コダマ10の記録 「二日目、コダマ10解体まで」

10月24日(日) 12:40頃

目が覚めた。気がつけば「コダマ10 」最終日半ば。

10分だけ眠るつもりがそうもいかず、どうやらガッツリ6時間近く眠ってしまったらしい。周りを見れば自分が侵入した際には死屍累々としていた仮眠所も、今や自分一人だ。顔も浮腫んでいるし身体の節々も痛い。寝癖もどうやら相当酷い様子。きっと酷い顔をしているのだろう。出来るだけ人に会わずに洗面台に辿り着きたい。

しかし洗面台のある水道口まではコダマステージ前を横切らなければならない。絶対に人目につく。

というわけで海側から廻って行く事にし、薄汚れたエプロンをつけたまま斜面を滑り降りた。


同日 13:00

さっぱりした顔で社長、ギバ君達と会う。しばし談笑。

会う人会う人に「犬丸ラーメン 」の話をふって頂き、嬉しく思う。皆それぞれに楽しんで下さった様子。出店者冥利に尽きるなあ。しかし、片付けは?聞くところによるとシン君、小森君がやってくれたらしい。眠ってしまった僕を起こそうともせずに。申し訳ない!この借りは来年返します!


同日 14:00

コダマステージにて24-two four- を観る。

僕が起きた時から空は曇り模様だったけれども、少しずつ雨がパラついてきた。しかし皆、雨が降ろうともその場を動こうともせずに24の音楽にあわせて体を揺らしている。御幣があるかもしれないけれども、良い光景に良い雰囲気。

24を観終わると佐藤メンバーが「車で岩屋寺に行こう」と声をかけてくる。交換条件としてコンビニにも寄ってもらう事にして、同乗。佐藤メンバーはこの辺りが地元という事で色々と感慨深い様子。高校時代に岩屋寺にはちょっとした思い出があるようで(詳しくは2YOU MAGAZINEのwebsite 内、彼女のコラム を参照の事)、この数日前から岩屋寺にひどくご執心な様子。岩屋寺で起きた怪異に関心があるようなのだけれども、岩屋寺に関して熱っぽく語る彼女の様子は呪われてるんじゃないかというくらい情熱的。

個人的には心霊スポットも怖い話も大好きだけれど、幽霊や心霊の類はこの目で見るまで信じ難い。


同日 15:40頃

岩屋寺、コンビニとちょっとしたドライブを経て会場に戻るとmudy on the昨晩 が演奏を開始していた。

今朝方、ともに犬丸ラーメンを作り上げたmudy~、もう僕の中では勝手に盟友クラス。演奏を拝見わず。

ステージの前が人で一杯だったので背の低い僕はその隙間隙間でしかステージの中の様子を伺えなかったのだけれども、やはり良い演奏。一見(一聴?)複雑なようなのだけれども踊れるというか、歌心がありますねmudy on the昨晩。演奏中に上空の沢山の海鳥が飛び交っていて、何だか映画のワンシーンみたいだった。


同日 16:30

何だか疲れがぶり返してウダウダしていた気がする。車の中で機材とか荷物を整理していた気が。

ってか確かこの頃まで犬丸ラーメンで使ったエプロンをずっと着用していた。何だかさ、離れ難くって。


同日 17:30頃

のうしんとう を観て「コダマ10」フィニッシュ。

ぼちぼち帰っていく出演者、お客さん。ああ、コダマが終わっていく。そんな風情を感じつつ、コダマステージのメインスピーカーをバラす。アジアステージはどうやらのうしんとう中にもうバラシが完了していたようで、何て迅速な進行!

雨の降る中での作業となったけれども、皆一様に達成感を噛み締めているような表情。


同日 19:30頃

はみちゃん達がそろそろ帰らなければならず、同乗してきた僕も、と思ったけれども堀さんの「残るなら帰り送っていくよ」という言葉で心揺らぐ。で、結局残る事に。松井さん、堀さん、コキさん、舟橋によるコダマの完全解体が始まった。


同日 22:00頃

一旦休憩。音響業者さん、ステージを組んだ業者さんも皆帰られ、残るはアジア の皆さんと我々のみ。アジアにて夕食を頂く。スパムおにぎりにラーメン、っそいて蛸ブツ。旨かった。凄く旨かった。


同日22:30

流木の処理に行く3人を見送り、投光機に照らし出されたコダマステージの土台をインパクトドライバーでバラバラにしていく。土台、何枚もの板で組まれているのでビスさえ外してしまえば積んでいくだけである。雨が降る中、フードを目深に被り投光機に照らし出されている俺ってばまるっきり怪しいんじゃねえの、と思う。


同日 23:00

一人の作業は自然と独り言が多くなる。「ええいこん畜生め」とか言いながらインパクトドライバーを奮う。

3人が戻るまでにコダマステージを更地に戻してしまおうと目標を掲げ、熱い気持ちになっての作業。雨は、まだ降っている。


同日 24:00

コダマステージ解体も終わり、松井さんと交代して土嚢の処理に行く。トラック内では堀さん、コキさんとスタートレックやらガンダムの話をする。


10月25日 0:30

ゴミの分別作業。アジアのご好意で分別さえしてくれれば後は引き受けて下さる、との事。ご好意に感謝。

犬丸ラーメンのゴミが異臭を放っていた。


同日 1:00

細々とした片づけを終え、撤収完了。「コダマ10」、後日松井さんと堀さんによる後片付けは残っているものの、現場に於いては完全に解体。お疲れ様でした!


同日 1:30

堀さんの運転するトラックに乗り込み名古屋へ帰投。コダマでの思い出や感想を話したり、神様シリトリをしたり自分のバンド観等を話す。堀さん、眠気に襲われながらも必死の運転。

本当に有難うございました。


同日 2:00

帰宅。

達成感しかなかった。



こうして僕の「コダマ10」での48時間は終わった。

構築途中から解体まで目の当たりにしたわけだけれども、あの野外フェスは多くの人間の情熱、そして信念が礎となって作られていた。平時は有難い事に出演する側である事が多い立場だけれども、ああしてイベントを作る側の人間と触れ合い、作業をともにする事で自分が普段出演しているイベント、そしてライブハウスでは多くの人間が自分達の演奏に力を貸して下さっている事が再認識出来た。

この48時間で得た経験というのは恐らく今後も僕の糧となってくれるだろうし、あの場で作業をともにしたスタッフ様には感謝の念、そして親愛の情を感じている。

松井さん、堀さん、そしてスタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。

あの野外フェスで多くの人が感じた喜び、楽しさは出演アーティストや出店者が作り出した物である事に間違いはないけれども、イベント自体の賞賛は貴方方のものです。

「コダマ10」に出演者、出店者、そしてお手伝いで参加出来た事を誇りに思います。

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コダマ10の記録 「犬丸ラーメン」

10月24日(日) 1:00頃

「そろそろか」

「そろそろですね」

スタッフ数名で示し合わせたかのように行動を開始した。


今回のコダマ、JONNYの他のもう一枠『出演』する事になっていた。以前告知した 「犬丸ラーメン」である。

名古屋は今池にて50年以上の歴史を有するトンデモないラーメン屋、大丸ラーメン。文化人やバンドマンをはじめ、数多くの人間に愛されるラーメン屋であるのだけれども(これ がその証拠だ。数多くの人間が熱いレポを載せている)、それにインスパイアされたラーメンを「コダマ10 」で出展しようというもの。

本家 大丸ラーメンは夜中の2時~5時が営業時間。コダマは基本、夜中出店がなくなり去年はひもじい思いをした。この時間に出せば空腹の人の胃袋を満たせるのではないか。そして多くのバンドマンがその名を口にするが故興味を持ちつつも営業時間故、平時なかなか本家 大丸ラーメンに行けずに歯がゆい思いをしている方々もコダマという「皆で楽しもうぜ!夜更かし万歳!」なシチュエーションならば本家の何分の一かでもそのテイストを味わって貰えるんじゃないだろうか。そしてそれをきっかけに本家に足を伸ばして貰えたら。

そんな思いが、胸にあった。

きっかけはパイプカットマミヰズ企画 の打ち上げの席である。コダマ首謀者の堀さんと「コダマで大丸ラーメン出店されたら熱いですよねー」と話しているうち、気がつけばどんどん盛り上がっていた。その場にいた人間も賛同し、あとは誰かが「やる!」と言い出すばかり。迷った挙句、翌日にやる事を決意した。大丸ラーメンは多くの人間に愛されるラーメン、いやラーメンというか、あれはもう文化だ。コダマで大丸ラーメンにインスパイアされた、と言いつつ下手なものを出したら多くの人間の気持ちを裏切る事になる。プレッシャーは確かにあった。

大雑把な作り方、そして製麺所は本家 大丸ラーメン 大橋大将から聞いている。今まで何人もの人間が自分のラーメンを再現した、と嬉しそうに語っていた。その歴史に名を連ねるならば、恥ずかしいものは作れない・・・・!

