レーベルツアー 東京場所

慌しくても、眠りにおちるその前にブログをキッチリ更新してから眠る、そんなバンドマンで僕は在りたい。

だが、なかなかそうはいかない。僕はこの自己顕示欲の一様式、自分自身の全てを塗り込めようと思っているブログの更新をどうしても慌しさにかまけて後回しにしてしまう。

生活があるし、睡眠も確保せなばならぬからだ。


言い訳である。

というわけでこの2日間、怒涛のように楽しんだ2日間について書いていこうと思う。



2/26(土)

この日付になった瞬間からJONNY練習。

前日、遊び倒したが故にこの段階で相当な眠気に襲われていた。眠い目をこすりスタジオへ。

練習は滞りなく終わり、翌朝何時に集合するか話し合った。翌日=レーベルツアー 。JONNYの出番はトリであり、それはつまりリハーサルがトップバッターである事を意味する(出演順の逆にリハーサルを行っていくこのシステムを逆リハ、という)。遅刻は、出来ない。審議に審議を重ね(もう練習が終わったらそのまま名古屋を出ようという案さえ飛び出した)、朝7時に佐藤家を出発という事に。

ここで不安を抱えたのが僕である。練習は午前2時まで。終了後帰宅して、荷造り等をしていたら眠るのは3時頃になるだろう。で、7時に佐藤家を出発するという事は遅くとも6時半、余裕を持たせるなら6時に起床せねばならない。3時間睡眠。


・・・・・・・起きれるわけがない!

色々考えた結果、もう眠らずにこの5時間を乗り切ろうと、そう決めた。

各務君が僕の家の近くにここ数日で完全に引っ越してきていたので、様子を見に行きがてら遊びに行った(この絶妙なニュアンスわかるかな)。引っ越したばかりで流石に荷解きは済んでいなかったものの、もうほんのり生活感が滲み出ていて「ああ、この人も一人暮らしを始めたんだなあ」と思った。

何だかんだで4時まで二人で喋って、一人暮らしを祝おうと大丸をご馳走する事になった。

で、大丸ラーメンを胃袋に入れて帰宅、5時。少し残っていた作業等をやり、6時になった。


起床予定時刻だ。やった!俺は起き抜いたぞ!

5秒以上目を閉じていたらそのまま眠りにおちてしまいそうな状態ではあったが、とりあえずメンバー各員が起きているか確認する。JONNYが遅刻するわけにはいかないのだ。

佐藤さん、おきている。篠田君、起きていない。あ、コールバックきた、はい起きてる。サポートドラマー植田圭介選手、電話に出ない。

数分後、電話に出ない。

さらに数分後、電話に出ない。

十数分後、電話に出ない。

20分後も、30分後も電話に出ない。

前夜の、佐藤さんと彼の発言が脳裏をよぎる。


「いやあ、ここ最近全然寝てないから今の俺、一度寝たら起きないっすよ」

「もうこのまま東京行きましょうよ!その方が確実ですって。俺起きないですもん」


・・・・・・!!

携帯電話で彼を呼び出しつつ、佐藤家に向かう。既に佐藤メンバー、篠田メンバーは準備出来ている。7時だ。

予定ならば出発する時間である。これは、まずい。とりあえず電話を鳴らしまくりながら植田圭介宅へ。

ここでまた、前夜の彼の発言が、佐藤さんとの会話が脳裏をよぎる。


佐藤「ギバ、絶対寝坊すんなよー。寝坊したら駄目だよ」

植田「はい」

佐藤「一応部屋番号教えろって」

植田「え、嫌っすよ」


植田選手、何故ここで拒んだのだ。僕は一度君の家に行ったからマンションはわかる、けれども何回の何号室だったのか記憶が定かでないのだ。これは、詰んだかもしれない。不安が胸の内にジワリジワリと広がっていく。

植田君はやはり起きない。結局朝っぱらから色々な人に連絡、彼の部屋番号を調べるも、わからない。

8時になった。他のバンドチームも動き出した、と社長から連絡がある。もうおいていこう、彼には新幹線で来てもらおう。そう思いエレベーターに乗り込んだ。ふと、もう一度だけコールしてみる。

「・・・・・・・・・・・・はい」

起  き  や  が  っ  た  。

彼の部屋に突進、着替えを急かしてそのまま佐藤家へ突撃、こうして我々JONNYは一路東京へと向かったのだった。この時間なら、まだ間に合う!我々JONNYは、遅刻出来ないのだ!



・・・・・・・・・高円寺CLUB LINERに到着した時、レーベルメイトが、全員、居た。



車中では完全に気を失っていたので記憶にないのだが、どうやら東名高速道路で事故渋滞にひっかかったらしい。他の3バンド(i GO/nothingman /明日、照らす )は皆、中央道を使ったらしい。道理で。

どれだけ足掻いても、どれだけ頑張っても、結局我々はこうなのか・・・・?否、次は、次こそは。畜生!!

リハーサルの順番も変わってもらってたし、もう立つ瀬がない。


そんな中で始まったレーベルツアー初日、東京場所。

この日はトップバッターのi GOで演奏し、トリのJONNYでも演奏という実は相当贅沢な思いをさせて頂いたわけなんだけれども、それってつまり同時に出演者の半数は“見れなかった”という事であり、しかも演奏と演奏の合間も結構気が気じゃなかったりしたので(nothingmanと明日、照らすは、そんな一種の取り乱した状態の僕でもわかる素晴らしい演奏をしていた事は自信を持って明記しておきたい。勿論全曲観れたわけではないのだけれども)イベントの感想を俯瞰的に書く事は難しい。

けれども社長の「全バンド良いライブをしていた!」という言葉、そして名古屋のインディーズレーベルのレーベルツアーであれだけの方が東京のライブハウスに集まった事実、そして終演後も多くのお客さんがその場に残って各バンドのメンバーや社長、スタッフを担当してくれた皆様方と話されている光景、それらだけで僕は充足感を大いに感じたし、「ああ、良い日だったなあ」と思った。


勿論演奏者として反省は大いに、ある。「荒れ狂った演奏を披露したなあ。もっと格好良くキメてブイブイ言わせたかったのう」と思うし、もっと体力配分を考えればあるいは全バンド、もう少し余裕を持って観る事が出来たのではないか、とも思う。

けれどもその反面、ツアー初日であれだけ楽しい思いをして、これ以上何か望むのは間違っているんじゃねえのかという気もしている。ああ、勿論演奏に関しては大いに改善の余地があるにしても、だ。


帰りは高円寺でラーメン。i GO 昌吾さんと小松君とラーメン大。僕以外のJONNYは皆横浜家系のラーメンを食べに行った。家系も相当美味しかった様子だけれども、僕は大で昌吾さんが奢ってくれた煮玉子の旨さを知っている。あれは名古屋の大にはないものだし、一戦、どころか二戦交えた後のああいうラーメンってまた格別なのだよな。それに個人的にはやっぱり『二郎系』は東京で食った方が感動がある。何故だかね。これも一種の東京コンプレックスかもわからんし、偶像崇拝かもしれんが。


そんなこんなで大変満足して名古屋へモドリ。

27日は、未確認尾行物体!長くなったので一旦ここで〆ます。

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就寝前にブログ更新。

レーベルツアーに際して、最後の追い込み作業。

アルバイト勤務終了後、帰宅、仮眠。日付が変わる前にベッドに横になれば、大抵4時間後には携帯電話のアラームをセットせずとも目を覚ます事が出来る。

起きた瞬間の「え、朝」みたいな混乱は学生時代、試験前に体験して以来か。未だに「試験前夜なのに全然勉強してねえやべえ」とか「試験範囲がわからねえやべえ」みたいな夢を見るのは学生気分が抜けきっていないのか、それとも定期試験が相当嫌だったのか。


