さよなら大丸プロジェクト コンピレーション『今池午前二時』遂に発売!!

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さよなら大丸プロジェクト
コンピレーションアルバム「今池午前二時」
HFR-002
CD2枚組、特典DVD付
¥550


遂に、本日2012年8月29日に発売になった。
まだ行けてないのだけれど名古屋 栄PARCO店では非常に大規模な展開がされているそうだし(近日中に行って記念撮影してきます!)、熊谷MORTAR RECORDではブラックサンダー付で販売しているとの事。
勿論、TOWER RECORD、HMVでも取扱があります。一般的にインディーズバンドのCDを取り扱っているCD店なら取り寄せも可能なのではないでしょうか。

最初にこのコンピの話を聞いた時は胸が躍ったし、第一回会議で詳細を見た際、参加バンド/アーティスト一覧を見た時にはあまりのボリュームに驚いた。完成品はもっとボリュームがあったけど。当初の予定では2枚組になるだなんて想像もしてなかったもの!まさに大丸のコンピに相応しい「出来上がったら量多かった感」。
勿論中にはタイミングが合わなかったり、諸々の事情で参加出来なかったバンドもいる。けれどもその人達とて大丸に対する情熱は何ら変わらない、というのは十二分に理解しているつもりだ。
そんな中で僕は3曲参加している。
ちょっとそれについての解説というか、思い出話を。折角の発売日だしね!


Disc1 M-17 JONNY/ROCK’N’ROLL the girl
思えばJONNYのメンバーとも何度も大丸に行った。ライブの打ち上げ後、泥酔した佐藤さんと篠田君と大丸まで行き、佐藤さんはそのまま寝てしまったり篠田君は突然ズボンを下ろしてお店の前の発泡スチロールにお尻を突っ込んだり(トイレと勘違いしたらしい)。歴代サポートメンバーとも行ったし、野々垣君とも行った。
お店に行く度に大橋さんは佐藤さんの事を「ロックンロールのおねえちゃん」と呼んでいて「今日はロックンロールですか」と声をかけてくれて。今回JONNYとして佐藤さんが書き下ろした曲「ROCK’N’ROLL the girl」はそんな佐藤さんの大丸ラーメン、そして大橋さんに対する敬意と愛情に満ち満ちている。
曲を聴かせて貰う前に「今回は泣ける曲だよ」とか「歌詞に関しては本当に和訳も併せて読んで欲しい」と自信満々に言う佐藤さんに対して僕は「へー」とか「あー」だとかいつも通りの薄ら笑いを浮かべて受け流していたのだけど(勿論良い曲は出してくるとは思っていたけれども)、まさかあそこまで良い曲だなんて。
メンバー共有用のURLから歌詞をダウンロードして読んで、僕は泣いた。
「やばいって多いって」とかギャーギャー言いながら大丸ラーメンを啜っていた佐藤さんは、確かに心の底から大丸ラーメンを愛しているんだなってそんな風に再認識した。
URLを教えたところ、数分後に柴山社長(ONE BY ONE RECORDS)から号泣して電話がかかってきた。率直に
申し上げて、あんなに号泣する30代男性は初めてだった。
それくらい良い曲。
今回はアコースティックver.で収録されています(僕は声とコーラスで参加)。ライブでやっているバンドver.は次のJONNYの音源で、な!


Disc2 M-7 DM-ed SOUL/大丸テレフォンだ!りんりんりん!
今回のコンピ打ち合わせの際に、真面目な顔で話をしていた柴山社長が隣に座っていた僕にボソッと「舟橋、一緒に何かやる?」とふって下さったので即答で「やりましょう!」と答えたら実現したユニット。
実はこの形になるまでには紆余曲折がなくて、やれバンドでやろうって話が流れたりそろそろやらなきゃねって話が流れたりして締切ギリギリに柴山社長から「クロさん達、絶対に俺は何もやらないと思ってるからこそ俺はやりたい!」という熱意ある連絡を頂き、数日後にレコーディングに踏み切った一作。しかし、ラストの追い込み具合は凄かった。空いている日時を連絡してから数日後には何をやるか、どこで録音するか、何を用意すれば良いか全部決まってたものな。柴山社長の大丸ラーメンへの愛情と、大丸ラーメンへ通った日々を象徴するような一曲。
レコーディングエンジニアにTWOFOUR若杉さん、そしてディレクションにONIGAWARAからSHINYAを迎えたこの曲は自身のレーベルであるONE BY ONE RECORDS所属のJONNYのインストゥルメンタルをバックに(「これ許可取ったんですか?」「篠田は"いい"って言ったよ。それに原盤権は俺にあるんだ!!」「…」)柴山社長が僕を大丸に誘う事から始まる大丸トーク。
聴き所は会話内容は勿論、「夏場の大丸のモヤシは臭い」って下りから奇跡のシンクロ率で発生するフィードバック!会話内容も即興、一発録りで会話の流れの編集もしていない中であのシンクロっぷりは正直興奮した。


Disc2 M-10 パイプカツトマミヰズ/RUMAIDA☆RUMAIDA
大丸の奥の冷蔵庫(調味料とか入ってる方ね)、大橋さん側に多くのフライヤーに埋もれて一枚のフライヤーが貼ってあるはずである。
「パイプカツトマミヰズpresents ミッドナイト奉仕活動vol.1」。
不完全密室殺人も出演したこの企画のフライヤーが貼ってあるって事は大丸とパイプカツトマミヰズの付き合いは昨日今日に始まったわけでもなく、吉田君や駒田君と話していても学生時代に結構通っていたそうだ。そりゃそうだよな、嫌いなはずないもんな、彼らが。
大橋さんから「先日名城大学のバンドさんが来られました、何やらバンド名聞いたけれどもワシようわからんもんで。バンド名の意味を聞いたら"おじさんおじさん、僕達のバンドは去勢されたミイラって意味でのバンド名ですよ"言われたです」って話を聞いたのが僕の中での大丸とパイプカツトマミヰズとのリンクの第一歩だったりする。
勿論一緒に行ったりもしたし(ヒズム君は県外から来たバンドのメンバーに「ここのお薦めは炒飯ですよ」とか言ってた)、何だかパイプカツトマミヰズのイメージって大丸にしっくり来ると手前事ながら思っていたりする。
そんなパイプカツトマミヰズの最新音源がこちら、「RUMAIDA☆RUMAIDA」。
シンセサイザーを購入した駒田君がメインリフと曲構成を持ってきて、皆でアレンジをして仕上げた一曲。
コンピ参加がきっかけになって今池HUCK FINNとパイプカツトマミヰズの縁も結ばれたので、この御縁は今後も大切にしたいなと思っている。
余談だけれども今回のレコーディングを担当して下さった加納さん(THE PYRAMID)はこの曲のレコーディング後、ミックスに際して初大丸を遂げたそう。


そして特典DVD。
これには犬丸ラーメン ワンマンライブの4時間半の様子が今池HUCK FINN クロさんの手により20分に凝縮されて収録されている。是非、今池HUCK FINN一同、クロさん、そして我々犬丸ラーメン、大丸ラーメンに大橋さんに恋焦がれてその情熱を燃やし上げた"本気"を楽しんで頂きたいです。
ちなみに、メイキングも入っています。

各バンドのコメントも愛情に満ちていて観ていて清々しいし、大丸ラーメンが食べたくなる。
コンピ収録アーティスト以外の方々も、それこそ名古屋の大先輩から普段ライブではあんなになってるあの人達まで多くの皆さんが出演、大丸への思いを口にされています。僕もちょっと出ているよ!

兎に角、この盛り沢山の内容で550円っていうのは破格。
二人で併せて1100円をレジで出すのも気が利いてるかもしれませんね(笑)
もし「鞄手荷物忘れもんないように」だとか「すいませんでぇす」って切り返す店員さんがいたら是非ご一報を!

