している場合、半音下げでは.050-.110のヘヴィゲージ弦を使用する事でピッキングの際の右手の違和感を解消出来る。サウンド的にも適度なハリが得られる。

・上記の調整を施した上で、万全の状態となったならばあとは細かい事は気にせずにガシガシ弾く事。長年使い込んでいく事で楽器に「お前はこういう風に鳴る楽器なんだよ」と教えてやる事が重要である。



改めて書いてみると、つくづく一般的ではない調整方法だ・・・!

真似して(しないと思うけど)楽器のバランスがグッチャグチャになっても僕は責任持てません。ただ上記の方法を僕が僕のベースに施す事でストレスなく演奏、レコーディング、そしてバンド活動が続けていられるのは紛れもない事実。

今日も僕はベースアンプから聴こえる自分のサウンドに酔いしれて演奏しています。

優雅な夜。

不完全密室殺人にもパーカッショニストとして参加してくれた半田君から召集がかかり、山田君と3人で半田君お薦めのお洒落なカフェでお茶をしばいた。や、お茶をしたって言えばいいのにそんな洒落てるっぽい行為を僕が口にして(ブログであって、文章だけどね。指にしてっていうべきか)いいのかと不安になったので表現をぼかしてみた。まあ要するにその場にそぐわない二人が慣れた雰囲気の半田君に引率されてカフェに入っていったってわけ。


コーヒーとかよりジュースが好きなお子様志向の下なので、バナナシェイクを頼む。こういう所のバナナシェイクはきっと旨いぞ、期待も高まる。しばらく待つと、ウェイター氏が半田君の頼んだドリンクと一緒に僕のバナナシェイクを運んできた。

お?ちょっと想像以上にドロッとしているねえ。あ、ここ固まってるのか・・・どれどれ。

ずずっ。

旨いじゃあないか。甘さ控えめで、ちゃんとバナナの風味が活かされている。変に甘過ぎず、それでいてちゃんと果物の甘さがするところがポイントだな。うん、これならケーキとかと一緒に注文してもくどくはならないな。やはりこういうカフェではその辺りのバランスもちゃんと考えているのだろうか・・・。

それにしても、どこまでいってもバナナだな、こりゃ。

まあ、結局、都合2杯のバナナシェイクを胃袋に収めたわけである。


あと、半田君と一緒にDSでポケモンを始めた。そこそこ強くなったら皆、対戦してください。

ツアー明けの過ごし方。

ツアー明けというのは気持ちがささくれだっている。理由は簡単。その1「蓄積された疲労」、その2「臨戦体勢なままの精神状態」、その3「楽しかった昨日までと比べて日常へ還る事への虚しさ」。

そりゃあ意味もなく苛々もするよ!人に醜悪な姿を晒すのはナンなので、練習後は大人しく家に帰宅。

時計を見ると午前3時過ぎ。肉体は疲れているものの、このままフテ寝するのも何なのでツアー前夜に発掘したゲームボーイ・カラーをスイッチオン。


今回今や懐かしの『ポケットモンスター 赤』をやるにあたって自分に課したルールが一つ。

「無駄にポケモンを乱獲しない」。

現在、3時間近くプレイしているのだけれども僕の手持ちのポケモンは最初にオーキド博士(僕が思うに、若い頃はそれなりにブイブイやっていたと思われるポケモン研究家。突然自分の夢を子供に託すマッドサイエンティスト)から貰った「ヒトカゲ」と、森を歩いていたら突然飛び出してきたピカチュウ(アニメでも主役級の扱いで、ついつい捕獲してしまったのだ)と、釣り人のおじさんに話しかけたら「500円で買わない?」と言われてホイホイ買った「コイキング」の3匹のみ。ヒトカゲは進化し、名を「リザード」に改め、その姿も若干凶悪なものになった。ピカチュウも無邪気な顔して電気袋とかいう物騒な袋からガンガン放電、目の前に立つ敵を屠っている。

ただな、コイキング、てめーは駄目だ。


コイキング、こいつに出来るのは「はねる」のみ。しかも「はね」たところで何も起きやしないのだ。リザードが倒れ、ピカチュウが倒れ、こいつだけが残ったとしても何も出来ない。相打ちすら出来ないのだ。殺されるのを待つばかり。それでも頑張ってレベル15まであげた。「たいあたり」を覚えた。喜び勇んで使ってみる。・・・・弱い!

圧倒的な弱さだ。涙が出るくらい弱い。これじゃあ戦力にならないよ!


じゃあ何故性懲りもなくコイキングを育てているのかと問われれば、ゲーム経験者ならご存知であろう、この「コイキング」、育てていくと「ギャラドス」という凶悪で強いポケモンに進化するのである。涙を飲んだ日々は終わり、一気に戦力になってくれるのだ。中国の伝説を具体化したようなポケモンである。


というわけでコイキングを必死で育てていたら朝陽が昇っていた。

気持ちもクサクサするというか、ゲームボーイの小さい筐体を握り締め画面を見つめていたので、何だかひどく疲れてしまった。良い気晴らしにはなったんじゃあないかな。

東京二日間の記録。

東京より帰還。

気合と情熱のこの数日間を、駆け足で振り返ってみよう。



14日(金)

アルバイト労働を終えて、帰宅。

食事後、『ガープの世界』をベッドに横になって読み始めるも、気がつくと寝てしまっていた。いっけねえ、体の弱い俺がこんなんしてたら風邪ひくわい、とそのままお風呂にドボン。体を清めた後は何やらかんやらして、就寝。

するつもりがなかなか眠れず。部屋の灯りをつけて、PCに向かい合う。偶然見つけたYAMAHA LMアーティストリレーション担当者様のブログを拝読していたらこの企業への愛情に自分の胸の中が一杯になっている事に気がついた。

結果、遠征にはSBV-500一本しか持って行かず。すまぬ、Greco SGベース。



15日(土)