屋号は堀さんが口走った「犬丸ラーメン」をそのまま頂く事にし、我々は出店を決意した。

「犬丸ラーメン」出店が決まった段階で、「コダマ10」開催まで一週間をきっていた。時間が、ない。一日たりとて余裕はない中、「犬丸ラーメンプロジェクト」はスタートをきったのである。


そして迎えた当日。

野村さん、小森君を加えた我々「チーム犬丸ラーメン」、全ての出演者が演奏を終了した後に活動を開始したのであった。犬丸出店予定地付近にはまだまだ多くの人が残っている。出来るだけ仕込みをしている姿を人に見られたくない、という事で物陰でランタンの灯りを頼りに煮汁等調合していたのだけど、ふと気がつけば背後に気配。mudy on the昨晩 フルサワ君にワティフォ氏である。

「ラーメン、何時に出来ますか?」

「あ、まだ出来ないですよー」

シン君が応えても二人は動こうとしない。表情には何かを心待ちにしている期待が浮かんでいる。・・・成る程、ピンときた。

「まだ出来ませんから。他で食べて下さい」

本家 大丸ラーメン 大橋大将の声色を真似て応える。ガッツポーズをして去っていく二人。その後もmudy~メンバーは入れ替わり立ち代り僕のところへ来、「ラーメン何時からですか?」と『お約束のやりとり』をしに来た。

我々が本気なれば、彼らも本気だ。本気でお客さんを演じようとしてくれている。大丸ラーメンファンによる、全力の「大丸ごっこ」だ、これは。


mudy~メンバーの本気はこんなものではなかった。

彼ら、色紙を用意してきており大丸店内に貼ってある著名人のサイン色紙を完全再現、あろうことか色紙で看板まで作ってしまった。しかもパスを何枚か持ってきて「これ、貼っておきますね!」。ああもう最高だ!mudy on the昨晩は間違いなく強烈な大丸フリークであり、そして遊び心を理解した好事家である。

そんな彼ら、そして彼らの後ろに並んでいる沢山のお客さんに報いるには我々とて本気を出さないわけにはいくまい。

物陰にて、事前に用意しておいた衣装セット(エプロン、三角巾、マスク)を装着し、両足にビニール袋を巻く。細部は微妙に異なるけれども、これで夏場の大橋大将を意図している事は十分伝わるはずだ。あとは演技力。唸れ、今まで蓄積された俺の血液内の大丸魂!!

今まで何度も目にしてきた大橋対象の歩き方、様々な挙動を脳内に浮かべて一瞬深呼吸、皆の前を横切って店舗スペースに歩いていく。

「大橋さんだ!」

ザワつく行列。良し、掴みはOK。


煮汁を火にかけ、湯を沸かす。背後ではシン君に野村先生が様々な準備をしてくれている。

「大橋さん役は任せます。舟橋さんにしか出来ません」

シン君よ、そう言うけれどこのラーメン屋、ほとんど君が作り上げたんだぜ。君が誇るべき、君の努力の結晶なのだ。僕は所謂スポークスマンに過ぎないよ。しかし役目は全力で、果たす。

写真を撮ろうとする人、店内スペースの様子を伺いに来る人、それぞれに大橋さんならぬ「犬橋さん」としてリアクションを返す。演技をしつつも行列を眺め、これだけ多くの人が並んでくれるとは思わなかったなあと感慨に浸ってしまった。

煮汁が煮えてくるにつれて、辺りに匂いが充満する。我々の自信作、肉の煮汁が発する匂いは本家 大丸ラーメンに並んだ事のある方ならすぐにピンとくる「あの匂い」に肉薄している。さあ興奮して頂こうか!

「やべえ大丸の匂いだ!」

「大丸の匂いがする!」

シン君よ、やったな。胸の中で呟いて「犬橋さん」の演技を続けた。

煮汁は煮えたぎっているし、湯も沸騰した。開店だ。


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暗闇の中での作業。
ランタンだけが頼りである。

今回何が嬉しかったって犬丸ラーメンを口にした方々が一口目、一口目で「大丸だ・・・・!」と感嘆の声を挙げられた瞬間である。

製麺所のご好意で全く同じ麺を卸して頂いたし、素材も可能な限り同じものを揃え、味はシン君の努力の賜物である。それが感嘆と好意を持って楽しんで頂けるのならば我々としてはこんなに嬉しい事はない。

20食限定、と銘打って開店したけれども21食目からは焼き蕎麦の麺、うどん玉を使って調理。結局30数食提供出来たようで、これは我々としては想像以上の提供数。何だかんだで3時開店、5時半までの営業となった。

最後のお客は慌てて駆けつけた植田君。

「これ食べなかったらもう死ぬところでしたよ!」
彼の分を作り終え、シン君が入れてくれたコーヒーを飲みながら一服。周りも少しずつ明るくなり、ああこれでコダマでの2ステージもやっと終わったのだ、と一息つくと途端に目がまわりだした。それまでまともに眠らずに動き続けたのが祟ったのだろう。

「10分だけ眠らせてくれ!」

就寝場所を見つけるとそのまま気を失うように眠ってしまった。


堀さんとの何の気なしの会話にその端を発する犬丸ラーメン。web上での反応等見ていても皆さん楽しんで下さったようで感無量である。「あの味」を目指して作られた「犬丸ラーメン」を楽しんで頂けたのなら幸いである。

そうそう、忘れてはならない。

試作会に於いて重要視された「肉の煮汁」。あれこそが大丸ラーメンの味の核になるのはスタッフ全員の統一見解だったのだが、その煮汁をスタッフ全員は愚か試作会に来られた松井さんや堀さんまでもが納得するクオリティに仕上げたのはスタッフ シン君の手腕である。彼は材料の買出しから諸々の用意、そして当日材料と器具の運搬から調理補佐まで全てに於いて一番動き回ってくれた。彼なくしては犬丸ラーメンは完成し得なかったと思う。皆の賞賛は半分以上君のものだよ。

海に突っ込んだ 後で体調も芳しくない中、ギリギリまで手伝って下さった野村先生にも最大級の感謝を。先生の助力があり、そして先生のお気持ちのお陰で随分と勇気付けられた。先生が後ろに控えて下さった環境でのパフォーマンス、今思えば何て贅沢。来年は是非犬丸でも表舞台に!

そして小森君。10分のつもりが6時間以上眠ってしまった僕のかわりに片づけを行ってくれて有難う。洗い物等地味な作業を担当してくれたお陰で開店作業をスムーズに進める事が出来た。

思いつきで完成度も約束出来ないこの企画にノッて下さった松井さん、堀さんにも最大級の謝意を!

店舗外装(?)をプロデュースしてくれたmudy on the昨晩にも賞賛を!

そして全てのお客様、そして忘れてはならない本家 大丸ラーメンにも感謝と敬意を!


犬丸ラーメン、いずれまたやります。

お楽しみに!


コダマ10の記録 「一日目から、開店まで」

10月23日(土) 12:00

コダマ10」が始まってしばらくは、まだスタート直後の慌しさにのまれて落ち着いて楽しむ事が出来なかった。

駐車場近辺で受付を手伝ったり、その辺りをウロウロしていた。

会場入りする友人のバンドマンやお客さん達とすれ違う度に「舟橋君顔色悪いぞ」とか「舟橋さん顔真っ白ですよ」とか「死にそう」とか「人殺しの目してる」とか言われる。精神的に高揚しているものの、この辺りは眠気と覚醒状態の間をいったりきたりしており、フッと気を抜くと「眠い」が口癖のように口をついて出た。

しかし何かしら外的刺激があるとすぐに覚醒し饒舌に喋りだすという、端から見たらブッ壊れたような状態だったのではないかと思う。

この辺りでもう何となく「JONNYの演奏終わるまで眠るのやめよう」とか考え出す。



同日 13:00頃

片言MC(一部ではガチで外人なんじゃないかという噂さえ流れたらしい)搭載、へヴィーメタルの魂の継承者たるDOIMOIを観、そのままアジアステージにcuolのリハーサルを観に行く。

去年のコダマで出会い、それ以来定期的に連絡をとりあう仲になったcuolだけども(有難い事に音源のコメントまで書かせて頂いた)、演奏を観るのは久しぶり。最後にcuolを観たのは池袋 手刀での演奏が最後だと思う。

機材をセッティングしている間、アジアステージのフロア内に設置してあったソファで一休み。柔らかいソファに腰を落ち着けたのは久しぶりで人心地着く。確か佐藤メンバーが現れて「もう眠れ」と声をかけてくれた気がする。

気がつけば眠っており、あわやcuolを観逃す所だったが、奇跡的に覚醒。覚醒のタイミングというのがまたギリギリで、ギターヴォーカル師範代の「cuolです、宜しくお願いします」という挨拶を耳にした瞬間に覚醒。慌ててステージ前に陣取る。

さて久しぶりのcuolだけれども、オーシャンビューのアジアステージ、海を背負ったcuolはこれまた良かった。ドラムの機材不調にほそや先輩は苛立っていたようだけれども、それさえもバンドのヒリヒリした演奏に一役買っているのではないか、と錯覚してしまう程。徐々に熱量を上げていく演奏陣、しかし背景は広大な海。

個人的にcuolのイメージは室内、しかもどちらかというと地下だったりするのだけれども、室内であれどオーシャンビュー、というアジアステージでのcuolは非常に面白いシチュエーションだった。

いや、しかしcuol凄えわ。最初の頃は正直まばらだったお客さんも、ふと振り返ってみれば明らかに人が増えておりしかも皆興味深深といった様子でステージを見つめている。

