BIG MUFF3機種をベースで弾き比べてみた。

深夜に一人、ファズペダルの弾き比べ。

ベーシストとしても、愛好家としてもファズは一生愛していくだろうし使っていくだろうし蒐集していくだろう。

BIG MUFFが3台、しかもベーシストが愛用するロシア製系統の3モデルがあったので比較してみた。


続・我が逃走
見た目は右側の黒いのが一番好き。

はじめに所謂「アーミーグリーン」(BIG MUFFは凄い変遷を辿っているのでこんなザックリした分類でいいのかわかりませんが)と少し前まで現行モデルで、昨年くらいだったか生産完了になった黒マフの比較。

ベースを突っ込んで、プリアンプも何もかまさずに自宅練習用のFenderのベースアンプに突っ込んで鳴らす。

BIG MUFFの歪み方って、本当に良い。他のファズより感情移入してしまうし、独特のキャラクターがハマれば本当に気持ち良い。数多くのベーシストの足元で色々な瞬間を演出してきた、歴史ある一台だもんなあ。

さて、結論を端的に述べると、キャラクターはそっくりなもののアーミーグリーンの方が低域寄りのキャラクター。黒い方が「ガッシャーン」っていう成分が多いので(アーミーグリーンと比べると全体的に腰高な音がする)うるさいバンドでは黒い方が扱いやすいと思う。アーミーグリーンも全然悪くはないのだけど。

音の暴れ方はアーミーグリーンの方が、という向きもおられるにはおられるようなのだが、個人的にはあまり差異を感じなかった。


続・我が逃走
随分とコンパクトになったんだね、BASS BIG MUFF。


続いてアーミーグリーンとBASS BIG MUFF(WAXXによるモディファイ済)の比較。

このBASS BIG MUFF、去年の暮れ頃に飛田君(地慕里ジャンクション)から譲って貰ったのだけれども、これが実に良い。彼によれば「DRYモードでの高域強化、他モードでの低域の補強」という改造を施してあるそうな。

改造前のモデルを試していないのでどれくらい劇的な変化が起きたのかはわからないけれども、DRYモード(歪みの音と原音を混ぜれる。このモードの時はVOLUMEツマミがBLENDツマミとして機能)で原音だけ出してみるとエフェクトオン/オフで音の変化が全くない!

原音至上主義なわけではないし、混ぜる必要がないのであれば原音ブレンド機能は必要ないと思っているのだが、兎角『立体感』が失われがちなファズに於いて(立体から壁になるイメージ、か。それがファズでもあるから僕は変な事言ってるな…)、こっそりと原音を混ぜておくと立体感を出しつつ"壁感"も出せるのでこれは嬉しい。

で、BASS BIG MUFFはアーミーグリーンの音を意識して作られた、みたいな記述を目にするけれども僕の主観ではこの「ジャキーン」っぷりは黒マフのそれに近い。

黒ではアンプとのマッチング次第では音が「壁」になり過ぎてどうにもアンサンブルで主張が弱い時があるのだが(これも立体的なベースの音に慣れてしまっているからなのだろうが)、これなら原音混ぜれるので大丈夫。

黒マフが生産完了したのが納得。使い勝手良い方がいいに決まってるものな。


あくまで僕個人の嗜好ですが「BASS BIG MUFF(改造済)」→「黒マフ」→「アーミーグリーン」と使いやすさは落ちていく。古いelectro-harmonix製品は個体差も凄そうだから同モデルの別個体は違った音がしそうではあるけれども。

いや、BASS BIG MUFF(改造済)の汎用性は凄いなあ。これは改造前のとも比較してみないと。

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西の友人と二日連続で共演した話。

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初日より、ステージ脇からゆれるの演奏を撮影。


この二日間で、関西の友人達と連続的に共演した。

しかもこちらは違うバンドで。


・初日 27日VS「ゆれる」編
アルバム「mutilations」を発売したゆれるがリリースツアーで来名、JONNYで相まみえた。幸いにして僕、アルバムにコメントを寄せさせて頂いて(頼まれた時は本当に光栄だった。有難う)、その関係上発売前に音源を聴かせて貰ったのだけど、それがライブバンドゆれるをそのままパッケージングしたような素晴らしい作品で。

「あんなアルバム作った直後だし、バンドは脂のってんだろうなあ」と対バン(注:対決!バンド合戦の略)するのを楽しみにしていた。
ベースの榮君とは多分出音の嗜好が似ているのかもしれない、勝手にシンパシーを感じていてそこから今回の対決となったわけだが、彼も愛用するSANSAMP対決ともなったわけである。それにしても榮君、凄い音出してた。岩石を削岩機で粉砕してるみたいな音だった。格好良い。

演奏中、こちらを向いたあみ君が僕と目が合うと(今更になって、あれは下手でベース弾いてた榮君にやったのかもしれない、と若干不安)中指を立てて、笑んだ。なんて不敵な表情しやがる。その時には僕はもう、演奏後だった。忘れてた、ゆれるのライブを観ると血がたぎって演奏したくなるのだった!


28日 VS「GRIKO」編
この日は栄TIGHT ROPEにて行われたNo Casters主催「タナベソニック」にi GOが出演。先日に続いての非常勤ベーシスト、出動。
いや、それにしてもこのイベントの出演陣が豪華で(詳しくはwebを参照して下さい)、それでも噂に聞いていたノーキャス、僕は実に鮮烈な印象を受けた。「聴いていてすぐに口ずさめる親しみやすいメロディ」というと使い古された表現ではあるけれど、本当にそう。しかしドラムボーカルだとは思わなかった。面白くて格好良くて、そしてちょっぴりセンチメンタルな気分になった。
さて、GRIKOである。ハヌマーンのベーシストとして出会い、それ以降も友人として関係を築いてきたえりっさがバンドに加入と聞いたら嬉しくないわけがないし、来名時に共演出来るなんて尚更である。えりっさはi GOでサポートベースを弾いているから若干緊張した。今後サポート陣に加わる小林兄弟次男、ヨウヘイ氏(theキャンプ)もいたし当然意識するよね。頑張りました。
さて、えりっさの演奏はやはり的確で音が踊っているしニヤニヤさせられてしまった。GRIKOというバンドも手練れの集団でとても丁寧に作曲、編曲をされてるのがわかったし、良いバンド。歌声がすっと入ってくる。是非JONNYでもお手合わせ願いたいです。
ぴくみん君のドラムも良かった!