マストバイ!
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28歳の夏、コンプレッサー入門の夏。

大学2年生の春にペダルワウを購入して以来ずっとエフェクターが大好きで「こんなに面白いものはない」と色々買い漁ってきたけれどどうしても理解出来ないペダルがあった。
コンプレッサー、である。
「大きな音を圧縮する」という役割はわかるのだけど、だからどうしたってなもんだったしレコーディングやライブできっと自分も知らない内にお世話になってたりするのだろうけれども興味がない故に「ま、人に任せておけばいっか」と思ってたし実際周りの同業者やエンジニアさんから「君には必要ないかな」と言われていた。どうしてもコンプが必要だって場面にも出くわさなかったし。
あと精神衛生的に「大きな音を圧縮して音の粒を揃える」っていうのが何だか自分の腕前を誤魔化しているようで(使っている人の批判ではないです。そもそも批判する程理解出来ていないので笑)何だか漠然と毛嫌いしていたっていうのがある。

そんなわけでコンプとは無縁だった僕なのだけれども、定期的に挑戦してみよう、試してみようという意欲だけはあってMXR DYNA COMPとBOSS CS-2は所有していた。前者は縁あって中古で非常に安く手に入ったし、後者はMars Voltaのサポートベーシスト Juan Alderete氏が「僕にとって一番重要なエフェクターだよ!」と発言しているのを目にしたからである。流石ミーハー。
で、どちらも繋いではみるものの結局「わっからんなあ」となり、効果のわからないものを試すくらいならもっと派手な効果の歪み系ペダルやオクターバーとかフィルターとか試すよ、ってなってしまい、結局今日に至るまでコンプレッサーを実戦導入した事はついぞなかった次第。

そんな所謂「コンプ音痴」な僕に転機がやってきたのがつい先日。
全てはこの動画を見た事により始まった。
僕がCS-2を購入するきっかけになったJuan Alderete氏は多くのペダルを効果的に使う事でも有名だけれども、そんな氏が全世界のベーシストのためにエフェクト・ペダルの効果的な使い方やお薦めのペダルの情報を発信するサイト「PEDALS AND EFFECTS」にて「My Number One Pedal」として実際にどのようにCS-2を使っているか解説動画をアップロードしたのである。
そこにはCS-2をオンにする事でハーモニクスやスクラッチノイズを実音と遜色ないレベル(音量的な意味に於いて)で出力する氏の姿があった。成程、コンプってこう使うのか!

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で、早速試してみたところ、良いじゃんCS-2。
ATTACKは全開、SUSTAINは聴感上違和感がない程度にセッティングしてオフ時と音量差がないようにLEVELを設定、ハーモニクスやゴーストノートを出してみると、おお、オフ時と比べて如実に音量が上がってる!
コンプレッサーってこういう使い方するのね…大きな音を圧縮して小さくするのではなく、大きな音を圧縮して小さな音と音量を揃えた上で全体の音量を上げて、結果的に小さな音を大きくするっていう使い方なのね、この場合。そりゃあスラップする人はオンにすると気持ち良いだろうなあ。
で、CS-2ってオンにすると何かドライブ感っていうかグンッて感じがあってそこがまた気持ち良い。
これならハーモニクスやナットとペグ間の弦をピッキングして「パキーン」って音出したい時とかノイズを出したい時とか重宝するだろう。勿論かけっぱなしでも問題ないだろうけれど。

コンプレッサーに対する苦手意識っていうのが少し解消された気がする、そんなきっかけになってくれた一台。

バンドへの嫉妬って今はそのまま栄養になるんじゃないかって思った話。

昨日は仕事を早く切り上げて新栄CLUB ROCK'N'ROLLへ。
レコ発で来名したGRIKOは隙のない演奏。客席最後方、PAブースの前で観ていたのだけど曲をやる毎にフロアの熱量もあがっていくのを目の当たりにした。数日前に憂鬱で憂鬱で仕方がないって感じだった友人も右の方で満面の笑みでピョンピョン飛び跳ねてる。凄く良いライブだった。演奏も、出音も完璧。
終わった後に思わず隣にいたnothingman 今井さんと「いいっすね」「…いいね」「…強いなあ」「格好良いね」。
強いバンドって観ていて悔しくなるし、これはもう完全にバンドマンとして悔しい感想になっちゃうのだけど、痛烈にライブがしたくなった。今日この日、ぶつかりたかったと一個人として純粋に思った。
オーバーテイクは鍵盤のサポートメンバーが増えていて一気に広がっていた。ライブ終盤、最後の曲を始める前に小松君が口にした言葉に胸が熱くなり、思わず拍手喝采。格好良過ぎるだろ、小松君。

この日の大トリは遂にその姿を現したi GO & THE NOW POND DESTINATIONS
i GOのメンバーを含む7人編成の大所帯「新バンド」である。実は結成最初期、i GO非常勤からの流れでそのままスタジオ練習でこの新バンドの曲をあわせたりしていたのだけれども最終的にベーシストは野村先生(ex.レッサーホース)となり、そしてそれは結果的にバンド的にとても良かったと思ったよ!
あんな難しいの、弾けないもの(笑)。それに野村先生の歌心ってのを受けてのベースライン、良かったものなあ。音色もいつもの野村先生の「オラオラ」感はなくて大所帯のバンドの中でのベースっていうのを意識してらっしゃるように感じた。
少しは知ってる曲達、それに茜谷さんからもちょくちょくお話は伺っていた新バンド、しかしほとんど未知のバンドって事でワクワクしながらライブを拝見したのだけれども、いや、何が凄いってi GOが全員いて(恐らくは)茜谷さんが作詞作曲、つまり同じソングライターが曲を書いてるっていうのにi GOとは明確に違うバンドっていうのが凄いなあって思った。何ていうんだろう、新しい事を思いつきでやってっていうのではなくて茜谷さんが新バンドを立ち上げてまでやりたかった事っていうのが凄く実に迫る、というか。あのバンドでしか出来なかった音楽っていうのに7人で向かっていってる感が凄かった。i GO+αってなっておらず、明確に「新バンド」。
実に有機的で、音楽的だった。

良い刺激を貰ってそのまま帰宅、のはずがご飯だけのつもりで立ち寄った杏花村に結構長居してしまったな…。
良いライブを観たので満足な一日でした。

ほんと、ただの日記だよ

24日は友人と日間賀島まで遊びに行ってきた。
愛知県知多郡南知多町に位置する日間賀島は人口3000人、周囲5.5kmとさほど大きな島ではない。自転車で一周するのに1時間かからないくらいである。
タコとフグが名産でそれ目当てに訪れる観光客も少なくない、観光名所である。

日間賀島への渡航は海上タクシーか高速船を使う。今回は河和から高速船に乗って島へ向かった。
20分程で島に着き、まだ食事処も開いていないのでレンタルサイクルで島を一周。途中神社を参拝していると、神社の関係者の方だろう、麦藁帽子を被ったおじさんが「写真を撮ってやろうか」と声をかけてきた。
お願いすると「ちょっとこっち来い」。本土なら緊張感が走る一言ではあれど、おじさんの風貌や島の穏やかな雰囲気から何も不安に思う事もなくトコトコついていく。神社の裏手の小屋の扉を開けるとそこには神輿が。
「どうだよ、すげえだろう」
おじさん、嬉しそうだ。そのまま神社近辺を案内して貰う。

「いやーおとうさん、良い島ですねー」
「あー、そうか?島の人間はそうも思わねえぞ」
「いやいやいや、凄く良いですよ。おとうさんも親切だし」

こっちが三重であっちが豊橋方面で、と島の高台から位置関係を教えてくれるおじさんの様子からは先程の発言とは真逆の、島の生活を愛している様子が伝わってきた。

「いや、色々教えて下さって有難うございます。…ところで神主さんか、神社の関係の方ですよね?」
「ああ?何でそうなるんだよ。全然関係ねえよ」
「え!」

おじさん、神社の中をふらふらしたり神社の敷地内の建物の扉を勝手に開けたりしてたけど、どうやた神社とは何の関係もないそうだ。…。
愉快なおじさんと手を振って別れて、さて、これを食べに行ったんですよ、これを。

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タコの丸茹で、である。レンタルサイクルのお店のおじさんご推薦、さっきの麦藁帽子のおじさんの親戚の方が経営されてらっしゃるという「乙姫」さんでタコの丸茹で(時価。2000円より)としらすご飯を頂く。
この丸茹でがね、適度な塩味とタコの旨味で調味料も何もつけずとも美味しいの!ハサミでちょきちょき小さく切ってタコを頬張る快感!
しらすご飯も丁度良い塩味が効いており滅茶苦茶に旨かった。
あー日間賀島は良い所だなあ、と満喫。

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ちなみにマンホールもタコのデザイン。
「多幸(タコ)と福(フグ)の島」とはうまくいったものだなあ!