で、作業開始。

自宅ではベース練習用のCDプレイヤーにベースをそのままプラグイン、ヘッドフォンで音を聴いている。このCDプレイヤー、曲の一定区間リピート再生からベースのブースト/カット/エンハンス効果、ピッチを落とさずに再生速度を落としたりチューナーを内蔵していたりと非常に便利。勿論CDプレイヤーなのでCDを再生しながら自分のベースの音を一緒に聴けるわけで、耳コピの際等には相当重宝する。

これに自分のベースを突っ込むと自分のベースの素の音が聴けるわけで、基本的にサンズアンプをカマさずにベースを弾く事がない僕にはこれも普段なかなかない経験。

今日はJONNY/i GO用の半音下げの青色SBV(これについて書いてない事に気付いたので今度記録しておこうと思う)を突っ込んで弾いていたのだが、うん、素の音も素敵じゃあないか。


素のラインの音を聴き続けると、エレクトリック・ベースギターのバンド・アンサンブルに於ける所謂一般的かつ落ち着きやすい役割について再認識しつつ、それが適切な場合ならやはりそれが一番落ち着くのだ、と痛感する。

「黙して語らず」ではないけれども必要以上に色々やり過ぎるのは本質からかけ離れてしまうのではないだろうか。色々やり過ぎるのが一番美しい、少なくとも本人含む演奏者達自身がそう思っている場合はそうすべきだ、とも同時に思う。

しかし何だなあ、素の音を聴き続けていると同時にエフェクターへの渇望が沸き起こるのを感じる。素の音の美しさ、何も足さない何も引かない美しさと相反する美しさだと思う。どちらも美しい概念だ。

究極的には音はどうだっていい、テンションが伝わればいい、と思うけれども、ここ最近は新しい挑戦、自分の腕試しとして色々な音色に挑戦している。これとかこれっていうのは、少なくとも数年前の僕には扱いきれなかったものでそれを扱える、バンド・アンサンブルに持ち込めるというのは自分自身の成長(それが例え微々たるものであろうとも)を端的に表す一サンプルであると思う。

なので挑戦意欲に満ちている今、僕はどんどん色々な音色を試して武器を増やしていくべきだと思う。

シンプルな音色で演奏する楽しさと、色々なエフェクトを用いて演奏する楽しさって相互関係にあると考えているし、そんなにかけ離れたものでもない。


何だかんだで休憩を挟みつつ作業していたら日が昇っていた。

それまでしていたヘッドフォンを外すと、室内は電気ストーブとPCの駆動音、そして換気扇の廻る音がしているものの、基本的に静かである。ベースを弾き続けていた事から成る静かな興奮状態を鎮めようと、先日ライブをした際にお客さんで来ていたバンドマンから挨拶代わりに頂いた音源を聴き、それがべらぼうに格好良くて「音楽を聴いてリラックス」どころか「格好良いじゃないか!負けられないじゃないか」みたいになってしまい逆効果。


おい君君、一体いつまでこんな生活を続けるつもりだい?

生活様式は変われども、精神的には無論、死ぬまで。

一生涯、少なくとも精神的には薄汚いバンドマンでありたい、と思っている。

「MAGICAL ADVENTURE TOUR」


続・我が逃走


ついに、始まる。

ONE BY ONE RECORDS PRESENTS 「MAGICAL ADVENTURE TOUR」である。

改めて日程を。


2011/02/26 東京 高円寺CLUB LINER
2011/03/04 愛知 今池HUCK FINN
2011/03/05 大阪 アメリカ村CLAPPER


出演はどの会場ともに

i GO
明日、照らす
・JONNY
nothingman


上のね、各バンドのリンクにとんでみるといい、どのバンドもサイトのトップページに上の画像を掲載しているから。URLをコピー&ペーストするために各バンドのHPを巡ったのだけど、胸が熱くなった。

今この4バンドは完全にこのツアーに向けて意気高揚しているはずだ。レーベルツアー、勿論ONE BY ONE RECORDSの現在形を色々な方に観て頂く意味もあるのだろうけれども、単純に楽しいと思わないかね。

僕はワクワクしている。今まで共演してはそれぞれのペース、フィールドで活動を重ねてきたレーベルメイト4バンドが一同に介しての東名阪ツアー。

佐藤さんも入院中、きっとTOKUZO出演キャンセル を悔しがりながらこのツアーに向けて意欲を燃やしていたのだろう。我々とて意気高揚、だ。


ちなみに2月26日 高円寺CLUB LINER公演でのi GOは、不肖ワタクシ舟橋孝裕がベースを弾かせて頂きます。

「JONNYがあるのに、ええのか」と仰る茜谷さんに無理やりお願いして弾かせて頂く事になりました。レーベルツアーで同じベーシストが2回ステージに立つ。お願いを受け入れて下さったi GO側、そしてダブルヘッダーを了承してくれたJONNY側どちらにも不完全燃焼感を出さずに、どちらも全力で演奏しようと思っています。

名古屋、大阪公演は先日練習、お酒の席 とご一緒させて頂いたNatural Punch Drunker 村上さんがベースを弾かれます。茜谷さんの旧友にして凄腕ベーシスト。練習を拝見させて頂いたのだけども、これ相当楽しみですよ。


今回のレーベルツアーに際してグッズが発売されるので、ご紹介を。


続・我が逃走
レーベルツアーパンフレット。
各バンドが思いの丈や色々ぶちまけているはず。
アルバムに続き、僕も思う存分書きまくりました。

続・我が逃走
Tシャツ。
ツアーの思い出に、或いはその場で着ても良し。
イカシたTシャツです。


兎に角、是非遊びに来て頂きたい。

きっとそこには素敵な音楽があって、名古屋でそれぞれ活動しているバンドマンがステージ上で熱い火花を散らすはずなので。

遂に威力を発揮したリング・モジュレーターと膨大な量のうどん。

毎週火曜と金曜はアルバイト勤務が早上がりの日。

いつもより2時間早く退勤するのだが、この2時間が意外とデカい。さて今日は何すっかな、と思案しているとシン君から入電。

「スタジオいつにします?」

そうそう、近々2人でスタジオ入ろうって計画してたっけ。よしじゃあ今夜はどうだ。


というわけでシン君とスタジオ入り。近所のスタジオの8畳の部屋を1時間おさえて、ドラムとベースで演奏。8畳の部屋ってのもあるかもしれないけれど、シン君のドラムは音量が大きい。いいね、音がデカいドラマーに悪い奴はいない。そういえばシン君と一緒に演奏するのは初めてだ、と思った。

今日はここ最近ハマッているリング・モジュレータを初めて大きな音量で鳴らしてみよう、しかも昨日書いたようにループ・スイッチャーにカマして音量をブースとしてやろうと思い、Xotic X-BLENDERのセンド/リターンにカマす。


続・我が逃走
結構シンプルにまとまったけれども
リング・モジュレーターのお陰でこれだけの個数でアヴァンギャルドな音が出せた。


今日はギンギンした金属音を原音ミックスして使ってみたのだけども、これが滅茶苦茶に良くて笑ってしまった。
入力信号に加算、減算する周波数を相当高めに設定したからか「ピギーーーッ!!」という金属音がピッチ感がほとんどなく出力される。原音+この金属音で、あたかもベース・シンセサイザーかレーザービームのような音になった。原音ブレンド+音量ブースとのお陰で低域不足も感じないし、ブレンド具合を慎重に設定したからかアタックも音程感も程良い。ブッとんだ音がベースラインをより明瞭に、明確に描き出してくれる上に、気分は随分と攻めの姿勢に。こりゃあ歪んでない歪みエフェクターのようだわい、とご満悦のまま、結構な頻度で踏み込んでしまった。大変気に入った。

深夜には大学時代に所属していたサークルの後輩、有光君(A Soulless Pain)と岸さん、スタジオ終わりの各務君、同じく伊藤誠人と河本君(palitextdestroy)とうどん屋「たかやす」へ。