「cuol観て爆笑すんのお前くらいのもんだぞ」とほそや先輩に言われたけれども、やはり凄いものを観ると笑ってしまう癖はなかなか治らないようです。



同日 14:00過ぎ

機材を取りに行こうと佐藤車に向かってテクテク歩いていると、ファズのかかったリードギター。「うひょい、どこのプログレバンドじゃい」と耳を済ませると、これはoverskillじゃあるまいか。

ベースを背負ったまま、ゲリラステージに移動。こちらは野外でオーシャンビュー。白昼堂々、海を背負ってのoverskillはやっぱりイメージとはちょっとギャップがあったけれども、これはこれで乙。フェスらしい光景である。

曲の合間にベース水谷君を野次ったりしつつ、演奏を楽しむ。レコーディングに際して演奏に色々口を出していた篠田Pも「あいつら、うまくなったなあ」としみじみ。親心って奴ですかい、篠田P。

でも確かにそうだ。数え切れない程ライブを観たわけでは勿論ないけれども、彼らの演奏、それまでの印象と随分違った。いやはや、もう本当に叩き潰されるんじゃないかとワクワクしています。

で、時間が来たのでコダマステージに移動。JONNY、そろそろセッティングですね。



同日 14:40頃

「さっさとリハーサル終わらせてALLieを観に行こう」と佐藤メンバー。

アジアステージから漏れ聴こえる音は確かにALLieのそれであり、各務君が中から出てくるなり「格好良い!」と一言。よし、じゃあちゃっちゃと転換終わらせよう。

しかし酒気を帯びたメンバーにそれが出来るわけもなく、何だかんだで転換終わりでそのまま演奏。

はしゃいだ我々、随分と手荒な演奏をしたように思う。個人的には信頼感のあるYAMAHA SBV(青色)、この楽器をいきなり本番にて実戦投入してみたのだけれどもこれの良さに興奮しつつ「ああこの感じこの感じ」と思いつつ演奏。YAMAHAのSBVシリーズ、僕の求めるものを全て兼ね備えた楽器だ。

屋外での演奏というのは音がバンバンとんでいくのでついつい音量が大きくなる。この日もギターアンプ、ベースアンプからの飛び出してた音量って相当なものだったんじゃないだろうか。PA松井さんの采配がなければ結構厳しかったのではないだろうか、と思っている。何にせよ、楽しく演奏終了。

若干一名、サポートメンバーが海に消え、僕は山に還ろうとしていたけれども、我々何だかんだで都会派のバンドですよ。



同日 16:00過ぎ

ゲリラステージでレッサーホースを観覧わず。

名古屋の至宝、野村先生のありとあらゆる演奏スキル、表現力全てを叩き込んだバンドだと思う。個人的には野村先生自身の演奏を楽しまれるのであればノムラセントラルステーションよりレッサーホースかもしらん、と思った。どっちも抑えておけば完璧。

で、レッサーホース、「コダマ10」開催前から何かやるんじゃないかと囁かれていたけれども案の定やってくれた。


・「ゴミを捨てるなー!!」野村先生の絶叫に呼応するように客席からステージに降り注ぐゴミ。

・「ちょっとSEBASTIAN X に思いを伝えてきます!」ベースを持ったまま、コダマステージに全力疾走する野村先生。追う観客。コダマステージではSEBASTIAN X 演奏の真っ最中!彼らの曲にあわせてベースを振り回す野村先生(ワイヤレス搭載故、恐らく音はゲリラステージで鳴り響いていたかと)。全力ダッシュでゲリラステージに戻る野村先生。追う観客。起こる喝采!(余談だけれど後程SEBASTIAN X 飯田君にその事を話したら「え、まじで?気付かなかったよ!」と。それはそれで凄い!そういえばグワッグワッ弾いてたもんな飯田君)


もうここまででもかなりやりまくっているのに、壮大なオチをつけた野村先生。

朝早くにゲリラステージ近くをフラフラしている際に見つけた桟橋、「こんなのあったら野村先生絶対何かやりますよー」とか言って皆で笑っていたのだけども、案の定。


続・我が逃走
画像が野村先生のmixi日記から頂きました。
勝手に。ごめんなさい。


「しょっぱいよー!しょっぱいよー!」そう叫びながら海に入っていく野村先生。絶対にベースは手放さない!

これぞベーシストの鑑!

「コダマは、俺がゲリラする」

宣戦布告通り完全にゲリラしきったレッサーホース、野村さんに敬礼!



同日 17:00頃

「そろそろ寝ようかな」

「えっエビ観ないんですか?」

「だって今にもブッ倒れそうなんだもの」

「あー、寝てませんものねえ」

朝方、車中で一瞬意識を失ったのとcuolのリハーサル中に仮眠した数十分だけしか寝ていない。睡眠を沢山とらないとやっていけない僕にしては快挙中の快挙である。



同日 19:00頃

「腹減ったからラーメン食って寝るよ」

「えーうちの演奏観てってよ」

「眠いんだよ眠い眠い」


「ラーメン旨え!」

「まだ起きてるんですか」

「なんだかぁ!覚醒ィ!してきたぁ!」

「絶対寝た方がいいですよ」



同日 23:45頃

「エビ格好良いなあ。なあブレザー君!僕羨ましくなっちゃったよ!」

「あー何だかわかるかも。舟橋君好きそうだもんねえ」

「うん、結局僕はああいうエンターテインメント性のある事をやってい(中略)。お腹減ったなあ」

「そろそろ犬丸、準備しなくていいの?」

「そうだねえ、ぼちぼちやるかなあ」


結局、仮眠しようしようと思いつつ、何だかんだで眠っていなかった。This is コダマ マジック!

あ、でも睡眠不足でアタックのある音楽は何だか全然聴けなくて(頭が痛くなるというか、情報の入力過多で耐えられない感覚)ゲリラステージ辺りでボーッとしたり、海に突貫した各務君とお風呂に行ったりしてマッタリ過ごしていました。

誰が行ったか「見逃すのもフェスの思い出」!


そして、我々は第2ステージに向かって動き出した。

そう「犬丸ラーメン」である。

コダマ10の記録 「コダマスタートまで」

10月23日(土) 2:30

コダマ10」、最初の演者が演奏を始めるまで9時間。

我々スタッフ一同は会場設営に取り組みだした。アジアステージは南国キッチン アジア内に設営する。アジア内に入り、奥の部屋にステージを組むとの事。奥とはいっても仕切りの窓やガラス等を全て外すため、位置によって程度の差はあれどアジアに入ればアジアステージのアーティストが楽しめるような間取りになっている。

まずは机と椅子を全て運び出し、ステージが組める状態を作り上げる。スタッフは総勢10名以下だろうか、出演者へのケータリング等を仕込むケータリング班もいるため、行動可能な人材で机や椅子を運ぶ。

軍手を持って来なかったのが、悔やまれた。

裏口から椅子や机を運び出す度に、眼前に広がる海、そして波の音に癒される。



同日 3:00頃

会場付近に住んでおられるTheボンゴメンのメンバー様宅からミキサー宅を借りに行く。

トラックに乗って100メートル程走ると、とんでもない重低音を発する家がある。庭先から中を見ると目の前に物凄く大きなスピーカー。重低音の発信源は、どうやらここだ。家が震動するくらいのパンチある低音。どうやらこれを後々運び出し、コダマステージのメインスピーカーとして使用させて頂くらしい。成る程これなら屋外で鳴らしても出力不足って事は絶対ないだろう。

ミキサー宅も、今までライブハウスや様々な現場で目にしてきたけれども相当大きな機種。

こんな機材を所有してらっしゃるなんて羨ましい。よく見ると部屋の隅にはドラムセットもある。自宅スタジオなのだ。聞けばここでレコーディングもされるそうだ。

凄い!



同日 3:30頃

アジア内は完全にライブスペースとなった。尤も、必要な機材等はまだセッティングされていないけれども。

アジアステージに装飾を施すとの事で用意されていた流木(foltはじめさんと松井さんが拾ってきたそうな)を運び込む。アジア内の3本の柱に電飾をつけ、その周りに流木を針金やビスで固定し装飾する。松井さんの奥様が陣頭指揮をとられた。松井さんと出会って以来、奥様にもお会いする機会を何度か得たけれども、この方も松井さんに劣らずアーティスティック。ちなみに、松井さんの娘さんにもやっとお会いできた。よちよち歩いていて可愛い!また結婚したくなる。ちなみに僕、結婚願望g(ry

皆作業しているうちにどんどん拘ってきており、何だかんだで凝り性の人が多いのだとニンマリした。



同日 5:00頃

この辺りから眠気に襲われ、少しずつフラフラしてくる。

堀さんや他のスタッフからも「もう眠ってもいいよ」と言われるものの、精神的には完全に覚醒状態故そうもいかない。

しかし記憶がおぼろげなので時系列に関してはあやふや。この記録、時間に関しては若干の誤差が存在し得るという事をご了承下さい。

とりあえずこの時間は音響機材を運び込んだり、なんだかんだで色々した気がする。何だかこの辺りはあっという間に時間が流れていった。



同日 8:00

出店されるお店さんが少しずつ来られる。屋台を組んだりで少しずつフェスっぽい雰囲気を帯びてくる。

俺は何してたっけ?