南知多ビーチランドでアシカとイルカショーに興奮し、名古屋モドリ。ラーメンを食べて帰宅すると昌吾さん(i GO)から「茜谷さんや皆と飲んでるからおいでよー」と連絡を頂き、一日の疲れを一休みして癒して今池へ。
寿司屋で寿司を肴にビールを飲んで(普段は飲み慣れないビールだけど、この夜は結構飲めた。HUCK FINN クロさんの薦めるままにはしゃいで飲んじゃったっていうのもあるのだろうけれど。先輩方、ご馳走様でした)良い気分で帰宅。

気づけばこの日はここ最近で一番海産物を胃袋に叩き込んだ一日となった。
満足満足。

「刺激」について。

何かを表現してそれを発表する人間が時折使う表現に「インプット」というのがある。
楽器を弾く人間が「インプット」と口にする際、半分くらいは楽器(というか機器)用語としてのそれを指し示しているとは思うのだが、今日僕が書くのはそれとは違う方の「インプット」についてだ。

「インプット」。
刺激、と言って良いと思う。
僕の最も身近な表現活動に身を置く人間としてバンドマンという業種が存在するのだけれども(僕も僭越ながらその業種に身を置いている、と自認している)、彼らは時に言う。
「最近インプットがなかったので~」
「良いインプットを受けての活動っていうのは~」
要するに素敵な本や映画やそれこそ音楽に刺激を受けて、彼ら自身も自身のクリエイティビティを発揮する事があったりなかったりするというそういう事だ。当たり前だ、バンドマンだって人間だ。
でも愚かな僕は一時期それを公言するのも憚られた時期があった。音楽から受けた刺激を音楽で表現するっていうのはともすれば「パクッた」っていう勘違いを何なら自分自身にさえ与えてしまう可能性がある(今はパクる、っていうのにも考え方は変化してきた。そりゃそうだよ、生きてんだもん)。だからこそ僕はそれを公言する事に抵抗を示したし、自分自身がそういう音楽製作の中で流れ作業を行うベルトコンベアーの中の一機械のような役割しか果たさない(何かに刺激を受けて、それをきっかけにアウトプットするっていうのはそういう事だ、とさえ思っていたのだからね!笑ってくれて結構)のは真っ平御免だ、とそう思っていた。
僕自身の僕の中から出てくる何かではないと、それは僕の想像力とは言えないのではないかと真剣に考えていた時期があったのだ。

この論理を突き詰めるのであれば日本語を、ベースギターを、市販されている楽器を使って既存の場所で演奏する事自体が既にクリエイティブではないはずなのだが今よりももっと若かった僕はそれにさえ気づかなかった。
今は素直に「キング・クリムゾンの激しい奴が大好きでああいう風になりたいと4日に一度は思う」とか「54-71を聴いた直後に気分が高揚したままベースギターを弾いて、触発されたリフをバンドの練習に持って行った事がある」とか「あの曲のあのフレーズにファズがかかっているのはThe Beatlesの"Think fo yourself"がやりたかったからだ」とかそんな風に、はっきりと言える。これも一つの音楽の楽しみ方だし、刺激を受けてそれを形にして出すまでの間に人という要素が入っていれば、それはその人の表現であるという事に気付いたからだ。
誰もがポール・マッカートニーのベースを弾いて自分もベースにファズをかけてやろうと思うわけではない。方法論に限定して、極端な話を持ち出した場合、ではあるが。
要するに一番乱暴な話としてはそういう話。

で、「インプット」。
僕は色々な本や映画や音楽から刺激を受けてそれらを「インプット」としているけれども、最近は「人」がインプットである。
「僕は周りの素敵な人間達に支えられてバンド活動を続けて、彼らから刺激を受けて音楽をクリエイトしています」とかそういう属性の発言ではない、これは。純粋に彼らが刺激、であるという事である。
友人に対する感情や友情はひとまず置いておいて、彼らが成す事、彼らの行動、彼らの発言に対して自分がどう感じるか。そして感じた内容について深く吟味する。それはそれは深く吟味する。愉快だろうが不快だろうが、とりあえず自分がそれについてどう感じてどう考えたか、それを突き詰めてみる。
こういう作業を日頃からやっている。
その結果が僕の思想や信念や感性の叩き台になっているかはわからないけれど、でも僕を構成しているのは間違いがないだろう。勿論、感情がないわけではない。自分の感情に向き合うのも、同時にか或いは吟味する前にやっていたりする。

結局、一番面白いのは自分を含めた人間だったりするんじゃあないのかな。
面白い人間に出会うと僕は本当に興奮する。あの興奮っていうのは新しい楽器を始めた時のそれと似ているのかもしれない。
バンドをやっていると面白い人と出会う機会が多い。で、それを刺激にまた活動を続けるっていう良いサイクルに気づくためにも、自分にとっての一番の「インプット」に気がつけて良かったなあと思う。

大丸ラーメン、閉店延期の報を聞いて。

現在午前6時過ぎ。今池は大丸ラーメンから帰宅して、そのままの勢いでPCのキーボードを叩いています。
今の自分の気持ち、そして先程深夜の今池で過ごしたかけがえのない時間は是非とも記録しておきたい。その一心です。

昨日の夕方頃「今夜は大丸に行こう」、そう決めた。月曜の夜だし、最近続いている目の当たりにするだけで心折れる行列も月曜の夜ならば或いは少しは短いかもしれない。閉店が決まってからの同好の皆さんの大丸ラーメンに賭ける情熱は素晴らしく、連日長蛇の列が続いており店の前まで赴くも行列を眺めて満足、そのまま帰宅するか松屋さんで定食を食べる、という事が続いていた自分にとっては少しでも入店の可能性を高めておきたかったのだ。

で、ご近所さんである友人を誘って三時半頃自宅を出発、大丸ラーメンへ向かった。
twitterのタイムラインをチェックしていたのでわかっていた事だけれども、店の前まで来た僕が見たのは10数名の行列と、その中の見知った顔、顔、顔。大好きな店の前で友人達に会うというのはまた格別な気分である。
列の最後尾は今池HUCK FINN クロさんと下平さん。最近特に大丸ラーメンに対する情熱を燃やす機会をご一緒させて頂く事の多いお二人の後ろ、というのも胸躍るスパイスの一つである。

で、待つ事1時間半と少し。
涙腺が開くのを感じながら、入店。
今宵の大橋店長はエプロン脱着の肌着スタイル。お久しぶりの対面にまた涙腺が開く。嗚呼、僕は本当にただただ貴方に会いたくて、貴方の作る一杯が食べたくて幾つもの夜をここで過ごしてきたのです。今夜、貴方に会えて本当に良かった。もうお会い出来ないまま閉店のその日を迎えるかと半ば覚悟していただけに感慨もひとしおである。
久しぶりの店内を眺めて、先日僕達が燃やし上げた大丸ラーメンへの情熱は確かに間違っていなかった、何であるにしても一つの形として結実したものだったと再認識。
50年に亘って丼が置かれ塗装が剥げたカウンターも、様々な匂いが染み込んだ店内も、そしてカウンターの向こうにいらっしゃる大橋隆雄さんその人も、今夜は全てが輝いて見えた。

数日前からtwitter上で愛好家達を騒がせているツイートがあった。その内容を要約すると、即ち「大丸ラーメン、閉店延期」。
正直、最初に見た時は疑ってかかっていた。むしろ半ば誤情報であると断じていた。そんな奇跡のような、そんな期待を煽るような、そして誤りであった場合大いに失望させられるようなそんな素敵な事が起こるはずがない。信じてたまるか。裏切られてたまるか。
果たして、僕は間違っていた。

「大橋さん大橋さん、閉店延期って本当ですか」
「はい大家さんがまだやっていいって仰られるもんですから」
「え!閉店が伸びるって事ですか」
「大家さんが一ヶ月(ビルの取り壊しを)延ばしてくだぁさったもんで。まだ一ヶ月やれるです」
「!!!!!!!!!!!!!」

その瞬間、頭の中が真っ白になる。その後、言葉を変えて確認するも、どうやら本当に大丸ラーメンの閉店は先延ばしになったそうだ。ビルの取り壊しも延期になったとの事。いつ閉店するかは大家さん次第という事だ。
万歳!!!!!!!