ここは以前もこのブログに書いたけれども、お値段据え置きで本格的なうどんが好きな量だけ食べれるという大変良心的な店。今夜は無性にうどんが食いたかったので、カレーうどん太麺で4玉オーダー。

うむ、相変わらず旨いと食べだしたものの、意外に重たいカレールーに4玉のうどんの物量に負け、うどん半玉程残してギブアップ。残りは伊藤誠人の胃袋に消えていった。


続・我が逃走
カレーうどんと各務君。
よく見れば各務君と丼、コップのサイズ比率がおかしいのがわかる。

帰宅、そしてリング・モジュレーターの強力な音の残滓に酔いしれながら今こうしてブログを書いている。

いやはや、よく食べてよく遊んだ一日だった。

リング・モジュレーターとの邂逅。


続・我が逃走


昨夜はモツ鍋パーティーに参加。豊田のえなちゃんちまで行って、モツ鍋食って酒かっ食らって轟沈。大変楽しかった。友達との鍋とか飲み会の多幸感って、物凄いね。

その前後、一体何をしていたか。

リング・モジュレーター、愛称「リンモちゃん」にかかりきりだったわけである。26歳男子がこんな事を言うと薄気味悪いだろうがね、あながち悪い愛称でもないと思うのだ。マッドなシンセ・マニア、ジャンクなエフェクト愛好家の諸兄辺りがこの愛称を使えばそれらしくなるんじゃあないのかな。

リング・モジュレーター。

これは入力信号と別信号の減算、加算を行い、その周波数を発生させるもの(らしい。理系の方とか詳しいのじゃあないか)なのだが、わかりやすく表現すれば原音の上と下に変な音を生み出して、場合によっちゃ金属音みたいになるよ、っていうエフェクターだ。

金属音が鐘の音みたいにもなるので、リング・モジュレーター。


で、僕が所有しているのはelectro-harmonix社製品、「FREQUENCY ANALYZER」である。

このメーカー、過激な音とデッカい筐体で評判のメーカーで(近年は随分と小型化が進んでいるらしいけれども)、一頃なんかエフェクターを買うとデカい木箱にブツが入っていて、その“いけない”雰囲気に随分とワクワクさせられたものだ。過激なエフェクター(時に「どうやって使うんだこれ!」みたいなのもある)を多数生み出し、ジャンルを問わず楽器演奏者に愛されている、優等生的な存在がBOSSならばこのメーカーはその対になるような、そんな個性的なメーカーなのだ。

最近は一般市場にも進出してきたガレージ系メーカーの、これまた随分と振り切った発想のエフェクターも多いので、このメーカーのブチギレ具合というのは目立たなくはなっているけれどもやはりエフェクターを語る上では外せない存在ではないだろうか、と思う次第。

話が随分と逸れた。

そんなelectro-harmonix社が「弊社製品で一番変な音のするエフェクターです」と謳っているように、本機は随分と過激。まあ無難なリング・モジュレーターを探す方が難しいのではないかとも思いつつ、その謳い文句に嘘がないのは繋いでみればわかる。

ベースでリング・モジュレーターをある程度の汎用性を持たせて使おうという方が元々無茶だったのかもしれないが、今まで何度も苦労し、悪戦苦闘し、諦めかけてきた(『リング・モジュレーターへの愛憎』参照の事)リング・モジュレーター、今回ようやく、少しだけ距離を縮められた気がするのだ。


本機、FREQUENCY ANALYZERのFINEツマミとSHIFTツマミとBLEND、そしてFILTERのオン/オフ切り替えしかコントロール系統がない、というのは僕のようなリング・モジュレーター入門者には却って良かったのではないか、と今更ながら思う。

FINEとSHIFTを弄繰り回して、気に入った音を見つけたら(この時、二つの周波数が交差する際に発生する歪みを除去するFILTERをオンにするかオフにするかで随分と音の印象が変わる)BLENDツマミで音を調整。

ハイこんだけ。

こんな簡単な事が何故今まで出来なかった!?

そりゃあ原音を全く残さなかったら、飛び道具にしかならんよ・・・・。結局、駄目だったのは自分の発想と音作りの腕前だったという話。


本機で若干気になる点があるのだが、音作りと原音のブレンド具合で幾分かマシにはなるもののオンにすると音量が若干引っ込んだように感じる点である。ボリュームを搭載してくれればなあ、とも思う(ついでにLEDも)のだけれども、まあループ・スイッチャーか何かにカマして音量を稼いでやれば問題ないか。ギターなんじゃねえのこれってくらいのギンギンの金属サウンド(FINEとSHIFTをグッと上げ目に)も、え何これ何起きてるのこれうっわ気持ち悪!っていうリフを強調、変質させる不協和音的な使い方もグッと可能性が広がるだろう。

BOSSのLS-2でも仕入れるかなあ。


リング・モジュレーターで汎用性が高く、扱い易い一品ではないかと思う。そして高額なブツばかりが多いこのジャンルの中では比較的手の出し易い価格。勿論、リング・モジュレーターの中では、だけども。

僕としては今後色々リング・モジュレーターを試してみたいと思っている。無論、比較的マニアックなエフェクターだけあって選択の幅は狭いけれども、各社各ブランド、創意工夫を凝らしたリング・モジュレーターを販売しているだけに音色だけでなく、機能等でも色々と差異があるのだ。

とりあえずmooger foogerのリンモたんかなあ。一部では「究極にして最高のリング・モジュレーター。ベースにも、実に良し」と言われているようだ。・・・・・ゴクリ。

uooooooooooaaaaaaaa!!


続・我が逃走


今までなかなか使いこなせなかったリング・モジュレーター、今朝方衝動的にベースを繋げて鳴らしてみたら、これがドンピシャで今欲している音!

うん、エフェクターを活かすも殺すもオーナー次第。年月を重ねてもエフェクターの音は変化せずとも、使い手側の発想、経験値が変わるからお付き合いの仕方も変わるわね。


このリング・モジュレーターに対する思い出や、使用感はまた近いうちに改めて!

弾く人によってローの出方が違うよ、ローの出方が。

仕事後、オムライスとチーズケーキを食べてi GO練習へ。

茜谷さんちは、僕の家から近い。自転車で5分程で着く。僕が自宅にいる場合は、スタジオまで昌吾さんが車で拾っていって下さる。昌吾さんは茜谷さんを車で迎えに行かれてから僕の家の方に来られるので僕が茜谷さんちに行けば手間が省けるというわけだ。食後の運動がてら、自転車で茜谷さんちへ行く事にした。結構な量のオムライスとチーズケーキで膨れた腹にはこれくらいのスパーリングは必要だろう。如何せん、僕も体系が気になる年齢になってきたのでね。

今日はONE BY ONEツアー名古屋編/大阪編でベースを弾かれるNatural Punch Drunkerの村上さんもはるばる神戸から練習に参加しに来られており、もう茜谷さんちにいらっしゃるとの事。お話は茜谷さん達から色々聞くものの、直接お会いするのは初めて。果たしてどんな方なのだろうかと茜谷さんちに入っていくと、ベッドに腰掛けてベースを携えた村上さんがいらっしゃった。

「おー!はじめまして!どんな風にベース弾いてるか教えてよー」

ああ、絶対良い人だ!こういう直感って、意外と当たるものだ。

ベースについて色々お話させて頂いたりしたのだけど優しくて落ち着いた方である。

茜谷さんと話をしているのを聞いていると、お二人がどんな風に時間を重ねてきたのか少しだけわかったような気がした。


合計3時間の練習で僕の練習と村上さんとの演奏を行う予定で、はじめは僕のターン。村上さんはベースを携えてスタジオの隅に座ってらっしゃる。視界の隅に常に村上さんがチラチラ映る状態なわけなのだけれども、緊張してそっちが向けない。相手は勿論大先輩、だけれどもどこかで「失望させては駄目だ」という気概のようなものが湧いてくるのを感じた。旧友のバンドでベースを弾いている人間が格好悪かったら、例えどんな人だって気を良くはしないだろう。燃える。テンションが普段より高めなのはバンドマンの性だろうか。