楽しい二日間だった。
バンドやってると全国に友達、強敵が増えていって更にバンド活動が楽しくなる。

ライブ本編で一度も歪みエフェクターを踏まなかった日。

先日25日はi GOで今池HUCK FINNに出演。富山からRED JETS先輩がやって来たのだ。
京都Vox Hallで共演した日、奇しくも日本シリーズ最終戦。昌吾さんの胸中が期待と不安で穏やかじゃない中、先輩とは共演したのだった。その縁で名古屋で共演。こういうのってバンドやってる醍醐味だと思う。

この日のi GOは「バラード・コレクション」と銘打って、猛り狂うよりはじんわりと熱を帯びていくようなセットリスト。極端な話だけれども、恐らく普段より演奏の腕前がわかりやすく披露、場合によっては露呈してしまうセットリストである。
緊張したよ、そりゃあ!
正直に申し上げると、ここ最近では一番緊張したかもしれない。普段ではあまりしない、出番前にベース抱えて練習とかしてしまった。その練習も最終的には「色々不安要素を潰していこうとしたり、あそこどうだっけかなとか思い出そうとすると却って失敗する。今までの練習の積み重ねを信じて体に任せよう」とか嘯いてやめてしまったのだが。
本当に緊張してるからこんな右往左往したのだろう。今思えば一連の行動は全て緊張からくるものだった。

しかして、本番は実にうまくやったもんである。そりゃあミスはあったけれども、いざ演奏が始まるともう楽しくて楽しくて。感情移入して弾いているとルート弾きだろうがうねるフレーズだろうがなんだろうがこれがもう全て気持ち良い。この日のi GOはそんな状況下で演奏出来た。
アンコールでは本編落ち着いていた分、はねっかえりでテンションが先行した感は否めない。本編7曲よりアンコール1曲の方が疲れるという始末。自分の事ながら、面白かった。

打ち上げは出演者の皆でHUCK FINN FACTORYで。
ヴォーカル杉本君のソロを観に来ていたシャビーボーイズ 高津君と本田君と出演者の皆様を時折交えつつゆっくり話をした。高津君の海外での旅の話、旅先での食事の話、コミュニケーションの話。
彼って比較的ポーカーフェイスなイメージがあったのだけれども、なんていうか目力が増してた。旅はやはり男を強くするのだろうか。
彼らが今後について話をしているのを横で酔っ払って聞いていたのだけど、どこまでも誠実だ。
戻ってきたらまたやろうね。

東京で演奏してその24時間後には名古屋で演奏してんだからバンドって面白い!

Android携帯にアメーバブログのアプリを入れたものの、断然PCのキーボードの方がタイピングしやすいのでどうしてもPCの前に腰を据えないとブログが書けない。

そうか、長文書く気でいるからいけないのか。



1月21日(金)

仕事後、友人と名古屋駅付近の「コーナーバーガー」にハンバーガーを食べに行く。ハンバーガー好きの別の友人曰く「名古屋で一番旨いのではないかと思っている」そうで、そりゃあそんな感想聞いたら行くしかない。実際のところ、そんなに色々なお店でハンバーガーを食べているわけではないので「名古屋で一番」って言っていいのかわからないけど、旨いハンバーガーだった。

その後は栄Partie'zに移動、WATA君主催の「皆で飲んで騒いで楽しもう」的な新年会イベントに出演するi GOを観に行った。この日のサポートベースはアザーテイル 謙二さん。アザーテイルの時も思ったけど、流麗なベースを弾かれる方だ。指板上を流れるように指が動く様は巧みな人間でないと出来ない動き。それでいてベースギターの持つ豪胆さも演奏に滲み出てくるのだから、うん、適わないね!

この日のi GO、どうやらリハーサル後から居酒屋で飲み、会場してからは飲み放題なので飲み、と結構な飲酒量だったそうで。久しぶりのi GO観戦だったけれども、レアなものを観れた。

後ろ髪引かれる思いながら帰宅、東京へ向かう準備をする。



1月22日(土)

昼頃に東京到着。車に乗ってからほとんど意識を失っていたので知らなかったのだけど、何度かSAで仮眠をとったりしていたらしい。

この日はお馴染み“麺王”こと水口さん主催『Beat Happening!』@渋谷LUSHにJONNYで出演。久しぶりのビーハプ、LUSHで楽しみにしていた日。

東京について真っ先にベースの弦を張り替えるべく、一人楽器屋へ。他の3人は可愛い店員さんがいるラーメン屋さんへ。どれくらい可愛いのか気にはなるものの、ベース弦の方が大事。弦を購入後(今回はイシバイ楽器ブランドの1000円くらいの弦を張ってみた。個人的にはダダリオの方が好みだけれど、全然悪くなかった。ただ頑固弦と比べたら…って感じか)、渋谷の「凛」を訪問してみたが日曜定休。あ、あれ…結構楽しみにしてたんだけどな…。というわけで半ばやけになってマクドナルドへ。

前夜のPartie'zでもハンバーガーを食べていたので、実に3食連続ハンバーガー。どれもこれも美味しいハンバーガーだった。そもそも不味いハンバーガーなんてあるのだろうかという疑問はあるけれど。

この日の演奏、テンション高めに行えた。この頃は体がやたら動く。年の瀬から販売を開始した音源の売れ行きも好調で、嬉しい。

LUSH店長 勝さんにも“麺王”水口さんにも新曲を褒めて貰えた。うん、新曲にはバンド一同、確かな手応えを感じている。

帰りは海老名SAでカップラーメンとおにぎり(ツナマヨネーズ)×2。



1月23日(日)