同日 9:30

屋外のコダマステージ、そのメインスピーカーを設置するに当たって地面との間に挟んでスピーカーが倒れないようにするため(大きなスピーカーだから人の上に倒れたら、ただではすまないだろう)、土嚢が必要との事。ボンゴメンのメンバー様二人とスタッフ氏、及び僕でホームセンターに買出し。

移動中の車内にて、一瞬意識を失った。



同日 10:00

内海の砂浜に降り立った我々4人。日光が眩しい。シャベルで土嚢袋にどんどん砂を詰めていく。詰める詰める詰める詰める詰める。こういう単純作業の繰り返しは少しずつ気持ち良くなっていくから不思議だ。

だけどもなんだね、土嚢を運ぶのは結構しんどいもんだね。4人で完逐。

コダマ会場へ戻る道すがら、ボンゴメンのメンバー様からバタークッキーを頂く。疲れた肉体には糖分だ!



同日11:30

「コダマ10」が始まった!

製作過程を目の当たりにした(とは言っても僕は随分と遅めに現場に到着した様子。松井さんは何日も泊り込みだったし堀さんも名古屋と南知多を行ったり来たりを繰り返していたそうだし、他のスタッフも早めに会場入りしていた様子だった)だけに感慨深い。

お客さんや出演者で知った顔も集まりだし、さあいよいよ始まるぞ「コダマ10」!!

コダマ10の記録 「会場到着まで」

南知多で行われた野外フェス「コダマ10」に参加してきた。

去年の引き続きの参加だったのだけれども(去年のコダマ09 長野編の記録はこちらから)、今年は去年以上に濃密な時間を過ごした。あまりに濃密な時間だったので一気に書こうとすると疲れそうだ。何日もの間ブログの更新を怠っていたので、リハビリもかねて少しずつ書いていこうと思う。


事前に書いておくと、この記録にはバンドの演奏に関する感想はほとんど出てこない。旨そうなフェス飯の写真もほとんど出てこない。現場であった親しい友人やバンドマンの写真も出てこないし、ライブの動画なんてもってのほか!所謂フェスの記録らしい記録では、ない。

しかし一つの野外フェスが開催され、解体される過程に於いて、一個人の視点を通してみたその一過程としては鮮明なものになると思う。ただ出演しただけでは知り得なかった「コダマ10」の舞台裏を、今回の記録では少しだけ書けると思っている。勿論、それなりにはバンドのライブは観たのでその事や、会場内で見聞きした面白かった事も書けるのではないかとも思うし。

兎も角、これは「コダマ10」の、文字通り「始まり」から「終わり」まで「構築」から「解体」までの記録である。



10月22日(金) 21:00頃


「コダマ10」前夜、である。今回は出演者/スタッフとして参加する事にしたので(その方が面白そうじゃあないか、だって)、前日入りする事になっている。

仕事をそそくさと終え、同じくスタッフである(スタッフ/出演者である僕はスタッフとしては半人前かもしれないが)はみちゃん、ゆいちゃんと合流するまでの間準備やら食材(後述する)の小森(ザ・フロイト)家搬入等を行う。

小森家で冷蔵庫に食材を詰め終え時間を確認すると、まだまだ合流時間まで時間がある。TVではスタジオジブリ作品「猫の恩返し」がやっていた。

「あの絵」ではないジブリ作品に違和感を感じるね、等と言いながら眺めていたのだけれども、気がつけば夢中に。しかしどう考えても最後まで観る事は出来ないし、作品の“日なた感”に気が滅入ってきたので「ゲームしようぜ」と男2人、TVゲームに興じる。

ゆいちゃんから連絡がきたので、小森君へ別れを告げ合流地点に向かう。



同日 22:30頃

ゆいちゃん、はみちゃんと合流。お世話になります、と車に乗り込む。こういう際に自動車免許不所持者は何だか、申し訳ない気持ちになる。

寝袋を借りるという事でshortfilm.no9の古川夫妻宅へ。道中少しだけ迷うものの、コダマ前日で浮かれ気分の僕達には怖いものなんて何もない。

古川家のインターフォンを押すと、家の中から極めて家庭的なやりとりが漏れ聞こえた。け、結婚してえ。家庭持ちてえ。完全なる余談だけれども、僕ってば結婚願望強いのよ。

ゆいちゃんはみちゃんの寝袋をお借りして、いざコダマ会場へ。南知多が僕達を待っている!



10月23日(土) 1:30頃

コンビニに寄って買出ししたりしつつ、下道で会場に向かうと何だかんだでこんな時間に到着。道中では僕が「テンション高い時の明石家さんま」状態で常にベラベラ喋っていた。申し訳ない、お二方。だって完全にはしゃいでいたんだもの。

今回の会場は南国キッチン ASIA一帯。随分と感じの良い場所だとは聞いていたけれども、成る程、良い所!屋外の様子は夜間故、まだ判然とはしないけれども店内の雰囲気は良い感じ。

投光機で照らし出された、ASIA前の光景、あれはまさしく「コダマ10」が生まれていく過程だっただろう。

ASIA前では業者さんがドーム型のコダマステージを設営している。そこかしこを忙しそうに動き回っている人もいるし、僕達より前に現地入りしていたスタッフの皆さんがテントを張ったりしているのも見た。深夜2時頃にこれだけ多くの人が動き回っている。良い感じじゃあないか。

しかし同時に物見遊山気分だった自分に気がついたのも事実。気持ちを切り替えて動き回ろうと決心する。


ここから、僕の「コダマ10」が始まった。


「犬丸ラーメン」出店します!

今週末、23日(土)及び24日(日)に行われるコダマ10 にて、ラーメン屋を出店する事になりました。


屋号は「犬丸ラーメン」。名前からピンとくる方はピンとくるでしょう、何十年にも渡って大勢の方、そして名古屋バンドマンに愛され続けている某店のインスパイアラーメンです。営業時間、価格も本家の精神、流儀に則って午前1時半頃~5時まで(つまり23日25時過ぎ~29時頃)、 一杯550円とします。

調理するのは僕をはじめとするバンドマン、そして関係者です。麺は本家と同じ製麺所から卸し、食材も本家と同じ、味は本家のあのテイストを感じられるものとなります。

如何せん全く同じものを、とご期待される方のご期待には添えないかもしれませんが、一杯一杯に調理陣の創意工夫が凝らしてあります。調理陣の本気、お楽しみ下さい。


なお、「犬丸ラーメン」の提供は諸々の都合により限定20食程になる予定です。予約等はありませんので営業開始時間に営業箇所にお越し下さい。営業場所については当日、あるいは営業開始時に僕のtwitterアカウント にてアナウンスする予定です。 コダマ10にお越し頂いたお客様、出演なさるバンドマンの皆さん、是非お越し下さい。


我々の本気「犬丸ラーメン」、お楽しみに!

リチャード・バックマン『死のロングウォーク』


続・我が逃走

定期的に読みたくなる海外ホラー、今回はリチャード・バックマン著『死のロングウォーク』を読んでみた。

いつも通り粗筋を。



近未来のアメリカ。そこでは選抜された十四歳から十六歳までの少年100人を集めて毎年五月に〈ロングウォーク〉という競技が行われていた。アメリカ・カナダの国境から出発し、コース上をただひたすら南へ歩くだけという単純な競技だ。だが、歩行速度が時速四マイル以下になると警告を受け、一時間に三回以上警告を受けると射殺される。この競技にはゴールはない。最後の一人になるまで、つまり九九人が殺されるまで、昼も夜もなく競技はつづくのだ。体力と精神力の限界と闘いながら、少年たちは一人また一人と脱落し、射殺されていく。彼らは歩きながら、境遇を語り、冗談を交わし、おたがいを励ましあう。この絶望的な極限状況で最後まで生き残るのははたして誰なのか―。死と直面する少年たちの苦闘を描いた、鬼才キングの問題作、ついに登場。



鬼才キング?そう、何を隠そうリチャード・バックマンはスティーブン・キングその人である。

作家は一年に一作品だけ作品を発表する、という風潮があった当時、多作なキングが別人に成りすますために使った“ペンネーム”が「リチャード・バックマン」。一説では「(スティーブン・キングの名を隠して)無名の作家の作品がどれだけ売れるか試してみたかった」というキングの挑戦意欲に起因する行動だったとも言われているけれども、兎に角リチャード・バックマン=スティーブン・キングはその名義で何作品か小説を発表、出版しているのである。本書はその中でも、いや、キングの作家人生に於いても最初期に書かれた、事実上の処女作品なのである。


上記の粗筋を読んで頂ければご理解頂けるだろう、本作品は「兎に角歩く。立ち止まったり制限速度を下回り続けると射殺される」というルール付の『ロングウォーク』なるゼロサム・ゲームを描いた作品である。それに挑戦するのは14歳~16歳の少年達。ここで恐らく誰しもが連想してしまうのが高見広春著『バトル・ロワイアル』であろう。発表当時相当話題になったあの作品だが、この『死のロングウォーク』がその原点であるとも言われている。


しかし相当に強烈な設定である。

ただただ歩く、という行為に死を結びつけた発想も凄いけれども、それがどうやら「国民的競技」になっており何であれば出場が「奨励される」ような近未来国家(とはいっても作中で描かれる町並みや生活様式は、完全に当時、あるいは現在のそれである)の描かれ方はただの付加要素以上の意味合いが込められているような気がするのだ。

勿論作中の少年達(ウォーカー、と呼ばれる)の目線を通してみた群集が何を意図して描かれたのかと問われれば、色々考える事は出来るだろうしそこに一抹の批判的要素を見出す事は難しくないだろうけれども、本書はそんな小難しい事を考えずに読むのがお薦めである。


