オレンヂスタUstream公演「SCHOOL GIRL BYE BYE」に役者と演奏で参加した話。

28日は劇団 オレンヂスタが只今現在行っている「12ヶ月連続Ustream公演」本番へ演奏と演技で参加した。

ここ2週間くらい、かな?オレンヂスタの皆さんと市の施設の音楽スタジオ(これが安いのだよ。普段使っているスタジオの半分以下の値段である。アンプ類はかなり出力小さいけれど)でバンド練習を重ねてきた。
とは言っても総合計せいぜい2時間いくかいかないか。楽器経験はあれどもライブ等の経験はないという方がほとんどの中、皆さん初日の段階で相当完成させてこられてきて驚いた。そりゃあ普段一緒にやっている連中と比べてはいない。ライブハウスでしのぎを削っている連中と比べていない。けれども10月の半ばまで他の公演にかかりきりだったという話だから実質3週間も時間がない中、演技+バンド演奏をハイクオリティなエンターテイメントとして完成させたのは本当にお見事!としか言いようがない。演劇人、劇団をやってらっしゃる方々のプライドというか表現力の高さというか、兎に角目から鱗の連続だった。
演奏面に関して幾つか口出しはしたけれども、きっとあの人達自分達だけでもなんとかしてたんだろうな、とも思う。事実、本番での演奏は実に堂々とやられていて僕も普通にエキサイトして演奏してしまった。
片や芝居に関しては今まで「バンドマンが向かう」という大前提の中、或いは「ライブハウスでの」という限定的というか特殊というか、そういうシチュエーションでしか向き合ってきていなかった門外漢の僕。きっと演出をつけたり通し稽古の際でも歯がゆい思いをさせてしまったに違いないが、それでもどうにか無事にやり終えれたのはひとえにニノキノコスター(今回は演出であり主演であり滅茶苦茶多忙そうだった)さんをはじめとしたオレンヂスタの皆さんの的確かつ明瞭な演技指導のお陰だろう。本当にお世話になりました。楽しんでやれたのは勿論、人前で何かを表現していく人間として確実に良い経験になりました。
以下、アーカイヴ。本編中途まで。



打ち上げもカエルの唐揚やら諸々、大いに飲み食いしながら楽しんだ。
普段の会話からテンポが良いのねあの人達。名残惜しくって終電逃してしまったよ。
オレンヂスタさん、本当に有難うございました!
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30人殺そうとフロアに向かって突っ込んでいった夜の話

随分と更新に間が空いてしまった。
ここの更新が止まっている間は、まあなんですな、以前も触れたけど召した風邪と闘いながら毎日をやってくのに一生懸命だった。ただでさえ体力がある方じゃないのにすぐに疲れてしまう。「8割まで回復したなー」とか思ってると仕事やら何やらで疲れてあっという間にエンプティ状態。一週間程そんな状態が続いており、実はまだ全快ではない。
ただようやっとこういう日々の記録をつけるモチベーションも湧いてきたってなもんで、こうしてキーボードをタイピングしているというわけだ。

さて先日27日は名古屋 栄TIGHT ROPEに出演。
この時打首獄門同好会に誘って頂き、パイプカツトマミヰズとしては実に4年ぶり(らしい。ちなみに前回出演した頃は僕は未参加)のTIGHT ROPE出演となった。
昼頃に起き出して、体調が万全"でない"のを自覚しながらとりあえず洗髪をし、荷物を用意してこの日も写真を撮影してくれたヨシダユキ先生(ヨシダ先生のお陰でパイプカツトマミヰズのライブについて振り返って書く際はとてもハイ・クオリティな写真を掲載する事が出来ている。有難う!)と一緒に栄TIGHT ROPEへ。ヨシダ先生も風邪気味。お腹が痛いって言ってる女の子に下卑た言葉を投げつける、という親しい間柄だから出来る最低な行為を堪能。御免なさいね。

この日のイベントは日頃出演しているそれと比べると幾分か早い時間に開場/開演。
共演バンド、フロアの様子含め何だか池袋 手刀みたいでひどく懐かしい(ってこの数年の間に行ってるけど。また行きたいな)、落ち着く雰囲気だった。
一度TIGHT ROPEに顔を出し、中抜けして別の場所でライブをもう一本やってくるというボランティアメンバー伊藤誠人を見送り、共演バンドを観たり体調回復に努めたり遅れてやってきた吉田君の機材搬入を手伝ったりしているうちに衣装に着替えるには丁度良い時間に。

この日は完全に「打首獄門同好会」→「打首獄門…」→「獄門、か…」→「獄門島」→「あ、金田一耕助!」→「あああ!」という単純なのか複雑なのか微妙なラインの連想で何になるか決まった。
楽屋にて学生服に着替え、足にはゲートルを巻き、懐中電灯2つを頭に括りつけ、首から自転車のライトを吊り下げ日本刀と猟銃、あ違ったエレクトリックベースギターで武装した一人の男が、日没後の栄(のライブハウスの中)を駆け抜けた。

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この格好に身を包んだ瞬間に、何だか変な緊張感が体を走った。
今や好事家、犯罪史に造詣の深い人間、猟奇趣味を持つ方々の間では一つのアイコンとなっているであろうこの服装。
まだまだ小学生の頃だったか、事件について詳細にとりあげたTV番組を戦慄を伴って視聴したのがこの昭和犯罪史にその名を残す事件についてしったきっかけ。横溝作品ではそれを稀代の推理作家が陰惨な事件に結びつける「過去の惨劇」としておどろおどろしく描き出し(ちなみに実写化されたものの中では断トツに山崎努さんが怖いです、「八つ墓村」の殺戮シーンは)、それによって飛躍的に有名になった陰惨な事件のアイコンを身にまとう事で"そういう嗜好"の持ち主としては気分が高揚した事を正直に記しておこうと思う。

