神戸で食べたもの:菅野しずかさん/カップヌードル カレー味/天丼

前回のエントリー更新後、何と高知に至る道程が通行止めになっている事が判明。

翌日出演する神戸BLUEPORT付近で宿泊すれば後々楽だろうという事で、急遽神戸に向かう事に。


神戸の三宮駅付近、DISCAPHORICSカヅナリ兄貴とJONNY佐藤メンバー、楠瀬サポートメンバー、僕で降り立つ。車中泊を試みる他のメンバー達を尻目に、我々は漫画喫茶での宿泊を目指してタクシーに相乗りしてきたのであった。が、しかし、土曜の夜という事で漫画喫茶はどこも満席。辛くも空席のあるDVD試写室を見つけたのは三宮を1時間近く徘徊した時分だっただろうか。



続・我が逃走
部屋はこんな感じ。
意外と落ち着くもんだよ、君。


DVD試写室。

よく名前は聞くし、実家付近でも大通りから路地を一本入った辺りに店を構えているのを見た事があるが、入店するのは初めてだ。5時間パックという事で、DVDを8枚レンタル出来る事となった。このブログを訪れて下さる方々の、一体何パーセントがそういった産業に詳しいかは判断しかねるが、ご想像に難くないであろう、店内のDVDのほとんどが所謂『アダルトDVD』である。女性の裸体、扇情的な眼差し、好奇心を刺激するような煽り文句、DVDのパッケージのあらゆる要素が僕を刺激する。そりゃあそうだ、ツアーに出て以来ご無沙汰なのだから。興奮に駆られてほぼ衝動的に3枚のアダルトDVD、そして眠くなるまでの時間潰しにと映画のDVDを2枚借りる。

・・・・・・数時間後、そこにはほとんど眠らずに禊を済ませた、実に清清しい僕がいた。

「大当たりだ!」と呟きながら店を出、先に起き出して退店していた3人と合流した。


神戸BLUEPORTでは素敵な出会いがあったり、3日間一緒に回ったDISCAPHORICSのキレッキレの演奏(間違いなく3日間で一番キレッキレだった。たまらないものがあった)にフロアが蹂躙され、興奮する様に感動したりした。MC、折角だから少し格好良くキメてみようと思ったのだけれども気付けばそこには今朝方見た菅野しずかさん(名前を知ったのは名古屋に戻ってから。何であれば素人さんかもなあとさえ思っていた)について一心不乱に話す僕がいた。アダルトビデオの話をステージ上からするっていうのはさ、意外と背徳感があっていいものだよ。

サポートドラム楠瀬君のハードコアっぷりが炸裂した演奏。最終的にステージ上がグッチャグチャになっており、転換中には相変わらずスタッフさんに謝る僕達、という構図が出来上がった次第。


で、だ。

色々まとめようかと思ったのだけれども、やめておく。

だって今日もライブだしね!

諸々終わったら、この怒涛の4日間をまとめる事も出来るだろうという感じだ。

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岡山で食べたもの:コンビニのパン/クッキー/ドーナッツ/ラーメン/おにぎり/梅干

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二日目、無事終了。

上陸したと噂の台風の影響か、高知~岡山間の高速道路が一部通行止め。予定外の事態に下道を使って岡山に向かうDISCAPHORICSとJONNY一行。
霧に恐れおののきながら敏腕スタッフ 石黒君は快調に車を進めてくれた。

今日のライブの思い出について。気迫を込めていつも通りやったのでライブ本編については観て下さった方しかわからないけれども、個人的な嗜好をMCにて吐露出来たのが大変気持ち良かった。
その地方で過去に起きた陰惨な事件について語るというのは、バンドマンとして以前に人間の倫理観としてどうなのかという部分はあれど、横溝作品ファンとしては先生に多大なるインスピレーションを与えた事件については触れておきたい所。
お気分を害された方、ご容赦を。

というわけで今岡山から高知へ戻っている。一日中人といるとなかなかこうやって長文を携帯電話に打ち込む時間がとれないけれど、ライブ後の弛緩した精神状態、移動中の車中というシチュエーションに後押しされ、こうやってエントリーを更新した次第です。

あ、今日の画像は出番直前の僕とDISCAPHORICS モツ子さん。Gパンが湿っていて気持ち悪かったので、パンツ一丁でライブを敢行するか悩んでいた瞬間のもの。

高知で食べたもの:カツオのタタキ丼

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只今現在、高知から岡山への移動している車中でこのエントリーを書いている。昨夜は後述するけれどもしたたかに酔っ払い、飲み食いするより吐いた量の方が多いんじゃないかという体たらく。
食堂が胃酸にやられたのか若干ヒリヒリする。

聞いた話によると台風が上陸したようで、高速道路も通行止めの区間があるそうだ。果たして無事に着けるのか。
まあ多分大丈夫なんだろうけどね。

昨夜は高知X-ptにてDISCAPHORICS企画「蠅」に出演。豪雨によりお客様方は足元の悪い中での企画となったけれど、充実した出演者によって面白い企画だった。準備の都合により全バンド全曲観るというわけにはいかなかったけれど、異種格闘技戦のようなイベントながらもどのバンドも一本筋を通していたのが印象的。高知という土地柄なのだろうか。
久しぶり(去年の秋口以来じゃなかろうか)のDISCAPHORICSも相変わらずいきなりのトップギアっぷり。機材トラブルも何のその、会場を湧かせるのであった。

で、打ち上げはPISTOL JAZZの兄ィに誘われ、前例がない程したたかに酔っ払った。兄ィは見た目こそ厳ついけれども、お話するとベースを愛する心優しいジェントル。土佐弁が耳に心地良く、ベースの話やバンドの話等、様々な話をさせて頂いた。PISTOL JAZZの御三方、皆実に誠実に表現に向かってらっしゃるのであった。

「SYB-5は仰々しい!やっぱSYB-3じゃき!」

素晴らしい高知の夜に乾杯!
今夜も岡山でブリブリやる所存。ツアーは二日目に突入した。

エフェクトボード組み直し。

明日からJONNYで高知、岡山、神戸と3日間のツアーに出る。

名古屋に戻ってからすぐ、ZIP-FM主催の招待制イベント『LIVEHOUSE A-GO-GO』に出演するので都合4日間連日ライブをする事になる。


先日の関東3日間ツアーの際に実験的に運用した「結束バンドによってエフェクターを固定したエフェクトボード」の反省結果を反映したエフェクトボードを構築、再び実戦投入してみようと思い立ち、作業をした。


続・我が逃走

変更点は以下の通り。


・BOSS SYB-5を追加

・電源の分岐コードが断線(金網の重みに耐えられなかったようである)、新調。

・断線を防ぐため、金網の下に木片を設置。左右と真ん中、よくオン/オフを繰り返すエフェクターの下に置く事で金網全体にかかる圧力を軽減。

・手前と奥の2列にエフェクターを配置、ウレタンスポンジをかませる事で高さを調節し、奥のエフェクターを踏みやすくした(SYB-5がそれにあたる)


木片を金網の下に敷いた事でエフェクターが全体的に高い位置にきたわけだが、これが吉と出るか凶と出るかは実戦で判断しようと思う。

とりあえず怪我と病気には気をつけてまずは3日間のツアー、頑張ろうと思います。

『ロード・オブ・ウォー』


続・我が逃走


公開当時週刊誌でレビューを読み、気になっていた映画をやっと視聴。

ニコラス・ケイジ主演『ロード・オブ・ウォー』である。

まずは粗筋を。



ソビエト連邦崩壊前夜のウクライナに生まれたユーリー・オルロフは、少年時代に家族とニューヨークへ渡り、両親が営むレストランを手伝いながら育った。ある日ロシア人ギャングの銃撃戦を目撃したユーリーは、レストランが食事を提供するように、戦場に武器を供給する仕事をしようと決心する。弟のヴィタリーとパートナーを組んで闇の世界に足を踏み入れたユーリーは、混沌とした世界情勢を追い風に、瞬く間に世界有数の武器商人へと上り詰めていく。だがその動向を嗅ぎつけたインターポールのバレンタイン刑事が背後に迫っていた。



