BIG MUFF ロシア製 黒


続・我が逃走


i GOで2時間、JONNY(ドラムがギバ君ver.)、更にJONNY(ドラムが山本さんver.)で合計6時間近くスタジオに入った夜。i GOはスタジオのジャズベースをアンペグに直接突っ込んで弾いたけれども、JONNYは久しぶりに昔使っていたエフェクターを持ち込んで鳴らしてみる事に。

ひょっとすると世界で最も有名なファズ・エフェクター、BIG MUFF。今回はロシア製の中でも比較的近年まで販売されていた黒い奴を。


これを買ったのは今から7年前、2004年の3月28日だ。何故断言出来るかといえば、20歳の誕生日に買った20個目のエフェクターがこれだから。7年前に20個という事は、逆に言ってしまえばこの7年間で80個近くエフェクター買ったのか、俺・・・。

で、当時は繋いでるだけでハッピー、酷い音でも変われば楽しい、みたいな状況だったので音の良し悪しはわからず。何となく使いやすい音だなと思った記憶はある。さて7年間寝かしておいてどうなったか。


・・・あー懐かしいな、そういえばインプットとアウトプットが普通のエフェクターとは左右逆だったなあ。電源アダプターも使えずで電池駆動オンリーだったっけ。この無骨なルックスも懐かしい。

どれ、音の方は・・・うひゃ懐かしい。そうそう、こんな音だったなロシア製BIG MUFF。ブッシャーッ!と歪む音だ。何ていうか、BEN FOLDS FIVEみたいな?そんな音である。これは気持ちが良い。エグ過ぎず、これって意外とポップなアンサンブルにも馴染みやすいんじゃなかろうか。

ボリュームを時計の3時くらいまであげないとバイパス時とバランスがとれないのは仕様なのか。故障なのか。


本機はNYC製と比べれば比較的ディストーション寄りのキャラクターではあれど、その根底にあるものは紛れもないBIG MUFF。踏んだだけで何か力が漲るような、そんな気がした。

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誕生日とi GOワンマンでベースギターを弾いてきた事。

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誕生日プレゼントにヒナスイさんから頂いた「お誕生日眼鏡」。


アニヴァーサリーネタを扱うには完全に機を逸したと思うが、3月28日でワタクシ、27歳になりました。

自分では気がつかなかったんだけど、19「84」年生まれの「27」歳という事で、これで完全に2784(フナハシ)になったというわけ。下らない事かもしれないけれどこういう語呂あわせって成立すると本人は結構嬉しかったりする。


で、この日はi GO祭最終日、入場料はドリンク代金のみのワンマンライブ!ハックフィン30周年は勿論、初ライブからきっかり5年経つi GOのお送りする楽しい企画だ。こういう日にサポートとして参加出来るのは本当に嬉しい。しかも僕、誕生日だぜ。バンドマンが誕生日に人前で演奏出来るっていうのは有難い事だと思う。起用して頂けて本当に有難かった。


で、仕事を終えてベースを担いで今池HUCK FINNへ。

一日空いたものの、ここ最近はずっとHUCK FINNに来ていたので何だか凄くリラックス出来る。今池ながらHUCK FINNに出演するようになったのは遅めだった僕からすれば、やっとその「場」との距離が縮まったようで嬉しい。また一つ愛おしい場所が増えたのだ。

軽くリハーサルを終え(これも3日目だから随分と余裕を持って臨めた)、会場設営。過去のi GOのポスターをフロア入り口へ降りる階段の壁に貼っていく。僕がサポートベーシストとして関わるようになったのはここ数ヶ月、まだ半年も経っていない僅かな時間なのだけれどもi GOには5年の歴史がある。何だかポスターの一枚一枚にその歴史が刻まれているようで、ニヤニヤして談笑しながら貼っていったものの妙に感動してしまった。JONNYにしてもそうだけど、中途からバンドに関わるようになるとそういうバンドの歴史っていうものに、途中参加故に敏感になったりする。


準備が終わって、気がつけばあと30分で演奏開始、だ。

会場にもお客さんが集まってこられた。中には僕の誕生日を祝って下さる方もいらっしゃって、更にはプレゼントまで頂いてしまった。調子にのって誕生日アピールをした甲斐もあったというもの。本当に有難うございます。そうそう、i GOの皆様からも贈り物を頂戴した。先輩有難うございます!昌吾さん、MR.BIGのCDを下さったという事は僕にドリル奏法やタッピングを習得しろ、とこういう事ですね。

有難さと、若干の緊張感を胸にいざ演奏開始。


i GO祭に3日間、岐阜から来て下さったヒナスイさんから頂いた「お誕生日眼鏡」をかけてステージに上がる。電球が仕込まれていて随分と景気が良い。演奏開始の「ガシャーン」と同時にスイッチオン!光る光る!眼鏡が光る!

良い気分で演奏をはじめ、ダブル・アンコールまで実に楽しく演奏を終える事が出来た。有難い事に誕生日を随分とフューチャーして頂いて、僕はもう幸せ者です。サポートメンバーとしては異例の扱いといっていいんじゃないか。それくらい良くして頂いた。

冷静に考えてみればワンマンライブというのは去年の5月、アルバム発売と野々垣メンバー脱退時のJONNYワンマン以来だ。結構曲数も多くやっていたはずなのだけれど、あっという間に終わってしまった。

演奏終了時には流石にHUCK FINNでのここ最近の3日間の事を思い出し、少し寂しくなった。この3日間のためにバンドでも、そして勿論個人でも色々と準備をしてきたわけなのだけれども全てが報われた気分。


充実感と達成感、そして終わってしまった寂しさほんの少しを胸に、i GOワンマンは無事終わった。

打ち上げHUCK FINN FACTORYで。酩酊→意識消失→復活→大丸にて最高の一杯、堪能→HUCK FINN FACTORYモドリ、という流れで気がつけば朝方5時。いやあ、遊んだ遊んだ。


最高の誕生日だったよ本当に!

Ustream配信ライブに出演してきた。

palitextdestroyにお誘い頂き、246 名古屋東山店のEスタジオよりUstream配信されるライブ配信イベントにパイプカツトマミヰズで出演してきた。

palitextdestroyをはじめ、トレドミン25mgHot Milk Companyビレッジマンズストアワッペリンナトリネが出演。普通に豪華な出演陣。一癖も二癖もある、面白いバンドばかり。


だが、観れない。

スタジオライブという場所、そして配信ライブという性質上、出演者全員が演奏場所であるEスタジオに入る事は不可能。ロビーにあるPCで配信中の映像を視聴する事は出来れども、やはり受付前にあるだけに爆音で視聴するのは気がひける。というわけで自分の演奏以外の時間は皆ロビーにいたのだけれども、バンドマン同士の会話でよく聞かれる「○○好きですか」とかそういう話がなくともお互いコミュニケーションをとろうとする出演者陣の間には独特の、面白い雰囲気が流れていた。もうああなるとバンドマンも一人間だね。

恐らくはバンドマンというフィルターが外れ、一人間としてコミュニケーション能力が問われた瞬間だったのだ。僕達は演奏前から暴虐の嵐を吹かせていたけれども(笑)


「配信ライブってどんな感じなんだろうか」と思っていたけれども、一旦楽器を握ってしまって、そこに人が一人でもいれば(実際演奏中は出演者含む有志の撮影班の方々がスタジオの中にいらっしゃった。作業、大変だったと思います。本当に有難うございます)スイッチが入る。ライブハウスでの演奏とは厳密にはその場その場での空気の感じ方が違えども、根っこの気迫という部分では人に観られ得る、というシチュエーションだけで十分スイッチが入るものなのだな、と認識出来た。これは貴重な経験。

ただ演奏中に演奏の粗が気になって気になって。後程整理前のアーカイヴをさらりとチェックしたら思った以上にまとまった演奏が出来ていてホッとしたけれども。気迫と精度が同居した良い演奏が出来たんじゃないか、と思う。


そして配信終了後、28日の0時を迎えた瞬間、僕は27歳になった。

その場にいらした皆さんが祝って下さって「こういう誕生日も嬉しいものだな」と感じる。願わくば来年も面白い誕生日の迎え方が出来れば良い。

27歳になり、舟橋=2784、という事で27歳の一年は僕にとって特別な一年。27歳の間に名古屋バンドマンの末席に名を連ねる存在として、何か一つ大きな企画を挙行しようと思っている。水面下で動いているので気長にお待ち下さいね。


打ち上げでは246 名古屋東山店 篠原店長と初めて酒を交えてゆっくりお話する事が出来た。今まで大丸ラーメンでお会いする事はあっても大丸ラーメンでは僕が臨戦態勢のため落ち着いてお話する事が出来ず、得難い機会をやっと得れたという次第。篠原店長の246 名古屋東山店に対する思い、バンドマンに対する情熱をゆっくりと聞かせて頂き、改めて僕も何らかの形で篠原さんの情熱に加担出来ないか、と思った。

全国の246グループの店舗の中で、Ustream配信を行ったりしているスタジオは名古屋東山店だけだそう。ここに名古屋東山店のほとばしるクリエイティビティの一端を感じるのはきっと僕だけではないはずだ。