その後供された一杯は、麺の茹で具合、野菜の湯通し具合、肉の味の濃さ、量、スープの味わい深さといい極めて上質でありながらスタンダード、何ならこの一杯が食い納めでも良いと思える程美味かった。
そして紛れもなく、希望の味がした。

大丸ラーメンの閉店は延期されたのだ。
何度かはあの愛情に溢れた一杯を食らう機会が増えた事となる。
今池の夜はまだまだ終わらない。

デカいステージでストイック気味にベースを弾いた話。

18、19日と名古屋は栄を中心に行われた広小路祭のメインステージで例年のようにステージスタッフとして働いてきた。
今年で何度目だろう、ここ数年は毎年参加しており、これがなきゃ夏が終わった気がしないとまで感じるようになってきた。「何でも貸します」のCMで有名な近藤産興(余談だが、あのCMのコーラスパートは知人が歌っているそうだ)が大掛かりなステージを組み上げ、音響会社から音響スタッフとステージスタッフが何名も派遣され、そしてステージの進行と転換作業は我々が行う、というまさしく共同戦線。
二日目の司会は福井からこのためだけにやってきた山田君(不完全密室殺人)である。
バンド演奏、消防音楽隊の演奏、ダンスユニットの出演etc.と多くの出し物がメインステージで催される中、テンション高いままやりきるあの男は、やっぱりちょっと普通とは違ったスイッチを持っていると再認識出来た。

初日は突然の大雨と落雷でステージ進行が一時中断になるものの、二日目は幸い天気にも恵まれ滞りなく進行する事が出来た。朝早くからの現場入りではあったけれど、終わる頃には「ああ、今年も夏が終わるな...」と感慨深くなるのも例年通り。
しかし例年と違う点があった。今年は演奏も沢山、した。

前述したように様々な出し物が催される中、勤務先に設置されている音楽学校の生徒さん、特に専ら小学校中学年まで(中には中学生もいらっしゃったが)の所謂「キッズ」達の演奏コーナーがありそこで演奏する事になっていたのである。オルガンやキーボード、ドラム等を彼らが担当する際に演奏人員が足りない場合は講師の先生方がギターやドラムで参加されていたのだけれども、僕はベース要員。
セサミストリートのメインテーマから最近のバンド物まで実に二日間で7曲を演奏した。
コード譜や、バンド物ならバンドスコアと各曲の音源は頂いていたのだけど、譜面を見ながらの演奏っていうのは僕みたいな人間には経験があまり、ない。
完全に元のベースラインを暗譜して弾くというのは時間的にも難しく、そして生徒さんメインの演奏であるからして彼らの演奏にあわせやすいようにコード進行を自分なりに紙に書き起こして用意していったのだけど、勿論事前に準備はしていた。
本番数日前から毎晩その準備に従事していたのだけど、この体験は僕自身の良い経験にもなったと思う。
普段演奏しているバンドマンだけでなく、所謂こういうきっちりした自分のテンションや表現欲求よりも本当の意味での「サポート」に徹する演奏(今回はいつも使っている自分のベースを使ったものの、サンズアンプさえ繋がずに演奏した)というのを今経験出来たのは大きいのではないか、と感じた。

家を出がけに朝食をとっていた両親に「僕もベースを弾くから観においでよ」と軽い気持ちで声をかけたら本当に父親が観に来てくれた。父は愛用のデジタル一眼レフで動画も静止画もばっちり撮影しており(まだ確認していないのだけど、公開出来そうなら後日写真をこのエントリーに添付してみようと思う)、勿論父は撮影自体が好きというのもあるのだろうけれども、改めて両親からの息子に対する感情を肌で感じ、照れ臭いながらも嬉しかった。
演奏後の一幕。

僕「父さん今日は有難う!」
父「いやいや」
僕「どうだった?」
父「あれだな、お前、テンポの早い曲だとリズム、つっこむな」
僕「...。」

父はポール。マッカートニーがご贔屓。どうやらベース演奏にもシビアなようである。

『ヒットラー Hitler The Rise Of Evil』『ダークナイト ライジング』

ここ最近映画を二つ観たので感想をザックリとまとめておく。

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『ヒットラー Hitler The Rise Of Evil』
アドルフ・ヒットラー少年が青年となり、一兵士となり労働者党のプロガパンダとなり、そして独裁者として権力を獲得するまでを描く米国のTV映画。2部構成で一部はヒットラーが投獄されるまで、そして2部からはナチス党が議会で議席を増やして権力を獲得、エルンスト・レームら突撃隊等に対して行った内部粛清「長いナイフの夜」事件までを描く。
『トレインスポッティング』『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』『28週後…』に出演していたロバート・カーライルがアドルフ・ヒットラーを演じる。
このカーライル=ヒットラーが物凄い迫力。現在に生き、ナチスが行った非道行為を知っている我が身でさえ演説シーンの迫力に気圧された。勿論ドイツ語ではなく英語で演説してるのだけど。
カーライル氏、ヒットラーを演じるにあたって独裁者の身振り手振りを記録映像等で研究し尽くしたらしく(腕の振り方から首の角度まで!)、まるでヒットラーそのもののよう。
ただ史実と比べると本作でのヒットラーの描かれ方はエキセントリック過ぎるらしく、予備知識抜きで視聴した僕でさえ「こんな変態じゃないだろ」とは思った。
独裁者として悪名高き男の、それ以前を描いた映画を観る事で何か感慨が湧くかと思ったけれども、本作での彼の描かれ方がはなっから感情移入出来ないというか「どうしてそこまでユダヤ人を憎むのさ」とツッコミを入れたくなるくらい、例えて言えば過激な右翼活動家を見てるようなそんな感覚を抱いた。
わかりやすく、恐らくは当時の時代背景等結構ザックリと端折って描いてはあるけれども、一人の男が如何にして支持を集め、独裁者にのし上がっていくかを描いた作品としてはわかりやすい。
この表現が適切かはわからないけれど、映画としては面白かった。


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『ダークナイト ライジング』
クリストファー・ノーラン版バットマン3部作、最終作。
前作の『ダークナイト』がもう目が覚めるくらいに良作、非常に印象深い作品だっただけに今回も期待していたのだけど、一言で言うなら「前作のが良かった」。
映画の内容が全く違う作品だけに比べるのは違うのかもしれないけれど、それでも同じ監督が作る続編となると期待するのがファンというもの。駄作、では決してないのだろうけれど前作と比べればそう言いたくもなるくらいの作品では、ある。
前作でヒース・レジャー=ジョーカーが神がかった存在感を示していただけに今作のヴィランであるベインにも期待していたのだが(僕はヴィラン好き)、これがもうとんだ期待外れ!襟元に手をかける癖のあるだけの変なマスク被った巨漢、なのである。ジョーカーの混沌としていながら知性を感じられる芸風(と言っていいのか)をあれだけ強烈にスクリーンに叩きつけた後のあのベインじゃ、何ともスケールダウンした印象を受ける。
知性も、凶悪さも、カリスマ性もあまり感じられなかったものなあ。退場の仕方も適当過ぎやしないか。
シリーズ皆勤賞おめでとう!のスケアクロウ(キリアン・マーフィー)が観れたのは嬉しかったけれど。
ってかこの作品が2作目で3作目が『ダークナイト』だったら随分と印象が違ったのだろうな…。
それとアメリカ人って本当に核爆弾に対してあれで済むって印象しかないのだろうか。何だかただの「強力な爆弾」みたいにしか描かれてなかったような気がするぞ。