名古屋は新栄SONSET STRIPにてマダムさん×あゆころちゃんの初企画に出演。実はご近所で、僕がコンビニで買い物してる姿を目撃していたらしいあゆころちゃんに誘って貰っての出演。や、誘って貰って、なんて表現では済まないな。あれは非常に非常に情熱溢れる出演オファーだった。メールのやりとりを佐藤さんから聞いても、そして得三で初めて直接お話しした時にもあゆころさんの我々への情熱を強烈に感じた。なので、それに対して「一生懸命演奏します」と伝えたのだけれども、正直バンド側のコンディションは最高ではなかった。

東京遠征帰り、やたらとガタピシいうバモスの中で5時間以上まんじりともせずに移動するわけだ。そりゃあ体にクる。気迫だけで、やれるのか。頭の中のどっかでは「今までもそうだっただろ」と思ってるんだけどね、僕って。

ポジティブシンキングが功を奏したか、ライブ前は僕も倦怠感が凄かったのだけど、不思議とステージに上がるといつも通り、いやそれ以上に体が動く。いやはや、最近は本当に体がよく動く。演奏の精度は低くはなかったし(という事は高くもない。正確な演奏がそのまま良い演奏とイコールだなんて決して思わないが)、テンションもやたら高かった(少なくとも僕は)。

毎回のライブで、或いは日常的に自問する。すなわち「良い演奏とは何か」。答えは簡単に出ないだろうしバンドマンの人数だけ答えがあるのだろうが、少なくともこの日の僕は、僕達は終演後にあゆころちゃんが目をキラキラさせて「良かった!!」と言ってくれるだけの演奏は出来た。

情熱に対して情熱で報いる事が出来た。それは誇るべき事だと感じている。

そうそう、忘れてはならない。以前道端で茜谷さんと立ち話をしてた時にベースのひろし君が声をかけてくれた少年ネバーマインド、ついにこの日共演!

茜谷さんの「対バンしような!」よりも先もJONNYでご一緒した次第なのだが、残念ながらこの日で活動休止。

滅茶苦茶良かったよ。早く帰っておいでよ。また一緒にやろう。

そして前回はCDショップ店員として眼前に現れたモリノ君、今度はバンドマンとして僕の前に立ちはだかった!

それいけビート、出番前だったので落ち着いて観れなかったが、最近はtwitterで「おっぱい」ばっかり言ってるみーちゅ君が巧みにベース弾いててびっくりした。みーちゅ君、君おっぱい星人じゃなかったんだな。



JONNY、東京-名古屋2連戦。

実に楽しかったし、多分これは良い鍛錬になった。これだからこの"遊び”はやめられん!

年明け一発目、未確認尾行物体。

ここ最近は夜な夜な佐藤さんちに行って作業をしていた。


段ボールを持ち込んでカッターナイフで切ったり、ガムテープで張り付けたり佐藤さんちの前で新聞紙を広げてスプレー缶で塗装したり。

段ボールは無限の可能性を秘めている。エフェクトボードも段ボールで作ったし(今現在はその発展形、100円均一で購入したカラーボードを張り合わせたものを使っているけれど)、やる夫のかぶりものも段ボールで作った

僕は段ボールとガムテープがあれば結構どうにでもなっちゃう方で、それで何か作って人前で何かやるのが好きだ。我ながら子供じみた趣味だと思う。小学生の頃、割り箸鉄砲が流行った事がある。皆放課になると撃ち合うのだが、自信満々でちょっとゴツいのを作っちゃって微妙な顔されたりする、僕はそんな少年だった。

そういう部分は未だに変わっていない。

何なら、27歳にもなって無邪気に段ボールとガムテープと格闘する様は異様にさえ見えるかもしれない。

出来あがったものが年相応であれば良い、けれども僕の工作シリーズは決してそういう質のものではない。

エスカレートしてしまった童心、それを段ボールにぶつけているのだ。


というわけで昨日はそんな段ボール工作で出来上がった羅生門を使って新栄CLUB ROCK'N'ROLLに出演。

ブッキングマネージャー 本多さんから「何かやってみないか」と実に嬉しい文句でお誘いを頂いてから気合いは入っていた。お年玉スペシャルゲスト、と銘打っての出演であるからして、これはもう過剰に全力出すしかないだろう。

こういう時はベースは弾きたくない。となると朗読で、今までと同じ内容のはやりたくない。色々と考えはしたものの、結局新春に相応しい名作文学をやる事にした。

『芥川龍之介/羅生門』である。


続・我が逃走
スプレー缶で塗装した羅生門。
CLUB R&R、流石「赤い箱」!
馴染む馴染む。

で、普通に朗読するのでは面白くないので幾つか趣向を凝らす事にした。

段ボールで羅生門と柱を作り、左右の柱の裏側にはIHヒーターを設置。事前に業者に発注したドライアイス12kgを鍋に叩き込み、スモークを焚く。柱はうまく立ったものの、屋根の部分は垂直に垂れ下がって(画像参照)しまい、斜めにせり出した屋根を作るには構造から見直す必要性を感じた。

で、新栄CLUB ROCK'N'ROLLに配達されてきたドライアイス12kg、事前の練習もなく当日ぶっつけ本番、どうなるか誰にもわからないいわば"賭け"だったのだが、結論からいうとこれは不発に終わった。

開場5分前まで全力で水を沸かしていたIHヒーター2機。ドライアイス6kgずつを放り込んだ瞬間に白煙が上がる。



「見ろ!やったぞ!俺の勝ちだ!アハハハハハハハハハヒャアッ!!これがドライアイスの!12kgのドライアイスの力だ!!ざまあみろ!ヒャッハハハハハh


ガシャーン


!? 熱ッ!・・・・うわ、ば、馬鹿なああああああああ!!!!!!!」


据え付けた場所の土台が弱かったのか、お湯をたくわえた寸胴はIHヒーターごと転倒、お湯は全てステージにぶちまけられてしまった。幸い機材へのダメージはなかったようで、皆に手伝って貰って(あの時は皆、有難う)必死にリカバリー。