本当に面白い一日だったなあ。

誘って下さったpalitextdestroyの皆さん、共演者の皆様(アーカイヴで映像チェック出来るのを楽しみにしています)、そして関係者各位、本当に有難う御座いました。

勿論観て下さった皆様も!後日アーカイヴが公開されると思うので、その際はまたURLをご報告させて頂きます。

i GOツーマンシリーズ、無事終了。

25日、26日と二日間にわたって繰り広げられたi GOツーマンシリーズも無事、終了した。

サポートメンバーながら、実に充実した時間を過ごせたと思う。本当にいつも有難うございます。


25日はNOT REBOUND 先輩と、26日はアナログフィッシュ 先輩と共演したのだがこんなに豪華な二日間をおくれたのもi GOならでは、である。勿論今更感じたわけではないけれど、改めてサポートさせて頂いて本当に良かった。今池HUCK FINN30周年、そしてもうすぐi GOも初ライブから5年を迎えようとしているこのタイミング、このタイミングでこのツーマンシリーズというのは本当に面白いと思うのだが、ご来場頂いた皆様お楽しみ頂けたでしょうか。

NOT REBOUND先輩、自分がバンドを続けていく上でああなりたいという理想形の一バンド。あの先輩達、普段から仲良くて、それが凄く良い雰囲気。長くバンドを続けるコツみたいなものを言葉ではなく振る舞い方で見せて頂いている。勿論様々な局面を潜り抜けて、踏破しての今のお姿なのだろうとは理解しているけれども、僕も先輩と同じ年齢になった際にあのようにバンドを続けていたい、と痛切に思う。
パンクなんだけども、決して殺伐とするわけではなくてキャッチーな曲に(ライブ中にフロアで合唱が起きてたけど、気持ち良くわかります)投げるだけではなくて受け止める、そんな信頼感をフロアー中に満たせるのはやはり先輩方だからこそだと思う。

アナログフィッシュ先輩は、それこそ学生時代とかはまさかご一緒出来るとは思っていなかった。浅学で申し訳ないがライブを拝見するのは初めてで、しかもそのライブが目茶苦茶良くて「この後に自分が出てくのか」と個人的にはやたらめったら緊張した。そうだなあ、普段の3倍くらいの速度で緊張が体を支配した。演奏終了後にフロアでお客さん達が「良かった!」とか「素晴らしい!」とか口々に言っていたけれども本当にそう。非常に音楽的で、芸術性溢れる演奏だった。


僕はね、自分が楽器を握った頃にはこんな生活を、こんな体験を出来るとは思ってもいなかったよ。

26日にHUCK FINNに茜谷さんと自転車で乗り付けて、吹原君がチューニングしながら踏んでいるキックの音を聞きながらフロアに入って、ステージの上には前夜そのままの自分のエフェクターがあって、控え室には自分のベースがあった。二日連続で同じライブハウスに出演する機会ってそうそうないし、その初体験をHUCK FINNで出来て良かったと思う。僕のベースも一夜HUCK FINNの、歴戦の猛者達が震えさせ続けた控え室の空気を吸って何かしら良い影響があるんじゃないか、と昨日の余韻に浸った頭で思う。

理知的な人からしたら馬鹿げた話に見えるってのは理解している。でも僕みたいな精神論者で、かつライブハウスに一種の神聖さというか、特別な感情を抱いている人間からするとそういう事なのだ。


i GOでの演奏も相応の回数を経験し、気がつけば僕が演奏出来るi GOの楽曲は20曲以上あるらしい。

いつの間にそんなに憶えたのか!

28日はチケット代無料(ドリンク代はかかります)のi GOワンマン。今から5年前のこの日、初ライブを行ったi GO。

僕はその日で27歳になります。

なんか、滅茶苦茶感情移入して演奏出来る気がしています。


続・我が逃走
新しく販売開始になったi GO Tシャツ、フナハシ特注カラー!
いいだろう!

サイクリング

いよいよi GOツーマンシリーズ当日なわけなのだけれど、会場入りまで時間があるのでサイクリングに行ってきた。


サイクリングといっても大仰なものではない。僕のサイクリングは自宅からいってもせいぜい数キロの範囲に収まる。ゆっくりペダルを漕いで、あてどもなくハンドルをきって進むのだ。

幼い頃にガチャガチャをやりに通った文房具店や登下校に使った通学路、今や甥っ子が通っている小学校や毎夏父親と通ったものの、数年前に取り壊されてしまった市民プール、そしてその近くの模型屋等々、多くのノスタルジーを感じながら道を行く。

或いは今もそのまま残っているお店もあるし(模型屋は当時そのままに、ご店主も健在で続いていた。文房具屋の気難しそうなおじさんは髪の毛が白くなっていたけれど相変わらず気難しそうな顔だった。小学生よ、あのおじさんは顔は怖いけど優しい人だから安心すると良い)、今はもうなくなってしまったり外観が変わってしまった風景がそこにはある。仕事の関係上、日中なかなか自宅近隣を出歩く事はなくなってしまったけれども、たまにこうして近所をサイクリングするとまるでバック・トゥ・ザ・フューチャーみたいな気分になる。

昔と今で変わらない風景があるとすれば、それはこの街に暮らす人々だろう。公園で見られる親子連れやスーパーに買出しに行くおばあさん、そして道端で休憩する作業着の男性達。今も昔も変わらない当たり前になった風景、人でさえもサイクリング中にはたまらなく愛情を抱いてしまうから不思議だ。


思うに、サイクリングは僕にとって内省的な行為なのだろう。ノスタルジーをきっかけに、自分の内に内に深く潜っていく行為なのだ。思春期の頃から何か考え事をするとなると夜の散歩やサイクリングをしていたのだが、多分そういう事だ。過去を振り返りつつ、色々と思う所もあるようだ。

僕が思うに、過去を振り返って郷愁に浸るのは悪い事ではない。それどころか僕はこの行為を愛してやまない。

過去の自分が積み重ねたもの、構築したもの、破壊したものは紛れもなく現在の自分の礎になっているし、それらを眺めて考慮して、未知なる今後の自分に突きつけるというのは有意義な事だと考える。

僕はそれをずっと繰り返してきたしこれからもそうするだろう。何か悩んだり困難に直面した際に、何が一番自分を励ましてくれるかというと過去の自分に他ならないと、そう思うからだ。

僕にとって記憶喪失になるというのは全財産を失う事に等しいわけだ。


さて、良い運動になったしそろそろ今日の演奏に向けて最終調整でもしようと思う。

練習の夜。

近々、下記のようなイベントが挙行されます。



『WE GO!YOU GO!ハックフィン30周年スペシャル~アイゴー祭がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!~』

2011年3月25日(金)
今池ハックフィン
出演/i GO、NOT REBOUND
開場19:30/開演20:00
前売2500円/当日3000円(1ドリンク代500円別途必要)
ぴあPコード 130-118
イープラス
※来場者全員にi GO×NOT REBOUNDタオルプレゼント!!

2011年3月26日(土)
今池ハックフィン
出演/i GO、アナログフィッシュ
開場18:30/開演19:00
前売2500円/当日3000円(1ドリンク代500円別途必要)
ぴあPコード 130-120
イープラス

2011年3月28日(月)
今池ハックフィン
出演/i GO
開場19:30/開演20:00
入場無料(1ドリンク代500円必要)
※i GO初ライブの2006年3月28日からちょうど5年のこの日。何をするかは、3月26日のライブで発表します!



というわけでこれに向けてひたすら練習練習。うろ覚えだった曲をさらっては体に染み込ませ、演奏をとちってはそのミスを忘れないように反復練習。僕みたいなのは放っておけば放っておく程、演奏がどんどん粗くなるからいけない。この曲は指で弾くのか、それともピックで弾くのか等と色々検討しながら、結局比較検討してみてもピック弾きの方が演奏が安定しているので全曲ピックで弾く事になりそうだ。

ピック弾きをする際、多様な曲調に臨機応変に対応するために個人的に重要になるのがトーンコントロールだ。

YAMAHA社製SBV-550のピックアップはアタックがキツい。相当キツいのでどんな時でもガシガシガキガキ、ビキビキバキバキ鳴る。これが結構重宝しているのだけれども静かな曲調の時はやかましい事この上ない。故にトーンコントロールで高域をカットしてやる。これで比較的雰囲気に馴染むサウンドになる。

アタックは完全に殺されるわけではないのでモンモンの音にはならずに適度にくぐもった、所謂普通のベースの音になるのだ。こんな使い方が出来るのはSBVならでは、ではないだろうか。


家族が部屋に乱入してきた明け方5時まで(何てはた迷惑なバンドマンだろう!)練習は続いた。普段は自宅でほとんどベースギターを触らない自分からすれば、一週間分以上の練習をした気分、だ。

『冷たい熱帯魚』


続・我が逃走


こりゃあ、最高のエンターテインメントだ。


園子温監督作品『冷たい熱帯魚』を視聴後、最初に抱いた感想である。今から18年前にこの国で実際に起きた埼玉愛犬家連続殺人事件。その事件をモチーフに撮影された映画、という前情報とは完全に食い違った、この感想。しかしね、僕はね、この映画を映画館で観て、久しぶりに声を出して笑って映画を観たのだよ。