東京に前ノリしている篠田メンバー、紙コップスでライブがあるため今回の遠征は不参加の各務サポートメンバー以外の3名、野々垣メンバーの運転にて東京へ向かう。

車酔いするため車内では大人しく横になる他ない佐藤メンバー。東京まで約5時間。僕と野々垣貴彦、漢の闘いが始まった。車に乗ると眠くなるので、予め前夜にゲームボーイ・カラーと『ポケットモンスター 赤』を用意、眠気覚ましに冒険に興じる。中学生時代の遺産が思わぬ形で活躍し、意識が落ちる事なく東京へ。

渋谷は道玄坂にあるSPACE SHOWER TV THE DINER に出演(一夜に3ステージ)するのである。

HPを覗いて頂ければわかると思うが、ここはライブハウスというよりかはビュッフェ形式のレストラン。シェフが腕によりをかけた料理が振舞われ(僕も演奏へのプレッシャーと闘いながらつまんだけれども、ローストビーフとかビーフシチューとか絶品過ぎた。高級レストランだね、こりゃ)、設置されたステージでアーティスト、バンドが演奏するというもの。会場入りするなりお大臣のような待遇、もてなしっぷりに驚愕する。


続・我が逃走
会場はこんな様子。
広い!天井が高い!

続・我が逃走
SSTV THE DINERのステージの様子。
ドラムセットが相当良いものだったようで野々垣メンバーが興奮していた。

で、レストランという事で爆音、重低音、食事の妨げになるようなライブはNG。我々も大人しめの曲調を選んで一度目の演奏に臨んだのだけれども、新鮮かつかしこまった雰囲気に探りを入れるような演奏をしてしまった。

お店のスタッフ氏、そして関係者様各位とお話した結果、もう少しいつも通りにやってみようという事で二度目はリラックスしきって演奏した。僕も当初の「アダルトな部分をお見せしようじゃないか」という気持ちから「もういつも通りやってやんぞおるぅあああああ」という気持ちに切り替わり、とにかく気迫を込めた演奏をするよう心がけた。

あれだね、拍手、歓声の量が圧倒的に違った。やれば通じるもんだ、というのを再確認した一夜。

会場を出た後、機材車に向かう途中cuol のリズム隊のお二方に出会った。東京ではこんな偶然も在り得るから面白い。

千葉の我々がいつもお世話になっている方の所に、相変わらず転がり込んでここでも好待遇で迎え入れて頂く。僕達バンドマンって、結局こういうのって誠意とか気迫とかで返していくしかないのだろうけれども、僕達が受けた恩の半分でも返せているのかたまに心配になるな。それくらい周りの方々が親切、良い方達過ぎる。

本当に有難うございます。



16日(日)

起床。

爽やかな目覚めである。

前夜の酒も残っていないし、疲れも癒えた。首が痛いけれどもこれくらいなら気迫で大丈夫。よし、まだまだ戦える。

身繕いをし、ご挨拶を済ませ、そして新宿MARZへ。この日は在日外国人向けのフリーペーパー『メトロポリス 』のイベント。楽しくないわけがない。オープン直後から沢山のお客さんがフロアに。階上からフロアを見下ろして、まずは一言「国際交流の夜だ」。おっと新宿といっては忘れてはいけない、個人的に大好きなBURGER KINGにも勿論行った。東京で日々の生活を送る方々からすればあれは普通のファーストフードかもわからんがね、名古屋にはないんだよ、あれ。

で、2週間ぶりにBURGER KINGを堪能したというのにライブ前には案の定、いつも通り極度の緊張に。毎度お馴染みとはいえども、「今日はちゃんとやれるのか」「もう駄目だ」とナーバスになる。演奏前と演奏後では演奏後の方が無心で共演者の方々のライブを楽しめるし、お酒も食事も楽しんだり出来る。演奏前はバイオリズムによってはメンバーとのじゃれあいも受け付けない瞬間があったりするし、コミュニケーション能力含め人間としての機能が一時的に低下している気分だ。

で、フロアの片隅で腰を下ろして緊張と戦っていたら心配して下さったのか近くに立ってらっしゃった外国人の方が声をかけてくださった。


「ヨガデスカ?」

「ノーノー、アイムナーバスナウ。ビコーズアイウィルプレイ、ネクストバンド」

「oh,really?キンチョウ!」

「うんうん、緊張」


有難う、ちょっと緊張がほぐれました。

で、ライブ。いざステージに立つとスイッチが入ったように緊張がとれるから不思議だ。

この日の演奏を以ってして、東京でJONNYのメンバーとして野々垣貴彦が演奏するのは最後。しゃにむに演奏して華を添えようじゃあないか。気後れする必要があるものか。演奏しながらフロアを見回す。笑顔の日本人、笑顔の海の向こうの「友人達」!ああそうだ、これだこの風景だ。我々は毎回のライブ、毎回の演奏でこの風景を欲してやっているのだ。自分の表現欲求が満たされ、衝動を具現化するのか基本的に大前提。なればそれが人の心を打ち鳴らす瞬間というのが見たくて人前に姿を晒すのだ。

最後の曲、たまらずフロアに突っ込む。沢山の方がベースを殴りに来て下さる。最高じゃないか。

何だか、色々と結実した夜だった。終演後、メンバーが「Amazing!」とか「Nice Drum!」とか言われている中「Funny!」と言われていたのは何とも僕らしいオチだし(それでも渋いおじさんが一言「Good job」って肩を叩いてくれたんだぜ。シビレるわ)、それに悉く日本語で「うん、うん!有難う!サンキュー!」くらいしか返せない僕の横で佐藤さんがそれはそれは流暢な英語で会話していたのも端から見たらシュールだったろうけれども。

兎に角。

良い夜だった。

限られた時間の中、二郎でつけ麺食えたしね(入店から退店まで10分程度。本当に運が良かった)