で、改めて水を入れてスイッチを入れるも、使うのは火力の弱いIHヒーター。とてもじゃないけどお湯は沸かない。自動販売機でホットのお茶を買ってきて入れてみたりしたものの、6kgのドライアイスの冷却効果に適うはずもなく、煙はイメージの半分以下、あれならなくても良かったんじゃないかレベルのスモークしか出してくれなかった。これには本当に悔いが残っている。


続・我が逃走
楽屋にて。撮影は柴山社長(ONE BY ONE RECORDS)。


しかしこれで諦める程、今回は武器が少ないわけではない。

羅生門、ステージ後方で僕が朗読、伊藤君が即興演奏をするといういつもの二人に加えて、即興演技でケンタロヲさんと佐藤さんにも参加して貰った。ケンタロヲさんは下人役、佐藤さんは老婆役。

この二人もそれぞれ「滅茶苦茶読み込んでくる」「敢えて読み込まずに朗読に合わせて演技する」とそれぞれコンセプトを持った上で本番に臨んでくれた。周りの様子を窺いながらの朗読だったのでじっくり観察出来なかったのだけれども、それでも素晴らしい演技を披露してくれたと思っている。お二人様、本当に有難うございます。

「羅生門」の世界観、もう顔からして「羅生門顔」のケンタロヲさんとああいう瞬間にはおどろおどろしさを発揮してくる佐藤さんがいたからこそ描けたのだと思っています。


いや、しかし朗読と演奏と演技、それに加えてPA 井藤さんによる即興でのエフェクト処理、これらがそれぞれ影響を与えあって一つの結末に向かっていく様はこれはもうジャズだったね。演奏が先行する瞬間もあれば演技が先行する瞬間もあったし、朗読が引っ張ったかと思えば今度は演技が引っ張る。演奏がガーッといくと演技も熱を帯びて、では朗読は早口だけれども淡々とやってみようか、等と色々と面白い瞬間があった。即興はこれだから面白い。ケンタロヲさんと佐藤さんという普段は楽器を用いて表現活動をされているお二人を役者として引きずり出す所に面白味を感じていたけれども、当初の想定より遙かに有機的な30分がやれたのではないだろうか。勿論それぞれ思う所、顧みる所はあるはずでもし次回同じ公演を行う機会があるのならば、それを踏まえた上での即興対決が楽しみだったりもする。


僕はと言えば、今回大道具、舞台装置面での反省点が凄いので「羅生門 弐号機」を開発して挑もうと思っている。

ブログが現実に追いついた日

2012年1月1日(日)
TWO FOURワッペリンと新栄CLUB ROCK'N'ROLL カウントダウンパーティー(2012年分)を楽しんだ後、例年通り大須観音へ初詣へ。
気がつけば仲間内の移動の波に乗り遅れ、辺りに誰もいなくなっていた。篠田君が「行こうぜ」とすれ違い様に声をかけてくれた気もしたが、如何せん酔っ払っていた。カリクビ君(ワッペリン)と二人で徒歩にて大須観音へ移動。元パイプカツトマミヰズのベーシストでもある彼とゆっくり色々な話が出来た。大須観音へ着くと、ほら皆いるじゃん!
CLUB ROCK'N'ROLL PA井藤さんとカリクビ君と3人でなか卯へ「うどんでも食べに行きましょう」と入る。最終的に各務君とクリエイティブでエキセントリックな友達、江藤さんも交えて5人で談笑。新年の抱負なぞ話し合い「今年は全て全力で」と自分の抱負をさも決めていたかのように話す。どうやら今年も僕は良くも悪くも適当なのかもしれない。でも適当に生きる事さえ全力で。つい口をついて出た言葉の力を信じている。
参拝後、帰宅。布団で夕方過ぎまで眠り、兄一家と一緒におせちを晩御飯に頂く。お酒を嗜むようになってからつくづく思うが、おせちってつくづくお酒の肴になるようなものばかりだね。
夜勤があったのでお酒は我慢。

1月2日(月)
昼過ぎに母方の祖母一家の家へ。従姉妹の姉妹がいるのだが、僕より年が一つ下の姉が結婚するそうで相手を連れてきていた。システムエンジニアをされているそうで、非常に印象が良い男性。幸せになってね、従姉妹よ。
祖母宅を後にした後、友人と遊ぶ。シネマコンプレックスにロビーに充満したポップコーンの香りを嗅ぎに行ったり(勿論「へー、こんな映画やってるんだ」なんて言い合ったりした)、田縣神社(境内には男根をかたどった石等が多数奉られている事で有名)でトックスープを飲んだりした。遊び倒したなあ。夜は夜勤。

1月3日(火)
職場の仕事はじめ。新年早々なので今年の目標を話したり色々と真面目なお話をする。家族経営の職場なので嬉しい事にお昼はおせちとお雑煮。人の家のお雑煮を食べるのは楽しい。夜は夜勤。
この「夜は夜勤」って表記、とりあえず9日まで続くので皆さん各々、脳内補完しておいて下さい。以下「夜は夜勤」割愛。

1月4日(水)
仕事、早めに帰宅、後の夜勤(やっぱり書いてしまう)。
この夜、確かカラオケ行ったんじゃなかったかな。あれ、違ったっけかな。

1月5日(木)
カラオケに行ったのはこの日だったかもしれない。
これだから日記は毎日書かないと駄目だ。

1月6日(金)
仕事の後、誰かと飲みに行ったか、或いはカラオケはこの日だったのかもしれない。
記憶が定かではない。

1月7日(土)
夜、パイプカツトマミヰズ練習はじめ。新年一発目という事で挨拶をしつつ始める。
実はパイプカツトマミヰズ、毎年新年一発目の練習はスタジオ休憩中にロビーで飲酒するという風習があったそうなのだが(去年がどうだったか憶えてないや)、今年は飲み逃したようでロビーでの酒盛り(勿論大騒ぎはしないよ。ヒッソリと、慎ましやかに、マクドナルドを肴にビールを頂いた。ホラ、その気になればスタジオでビール売ってるからね)は翌週に持ち越しとなった。