熱帯魚店を営んでいる社本と妻の関係はすでに冷え切っており、家庭は不協和音を奏でていた。ある日、彼は人当たりが良く面倒見のいい同業者の村田と知り合い、やがて親しく付き合うようになる。だが、実は村田こそが周りの人間の命を奪う連続殺人犯だと社本が気付いたときはすでに遅く、取り返しのつかない状況に陥っていた・・・・・・・。



今から18年前に、実際にこの国で起きた、一件の殺人事件。ペットショップ経営者夫妻が金銭トラブルを原因に数名を殺害、その遺体を山中のペットショップ役員宅にて解体、死体を完全に隠滅。物証なき事件として話題になった「埼玉愛犬家連続殺人事件」。出所後に事件の一部始終を目の当たりにしていた役員が手記を出版した事でも有名で、僕はこの手記を読んでこの事件について知っていたのだった。だって凄い話だぜ。人を殺して骨と肉をバラバラに解体して、骨が灰になるまで焼いて死体を跡形もなく失くしてしまうんだぜ。こんなに壮絶な話があるか。

で、この映画の存在を知った時、実に興味をそそられた。さだめし陰鬱な映画なのだろう。重圧に押し潰されそうな、そんな感覚を味わえるのだろう。サイコ・ホラー好きとしてマゾヒスティックな嗜好に駆られたわけだ。

だが、結果が違った。誤解を恐れずに言ってしまえば、実に清清しい映画だったのだ。


実話を元にしているし、この映画で一番強烈な存在感を放つでんでん氏演じる村田役も、手記で読んだ実際の犯人とイメージが合致している。人当たりがよく、話術も巧みだがとらえどころがなく、そして腹の奥底には凶暴性を秘めている。この村田というキャラクターが実に強烈で、この映画の魅力の半分以上を担っていると言ってしまってもいいかもしれないな。

殺人犯だし、もう完全に悪なんだけれども憎めないというか、観ている人間に「こいつ悪い奴だし犯罪者なんだけど実際映画で観ている分には憎めないよな」と屈折した感情移入をさせてしまうキャラクターなのである。

テンションの高いおっちゃん。一言で言ってしまえばそれで、もうテンションは完全に所謂一つの「近所のおっちゃん」。ガッハッハと笑い、リアクションも大仰。ちょっと助平っぽくて、それで世話好き。

だけれども、村田の何が怖いってそのキャラクターがいつ如何なる時も豹変しない事だ。主人公に共犯関係を強要、凄むシーンでさえおどけてみせるし、その愉快なキャラクターがブレないのは、例えばそう、死体を解体している時でさえ変わらない。



「この人良い人だったよなあ。惜しい人を亡くしたよ」

「本当にねえ。生前お世話になったんだからしっかりやらないとね」



自分達で殺した被害者を、風呂場でバラバラに解体しながらこんな会話をしやがるのだ、この村田夫妻。

村田夫妻はとにかくエネルギッシュだ。彼らが向かうベクトルは完全に悪なのだけれども、その行動理念と迷いのなさに関しては劇中の誰よりも芯がしっかりしており(逆に社本含む他のキャラクターは、どちらかというと理想の自分を夢見ており、それが敵わない日常に諦念を抱いて生きている。殺人犯が自分自身を謳歌するために現実的に手段を講じて生きている、という構図は実にわかりやすく提示されている)、そしてエネルギッシュ。力が暴れる、と書いて暴力。

なれば過剰にエネルギッシュな村田夫妻が暴力に走るのも自然な経緯なのかもしれない。エネルギッシュ=魅力的。エネルギッシュ→暴力、ならば暴力=魅力的?

けれども、表現に於いて暴力に惹かれる部分が少なからず自分にあるという事は、結局そういう事なのかもしれない。


この映画はそんな村田夫妻の狂気を描いた映画、なわけではない。彼らは物語の大きな装置ではあれども、彼らを主軸に描いたわけではない。彼らの行動に安易な理由付けがされるわけでもなければ、彼らを駆逐して物語が終わるわけでもない。彼らは登場人物の一人一人で、あくまでキーパーソン以上の存在にはならない。この映画の主人公はどちらかといえばこの夫妻の「暴力」に触れた社本だろう。

その「暴力」(この映画のシチュエーションに於いて一番の暴力はやはり遺体の解体シーンだと思うのだが)でさえこの映画に於いてはサラリと描かれる(その質が質だけにインパクトはあるけれども、所謂グロ描写程グロくはない)。描きたいのは「暴力」よりも「暴力に直面した人間」であると言わんばかりに、映画の中での暴力に関する描写には重点が置かれていない。これってつまり同時に我々の世界って当たり前のように暴力に満ちているって事かもわからんなあ、リアルだなあと思うと同時に、やっぱり監督はそこにメインを置いていないんじゃないかって思う。


精神的な暴力、言葉の暴力、そして直接的な暴力。

どの暴力シーンとても笑いのエッセンスが含まれており、遺体解体シーンでギョッとした後ニヤリとし、村田と社本のやりとりで笑い、社本が殴れば声をあげて笑ってしまう。不思議だ。スクリーン上では吹越満氏が拳を振り上げている。それを観て笑う観客。

この光景だけ見れば、映画を観ていない人は観客の感性を疑うかもしれない。

しかして、エンターテインメントたるものあれくらいの毒があった方が面白い。そして監督は諸々を絶妙なバランスにする事によって、その毒を多くの人に食わせる事になるだろう。


本作を陰惨なホラーだと思わない方がいい。どだいからして、出てくる女の人が皆おっぱいの谷間を曝け出しているような映画だぜ?気楽に、構えずに観た方がいいんじゃあないかな。

本作は、首尾一貫した最高のエンターテインメント作品の一つだ。

狂気は香るし、でんでん氏の演じた殺人犯は日本映画史上にその存在を残す「凶悪な熱帯魚屋さん」だし、血濡れの映像は一杯出てくるしおっぱいだって出てくる。

けれども、笑ってスッキリして、そして元気になれる映画だった。

ここ数日

ここ数日はずっと職場のコンサートの仕事にかかりきりだった。


地震や原発による不穏な空気は、この発表会をずっと楽しみにされてきた生徒さんには何の関係もない。こんな時だからこそ発表会だけは成功させなければならない。

上司はそう言って当日ギリギリまで動いていたのを僕は知っているし、先生方もきっと同じ気持ちだったんじゃないかなと思う。


勿論発表会にかかりきりでも、同時に僕は僕の日常を謳歌していた。

18日夜、鶴舞 Vetixにて有志による弾き語りライブがあった。24-two four- 若杉さんやi GO 茜谷さんの呼びかけで多くの出演者が集まり、Ustream配信もされている。きっと、多くの葛藤や苦労があってここまできたんだろうな、と何となくそう思った。「あとはやるだけだ!」と多くのバンドマンは企画やライブの直前に言うけれども、この日のチャリティーイベントは根本的に性質が異なるのは、会場にいる皆の顔を見ても明らかだ。

そりゃあそうだ、それだけ大きな出来事がこの国で起きたのだ。それにショックを受けて何か出来ないかと考えた結果、皆ここに意思を持って集まっている。

ONE BY ONE RECORDS 柴山社長も「賛同してくれる、共感を感じるバンドマンは是非連絡下さい」とイベント発表の時から呼びかけていた。勿論共感した。「何か自分に出来るか」と吟味した結果、会場には完全にお客さんとして遊びに行こうと決めた。

だってそうだろう、僕は今回の地震に関して、本当に申し訳ないけれども(これは被災地の方々に向けての言葉です。僕は理解はしようと努めているけれども、多分貴方方の感じられた半分も共感出来ていないのです)リアリティを感じれていない。多分そう。それでも人前で何かをする事は出来るかもしれないけれども、それをするのはやっぱり今の僕にとっては違和感で、僕は募金や身近な人に対する精神的に寄り添うといった形でしか地震以降の日本で他者に関わっていない。


JONNYから佐藤さんと篠田君も出演する事になっていたのだけれども、すまん、仕事をとった。

1時に帰る予定だったのが気付いたら4時半って本当にお酒は怖い。でも、数時間後の会場入りの事を考えて慌てて帰路に着いた。


帰る直前に外にフラリと出てこられた柴山社長に声をかけた。

自分が酩酊状態なのは明らかだし、それが一瞬で社長に伝わったのもわかった。だからこそ目をまっすぐに見据え自分が今回の地震で感じた事、そして今日参加出来て嬉しかった事、残念だけれども自分は帰らなければならない事を出来るだけ言葉を選んで、落ち着いて話した。

伝わった、と思う。


結局帰宅して2時間ちょっとしか眠れなかったけれども、発表会の会場入りには遅刻する事もなく、そして本番中も居眠りする事もなくイベントを終える事が出来た。

これはちょっとした僕の自慢、だ。やりたい事はあらゆる意味で全てやりきった、と思った。

3月17日

明日から職場にて開講されている音楽教室の発表会。

「職場にて開講されている」とは書いたものの、この表現は正確ではないかもしれない。店舗とは別に教室用のビルもあるくらいなのだからその規模は推して知るべし。講座内容もピアノ、ジャズボーカル、ギター、ドラムエトセトラエトセトラ。実に多様な講座が開講されているのである。