果たして村上さんに僕の演奏がどう映ったかはわからないけれども、村上さんにベースがスイッチしてからというもの、僕はそんな自分の気概さえも忘れてもうただひたすらに村上さんのベース、そして村上さんが演奏されるi GOを楽しんでしまった。

名古屋に到着されてから練習に取り組まれたという事で、構成もまだ完全には憶えていらっしゃらない様子だしコードも探り探りの部分があった様子なのだけれども、それでもこの4人でのi GOがきっと素晴らしいものになるというのは容易に想像がついた。

職人。職人業だよあれは。

僕って正直早い曲は指で弾けなくて、それでi GOは結構ピック弾きが主体になるのだけれどもその曲さえも指でサラリと弾いてらっしゃる。純粋に音色で判断して指で弾くかピックで弾くかを選択され、そして曲のノリを生み出すその演奏。

かくありたい、と思った。


練習後は3人でしなの屋へ。

ビールとコーラの焼酎割りで乾杯。しなの屋の旨い肉に舌鼓を打ちつつ、お二人の旧友の話や音楽の話、大丸ラーメンの話をする。モーニング娘と共演された話等、実に新鮮かつ興奮させられる話。

バンドをやっていて色々と面白い方に出会い、色々な面白い話を聞く機会があるけれどもその幸せを再認識した飲み会である。勿論肉もお酒も旨かった。


続・我が逃走
茜谷さん撮影、サポートベーシストが二人。
村上さんのようには弾けないけれども、僕は僕で僕のパンチ力を追及します。

26日の東京編は僕が、そして4日 名古屋編、5日 大阪編は村上さんがベースサポートでi GO参加します。

3箇所ともに当然JONNYも当然参加するわけで(つまり26日は僕、久々のダブルヘッダー!)これは相当楽しみですよ。東名阪でブイブイギャリギャリバキバキいわせるぞ!


「VS 255個のマックナゲット」の巻

全国のマクドナルドで、17日までナゲットが100円。


この情報は瞬く間に広がり、(恐らくは)全国で猛者達が膨大な量の鶏肉を平らげるべくお札を握り締めてマクドナルドへ走った(多分きっと)。わらしべ長者企画で移動中にONE BY ONE RECORDS 柴山社長 から電話でこの事実を知らされた僕は、早くもこの「ナゲットが100円」という事態にどう挑むか考えていた。

マクドナルドのナゲット。

幼い頃から愛し、普段はその値段からかなかなか手が出せない(マクドナルドではどうしても100円マックか、セットの際にLLサイズにする程度で満足してしまう貧乏人だ、僕は)でいた奴が、100円である。


「うん、買えるだけ買って食べよう!」


というわけでマクドナルドでナゲットを大量に買い込んで食べる「ナ決゛闘」(ナゲットウ、と読んでくれ)開催決定。

日時も決まり、メンバーも集まった。ナゲットをこよなく愛する人間と、面白そうな事に目がない女性が集まった。そう、会場家主の新栄CLUB ROCK'N'ROLL 井藤氏、僕、そしてこういうご飯企画には大抵食いつく伊藤誠人 氏以外は参加者のそのほとんどが女性だったのだ。こんな肉々しい企画で女性が集まる、っていうのはあれかな、マクドナルドっていうキッチュでポップなお店のカラー故なのかな。ランランルー!!


で、「ナ決゛闘」の前にi GOミーティング→HUCK FINN、で舟橋轟沈。胃袋に流し込んだラムコークとレッドブルテキーラによって轟沈。轟沈。

レッドブルテキーラがね、名前こそ元気出そうな感じなのに物凄く凶悪。飲みやすいのにあっという間にまわるし、お酒大好き佐藤美生さん(JONNY 退院おめでとう!)でさえ「あれは酒飲みでもやべえぞ!」とコメントする程の凶悪さ。それを飲んじゃってもう僕大変。茜谷さん、野田さんに「お前大丈夫か。行けるのか」と心配されながらボロボロの体を引きずって新栄は井藤家へ。

井藤家の食卓では、参加者がそれぞれ買い込んできたマックナゲットの山が僕を待っていた。


続・我が逃走
「美味しそうれすね!ナゲット最高れすね!」
「お前ベロッベロじゃん!!」


51箱、総合計255個のマックナゲットの山。ディップはお馴染みバーベキュー、マスタードの他にチリソースやカレー、磯部揚げ風にするために味付海苔なんてのもある。これなら飽きる事はない!


続・我が逃走
箱を処分するだけでも結構大変。


・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。


気がつくと、参加者の人数は減っており時間は意外な程進んでいた。トイレに入り便器に愛を囁こうとしたところまでは記憶があるのだが・・・・。どうやら眠ってしまったらしい。ナゲットの山はお腹を減らして訪れた伊藤誠人によって随分と削られており、皆はニコニコ動画を観たりしていた。

首謀者たる僕は、ナゲットと闘う前に(それなりに食べたものの、腹が破れる程、というわけにはいかなかった)レッドブルテキーラによってブッ潰されていたのだった。闘う前に、負けた。


「はいこれノルマね」

余ったナゲットは箱に詰め、それぞれ持ち帰る。夜風にふかれ、幾分か酔いも醒めたので帰宅後、就寝前にナゲットを食べてみる事にした。体には悪そうだが、仕方あるまい。箱を開けると、そこには平常時ならば5個しか入っていないはずだったが、10個のナゲットが綺麗に鎮座していた。


続・我が逃走
綺麗に10個、収まっている。


冷めたそれを、口に運ぶ。幾分か油っぽくなってはいるが、あの味だ。

でも、そのナゲットは、少し「負け」のしょっぱい味がする気がした。

「音大きいよ!」「えへへへへ」


続・我が逃走
この日の足元。
mooger foogerは場所をとるが、その音色は無類である。


13日は、パイプカットマミヰズで新栄CLUB ROCK'N'ROLLに出演。

共演はthe golfs遠方ヨリ友来タルMelancholy Buffethealthy manchester 。 何だかんだで以前共演したりお会いしたりしたり、或いはもっと親しく話す仲だったり職場で(以下、略)だったりで会場入りからリラックスムード。

前夜のわらしべ長者企画 で手に入れたアサヒ・ファミリーセットを振舞ったりしてみた。

で、よくよく考えたら多分この日出演者で最年長なのが僕と伊藤誠人 君なのね。・・・・・・そういう年齢になってきたかあ。


駒田君が翌日朝から東京にて職場の研修会があるという事で、この日の出番は一組目。

調整して頂いたCLUB R&Rの本多さん、共演者の皆様有難うございました。いきなり音量デカい僕達が演奏して驚かれた方もいるかと思う。ベースアンプヘッド持込、エフェクター多目と結構ガッツリと音作りに走ってみたけれど、良い具合になったのではないかと思っている。MXRのベースファズを久しぶりに使ってみたのだが面白かった。

healthy manchesterの松田君がプレベ+GALLIEN-KRUEGERでアタックのキいた音を出していて「俺もGK買うか・・・!」と心が揺らいだ。


打ち上げも最後の数人になるまで参加。青りんごサワーとか可愛いものを飲んでました。

ビール苦手。

“わらしべ長者”は現代に於いて成立するか実験してみた。

わらしべ長者、ってあるじゃないですか。

そう、昔話で伝えられている、一人の百姓が藁一本から物々交換で最終的にはお金持ちになる話。

あれって今や「物々交換でより価値のあるものを入手していく」って隠喩の代名詞になっているけれど、元々は「等価交換」が根底にある話なんですって。

何故こんな話を切り出すかっていうと、昨夜僕、「現代に於いてわらしべ長者は成立し得るか」を実験したからなんですよ。

先頃、自宅にてover skill  水谷君とライブ終わりで顔を出して下さった野村先生 (この日はマイカー共済 サポートとして出陣)とウダウダしていた。とりあえず大丸ラーメンを食べに行こう、という事にはなったのだが、大丸開店までまだ時間があるという事で暇潰しになる何かを探していた。