1月8日(日)
仕事して、多分出歩いたりしたのではないだろうか。
あ、思い出したカラオケ行ったのこの日だ。年の瀬からひいていた喉風邪がこの頃になってもまだ治っておらず、ほとんど歌わずに皆が歌うのをニヤニヤしながら観聴きしていた。その後の大丸も良し。大丸はじめ、である。

1月9日(月)
今池HUCK FINNにて行われたONE BY ONE RECORDS×nodevans Recordsの合同新年会にJONNYで出演。演奏はじめという事で気合いが入る。最近共演率高し、しかしなかなか喋るタイミングがないMILKは相変わらずキレキレ。palitextdestroyは何故か演奏中に隠し芸を披露、しかも悉く地味だった。面白かったけど。meを観る頃には気分良く酔っ払っていて、何ていうのか、連れて行かれそうになった。音楽に。

1月10日(火)及び1月11日(水)
記憶にない。手帳には夜勤出勤マークだけが記されている。

1月12日(木)
深夜、徒歩10分くらいの中華料理屋にてケンタロヲさん、佐藤さんと打ち合わせ。この二人は20日に演奏する未確認尾行物体のゲスト・アクト。二人とも映画や小説、演技やインプロビゼーションに興味と情熱を有しているので、打ち合わせの段階から楽しい。唐揚とビール、野菜たっぷりの玉子スープを頂く。

1月13日(金)
2012年一発目のi GO練習。茜谷さんが新曲を持ってこられた。これがまた、良い。サポートメンバーの立場でありながら楽曲がバンドにインプットされてアウトプットされる瞬間を見れるのって凄く勉強になるし、何より興奮する。


1月14日(土)
パリさん(me/さよならパリス)、はみちゃん(今池HUCK FINN)夫妻宅にて新年会にお誘い頂いたのでお邪魔してきた。
僕の大好きな坦々鍋をつつきながらの飲酒。そして気がつけば轟沈。目を閉じていただけのつもりだったのだけど、パリさんが「ごめん、舟橋君が寝てる間にうどんとか食べちゃったよ」と。寝ていたらしい。そりゃあその前まで飲んでたお酒、飲みやすかったけど24度だったもの!笑
そのまま上前津ZIONにてライブ観戦。NOT REBOUND 片桐さんをはじめとする錚々たる顔ぶれのSHEER HEART ATTACKの初陣を観る。俺、あんな攻撃的なスラップの音初めて聴いたかもしれない。同じベーシストとして刺激的でした、ヒデヤ先輩。
一足先に帰宅して、風呂に入ってお酒が完全に抜け切ったのを確認した後、いざ夜勤!そしてパイプカツト練習という名の半飲み会へ。

1月15日(日)
宿敵、みそっかすと決着をつける日が来た。

池下UPSETにて「みそっかすVSパイプカツトマミヰズ」。ツーマンライブ、である。しかもフロアライブ。
これで面白くないわけがない。個人的には新年だし、昔は毎年のようにお正月におばあちゃんと映画館に観に行っていたゴジラ映画を連想した。さしずめ気分は「ゴジラVSキングギドラ」。宿命の対決って奴である。
年の瀬の対決では決着をつけ逃したので、今回お互いに割とガチでぶつかり合ったと思うのだけど、やっぱり最後は「またやろうぜ!乾杯!」。宿敵同士の関係って、こういうのもありなのかもしれない。次も是非お互い納得のいく演奏をして「今回は白黒つかなかったな!次!」ってなれば良い。その次も。どんどん高い次元に向かいつつ、みそっかすとは闘っていきたいと思っている。
最後に、あんな素敵な空間を文句一つ言わずに作り出してくださった池下UPSETの皆さん、本当に有難うございました。
あとご来場頂いた皆様、お楽しみ頂けたでしょうか。僕達は最高に楽しかったです。次のツーマンもお楽しみに!
みそっかす、首を洗って待ってろ。


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ちなみにこの日のパイプカツト肌シャツ「キングギドラ」モデル。
パイプカツト肌シャツは毎ライブ僕が個人的に売っています。
注文頂いてから20分後に納品。200円。


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2011年12月30日の公演でのパイプカツト肌シャツ「さよなら2011」モデル。
この日はゲストで登場してくれた里帰り ゆりちゃん専用「里帰り ゆり」モデルも登場。

1月16日(月)
今日、ですな。
ここまで一息に書いたけど、喉につかえていたものがとれて安堵3割、失望7割だ。
やっぱり思い出しながらだと色々忘れている。2012年になってから野村さん(レッサーホース)と松田君(農村)と深夜にうどんを食いに行ったりしているはずなんだけどなあ。あと結構色々な人に会った気もするし、記憶しておきたかったような言葉も人にかけて貰えた。俺、9日にHUCK FINNの前で村上君(明日、照らす)が言ってくれた言葉、ベースを演奏する人間として恐らく多分、一生忘れない。
良い事ばかり憶えているからこそ「都合良い!」って言われるのも、よく理解してはいるのだけどね。

2011年を振り返って。

2011年の記録をようやくまとめ終わって、とっくに始まっている2012年の記録にとりかからんとするも「2011年を総括しないと次いけないだろう」と思い立ちキーボードを叩いている。


2011年は一個人としても、一バンドマンとしても、そしてこの国で生活する人間としても色々思ったり感じたり、或いは環境が変化したりと大きく動いた年だった。

所属、参加しているバンドはそれぞれ日夜活動を繰り広げ(不完全密室殺人は2回しかライブをやらなかったけれども、未だに僕の中でベースキャンプとして存在している)、ソロ活動もそれまでと比べて色々と動いた。