こうやって駆け足で振り返ってみたけれども、ライブ中に色々と音を立ててバンドが構築されていく瞬間みたいなのが見え隠れして、ワンマン前にこれは面白い事になってきたわい、と思う。

23日、新栄CLUB ROCK'N'ROLL、JONNYワンマンやります。皆様、是非お越し下さい。目にモノ見せてくれるから。

情熱と熱量を交えて狭い視野ながらに、等身大で“現代の音楽発信”について考える。

インターネットがここまで普及し、市民権を得、我々人類の生活に食い込んできた現在の状況で「音楽配信サイト」が大きな存在になってくるのは当然の事といえば当然の事である。

10年前にその状況を予見した音楽家もいたけれども、その話を聞いた当時では絵空事だった「データで音楽を享受する」状況がまさかここまでリアルになってくるとは思いもしなかった。

様々な発明、発展が少しずつ緩やかに変化を生じさせ、ここにきてそれらが一挙に結実した感がある。物凄く噛み砕いて言ってしまえばiPodの爆発的な普及(他メーカーのデジタルオーディオプレイヤーが霞む程だ)、それを後押しするようなiPhoneの普及、そして何より「音楽家、クリエイターの独立心」がそれを推進しているのではないか、とも思うのだ。


或る偉大なる先人とお話する機会を持ったのだけれども、その方というのは僕が無邪気に野山を駆け巡っていた頃から音楽で飯を食い、音楽で世界に飛び出した方で今尚第一線で斬新な表現をなさっている方なのだけれども(今まで数多くの先達、斬新な表現者、所謂"有名人”な人、様々な方と共演する機会を得たけれどもその方の存在は忘れ難い)、その方は僕に、僕達に実にゆっくりと丁寧に、そして誠実な眼差しで今の「音楽流通システム」が崩壊する様について話してくれたのだ。今の音楽流通のシステムの崩壊、それは必ず近い将来に起き得るし、もう始まっている、と。

音楽業界にぶら下がっている「発信者」以外の人間が余りに多過ぎる、という憤り。現場を知らず、数字で判断し、そしてシステムの中に組み込まれている故にそれだけでお金が入ってくる人間。そういう発信者、製作者にとって必要ない人間が享受する故にクリエイターにバックされるものが余りに少ない。そしてそれは理不尽だ。

そして発信者と受け手の間の壁(何の気なしに手に取られる一枚のCD、それが僕の手に届くまでの間には実に様々な手順をおって製作、生産、流通されているのだ)を取っ払う事で極論、「a○exアーティストと中学生」が表現者として同じ土俵で競い合う状況が生まれ得る。

その方がお話してくれた内容を噛み砕いて表現するとこんな感じになるのだけれども、所謂「D.I.Y」の精神に憧れを感じる僕はバンドが自活してやっていく、しかも世界を相手に発信する事が出来るその状況を想像するだに、興奮してしまったのであった。


どんどん「クリエイターの」「クリエイターによる」「クリエイターのための」音楽配信サイトが、そしてそのシステムが確立されてきているのを感じる。自活してやっていかねばならない、そうしていきたいと感じるアーティスト、バンド、レーベルはそれらを使ったり、極々限られた一部の話だけれどもそういったシステムを構築したりして「音楽」を「データ」で配信する事に意欲的なようである。

勿論あの第一線で活躍される音楽家のお話は間違いではないだろうし、そんな状況がいつになるかはわからないけれども来る、来得るというのは僕でも想像出来る。僕自身、自分達の表現をスムーズに発信出来るならばそれはそうしたいし、そうするべきだと思う。事実、僕の関わるバンドの幾つかはそういった方面で発信する事がメインになってくるだろう。具体的に動こうとも思っている。


けれども同時に、僕はほんの少しの後ろ暗さを感じてしまう。クリエイターが出来立ての作品を全世界に向けて発信し、それを待ち望んでいた人間達がそれを出来立てで受け取り、クリエイターは正当なる対価を受け取る。

それは本当に素晴らしい事だし、まがりなりにもお金を頂いてステージに立つ、お金を頂いて自分達の作品を売っている人間からすれば素晴らしい事なのだけれども、僕はクリエイターの作品を、受け手に届けるために、その事に全精力を傾けている人間達を知っている。その方々は素晴らしいバンドはいないか、面白い、まだ世に出ていない素晴らしいバンドはいないか、と「自らの感性」を研ぎ澄ませてライブハウスに足を運び、そして気難しい事この上ないバンドマンに話しかけ、信頼関係を確立する。或いは自分が自信を持って人に薦めれるバンド、そのバンドの音源を一人でも多くの人間に聴かせたいと東西南北、昼夜を問わずに駆け巡る人間もいる。自分が好きで好きでたまらない、そんなバンドを一リスナーとして人に薦めたいがために全精力を傾けて、情熱をガソリン替わりに意欲的に動く人間もいるのだ。彼らはシステムに胡坐をかくわけでもなく、情熱、そして行動力でいったら凡百のバンドマン以上で、そして何よりバンドマンを愛し、応援している。

僕はそんな人間、人間達を知っている。そしてCD一枚の重み、その製作に携わった人間がどれだけ労力を注ぎ込んだのか、どんな思いでその一枚を世に送り出したのかも想像してしまう。


前述の、僕に新しい音楽配信の形を教えてくれた音楽家がそういう人間の存在を知らないとも思わないし、CD一枚の「作品としての重み」、それをわかっていないとは決して思わない。その方にも、その方のそういう人間がいるだろうし、そういう人間の事は考えていると思うし作品に思い入れもあるだろう。その方が言った「クリエイター」の中には、チームとして或いはそういう人間も含まれるのかもしれないし、データ上でも作品としてこだわりを打ち出すプランがきっとあるのだろう。

けれども今後、音楽配信がある環境では確立された音楽発信の一手段として確立されようとも、僕はそういう人間がいる事を知らない人間、CD一枚の重みを知らない人間が本当の意味での「自力で発信」の重要性を知っている、そしてその意味を知っているとは決して思えない。この文章を十年後に読み返されて「時代錯誤だ」「先見の明がない」と笑われようとも構わない。