パイプカツトマミヰズで今池HUCK FINNにて行われた大丸イベントに出演した話。

13日、14日と仕事が休みだったので自宅に引き籠って寝たおしたり週末に控えているちょっとした演奏のための準備に従事したり、お寿司を食べに行ったり映画を(一人で)観に行ったりしていた。
というわけで今日からブログも再開。早速12日のライブの事を書こうと思う。

12日は今池HUCK FINNにて行われたさよなら大丸プロジェクト「今池午前二時」イベントにパイプカツトマミヰズで出演。
この日はHUCK FINNプレゼンツという事で我々もHUCK FINNはみちゃんに声をかけて貰って出演する事が出来た。実はパイプカツトマミヰズはHUCK FINN初出演だったそう。3年前に吉田君が音源をお渡ししてから現在に至るまでなかなかタイミングがあわず、念願叶っての出演となった。改めて、今後とも末永く宜しくお願いします。

午前中から起き出して今池の練習スタジオにて1時間練習。この日のセットリストを通して軽く確認、のつもりが吉田君が寝坊。どう考えても予約している時間中には間に合わないので残りの4人で演奏した。
スタジオ後、吉田君に電話。

「入り時間まであと30分だけど間に合う?」
『もう家出たから大丈夫だよ。すいません』
「ちなみに今どこ?」
『今塩釜g…八事です』
「八事?…って事は塩釜口(吉田家最寄りの駅)だなこの野郎」
『塩釜口ですごめんなさい』
「すぐにバレる嘘をつくんじゃない!この野郎!兎に角入り時間には遅刻しないようにね!あと土下座しながら登場しろよこの野郎!」

本当に、土下座しながら登場したから思わず笑ってしまった。
パイプカツトマミヰズは今池HUCK FINNでの演奏は初めて、と先程も書いたけれどなんだかんだ伊藤、各務のボランティアメンバーは演奏経験あるし僕に至ってはi GO非常勤参加でワンマンをやったり何度も出演している。だからこそ、この日を待ち望んでいた。だってHUCK FINNの音とパイプカツトマミヰズの音は抜群に相性良いに決まっているもの!リハーサルも何の注文もなく、本当に確認程度。流石です今池HUCK FINN。

餃子の王将に皆で行ったり散開して各々過ごして、イベント開始。
共演の皆様も大丸に対する愛情や敬意を率直にステージの上から発信される。
思いは、一つだ。
それに対して我々はヒズム君以外(彼歌ったりするからね)全員でマスクにタオル装着、大橋さんコスプレで演奏に挑んだ。一曲目を終える頃にはマスクもタオルも吹き飛んでしまった各務、伊藤両ボランティアメンバーを見ながら、全身完全装備(足下のビニール袋含む)で挑んだ僕は最後の最後まで何も外れず。(年期が違うんだよ年期が)と思ったとか思わなかったとか。

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いやー、楽しかったなあ!

予想外のダブルアンコール(そもそも初出演で出番がトリ、って完全に僕の狂信的な大丸への愛情を買って頂いた結果ですよね。有難うございます)まで頂いて、最後の方はマスクも汗を吸い過ぎて通気性がなくなって(悪くなって、じゃないぞ)いた。息を吸う度にマスクが口の中に吸い込まれてきて呼吸どころじゃあない。しょうがないので少しの隙を狙ってマスクをつまんで息を吸い、可能な限り息を止めて演奏した。
演奏中は何度も心が折れそうになったものの、その度に大橋さんの事を考えた。
男にはやらねばならない夜があって、あの夜はそんな夜だったのだと思っている。アンコールを頂いて、ステージにあがって大橋さんの物真似で「できませんから!できませんから!」とやった瞬間、あの瞬間でさえ僕は攻めるつもり満々だったんだぜ。

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犬丸ラーメンの活動を通じて少しずつ完成させてきた大橋さんのコスプレも、今回で着納めである。あのシャツに袖を通す事はあるだろうけれど、アームバンドとタオルとマスク、エプロンをセットに着る事は二度とないだろう。靴を履いた足にビニール袋を巻きつける事も、エプロンの上からベストを着る事も、きっともう、ない。指サックをする事もそうそうないんじゃないのかな。
あの恰好をする事でスイッチを入れてきたし、大橋さんになりきるには必要不可欠なアイテム群だった。
今後は思い出のアイテムとして懐かしんでいこうっと。

演奏を終えて、お客さんが少しずつ帰り出したHUCK FINNの楽屋で色が完全に変色したシャツを脱ぎ棄てながら、ふと思った。
大丸ラーメンは、大橋さんは今日もこうやって今池HUCK FINNとパイプカツトマミヰズの関係を取り持ってくれた。勿論、メンバーは僕が加入する以前にHUCK FINN下平さんに音源をお渡したりしていたようだし、HUCK FINNも何度も声をかけて下さってたそう。それを踏まえて、ではあるのだけども、それでもこういう夜を共にするっていうのはバンドとライブハウスの関係と考えても意味がなかったとは思いたくはない。
居酒屋もりちゃん出演犬丸ワンマン、そしてこの夜と「今池午前二時」に関わる事で僕個人のHUCK FINNへの感情移入も物凄く深まった。大好きな場所、大好きな人達が増えていくっていうのはなかなかない事だけれど、滅多にないそれが在るとバンドマンとしても臍の辺りにグッと力が入る気持ちだ。今池HUCK FINNに抱いていた感情に、深化した愛情が加わったと思っている。
明け方5時にクロさん達と乾杯、行列に並ぶのを断念、食い逃した大丸の代わりに大量の肉と白米を松屋でぶち込まれた胃袋にビールを流し込んだのも素敵な思い出だ。

またしても、繋いでくれるのか。またしても、深めてくれるのか。
大丸ラーメン。
つくづく、偉大なラーメン屋である。


追記:これを書くのを忘れてはいけない。
この日のMVPは間違いなく駒田君!

穴の中で踊り続けた。

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龍宮ナイト わかめさんとはバンドを通じても個人的にも良くして貰っていて、問答無用に信頼して一緒に面白い事に臨める(わかめさんが声をかけてくれる事ばかりで申し訳ないけれど)、そう多くはない人間の一人である。
最近は打ち合わせと称して二人で夜の今池に飲みに行って、全体の時間の3分の2程を世間話や近況報告、あーでもないこーでもないとイベントやバンドとはほとんど関係ない事ばかりを話せるすっかり「お友達」である。
こう書くとわかめさんの「えっ!友達って言っていいんすかぁ笑」っていうのが聞こえてきそうだけどね。
そんなわかめさんが誇りと情熱を以て続けてこられた/続けていかれるイベント「龍宮ナイト」にパイプカツトマミヰズで出演。お祭会場となった鶴舞k.D ハポンで大いに楽しんできた。

この日の共演はワニのいる生活灰緑PANIC SMILE
最初から最後までハポンの2階席から観覧、どのバンドも大いに楽しんだ。灰緑は活動休止前最後の名古屋という事で、友人宅にて「こんなバンドがいるんだよ」と教えられて以来ずっと観たかった(共演したかった、が本音)ので願ったり叶ったりの機会。わかめさんから連絡を頂いてPANIC SMILEだけでも興奮したのに灰緑の名前でとどめを刺され、そしてワニのいる生活という二人組への期待でワクワクしながらこの日を待ち望んでいた。
基本的にどのライブも僕は楽しい。耳慣れない音楽に触れるっていうのは何であれば好みドンピシャな音楽に触れるのと同じくらいに楽しい事だと僕は思うし、それで素敵なバンドに出会えた時なんかは「これだから音楽は面白い!」だなんて自分の人生の先々への期待さえ煽られてしまう。
それでもこの日の共演者は「俺、楽しくないわけないだろうな」感が凄くて本当に楽しみにしていた。
当然、演奏にも気合いが入る。演奏って当日までに自分の中で練り上げたものが顕在化するものでもあると思っているので日々、この日に向けてテンションを高めていった。