発表会は文化小劇場を丸々3日間(内1日は搬入及びリハーサルにて使用)レンタルし、ポップス部門とクラシック部門に分けて行われる。例年一年がかりで準備されるこの発表会、否、コンサートに携わるようになってもう何年も経つけれども、ついに今年はこのステージに立つ事になった。

以前一緒にT-REXを演奏した小学生ドラマーと再び演奏。そして新たに上司のお子さんと上司との演奏。

今日は出勤しながらこれら二つの練習も行った。


仕事後、i GO練習へ。

25日、26日、そして何を行うかお楽しみに!の28日に向けての練習。曲を沢山憶えている最中なので頭がパンクしそうになる時もあるけれど、少しずつ少しずつ脳から情報を引き出して行う演奏から肉体が反応して行う演奏に移し替えている。言う程簡単ではない、と言いたいところだけどひたすらに繰り返すのみ。ひたすらに反復練習だ。

以前友人に「i GOの君が一番ベーシストらしいかもしれない」と言われたけれども成程、そうかもしれないとふと思った。エフェクターも極力シンプルに、ビートを支えるルート弾きをする姿は僕がバンドを始めたばかりの頃に抱いたベーシスト像と一致する。最近は僕がやっているバンドの中では比較的わかりやすく、そして歌モノであり所謂「バンド」というフォーマット(これに価値があるとは思わないけれども、あくまで一様式である)に一番則っているであろうJONNYでさえもベースギターを弾く、という認識になりつつある中でこれは貴重な経験かもしれない。

色々な音楽を演奏する中でそれぞれが良い具合に相互作用を起こしていくと良い。


練習後はひとり宮本むなしへ。定食を頼むとご飯がおかわり自由のチェーン店である。

「昭和のハムカツ定食」を注文。喫煙席のテーブルに一人座る。孤食もたまには良いもんだ、と胸の中で嘯いているとカップルが入店。近くのテーブルに。チラリと視線を投げかけられたのを感じて居心地が悪くなる。

ハムカツのつけあわせのサラダをご飯にのせて食べていると、またチラリと視線。自意識過剰かもしれないが、ちょっとお行儀の悪い食べ方だったかもしれない、と思うと恥ずかしくなってきた。

カップルの会話が聞きたくなくても所々耳に入ってくる。彼氏の仕事の話をしているようだ。


大学を出、そのまま就職していたら送っていたかもしれない生活に思いを馳せながら、しかして味噌汁とともにそんな在り得たかもしれないパラレルワールドの自分を飲み下した。

3月16日

依然、非常事態真っ只中だ。

だがそれもニュースや人伝えに話を聞いての感想であって、実感ではない。誤解を恐れずに書いてしまえば、僕の日常は極めて平和。
人が二人出会えば震災、原発に関する話になるような状態だけれども、名古屋は多分、相当平和なのだ。知人から「知り合いが避難所生活をしている」とか、東京のライブハウスが軒並み営業を停止しているのを耳にしたりする度に、やはり確実にこの国は僕が生まれて以来最大規模の危機に脅かされているのだ、と再認識するけれども。

今日はNOKIES! のリリースツアー名古屋場所にJONNYで出演。
NOKIES!をFLAKE RECORDSで試聴した時からこの日を楽しみにしていた。まさかこの国がこんな状態になるとは思っていなかったし、それは関係者各位とてそうで、NOKIES!のリリースツアー 関東編は全公演がキャンセル、実質名古屋場所だけになってしまったそうだ。
人生初の遠征を果たすはずだったNOKIES!、楽しみにしていただろうに。仕方ないとは言えど、では僕に何か出来るとしたら取り急ぎ確実なのは彼らの初名古屋、楽しんで貰う事だろうと思った。
アルバムが素晴らしかったNOKIES!、果たしてライブも素晴らしかった。実に真面目そうな好青年達。名古屋楽しんでくれたのなら良いなあ。

JONNYの演奏は山本若菜さん(ガールズトーク )をサポートドラムに迎えて敢行。震災に始まる一連の災害、その後の自分達のとるリアクションに対して恐らく三者三様の考えを持つ我々だけれども、ライブについては特に打ち合わせらしい打ち合わせもしなかったのだが、今まで通り普通に行った。それがあのバンド、あの三人に於いては正解な気がした。勿論自分自身にとっても、依然そうだ。
山本さんのドラム演奏、練習や詰めの作業を急ピッチで進めたにも関わらず独特の安心感があった。曲調的に正解、というか同じヴィジョンを共有出来てるんじゃないかと感じさせられる演奏。
何だろうなあの感覚。スタジオであわせたどのテイクよりも本番が良かった山本さん。緊張されていたようだけれど実に楽しかった!有難う!

打ち上げ後に大丸ラーメン。
震災後初の大丸だったのだけど、やはりホッとする場所だ。薄汚い店内に清潔さと高潔さはなかったけれども、ノスタルジックな安心感と愛情は満ち溢れていた。
その後、打ち上げ後に二次会をやっている組に合流。
帰宅したのは先程、だ。

いっけねえ寝なきゃ!

3月15日

いつまで日付をタイトルに日記を書くかわからないが、どうやらもうしばらく続きそうだ、という予感は漠然とある。

日付をタイトルに日記を書くと、「これは翌日でいいや」ってならないから身が引き締まる思いだ。


出勤すると、上司がニュースを見て「どうなってしまうのか」と言っている。

若い頃に原発について色々と調べた上司は、やはり今回の震災は勿論、福島原発の事が相当気がかりな様子だ。web上で連絡をとりあっている、ベースをきっかけに交流を持つようになった学生さんも「自転車で関西まで行ったらどれだけ時間がかかるのかな」とツイートしていた。

皆、原発に不安を抱いているのだ。


夜10時過ぎだったか、どうせ帰宅するのは夜遅くになるのだ、バンドの練習に行く前にお風呂に入ってさっぱりしようと風呂に入っているとどうやら揺れた様子。母親がリビングから「ガスを消しなさい!」と叫んでいる。何の事やらわからずに下火を消したのだが、静岡を震源地とする地震が発生したようで僕の居住区域は震度3の地震に見舞われたそうだ。

もう震度3程度では誰も殊更に騒がなくなっている。髪の毛を乾かして、ベースを担いで自転車にまたがった。


ここ数日の練習で使用しているスタジオは、今月12日にオープンしたばかりの新しいスタジオ。

部屋もピカピカで広く、そして安価と夢のような環境。唯一気に入らない点といえばベースアンプが僕の苦手なアンペッグである事くらいだけれども、まあこれも修行だと割り切って使っている。


練習後は今池TOKUZOに立ち寄り、友人達と真剣に話し合う。こちらが話している時にじっと目を見つめてくれる人間と話をしていると、自然と背筋が伸びる。瞬間的に使う言葉を選びながら言葉を口にし、口にしながらその言葉が適切であったか吟味するという作業。僕にとってはこれこそが誠心誠意、魂のこもった会話である。


いけない、眠いのか文章が散漫になってきたな。

今から4時間ばかり眠って出勤、おやつの時間になったら退勤して今日はそのままライブ。

先日の演奏の余韻がまだ残っているけれども、今日も気持ち良く演奏出来ると良い。

3月14日

起床。

首の筋肉痛に昨夜のライブを思い出す。演奏の充実感は、未だに残っている。


一定時間、予め決められた区域を停電させる事で消費電力を抑えるという「計画停電」が本日早朝より施行、当該地域の友人にメールするも、やはり不安なそうだ。

「計画停電に余震と、心が休まらず常に緊張状態」との事。一方、そんな状態にも負けずに日常生活を送っている友人もいるようで一安心。奮起する人間も、不安に苛まれる人間も、僕は等しく強いと思う。

そう、この国の人間は強い。

今日インターネットの動画投稿サイトにアップロードされていた一つの動画。

3日ぶりに救助された老人が自衛官に支えられながらも「大丈夫大丈夫」と笑顔をカメラに向け、最後は満面の笑顔で「また再建しましょう!」と力強く言うその動画に涙腺が緩んだ。戦後日本の復興期を支え、この国を復興させ、それを目の当たりにしてきた大先輩がこう仰るならば我々若人も気を強く持たねば、と思う。


名古屋では「4月末までチャリティーイベントに関してはレンタル代等無し。無償で場所を提供する」というライブハウスも出てきたし、それに応えて早速チャリティーイベントを企画されるイベンターさんも名乗りを挙げた様子。

身近な先輩方も何か出来ないか、と考えて投げ銭制度のチャリティーライブを行われるそうだ。

どんな形であれ、協力しようと考えている。

昨日から考え続けているのだけれども、チャリティーという概念の考え方、捉え方は人それぞれ。色々な人と「今何が出来るか、どうすべきか」みたいな話をしたけれどもやっぱり十人十色だったりする。

しかしそんな災害の受け取り方も(悲惨だな、という大前提は皆共通だろうので、この場合災害との関わり方が違う、と表現した方が適切だろうか)善意の表明方法もその人個人レベルで考えれば違ってくるであろう人間が、それこそ何人も集まって何かを成し、それで得たお金を被災地に送る、という行動はこれはもう純粋に素晴らしい行動だ。