僕は音楽配信、データのやり取りとても作品の内外問わず、願わくばそれが手元に届く過程でさえ人肌の通った、血肉と温度の感じれるものでありたいと思っている。そうじゃなければクリエイターが発信する意味なんてないんじゃないかとも思っています。

天狗神社へ再挑戦

「で、実際どうなんですか?」

「うーん、集団入水自殺とか色々噂は聞くけれど、実際のところ真相はわからないんですよね」

「成る程。前はどこまで行かれたんでしたっけ?」

「途中で門が幾つかあるんですがね、施設みたいな所の門、確か3つ目くらいかな、そこで断念しました」

「上から人が降りてきたんでしたっけ」

「そうですそうです、足音が真っ暗な山道の上の方からジャリッ・・・ジャリッ・・・って。慌てて逃げましたよ」



吉田ヒズム氏(パイプカットマミヰズ)の運転する車の中には、ハンドルを握る吉田氏、ギバ氏(the enhance)、キャシャーン君(カイテイサカナタクサン)、そして僕の4人が乗っていた。犬山へ向かう道すがら、目的地にまつわる情報交換やそれまでの『戦歴』を話して時間を潰す。相応の距離はあるものの、ゆっくりお話する機会が今までなかったギバ氏との良いコミュニケーションの時間になった。

僕達は天狗神社に向かっていた。2年前の夏、大学時代に籍を置いていたサークルの現役生達と赴き、「逃げ帰った 」いわくつきの場所である。あれ以来訪れる機会はなかった。いや、前まで行った事はあった。しかし山道に入り、あの門の前まで立つ事はしなかった。出来なかった。

天狗神社へ、二度目の挑戦である。


一時間後、鬱蒼と生い茂る草木、そして夜の帳の向こう側から聞こえてくる鳥や虫の鳴き声、風に揺らされた葉がたてる音を聞きながら、毎回「こういう場所」を訪れる際に感じる事を感じていた。

すなわち「何で来たのだろう」。

PCのモニター越しに幾ら現場の写真を見ても、幾ら経験者のレポートを読んでも伝わって来ない、圧倒的に生々しい感覚がある。良い音楽や旨い料理、美しい景色の実際が想像を超えたというような経験ならどれだけでも大歓迎だが、ああいった場所の想像以上の空恐ろしさは御免である。

吉田君のかざす懐中電灯(余談だが彼の車にはこういう場合のため、常に警察が使うようなゴツい懐中電灯が用意してある)の灯りを、灯りだけを見つめるようにしながら歩を進める。後ろを振り返ったりしようものなら気色悪さが倍増するのは目に見えている。

隣を歩くキャシャーン君に軽口を叩いて、気を紛らわす。とんだ臆病者だ。の癖にああいう場所が好きなのだから始末が悪い。きっとまた行くのだろう。


しかしその浮ついた恐怖心も、山頂付近で氷解した。ふと何の気なしに振り返ると、そこには山間から街の灯が見える絶景が広がっていたのだ。気がつけば、随分と高いところまで登っていたらしい。どうりで足に疲労がたまっているはずだ。砂利だらけの山道、しかも雨が降った後でぬかるんでいる所を前方に注意を払いながらソロソロと登ってきたのだ。疲れないはずがない。

しかし眼前に広がる光景で、すっかり心が現れた。何だか先程まで感じていた、『恐怖』への欲望、そして浮ついた恐怖心が申し訳なくなった。


「これは、心が洗われる」

「・・・・」


皆、その光景に心を奪われたのか、それともその場の厳かな空気に身を委ねているのか口数が減っていた。

アヴァンギャルドな吉田君でさえ、神妙な表情をしている。どうやら皆、同じ感想を抱いた様子だった。

天狗神社には、心霊スポットらしい要素なんてありはしなかったのだ。


ただただ、一礼して山を降りたものである。


SGベース改造

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JONNYのスタジオに最近ひょんな事から入手したGreco SGベースを持ち込んでみた所、物凄く良かった。
中低域にガッツのある音で、その音の存在感もさることながらブリッジのミュート機構を使う事によってまさに狙った通りの「なんちゃってポール・マッカートニー」風の音(ヘフナーのヴァイオリンベース風のサスティーンのないポコポコした音)も出るのが素敵。

調べてみた所、どうやら70年代に製造された楽器のようなのだけどその貫禄ある見た目、音はメンバーにも褒められて顔がほころぶのを抑えるのに苦労したわい。
購入時に死んでいたフロント・ピックアップは、色々試した結果どうやらコイルが断線しているようなのでとりあえず外してしまった。よってリア・ピックアップのみで出力している。が、これで十分。タイトでパワフルな音。

というわけでフレットを磨いて電装系を総交換。ワン・ボリュームのワン・トーンという回路になった。使わないスイッチやツマミも見た目を損なわないようにダミーで残しておいた。フロント・ピックアップもカバーだけ残っているので、一見購入時から変化はない。けれどもすっかり生まれ変わったぜ!

しばらくJONNYのスタジオやライブに、SBVと共に連れて行こうと思う。



追記:調べてみるとこのモデル、EB-650というモデルの様子。本文中に書き忘れたけど(ほぼ)ロングスケール故、半音下げにしても実用に耐える。つくづく良い買い物をしたと思う。

お知らせ

東海地区を中心にライブハウス、TOWER RECORDで配布されているフリーペーパー「2YOU MAGAZINE」最新号にJONNYのインタビューが掲載されています。

6月2日発売のニューアルバム「POP STAR」に関して、バンドの現在形について放しています。

ちなみにこちらで完全版が読めるので是非チェックを!


ちなみに、不完全密室殺人も紹介して頂いております。

アルバム「バールのようなもの」のディスクレビューが掲載されています。

こういう公の紙面に載るの、久々だぜ!