「ワニのいる生活」って可愛いけど、よく考えたらワニって強いよな、ってライブを観終わった後に思い返し、一人腑に落ちた。そういう演奏をされていた。ポップで楽しげで、それでいて挑戦的で力強い演奏。
灰緑は本気っぷり、全力っぷりに「かくありたい」と思い、バンドの演奏に一時も目を離さずに集中して楽しんでいるとあんなに30分が短くなるんだ、と思った。
PANIC SMILEはNOBIROCKで拝見した時も勿論ガッツンガツンしてたんだけど昨日のハポンはドスの利いた演奏で、時に拍子とかわからなくなるのだけど(僕は変拍子音痴かもしれない)それでも人をずっと躍らせる事の凄味を見た。
そんな素晴らしい共演者達の演奏を拝見した後、果たしてパイプカツトマミヰズはどうだったか。

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「水中戦で、俺に勝てると思うなよ」
はい、この日の衣装。ドンキホーテ中川山王店に深夜マウンテンバイクを走らせて、100円ショップの店員さんに「あの展示してある現品でいいから売って下さい」とお願いして買った浮き輪に、悩んだ挙句レディースサイズにしたシュノーケル、そして自宅にあったadidasの海水パンツ。
やっぱりね、四季折々の演奏をお見せしたいな、と思いまして。浮き輪をつけながら演奏するためにボディ前面にアウトプットジャックを移動してあるSBV2号機を使うという徹底っぷり。
しかしシュノーケルは2曲目の演奏中に曇ってしまい、何も見えなくなったので外してしまった。浮き輪もやっぱりね、邪魔ではあるのだよね。途中で外した。ただの海水パンツ一丁の男じゃん!
この辺りの徹底っぷりは自分まだまだ甘いなと思った。

演奏は評判は良かったものの、自分達ではギリギリ感は感じたので鍛錬が必要ですね。晩夏から秋口にかけてパイプカツトマミヰズ、今までと比べて少しだけ忙しくなる予定なので(つまりライブが増える)実戦を繰り返しながらバンドとして成長していきたいなあ。

打ち上げは思わぬハプニングもあったもののワニのいる生活 西岡君の素晴らしい食いっぷり(いるでしょう、ああこの人旨そうに白米食うなって人が。西岡君がそうでした)に感化されて白米を食らったり、虫歯治療中の歯にコーラが染みたり、と楽しく過ごした。PANIC SMILE先輩は凄く優しかった。こればっかり言ってる気がするけど、かくありたい。
京都から友人おのまん君(京都VOXhall/太平洋不知火楽団スタッフ)が来ていたので大丸を一緒に、と行ってみたものの40人近く並んでいたので断念。帰宅してサラダスパを食べた。

わかめさん、本当に有難うございました!
来月も(ソロですけど)宜しくお願いします!

14歳との接近

次の3月で僕は29歳になる。
29歳!思えば自分が29歳になるだなんて昔は全く想像もつなかった。
自分の人生の尺というのを意識したのは20歳そこそこの頃で、当時は自意識を持て余すばかり鬱屈していて「自分の人生は20年そこそこで余りにも多くの悲痛な出来事が起きたのだから、男子の寿命を70年として残りの50年、一体どれだけ陰惨な人生になってしまうのか」と頭を悩ませたものだ。
けれども毎週カウンセリングに通い、自傷行為に耽った当時の僕はそれでも「自意識をこじらせていた」だけだったように思える。僕の陰鬱さっていうのは今思えば自分自身でそれを楽しんでいた節さえあるのだから。思うに、少しずつ周囲に適合していくのに「思春期をこじらせてしまった」舟橋少年に病に臥した"ふり"は必要だったんだろうなあと考える。情けないし、とても美化は出来ないし、そこに一定以上の価値なんて露程にもないけれどもまあそれも青春の思い出。
話が随分と逸れたけれども、そんな20歳の僕からすると29歳の僕なんていうの微塵も想像しなかった。
28歳の僕は毎日健やか過ぎるくらい健やかで、頭の中はどうやって面白い事をやってやろうかという目論見で一杯で、バンド活動もそれを生業に出来る程商業的ではないものの人の前で何かをやる人間としては極めて健やかで負荷がなく、そして何より自分自身を含めて様々な環境の可能性に興奮が醒めやらない。
不安な事と言えば慢性的に貧乏である事と肉体の老化という"負の可能性"だけで(僕でもやっぱり頭髪が薄くなったり落ちる事のない贅肉がつくのは恐ろしい)、些末なストレスはあれどもそれでも未だに心の底から「人生って素晴らしい!」だなんて思って毎日生きている。
さて、何故こんな年齢や若い頃の自分を意識したかというと、ちょっと若い方とお話する機会があったからだ。

義姉から「友人の息子さんが困っているから相談にのってやって欲しい」と話を持ちかけられたのは今からひと月程前だろうか。何でもその息子さん、中学校3年生だそうなのだが学校に提出する研究で「音楽業界で働く人間」についてまとめようとしているそうで「「音楽プロデューサーに知り合いがいたら是非紹介して欲しい」との事だった。残念ながらまだそういう業種の方とは知り合った事はないので(そういう気質の人間はいるけどね)その旨を伝え「ただ、幸いにもレーベルを運営する人間やライブハウス経営者、その他の様々な音楽に携わる方達なら知り合いにいるのでそれも伝えて頂きたい」と義姉に返答した。
結果的に僕の在籍するJONNYが所属するバンド、ONE BY ONE RECORDSの柴山社長をその中学3年生の息子さんに紹介する事になり、取材の段取りも決まり、昨日は少し早起きをして柴山社長宅へお邪魔してきた。

当日の天候の関係(兎に角、暑かった)で、自転車移動から公共交通機関へと移動手段を変更した結果大幅な遅刻をしてしまい柴山社長宅へ到着すると、A君という中学3年生の義姉の友人の息子さんは制服をキチンと着込んでテーブルを挟んで柴山社長と差し向いで座っていた。部活動でだろうか、こんがり日焼けした肌に清潔感を感じさせる切り込まれた頭髪、利発そうな眼差しに落ち着いた物腰。成程、真面目そうな少年である。
「では、そのようにしてイベント等を主催されてきたわけですね」
挨拶もそこそこに取材を続行するように促すとA君はそのように続けた。柴山社長がどのようにして現在に至ったか、という話は取材中に出てくるであろうと想像していたので、ははあ、これはもうその話は終わったんだな、と推測した。
「舟橋さんは、ベースを弾かれるそうですがベースというのがどういう楽器なのですか。御免なさい、そういうのが、全然わからないのです」とA君。
自分が質問されるだなんて全く思っていなかっただけに一瞬面食らった。そして普段なら
「そうですね、バンドの中で一番金玉のデカい人間がやる楽器です」
とか
「地味な楽器と思われがちですが振り回した際のインパクトは想像を絶しますし、何より破壊的な音を出せるので愛用しています」
とか
「あれも結局ギターの一種なんですよ。皆その辺りを云々」
とか答えるのだけれども、それはまずいと思い直した。目の前の少年の学業に関わる事であるし、ユーモアを滲ませたとしても若干緊張している面持ちのこの少年にそれを笑う余裕はないと思われたからだ。
「そうですね、リズムと音階の接着剤。そんな役割の楽器でしょうか」
と答えた。視界の端で日頃から僕の演奏を見ている上に演奏スタンスも知っている柴山社長がニヤリと大きく笑ったのを捉える。その社長が続けた。
「一般的にバンドっていうのは、ベーシックな形としてヴォーカルがいてギターがいて、ベースがいてドラムがいてっていう構成だったりするわけなんですけれど、このドラムとベースを『リズム体』と言ったりするんですね。これは極論なんですがヴォーカルとギターはある程度までは演奏が巧くなくてもそれが"味"としてプラスに音楽に反映される事があるのですがリズム体はそうはいきません。ドラムが巧くてもベースが酷いと演奏がガッタガタになる。そんな楽器だと思っています」
明らかに僕を意識して牽制した発言に、今度は僕がニヤリとする番だった。