まずはオープニング、一発の銃弾が作られ、パッケージングされて輸送されて、装填されて撃ち出されてという“弾丸の一生”を“弾丸視点”で描いたシークエンスが秀逸。映画の導入やアヴァンタイトルで映画を観る意欲を刺激されると、その後の集中力が違う。この段階で本作が丁寧に、そしてクリエイティブに作られているのが察せられる。


実在する武器商人4人のキャラクター像を盛り込んだ主人公、その主人公が過去を語る形式で物語は進行するのだけれどもニコラス・ケイジ演じるこの主人公がまた魅力的。題材が題材だけに神経質になりがちではあるけれども、中途半端にヒューマニズムを振りかざしたりしないので鼻につかずに視聴出来る(勿論人間としての弱さの部分も描かれるけれども、意外な程にアッサリと進行するので興醒めしない)。あくまでビジネスとしての武器販売を、重すぎないタッチで描いたのが好印象。

サクサク物語が進んでいくので飽きずに楽しめる(それ故に唐突な印象を受ける瞬間もなくはないけれども)し、ニコラス・ケイジの演技も良い。いやらしい笑顔を顔面にはりつけ、時にはいけしゃあしゃあとお題目を、時には武器の性能についてさも魅力的に語る主人公は彼の存在によって命を吹き込まれたといっていい。


ニコラス・ケイジは重厚過ぎず、軽過ぎずで丁度良い存在感の俳優だと、この映画を観た事によって気付いたのである。

渦状に続く僕の過剰な日常を今日は箇条書きでお送りしようと思います。

・スタジオ入り

最近は毎晩のように入っているな。ドラマーを何人かがかりでやるとなるとその分練習が必要になる。愉しいから全く苦痛ではないけど。

野々垣君脱退以降、当初はどうなる事かと思っていたけれども幸いにも僕達の周りには優秀かつ寛容なドラマーが沢山いたので、幸いにも公演に穴を空ける事はないしライブも愉しくやれている。JONNYサポートドラマー陣は感謝と敬意を込めて改めて紹介せねばなりますまい。



・white white sisters石井君のドラムに驚愕

真面目な彼は前回のライブ以降、個人練習を欠かさなかった様子。前回も素晴らしかったけれども、昨夜の石井君というのは演奏終了後に拍手が起きる程神がかっていた。いや、鬼のようだった。ドラムセットの中に鬼が居た。タイトさ、そして「ジャッギッ!」となるハイハット、何から何まで This is 石井一正。



・「夏を先取り!そうめんパーティー」

新栄CLUB ROCK'N'ROLL 井藤さんとメール

僕「最近遊んでいないから今夜時間あるならそうめんパーティーでもしましょう」

井『そうめんナイス!』

というわけでそうめんパーティーを挙行する事になった。twitter で参加希望者を募るものの、誰一人としてtwitterでは名乗り上げず一瞬泣きそうになったけれども、僕は挫けない。ありとあらゆる手を使った結果

清水真泰(Dr.Right /HELLO WORKS 色々)、吉田ヒズム(パイプカットマミヰズ )、伊藤誠人(色々)、ギバ君(ex.the enhance)が井藤さん宅に集った。

夏を先取ってそうめんを食らったわけだけれども、いやあそうめん美味いわあ!正直食べるまでは「そうめんってそうめんでしょフフン」的な気分だったけれども一気に茹でたそうめんを水洗いの後、氷水を張った鍋に入れて氷を浮かべためんつゆにくぐらせて一息にすすった瞬間は絶頂だった。予想以上の「夏」感!

つゆの甘辛さ、そして小麦粉の芳醇な香りに満たされ、薬味の葱と生姜に懐かしい夏の思い出を想起させられた。何だ、そうめんって最高じゃん!


続・我が逃走
最初は一気に茹ですぎて「とんこつラーメン粉落とし」みたいになってた。
一度に茹でる量って味を大きく左右するから注意!


こりゃあ今年の夏はそうめんをやる機会が増えそうじゃわい。

そうめんを食らって、明け方までニコニコ生放送を見たりネカマがSkype(このタイミングで言うのも何だけれども、僕もSkype始めました。IDは「takahiro_funahashi」です。話しかけてみて下さい。誰でもウェルカム!)でおじさんを釣ったりする動画を視聴して散開。帰宅してからはお腹に溜まった小麦粉の塊に充足感をおぼえつつ、気絶するように就寝。



今夜は今夜でラーメン食らって練習!練習!

ああ、カロリー摂取とカロリー消費の繰り返し。

僕は色々気にしてるよ。

アクセス解析なんてものによると僕のブログをブックマークして下さってる方はどうやら約100人。


昨日はどれだけの人が、どのようにして僕のブログに到達して、そしてどんな記事を読んでいるのかなんて事を気にしているのは恐らく一般的にブログの更新側、書き手からすれば恥ずかしい事だろうしその書き手がバンドマンで、しかも人気者になろうと目論んでいるなら尚更恥じてしまう事だろう。

だってさ、皆嫌だろう。

myspaceのアクセス数を毎日チェックしては一喜一憂する向井秀徳とか、Google検索で自分の名前を打ち込んでは色々なブログとかコンテンツを読み漁って自分を慰めているトレント・レズナーとか、そんな実像誰も望んでいないだろう。

だからバンドマンって、人気者になりたいなら恐らくはそういう実像、恥ずかしい実像、自意識を持て余してしまっているような『実際のところ』を人目に晒さない方が良いんだ。小市民が一夜でヒーローって奇跡のような何かが起きないとそうなり得ないし、人ってホラ、やっぱりカリスマ性を求めたりするじゃあないか。


でも、僕はしてるぜアクセス解析。ライブの直後はmixiの日記検索で自分のバンド名打ち込んでるし、twitterもtwitter検索でバンド名打ち込んで目を皿のようにして人様のツイートをチェックしている。ブログ検索も優秀なブログ検索サイトで様々なブログを一気にチェックしているし、念には念を入れてGoogle検索で色々見たりしている。勿論、ほら、某大型掲示板も、おっとこの話はここまでに。

そう、だから僕ってば結局は物凄い『俗』な人間なのだ。

繰り返し繰り返し今まで何度も言ってきたけれど、僕はバンドをやるからには人様からお金を頂いてステージに立って音楽をやるだけでは飽き足らず、ブログを書いて自分自身を焼き付けて、twitterで現在進行形の自分を発信して、ネット配信で不特定多数に対して喋りかけて、あまつさえ人様のプライベートな空間にまで足を踏み入れるくらい自意識を持て余しているんだ。

欲深いバンドマンである。根底には人様にひけらかしたい程確固たるものなぞ何もない、と確信しつつ、それにも関わらず膨れ上がる自己顕示欲、そうだこれこそが僕の誇るものだという妙な開き直りを胸に僕は「もっと!もっと!」と声高に叫び続けるのである。

忘れられてたまるものか。世界中の100パーセントが僕を必要としていなくとも、僕は100パーセントを必要としているし、ならば僕がバンドを続ける理由なんてそれで十分じゃあないか。

音楽への愛情、音楽へのリスペクト、自分の可能性の探求、成る程、それは確かに素敵な動機かもしれない。僕にだってそれらはあるだろう。しかし、それを上回る、塗り潰す勢いで自己顕示欲が勝ってしまう。

だから僕は色々やるのだ。

バンドマンならバンドマンらしく音楽に絞れ?うるさいよっ!


100人の皆様、本当に有難うございます。

こんなブログだけれどもね、毎日更新していきますからね。目かっぽじってよく読んでね。行間までもね。

虚勢されたミイラ達の近況。

パイプカットマミヰズでレコーディングを敢行。

7月18日に我々パイプカットマミヰズが名古屋が誇る爆発3ピースバンド ビビビビと共同でお送りする「BUJI ROCK FESTIVAL '10」(詳細はおって、また)にて、ビビビビとパイプカットマミヰズのスプリット音源を枚数限定で配布する事になり、それで我々はレコーディングセッションをする事に相成ったというわけ。

パイプカットマミヰズは4月に『Dear Friends E.P』を録音したばかりで、実際我々としてもその記憶が新しい。レコーディング場所もエンジニア(今回も篠田P!)も同じとなれば嫌でもあの時の事を思い出す。

一晩で10曲近くの録音をし、一発録音故に誰か一人でもミスがあったらその瞬間にやり直し。ヒーヒー言いながらレコーディングしたっけ。よし、今回はスムーズにサクッと録ってしまおう。


・・・しかし歴史は繰り返す。当初2時間を予定していたレコーディングセッションは気がつけば3時間半かかっていた。しかも2曲で、だ。いや、難しい2曲だったのだよ。カバー曲なのだけれども面白い仕上がりになっているのではないか、と。是非7月18日はBUJI ROCK FESTIVAL '10へ!