一定の速度を守って黙々と歩くだけの、ただそれだけの競技。しかして確実に100分の1の確立でしか生還出来ないその競技に自らの意思で参加した少年達は、お互いに励ましあい、協力しあい、支えあって歩いていこうとする。目の前の『友』を助ければ助ける程、それは自らの首を絞める行為になりかねないにも関わらず、だ。

勿論少年達の中には一癖も二癖もある奴もいて、皆が皆そうではない。所謂嫌われ者も存在する(「お前の墓の上で踊ってやるぞーぅ!」のシーンは圧巻。やっぱりキングはキングだ)し、淡々と歩くだけの、しかし明確な意思を持って孤立する少年も存在する。

言ってしまえばこの『ロングウォーク』という舞台設定は作中の少年達の人間性を露にするのに一役も二役も買っているのだ。極限状態に追い込まれた少年達は或いは早々に脱落し、或いは危険も顧みずに友人を助けようとし、或いはライバルを蹴落とそうと心理戦を仕掛けにいき、死を覚悟して友人に微笑んだりするのだ。

そしてそれらを描くのは、稀代の作家スティーブン・キング。初の処女長編作品でも所謂『キング節』は健在であり、少年達はその口調、振る舞い、そして彼らの生活を生々しく想起させられる描写によって力強く躍動(尤も作中では歩いているだけの描写がほとんどなのだが)する。


だからこそ本書は切なく、そして怖い。

物語の結末もその物語の設定上、想像出来てしまうし粗筋も簡単明瞭、少年達が「歩いて」いるだけだ。

しかし本書が名作として愛され、怖がられるのはその作者リチャード・バックマン=スティーブン・キングの筆圧に依るのだろう。





スタジオに入ってみた。


続・我が逃走


ミッドナイト奉仕活動vol.5 」の打ち上げ(今回は珍しく吉田君がパンツを引き裂かなかった・・・・!)、そして大丸ラーメンへ出演者及び関係者(キングブラザーズ 先輩及びninnnさん、野村先生はあまりの行列に断念)で行った後、行き場を失くした松田君(農村)と共に帰宅。時間にして5時頃か。

「9時に起こして松田君!」と言い捨ててあっという間に眠る。

で、目覚ましで目を覚ますと松田君が正座していた。

「9時です」

流石、違う。


早起きしたのには理由がある。久しぶりの不完全密室殺人スタジオである。

実に9ヶ月ぶりの稽古であり、そして企画まで時間がもう、ない。全然、ない。

各々予定が立て込んでいるメンバー達、何とかスケジュールを調整して日曜午前中、まさかの僕の職場を使って練習すればどうにか時間を確保する事が出来るとわかった。つまりアレだ、僕はスタジオ出ると同時に勤務開始、というわけだ。

で、ベースのケースにエフェクターを数個と必要なものを諸々詰めて、自転車でスタジオに向かう。日曜の午前中にスタジオに入るのなんてそれこそ学生時代ぶりじゃないか。しかも高校生とかそれくらいの時分ぶり。

少し肌寒くなりそうだ、と思いながらペダルを漕ぐ。iPodで自分達の曲を確認しておこうと思ったのだが、イヤホンだけ忘れるという失態。ああ、こりゃあ練習もぶっつけ本番だ。先が思いやられるというもの。


メンバーがぼちぼち集まり出し、練習開始。

皆一様に「不安だ」「半年間ギターを弾いていない」「憶えとるんかな、ワシ」等と口走っている。僕も不安だ。

しかして紆余曲折を経ても4年活動してきたバンドだ。何十回とライブをしているし、何百回と演奏している。体が曲を、間合いを、そして演奏を憶えているはずだ。さあ、演奏開始。


かくして、久しぶりにスタジオに鳴り響いた「不完全密室殺人のテーマ」。

人生の大きな転機に立ち、この先も実り多い人生を送るために大きな決断をしてきたメンバー。そして自分に渇を入れ、環境を変え、そして苦悩してきたメンバー。彼らと会話をし、友人としてそれなりに沢山の時間を過ごしてきた自分としては活動休止期間中、それまでと比べて彼らと会う機会が減ってしまったのは本当に残念だったし何より一緒に演奏出来なかったのが単純に惜しまれた。決して演奏が巧い連中ではないだろうし、多くの人間に崇拝される演奏家ではないのだろう。しかし彼らは類稀な個性を有し、そしてそれによって彼らが人の心を動かす瞬間を僕はステージ上から何度も見てきたのだ。

活動休止期間中に決して穏やかとはいえない心境だった人間もいるはず。9ヶ月というのは、バンドマンにとってはあまりにも長いのだ。兎角、それが本当に楽しくて仕様がない連中にとっては。

正直ね、演奏開始してすぐに涙腺が開いた。心動かずにいられるものか。


演奏は想像していたよりひどくなかった。やはり体の記憶力というのは凄い。演奏前は「あそこどんなフレーズだったかな」とか不安だったベースラインも演奏しながら普通に体が反応した。や、格好つけたけれども勿論完全に忘れていてあたふたし、ボロボロだった曲もあるけれども。

興奮、勘を少しずつ少しずつ取り戻しているという実感、そして空気の読み合い感が濃厚なインプロビゼーション(笑)。

とりあえず第一回のスタジオは想像していたより酷くなかった。これなら企画までにあと何度かの練習で人前で演奏しても恥ずかしくない精度に仕上げる事が出来るだろう。


一方、僕はここ最近の演奏(JONNY、パイプカット~含む)では一番リズムとかピッキングとか怪しい演奏をしていた。曲とかフレーズは身体が反応したものの、基礎能力が低いのは相変わらずの様子。

半年以上楽器触ってなかった連中に負けてどうすんだ俺!

練習しろよ俺!

負けるなよ俺!


『ミッドナイト奉仕活動vol.5』

この日のために、準備してきた。

メンバーそれぞれが一生懸命宣伝活動に励み、週末には演奏し、複雑極まりないブレイク(ダ!ダ!ダダ!ダ!ダダ!ダ!ダ!ダダダダ!ダ!ダダダ!ダ!ダダダダ!ダ!ダ!ダダ!)を体に染みこませ、昨日のために活動してきた。前日に眠れないメンバーもいたし、もしお客さんが想像以上に「いらっしゃらなかった」事を想定して(企画前はありとあらゆる災厄が己が身に降りかかるのではないか、と悲観的になりがちである。例えば、予約頂いたお客様が只の一人も来られなかったら、というような非現実的な想像、否、妄想が発露するのだ)ライブハウスが即金で貸しきれるだけのお金を口座から卸してきたメンバーもいた。年内最後の自主企画。

力が入らないわけがない。


今回の出演陣は


ノムラセントラルステーション

ミラーボールズ

キングブラザーズ


そして我々である。こんな御三方を招いて挙行出来る自主企画。この日のために、やってきたのだ。

吉田ヒズムが言った。

「キングブラザーズが名古屋に来てくれないなら、名古屋に呼んでしまおう」

今回の企画コンセプトは幾つかあれども、そんな彼の考えを知っていたが故に、キングブラザーズ先輩の「名古屋最高ゥー!」が聞けた瞬間は感慨深かったものだ。吉田君の目論見は成功したのである。


ノムラセントラルステーションがあいも変わらず豪胆なライブを行い(ノムセンは流石の安定感。5台のドラムセットが並ぶ様はメタリック過ぎて楽器なのか兵器なのか認識が崩壊する程)、ミラーボールズがその世界観を会場に蔓延させ(個人的にミラーボールズはずっと、それこそ不完全密室殺人が企画を行った頃からいつかお手合わせ願いたいと思っていた。今回出演して頂けて長年の夢が叶った)、そしてキングブラザーズがロックンロールを振りかざし、振り下ろした後(一瞬でモッシュに突入するフロア、そしてあの音圧!もうキングブラザーズからは学ぶ事が余りにも多過ぎる)に我々に何が出来たのか。

もう、一生懸命演奏する事しか出来ないよね。

握力がどんどん失われていく中必死になってベースギターのネックにしがみついた。比喩的な意味ではないのは初めてだ。そして、ちょっとはしゃぎ過ぎたかもしれない。練習、練習が必要だ。ありとあらゆる観点で、練習が必要だ僕には。


と思ったらすぐに練習だった話はまた次回。


よっぱらったわい

しんやにひとりざけとかしてしまうとよっぱらう。まっさきにおきるへいがいが「かんじへんかんめんどうくさい」である。

でもかいぎょうはするっていうね!