「のむーんさん、何か暇潰しになる事ないですかねえ」

「それなら“わらしべ長者”だろ」

「え、何ですかそれ」

「色々な人と物々交換を繰り返していくんだよ。例えば舟橋君が100円出して、その100円が最終的に何になってるか試すわけさ」

「それいいですね!やりましょう!twitter 使って交換してくれる人探しましょう!最終的にはマーシャルのヘッドアンプとか、ベースになってたら盛り上がりますねえ!」

「はっはっは、それは確かに熱いけど、まさかそこまではいかないでしょー」

諸君、このように始まりは実に些細な思いつきだったのだ。かくして我々の『わらしべ長者企画』は自室にて、静かに静かに幕を開けたのだった。

以下、そんなわらしべ長者企画の記録である。水谷君撮影の画像とともに振り返ってみる。


「じゃあまずはそうだな、ここにいらないカード型チューナーがある。これと100円を交換しよう」

「了解ですー」


続・我が逃走
というわけで

100円→KORGのチューナーになった。

「あ、twitterでザ・フロイト 小森君が“何か交換してあげますよ”って!」
「行こう!」
「行きましょう!」

続・我が逃走
「はいどうもーお邪魔します!わらしべ長者でーす!」
「フィギュアと交換してあげますよ」
「ではチューナーを進呈しまーす!」
「うわっ、全力でいらねえ!」

KORGのチューナー→ナッパのフィギュアになった。

「やったああ!ナッパのフィギュアだああああ!」
「全然等価交換じゃないですね!」
「ナッパアアアアアよけろおおおおお」

続・我が逃走
「これは、相当クオリティ高いですよ」
「本当だ、良い出来だねえ!」
~10分後~
「誰も食いつかねえじゃねえか!畜生!畜生!ナッパなめんな!」
「ナッパは“クンッ!”が使えるのにね」
「畜生!」
~15分後~
HOIP ウカイさんが交換してくれるそうですよ!」
「行こう!」
「行きましょう!」
「あ、農村 の松田君が合流するそうです」

続・我が逃走
「ここがウカイさんちかあ!・・・・どうもー夜分遅くに失礼しまーす、わらしべ長者でーす」
「面白そうな事やってるじゃないですかー」
「いやいや、へへへ」
「いらないものあるんで持ってって下さい」
「これは・・・・・!!」

ナッパのフィギュア→アサヒ・ファミリーセット&チャイナシンバルになった。

「いやいいんすかこれ!一気にクオリティ上がってますよ!」
「いやいらないものなんで。それに参加したら面白そうだし」
「凄い!」
「わーいわーい!」

続・我が逃走
「ついでにこれも」
「これは・・・・服ですね!」
「私もう着ないんで良かったら」
「まじっすかいいんですか奥さん!」
「最悪俺が着よう」
「えっ野村・・・・さん・・・・?」
「あ、シン君から電話だもしもし」
『チャイナシンバルに興味があります』
「早速かよ!」

続・我が逃走
「こんばんはー!わらしべ長者でーす!」
「お疲れ様です」
「シン君リアクション早かったねえ笑」
「いやあ、やっぱり気になるじゃないですかー」

チャイナシンバル→SX ジャズベーズ・モデルになった。

「うおおおおおお!ベースだあああああああ」
予想外に早くベースになって興奮を隠せない僕。
「凄いなあ、いきなりベースか・・・・!」

続・我が逃走
「エナちゃん何かあるのかい?」
「TシャツありますTシャツ」
車に積んであったカップヌードル→Tシャツになった。

「これまた凄い交換だな・・・・笑」
「あ、ビビビビ の山田トバシ君からメールだ」

続・我が逃走
「こんばんはーわらしべ長者でーす!」
「面白い事やってるねえ」
「有難う笑」
「で、ベースを狙ってたんだけどさ、これと換えない?」
「これって・・・・・・ベースじゃん笑」
「うん、妹のベース。“妹の”って付加価値があるよ!」
「流石!笑」

SX ジャズベース・モデル→妹のベース(Buskers ジャズベース・モデル)になった。


続・我が逃走
「実はさ、持ってって欲しい物があってさ」
「廃品回収じゃねえ笑」
「これと、これと、あとこれ出すから女物の服と交換してよ」
「え。着るの!?ねえ、着るの!?」

女物の服→カセットコンロ、トースター、盆栽、雑誌「近代盆栽 2006年2月号」、BOSS SD-1、何かCDになった。

「絶対いらないもの処分しただけでしょ笑」

続・我が逃走
「折角だから早速着てみたら?」
「え、着ちゃう?」
「着ちゃえ着ちゃえ」
~山田トバシ君、着替えてみる~
「おおお!意外と似合う笑」
「シュールだなあ笑」
「Tシャツはサイズぴったりだねえ」
「喜んで貰えて良かったよ」
「次はどこ行くのさ?」
「名古屋城の方だね」
「頑張るねえ笑」

続・我が逃走
「こんばんはーわらしべ長者でーす」
「はじめまして、わらしべ長者スタッフです」
「へえ、良い部屋ですねえ」
「ソラニン読んでそう、って言われました友達に。絶妙なニュアンスでディスられてんのかと思いました」
「読んでそうだよね」
「実際読みましたけど!」

BOSS SD-1→火の鳥 6巻になった。

「ついでに盆栽とかつけるよ」
「全力でいりません!」
「え、何で」
「枯れてるじゃないですかこの盆栽」
「わびとさびを体現しているんです」
最終的に、半ば強引に盆栽やらトースターやら置いてくる。


というわけで「そろそろ大丸ラーメン、行きたくねえ?」という事になりわらしべ長者企画第一夜、無事に終了。

100円が最終的には「妹のベース」と「火の鳥 6巻」と「アサヒ・ファミリーセット」になったのだけども、これって相当凄い事なのではないだろうか。だって、100円だよ?そりゃあ移動時間もコストもかかってるけど、正直ここまで盛り上がるとは想像だにしていなかった。色々な人に会えて楽しかったし(実際、時間/立地の都合上行けずに終わってしまった方もいらっしゃる。次回に期待!)暇潰し以上の価値があったと思う。

さて、「現代に於いてわらしべ長者は成立し得るのか」というこの実験、結果としては「成立する」である。交換に応じてくれる皆さんの善意、そして「面白そうだから参加する」精神が不可欠ではあろうけれども、成立する。

人間は優しい。特に僕の周りには善意と好奇心の塊のような方しかいない事を今回の実験で痛感した。


ちなみにちなみに、アサヒ・ファミリーセットは翌日のパイプカットマミヰズのライブ@新栄CLUB ROCK'N'ROLL(これについては今日中にまた記事書きます)にて共演者の皆さんと美味しく頂き、火の鳥 6巻はPA 井藤さんから「読みてぇww」と連絡があったので


火の鳥 6巻→井藤さんのいらないCD2枚組(柴崎コウのベストと何かヒーリング・ミュージックのCD)になった。


ちなみに、大丸ラーメンに着いた僕達が見たのは、土曜深夜の大丸恒例、長蛇の列。

全員、この晩は大丸を食らわずに帰宅したのであった・・・・。

頑張れタニグチ君


続・我が逃走


みそっかすのヴォーカルギター デストロイはるきち君と呑んだ。最近飲酒が少しずつ楽しくなってきたので、若い(とは言っても僕より2つ下なだけだけどね)バンドマンと酒を酌み交わすのも面白いかもしらん、と思えたのだ。