で、ネガティヴな話題になるけれども触れておかねばなるまい。

実はパイプカットマミヰズ、僕が加入した事によって第4期が始まったばかりだというのにまたもやメンバー構成に変動が生じたのである。ギターリスト アサイカナコが失踪、連絡がとれなくなってしまった事によって事実上の3人編成になってしまったのだ。我々としても手は尽くした。ご家族に連絡を取ったり実家の様子を窺いに行ったり、共通の友人に所在を尋ねたりもした。しかし、いなくなっちまったんだ、アサイカナコは。

企画も決まっているし遠征の予定も組み始めていた時期だけに、我々は辛い決断を迫られた。アサイカナコを探す事に終始するのか、それとも3人で活動していく方針に活動をシフトチェンジするのか。

待てど暮らせど連絡が取れないまま(どうやら実家には帰っている様子)時間が過ぎた。

そして、我々は決断した。

今回のレコーディングセッションは外部からのギターリストを招いての作品になっている。僕達としてはアサイカナコの姿を思い返しながら、そして彼から連絡が来るのを待ちながら活動を続けていくばかりだ。いつまでも空席が空席のままのわけはないけれど、音信不通のまま今生の別れだなんて寂しいじゃないか、なあ。


メンバーの失踪、という話は時折聞く話ではあるけれども、まさか自分の所属バンドでそれが発生するとは思わなかった。一体何があったのかわからないけれども、まあ冷静に対処してバンドにとってベストな活動をしていく他ないわけで。バンドというのは常に変化、変質するものなれば今回の一件もそれらを一息に進める機会になったわけだ。バンドをビルドアップする、していく自信が、根拠が我々にはある。

こうしてパイプカットマミヰズの第5期が始まったのである。


続・我が逃走
「レコーディングなう」な駒田君、なう。

ベース・シンセサイザーの思い出。

昨夜はツアー明けという事でフラフラせずに大人しくしていた。

ここ最近はじっくりと取り組めていなかったポケモンに時間を費やしたり(遂にワタルを撃破!チャンピオンになったぞ。カイリュー倒すの苦労したなあ)納豆カレーを食べたりしていた。納豆カレー、ここ数年の間にハマッた食べ物の一つなのだが、そのうちエントリーにまとめたいと思う。


で、少し前にスタジオに持って行き、ツアー前のボード構築の際にその辺に置きっぱなしになっていたペダルをじっくりと触ってみる事にした。
友人の飛田君というベーシストがいるのだけれども、彼は「Perfumeを人力で再現するのが目標だ」と宣言する程ベース・シンセサイザー・ペダルに惚れ込んでいる。彼のブログを見れば彼がどれだけ苦心して理想のべーす・シンセ・サウンドを追い求めているのかが理解出来る。僕もそれなりに興味のあるペダルは試してきたけれども、彼の探究心にはかなうわけもなく、今やベース・シンセサイザーならこの人、専門家、師匠として密かに崇めている。

そんな彼をして「エクスプレッション・ペダルを接続する事でWhammyにも勝るとも劣らない」と言わしめたのがコレ、BOSS SYB-5である。


続・我が逃走
BOSS SYB-5。
こういうエフェクターは原音とのバランスが大事。


「エレクトリック・ベースのサウンドをシンセサイズする」、そのために作られた、そのためだけに存在する純然たるベース・シンセサイザー。マルチエフェクターに入っているそれとは音色の種類もパラメーターの自由度も比較にならない専用機である。しかしBOSS社のSYB-3は「トラッキングが悪い」「反応速度が遅い」と憂き目を見る事になる。代わりに、世ではAKAI PROFESSIONAL社の「Deep Impact」というベース・シンセサイザーが持て囃され、それが生産終了していた事も相まって価格が高騰する。

大学時代、当時はまだ一介のエフェクターだったそれがどんどん値段が高騰していく様というのは圧巻だった。中古エフェクターコーナーで偶然それを見つけた僕は今思えばありえない価格でそれを購入した。当時は今からすれば考えられない値段でDeep Impactが出回っていたのだ。楽器というのはそのご時勢、風潮で値段が変わる。そう考えると僕が偶然なり好き好んでなり手にしてきた楽器(YAMAHA SBV然りDeep Impact然り)が価格高騰前に入手出来ていた事は幸運としか言いようがない。おっといけねえ、話が逸れた。

で、一躍Deep Impactにその座を奪われてしまったSYB-3。それもそのはずだ。相手が悪過ぎた。Deep Impact、僕も一時期愛用していたけれども本当に良いベース・シンセサイザーなのである。

ドイツの科学者(一説によると相当にマッドな人らしい)が提唱したという独自のピッチ検出理論、それを採用して開発されたDeep Impactはピッチ検出が相当に早く、演奏者の演奏にスムーズについてくる。そして9種類のプリセットからなるサウンドはどれもが興味深く、1~9の数字で表現される各パラメーターのコントロールで音を追い込んでいけば「使える」サウンドが手軽に出力出来たものだ。そりゃあ、皆欲しがるよ。

僕も結局前述の飛田君に売ってしまったものの、それなりの愛着を持ってDeep impactを機材棚に陳列していたものだ。


そのDeep Impactが脚光を浴びる傍ら、歴史の中に埋没しかけたSYB-3、その後継機が本機である。トラッキング速度は向上し、エクスプレッションペダルを接続する事で表現力は増した。最新技術を導入した事による音色も魅力的な文字通りBOSS社の最新鋭ベース・シンセサイザーの登場であった。

で、僕はこれを購入、そのエグみを、鋭いシンセ・サウンドを楽しんでいた。実戦投入もちょくちょくしていたものの、レギュラー入りする事はなく少しずつ機材棚の膨大な海の中に埋もれようとしていた。

フィルター・エフェクトやベース・シンセサイザーは俺には不向きなのだ。俺には歪みしかない。性能を活かしきれない自分にそんな言い訳をしていたのだろう。実の所、SYB-5の鋭いベース・シンセ・サウンドは歪みエフェクトに負けはしない攻撃性を有している。踏む事でフレーズにもインスピレーションを与える悪くないペダルではあったのだ。


そして飛田君の「エクスプレッションペダルを~」発言で好奇心を刺激された僕は何の気なしにこいつを弄り始めたというわけだ。注意深く、そして慎重に、集中し、そして頭を使って。

数分後、そこにはSYB-5に夢中になっている僕がいた。

関東三日間の記録。

この3日間というもの、実はJONNYでツアーに出ていた。

ツアー中に携帯電話のメール機能でブログを更新する事は出来たけれど、正直精神的にも肉体的にも時間的にも余裕がなく、結局今から三日間分の記録をまとめてつけようとしている。ブログを偏愛している僕からすれば3日間も更新をストップさせるというのは罪悪感で一杯で、東京滞在中も時折良心の呵責を感じる程だった。お世話になっている友人やバンドマンに連絡する事さえもしない程携帯電話をあまり触らなかったなあ。普段なら移動中に無言でポチポチメール打ってたりするのだけれども。



6/15(火)

ツアー初日という事で朝方集合し、名古屋を出る。今回の関東ツアーの三日間、ドラムは石井亜希 (様々なバンドで活躍中な上、ドSとして有名)さんに叩いて貰うという事で亜希さんを含んだ演奏陣、そして今回運転スタッフとして同行してくれるという石黒君の合計6名で名古屋を後にする。

前夜ほとんど眠れず、不覚にも車中で幾度となく気を失う。僕の中で「ひょっとしたら自分は使えない奴なんじゃないか」という罪悪感が芽生えだしたのはこの辺りからだ、多分。


新宿へ到着、ラーメン二郎 歌舞伎町店へ。東京のラーメン好き、ジロリアンがどのような感想をこのお店に抱いているかは知っているけれども、それでも僕達にとっては一番馴染みの二郎。ただ今回はいつも程の求心力を感じずに一杯食らいきってしまう。フィジカル的に万全でないのが原因ではなく、単純にバイオリズムの不一致だと思う。石黒君に亜希さんは初二郎という事で、それぞれ楽しんだ様子。