さっきまでがっきいじりにせいをだしていましたよ。むすたんぐべーすはちょうせい、ひきかたもろもろすごくひきてにいろいろとしいるがっきだ。しかしてそれでも「これをひきたい」とおもわせるなにかがある。ぶきようだからこそいとおしいとでもいうのだろうか。
なんであればもっとかんたんによいおとがだせてひきてをえらばないがっきはもっているのだけど、ここさいきんのじぶんのきぶんとしてはむすたんぐべーすをひきこなしたい、というあるしゅちょうせんてきなもちべーしゅんにのっとったきがいのようなものをいだいている。

いかん、めいていしている。
またあした。

半音下げ時、ムスタング・ベースに張る弦に関する考察と施策


続・我が逃走


エレクトリック・ベースギターの弦を製造/販売しているメーカーは数多くあれど、僕が最も愛しているのがD'Addarioだ。どの楽器屋にも置いてあり、種類も豊富でベース専門誌で弦の引き比べ特集等が掲載される際にも「基準」の音として扱われている程ポピュラーなメーカーである。


ひとえにベース弦といってもメーカーは元より、スケール、ゲージ等様々な種類が存在する。

今までは.105-.045の4弦、3弦が太目のものを張っていたのだけれども、ここにきて最近愛用しているムスタングベースに関しては若干の工夫を強いられる事となった。

フェンダージャパンのムスタングベースは、裏通しで弦を張るというその構造からショート・スケールながらミディアム・スケールの弦を張る事が推奨されている。しかして今まで僕は無頓着にもYAMAHA SBVやその他のベースに張っているものと同じものを張っていた。張れない事はない。ペグのポスト部分にまき付けられる細めの部分、そして指板上にくるはずの太い部分、そこが少しばかり帳尻があわなくなるだけで(ペグのポスト部分に細い部分はおろか、太い部分も巻きつける事にはなるが)、演奏上支障はない。なかったはずだった。


しかしペグのポスト部分への巻きつけが、その太い部分がきてしまうが故に巻きつけ数がしっかりと確保できず、せいぜい2、3巻きしかできず、テンション的に不十分感が否めないばかりか、チューニングが若干不安定になってしまう。これはロングスケールなら問題はないのだけれども(事実ロングスケールのYAMAHA SBVは同じ程度の巻き数なれども問題はない)、ショート・スケールでしかも半音下げに設定しているムスタング・ベースでは放っておけない問題点である。元々チープなつくりの楽器ではあるが、その中でも「実戦で使える」ムスタング・ベースを組み上げたい僕としてはこれは改善すべき点であったのだ。


というわけでゲージは細くなるけれども、同じくD'Addarioのミディアム・スケール用のベース弦を張ってみる事にした。

これはゲージが.100-.045と4弦、3弦が若干細くなる。それらの弦が細くなる事によるテンションへの影響は懸念されたけれども、ペグのポストにしっかりと巻きつける事で影響が出るのか、また弦のゲージが細くなる事で聴感上どの程度音色に影響が出るのか、その事への興味が勝った。

さて、実際張ってみた結果である。以下に弦のゲージ変更前後で何が変わったかを記しておく。


・弦のゲージが3弦、4弦に限り細くなった。

・スケールにあった弦を張る事で、ペグのポスト部への巻きつけ数がしっかりと確保出来た。巻きつけた弦の長さはフレットでいうと5フレット分である。これは4.5巻きに相当する。

・ちなみに弦高はショート・スケールである事、さらに半音下げチューニングである事から4弦/3弦が12フレット部分で2.5mm、1弦/2弦が2.00mmである。これはロングスケール、レギュラーチューニングのベースより0.5mmずつ高く設定されている。


大前提として、物理学の範疇では弦高やその他、諸々の諸条件は弦のテンションに関係ないという事らしいけれども、あくまで素人知恵、そして演奏上の違和感改善として今回の処置を行った事を追記しておく。

楽器のテンションに与える楽器本体の条件、調整についてはクラフトマンによって違った内容を話す事さえある程難解な事象であり、それは今回自分の浅知恵の範囲内で推測、そして実践した。これは実戦で使えればそれで良いという発想の元、精神衛生と演奏性、そして出音を重視した結果である。

「理論上」というのはこの際置いておく事にする。


さて実際弦を張り替えてみると、違和感は然程ない。テンション感は十分であるし、チューニングは安定したように思える。今後実戦で使っていって検証する事になるけれども、今後ムスタング・ベースに張る弦に関して僕がこのブログで言及しなければ、それはすなわち今回の施策が上手く機能した事と同義であると受け取って頂きたい。


ムスタング・ベース、手はかかれども、だからこそ可愛い!

農村企画に行ってきた。

雨というのは憂鬱だ。実に憂鬱だ。兎角、自転車移動を常とするようになってからは尚更である。
しかし憂鬱ぶってばかりもいられない。自転車を漕ぎ漕ぎ、大須へ向かう。東京から盟友が来ているので。盟友と約束を果たさねばならぬので。完全なる自由意志だが、自分の意志程強い動機が他にあろうか?レインコートの隙間から体を湿らせる雨に閉口しながら、大須へ到着。

本日めでたくもアルバムが全国発売された太平洋不知火楽団農村企画に出演するため来名しているのだ。ベーシスト大内君と対談(何の対談かはまた改めて。それについて書いていたらこのエントリー、未曾有の長さになりそうなので)。大内君の発言に涙腺を緩めながら対談は無事終了、大須OYSへ。

到着するとover skill が最後の一曲を演奏していた。惜しい!間に合ったようで悔いしか残らないタイミングだ。次回観るあてに期待しつつ、SMショーを中軸に構築されたパフォーマンスを観る。
推察するに狐の化身、そしてそれに囚われた娘を中軸とする二人のSMショー、そしてヴァイオリンや鍵盤、あと名前がわからないけど打楽器に、あとギターによる演奏隊がステージ後方に控えている。場面展開や娘の心情の変化を曲によって印象深く、そしてさらに芸術的に昇華していた。や、本当にこの演奏、素敵だった。
あと僕ってSかもしらんなあ、と反応しそうになる自らの男性を意識して再認識。


続・我が逃走
にしても手ブレがひでぇなこの画像


で、企画者たる農村。
以前ドラマーの松田君から音源を頂いて気になっていたバンド。またその音源が格好良いんだ。ドロッとした曲調やちょっとおどろおどろしいフレーズがツボ。それでいてポップなんだから僕が嫌いなはずがないでしょう。
果たしてライブは、と楽しみにしていたんだけど農村、良いバンドだぜ本当に。当人達も企画者に相応しい気迫と、それ以上に演奏が楽しくって仕方ないといった風で観ているこちらもニヤニヤしてしまうような演奏。
いつか是非お手合わせ願いたい。

トリは本日アルバム発売、太平洋不知火楽団。
あの安定感、安心感は素で臨んでいるからこそ。美しさすら漂うステージ上はまさに三つ巴の総力戦、といった風で、僕はそんな太平洋~の「3人が全力で事に向かっている感」が大好きだ。三者三様、それぞれ印象が違うプレーヤーなれどもあの一体感は観ていて気持ち良いもの。
で、泣ける。太平洋~の魅力はそのパフォーマンスも特異なキャラクター性も勿論そうだけど、泣けるメロディーに歌詞、それを力の限り演奏でぶつけてくるそこにあると思う。

ワッペリン は残念ながら間に合わなかったけれど、新音源を購入。
今日も楽しいライブイベントを観た。
二日連続でそんなイベントに行けるのは有り難い限りだ。

10月8日の日記。

仕事後、スクイズメン/mudy on the昨晩/クリプトシティ(websiteがないので動画をリンクしました)を観に新栄CLUB ROCK'N'ROLLへ。

仕事終了時間が開演時間、という事で急いで駆けつけるも、スクイズメンは残り数曲。残念。


mudy on the昨晩、いやあ美しいものを観た。

ギター3本、ベース、ドラムという楽器が一体となって美しい世界を描き出す。ああ、こんだけ弾かれたら楽器も幸せだろうなという程、見事な演奏。どれだけステージ上の熱量が上がっても縦の線がブレない美しさ。ギター3本のすみわけも流石というしかなく、ああそういえば俺mudy観るの久しぶりかもしれんなあ。

何にせよ物凄く良いものを観た。

こりゃあコダマも楽しみだ!


ベースを弾くようになって最初の頃は色々コピーしたものの、NUMBER GIRLの衝撃を味わってそのコピーばかりしていた大学時代。中尾憲太郎さんの鉄のような音、圧倒的な存在感、『あの』右手は僕に相当な衝撃を与えた。サンズアンプを買った当初も「あー“あの音”がする!」と無知ながらも喜んだものだし、ステージ上で暴れまわる中尾憲太郎さんは僕のヒーローだった。

そして先頃見たLOVES.、僕はもう身動きも出来ずに日暮愛葉さんと中尾憲太郎さんを観ていたのだけれども昨夜のクリプトシティはそれ以上の衝撃があった。もうね、漢。気迫が物凄かった。

編成はギター、ヴォーカル(ともに外人の方である。ヴォーカルの方は物凄く日本語が流暢!)、ドラム、そして中尾憲太郎さん。音楽的には何ていうのか、ポストパンク?ゴリッゴリのワンリフで炸裂させるもう男の子大好きな感じの音楽。アンプをフルセットで持ち込まれた中尾さんの本気、堪能させて頂きました。


終演後はそこかしこに放心、或いは打ちのめされたような顔をしたバンドマンがちらほら。

「やばいっすわ。流石っすわ」

「観たか、あれ」

「ネ申だな」

「ネ申だ」


・・・・・そりゃあそうなるよな!

スクイズメンがほとんど観れなかったのは残念だけれど、mudy~の美しさにクリプトシティの衝撃、堪能させて頂きました。

本当に行って良かった!