はるきち君、実際今日で会うの2回目だったんだけどね。でもまあお互いの合意があれば距離なんてどれだけでも縮まる。

で、野々垣君(今やサポートを色々やる売れっ子状態)も合流して3人で沖縄料理屋にて呑む。野々垣君は車で来ていたので水をひたすら呑んでいた。僕はレミー・キルミスターがモーターヘッド結成以来、コーラのジャック・ダニエル割を欠かさず呑んでいた、という話を聞いて以来のコークハイ・ブームなのでコークハイを。

で、あっという間に潰れるわけですよ。体質的にお酒弱いから。上の写真は泥酔したはるきち君と僕。

で、はるきち君ちで更に呑み直して、野々垣君に伏見まで送ってもらった。自宅まで地下鉄の駅にして3区間程。なに、歩けない距離じゃないし酔い醒ましには丁度良い。テクテク歩いて帰る事にした。


20分程歩いた頃だろうか、携帯電話に向かって大声で話しながら歩いている男性に声をかけられた。

「すいません」

「はい」

「ここ、どこですか?」

「ここはそうですね、千種の近くです」

(電話に向かって)「おい、千種だってさ」

「・・・・・」

「千種だって。すいません、ここどこですか」

「千種です」

(電話に向かって)「千種だって」

その眼鏡の若人、相当酔っている様子。会話がひたすらループしている。通話相手に業を煮やしたのか「もういい!」と言うと電話を切ってしまった。


「すみませんね」

「いえいえ。相当酔ってる様子ですね」

「そうなんですよ。○○ってクラブで呑んでたんですけど怒って出てきちゃいました」

「○○って、結構距離ありますよ。どこ行くおつもりで?」

「わかりません」

「え」

「ここどこですか?」

「千種です」


クラブに残っているという友人に、千種の駅まで迎えに来て貰うという事で残り100メートル程だったけれども千種の駅まで案内してあげる事にした。


「いや、本当ごめんなさい。助かります」

「いやいや。で、どっから来たんですか」

「知多半島です」

「それはまた遠いところから」

「会社の同僚と呑みに来たんですよー」

「ほう、それはそれは」


見た感じ、僕より若い。僕がこう言うのも何だけれどもどこか冴えない、僕からすれば親近感を抱くには十分な風体の青年。お互いに少しずつ打ち解けてきた。


「何で怒って出てきたんですか」

「いやークラブ向いてないなって。好きじゃないんですよ」

「好きじゃないなら何故行くのか笑」

「友達に連れてってやるって。会社の同僚なんですがね」

「へえ。あ、ここ千種ですよー。友達に電話してみては」

「そうですね、有難うございましたお兄さん」

「いえいえ」

(携帯電話に向かって)「千種なんですけどぉ!迎えに来てくれよ。・・・・何、来ない?」

「・・・・・」

「えっと、だからここは、千種だよ!千種の駅!」

「・・・・申し訳ない、ちょっと電話換わって下さい」

「はい」

「・・・・もしもし、電話換わりました。通行人です。今千種の駅なんですが、来れますか?この方、酔ってるようですしそこには戻れそうもないですから。・・・・来れない。はぁ、じゃあ放っておいていいんですかね?・・・・わかりました」

「どうなりました」

「何か、自力で帰れって。・・・・・・」

「朝まで待ちます!」

「始発までまだ5時間ありますよ!漫画喫茶とか案内しますよ」

「恐縮です、お兄さん」

「いいすよ、気にしない気にしない。・・・失礼ですが、お幾つですか」

「22です」

「若ッ!」

「友達に“女の子紹介してやるから”って言われて料金の8割くらい出してやったんですよー」

「・・・・・名前は何ていうんですか?」

「タニグチっていいます」

「あのね、タニグチ君ね、それカモられてますよ!多分カモられてます。女の子紹介して貰えたんですか」

「して貰えましたよ。あまり好みのタイプじゃなかったけれど」

「で、お友達は今もまだクラブに?」

「ええ」

「迎えには来ない、と」

「ええ」

「タニグチ君財布扱いかよ!!」


哀れ、タニグチ君は見知らぬ土地で放り出されてしまった(彼が自分の意思でクラブを飛び出したので正確ではないかもしれないが)わけで、しかも漫画喫茶で朝まで過ごす余裕は財政的にあまりないという。この冴えない風体の若者に僕は滅茶苦茶感情移入していた。ひょっとするとかつての自分をそこに見出したのかもしれない。放ってはおけない。


「タニグチ君、コンビに入ろう。コーヒーぐらい奢ってあげるから」

「すみませんお兄さんすみません。コーヒー美味しいです」

「どうするのさー。このまま朝まで待つってのは無理ありますよー」

「あ、電話だ。もしもし!え、千種来たの?」

(あーこれあれだ、会社の同僚が知らない人に拾われてやばいってなって迎えに来たパターンだ・・・・)

「じゃあ行くわー!」


というわけで来た道を逆戻り、タニグチ君とこの段階で30分間話し込んでいた。見知らぬ男と見知らぬ深夜の街を歩くって、怖くないのかタニグチ君。酔っ払ってるからわからねえか。

歩いていくとタニグチ君の友達「イエダ君」のワンボックスカーが待ち構えていた。車から降りてきた「イエダ君」はちょっとイケイケで、タニグチ君と随分雰囲気が違った。


「すみません!」

「いえいえ、しかとタニグチ君、送り届けましたよ」

「いやあ助かりました」

「お兄さん有難うー!」

「おめーぜってークラブ戻っても抜け出すんじゃねえぞー!!」

「お疲れ様ですー、有難うございましたー!」


こうして傍からは財布係にしか見えないタニグチ君は、クラブへと戻っていったのだった。

これだから深夜徘徊はやめられんのだ。すっかり酔いも醒めて帰宅した。

野村先生とのベース配信

今日は野村さん(レッサーホース/ノムラセントラルステーション etc.)とベーシスト配信を挙行、実に3時間もの膨大な時間にわたる配信となった。


野村さん、僕がライブハウスに出るようになる前から存じていた方で僕がかつて在籍したドクターイエロゥの初ライブの打ち上げにて、そのお姿を拝見した時は「あの野村さんが目の前にいらっしゃる・・・!」と感動さえおぼえた方なのだけれども、今はこうして親しくさせて頂いているのは本当に有難い限りだし、自分がかつては憧れていた世界に身を置いている事を再認識させられる。

僕がバンドに幾つか在籍し、ライブを色々重ねるようになってもう5年程経つけれども、一方野村さんは牙が衰える事なく、それどころか一層アクティヴに動いてらっしゃって「つくづくこの人には適わないなあ」と頭が上がらない思いだ。


今日の配信では野村さんがベースを握るようになったきっかけから、その頃影響を受けたバンドや音楽の話も伺えたり、実際にベースを握ってスラップ講座を開いて頂いたり実に充実したものになったけれども、途中から思いもよらぬ展開になった。

松田君(農村)が到着した頃合いだっただろうか、海の向こうはノルウェーからのアクセス。Zuluなる男性がチャットに参加してき、英語で発言をしてきたのだ。

聞けば彼はフリースタイル・ヒップホップを愛する若者で、ラップグループに参加、CDをリリースしており意欲的に活動しているとの事。「日本の皆にも聴いて欲しいんだ」と自分のグループの動画URLを教えてくれ、それがまた実にクールで格好良い。

「こういう出会いがあるからweb配信は面白いんだなあ」と痛感した次第だ。


配信終了後は皆で大丸へ。

palitextdestroyの二人も合流し、皆で大丸を堪能した。

実にはしゃいだ夜だったなあ。

普通の日記。

いっけねえいっけねえ、最近ブログ更新さぼりがちじゃねえか。

これじゃあ毎日の記録をつけている意味がまるでないわい。おい君、過去の5年分の自分の記録を裏切るつもりかい?こんなんじゃ学生時代からせっせせっせと更新してきた過去の自分も浮かばれないぞ!