ベースとの体の触れ合い。

昨夜はパイプカットマミヰズでスタジオ入り。日付が変わる瞬間から明け方5時までのミッチリ鍛錬コース。


自首企画、そして遠征後では初のスタジオという事で怒涛の4日間で得た反省をフィードバックすべく練習に励む。アスリートのような気持ちで(この場合アスリートのような、というのはアスリートであった事がない僕が言うのは厳密に言えば正解ではない。アスリートの感覚というのはあくまで想像の範疇を出ないけれども)クリック練習に勤しむ。ミキサーから出力される正確無比なクリック音は、バンドとしての演奏精度の粗を浮き彫りにしてくれる。勿論音楽表現に於いてただただ正確な事ばかりが良い事だとは思えないけれども、少なくともパイプカットマミヰズに於いては正確さに裏打ちされるタイトさというのが表現の上で不可欠になる瞬間が相応に存在する。

クリックという『共通認識』を鳴らしておく事で一定のテンポで刻む事、そしてお互いの出音の立ち上がりのムラが解消される事になれば良いと思う。

そして快感を感じる事にのみ集中していた演奏に於いて、お互いの音を聴くようになった事だけでも昨夜はハッキリと効果が感じられた。スタジオでの鍛錬で染み付いた習慣は、ライブの現場で衝動的になった際にも表出するはずで、少なくともパイプカットマミヰズではそれぐらいのニュアンスでクリック練習に取り組むべきだと思った。


昨夜はベースギター演奏についても色々と発見があった夜であった。

ツアー中に気付いた「ストラップの長さが演奏性に及ぼす影響」について一人色々と検証していたのだけれども、精神衛生的な問題もあるのだろうけれども影響はありそうだ。「ベースギターが肉体に触れる表面積によって低音域の鳴り方が変わる。それは肉体がベースギターのボディ振動に共振するからである」という未だに検証されていないが、実際なくはなさそうなそんな『信仰』、その影響を感じてしまったし、何よりそれによって影響を受けるのはアウトプットされる音だけではなく、出音を聴きながら演奏する演奏者本人である。低音域の出方やアタックの出方を耳で聴きながら、或いは体で感じながら手元でそれらを調整しながら演奏するベース奏者にとって、それは想像以上の影響を受ける。実に興味深く、ストラップの長さを調整しながら演奏した。

音に影響を及ぼす要因として、これは影響が一般的にも認識されているし多くの同好の士は共感を感じると思うのだが、僕が昨夜より一層その影響への認識を強めたのはピックの材質、厚さによる音の変化、である。

同じ厚さでもピックの材質が違う事によって低音域、そしてアタックの出方が顕著に異なる。指弾きに於いても指一本で弦をヒットするのか、そしてその一本は中指なのか人差し指なのか薬指なのか親指なのか、はたまた指二本で弦をヒットするのかで音が違う。弦を振動させる方法、媒体が違えばサウンドに変化が生じるのは当然なれども、昨夜の全く異なるイコライジングが施されたのかと思わせる程の出音の変化には目が覚めるような思いがした。

楽器本体を交換するのは、様々なサウンドをアウトプットする上で最も手っ取り早い方法なれども、楽器を限定してピックや演奏スタイルで差を出すのも面白い。こうして言葉にすると基本的な、一般論でさえある考え方だけれども、実体験として経験するとこれはいよいよもってしてその言葉に対して自覚的になる。


で、さんざんっぱらそんな真面目にベースギターに取り組んだ後は、ご褒美としてスタジオでレンタルしているWEEDのエフェクター(BOSS BD-2のベース用モディファイ)を用いて演奏。原音の発展形としての歪み、そしてその歪み方、実に良し。プラグインして数分後にはご満悦。


昨夜感じた事を、そのまま今後の演奏に反映、瞬間瞬間によって使い分けていけるといいと思う。

箇条書き。

・食事をしつつリドリー・スコット監督作品「ブレードランナー」を視聴する。唐揚とポテトフライを胃袋に収めてからは寝そべって観ていたのだけれども、それがいけなかったらしい。雨が降りしきるダークな色調の街の光景にまどろみ、気がつくと眠ってしまっていた。決して眠くなるような作品ではないと思うのだけども、如何せんこちら側のシチュエーションが悪過ぎた。観直さなければなあ。


・上映中の映画を観ながら寝てしまった言い訳ではないけれど、手術以降睡眠時間が急増。やはり回復には体力を要するようで、食事量及び睡眠量が手術前のそれと比べると結構な割合で増加している感がある。治れ治れ僕の体。早く治って強くなれ。


・消毒がてら、手術以来一度も解いていなかった包帯、ガーゼを外してみる。・・・目を疑った。グロい。手前の体ながら、結構パンチのある絵面になっていたと思う。


・ブログ、mixi、twitter、そしてUstreamを使い分けているのだけれども、近頃はインターネットとアーティスト(こういう表現は照れ臭い以上に違和感を感じる。単に情報発信者、としようか)の関わり方について色々と考える。ただただ良い音楽をやっていれば人に認められていく、というのはもうすでに通用しなくなっているのかもしれない。しかして僕がライブハウスに出演するようになった段階で、そんなサクセスストーリーは『古の文化遺産』に成り下がっていたわけで、では結局どうすりゃいいのか考えてみると、結局こちらから発信していくしかないわけだし、発信していくのが最も早く、そして効率が良い。消費者側も、そして消費者に商品を届ける仲介業者すらも発信されてくるものを前提に商品を選別しているきらいがある昨今では、発信する立場に立たなければ広義の意味では「人目にさえつかない」。

こんな風に考えて、そして発信方法自体が一表現手段であるとさえ思えるようになってまで考えた挙句、僕はこう思う。

それでも、そんな事を考える暇さえなくとも良い曲を作っている人間はいるし、そして僕がこんな思索に溺れている間にもきっと才能のある人間は豊かなメロディ、人を感動させる曲を作れるはずなのだ。二次的な行動、すなわち発信方法について策を練る時間があるならばその時間を用いて音楽を作る方が「音楽家」としては少なくともアーティスティックな観点でいえばその本質に近いのではないか。