またまたムスタング・ベースを改造してみた


続・我が逃走


今まで何度か改造を試みてきた(悪戦苦闘の改造履歴はこことかここ参照)ムスタング・ベースだが、ようやっと一段落つけられそうである。


前回の改造でリア・ピックアップによる歯切れあるサウンドは実現出来たものの、如何せん元から搭載されているオリジナルのピックアップとミックスして出力した際に、個性が強いオリジナル・ピックアップによって増設したリア・ピックアップの音が活きないというのが心残りであった。

このオリジナル・ピックアップ、相当曲者でモワンとした低域とジャキジャキした超高域しか出ないという代物。これはこれで面白いものだし、ムスタング・ベースのペキペキポコポコな音はこのピックアップに由来するところが大きいのだけれども「ムスタング・ベースを他のベースに遜色ないレベルで実用化する」事を試みている僕からすればこれはもう完全に無用の長物。リア・ピックアップ単体で鳴らせばそれなりの音にはなるものの、どうしても音に厚みというか低音不足感が否めない。どうしたもんかこれと思案し、オリジナル・ピックアップをとっぱらってプレシジョン・ベースに搭載されているピックアップを移植する事を思いついたもののなかなかどうして簡単に踏み切れなかった(これは専ら財政的な問題)。

しかしてその直後に出た関西ツアー初日、神戸にて共演したThe caroline?のベーシスト氏がピックアップをダンカンのクオーターパウンドに換装したムスタング・ベースを弾いているのを観、そしてその音を聴き「これはいけるわい」と確信、名古屋に戻った数日後にムスタング・ベースは再び改造への旅に出たのであった。

リア・ピックアップ増設のため関西に旅立った間もないけれど、実に沖縄までの長旅である。大学時代に所属していたサークルでの夏合宿で長野県に持って行った事も鑑みるとこのベース、東西南北様々な地域を知っている事になる。


で、本日めでたく長旅から帰還したわけだけれども、いやはや見違えたものである。

とりあえずという事で自宅に転がっていたフェンダー ジャパンのプレシジョンに搭載されていたピックアップを使ったのだけれども、やはりというか狙い通りの音になった。具体的にいえばちょっと寂しいプレベ・テイストの音と言えようか。勿論プレベのそれに比類するわけではないけれども、元の音を考えればこのムスタング・ベース、大いに化けたといえよう。

欲していたアタック感や音の厚みは得られたし、邪魔に思っていたペキペキ感はなくなった。ムスタング・ベースのサウンド面での扱いづらさの実に半分以上はあのピックアップが負っていたと再認識した次第。

都合3人の職人の手が加わったサンズアンプをカマしてゴリゴリベキベキ弾くのが楽しみでならない。


今回の改造で、このベースの木部を加工した人間は3人になった。配線等を鑑みると相当多くの人間がこのベースに携わっている事になる。手のかかるベースだと言えば否定出来ないが、このベースは僕がずっと研究していた「自分の出したい音を出すためにベースに求めるソフト面での条件」の限定の過程を体験しているベースであるし(現状わかったのはアクティブベースは×、そしてピックアップは癖があるものより周波数の観点で考えれば比較的普遍的な、全体域を出力出来るものの方が好ましい)、多くの人間がこのベースに関わったという事は同時に感慨深いものでもある。

ところでこのエントリーの冒頭、「改造に一段落」と書いた。

まだ完成ではない。ペグを交換して、そしてゆくゆくはピックアップをクオーターパウンドにしようと思っている。

ムスタング・ベースの最終形態までは、まだ少し時間がかかりそうである。

「玉屋」でカツ丼を喰ってきた。

毎週火曜日と金曜日は仕事が早上がりの日。いつもより2時間早く仕事を終えて帰宅する日だ。


これは僕がバンド活動に身を投じた最初期、当時のバンドメンバーと予定をあわせて練習する時に組んだシフトの名残なのだけれども、あれからバンドを数個経たというのに相変わらず僕は毎週火曜日と金曜日を早上がりの日にしている。基本的にライブやら何やら用事のある日以外はあまり休む機会がないので、この2日というのは妙にアクティブな気持ちになる。

今日は仕事後、2時間後に予定が入っていたので(そしてその間にもひょっとしたら予定が入るかもしれなかった。残念ながらその用事は後日に持ち越しになったようだけれども、楽しみはとっておくに越した事はない。特にベースが改造されて戻ってくるなんて事は!)帰宅するくらいなら、とそのまま以前から行ってみたかった定食屋に立ち寄る事にした。

名古屋市千種区、地下鉄東山線覚王山駅からすぐ、「玉屋」という店である。


世の中にはべらぼうに量が多い飯を好んで食らう人種が居る。

確かに、見るだけで圧倒的な物量の食事を胃袋にねじ込むというのは「食事をする」という快感と同時に「喰いきった」という達成感を感じさせる行為であり、食事をしながらスポーツをするような、刺激的な行為である。無論、供された食事を残すのは最も恥じるべき行為であり、もうなんか人間として間違っている気さえする。そんな感情に叩き込まれるリスクを冒しながらも規格外の物量の食事に挑む、そんな好事家達の間で有名な定食屋が「玉屋」である。

このお店、基本的に量が多いらしく「並」でも他店の大盛以上あるらしい。で、僕が好奇心を惹かれていたのがここの「カツ丼 大盛」である。詳しくはこのサイト にレポートされているけれども、これは一人で食べに行くのは若干不安な物量である。画像でさえそうなのだ。現物を見たらどうなるか。僕は決して大食いというわけではない。ただただ食べる事が好きなだけの食いしん坊である。

ここは素直にザ・フロイト のギターリスト 小森君と突撃する事にする。彼は大柄だし、その体格から察するに食うはずだ。そして何より心強かったのは小森君、「玉屋」経験者であった。


さて、小汚い僕は完全なる安全策を講じる事にした。すなわち二人で入店、一人が「大盛」を、もう一人が「小盛」を頼むのだ。そうすれば「大盛」が残った際に「小盛」を食べた人間には胃袋に余裕がある分、「大盛」に口をつける事が出来る。しかしこれは「大盛」を頼んだ人間に一種の敗北感を感じさせる行為であり、それを承知しながら薄汚い僕は自分が「小盛」を頼む事にした。となると当然、小森君が「大盛」である。・・・・・・面白い。

コモリがオオモリを!

そんな冗談もいざ現物が目の前にくると完全に忘却の彼方へと消し飛んでしまった。


続・我が逃走
これが「玉屋」の「カツ丼 大盛」である。


ドン、と目の前に置かれたのはそれこそ『日本昔ばなし』に出てくるような盛り付け方をされた白米。そしてカツ丼といいながら別皿に盛られた煮カツ。隣のテーブルの客人も驚いている。そりゃあそうだ。多いもの。

小森君は早速箸をつける。遅れて僕の「小盛」も到着、こちらはなんてことない普通の分量。さて、では僕もいただきます!


・・・・・ふむ、カツの煮汁は甘めで好きな味だな。そして卵も柔らか過ぎず硬過ぎず、丁度良い具合だ。ここって結構好みが別れるところだとは思うけれども、この全体のまとまり感からして卵のこの煮具合は正義、ジャスティスだ。

丼ってんだからご飯も大事だよな。日本人で良かったなと思う瞬間が美しい日本語を意識する瞬間と、そして白いご飯を頬張る瞬間だ。耐えられんよなあ・・・・・。ほう、ご飯は若干柔らかめに炊かれているのか。うん、煮汁が染み込んだ白米、イイカンジだ。丼をかっ込んでいるっていうのを実感出来る飯だな。お見事!

お、ネギ、か。・・・これは良い。シャキシャキ感はそのまま「楽しさ」に繋がるといってもいいな。

さて、待望のカツですよ・・・・。お、見た目は卵とじを上からかけただけかと思ったけれども、成程やっぱり一緒に煮込んであるわけね。肉は若干固めだけれども、美味い。このご飯の硬さとは絶妙なバランスだ。カツを一口、っそいて飯をかっ込む!やはりこれだよなあ。日本人の心の琴線を刺激するというか、古から繰り返されてきた「頬張る」という快感をダイレクトに伝えてくれるのが丼文化なんだろうな。

・・・・お、何とも分厚い沢庵だな。ここまで大ぶりなのはなかなか見ないぞ。しかも形が一定だ。一定の厚さで切られている。丁寧な仕事をされてるんだな。うん、こりゃあこのまま飯をかっこみたくなる沢庵だ。丁度良い塩っ気が新鮮だし、口の中に新しい悦びをもたらしてくれる。

ウン、美味い、美味いぞこのカツ丼!


小森君の表情に、少しずつ疲労の色が見え隠れした。租借回数が増え、箸を運ぶ感覚が長くなる。僕は『その』瞬間を今か今かと待ち構えている。しかし小森君、相当食ったな。もう山がなくなってるよ。

と、彼がお盆ごとカツ丼を差し出した。

「あとは、ドウゾ」

慎重を期して良かった。一心不乱にカツ丼をかっこみながら僕はそう痛感した次第である。二人がかりで、やっと完食出来たのだ。しっかし美味いなこりゃあ。

食べ終えた頃には、僕の胃は大量のカツ丼で一杯になっていた。出っ張ったお腹を撫で回す。

今度は一人で食べてみようかな。そんな無謀な事を考えながら「玉屋」を後にした。

ジョン・ウィンダム『トリフィド時代―食人植物の恐怖』


続・我が逃走


トリフィド。

この珍妙なる響きにこのブログの閲覧者諸兄は一体どのようなイメージを抱かれるだろうか。どこか異国の珍味?あるいは芸術家の名前?何かの宗教の神?