というわけで舟橋孝裕です。

今日も昼頃起きだして(僕は昼夜逆転気味の生活を送っています。日が昇ると同時にベッドに潜り込み、太陽が最も高く昇る頃に起き出して活動を開始するのです。この年代の一般的な男性と5時間近く生活時間がずれていると考えれば宜しい)、アルバイトに行き、BOSSの最新型ギターシンセを弄繰り回してひたすらに不気味なフレーズを弾きまくり、デスクワークをし、帰宅し、そのままi GOの練習に行った。

今日まで練習が今日だと失念していて危うく練習をすっぽかすところで本当に危なかった。失念していたが故に予習、復習を怠っており(只今現在i GOでは3月のツーマン2日間に向けて“僕が弾ける曲”を増やしたり新曲製作をしている)、それをメールでメンバーお三方に謝罪したところ一様に温かい返信が返ってき、胸が熱くなった。

「俺、i GOもっと頑張ろう。この人達に報いなければならない」とまで思った。

バンドというのは結局人と人との関わり合いだと再認識した次第。


で、練習は円滑に進み、今日もダウンピッキングの開発、発展に善処し、同時に指弾きにも挑戦した。

帰宅後、軽く夕食を摂り今に至る。これから風呂にでも入ってベッドに入り、ひょっとしたらそうそうに眠ってしまうかもしれない。


そんな平和な一日よ、万歳!

先週末はこう過ごした。

実は、3日連続でライブだったのだよ。



2/5(土)

imperfect JONNYで今池を炎上させん、とした 翌日は早起きして、パイプカットマミヰズで上前津ZIONに出演。6年間続けてこられたイベントが、その日と翌日の2デイズをもってしてその歴史に終止符を打つ、という事で、その企画に過去に関わったバンドが今一度召集された次第である。尤も、パイプカットマミヰズがその企画に出演させて頂いたのは僕が在籍するずっと前だそうで、僕は当然ながらはじめましての方々が多かった。出演バンドはハードコア/パンクな方々が多く、門外漢の僕はなかなかそういうイベントに顔を出す事もないので非常に新鮮。

出番は一組目。一組目は予め機材をセッティングして、演奏開始時間になれば体一つで出て行けば良いので気が楽ではある。ぶっちゃけて言ってしまえば超アウェイな環境の中、やっぱりいざ演奏が始まってしまえばそんなのは関係ない。変拍子、ノイズ、リフ、不協和音の応酬を楽しむ。でもどこかで丁寧さは忘れないように!

このバンドに関しては僕が仕事を放棄してはマズいのですよ。


endzweck 先輩を拝見する。

ハードコアバンドってこの日初めて観た、に等しい(今までそれらしいのは観てきたけれども)のだが、そんな僕でもこのバンドの凄味が他と違うのは何となく理解出来た。何だろう、音も洗練されている?バンドの一体感?よくわからないけれども、一つだけ確実なのはテンションがダイレクトに伝わるような演奏はジャンルを問わず格好良いという事だ。

実に刺激的な一日だった。



2/6(日)

この日はNOT REBOUND 大さん&黒さんの合同結婚パーティーでi GOで演奏。

大さんと黒さんがご結婚されたわけでは、勿論ない。松原夫妻&黒崎夫妻の合同結婚パーティーという事ね。

お手伝いも兼ねて早めに会場入り。そしてすぐさま会場の規模、クオリティに感動。DIAMOND HALLが結婚パーティー会場になってたんだぜ、だって。想像もしなかった、あのシチュエーション。

パーティーは新郎新婦のケーキカット以降「歓談タイム/抽選大会(立食パーティー形式で飲み放題食べ放題だった。豪気だね)」→「バンドの演奏」という具合に進行したのだけれども、出演バンドも、ビデオレターに登場する方々も、如何に先輩方が全国津々浦々のバンドマン、ライブハウス関係者から信頼され、尊敬されているか十二分にわかる内容。ギターウルフ先輩が「結婚は闘いだ!」とブチあげれば銀杏BOYZ先輩がビデオレターに!

全部が全部書き出していてはきりがないので割愛(でも本当に凄い内容だったんだ)させて頂くにしても、僕みたいな名古屋インディーズ界の末端に名を連ねる人間からは想像も出来ない面子。

会場に集まられた方々にしても同じ。もう何ていうか、どこにどんな顔して突っ立ってればいいのかわからないくらいに僕、恐縮。率直に言ってしまえばあのシチュエーションにビビッていた。


しかし楽器を握ってステージに立てば大丈夫。演奏が始まった瞬間、普段とは比べ物にならない広さのステージに興奮、はしゃぎまわった挙句演奏を何度もトチる。

(うっひゃあ、やっべえ・・・!)と思っている間に演奏終了。合計4曲演奏したのだけれども、僕なりに誠意とお祝いの気持ちを込めて一生懸命演奏させて頂いた。


続・我が逃走
ケーキカットの瞬間。
先輩方、おめでとうございます!

先輩方、本当におめでとうございます!末永くお幸せに!

感動的な瞬間を拝見出来て光栄でした!

HARD JAPAN TOUR 2011、無事終了しました。

只今現在明け方5時半頃だ。

「HARD JAPAN TOUR 2011」、それに続く打ち上げ、そして大丸ラーメンを終えて帰宅したばかり。ここ最近頭の中だけでなく、実際のところ対応や準備で今日のイベントにかかりきりになっていただけに、こうやって一日を終えると「ああ、無事に終わったのだな」と感慨深い。どうやら一生忘れ難いイベントになりそうである。


ライブ本編のMCでも経緯を話したけれども、SOFTの来日中止は関係者一同に衝撃を与えた。ONE BY ONE RECORDS 柴山社長からその知らせを聞いたのは仕事中、休憩のため店の前に出て一服している時だった。未だにあの瞬間の「どうなるんだこれ」という不安、そして外気の冷たさは生々しく思い出せる。

それ以来関係者各位、連絡を取り合い(この辺りの連絡はJONNY代表として佐藤メンバーが請け負ってくれた。あの人、そういうイメージないかもしれないけれど実務能力が恐ろしく高いんだよ)2週間もしないうちに出演バンドが合計3つ決定された。これで当初出演だった我々JONNY、short film no.9に加えKARESIover skill、そしてuhnellysという5バンドの出演陣が決定、誰が提案したのか「HARD JAPAN TOUR 2011」というイベント名も決まり、しかも代替公演とは思えない豪華出演陣。これで2月4日は安泰だ、と思った。誰しもが思ったはずだ。


しかし第2の衝撃が我々を襲った。佐藤メンバー、入院。入院が決まった段階で「間に合わないんじゃないかこれは」と皆が思った。柴山社長とメンバーで話し合い、その結果の意向を関係者各位に連絡する。我々が選んだ選択に関して、一人でもGOサインが頂けなかった場合は今回は出演を見送ろう。そう考えていた。

しかし幸い皆が皆、「是非やって下さい」と出演を快諾して下さった。その結果がimperfect JONNY、不完全なJONNYである。


あのバンドは本質的に某不完全で密室殺人するバンドのテンションでJONNYの曲を演奏する、そんな暗黙の意図が込められたバンドである。したがって、ステージ上はガチャガチャするし曲もガチャガチャする。フィードバックとノイズ、太鼓や鍵盤、そして弦を叩きつける音に満ちたテンション重視のバンドである。幸い我々には以前佐藤メンバーがインフルエンザで倒れた際にこの構成で大阪遠征を行った前例があった。恐れるものは何もない。あるとするなればそれは自分の中の不安だけだ。転換を終え、一音目をメンバー全員で一斉に叩きつけた後は、それはもう必死の演奏の始まりである。