・色々と書きたい事があるけれども、全ての話題がとっ散らかっている状況では、箇条書きというのは有効な手段である、とたった今再認識した。

その名はインプラント。

骨折後、左腕に入れていた針金を摘出するための手術が昨日行われた。


昼過ぎに病院に行き、しばらく待った後手術室へ。針金を入れる際にも驚かされたのが、手術室の意外に明るい雰囲気だ。勿論、内臓等の手術に比べて危険性が少ないという事も関係あるにはあるのだろうけれども、手術を担当して下さるスタッフというのはどこかその経験、知識からくる「ベテラン故の明るさ」のようなものを持っている。メンタル的にもフィジカル的にも無駄に力まずに手術に臨んで下さっているのだろう。まあ、左腕の骨折だしね。

怪我に順位があるとは思わないけれども、経験のある医者ならば神経(担当医の話だと、僕の術野内にある神経はうどんかそばくらいはあるらしい)をスパッと切ってしまう事もないだろうし、自らの手で入れた針金を摘出するわけだから、と僕自身リラックスして手術台に横たわった。


麻酔が効いてくれば手術開始。効いてくれば・・・・効いて・・・あれ・・・効き過ぎじゃね?

視界がグルグルして耳鳴りもする。目が回り続けているような不快感が感覚を支配し、どこまでも落ちていくような不安を覚える。必死にそれを訴えると右腕に繋がった点滴の量を増やしてくださり、すぐに目の回るような感覚は治まった。どうやら血管に麻酔が入ってしまった様子。貴重な経験が出来た。

それにしても左腕に入れた針金を抜くって作業、あまり気持ちの良いものじゃない。局部麻酔なので左腕にメスが入った感覚が何となくはあるし、骨を直接触られているのも何となくだがわかってしまう。

で、骨に食い込んだ針金を引っ張って抜く。ガッツリ食い込んでしまっている針金は力一杯引っ張るわけだけども、それも「うっへえ」といった感じだ。


手術自体は結構な短時間で終わった。手術後は車椅子でレントゲン室に向かい、一応患部を撮影。

問題ないのをチェックし、具合も悪くなかったのですぐに帰宅。

しかしやはり体にメスを入れたからか、結構体力を消耗した。手術前は「早く終わったらどこかブラブラ出掛けようかしらん」等と考えていたけれど、とてもとても。そんな余裕はとてもじゃなかったが残っていなかった。帰宅してベッドで仮眠。体力を消耗した時、人間はどうやら睡眠で手っ取り早く回復しようとするようだ。傷口を回復させるのに体力を注ぎ込んでいるのか、やたらと腹が減るし眠くなる。


で、これが今回の手術土産。3ヶ月にわたって僕の折れた左肘を支えてくれた針金達。

折角なので貰ってきた。


続・我が逃走
医学用語ではインプラント、というらしい。
意外にゴツいのが入っていて驚いた。

井藤誠 VS ひとりかくれんぼ

「ひとりかくれんぼっていう降霊術があるらしいんですよー」

「何それ?」

「某巨大掲示板から流行り始めたらしいんですけど、かなりの高確率で怪奇現象が起こるらしいですよ」

「そんなんあるわけないじゃん」

「心霊とかそれ系、信じない派でしたっけ?」

「うん。絶対ないね。あるなら見てみたい」

「ほう」

「見たら信じるね」

「じゃあ、やってみますか」


というわけで新栄CLUB ROCK'N'ROLLの敏腕PA 井藤さんとひとりかくれんぼを挙行する約束をしたのが半年前。何だかんだ(井藤さんのインフルエンザ、舟橋の骨折等)で延び延びになっていたけれどもようやく昨夜挙行する事が出来た。

折角なので、という事でUstreamを使って配信(利便性等を考慮した結果、stickamからUstreamに配信の場所を移しました)、皆に現場の緊張感を味わって頂こうとしたものの・・・詳しくはこちらからどうぞ。夜中の3時前から終了まで録画した、これが我々の「ひとりかくれんぼ」!

『見える』人には何か『見える』のかもしれません。

しかし冷静に考えると井藤さんがこうやって姿を現すというのは非常にレアなのでは・・・!


とりあえず今日の画像。

ぬいぐるみの「みおちゃん」。


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一晩で10人に会ってみよう!

山田君(不完全密室殺人)から呼び出され、アルバイト先から自転車で10分程のガストへ就労後に赴く。


以前は2,3日に一回のペースで会っていたので、一週間くらい会っていないだけで「お、久しぶり」となってしまう。ガストでハンバーグを食べながら、色々と話をする。

去年末に就職した神田君に続き、無事に就職が決まった山田君。この不景気、就職難と言われている時代にほぼ採用確定状態で面接に臨んだらしい。就職活動に於けるコツに訊いてみた所、一言「コネだよ」と言う。彼の場合はそれだけでもないだろうけれども、何だかひどく納得出来る発言ではあった。とまれ、職場でも彼の技能が重宝されているようで、つくづく手に職をつけた人間というのは強いものだと感じる。

山田君、一時期に比べれば随分と鬱屈している感が薄れていたので、とりあえず安心。

あ、こうやって書いていると「不完全密室殺人のメンバー達の今、そして新しい人生への出発」みたいに受け取られるかもしれないけれど、決してそんな意図はない。バンドはあくまで解散していないし、本人達は気が向いたらまたライブ活動を再開したいなあ、と漠然と思ってはいる(誰かが待っていてくれても、誰も待ってくれていなくてもそれは一緒だ。言ってしまえば今の僕達は究極的にメンバー本意な状態なのである)。その前にバンドとして音楽以外の事で動いても面白いかもしれないな。数多くのオファーをバンド、イベンター、ライブハウスから貰うけれども、申し訳ないと思いつつ4人全員がやろうと思わない限りバンドとしてライブは行いません。多分、まだ、かな。わからないけれど。