一生忘れられない11月13日のワンマンライブ、思い立ってから当日までは長いようで短いようで、つまり相応の時間を準備期間として使って完全なる状態で当日を迎えたけれども、2011年のバンド活動を総括するならばあの日のワンマンライブの事を振り返るのが一番手っ取り早い。尤もあの日っていうのは2011年を振り返るっていうか自分のバンドマンとしての活動歴を振り返る、って表現する方が適切な気がしないでもないけれども。

何度だって言う。あの日のあの光景は一生忘れられないし、一生バンドを続けていくにはあの夜の記憶は元手として十分過ぎる。

あの夜以降、自分自身を明確に『個』として認識出来るようになった(バンドって結局個々の演奏者の集合体なのだ。バンドに意志があるのではなく、バンドの構成員に意志があってバンドが動いていくわけなのだから当たり前なのかもしれないが)。○○の舟橋孝裕って表現にどうにもしっくりこなくて、勿論不完全~の日は「不完全~の舟橋」だしJONNYの日は「JONNYの舟橋」だしパイプカツトマミヰズの日は「パイプ~の舟橋」で、i GOでベースを弾く時は「サポートベースの舟橋」なのだろうけれども、では僕のパーソナリティはそれぞれ音楽に投影されているのかという事で、その問いに対する答えにはもう『個』としてそれぞれ一生懸命演奏するスタンスを以て応え、そして歴然と『個』として存在する事が僕自身は今一番しっくりくるのだと明確に意識してしまった。

それぞれ大切なバンド。僕はそのバンドでの活動を通じて僕という存在を打ち出していくのが一番良い。


一個人としても変化はあった。全てに於いて今現在は後悔はない。いつかするのかもしれないけれども、その「いつか」が来ないように僕は一生懸命やっていくしかないのだろうと思っている。

一個人として、バンドマンとして動き回るために元手が必要となり、深夜労働のアルバイトを始めた。1時間半ばかり閉店後のパチンコ店を清掃する仕事。1時間半はあっという間で、その作業内容の割に日給は良い。上司も良い人で、同僚も気に障る人間はおらず満足している。一つだけネックなのは遊ぶ時間が減った事なのだけれども、その分自分のスケジュール管理に良い意味で必死になるようになり密度の高い日々を過ごせている。

お酒が飲めるようになったのも今年で、下戸の頃にはわからなかったけれどもお酒が人と人のコミュニケーションに於いて果たす役割は決して侮れないという事も知った。


2011年3月は、この国で生きる人間として背筋が凍り、伸びる思いをした。

その前日までそんな事になるとは誰も想像しなかった中で起きたあの大地震。この国の人間として、否、一人の人間として自分に何が出来るか、どうすべきかどうあるべきか考えた。被災地に演奏しに行き、支援物資を置いてきた先輩がいたり、数か月にわたって被災地にボランティアに行った知人がいる。震災後すぐに仕事を辞めて給料ひと月分を丸々義捐金に充てた新婚の友人もいる。皆、それぞれの精一杯を以て震災に向き合った結果だろう。そんな中、僕はその頃の僕なりに精一杯やっただろうか?誠心誠意、被災地の方の事を考えただろうか?


物理的にはそんなに変化していない。結局、太りもしないし痩せもしなかったし見た目もそんなに変わっていない。大きな怪我も病気も有難い事になかった。友人は減った自覚はないが増えたつもりでいる。僕の2011年は、多くの人間に揉まれて高密度のものになったと思う。


2012年の抱負。「何事にも全力で」。今までも、そしてこれからも。

2011年最後の数日間を駆け足で振り返る。

12月28日(水)

この日は年内最後の未確認尾行物体のライブ。昔から友人の小林かよちゃんに声をかけて貰って、初めての御器所なんやでの演奏。ご存知ない方のために説明しておくと、なんやっていうのは名古屋は御器所にあるご飯/飲み屋さん。沖縄料理やら美味しいお酒が飲めるだけではなく、定期的に音楽ライブを2階のスペースにて行っている。テーブルに座布団、そしてちょっとばかしの演奏スペース。別にこれは否定的な意味でなく、「こじんまり」とした感がとても温かいステージだ。

お店を、お店の機材を汚さないように新聞紙を敷き詰めて、機材設置。


続・我が逃走


今回の題目はそう、『注文の多い料理店』だから。最終的に顔面、両手足に生クリームを塗り込んで演奏が終了するのは決まり切っているからこそ、こういう対策を講じるようにしている。

しかし改善点も少なくない。演奏終了後にすぐさま銭湯に行かねば周りに迷惑をかけてしまうのだ。とかく、こういうシチュエーションでは演奏が終わってそのまま外に出なければ、僕らの出したクリームまみれな上に大量の新聞紙が他の方の衣服を汚しかねない。落ち着いてからでないと会場に戻れないのだ。

共演者さんを出来るだけ見逃したくはない。この日の共演者さん、普段なかなかご一緒する機会がない方々で演奏前もお話していてとても面白かったもの。トップバッターの僕ら、急いで戻れば半分以上見逃すって事はないはず。急げ!