ライブはあっという間に始まって、あっという間に終わった。荒々しい演奏だった、と自分でも思う。JONNY本来の魅力の何分の一が提示出来たか、全くもって定かではない。しかしたまにはこんな無茶をやってもいいんじゃないかと思う。公演に穴を空けない、それこそに意味があるように思われたからだ。

結果がどうだったかは、ご覧になられた皆様に委ねるとして、我々は大いに楽しんだ。


佐藤さん、早く元気になって戻っておいで。やはり皆君のステージが観たいそうだよ。

関係者各位、そして急なオファーに応えて下さった皆様、sfn.9、本当に有難うございました。今回の借りは必ずお返ししようと思っています。

佐藤さんが入院して一日が経ちました。

昨日のエントリー 、随分と沢山の方にお読み頂いたみたいで(実に1000人近くもの方がアクセスして下さった様子。いつもの4倍近く、です)情報の拡散にご協力頂いた皆様、本当に有難うございます。

佐藤さんの入院生活は始まったばかりですが、沢山の方から心配の声を頂き佐藤さんも励まされていると思います。今日佐藤さんからきた連絡では、やはりそれなりの期間入院生活を送らねばならないようで、4日のライブは昨日告知した5人で演奏する事になりそうです。

今までの、そして音源でのJONNYとは随分と違った演奏になるとは思いますが、男性ホルモンを巻き散らかして一生懸命演奏しようと心に決めています。


twitter 上で様々な方から頂いたリプライ、そして直接連絡を頂いたりメールを頂いたり多くの方が佐藤さん、そしてJONNYを気遣って下さっております。佐藤さんが如何に信頼されているか痛感するのは勿論、バンドメンバーとしてJONNYに対する皆様の誠意を裏切ってはいけないと改めて背筋が伸びる思いです。

我々JONNYはセールス的には、或いは知名度の点ではまだまだひよっこのインディーズバンドでしょう。しかしバンド結成以来のその5年の歴史の中で多くの方と関わってきましたし(僕はここ2年近くしかバンドに関わっていませんが、その2年の間にも多くの方と出会い、バンドに対する情熱や誠意を肌で感じてきました)、様々な経験をしてきました。この国の音楽を耳にする方々の中でJONNYの存在を知っている方というのが一体厳密にどれだけいらっしゃるかと問われれば、それは恐らく極々一部なのでしょうし、私達より活動暦が短くとも私達以上の「成果」を収めたバンドは沢山います。

しかしバンドという集団が、組織が、背負っているものは相対的な数、数字ではなくそのバンドの歴史、そして信頼なのだと再認識する事が出来ました。


僕は基本的に反骨精神を元手にバンド活動を行っています。

「世界中で我々の音楽を必要とする人間はいないし、我々はすぐに忘れ去ら得る存在だ。だが、そんなのは耐えられない、そんなのは嫌だ。世界中の誰しもが我々の音楽を必要とせずとも、我々は我々のために我々の音楽が必要なのだ」

どれだけ多くの人の支持を得ようと、このバンド活動を始めた当初から抱いていた反骨精神を置き去りにする事はないでしょうし、バンドに対して情熱や精神を傾けて下さる方がどれだけいようと(実際、いらっしゃるのです。例えば大阪に在住の一人の友人が今日、我々の事を気遣って連絡をくれました。彼もまた自らの気概と心意気を以ってして闘争を続ける同志であります。勿論そんな方々の存在を無視するものでも、そして感謝の念を失うものでもないのですが、そこを意識して、目標として、主眼として、大前提にして音楽活動を行うのは反骨精神をモチベーションで表現活動を続ける人間としては軸がブレる事に他なりませんし、何より彼ら自身それを望んでいない事は明らかです)この自分の、ともすれば卑屈に見えがちだけれどもその実確信に満ちた自己顕示欲を世に打ち出す事を辞めるつもりはありません。

しかし、今回の佐藤さんの件で、そんなバンドに対して情熱や誠意を以ってして関わって下さる方々に対して、どのように相対するかがその方々に対して最も誠実な回答なのかを考え、そして確信する事が出来たのも事実です。それは今まで何度も自問し、自答してきた事でもあり、そして深く考えるまでもなく答えが導き出せる、極めてシンプルな思索でした。

今、僕は最大限のプライドと誠意と情熱を以ってしてバンド活動に全力を注ぎ、常に最善を尽くし、最善以上の結果を出していく事こそがその答えなのだと痛感しています。


今回の佐藤さんの体調不良は佐藤さんにしても、そしてバンドにしても予測不可能で喜ばしいものではありませんでした。しかしそれでバンドが停滞する、日和る、迷うものではないという事は今後バンドで、バンド活動で示していこうと思っております。

そして僭越ながら佐藤メンバーの気持ちをも代弁するのであれば、佐藤メンバー復活後の我々は今まで以上に熾烈なバンド活動を展開するつもりであります。

関係者各位に最大級の謝意を。

JONNYから大切なお知らせです。

JONNY舟橋です。

本日2月1日正午頃、我々のバンドJONNYのVo,Gtを担当する佐藤美生が入院しました。

ここ一週間、40℃の発熱が続いており医者で検査をしても原因が判然とせず、症状の改善も見られないため入院と相成りました。只今現在はっきりとした病名等はわかっておりませんが、明日以降検査、治療が始まる予定です。退院の目処はたっておらず、このままでは2月4日に今池TOKUZOで予定していた「HARD JAPAN TOUR 2011」への出演も難しいと思われます。

佐藤を含むメンバー3人、及び関係者各位で話し合った結果「もし佐藤の出演が不可能だったとしても出演キャンセルは最後の手段としたい。どんな形であれ最善を尽くしたい」という結論に至りました。

「HARD JAPAN TOUR 2011」は来日公演を予定していたSOFTの来日がキャンセルになってしまい、このままこの機会を流すのも勿体無い、何か面白い事は出来ないか、と出演者、関係者で創意工夫を尽くした結果の公演です。一時は危うかった公演、その逆境をチャンスとして跳ね返さんと組まれた公演です。

なので私達JONNYは今回も諦めません。全く度し難い、本当に諦めの悪いバンドではありますが私共JONNYはもし佐藤美生の出演が不可能だった場合、サポートメンバーとして我々の親愛なる友人にして優秀なバンドマンを迎え入れ、全力を以ってしてJONNYの曲を演奏する予定です。ヴォーカルギター不在の演奏となりますが、今までの私達とは違った、新しいJONNYの解釈として皆様に楽しんで頂けるよう全力を尽くす所存です。

以下、佐藤美生から送られてきたメールを一部抜粋して掲載します。


「JONNY Vo,Gt佐藤美生ですが、原因不明の高熱が続き本日より入院となりました。現在全身に発疹が出たため投薬治療が出来ない状態です。何とか2月4日のライブには出れるよう頑張っていますが、現状では正直難しいです。状況は出来る限りこまめに報告致します。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。何卒ご理解の程宜しくお願い致します」


勿論、チケットの予約キャンセルは受け付けております。その場合はお手数ですがinfo@jonny-web.com までご一報下さると幸いです。

今後の進展は逐一このブログ、または関係者各位のtwitterアカウントにてお知らせしていきます。

何卒ご理解下さいませ。



追記:4日の演奏メンバーが確定しました。


篠田尚希:ギターヴォーカル

舟橋孝裕:ベース、コーラス
植田圭介:ドラム

各務鉄平(ex.JONNYサポートメンバー/不完全密室殺人/紙コップス ):ギター、コーラス
伊藤誠人(色々やってます ):キーボード


この5人で演奏します。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

お問い合わせ

お問い合わせ、出演オファー、サポート依頼等はこちらからどうぞ

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