A君もよもや目の前で、レーベルオーナーとその所属バンドメンバーの心理戦が水面下で行われているとは思うまい。続いて、質問。
「舟橋さんはバンドをいくつもされているそうなのですが、各バンドのメンバーとコミュニケーションというか、やりとりはどうやってされていますか?」
(あー、うんこおしっことか言ったり時に笑って時に泣いて、殴ったり罵倒したりとかそんなん、言えない!)
「…えっとですね、僕がやっているバンドというのは様々です。音楽も違うし当然そこにいる人間も違う。なので当たり前のように同じ付き合い方をしているわけではないでしょう。そこは無自覚だったりするのだけどね。でも、各バンドのメンバーを尊重したりしつつ、そのバンドの音楽に自分がどうやって貢献出来るか考えますね」
よくやった、俺。模範解答!
続けて柴山社長。
「僕は彼のバンドを全部見ていて、当然だけどそれぞれの人間模様も全部ではないけど見てるんですよね。僕が見ている限り、彼は緑レンジャーなんだと思う。ほら、ゴレンジャーって赤色が主役でピンクが女の子で、って色によって役割が違ったりするじゃないですか。舟橋はそれでいったら緑なんですよね」
この例えは、残念ながら世代の違いによって伝わらなかった事を記しておく。

バンドの世界に足を突っ込んで、その面白さに抜け出せなくなった成人男性二人の話が中学生にどこまで良い影響を与えたのか、そしてそもそも彼の研究的に今回の取材が役に立ったのか(特に僕の話)、それは僕にはわからないけれども、少なくとも僕と柴山社長は首尾一貫して楽しかった。なかなか世代が違う、特に中学生の方とお話する機会なんてないわけだし、その媒介が「音楽」だったり「バンド活動」であるというのは本当に素敵な事だと思った。
若者よ、君の前途には色々な困難が待ち受けているだろうけれども僕みたいに適当(良くも悪くも、である)な人間がこれだけ毎日楽しく生きていられるのだから君の未来もきっと、明るい。願わくば、君の未来に素敵な音楽との出会いがありますように!


帰りの車中にて。
「ところでA君A君、君、好きな子とかいるの?」
「…いないです」
「えーーっ!!うっそだーーーー!!!!」

「エナジードリンクって炭酸入れないと医薬品になってコンビニで扱えなくなるから須く炭酸入ってるんだってさ」

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友人に薦められて視聴して気に入ったので思わずCDを購入したMoon Child trioのアルバム。John Zorn先生関連作品は「NAKED CITY」も聴いたのだけど、こちらは「NAKED CITY」でちょくちょく出てきたハードコアっぽい曲のテイストが全編を支配していて聴いていて思わず暴力的な気分になる事請け合い!
悲鳴、ドラム、歪んだベースのトリオって初めて聴いたのだけど、悲鳴って表現力を内包したそれだけで「音楽」なんだねえ。

さて、ブログを移転してみた。
今までlivedoorブログ→Amebaブログと経てきて今回はFC2ブログ。何でまたFC2かって特に理由はなくて、一身上の都合で使ったりしているのだけれどもその時の印象が良かった、って事くらい。
では移転を決意するきっかけは何だったかというとAmebaの印象の悪さ、それ尽きる。夜中にブログを書こうとした時に限ってメンテナンス中だし(これは僕の生活リズムとタイミングの問題、か)何だか全体的にちょっと僕にはあどけなさ過ぎるんだな。エントリーやデータのインポートは手軽に出来るのにエクスポートにはひと手間も二手間もかかるっていうのもユーザーを逃がさないようにしているみたいで不親切な気がする。
勿論、使っていた分愛着はあるし良い点もあるのだけど。

昨夜は新栄CLUB ROCK'N'ROLLにテト・ペッテンソンを観に行ってきた。
色々なバンドマンがこのバンドを絶賛するのを耳にしてきたしTL等を見る限りライブハウスに集う音楽愛好家の方々にも好まれている様子。色々と評判を耳にしていたけれども音源を聴いて「こいつぁいいや!」と思って以来、やっとライブを観に行く事が出来た。
いやあ、良かった。超ハイクオリティな演奏でアンサンブルを練り上げるってわけでは決してないのだけれども、手作り感(そうじゃない音楽ってライブハウスではなかなかお目にかかれないが)溢れる演奏から放たれる圧倒的なクリエイティビティ!アンプを一切しようせず色々な楽器を並べてはそれでアンサンブルしていく面白さ。滲み出る昭和っぽさとアンダーグラウンド感。面白かったなあ。女の子3人(昨日は3人編成だった)がそれをやってるっていう雰囲気もまた凄味があって良し。
終演後、耳元で虫の羽音が聞こえたので思わず首の後ろをピシャリとやったら濡れた感触があったので「蝉に小便かけられたかな」と辺りの地面を見るとゴキブリが死んでいた。…。

ところで今日の僕がセンテンス毎に時系列を逆行しながらブログを書いたのに大した意味はないのですよ。

犬丸ラーメン、解散しました。

2012年8月3日、大丸ラーメンコピーバンド「犬丸ラーメン」、解散しました。
2010年より2年という短い年月でありながら、それでも周囲の皆様のお陰でコピーバンドとしては十二分過ぎる密度の活動を重ねる事が出来た我々の最期は大丸ラーメンから程近い、愛すべき今池のライブハウスである今池HUCK FINNでのワンマンライブでした。


大丸ラーメンが閉店する、という情報がtwitterを中心に出回り、大丸ラーメンがテナントとして居を構える(株)岐阜正総合ビルディングの代表取締役の署名入りの「入居者への告知」が画像添付されている事でそれまで何度も囁かれては否定されてきた「大丸閉店」が現実にものとなり、私達犬丸ラーメンはすぐに解散を決めました。
元々は2010年に行われた野外フェスに出店、正直に言ってしまえば面白半分、衝動的に結成して活動を開始した我々ですが、その活動の初期から「深夜時間帯でなかなか行く事の出来ない客層に大丸の素晴らしさを知って貰おう」という啓蒙の精神ではないですが、大丸ありきという精神性だけは活動の根幹にありました(大丸ラーメンに迷惑をかけないよう、今池で材料を調達しながらもスーパーに予約を入れる事で在庫の枯渇を防ぎ、本家開店後の専らの買い出し先である100円ローソンで犬丸ラーメンの食材を買わないようにしていた調理担当 石黒の行動がそれを象徴していると思います)。

なのでコピー元である大丸ラーメンがその長い歴史に幕を下ろそうとしている中、所詮コピーバンドである我々がのうのうと活動を続けるのは違う。活動意義というか「如何に大丸ラーメンに近付くか」というコピーバンドをコピーバンドたらしめるその大元、お手本がなくなった後に活動を続けるのは違和感しかないというのは私も石黒も思いを同じにした部分でありました。
「大丸がなくなる後だからこそ犬丸を」「お店を継げばいいじゃあないか」という一介のコピーバンドに対しては暖か過ぎる程の声を頂戴した事もありましたが、上記のような理由でアティチュードの大半が失われたまま活動を継続するのはバンドとして困難であるし、何よりコピーバンドとして大丸ラーメンへの裏切りのような気持ちにもなってしまうので解散を決めた次第であります。


大丸ラーメンの閉店がどうやら現実のものである、いつかは必ずやって来るであろうけれどもまだまだずっと先であると思い込んでいたその日がどうやら今年の夏にはやって来るとわかって数ヶ月、お恥ずかしながら私は大丸ラーメンへ足を運べなくなりました。

人並みではありますが大橋隆雄店長とコミュニケーションをとるようになっておりましたので閉店について触れない、というヴィジョンも湧かず、ではどんな顔をして大橋店長に会えばいいのか、そして何より自分の中で「大丸閉店」という現実を受け入れ難く、私の足は大丸の前まで向かうも入店出来ない事が続きました。愚かである、と思います。