僕は現状身近な人間、僕の手の届く範囲の方への援助を主軸に於いて行動しているけれども、恐らく色々な「善意」に関わり、行動をともにする事で遠方の友人、友人の友人、そのまた友人にも何がしかの援助が出来るのではないかと考えている。


日常生活も機能させ、僕なりに全力を以って生きていく。

これによって心に少なくとも一片の安らぎを得る友人が被災地に、遠方にいるとわかったので僕は「こんな時だからこそ」平常時通りの生活を送っている。

バンドの練習でスタジオにも行ったし、友人の髪の毛にバリカンを入れたりもした。

家に引き篭もってニュースばかり観ているより、エネルギーが体に満ちてくるのがわかる。


ニュースは相変わらず不穏な、不安になるには十分過ぎる程十分な情報を視聴者に与える。恐らく、それが現実なのだろう。けれども中部~関西の人間達がそれぞれの、様々な形で動き出している。

3月13日

今日はパイプカットマミヰズで新栄CLUB ROCK'N'ROLLにて演奏。

インターネット上では様々な意見、思想が飛び交っているけれども我々は平常時通り全力で演奏した。

メンバーそれぞれ、色々感じている事はあるだろうしそれぞれ色々な思いを胸に演奏に臨んだのだろうけれども、僕個人の意見としてはそれが現状自分の出来る事としては最善な気がしたのだ。


名古屋は平和だ。東京で地震に遭遇した(そして無事帰ってきた)篠田君によると、もうこれでもかという程ギャップがあるらしい。名古屋では11日に揺れただけでそれ以降地震は起きていないし、震災による被害も起きていない。ニュースで被災地の情報は皆得ており、この非常事態に皆不安を感じている。東海大地震といういつ来るかわからない恐怖を感じている方もおられるだろう。僕もその一人だ。

だからこそ、日常生活を送れる、送っていられる地域で生活する人間として、せめてライブハウスではそこに集まる方々の日常生活を堪能して欲しいと思うし堪能したいと思ったのだ。

被災地の方々への心配は頭の中から消えず、そして災害への心配は拭い去れるものではない。それは決してそう出来るものではない。でも少なくとも一瞬でもライブハウスでエキサイトする事が出来れば、それはそこにいる人間として何がしかの糧となるのではないか、とそう思った。


MCをする吉田君に「信念があるならばその限りではないけれども、地震については出来るだけ意識せずにライブを敢行したい」と、一メンバーとして実に実に差し出がましい申し出を行ったのもそんな理由に拠る。今思えばそんな僕が一番地震を意識していたのだろうし、メンバーにそんな不躾な事を言う程ピリピリしていたのだろう。

でも何かを期待してライブハウスに来られる方はいらっしゃるだろうし、我々は我々に対価を支払って足を運んで下さる方々、その場にいる方々に対して何が出来るかと考えた際に只一つの結論として「全力で演奏を行う」という、今までずっと行ってきた事、そしてこれからも行っていくだろう事を選択する以外なかった。


帰宅後、情報収集をインターネットを用いて行った。

情報ソースの確かなものを選んで、今日何が起きたかを知った。茨城は実に不安な状態であるし、依然、「平穏」という言葉からはかけ離れた明日が来そうな状況である。復興に向けて動き出せる日がいつ来るのか。それさえも誰にもわからない。


けれどもそんな中、我々はそんな現実と対峙する(或いは対峙していないのかもしれない)形として、ここ最近では一番充実感を感じる演奏を行う事が出来た。

演奏後フロアに戻った際には、今まで特にリアクションを頂く事のなかったお客さんからもキラキラした目で「格好良かった!」という言葉を頂く事が出来たし、その言葉を聞く前から「今日はやった」という確かな充実感を感じていた。

ここ最近では一番の、何であれば僕が加入して以降最高の演奏が出来たんじゃないかとさえ思っている。


それが今日このタイミングで出来て良かったと、そう思っている。

今日のひと時感じる事が出来た「日常感」が、明日以降の「非日常」「有事」に於いて、僕自身の大きな糧になるのではないかとそう考えている。

3月12日

朝起きて、ニュースをチェックする。

依然この国は非常事態だ、と再認識する。被害者数や被害件数、被害規模は昨夜と比べて絶望的に跳ね上がっているし、ニュースで流れる映像も不安感を煽るものばかりだ。

被災地では沢山の方が眠れぬ夜を過ごされたのだろうと思う。現実逃避のように眠ってしまった自分がいるわけなのだけれども、この環境を幸運に思わねばならない。勿論、自分より不幸な、悲惨な目に遭った方がおられるからとかそうではなく、生き物の生存本能として、だ。


職場に出勤してもやはり仕事は手につかない。普段から物凄く勤勉に、ただの一分も気を抜かずに仕事をしているかと問われれば即座に首を縦に振る事も出来ないような不良アルバイターだけれども、今日という今日はいよいよ仕事が手につかなかった。

Ustream配信でニュースを見たり、修理で持ち込まれる楽器を診ながら一日を過ごした。


福島の原発のニュースが飛び込んで来、上司も仕事が手につかなかった様子。

僕も不安で「この国はどうなってしまうんだ」と途方に暮れてしまった。twitterのTL上でも不安を煽るようなツイートやニュースが目に飛び込んでくる。

皆ピリピリしているのか、昨夜からTL上は一触即発状態だ。


だが、そんな中でもこの国に生まれて良かった、この人達の気持ちを理解出来る人間で良かったと思うようなツイートも沢山目にした。僕はバンドマンだから、だからこそそこに目がいくのだろうけれども東京のライブハウス、その多くがイベント、公演を中止、しかしながら電車が止まった事で帰れなくなった方や一人でいるのが不安な方に場所を開放している。

先輩バンドマンも「○○で困っている方、連絡下さい」とツイートされているのを見た。

人間としてのこの善意の行動に涙腺が緩んだ。


そして12日18時から停電し、医療行為もままならない被災地に電力を送るための大掛かりな節電が、日本全国で始まった。

アニメから名前をとられ「ヤシマ作戦」と呼ばれたその節電対策はTL上に溢れ、多くの方がコンセントを抜いたり照明を落としたり、「ヤシマ作戦」に参加されたのだ。

作中で言われていた「日本中の電力を貴方に預けるわ」という台詞、これがアニメ上ではなくこの国で、現実のものとなったのだ。

日本中の電線は一本で繋がっている。西日本と東日本では周波数の関係で節電が電力送信に反映されるかどうなのか、不確かな情報が入り乱れた。18時頃には「ほとんど関係ないらしい」という情報がTL上に流れていたけれども、それでもせめて何か出来ないか、という人間的感情に拠り、節電した多くの方が中部にいらっしゃったようだ。


節電に伴い、ライブハウスでの演奏を自粛すべきだ、という論旨のツイートもTL上で見られた。

我々バンドマンはアンプ、エフェクター諸々、電気がなければ大きな音で演奏する事は出来ない。ライブハウス全体で見たらそれに加え、パワーアンプやミキサー等の照明機材も加わり、結構な電力を消費する。

この非常事態にはそれを自粛すべきだ、という話だ。

勿論、理解出来る。

しかし中には電力会社に問い合わせ、その方の居住区域での節電がどのような影響をもたらすか調べた上で「影響がないようなので、むしろ演奏する事で与える好影響を期待」してライブイベントを結構した場所もある。

他にも「我々に出来るのは不安に思って暗澹たる気持ちで生きるのではなく、日常生活を機能させる事だ」とする意見もあった。

僕個人としてはどちらの気持ちも理解出来る。


明日、僕は何もなければステージに立って楽器を振り回し、エフェクターとベースアンプを用いて演奏を行う予定だった。そして今、それらの一連のツイートを見た上で改めて熟考し、僕は演奏を行う事に決めた。自粛はしない。被害者の方々を悼む気持ちはある。けれども、僕は普段通りに、完全に演奏をしきろうと思う。

勿論電力に影響がないと調べた上で、だが。

被災地に対する配慮は、現状のこの国では最優先されるべき事項だ。それに抵触しない限り、僕は僕の周りの方々が不安な気持ちを振り切れるような演奏をしたい。僕の、僕達の演奏で何が変わると思っているわけではない。「貴方方の演奏で気持ちが落ち着きました」「ライブを観に来て良かったです、救われました!」。そんな言葉を得るためにやるわけではなく、日常風景として、機能すべき日常風景として僕は僕の日常を機能しようと、そう思っている。

いつも通りに全力を出して、いつも通りに疲れ果てて帰宅して、そしてニュースを観て暗い気持ちになるだろう。

明日の今頃自分自身、現在の判断をどう感じているかはわからない。

けれども今は、そうしようと考えている。


被災者の方々にお見舞いを。どうか、どうか頑張って下さい。

そして救援にあたられている自衛隊、警察、消防、海上保安中、各種自治体、そして国の機関の皆様。応援する事、募金する事、献血くらいでしか現状僕は協力出来ませんがどうか、どうかこの国を宜しくお願いします。