新宿JAM、この日はJONNYのアルバム発売記念、と銘打って実に素敵な出演者を集めて下さった。

キングヌラリヒョン太平洋不知火楽団 も僕がJONNY参加前から知っているバンドであり(キングヌラリヒョンに至っては彼らが別のバンド名だった頃からの付き合いだ)、それもあってかサポートギター各務君もオープンと同時に飲酒を開始(佐藤さんについては今更言及するまでもないだろう)、新宿JAMの飲み放題制度の恩恵を享受していた。実際、とてつもなく良いイベントだったと思う。準備や諸々の作業の関係で全バンド全曲観れたわけではないけれども、新宿JAM、そしてJAM林さんの我々への感情、そして各出演バンドへの情熱を感じるには十分過ぎる程良い出演陣、そして良い流れだったと思う。

で我々JONNY、太平洋~の呼びかけで彼らのステージに闖入し、はしゃいだそのままのテンションでライブを敢行、ここは本当に新宿なのか、と言わんばかりの盛り上がり。アルコールと熱気に包まれたフロアをステージ上から観ながら演奏。「ツアー初日であと2日あるとかヌルい事は頭から一切放棄しよう。今日でツアー最終日だと思って体がブッ壊れるまでやろうじゃあないか」。

時間を気にしつつ、結果的にダブルアンコールまで頂いて無事終了。



6/16(水)

日付が変わった。

そのままJAMに宿泊する予定だったので機材をまとめて中打ち開始。既に泥酔している出演者、お客さんが何人もいる。半裸状態のメンバー、もう呂律が回っていないメンバー。

各務君「義理とぉ!人情とぉ!ギブアンドテイクっつうのを俺達バンドマンは絶対に忘れたらいけないんだってぇぇ!」。頂きました。

その後は各務君やキングヌラリヒョンの児島君の陰毛が燃やされたり、フロアに出てみたら満面の笑みで篠田君が服を脱いでいる瞬間を見てしまったり、キングヌラリヒョンのまこっちゃんが炸裂していたりBacon のアルさんと打ち上げについてお話したり。で、明け方某所にシャワーを借りに行って少し休憩した後JAMに戻ったら控え室に死屍累々と兵どもがブッ倒れていた。いや、本当に荒れた打ち上げだったな。

毛布をフロアに敷いて、僕も就寝。


起こされてみると、夜勤を終えた太平洋不知火楽団の大内君がJAMに戻ってきたという事で、亜希さん、石黒君、大内君と僕の4人で近所の定食屋に朝食をとりに行く。大内君はライブ終了後そのまま夜勤だったようで、連続何時間起きていたのか。少なくとも全然寝ていないのは確かで、胃袋にものが入った彼は睡魔に襲われたのかそのまま眠ってしまった。


続・我が逃走
普通、そんなハードスケジュールをこなしたら寝る。
俺でも寝る。

JAMに戻り、ゆっくりしていると「おはようございまーす」と本日の出演者の皆さんが会場入り。慌てて片付けてJAMを後にした。新宿JAM、東京でのホームである。本当に有難うございます。


敏腕スタッフ石黒君がその日出演する横浜B.B ストリートまでの行き方を調べてくれていたお陰でスムーズに移動。ここはショッピングセンターの12階にあるライブハウスで「天国に一番近いライブハウス」。ステージからも大きな窓が見え、夜景が楽しめる(横浜の人曰く、本当に夜景が凄いのはその窓の丁度反対側の方角らしいのだけれど)。鉄格子がハマッているので仮に突っ込んだとしても下界に落下する事はない。


続・我が逃走
車中の様子。皆同じ方向に傾いている。


ちなみにこの日、前夜共演したキングヌラリヒョンまこっちゃんを横浜まで拉致した。だって俺そういうの好きなんだもの。共演者を収容して膨れ上がる機材車って、何だか良いじゃないか。

演奏終了後、物販で販売しているCDを全種類買っていって下さったお客様がいらっしゃると聞いて感動。こうやってツアーや遠征をやっていて何が一番嬉しいってそういう自分の衝動、気迫が何がしかの形で結実する瞬間である。共演者の「良かったですよ」、何ならお客さんの何気ない「お疲れ様でした」の一言でも報われてしまう『報われたがり屋』の僕だけれども、この話を聞いた時は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

演奏陣、スタッフ嬢、まこっちゃんで近場のラーメン屋(腑に落ちない味)で食事をして移動。女性陣と男性陣は以降別行動をとる事になる。



6/17(木)

日付をまたいで男性陣は千葉のまこっちゃんちまで車で移動、彼の家にお世話になる事に。彼は最近引越ししたばかりらしく、部屋数もそれなりにあるので男性5人くらいなら容易に寝れるよ、と快く寝床を提供してくれた。有難うまこっちゃん。

で、だ。彼の部屋っていうのがこれまた凄かった。DTMマニアの篠田先生も興奮のモニタースピーカーにオーディオインターフェース、そして天井まで届きそうな本棚に一杯の漫画本。「これは、寝れんな」。

何の気なしに手にとった漫画が面白く、全巻読みきるまで眠れなかった。結局7時半過ぎまで一心不乱に漫画を8冊読んでしまった。こういう勢いって大事。


まこっちゃんの紹介で千葉で有名なラーメン屋「なりたけ」を訪問。

背油が雪山に積もった雪のようにスープを覆う、こってりしたラーメン。前夜のラーメンの雪辱戦といわんばかりに、食らう。腑に落ちないラーメンの次のラーメンだったからか、求心力も倍増。十二分に堪能した。まこっちゃんを駅まで送り東京は下北沢へ向かう。女性陣も本日出演の下北沢屋根裏へ向かっているはずだ。

下北沢屋根裏も、今まで何度もお世話になっているライブハウスである。終演後に大抵酔い潰れているメンバーを抱き抱えつつ「すいませんすいません」と撤収する僕達を暖かく見守って下さる寛容、かつ素敵なスタッフさん達。会場入りと同時にテンション高めの出迎えで気持ちが高揚する。

リハーサル後はONE BY ONE RECORDS 柴山社長 と合流、然る後に雑誌「インディーズ・イシュー 」のインタビュー。バンドについて、新アルバムについて一生懸命話す。我々普段からとりとめのない話ばかりしているからか、なかなか要点に絞って話が出来ないけれどもそれでも熱意は伝わったはず。

屋根裏に戻るとイベントが始まっていたのでフロアにてコーラ片手にライブ鑑賞。自分の出番が近づいてきたので上階の楽屋へ行くと、最終日だからか気合が入っているメンバー。そりゃそうだ。関東三日間、最終日に駄目なライブをしようもんならもう完全に恥じ入るだろう。そんな事になろうもんなら舌を噛み切るくらいの気迫で望まなきゃなりますまいよ。気負い過ぎないように、集中する。

結果、三日間の最後として満足の得られるライブが出来た。この三日間では演奏、そして気迫が一番うまく両立出来たのではないだろうか。自分で自分達のライブを評論する事のナンセンスさは理解しているつもりだ。なればこう表現すれば適切だろうか、「心の底から十二分に楽しんだ」と。


終演後にフロア及びステージを写しているモニターを撮影した所、怪異なものが写りこんだ。


続・我が逃走
ヒイイッ!!