で、「どうせなら皆呼ぼう!」となって色々な人に連絡をするも、悉く不発。連絡が通じないか、通じても忙しいかで誰もつかまらない。「僕達、友達意外に多い割にタイミング悪いね」だなんて言いながら煙草をふかす。まるで暇を持て余した大学生だ、これじゃあ。よし、どうせなら徹底的にそれらしい事をしてやるぞ。

「山田君」

「なんだね」

「僕達は今夜中に10人の人間に会う。向こうの良いタイミングで、しかもこちらから会いに行くんだ。10人の人間にさえ会う約束がとりつけれなかったら僕達ぁ本当に負け犬だぜ」

「・・・面白い!10人か」

「現在時刻は20時。あと4時間あるね、今日」

「4時間かあ」

「約30分に一人の割合で会いに行けば今日中に10人会えるね。・・・・。」

「・・・・寝るまでに10人、にしない?」

「じゃあ、それで」


というわけで連絡がついた人間からコンセプトを説明し、会いに行く事にした。「暇になったら連絡する」と言ってくれた友人も何人かいたので彼らから連絡がくるまでに出来るだけ多くの人間に会っておこうと思った。

とりあえず一人目は比較的メールがサクサク返ってきた篠田P。彼から返信がサクサク来るのは珍しい気がするので、とりあえずマウンテンバイクに跨って篠田P宅へ。ほんの少しのアップダウンを乗り越えて、急な坂道のど真ん中、アパートから出た瞬間に物凄い傾斜に直面する篠田P宅へ。

篠田Pはアメニトウタのミックス作業中で、そこにはアメニトウタのグッチさんに専務もいらした。おお、図らずも3人!

ちょっとゆっくりしていると次々と連絡が入ってくる。次々と決まる予定。闇夜を切って走る自転車、山田脱落、舟橋孤軍奮闘。

結果、6人の人間に会う事が出来ました。


・・・・・目標達成、ならず!

夏フェスに応募してみる

まあ、なんだねえ、現実にまだ戻れていない。

ここ数日間で蓄積された疲労に背中を引っ張られている気分だ。僕としては次の案件に向けてアクティブに動き出したいのだけども、疲弊した肉体に引っ張られるような形で精神的にも無気力状態。

昨夜はといえばアルバイト労働以外はどうしてもやっておかねばならない作業を目処が立つまで片付けて、家に引き篭もっていた。

で、作業結果がこれ。


続・我が逃走


バンドマンなら一度は夢見る夏フェス出場。実は去年も不完全さんで応募していて、大方の予想を裏切らずに落選(「落選したよ」「あー、まあ当然だわなあ」「期待を裏切らないね!」「俺なら出さねえもん」)。ブログにアップしようと落選用通知を大切に保管しておいたのだけどいつの間にかどこかにいってしまった。
で、今年もやってみようと資料を作成していたってわけ。この茶封筒の中にはエントリーシートと3曲分の音源が収録されたCD-R、メンバーの風貌、背格好がわかるような写真が2枚、そして歌詞カードが入っている。今回応募したのは「RSR2010」なんだけども、RSRは必須ではないもののライブ映像も応募資料として含まれている。

タイミング的に資料が出揃うのは29日、パイプカットマミヰズ企画直前。そのままツアーに出てしまうので資料作成に取り掛かれるのははやくて3日、メール便にて発送なので締切前日には遅くても発送せなばならず、猶予を持たせようとすると時間がカツカツなのはツアー前からわかっていたため、頑張って作業。


どうにか7日の締め切りに間に合いそうである。

終わってしまった。

必死に名古屋に帰ってくる事に意識を集中したため、エントリーを投稿する暇がなかった。

とはいっても無免許の僕は助手席専門、専ら運転手の話相手かBGM担当なんだけどね。助手席で眠たい目をこすりながら煙草をふかして、ふと横を見ると3日間運転してくれた駒田君が眠そうに目をこすっていてハッとした。


しにぞこない企画@浜松ルクレチア に出演してきた。しにぞこないのギターリスト、チン君が実はパイプカットマミヰズ結成当時のメンバーで、その縁で呼んで貰ったってわけ。ルクレチアという場所はライブハウスというよりはバーで、店長さん(革ジャン、サングラスでキメてて滅茶苦茶格好良かった。吉田君曰くやっていらっしゃるバンドも格好良いそうな)のレコードコレクションが壁一面に陳列されていて、その中に「KING CRIMSON」というコーナーを見つけて興奮した。ああ、終演後にお願いして聴かせて貰えば良かったなあ。


僕みたいな風体(髪の毛ボサボサの眼鏡、ユニクロのネルシャツにユニクロのジーパン、薄汚れたコンバース)の人間が馴染みようもない空間だったけど、そこに恐らくは日常的に立ち寄られる方々っていうのは見た目こそ僕と違ってスタイリッシュにキメてらっしゃるけれども皆、気さくで親近感すら感じた。とかく終演後物販に立ち寄って下さったお客様の中にはこちらの事を色々と聞いて下さる方もいて、僕ってばついつい喋り過ぎてしまった。

でもなあ、どれだけライブハウスにいる人間ってのが気さくで親切な人が多いってわかっていてもきっとこういう一瞬の、ほんの少しの気後れとその解消っていうサイクルは繰り返していくのだろうな、と思う。そこが原動力になっているところでもあり、僕がライブハウスで音楽を演奏してある種の充足感を感じるところでもあるのだ。