3月11日

昼間、職場にて地震発生。

上司の「あ、地震だ」という発言を耳にし、成程確かに揺れている。ゆっくりゆっくり、横に揺れている。

船に乗っているような感覚だな、という感想と共に恐怖を感じた。

「楽器を守って!」

上司の言葉に我に返り、見ると壁に吊るしてある楽器がユラユラ揺れている。

表に逃げ出したくなったけれども、咄嗟に楽器を支えた。


この時はまだ精神的な余裕があったのだ。


その後、twitterやらUstreamやらで被災地の情報を見る。上司も事務所のTVにてNHKのニュースをじっと観ている。津波によって車が、船が、家までもが流されていく映像が映し出されていて「あー現実味がないなあ」と思った。具体的な被害者数、被害規模を目の当たりにするまでは比較的楽観的だったな、今思えば。


時間をおうにつれて、今回の地震が自分の実感以上の規模のものだと再認識する。

東京の篠田君が行っている。twitter上では様々な地域の様子がツイートされ、東京も一時的に混乱状態にあるらしい。幸いすぐに篠田君と連絡がとれ、安否が確認出来たのだけれども不安は依然、消えず。


帰宅し、夕食後は246名古屋にてi GO練習。

やはり顔をあわせると地震の話題は尽きない。茜谷さんも昌吾さんも吹原君も皆、今回の地震について不安を抱えているようだ。しかしスタジオに入り、楽器を握って練習を開始すると3時間の間はバンドマンとして作業に没頭していた。

スタジオから出、清算のため受付に行くと「気仙沼が燃えています」とスタッフ氏。

意味がわからずニュースのUst配信を見せて貰う。


気仙沼が焼け野原になり、炎上している一帯を空撮で撮影したものが放映されていたのだけれども、これには一同絶句してしまった。

「これじゃあ戦争じゃないか」

本当にそうだ。こんな状況がこの日本で起こるなんて、しかも突然起こるなんて誰が想像し得ただろう。

名古屋は全く、完全に平和だったのだ。ここから数百キロ離れた場所ではこの状況が、そして恐らくは放送出来ないような酷い状態になっているのではないかと思う。

200名の被害者が確認され、それ以上の行方不明者がいるという。

この数字にもショックを受けた。


全員口数が減り、そのまま昌吾さんの車に乗り込み岐路に着く。

どうにか日常っぽい会話をするけれどもいつもと違い、どこか途切れがちだ。底抜けに陽気な先輩達でさえこうなってしまう。本当に悲惨な状態を見せ付けられ、誰もが不安を抱えている。


被災地の皆様、どうか、どうか無事で。

僕には何も出来ないけれども、せめて祈る事くらいはさせて下さい。

そして太平世側に住居を構える皆さん、危ないと思う前にその前に、警報が出たら余裕を持って避難して下さい。

一人でも多くの方が無事であるように祈ります。

朝方のノスタルジックな気分のままブログ更新。


続・我が逃走


不完全密室殺人(5月頭にライブがあるよ!皆来てね!)の山田君がバギーを買ったらしい。
某大手オークションサイトを閲覧していたら中国製のバギー(新品)が5万円程度で売りに出されていたらしく入札したら、見事に落札されてしまったらしい。
中国製だから、とか中国製品に難癖つけるわけではないが、届いて二日後には動かなくなり、修理に出してすぐにまた不調をきたしたらしい。公道のド真ん中で動かなくなったりしたらどうするつもりなんだろう。
しかも彼、二台落札したらしくもう一台をどうするのか。こうなったらライブ会場で物販で出すしかないか。

5000円とかで売ったらノリで買う人も現れそうだ。

暇を持て余して最近ほぼ毎日のように会っている河本君(palitextdestroy )の家でドカポン大会。
僕の世代では「友情破壊ゲーム」という物騒な肩書で知られるゲーム。遊んだのは実に中学生以来か。歳を重ねて狡猾になった自分を再認識出来た。愚直にやってたらあのゲームは馬鹿を見る。せめてゲームの中では要領良くいきたいもんだ。どれだけ非道な行いをしてもゲームの中なら許される。
僕は相当嫌なプレイヤーだろう。

帰りは農村 松田君に送って貰った。明るくなってきた千種区を車で走りながら聴くDragon Ashは趣深い。実は高校三年生の頃に、人生で初めてコピーしたバンドだ。「ダカダカダカダカダ ドゥーン」とオルタネイト・ピッキングとグリッサンドの練習ばかりしていた。母親に「君はいつもあればかり弾いているね」と言われた。
その後、Blanky Jet Cityにハマり、茶髪にパーマをあてベンジーになりきった大学一年生。思い出したくない所謂「黒歴史」の一つだ。グレッチベースまで買って、僕はどうなりたかったのかと思う。

今が一番健やかに、真っ当に自分の楽器に向き合っているかもしれない。勿論熱病に浮かされたような当時は、それはそれで得難い時間ではあったけれども。
加齢とともに色々楽しむ方法を見つけれたのは運が良かったとしか言いようがないね。

MAGICAL ADVENTURE TOUR、終了。

4日 今池HUCK FINN、5日 アメリカ村CLAPPERの公演をもって、東京場所 を含む「MAGICAL ADVENTURE TOUR」が終了した。きっと今頃、ONE BY ONE RECORDS所属バンド、関係者各位、そして柴山社長ご自身がある種の感慨と達成感を持って明日からの日々に思いを馳せているんじゃないかと思う。

さて、舟橋孝裕の4日、5日はどうだったのか?

写真もないし、ひたすらに長いし、多分無駄に熱いけど興味のある方は是非読んで頂きたい。



3/4(金) 今池 HUCK FINN

お昼前に起床。正午丁度から246スタジオにてi GOが練習を行っているので見学へ。

東京場所を担当した僕に変わって、i GOのサポートベースはNatural Punch Drunker の村上師匠。師匠はこの日朝早くに神戸を出られ名古屋入り。

ちょっと遅れてスタジオへ行くともう練習が始まっている。前回お会いした時 からそう時間は経っていないはずなのに師匠との再会が妙に嬉しかった。スタジオの隅、出来るだけ皆さんの視界に入らないような場所に座って練習を拝見する。スイッチのフッ飛んだサンズアンプをカマして、前回の時よりシマッた音で演奏される師匠。

僕は若輩だし、勿論生意気にもこんな事を思う事さえおこがましいのだろうけれども、率直に書き記すと、譜面台が置いてある事にまず驚いたし構成を確認しながら練習を進められている様に「今日のライブは一体どうなるんだ」と少しだけ不安になった。だっていくら豊富な実戦経験と場数を踏まれている師匠でも、流石に曲を完全に頭に叩き込まずにステージに立ったらそれはきっと危うい演奏になるんじゃないか。師匠自身はそのお人柄故、ピリピリする事は全くなかったしそれはバンド側もそうだったのだけれども、あの状況下でああしていられたのはきっと十年以上の付き合いがあったからなんじゃあないのかな。「お前そこ油断し過ぎやろー」とか「頼むでー」と言われる茜谷さんを見ていてそう思ったし、それに「あーもう油断して駄目やねん」とか「もう一回やらせてくれや」と応える師匠も高校時代から二人が一緒にいる事を感じさせるには十分過ぎるくらいその雰囲気を作り上げていた。


で、一時帰宅、楽器を携えてHUCK FINN近くの一八屋にて先輩方と串カツとアルコール飲料を嗜む。ふと見ると往来は春を感じさせる日差しに満ち満ちており、店内のTVで流れる韓流ドラマの吹替えも、串カツを揚げる油の音も、そして談笑する先輩方の喋りも、全てが完全に『贅沢』だった。

入り前にはいつも時計と睨めっこしながら、薄暗い部屋で機材をまとめて身支度をして、っていうそんないつもの自分とは違った時間の過ごし方とのギャップ、それに既に楽しくなりながら僕のレーベルツアー 名古屋場所は幕を開けたのだった。


この日はトップバッター。

正直に包み隠さずに書くと気合が空周ってしまった実感がある。酷い演奏をした、とは思わないし、観てくれたお客さんに申し訳ない、というのは仮に、もし仮に万が一演奏家のエゴイズムとして思っていたとしても口にすべきではない、というのを持論として持っているのでそんな事は言わない。けれども毎回「今までで一番良かった!」と皆に言われるようなライブをしたいと思って楽器を握っている僕からすれば、兎角レーベルツアーに於いて過去最高の演奏が出来なかった、というのは感情移入の点でも悔しいのだ。


もっともっとやれるのに、畜生。という思いを飲み込みながらi GOを見、会場入りからリハーサル以降、恐らくはベースを抱き抱えひたすらに音源、そして手製の譜面と向き合っていた師匠の凄味を実感する。そこにはもう昼頃の師匠の姿はなく「ああ、やっぱりステージに立つと変わるものなんだなあ」と痛感させられた。

nothingman明日、照らす の演奏につくづくONE BY ONE RECORDS所属バンドの二極化(レッサーホース野村先生曰く“バラエティ班”と“シリアス班”。成る程!)を再認識する。僕だってシリアスにキメたい時はあるのだよ、実はね。HUCK FINNのはみちゃんに「そんな舟橋君は見たくない」と一蹴されちゃったけど。まあ、そうだろうなあ。