時間もナンなので、屋根裏の皆様にご挨拶して名古屋モドリ。

結局この3日間、全行程を運転しきった超絶敏腕スタッフ石黒君。物販担当7A嬢といい彼といい、我々は優秀なチームによって支えられているバンドだ。彼らのためにも我々、死力を尽くしてライブ諸々、全てを敢行せねばならない。


続・我が逃走
「前髪が鬱陶しい」とちょんまげにしている石黒君。


こうして三日間にまたがった関東ツアーは無事終了した。体はバッキバキになり疲労も蓄積されたが(ついでに言及するならば二郎その他のラーメンを食いまくったせいで体重が増加したメンバーもいるんじゃないか、と思う)、それ以上に得る物の方が多かった三日間だった。

僕個人レベルの話で言えば、ライブ一本一本に臨む上での精神的な部分での追い込みについて深く思索する事が出来たし、様々なバンドを観て実に良い刺激を受けた。


来週からは一転、西へ向かう。

どんなライブ、出会い、食が待っているかが本当に楽しみだ。

エフェクターの固定方法について思いを馳せてみる。

エフェクターをそれ相応の個数愛用する楽器演奏者にとって、エフェクトボードへのエフェクターの固定というのは知恵の使い所であるはずだ。

実際、今まで色々なエフェクターボードを見てきたけれども、エフェクトボードへのエフェクターの固定方法というのは千差万別、十人十色と言っていい。エフェクターボードというのはその楽器演奏者のスタンスや精神性、果てには性格まで見え隠れする一つの「表現」とさえ言っていいだろう。


固定方法で恐らくは一番普及しているのがマジックテープだろう。実際、エフェクトボードを購入すると「これを使って貼り付けて下さいね」と言わんばかりに、裏面に粘着テープが貼られたマジックテープが入っているのである。それらをエフェクターのサイズにあわせて裁断し、エフェクターの裏側に貼り付ければ準備は完了、あとはエフェクトボードに貼り付ければそれで完成である。ほとんどのエフェクターボードがマジックテープで固定可能なよう、かみ合わせの良い素材を使って作られている事からもこの方法が基本として考えられている事がわかる。

しかしこの方法、強い衝撃には耐えられない。ボード購入時に附属しているマジックテープは粘着性が弱く、ホームセンターで粘着性の強いものを購入した方が賢明であるのはマジックテープを試した事のあるほとんどの楽器演奏者が同意して下さると思う。他にも人によってはエフェクターが汚れるので嫌だ、という人やワウペダルが固定出来ないので嫌だ(最近はワウペダルが固定出来るようにこういうもの も販売されているようだけれども)等と様々ではあれども、僕個人の意見としてはどれだけ衝撃に強いマジックテープがあろうと運搬やライブ中の興奮した状態でエフェクターを踏みつける、その際に生じる衝撃を鑑みればマジックテープで固定する方法には不安が残ると言わざるを得ない。


で、今まではエフェクターをボードに放り込んでおいてツアー先で組みなおし、要所要所をバンドマンの万能薬「ガムテープ」で固定する方法を採用してきた。転換の際にそれなりに慎重になればトラブルは起きず(要はボードへの入り口と出口をしっかりしておけば良いのだ)、問題はないかと思われたけれども、ライブが終わったらボードをばらして翌日また組み直す、この手間というのが時間的にも精神的にも何かロスしている気がして仕様が無い。ここは一つガッチリと固定したボードをライブという現場で運用してみるか、と思い立った。


近所のダイソーに自転車で乗り付けて、購入したのは金網、そしてケーブル等をまとめる結束バンド。

金網はある程度の大きさで300円程度、そして結束バンドは30本で100円程度。

で、それらを使って組んだエフェクトボードがこれ。


続・我が逃走
携帯電話で撮影したので画質が粗いなあ。


金網をボードのサイズ丁度くらいに切って(安全性の確保のため、切り口にはハンダ付けをして丸みを持たせると吉)敷いてやり、そこに結束バンドを使ってエフェクターを固定してみた。

見た目的には良くないけれども、ガッチリと固定されたエフェクター達は試しに蓋をしめて振り回してみても微塵も動いていなかった。

この方法も結局時間は食うけれども、何日間にもまたがるツアーに出る際には重宝するだろう。転換の際に中身が崩れる事を心配しなくても良いし、リハーサル前に慌ててボードを組み直す必要もない。


JONNYで15~17日と関東ツアーがあるし(日程はこちら でチェックチェック!)、翌週にはDISCAPHORICS とツアーを一緒に回るのでとりあえずこの状態で試験運用してみようと思っている。

スタジオを捜し求めて。

バンドマンの生活を圧迫するものの一つに「スタジオ料金」がある。

ドラムセットにアンプリファイアを鳴らすには相応に整った環境、防音設備が必要でありそれを自宅に有するバンドマンは兎も角(山の中に所有する物置小屋をスタジオに改造したバンドマンや、周囲に民家が無いので自宅で練習可能な友人はいた。彼らは例外として話を進める)としても、バンド練習を挙行するには所謂「練習スタジオ」へ赴く必要があり、場所を借りて練習するという事は当然の流れとしてスタジオ料金が発生する。

日夜練習を繰り返すバンドマンからすればそれは必要経費、払って当たり前の出費ではあれども週に何度もスタジオ篭りを敢行すると、月に財布から出て行くスタジオ代も馬鹿にならないものだ。

それ以外に節約するところもあるだろうに、とは思うのだけれども安易な僕はスタジオ代の工面で頭が一杯になる時があるのだ。ああ、小市民。安くて、しかもそれでいて練習しやすい環境(これは何も高級な機材に音のまわりが少ないスタジオが望ましいとかそういう事ではない。そこまで贅沢は言わない)を望むのだから僕という人間の了見が如何に狭いかがよくわかろうというものだ。


で、名古屋某所に安い練習スタジオがあると聞いたので行ってみた。情報を教えてくれた友人の口調では「確かに安い。けどね・・・」という感じだったので興味がそそられたのも事実だ。友人から聞き出した所によると、そこで練習すればスタジオ使用料金が今までの3分の1程度で済んでしまう。知り得る限りそこ以上に安い所は他にないのに、何故皆そこへ行かないのか、何となく想像はつくものの興味があった。

で、実際に昨夜パイプカットマミヰズの練習で現地に赴いた。

事前に友人から色々話は聞いていたものの、そのスタジオは相当なインパクトがあった。



1.スタジオはカラオケボックスの地下に併設されている。

2.スタジオ内は独特の匂いがする。

3.スタジオ内にはカラオケルームにあるようなソファが置いてある。

4.スタジオ内には小蝿がいたりする。

5.スタジオ使用中に上の階で喧嘩があったらしく、警察官が何人も上の階へ上がっていった。

6.受付をしているとカラオケ利用客と鉢合わせる。



こうして列挙するだけでそこが如何にユニークな場所か知れようというものだけれども、友人の言った通り確かに安かった。深夜料金という条件はつけども、6時間の練習で一人あたま1000円をきってしまったのは驚異的で、僕はもうこの料金を店員さんに確認した段階で、如何に部屋の環境が劣悪だろうと音が出せるなら、そこで音が出せるならもう来週からここで練習するべきだと感じていた。僕は潔癖症ではないし、どんな環境でも自分達の音楽が演奏出来るようでありたいし(機材がよくなかったから演奏が駄目でした、とかあまり格好良いと思わない。人間最後は気合、なのである)、ならば男4人が夜な夜な集まって明け方まで音を出す、デカい音量で音を出す、その環境をこの値段で提供して下さるならば深々と頭を下げようと、そう思った。


で、スタジオに入らんと大量の機材を抱えて地下への階段を下りた。

真っ先に思い出したのは大学時代、毎年夏に過ごしていた長野県は斑尾高原でのサークルの夏合宿の風景。あの冬場は恐らく更衣室として使われていると思しき部屋の、あのカビてくすんだ匂い、あの匂いに似た匂いがその地下ロビーにはあった。人によっては顔をしかめるかもしれない。しかし僕は懐かしいこの感覚に顔を綻ばせてしまう。そしてスタジオのドア。よく練習スタジオで見る頑健な防音扉ではなく、気持ち程度に防音してくれる扉。そりゃあ音もダダ漏れだろうよ。スタジオ内も明らかに「元カラオケルーム」であり、機材を置いた僕と吉田君はお互いの夏合宿(大学が違う僕達は勿論違うサークルでそれぞれ夏合宿に赴いたのだけれども、名古屋の軽音サークルって恐らく大抵は斑尾高原で夏合宿を行っている。よってホテルも似たり寄ったり、場合によっては他大学とはちあわせたりもする)を思い出したのであった。


「いいじゃあないか」

「いいね」


実際、音を出してみてもなかなか快適な練習環境である。そうそう、忘れてはいけないのが、そのようなカラオケの地下で併設されているスタジオの割に、というか普通に機材がシッカリしたものが揃えられていた事だ。JC-120のインプット・ジャックが吹っ飛んでなくなっていたりはしたものの、全て不備なく動き予備のアンプも地下ロビーに置いてある。

結構な音量を出していたはずだけれども、店員さんからストップも入らず無事に5時間の練習を完走する事が出来た。2階のトイレに上がる際に他のカラオケ利用客と出くわして、その温度差に驚く事はあったけれどもそれすらも趣がある。


僕達の感覚はそれぞれの大学時代(とは言っても僕は卒業後も遊びに行っていたし、吉田君駒田君にいたってはOB2年目に突入したばかりなのでさほど昔でもないのだが)に立ち返り、興奮して練習を終える事が出来た。


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地下ロビーにて。
スタジオにはTK君が遊びに来たよ。


結論。

来週からもそこ使います。最高!