続・我が逃走
銭湯で入浴前に記念撮影。
畜生、写真だと生クリームまみれなのが伝わりづらいや。


美味しいご飯も(本番前の緊張に包まれた中ではあったけれども)頂けたし、ほとんどレギュラーメンバーと化している伊藤誠人君も楽しんでくれたみたいなので良かった。『注文の多い料理店』を使った公演はとりあえずこれで一区切り。次回(2012年1月20日@新栄CLUB ROCK'N'ROLL)からは新しい内容で演奏を行います。

ちなみにこの日、飛田君(地慕里ジャンクション)がファズを一個くれた。これが滅法良い。



12月30日(金)

大晦日前日。しかし新栄CLUB ROCK'N'ROLLではこの日からパーティー開始。『宴』と題された10バンド程出演するパーティーナイトにパイプカツトマミヰズで出演。

張り切り過ぎて一番最初に会場入り。PA 井藤さんの「早いね」という言葉を受けてブッキングマネージャーの本多さんが「舟橋君にとってライブって遠足みたいなもんだろ。早く来たくてしょうがないんだよな?」と切り返す。仰る通りです。今も昔もこれからも、僕が僕自身を使って一番楽しいのはライブという現場である事はもはや疑いようがない。

で、優しい本多さん達から出演者に振舞酒が用意されていたので、控室にて早速乾杯。「今日は良いんだよ」ってわけじゃないんだけどこの日と翌日、楽しむのが正義だと思っている。「演奏をこうしよう」とか「良い演奏を」って思いは勿論あるけれども、それ以上に楽しければ自分の勝ちだと思っている。多分、結構な割合の出演者が。

この日の僕達はバンド史上初の試みとしてゲストプレイヤーを迎えて一曲演奏した。

前回のライブの打ち上げで大喧嘩を7回して7回和解した吉田ヒズムと星野ゆり(里帰り)。星野選手がヒズム君にブチギレながらも言い放った「私はパイプカツト滅茶苦茶格好良いと思ってる!」という発言を元手に(脅迫?いやいや、星野選手も「是非ー!」って言ってくれたもん!無理やりじゃない…よね…!)一曲、鍵盤演奏と歌をお願いしたのだ(伊藤誠人君はその間僕が用意した後藤真希の写真集を持って踊り狂っていた)。

これがもう滅茶苦茶良くてねえ。ドラムの駒田君も「演奏中のふとしたブレイクで聴こえるゆりさんの歌声、あれでもうカーッとアガりましたね!」と喜んでいた様子。

酔っ払い同士の喧嘩から生まれた、誰も予想だにしなかった奇跡のコラボレート!


はまだまだ終わらない!

トリの里帰りでは伊藤誠人君が出向、里帰りで鍵盤演奏を。


続・我が逃走
星野選手も伊藤誠人君もほとんど練習らしい練習してないのに演奏良いの。
鍵盤奏者って飲み込み早い人種なのかな。

里帰りの淳平君と呷るように焼酎を飲み合ったのも良い思い出。里帰り、活動休止が決まっていてその事実は残念だけど、きっとこの縁って簡単に途切れるものではないと信じている。里帰りの皆、本当に有難う!

この日は多いに飲んで気がついたら眠ってるくらいまで飲んで飲んで飲んだ。打ち上げでも飲んだ。一年の総決算とばかりに。翌日も含めて。もうお酒に関する表記は割愛する。実際、この日も楽屋で乾杯して以降、帰宅するまでの間ほとんど酔っ払っていた。

でも意外と演奏出来るもんだ。勿論年の瀬マジックってのもあると思うけれど。



12月31日(土)

いよいよこの日で2011年も終わり。この日も新栄CLUB ROCK'N'ROLLでの演奏、カウントダウンパーティーへの参加。二日連続で愛するライブハウスで演奏出来るなんて幸せだ。しかも年の瀬で。

それぞれツーマン、企画とそれに相応しい演奏納めはしてきたものの、実質この日が事実上の演奏納め。勿論楽しむの大前提のお祭ではあるのだけど、個人的にはONE BY ONEのバンドでの演奏納めって、やっぱりちょっと意識する。前日のパイプカツトマミヰズでの演奏も泥酔したとは言えども投げやりにはならないように留意したし(自分で吐けるようになってから随分とこういう時は楽してると思う)、背負う責任感はどのバンドでも同じだ。

ただ中身が違うというのか、やはり自分の背中に迷惑が直接的にかかる人間、自分達の振る舞いがその人の名に直接傷をつけかねない人の顔が浮かぶとなるとちょっと質は違ってくるのかもしれない。どちらがより重い、という話は別としてもだ。僕は2年前の大晦日だったか、泥酔して演奏して柴山社長(ONE BY ONE RECORDS)に怒られた事があった。社長の言い分は尤もだったし、僕自身恥じ入る部分はあれども、それでもその責任感の質の中身とその日自分自身が感じる出演の意味とはまた若干ちぐはぐな部分もあって、ぶっちゃけ戸惑っていた部分がなかったかと言われると否定は出来ない。

これは、2011年最後の自分の課題。それをそれと意識せず、楽しみながらクリア出来ていないと自分の中で2011年は笑顔で締める事は出来ないであろう課題だった。

で、僕は泥酔してi GOを弾いた。まず何よりも迷惑を被る可能性のあるメンバーに許可をとった上で、それはもう面白いように飲んだ。結果、良い演奏が出来たと思う。

演奏後、しばらくして茜谷さんの肩を借りて便所に運び込まれたのは想定外だったけれども。先輩、迷惑かけてごめんなさい。あと心配してくれた友人達、この場を使ってお詫びと感謝の意を示したいと思います。

そして、JONNYでの演奏を2時間後に控えた頃の僕と柴山社長の会話。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です。i GO、良かったね!」

「ですよね!楽しくやれました。泥酔してましたけれども、大丈夫でした?」

「うん、大丈夫だったよ。酔っ払ってるのはわかったけど笑」

「こうなるとですね、社長」

「うん?」

「JONNYも対等な状況で演奏せねばフェアではないんですよ自分の中で」

「ああ」

「泥酔して『最高に楽しい!』って状態で演奏したいんですよね」

「飲んじゃえよ!ガンガン飲んじゃえ!」

「・・・いいんすかね?」

「いいよいいよ!今日くらい酔っ払って楽しんじゃえよ!」

「2年前に怒ったの社長じゃないですか!笑」


挑戦だ、と思った。同時に信頼である、とも。

故にそれが嬉しく、飲んだ。この頃になると誰と何を手に乾杯したのかさえ、怪しくなってくる。喋った顔ぶれは憶えているのだけれども(この日、テレポテの折君とゲロを通じて邂逅。やっと喋れた!)、どうにも何を飲んでいたのか判然としない。でも最高に楽しかった。バンドマンとして、燃えるものにも火がついた。