中打ち(そのままライブハウス内で打ち上げる事)を軽くやった後、大丸へ。この日も美味しゅうございました。自分自身の中の不甲斐ない思いにここでスッパリと決別する。この分は必ず大阪で返してやる。今に見ろ、という気持ち。
お客さんで来ていた“最前列の合唱男”ヨシダアツシ君とともに帰宅。三重 から一緒に帰ってきて以来、バンド全体として仲良くなったヨシダ君を
「明日仕事あるの?」
「明日はないなあ」
「じゃあ大阪行こうぜ。どうせ今日はもう終電ないでしょう。家おいでよ。で、そのまま大阪」
「え」
と半ば強引に拉致。


3/5(土) アメリカ村 CLAPPER
目覚ましより早く起床。珍しい。11時半集合なのに10時に起きてしまった。余程気張っていたのかね。
で、ゆっくりお風呂に入ったり風呂上りのヨシダアツシ君に新品のパンツを渡して
「ほら、パンツだよ履きなよ」
「有難うー!」
「履き心地はどうだヨシダ」
「もう最高やんかタカヒロ君」
という茶番を楽しんだりしてゆっくり過ごす。最近農村 の松田君に教えて貰ったスウェーデンのプログレバンド「TRETTIOARIGA KRIGET」のライブ映像をインターネットで視聴する余裕さえあったのだから驚きだ。
気張ってたんだろうな、これは。

で、佐藤さんの体調不良、ガソリンの補給問題、方向音痴諸々で結局遅刻。東京編に続き今回も皆に迷惑かけるのか、とヒヤヒヤしていたけれどもどうにかリハーサル開始予定時間にはセッティング表から諸々、記入が終わった状態で「宜しくお願いします」と頭を下げる事が出来たので本当に良かった。首の皮一枚で繋がった感覚。
遅刻って嫌いだからしたくないし、バンドマンが人として当たり前の事さえ出来なくなったらヤクザ者というか人間としてどうなのか、とも思ってしまうけれども。でも本当に良かった。入りから失敗するとその日一日が台無しになって良い演奏も出来ないんじゃないか、とナーバスになってしまう性質の人間なのでこれにはホッと胸を撫で下ろす。慣れない大阪の道路をトバしてライブハウスに乗り付けてくれた佐藤メンバーに感謝しきり。勿論彼女も遅刻は嫌だからこその急ぎ、だったのだろうけど。

リハーサル後はCLAPPERで働くDICE PROJECT アツシ君と談笑したりエフェクトボードを組んだりする。
アツシ君はね、僕と同い年なのだけれども僕とは全然違った風格のある所謂「スマートな27歳」。顔立ちも爽やかでハンサムだし、多分遺伝子レベルで僕とは色々違うんじゃないかと思うのだけど、凄く優しい良い男なのである。大阪場所、CLAPPERなら絶対彼には会えると思っていた。機材を抱え慌ててCLAPPERへの階段を駆け下りる僕達を優しく迎え入れてくれるアツシ君の姿にホッとした。

リハーサル後はJONNY男性陣+サポートドラマー植田選手+拉致されたヨシダアツシ君とFLAKE RECORDS へ。社長が誘って下さって行く事が出来たんだけれども、実にソソるPOP(試聴機とか盤に貼ってある宣伝カードみたいな奴ね)と、どのディスクを選んでもツボな試聴機のある素敵なお店。僕が相応に現金を持ち歩く男だったらCD買ってたな。宿六故、願いは叶わず。

そんなこんなで本番。
この日は他の3バンド、全部が全部滅茶苦茶良いライブをするのはわかりきっていたし、気合が入るのも当たり前の日。レーベルツアーの意図は色々あれど、この日は最終日という事も手伝ってか僕も随分と対抗意識を燃やしてしまった。前夜抱えた、自分の中での不完全燃焼感もあり、その分まとめて返してやろうと思った。こういう気負いは演奏、音楽、芸術表現に於いては純度を下げるという考え方も出来るしそれを否定するつもりも毛頭ないけれども、等身大の人間として勝負せねばならない夜だった。漢にはやらねばならぬ時があるのだ。
結果、個人的にはここ一番で最も良い演奏が出来たと思う。体はグングン動き、音もついてくる。ドラムのビートが明瞭に聴こえ、打つべき打点が見える、そんな感覚。時折あるのだ、こんな風に自分のスペックを十二分に活かせる、或いは自分のスペック以上の演奏が出来る夜が。
この夜の僕と植田選手というのはここ最近感じていたリズム・セクションの不一致を越えて、えもいえぬ集中力を持って演奏する事が出来た。植田選手って元々演奏にはストイックなのだけれども、そんな彼が「集中しました」と言うという事はやはり彼も相応の覚悟を持ってツアーファイナルに挑んだと、そういう風に僕は解釈している。

前夜、大丸前でnothingman オオタさんやi GO 吹原君と「明日はツアーファイナルですし社長を泣かせるようなMCをしますよ!」と話していた。僕だってたまには誠実に、真面目に話したっていいじゃあないかと思ったのだ。
その会話以来、僕は頭の中で何を話すか考えた。諸々考えた結果、社長との思い出について触れる部分は何も考えず、もうその時の気分のままに話そうとそう思った。そういう人と人との関係を人に説明する際に、予め色々と準備して綺麗に整えて話すのは僕らしくないんじゃないか、そう思った。

結果、あの場では若干冗談っぽい口調になってしまったけれども僕らなりの誠意を示せたのではないかと思っている。

結局社長がそれでどう感じられたか、未だにゆっくりお話出来ていないのだけれども、ミイラ捕りがミイラじゃないが僕がひどく感情的になってしまい、その後は無駄に熱くなってしまった事を正直に告白しておく。

この日はどのバンドも何かこう、背負っているものというか気迫というか、そういうものが見え隠れする演奏をしていた。やはりどのバンドもそれぞれ思うところがあったのだろう。本当に、格好良いバンドが、人間が集まったものだ。こういう時にキメにくるバンドと同じレーベルに所属していると、こちらまで気負う。やらねばならんなあ、邁進せねばなあ、そんな風に思う。

東京、名古屋、大阪と文字通り「東名阪」の順番でツアーを行ったわけなんだけれども、どの会場でも想像以上の人数のお客様が集まって音楽を楽しんでおられた。懐かしい友人との再会や「今日良かった!」と声をかけて頂いたりしたのは勿論嬉しかった。全日程来られた方もいらっしゃったし、「社長ー!」とか「柴山さーん!」と物販に駆け寄る姿、出演者と目をキラキラさせながら話す姿や、演奏を実に暖かい目で見守る姿等、多くのお客さんの姿を目に出来た。ツアーパンフレットにサインをしたのも一度ではなかったように思う(僕以外のサインも既に入っており、それらが悉く格好良いサインであったのには愕然とした。僕だけ子供の落書きみたいなのを書いてしまって情けない。)。あの方々にJONNYの音楽がどう訴えかけたのかは想像も出来ないけれども、少なくとも僕はあの色々な光景を忘れてはいけない、とそう感じた。

打ち上げはちょっと移動して餃子の王将へ。こんな辺りもこのレーベルらしい。洒落た居酒屋に行くでもなく、宴会会場が抑えてあるでもなく、皆で車に乗って餃子の王将。悪くない。
4.5人前のビックリ炒飯やら餃子10人前やらこってりラーメンをnothingman先輩や伊藤専務、今日も最前列でエモーショナルになっていたヨシダアツシ君らと堪能。nothingman宮下先輩って、ステージ上ではドがつくほど誠実でシリアスで僕みたいな俗っぽくある事を生業とする人間からするとちょっと近寄りがたいのだけれども、喋ってみると全然普通。前から少しずつ少しずつ距離を縮めようとしていたのだが、実はツアー3箇所周って東京場所、そして大阪場所と本番前の僕の恒例行事『誰かにキンタマを握ってもらう』を担当して下さった「誰か」は宮下先輩でした。
「何で誰も見てないのにフナハシのキンタマ握らなきゃならないんだよ」と言いながら何だかんだで気合を注入して下さった宮下先輩、有難うございます。これ書いてnothingman的にまずかったなら消しますから「消せ」と一言コメント下さい。でも本当に嬉しかったんですよ僕はね。
nothingmanだけじゃなくて、今回のツアーでバンド間の距離が縮まったようで嬉しい。名古屋場所ではHUCK FINNの控え室で終演後に明日、照らす 伴さんと僅かな時間ながら初めて二人きりで喋ったし、うん、僕はレーベル内の人間関係も相当楽しんだんじゃないかしら。

そして「侍」、ハヌマーン 山田亮一君、遠路はるばる自転車で餃子の王将まで駆けつけてくれた。

「悪い、遅れた、すまない」。相変わらず侍口調。この男、根っからのバンドマンであり芸術家でありギターヴォーカルであり侍であり、そして酩酊すると楽しくなってしまう人である。

「恐悦至極ですがオオタさん」とnothingman オオタさんへ話しかける亮ちゃん。
「貴方の印象を私、一言で語りますならばそうですね・・・・・カントリーマアム!」
ああ、穏やかで安心するからね。って何故お菓子なのか。
大量の中華料理を胃袋に叩き込み、餃子の王将で解散。