私があの時すべきだった事というのはいつものようにあの扉をくぐって黙って座り、丼一杯の大橋店長の愛情を咀嚼して飲み下すというそれだけの事だったというのに。

大丸に通うようになって数年の若輩ではありますが、一大丸ファンとして大丸ラーメン、大橋店長への唯一の不貞行為だったと悔いるばかりです。

そんなある日、今池HUCK FINNから「犬丸ラーメンのワンマンライブを行わないか」というお話を頂きました。大丸の閉店に対して今池HUCK FINNとして何かやりたい、その思いをイベントにするのでその中で犬丸ラーメンの最初で最後のワンマンライブを行ってくれないか、というこの上ない有難いお誘いでした。
程なく一連のプロジェクトはさよなら大丸プロジェクト「今池午前二時」という名を冠し、犬丸ラーメンワンマンライブも行う事が確定しました。この段階でスタッフの中で誰一人として実食した事のない大丸ラーメンコピーバンドにワンマンライブを任せる、というのはライブハウスとして本当に「賭け」だったのではないかと思います。私達の大丸ラーメンへの愛情を信用してオファーして頂けた事を本当に、心の底から感謝しております。

本当に、有難うございました。今池HUCK FINNのお陰で、今回我々はコピーバンドとしては十分過ぎる程の規模のワンマンライブを行う事が出来ましたし、何より大丸を愛する多くの方(50名近い方々に当日はお越し頂きました)に喜んで頂く事が出来たと思っております。


今回サポートメンバーとして積極的にアイディアを出してくれ、助力を惜しむ事なく協力してくれたえんげきユニット「孤独部」主催、樫山重光君のお陰で彼の旧知である劇団から多くの方を驚かせたであろうあの「店内カウンター」へと姿を変える階段、そして壁やカウンターの一部として使った資材をお借りする事が出来ました。また、彼の熱意と情熱は何より私達の原動力ともなりました。今回のワンマンライブは今池HUCK FINNと、そして彼がいなければあそこまでの規模では行えなかったと思っています。本当に有難う。

同時に今まで私達の活動をサポートしてくれた沢山のサポートメンバーにも改めて感謝を。

果たして8月2日の正午頃より犬丸ラーメンワンマンライブの準備は行われました。
前述したように劇団の資材をお借りして、ライブハウスをライブハウスたらしめる要素の一つであろう防音扉が外された今池HUCK FINNへとそれらを運び込み、HUCK FINNスタッフと我々一丸となって店内の再現へ努めました。

続・我が逃走


黒崎店長と必要な追加資材の買い出しに向かい(バンドマンとしても大丸ファンとしても大先輩の黒崎店長と二人で過ごしたあの時間は何て事はないかもしれませんがかけがえのないものでした)、HUCK FINNに戻った頃には資材は「カウンター」への変化の片鱗を見せていました。カウンターの骨組を見て、どうやら今回のワンマンライブは私の想定以上の規模になる、と確信しました。きっとあの場にいた誰しもが胸の高鳴りを抑えきれなかったに違いありません。

作業は続きます。

今池ハードコアをはじめとする大丸ファンの先輩の皆様にも資料面は勿論、気持ちの上でもお力をお借りしました。この場をお借りして改めて謝意を。背筋が伸びる思いでした、本当に有難うございます。

多くの人の力と情熱、大丸への愛情を一点に注ぎ込んだ結果、数時間後、今池HUCK FINNの店内には「大丸ラーメン」がありました。


続・我が逃走

続・我が逃走


上記画像には映っていませんが、壁に貼られたパスも「再現」しました。
ここでも我々は多くの方に力をお借りしました。twitterやこのブログを通じて呼び掛けた結果、少なくない人数のバンドマン、ライブハウス関係者が自身のバンドの思い出や意思の詰まったパスを郵送、或いは手渡しで提供して下さったのです。

中には今回の件で初めてご挨拶させて頂いた先輩もいらっしゃいます。郵送して下さったパスの中に、思わず涙腺が開くような、やる気と情熱を滾らせてくれるようなそんな素敵な手紙を同封して下さった方々もいらっしゃいました。

犬丸ラーメン第一回からその大丸ラーメンへの愛情を如何なく発揮していたあのバンドも「青色のパス」を提供してくれました。

2日の準備中に「何か手伝う事はありますか」と大量のパスを携えて今池HUCK FINNを訪れてくれた友人もいました。

ワンマン当日「おじさん、パス貼っていい?」と大丸ラーメンで見受ける「あのやりとり」を再現して下さった方もいらっしゃいました。

そんな方々の情熱を壁一面に貼るのは大丸ラーメンの店内再現の、精神面での最後の仕上げだったと言って良いでしょう。
こうして、本当に多くの方の手によってご来店頂いた多くの方が驚愕した「あの店内」は出来上がったのです。

調理担当 石黒の気迫も並々ならぬものがありました。

彼は今まで何度も何度も大丸ラーメンの「あの味」に近付くべく試行錯誤を繰り返してきましたし、その姿には彼の意気込みやプライド、それ以上に大丸ラーメンに対する愛情が見え隠れしていました。
最後の最後まで陰に徹し続けた彼の本気はご来店下さった皆様が口にされた丼の一杯一杯の中に溢れていたと思います。

毎回ビルドアップを繰り返し、遂に彼が完成させた「犬丸ラーメン」。

本家大丸ラーメンのレシピも門外不出というわけではないのでしょうが、飲食店勤務経験者でありバンドマンである一人の男が本気を出して練り上げてきた「大丸への愛情に溢れた一杯」。

調理担当 石黒の意向も受けて大丸ラーメン閉店後にレシピを公開したいと思っております。

そして石黒には2年間にまたがって毎回毎回その作業のほとんどを任せてしまった事を謝罪、そしてそれ以上に感謝しています。二人(+サポートメンバー)で大丸ラーメンのコピーバンドである以上、そこには明確な役割分担がありましたが彼の気迫があったからこそ、私は営業中は自分のパフォーマンスに徹する事が出来たのだと思っています。
犬丸ラーメン最高の「影の存在」、石黒真に大きな拍手を!

そしてご来店頂いた皆様、本当に有難うございました。

皆様がいらっしゃる事で犬丸ラーメンワンマンライブは完成しました。今池HUCK FINNに出来上がった長蛇の列、そして恐らくは皆様が普段大丸ラーメンでしているであろう会話や振る舞い、大丸ラーメンへの愛情に満ちたそれらの一つ一つがあの空間を作り上げたのです。皆様なくして、私達の大丸ラーメンコピーは完成しなかったと自信と確信を持って断言出来ます。
「お客さん」としての役割を楽しんで、そして全力を尽くして下さって本当に有難うございました。
尚、皆さんと作り上げた今回のワンマンライブの模様は定点カメラ及び数台のカメラにて映像で記録されています。記録映像についてはまた改めてここでお知らせしたいと思っております。

最後に改めて。

結成より解散まで関わって下さった多くの皆さん、共に活動してきた石黒真君。今池HUCK FINN。

そして50年間もの間、ほとんど休まず深夜の今池でラーメンを作り続けてきた大橋隆雄店長。貴方のお陰で僕は自分の生涯に置いて忘れる事の出来ない貴重な経験をする事が出来ました。この経験はきっと今後の人生、バンド活動にも活かしていきたいと思っていますし、何より貴方には一つの事を信念を持ってやりきるという事の大切さをその姿勢で教えて頂きました。2年間の活動でここまで胸にきているのに、50年間やって来られた貴方の胸中は計り知れません。心の底から尊敬します。大橋店長、貴方のような大人に僕はなりたいです。貴方こそ今回の全ての称賛をその身に浴びるのに相応しい、というか本質的にはそうあるべきだったと思っています。本当に有難うございました。残り僅かの営業期間ではありますが、どうかお体を壊さず、閉店のその日まで。


大丸ラーメンコピーバンド「犬丸ラーメン」、無事に解散しました。

短い間ではありましたが、有難うございました。


大丸ラーメンコピーバンド
「犬丸ラーメン」
パフォーマンス担当:舟橋孝裕

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自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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