『アリス・イン・ワンダーランド』


続・我が逃走
まあ兎に角可愛いんだ、アリスが。


映画館の雰囲気、匂いが好きだ。

程好く落ち着いた照明のロビー、好奇心を煽る新作映画のポスター、子が親にポップコーンをねだる様子、額を寄せ合って会話するカップル、そしてポップコーンの醸す甘い匂い。映画館には夢が、期待が詰まっている。

そんな映画館を象徴するような映画、それがディズニー映画ではないかと僕は思うのだ。


ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』を観てきた。ネタバレを含んだ感想を書いていくので未見でこれから観ようと思っている方はご注意を。


さて『アリス・イン・ワンダーランド』である。

製作開始当時から「あのティム・バートンがアリスを!」と話題になってきた作品である。程好くグロテスクなキッチュな世界観を、ティム・バートンがどう料理するかがティム・バートン作品愛好家、そして勿論原作ファンからも注目されていた。チャシャ猫を、トランプの女王を、そして有名なキ○ガイのお茶会(原作にはそう書いてあるのだ驚くべき事に!)がどうスクリーン上で再現されるのか。

果たしてティム・バートンは彼特有のセンスを持って『不思議の国のアリス』の世界をスクリーン上に再現したのだった。ディズニー映画より可愛い(ウォルト・ディズニー氏、申し訳ない!)アリスの他、やたら派手派手なマッドハッター、そしてグロテスクな風貌の赤の女王(「首をはねろ!」は健在)、バンダースナッチにジャバウォック、不気味な双子等、もう「キモカワイイ」キャラクター達総出演。いずれも最初はギョッとするものの、観ている間に慣れてくるのかただ可愛く感じてくるから不思議だ。

アリスのドレスは基本的にどれも可愛く、この辺は映画を観た女の子の友人達にも概ね好評な様子。

目で楽しむのが映画なれば、まさしく映画だった。


粗筋?

うん、野暮ってもんじゃないかな。良い意味でエンターテインメント。ただ現実世界のアリスの周囲の環境が、根本的には何一つ解決していない事に気がつくと少し後ろめたい気持ちになる。

姉の夫は改心していないし、楽しい空想の世界に遊んでいた(病気だとしてもそれは本人にしてみれば愉しい空想だったはず)伯母さんはアリスに「病気」と断定されてしまいそれっきり。

救われないキャラクターはとことん救われなかったのが気になった。赤の女王然り。

そういう部分でも何だかグロテスクな映画ではあった。

謎の13号トンネル

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探索後に大丸ラーメンにて篠田Pに遭遇。


今日も今日とて心霊スポットへ。

今夜の探索は多治見にある13号トンネル。今は使われていない廃トンネルであり、詳しい人間曰わく「最近では一番危ない」らしい。トンネル系の「そういう場所」のご多分に漏れず、ここも建造途中に作業員が沢山亡くなったらしく、その霊が引き込んだのか自殺が列車への投身自殺が相次いだそうだ。他にはこのトンネル付近にある精神病院から抜け出した患者の女性が帰宅途中の小学生を驚かしていたとかなんとかで「口裂け女」伝説の発祥の地としても知られているらしい。
煽るじゃないか、それなら行こう、というわけで一路多治見へ。

しかし肝心のトンネルがなかなか見つからない。
色々調べてみても見つからない。河辺にあるという話なのだが、辺りにはそれらしいものは見当たらない。ホタルが飛んでいたりで情緒のある場所である。こんな所に廃トンネルがあるのだろうか。引き返しかけた時、我々の前に廃トンネルの入り口が姿を現した。

早速入ってみると、トンネル内は煉瓦造りで成る程、これは確かに雰囲気がある。水なんかも漏れ出しちゃって気がきいている。一人なら、これは無理だ。何人かで軽口を叩きながら歩くから可能なのだ。

ただ如何せん、どうにも凄みがない。最初はおっかなびっくり歩いていたものの、何もないとわかるや否や「ああ、暗がりの向こうから何か来ないかな」とか「ホームレスに遭遇してアッと驚きたいな」等と思い出す始末。全く僕って奴は。いざ遭遇したら一目散に逃げ出すに決まっているというのに。

僕のような人間は、「その時」が来たら誰よりも先に自分の安全を確保するように立ち位置を調整しながら「その時」が来ないか夢想するような人間なのだ。こういう奴は長生きするよ、きっと。


トンネルを無事に抜けると、そこは一面の藪。自然と「引き返すか」という流れになり、今来たトンネルを戻る一行。何だ、あんまり迫力がなかったなあ。何が最恐のスポットだよ、とかテンプレ通りの軽口だ。

しかしその後の調べでわかったのだけど、どうやら僕達が抜けたのは14号トンネル。抜けた先の藪を15分程歩くとそこが「最恐」の13号トンネルだったようなのだ。気付いたのはトンネルを抜け、斜面を登って車に乗り、移動後だった。流石に「戻ろう」という気にもならず、恐怖の13号トンネルは次回へのお楽しみとして残される事となった。

恐らくまた僕達はあの14号トンネルを潜って、未知の13号トンネルを目指すのだろう。

或いは、行く機会もないまま興味の対象が次に移ってしまうかもしれない。いずれにしても、良いのだ。

僕達はそれなりに興奮し、恐怖し、楽しむ事が出来たのだから。

玉子かけご飯の慣習


続・我が逃走


玉子かけご飯が好きだ。
玉子かけご飯の原体験は、恐らく夕食の際に父親が〆として食べていたものを見ていた事に拠る。

ご飯をおかわりし、茶碗の上に生卵をぶちまけて醤油をたらした玉子かけご飯は幼心に鮮烈であった。生玉子をそのままかき回してご飯と一緒にすすりこむという、恐らくは日本料理に於いてこれ以上ない程にシンプルな調理法は「生食」に抵抗を感じ易い児童には若干の抵抗と、それと同時に好奇心を多分に刺激され、ある夜僕はついに自らも玉子かけご飯を食べてみたと、そういうわけだ。


玉子かけご飯というのは一見単純なようで、その実食べ方が地域、習慣、そして年齢によって随分な差異を生む料理である。味付けに絞って考えてみても、食し方は千差万別である。元々は岸田吟香が広めたとされている(勿論、諸説は色々あるが)玉子かけご飯、岸田は焼塩と唐辛子で味付けして食べていたそうだが、今となっては醤油は勿論、塩こんぶ、すき焼きのタレ、麺つゆ(麺つゆ派という派閥 が存在する程だ。そして麺つゆ、試してみたのだがなかなかイケる)等、随分と細分化されている。ちなみに父親が醤油をたらして食べていたので僕もそれに倣って醤油で食べ続けてきたのだが、もし父親が麺つゆを使っていたらその結果僕のスタンダードは麺つゆとなっていたはずであり、こうやって地域や家庭毎の差異が生まれてくるのだろうなあと考えている。


「茶碗に盛った白米の上に玉子を落とし、醤油を適量たらす」「白米に別皿で醤油とまぜあわせた玉子をぶっかける」。果たして貴方はどちらの食べ方をするだろうか。

玉子かけご飯の食べ方も味付け同様、随分と細分化されているようである。その拘りたるや、恐らくは一個人個人によって違いが認められるものであり、上記に挙げた「ご飯とともに混ぜる」か「ご飯に混ぜたものをぶっかける」かの違いは「玉子かけご飯の食べ方の作法」を大別する上では随分と基本的な項目として捉えられるだろう。

ちなみに僕が一時期試していたのが「茶碗に片側にご飯を寄せて盛り、もう片側に混ぜ合わせた玉子を流し込み、ご飯の山を崩して適時すすり込む」という方法である。「玉子かけご飯はすすりこんで食べる派」にはたまらない食べ方であり、常に新鮮な喉ごしの玉子かけご飯を楽しむ事が出来る。