いざ、演奏。


「お疲れ様です!JONNYどうでした?」

「良かったよー!盛り上がってたね!」


2011年よ、無事に終えられそうだぜ。

その後も楽しく皆と年が変わる事を喜び、嘆き、惜しみ、そして来年に期待した。そうそう、忘れてはならない、この日のsfn.9先輩とワッペリンによるJONNYカヴァー、演奏が始まった瞬間最高に嬉しかった。ベースに至っては本家片なしなんじゃないだろうか、どちらのカヴァーも。

2011年の総括は短くなるかもしれないがまた改めて。


とりあえず、2012年がやって来た。

ご無沙汰してます。

新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
そしてメリークリスマスでした。ああ、2週間近くブログの更新を怠っていたのだけど、自己嫌悪で一杯。10年後にニヤニヤ笑いながら読み返すつもりなのに、お前一体何やってんのさ。
ここの更新が止まっている間にライブを7本やり、エフェクターもどっさり買った(専らファズばかり。てかファズしかない)。楽しい思いもしたし、色々日々思う事もあった。
なのでこれから巻き返しじゃないけど手帳とにらめっこしつつ可能な限り記憶を呼び戻して更新していこうと思う。


まずは12月23日。JONNYで企画を主催。佐藤さんの○○歳の誕生日という事で(女性の年齢はセンシティブな事柄なので一応伏せておく)、佐藤さんと縁とゆかりのあるバンドばかりが出演。YouKARI CHUNKYビビビビに出演して頂いた。YouKARI CHUNKYのベーシスト ロビン君(ex.JONNY)が関東圏に引っ越すという事でオリジナルバンドではライブをし納め(年末に佐藤さんとパンクバンドのコピーでライブをやったみたい)との事。餞別代わりじゃないけど、貸したら気に入ってくれたTS-9DXをプレゼント。僕だと思って踏んだり眺めたりしてね。そして佐藤さん誕生日おめでとう。
この日は敬愛する某先輩がご結婚なさり、その打ち上げ3次会会場が新栄 杏花村。つまり我々の打ち上げと同会場という事で合流を今か今かと待ち構えていた。何故新郎の名前を伏せたかって?それはつまりこういう事だよ。

続・我が逃走

ああ、綺麗なお尻だ。
この状態の新郎と、相撲をとった。結婚初夜に。

続・我が逃走
結婚に際して新郎新婦に送られた寄書と新郎新婦

僕はこの先輩が大好きで、バンドマンとしても尊敬している。先輩は僕がライブハウスに出るようになる前からずっとライブハウスでベースをガーン!と鳴らしながら絶叫されてきたわけで、そして何が凄いって今尚第一線で闘い続けてらっしゃる事だ。優しい先輩なので何かとお話させて頂く機会が多く、それこそよく遊んで頂いたりするのだけどふとした時に、やっぱりバンドの話になる。二人ともバンドマンだもの、そりゃあそうなる。ある日ふと漏らされた「レーベルもついてないしそれこそ売れてるわけじゃないけど面白い事を続けていかなきゃなってのは絶対に、思う」って発言、どうにも忘れられません。先輩の凄い部分はそれを有言実行されている所で、年齢的にはもうベテランの活動暦をお持ち(少なくとも僕みたいなのは先輩からすれば完全に若輩だと思う)でありながら、初期衝動を大切にどんどん斬新な事をやってのけるところだ。肥大化していくドラマーの人数、そして研ぎ澄まされていく出音、激化していくライブパフォーマンス。僕に影響を与えたのは間違いないわけで、「結婚」なんていう男としての一つの到達点を見せ付けられ僕はつくづく「適わないなあ」だなんて思ったわけだ。


その翌日、12月24日の夜はクリスマスイヴ。余談だけれども、僕と先輩は「新郎とサンタクロース」という事で二人して夜の街に飛び出し、行く先々で色々な人に会いサンタクロースの格好をした僕がプレゼント(お馴染み大丸ラーメンで貰ったコーラ飴。サンタだけに赤と白)を配り、新郎先輩が「おめでとう」を言って貰うというハートウォーミングな企画に夢中になった。

「初夜なのに良いんですか?」
「○○ちゃん(奥さん、である)にはケーキを買った。なんかそれを喜んでくれて、それに『遊んでくる!』って言ったら『じゃあ私は一人残されたわ畜生!みたいな配信をすればいいの?』って言ってたよ」
「!笑」

先輩、今年の僕にとって貴方が何よりのサンタクロースでした。本当に有難うございます。ご結婚おめでとうございます。


12月25日はi GOと明日、照らすのツーマンライブ。大晦日のカウントダウンライブはあるけれども、基本的に大晦日はパーティーなのでこの日でとりあえずはi GOではライブ納め。
i GOでは一年間色々な場所に連れていって頂いたし色々な光景を見せて頂いた。この日茜谷さんとお話していて再確認したのだけど、僕、実にi GOの曲を30曲は憶えたんだね。勿論バンドマンとしてこれが糧にならないわけがなく、僕自身i GOでの活動を通じて大きく成長出来たんじゃないかな、と思う。今後も可能な限りサポートベーシストとして参加していきたい、と思う。
この日は里帰り ゆりちゃんもi GOで鍵盤を弾きコーラスをした。ゆりちゃんとの事実上初セッションである。まさかこの後、意外な形でステージ上で再会するとはまだ思いもしなかった。とりあえず演奏中はベースのヘッドで勢い余って殴っちゃわないように細心の注意を払った。

続・我が逃走
HUCK FINNナベちゃんとi GOでサポートドラムを務めた専務(テレポテ)
ステージ上ではi GOと明日、照らすが一緒にアンコール曲を演奏中。


ちなみに、確かこの日ファズを一台買っている。

機材レビューも改めて鳴らした上で書こうかな。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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