或いは貴方がその筋の好事家ならばあるバンドの歌詞の一節を思い出すかもしれないし、何であればそのものズバリを想起されるかもしれない。

トリフィド―――、それは自ら移動し、毒液を放出する鞭を有し、腐肉を食らう植物の名である。


『トリフィド時代』、以前このブログにその書物に行き当たった経緯を記した事がある 。稲武の野外学習で十部ナイル版を中途まで読み、その魅力にとりつかれ記憶の中にひっかかっていたSF小説。キーワードから書物名を調べ、その存在にいきついたのがもう今から4年前の事である。4年前のその記事は「書店に走ろう」という記述で終えられているけれども、こうして書評を書くまでに実に4年間かかったのには、その本が絶版になっていたからに他ならない。作品名まで到達したのに肝心の本がない。歯がゆさは相当なものであった。

こうして古書ででも出会え、そして読破出来たのは無上の喜びである。このエントリーは僕が中学生の頃、稲武の野外学習で貪るように読んだ『怪奇植物トリフィドの侵略』から続く、まさしく僕の「トリフィド時代」、その締めくくりとして記すものである。

ネタバレにも触れるのでご注意願いたい。さて、まずは粗筋を。



地球が緑色の大流星群の中を通過し、翌朝、流星を見た者は一人残らず視力を失ってしまう。狂乱と混沌が全世界を覆った。今や流星を見なかったわずかな人々だけが文明の担い手だった。しかも折も折、植物油採取のために栽培されていたトリフィドという三本足の動く植物が野放しになり、人類を襲いはじめたのだ! 人類破滅SFの名作。



様々なレビューサイトで事前に入手していた情報と、僕の記憶の中には随分と食い違いがあった。

「極限状態に追い詰められた人間達の人間ドラマ」「当時の世界情勢を色濃く反映した無常観」等、僕が読んだ『怪奇植物トリフィドの侵略』とは印象が異なるキーワードが幾つも並んでいたのだ。

それはそうだろう、僕が中学生当時に読んだのは少年少女向きに翻訳されたジュブナイル版、様々なシークエンスが簡略化されていたとしてもそれは少年少女向きにジュブナイル版たる本懐を遂げたに過ぎないのである。

で、読む前から僕は上記のキーワードから起因する若干の不安を感じていた。僕が中学生当時に感じたあの夢中にさせられるスリル、終末観は果たして原典でも味わえるのか、と。


無用な心配だった。むしろ野暮だったといってもいい。

本書を読み出して数分後、僕は完全に作品の世界に取り込まれていた。世界中の人間が緑色に輝く彗星群を目にし、失明する。植物油採取目的で養殖されていたトリフィド、その研究中にトリフィドの毒液で視力に損傷をきたし、入院治療中だった主人公は流星群を目にする事なく、その「翌日」を迎える。静まり返った病院、いつもと違う日常。次第に不安になる主人公、そして目にかけられた包帯を外して歩き出した主人公の目に飛び込んでくる病院内の異常。助けを求めて街へ出た主人公の目に飛び込んできた信じられない光景、そして三本足で歩き出し、盲目となった人間達に襲い掛かるトリフィド・・・・・。

序盤から崩壊した人間社会、そして漂う終末観にワクワクさせられる。今から半世紀程前に書かれた作品ながら、人間が感じる非日常への畏怖という感情は変わらないものなのか、主人公の視点を通して描かれる「その翌日」以降の世界は読者に心地良い緊張感と不安感を与えてくれる。

盲目を免れ、生き延びた人間達の思想や彼らが織り成す組織同士の関係に、確かに当時の世界情勢を見出す事は出来よう。しかしてそれよりも先にまずそれらが作中で無理なく機能しているので変に背景を気にせずに読み進める事が出来た。


稀代のホラー作家 スティーブン・キングが絶賛しただけはある、極限状態におかれた人間達のその行動や思想はリアルで、時に胸が痛くなる程だ。少しずつ明らかになってくるトリフィドの知性。それは蟻が有するよう集団性のようなものなのだけれども、そんなトリフィドの不気味さも秀逸。動きは決して派手ではなく、奇怪な鳴き声をあげるわけでもなく、静かに静かに人間社会を侵略してくる彼らはまさしく「植物」そのものである。

終盤、主人公が推測する。

あの日、人類のほとんどが視力を奪われたきっかけとなったあの彗星、実はあれは彗星なんかではなかったのではないか、と。あれは地球の衛星上をいくつも廻っている衛星兵器、それらの中の一つがもたらした「結果」ではなかったのかと。その伏線さえも序盤に張ってあり、そしてその「可能性」にいよいよ読者は絶望するのである。

視力を奪ったのが人類の生み出した科学の産物ならば、トリフィドも人類の手によって養殖された脅威ではないか。結局人類は自らの手で自らの首を締めただけではないのか。


自分達の行いへの警鐘。

それはもうとっくの昔、それこそ半世紀も前にこの素晴らしく面白い終末型SF大作の中で鳴らされていたのである。


高校生とのコミュニケーション

東京から名古屋に戻り、すぐにベッドに倒れこんでそれでこの二日間は母校の文化祭のステージスタッフの仕事に従事していた。一年に一度の恒例行事、もう今年で何度目になるだろう。


毎年、学祭シーズンになると職場に母校の生徒達が楽器を担いでやって来る。母校から駅の中途に位置する職場のスタジオを利用しに来るのだ。彼らはほぼ例外なくバンド研究会という(今はバンド研究部に“昇格”したそうだけれど)部活の部員達で、部活で使っているスタジオの使用時間外も練習しようと意欲満々なのだ。

「楽譜のこの記号なんですが、どういう意味ですか?」とバンドスコアを見せられる事もあれば「この音を出すにはどうしたらいいですか」と実際にコピーしているバンドの音源を聴かせてくれる事もある。

僕は僕でそんな彼らの疑問にわかる範囲で答えつつ、「ああ今年ももうこんな時期か」と学祭シーズンの到来を肌で感じるのであった。

僕にとって秋の訪れというのは肌寒さや増進する食欲よりも、こんな形で訪れるのかもしれない。


それにしても、最近の高校生の所有している楽器というのは立派だ。

僕が高校3年生の時分、文化祭に出演した際は16点セットで2万円をきるような所謂『入門者モデル』を使っていたものだけれども今の彼らはフェンダーやIbanez、時には驚く事にmoonなどのハイエンドな楽器を携えている事さえある。足元も立派なもので、研究熱心である。

後輩たる現役部員のベーシスト氏と「どこそこの歪みは良いらしい」とか情報交換をしたのだけれども、彼らはマニアックなメーカーまで調べ、そして気に入ったらなけなしのお金をはたいて購入しているのだ。

その印象は「ボンボン」とか「甘やかされている」とかではなく、紛れもなく我々に近しい『貧乏バンドマン』のそれである。

「金ないっすよね」

笑顔で会話は締め括られた。概ね同意、である。


ついでにもう一つ。

驚くべき事に今年のバンド研究部の男女比は、女子の方が圧倒的に多いそうだ。某アニメの影響ではないだろうけれども、この風潮は個人的には凄く、物凄くいいね・・・・!

ステーキ食ってェベース・マガジン買ってェライブやってェ・・・・

JONNYで下北沢 屋根裏へ遠征。

早朝未明名古屋を出発し、昼前には下北沢へ着いていた。500円でサーロインステーキ定食を食べたり、古書店にて探していたベースマガジンのバックナンバーを買い漁ったりしている間に入り時間。

その後の記憶は途切れ途切れである。控え室のあまりの居心地の良さにゴロ寝してしまったのだ。

遠征先では珍しく出番はトリ(ツアーバンドはイベント中頃になる事が多い)。下北沢 屋根裏スタッフのJONNYに対する感情が伝わってきて気持ちが昂ぶるも、緊張する。


昨日は過去に東京で出会った旧友達も駆けつけてくれ、実に楽しい夜となった。

自分達の演奏はがむしゃらにやりつつも縦のラインがあった演奏を心がける。目の前のモニターからドラムを返すのは、やはり良いね。ライブ中にどれだけ興奮状態になっても目の前からドラムがかえってさえいれば、リズムを無視して暴れまわる事が出来ないだけによっぽどずれない。少なくとも今までの演奏よりかは精度が上がっているはずだし、逆に今までの演奏はどんなだったかと考えると空恐ろしくなる。


今日、文章の量が少ないのはあれだ、疲れているからだ。

しばらくライブがないので(といっても2週間後にはパイプカットマミヰズ企画。でも2週間ライブの間隔があくというのは最近では珍しい事ではないだろうか。そうでもないのか)ちょっとだけゆっくりしよう、と考えている。

れ、練習はするけどね!


続・我が逃走
とりあえず衝撃的過ぎた500円のステーキ定食、
その中核たるサーロインステーキを。
肉の厚さはそこまでだったけれども値段以上の価値は大いに有。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。
以下、ライブ予定。


12/28(水) 新栄DAYTRIVE
犬栓耳畜生

2017/1/07(土) 今池HUCKFINN
ONE BY ONE RECORDS レーベル10周年イベント
JONNY

1/08(日) ミソフェス2017(http://www.misofes.com/)
パイプカツトマミヰズ

1/08(日) 新栄DAYTRIVE&TRIM
パイプカツトマミヰズ


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