僕の悪い癖が出ちまって、名残惜しいなら連れて帰っちゃえ、と亮ちゃんを名古屋まで拉致してしまった。
一応「明日大丈夫?」って訊いたのだけど「今日は明日じゃないから」とバッサリ。全くかなわないなあ。
でも侍が名古屋に来てくれたお陰で佐藤さんも終始楽しそうだったし(別に普段楽しくなさそうにしているわけじゃあないのだけど、あの人も人情家というか素直だから気に入っている人と一緒にいると声色が幾分かソフトになる)、名古屋についてからJONNYチームで軽く打ちあがれたし良かった良かった。
侍は朝9時に舟橋宅を出発、大阪へ帰っていきました。名古屋に飲みに来ただけになってしまった。すまない友よ。


それにしても、終わってしまったんだなあ。
社長、俺もう皆でどっか行きたいっすわ。本当に楽しかったしバンド的にも多くの収穫があったんじゃないか、そう思っています。そしてそれを顕在化させていく事に僕達、心を砕きたいと思います。多分というか絶対レーベル内で一番社長に迷惑をかけているバンドですけれども、どうにかしたい、何がしかを表明したいという気迫は他のバンドにも負けないくらい持っているつもりです。今後とも宜しくお願いします。

そしてツアーに関わって、協力して下さった多くの方々、ご来場頂いたお客様、各都市各公演で駆けつけてくれたライブハウス関係者、イベンターの皆様、親愛なるバンドマン諸兄。サポートで演奏された演奏者の皆様方。高円寺LINERに今池HUCK FINN、アメリカ村CLAPPER。そしてi GOにnothingmanに明日、照らす。
本当に有難うございました。

疲れたので短めの日記。

昨日の深夜はツインドラム、ツインベース、トリプルキーボードにギター、フルートや小物でセッション。

今時は凄いね。スタジオの設備であるカメラやPCを使って、オンタイムでUstream配信。

アーカイヴが残っているので興味のある方は視聴してみてください。

3時間にわたる、壮大なセッション。弾く事に困ったり思いっきり音を外したりしている僕が観れます。


で、今日は今日とて仕事を早めに切り上げて栄はTIGHT ROPEへ。

いとまとあやこGRANCHベロニカ(大阪)、菊地紗矢trio!を観る。

鍵盤使用、女性ヴォーカルしばりという“しばり”を菊地さん自身が設定して出演者をブッキングしたそうなのだけれども、実に素敵な出演陣。兎に角歌のレベルが尋常じゃなく高い。演奏も小気味良くまとまっており、実にハイセンス。俺ああいうの出来ないから憧れるなあ。


今日は携帯電話を自宅に置き忘れたまま外出したので、画像はなし。

あーあ。


しっくりこない vol.1に出演した。

昨夜はドラムセット2台、ギター、ベースでスタジオ入り。ノイズまみれの即興演奏を楽しんだ。

続・我が逃走
エフェクターも沢山持って行った。
相変わらず、リング・モジュレーターに夢中!


途中ではギターリスト氏も僕も楽器を置いて、それぞれエフェクターの発するノイズなりループさせたフレーズのピッチを弄繰り回したりで演奏。ドラマー二人も支えたり外したり、で愉快なセッションを堪能。

思えばこういうのって学生時代以来なかなかなかったかもしれない。当時はよく突発的にやったりしていたのだけどなあ。刺激を得る、与え合う良い機会なので今後も続けていきたいと思う。

さて、前回記録したレーベルツアー東京場所 から名古屋へ戻り、仮眠をとったその後の事。



2/27(日)

この日は、名古屋の高校生や大学生が中心となって企画されたイベント『しっくりこない vol.1』に未確認尾行物体で出演。

昼頃起きだして色々と小道具を100縁ショップやスーパーに買出しに行き、一通り揃えたらそのまま会場入り。

会場となった新栄DAY TRIVE&TRIMはバンドステージと弾き語りステージに分けられ、我々は弾き語りステージでの出演である。共演者はソロに紙コップスにと急がしそうな菊地さん、swimmyからひぐらし君、里帰りの星野さんである。主催側の意図なのかはたまた偶然なのか、全員が鍵盤奏者でかつ歌い手という事でもう我々、完全にアウェイである。歌と曲、持ち前のスペックで勝負出来るシチュエーションに放り込まれるっていうのは、何だか結構最近にも同じ経験をした気が・・・・ああ、この日 だ!


未確認尾行物体、前回 のライブから約一年ぶり。

前回と客層が全く同じってわけではないし、相方が違うので(前回演奏してくれた篠田君は「もうあんな思いはしたくない」と出演に難色を示した故)朗読した内容は全く同じ宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』。

だけどもあれだね、朗読にあわせた即興演奏、この即興演奏が違うと朗読も全然変わってくるね。伊藤誠人 君の鍵盤演奏を意識したりしなかったりで、しかして振り返れば前回とはやった後の感覚が違った。勿論環境も違えば一年経って経験した事や考えた事の蓄積の影響も出ているだろうけれど(表現とは須らくそういうものなんじゃないか、と思うけど)も、彼のお陰で充足感を得るパフォーマンスを行う事が出来た。

まあ、つまり今回もクリームまみれになったわけですよ。

以下、なつきちゃん撮影の写真で未確認尾行物体を振り返る。


続・我が逃走
最初は二人とも結構シックな感じだったんだよ。

続・我が逃走
「札にはこう書いてありました。“どうぞ瓶の中のクリームを顔や手に塗ってください”・・・!」

続・我が逃走
「“どうぞ足にも塗って下さい”・・・!」

続・我が逃走
伊藤君にも塗りました。


で、「瓶の中の香水を頭にふりかけて下さい」のシーンに則って、頭から水をかぶり、もうグッチャグチャ。

作中の二人の紳士が味わった以上のグッチャグチャ。朗読パフォーマンスでこんな目に合うなんて(まあ、考えたの俺なんだけどさ)前代未聞だろうよこれじゃあよ。

しかし会場には沢山の方が集まって下さったし、皆さん結構楽しんで下さったようなので本当に嬉しかった。

でも一年に一度やればいいや、こういうのは。


朗読内容も人から拝借し、演奏も人任せで今回僕が創造したものって何一つ、ない。

強いて言えばパフォーマンスのアウトラインを考えただけで、でもこれって多分誰にでも出来るわけでだからこそ僕のソロ出演にはこういう内容が相応しい。凡庸なる人間が凡庸なる知恵を駆使して全力を尽くす。覚悟さえあれば誰にでも出来る内容を行う事で僕は自分の信念を持って取り組む事が出来た。

結果的にはわからないけれども、今回の僕達のパフォーマンスが相応のリアクションを得たならば、それは音楽で人の心を動かす、動かし得る芸術家達に対して僕の「発想」がそれなりに善戦したという事であり、僕はだからこそ「同じ土俵で戦わずして」「他人のふんどしで神輿を担いで」パフォーマンスを行う事に決めたのであった。

きっと、音楽的才能がなくたって、それを天から与えられなくたって、鍵盤のどこが「ド」なのかわからなくたって覚悟と勢いと、発想があればステージには立つ事が出来る。


それにしても、高校生とか大学生でああいうイベントを挙行する、そして出来るというのが自分が彼らくらいの年齢だった頃の事を考えると、つくづく凄い事だなあと思うわけである。

だってそうだろう、彼らは僕らと違って学業もあるし定期試験もあるし、それこそ受験だってあるのだ。勿論仕事をしながら、バンドをやりながら企画を行う方々もおられるわけでそれよりも今回の企画の方が主催するにあたって苦労が多かった、偉業であるだなんて言う気は勿論ない。さらさらない。

けれども若い彼ら(世間的に見たら若輩者の僕よりも、彼らは若い)が自力で、応援はあれども後ろ盾はなく企画を完逐したというのはそれだけでも価値のある事なんじゃないかと思うのだ。彼らはただただ無邪気に企画を進めてきたわけではなかった。当初集まったメンバーの中でも諸々の事情で最後まで携われなかった方もいらっしゃったそうだし、苦労も相当あった。思うに、「楽しいなあ」よりも苦労の方が多かったんじゃないだろうか、当日まで。「イベント企画ってそういうもんでしょ?」と言われたら返す言葉もないけれど、でも信念を持って、演者の事を考え、何なら出演者にもたらされるフィードバックに思いを馳せ、そしてそこまでやったにも関わらずステージに立たずに、大勢の人間の拍手を直接その身に浴びる事なく企画を終える所謂「イベンター」という業種の方々こそ、正当な評価を受けるべきなんじゃないかと僕は思うのだ。

何より、主催の一員であり中軸となって動いたなかおちゃんをはじめ、彼らはイベント当日まで全力を尽くした上で自分自身がイベントを楽しむ事を忘れていなかった。打ち上げでの彼らの笑顔は本当に眩しかったし、彼らチームがまた集まる事があるならば僕は全力を以ってそれを支持したい、と思う。

僕としては、もう無邪気にそれに、彼らの企画に関係出来た事が嬉しい。
本当に有難うございました。貴方の、貴方方の節目となった今回の企画に関われた事を感謝しています。


打ち上げでは同じ杏花村で打ち上げていたハヌマーン亮ちゃんも一緒に盛り上がった。

彼は、現代に生きる侍。得がたい友人を持ったなあと思う。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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