昨夜の演奏というのは個人的に感情的になりつつも比較的タイトに演奏出来たのではないかな、と思う。ステージの中音が今まで携わったどのバンドよりも爆音のパイプカットマミヰズ、ギターの轟音に埋もれて演奏中にわけがわからなく瞬間が前回、前々回はあったのだけどもメンバー同士ゆっくり話をしてリハーサルに臨み、良いバランスを作る事が出来たと思う。今後も試行錯誤はしていくだろうけれども(如何せん試して得たサンプルよりも試してみたい施策の方が多い程なのだ。第4期は始まったばかり)一つの試みが良い形で結実したという点で、これは本当に試してみて良かった。

高円寺でのライブ、そして新宿motionでのライブ観戦という一連の流れを経て、各々感じたものをそのまま出し切れたライブだったと思う。


終演後は東京から同行してくれた橋口君、そして浜松が実家の斉藤さん達とファミリーレストランにて食事。

この二人は、今回のツアーで出会った気持ち良い人間達の中の2人。それぞれ廃材を芸術品にする活動 、写真と表現する事に邁進している人達なのだけれども、そういう人間にバンドが褒められると物凄く嬉しい。

お互いに畑違いではあれども必ず通じるものがあるはずなのだ。今まで沢山の他分野での興味深い表現者に出会ってきたけれども、また刺激的な友人が増えたな、と思う。

そんな事を考えながら、お昼は節約したしツアー最後の食事だという事でステーキセットをかっ食らった。



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橋口君(ARTS & SCRAPS MOVEMENT )と斉藤さん。
大内君ちでのパーティーで出会った2人。

この数日間で痛感したのは、第4期パイプカットマミヰズはまだまだ高見へとのぼる事が出来るという事だ。色々な場所で色々なライブをやり、そして多様なサンプルを得る事が出来た。研究、追及してバンドの血肉に取り込んでしまおう。ただただ、ワクワクするばかり。

さて、こうして自首企画→東京→東京滞在、オフ→浜松 という怒涛の4日間が終わったわけだけれども、しんどい瞬間や色々頭を抱えてしまう瞬間はあれども振り返ってみれば素晴らしい数日間だった。こりゃあ日常生活に戻るのにう苦労するぞ、こりゃこりゃ。

大内君の写真はブレてしまって正体がわからないからまともに撮影出来た笹口さんを。

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空き日という事で新宿motionに太平洋不知火楽団を観に行った。

東京滞在の日にたまたま太平洋がライブという奇跡、これは行くしかないという事で新宿に向かう一同。一時解散してからはドラムの駒田君(CDのジャケットでスキッツォイド顔を披露している)とハンバーガーを食べたり、ディスクユニオン中古館でKING CRIMSONのボックスをチラ見したりした。

皆で楽器屋を覗いて久しぶりの新宿motion。しかも出演ではなくライブ観戦、まさかこんなシチュエーションが起ころうとは。素晴らしい偶然に感謝。

今日の出演バンドは変拍子キメキメできっと良い刺激になる、と大内君が言った通り、パイプカットマミヰズ一同大いに刺激を受けた。太平洋不知火楽団は素晴らしくテンションの高い演奏をしており、演奏もキレキレだった。やはり素晴らしいバンドだ、太平洋不知火楽団。三人全員目が離せないし、何よりバンドとしての一体感がたまらない。演奏としての一体感とかそういったものを超越した次元にいってしまうバンドがいるが、今の太平洋不知火楽団はまさしくそんな感じ。

本当に楽しい夜だった。
そして今我々は浜松にいる。大内君宅で開かれたパーティーに出席していた橋口君(廃材を芸術作品として甦らせる芸術家)を仲間に加え(「俺、浜松行くからよ!」)中田島砂丘に行ってきた。
波間に突貫した僕は下半身パンツ一丁、ハイエースの荷台でこのエントリーを書いているってわけだ。

楽しい一夜

続・我が逃走-CA390910.JPG

沢山、寝た。

東京に着き、親愛なる大内君(太平洋不知火楽団)の家にお邪魔する。
前夜の打ち上げで意識を失う程に大暴れしたため、ゲロと汗の匂いにまみれた吉田君を見かねてか、風呂を沸かしてくれた大内君。本当に有難う。

で、全員サッパリして高円寺UFO CLUBへ。
ここはゆらゆら帝国の坂本慎太郎さんが壁のペイントデザインをされたそうで、滅茶苦茶良い雰囲気のライブハウス。気持ちも盛り上がる。

しかして盛り上がった気持ちが若干空回ったのか、前夜と並びはしても前夜を超える事はないライブの熱量。やはり新記録、出したいじゃないか。畜生、今に見てろ。

ライブ後は腹が減る。
大内君の案内でラーメン大 練馬店へ。ラーメンを野菜少し多め、他全増し、生玉子を別注文で。
初めての店舗故、若干緊張もしたけれど最後まで美味しく食べる事が出来た。麺がボッキボキで食べ心地の良さはこれ系の店では過去最高かも。

大内君宅にお世話になるという事で彼の家へ行くと、同居人氏とその友人達で飲み会をしているという。「名古屋勢をぶっ殺そうぜ!」という気概で飲んでいたものの、僕達の到着が思いのほか遅かったため全員ベロベロの状態だった。
それに追いつけるわけもないけれども、お酒をご馳走になる。

途中、大内君の部屋にお邪魔しバンドマンとして真面目なお話をサシで。気付くと大内君の膨大なコレクションを披露して貰っており、平成ライダーのベルトを装着して変身する大内君、目の前でひたすらに興奮する僕という構図が出来上がっていた。たっぷり一時間はそうしていただろうか、大内君の部屋から出ると、皆随分と荒れていた。酔っていた人間は尚更に酔い、ブッ倒れた人間もいる。何が、起きた。

とりあえず大内君の部屋で寝、そうして今こうやってこのエントリーを書いている。メンバーは身支度をしており、大内君はライブの準備をしている。大内君の素敵な同居人氏(氏の部屋から漏れ聴こえてくるBGMが悉く好みだった)はまだ眠ってらっしゃるのだろうか。立ち去る前にご挨拶出来るといいのだけど。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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