白米の温度や、トッピング等に思いを馳せるのも楽しい。玉子かけご飯には家庭毎の拘りと、プライドが込められている。どうか貴方の「スタンダードな」食べ方を教えて頂きたい。

僕はその一杯を胃袋に収めつつ、貴方の家庭や貴方の食生活、貴方の日々に思いを馳せる事にするから。

活動的な夜

喉風邪の具合がよくならないまま、東京からFar Franceオワリカラ が来名しているというので新栄APOLLO THEATERへ。それぞれJONNY、不完全密室殺人で共演歴のあるバンドで(Far FranceのGt畠山君だけは彼の別バンドで不完全と共演したため、どちらも知っている事になる。ちなみにその別バンドはオワリカラのタカハシヒョウリ氏が率いている、運動会みたいなバンド だった)、それってつまりFar Franceには「どうもどうも、JONNYの舟橋です」と挨拶し、オワリカラには「お久しぶりです、不完全密室殺人の舟橋です」と挨拶する事になる。挙句、畠山君には「パイプカットマミヰズもやってらっしゃるんですよね。以前一緒にやりました」と。バンドを3つもやっているけれども、現状意外とどのバンドで共演したか間違えるような失礼は一度もしていない。

話が逸れた。


ツアーを一緒に廻ってきたというFar France、そしてオワリカラ、両者ともキレッキレだった。

Far France、以前共演した際は自分達の出番が近い事もあって準備のためかゆっくり観る事もままならなかったと記憶しているけれども、今回は最初から最後までじっくり観る事が出来た。France、という名を冠するバンド名に反してどこか日本的な匂いを感じるのは前回と同じ印象、しかしこんなに鋭いバンドだったのか。ギター2本で単音フレーズを弾く瞬間等に顕著に感じたけれども、ひねくれていて確信犯的で鋭い。「ほうけてんのかなごやー」、パンク魂炸裂。是非またお相手願いたいバンド。新メンバー加入という事で、新生Far France、楽しみにしています。

で、オワリカラ。実はオワリカラを観るのは初めてである。というのも以前共演した際はタカハシヒョウリ氏がインフルエンザで残念ながら出演キャンセル、「タカハシヒョウリとレッド・ツェッペリン」は観れどもオワリカラは観れず、そして御三方とは一緒に演奏させて頂く機会 はあれども演奏をまじまじと拝見する機会は今回が初、とメンバー各員に面識はあれどもバンドとしては初めて演奏を拝見するという数奇な関係なのである。で、だ。いやはや、それぞれのポテンシャルから想像していたけれどもそれを遙かに上回る良さ。何でしょうね、ジャズ?プログレ?それを全力で噛み砕いて熱量高めに昇華しておられる様が実に素晴らしい。4人が4人ともキャラ立ちし過ぎでしょう。途中で咳が酷くなり幾度かトイレに駆け込むものの、楽しませて頂きました。


で、APOLLO THEATERを後にして女子3人とラーメンを食らい、自転車で今池へ戻る。池下UPSETでライブを終えたthe enhanceの打ち上げに合流させて頂く。the enhanceの皆さん、結局ライブは観れなかったけれどもお疲れ様でした。打ち上げの様子で、何か、色々と感じました。バンドって続けていくの難しいけれども、終わらせるのも別角度からの視点で言えば、並の事ではないと思います。しっかし久しぶりにああいう場所に行った気がするぞ。本当に楽しかったもんなあ。the enhanceギバ君が熱くなってて凄く良かった。


「俺は舟橋さんと心霊スポット行って仲良くなったんですよね!」

「ね!僕もあれでギバ君と打ち解けたと感じました!あれは楽しかったですねえ」

「あ、工場長(Dr.Right /HELLO WORKS )から電話だ(ピッ)もしもし・・・今?今は打ち上げ中だよ。・・・今から?心霊スポット?好きだねえ!今丁度そんな話してたよー。お、コセさん( )もいる?わかった、ちょっと待って。(the enhanceギバ君に)マタイ君とコセさんと心霊スポット行くけど行きたい?」

「行きたいですね行きたいです」(既に酔っ払っている)

「あー、ちょっと待ってね」

(ギバ君に電話を渡す)

「もしもし、お疲れっすギバです・・・」


で、他事やってると


「行く事になりました!」

「あ、本当に?僕どうすればいいですかね」

「マタイさん達来てくれるみたいなんで待ちましょうー」


で、当然ギバ君が打ち上げ最中に抜けるわけにも行かず、舟橋のみ収容し心霊スポットへ向かう清水車。

詳しい場所は色々あるので明言しないけれども、現地に行くまでが大変な場所である。舗装道路から砂利道へと公道が姿を変え、景色も一変する。左側はゴツい山肌or鬱蒼と茂る森林、そして右側は切り立った崖である。場所によっては道幅が5m程しかなく、ソロリソロリと進む他ない。時にはコセさんと車から降りて、前方に大きな落石がないか、車が通るには十分な道幅か慎重に吟味しながら歩を進める。完全に都市生活とは隔絶された森林地帯。例えばここで車ごと崖の下に落ちたとしても、誰も助けには来てくれないだろう。そもそも誰か近寄るのか、この辺り。経験上、心霊スポットへの道程では人間が出した様々な「ゴミ」を目にするのだが、今回ばかりはそれすらなかった。やはり皆億劫なのか、余程のもの好きでないと行こうとはしないのだろう。

実際現地に着いても恐怖や肝試し的な感覚よりも「無事に着いた・・・」という達成感の方が大きかったと思う。

そして再び慎重に帰る。一旦通った道なので少しは気が楽だが、油断は大敵だ。時刻は既に4時を過ぎている。この時分の4時過ぎは十二分に明るい。ふと、脇を見ると先程までは漆黒の闇に塗りつぶされていた風景が途方もなく幻想的で美しい姿を晒していた。


続・我が逃走


いやはやライブに打ち上げに、そして心霊スポットと実にアクティブに動き回った一夜だった。これぐらい毎日が刺激的であれば退屈しないだろうに。

現状、一片の悔いなし

全くここ最近は3年前の自分に「お前バンド簡単に辞めんなよ!絶対辞めんなよ!」って言いたくなる程毎日充実している。バンドをやっているお陰で友達も増えたし、性格も少しだけ明るくなれたのではないだろうか。

バンド活動を大学の頃から(これって恐らく結構遅めなんじゃないかしら。楽器を握ったの自体か高校3年生だったし)続けてきて、バンド活動によって奪われたものは皆無だけれども(続けていく上で犠牲にする事を選んだものはあれども、だ)、得たものは物凄く多い。

幸い毎年のように「今が一番楽しい楽しい」と口ずさんで生きていられるし、悲しい思いをする事もそうそう、ない。

たまに、ごくたまに「ああ、やっちまった」という程気の抜けたライブをしてしまう事があるけれども、最近はそれでも以前に比べたらライブ後に充足感が感じられるような演奏が出切る機会が増えてきた。


ライブハウスに友達のバンドを一人で観に行って、隅っこでモジモジしていた大学生の僕へ。

君が今いるそこは恐らくはこれから先ずっと、君に興奮と安らぎを与えてくれるし君を育ててくれる場所だ。怖いのは今だけだ。

エレクトリックギターを3日で断念した、高校3年生の僕へ。

ギターより向いている、とは言えないけれどももっと興奮させてくれる楽器に出会えるから安心したまい。ただ真面目に練習しておくように。エフェクターに興味を持つのはもっと後でいいよ。

エフェクターを買い漁った結果、100個近くのコレクションを抱えてしまう大学4年生の僕へ。

そんなにお金を費やせるのは今だけだぜ。でも君のコレクションで今の僕が助かっているのも事実です。

腕を折った今年1月の僕へ。

まあ、とりあえず太るから食い過ぎには気をつけて!


ちょっと感傷的になってしまっていかん。

ロマンチックであれというのはモットーであり、そして舟橋家の血なれども、クサいのも度が過ぎればただの嫌味だ。

今日はFar Franceとオワリカラを観にアポロシアターへ。オワリカラ、少しでも観れればいいなあ。

SAKAE SP-RING 2010に出演してきた


続・我が逃走


というわけで名古屋は栄界隈で行われたライブ・サーキット「SAKAE SP-RING 2010」にJONNYで出演してきた。

幾つものライブハウスで幾つものアーティストが出演、タイムテーブルとにらめっこして自由に行き来する名古屋が音楽に色めき立つ3日間。僕達は最終日6日の17時からHOLIDAY NAGOYAにて出演だった。


会場入りするまで時間があったので若干早めに家を出てクアトロにcinema staffを観に行った。

前日もNAGOYA ROCK FES2010で観たcinema staff、前日にも増してキレッキレだった(飯田君、ギターを折ってしまったとか・・・!)。ステージ上、そしてフロアの興奮を目の当たりにして「SAKAE SP-RING良いなあ!」と早速興奮。そりゃそうだよな舟橋、君こういうの初めてだもんな。

cinema staffの余韻を胸に、機材搬入。それまでの道程で様々な人が胸から入場者パスをぶら下げているのを見、一体どれだけ沢山の人間がこのお祭に参加しているのかと更にワクワクする。

クアトロが入場規制かかりっぱなしになったり、それこそ昨日の名大の光景を見たりしていると「CDが売れない時代」とか言われているけど、そんな言葉の説得力がかすんでしまう。「これだけの音楽好きの前に何を言うのか」と。


でJONNYはiGO先輩の後に演奏。野田さんは何を隠そう僕の父と知り合い、どころか結構深い仲だったりするのだけれども、どうやら父は僕には見せない顔を野田さんには見せていらっしゃるようで僕達のライブ後もそんな話を聞かせて貰った。あ、結構下っぽい範疇の話でもありますよ。野田先輩いつも有難うございます!

で、そうだ僕達のライブ。

もうね、下衆ですよ。下衆。SAKAE SP-RINGのステージで、LACHIC主催で、ZIP-FMの名を冠するイベントで「家畜の糞尿」とか言う事になるとは思わなかったです。あと汗で視界がぐしゃぐしゃに。「前日が炎天下の下だったから涼しげにできそうじゃわい」とか思ってた僕が馬鹿だった。

ライブ後に皆で食べにいった味濃い目の極太麺がバッキバキのラーメン、旨かったなあ。


入場規制がかかったモーモールルギャバンの演奏を、ライブハウスの壁越しに漏れ聞こえる歓声とともに聴きながら僕のSAKAE SP-RING2010は終わったのだった。

NAGOYA ROCK FES2010、そしてSAKAE SP-RING2010。僕の体を精神を、音楽のために、音楽を演奏するために費やした2日間。本当に楽しかった。

NRF2010

まずははじめに。

名古屋大学大学祭にて行われた「NAGOYA ROCK FES 2010」(以下、twitterでのハッシュタグにならってNRF10と)にて私共JONNYとしてステージに上がった一員が、一部進行上問題のある行為を行ってしまった事についてJONNY一同謝罪したいと思います。バンドメンバーとして申し上げますと、当該構成員に非はありません。全ては彼の行為を止めれなかった(止めようと思えば、それこそ楽器でブン殴ってでも止める事は出来たはずなのです。恥ずかしながら申し上げると僕は一部始終を見た上で、手を叩いて喜んでいました)メンバーに責任があります。本当に申し訳ありませんでした。

「NRF10」は学生の皆さんが一年がかりで計画、準備、打ち合わせを重ねて挙行されるイベントです。一年がかりで沢山の学生さんが実現させるイベント、そのイベントにどれだけの苦労と努力が費やされているかは想像に難くありません。すんでのところでその情熱を裏切ってしまいかねない行為をしてしまった事を恥じています。

情熱を伴った表現方法というのは、時として衝動的な行為に結びついてしまいます。直接的に演奏に結びつかずとも、「最大限、全力のパフォーマンスをする」という事に向き合った結果、ステージに立つ人間として時としてとっぴな行動に出てしまう事もままあります。その結果、知らなかったとは言え運営委員の皆さんにご迷惑をおかけしてしまった事をもう一度お詫びしたいと思います。

そして、最後までスタッフとして職務(実際、私は自分達の行動を省みてうなだれたり反省はしましたが、不愉快な思いは一日通してにはただの一秒たりとてなりませんでした)を果たされたNRF10運営スタッフの皆様、ステージスタッフの皆様、そして大学祭実行委員の皆様には最大限の感謝を示したいと思います。

大学祭、そして「NRF10」大変楽しませて頂きました!



というわけで、やり過ぎた感は自他ともにあれどもJONNY、「NRF10」出演してきた。

広大なステージ!燦燦と輝く太陽!文字通り「LIVE or DIE」な温度とお膳立ては最高。ああなるともうバンドマンというか生き物としての行動力を試されている気にすらなる。

いや、もう大いにはしゃいだよ。


続・我が逃走


ライブ中にてステージから撮影してみた。良い写真だ。本当に良い写真だ。この光景を忘れずに、明日のSAKAE SP-RINGも一生懸命演奏しようと思う。

cinema staffも格好良かったし、良い一日を過ごした。

今頃現地ではまだ大いに盛り上がっているだろう。僕は仕事!

副作用

2日 23:45 眠る前に、とパブロンを服用。ベッドに入り就寝。

3日 05:30 寝汗をドッサリかいて寝苦しいのか、突然目覚める。順調に回復している事に気をよくして、再びパブロン服用。

3日 12:00 昼食後、とどめと言わんばかりにパブロン服用。



12時間の間にパブロンを3包服用した所、とんでもない倦怠感と気分の沈み方をする。

そりゃそうだ、ただでさえ「強い」と言われているパブロンを単純に4時間おきに服用したのだ。効き目が消える前にまた服用、その結果副作用が出てもおかしくない。ってか副作用だろ。これ。

というわけで新陳代謝でパブロン成分を体外へ出そうと、ひたすらに水を飲んでいる。うおおおん、俺はまるで人間ろ過機だ、ってなもんである。

アルバム「POP STAR」発売

遂にJONNYのニューアルバム『POP STAR』発売!

というわけでTOWER RECORDS 近鉄パッセ店、名古屋PARCO店にご挨拶に。


まずは近鉄パッセ店へ。


続・我が逃走
こんな感じで展開されています。
凄い!感無量です。


続・我が逃走
売り場の前で記念撮影。


想像以上の展開の規模に興奮。POPもお洒落で人目を引く。スタッフさんからの愛情、熱意を感じた。深々と一礼して、名古屋PARCO店へ。


続・我が逃走
社長のtwitterから無断拝借。
名古屋PARCO店 小林さんと。


名古屋PARCO店でも情熱的な展開!まさか自分のバンドの音源が、学生時代友人達と訪れたタワレコで、しかもこんな大掛かりに展開されるなんて、本当に感無量。


時間の関係で僕は2店舗しか同行出来なかったようだけれど、佐藤、篠田メンバーに柴山社長はその後も色々と挨拶に伺っている。申し訳ない・・・!

しかしだね、自分のバンドの音楽が、最もミニマムな視点で行ってしまえば自分の演奏がタワレコの店内スピーカーから大音量で流れ出すだなんて、初めてベースを握った高校3年生の僕は、初めてエフェクターを買った大学2年生の僕は想像しただろうか。


どのお店のスタッフさんも「POP STAR」、お楽しみ頂けたようでバンドマン冥利に尽きる。

手前味噌ながら本当に自信作なので、皆様是非お買い逃しのないように!

まだ購入されてない方はタワレコへ!

瑛太さんと木村カエラさん、入籍発表


続・我が逃走


木村カエラさんが入籍、そして妊娠5ヶ月の発表をされた。

お相手は以前から交際されていた俳優の瑛太さんという事で、ここに個性派素敵夫婦が誕生するわけである。

夏に入籍を予定している中での妊娠という事で、所謂『できちゃった婚』とはニュアンスが違うわけで。

何にせよお二人を祝福致します。

幸あれ!


・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

カエラちゃんがああああああああああああああああああッッッ!!

馬鹿などうして畜生ゥッああああああああ!!!!

悔しい畜生カエラちゃん可愛い畜生複雑カエラちゃん結婚嫉妬憤怒瑛太カエラちゃん可愛いカエラちゃんんんんんんん!!!


リングディンドン!!

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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