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この日のライブは吉田君が流石の「初見殺し」とも言える才能を発揮。一曲目を演奏する前段階のいわば零曲目からお客さんに対して「斬りかかって」いき、リアクションに気を良くしたのかその後も上機嫌だった様子。他のメンバーはと言えばそんな吉田君を楽しみつつ(これって大事な事だと思うのだ。バンドメンバーのヴァイヴスを感じて良い影響を受けるのは僕はライブという現場での演奏する側の醍醐味の一つだと思っている)思う存分やっていた。総じて良いライブだったんじゃないかな。演奏というところから感想は離れるけど「楽屋の帝王」たる吉田君がフロアでもその才能を発揮するのは見ていて清々しかった。

したたる程の汗をかいて、演奏終了。
これで体調不良も治るといい、と思いつつ着替え、機材の片付けと荷物のパッケージングを済ませて僕は一足お先に移動。まだ出演バンドも半数近く残っていたし声をかけて下さった打首獄門同好会までまだまだ間はあったのだけれども、惜しみつつ、芝居の稽古へ移動。
と言うと一瞬「?」となるかもしれない。
詳細はこの翌日分の記録で!

風邪をひいた話。

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恐らくは風邪なのだが、倦怠感と喉の痛みにより寝込んでいた。
こいつらとお付き合いするのも今日でまるっと3日目になるだろうか。相変わらず季節の変わり目に体調を崩しやすい。

病気で寝込んでいると良くも悪くも研ぎ澄まされてしまうな、と今回思った。
余裕がなくなるので必要最低限の事しかやらなく(出来なく)なってしまう。僕の場合は食事をする、眠る、排泄する等。楽器の演奏、音楽の視聴には気さえ向かなかったし、友人達からの連絡も後回し、ほとんどが余裕があるタイミングでしか返信出来なかった。「人間、こういう時にこそ本来の性格が出る」というのは僕の持論だけれども、その持論に則るならば本来の僕の性格、人に対する損得勘定や諸々の恣意的な感情を抜きにした場合の性格っていうのはとてもじゃないけど平時の僕ならば好まないようなものだっていうのはわかった。
ま、そりゃそうか、病気だったんだし。体力も消耗しているならば感情も擦り減ろうっていうものだ。
ただ不思議な事に食欲はいつもの1.5倍はあったし、半分眠っているような時でも頭の中の回転速度だけは何であれば普段より早かったように思う。専ら、人と人との距離感やここ最近友人の恋愛相談にのってばかりいたからだろう、精神的な相互理解と肉体で結びつけられる関係の貴賤について考えた。
他者との相互理解に於いて精神的に満たされている人間と、性欲を元手に他者と関係を持つ人間のそれぞれが有する関係って、どっちが恵まれているとかどっちがハッピーだとかそんなのはもう全然ない、と僕は思っている。
どっちもどっちで幸せで、どっちもどっちできっと不幸なんじゃないだろうか。
とか。

何にしても病気をするっていうのは有事だ。予定を幾つかすっとばしてしまったし、やらなければならないやりたい事も全然出来ていない状態。これは回復したらブワアッとやっていかないとなあ。

Danelectro ロングホーンベースの話。

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久しぶりに楽器の事を。
ここ最近のライブ2本(これこれね)で使ってみて、その感触の良さからめでたくメインベースに昇格したDanelectro ロングホーンベースについて書く。
今まで何度かこのベースについて書いてきたけれど(憧れ編購入編サンズアンプの設定編改造編)、いや、思えば実戦で使うまで随分と時間がかかってしまった。
けれども時間をかけて馴染ませていった結果、当初の予想を遥かに上回る楽器となったので感慨もひとしお、である。

前述の改造編では岡田さん(LOVELESS GUITAR)によってポット交換及びリップスティックピックアップを直列接続に改造して頂いた事を書いた。人づてに手に入れたし何であれば前オーナーが入手した時からそうだった可能性は否定出来ないのだが、当初は悩まされていたノイズも演奏に支障がない範囲まで随分と改善され、弱々しかったその音も随分と逞しくなったと思う。
孤独部での演奏はその状態で行ったのだが、十二分にライブでの実用に耐え得る状況ではあったものの、幾分か気になる点があったのでその後も折を見ては手を加えていった。
主な調整点として「ブリッジの高さ調整」「ストラップピンの交換」「弦のゲージ変更」が挙げられる。

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只今現在のブリッジの様子。
ご覧のようにブリッジプレートとボディの間にウレタンスポンジを挟み込む事によって当初より弦高を上げる事が出来るようになった。4弦側12フレットで2.5mm程度。ショートスケールで弦のテンションがロングスケールより弱い。それによる弦の暴れ具合も考慮しての設定。
ウレタンスポンジを挟む事で随分と調節しやすくなった。

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ストラップピン交換。
プラスチック製の杭みたいなのが穴にはめ込んであるだけだった初期状態。その状態では実際スタジオ練習の時もふとした弾みでストラップがピンごと外れる事が何度もあったのでいっそのこと穴を木材で埋めてネジ穴を開け直してしまえ、との事で木工用ボンドで木材を接着、通常のエレクトリック・ベースギターに使われているストラップピンに付け直した。ストラップが抜けないようにしっかり固定。ヘッド側、ブリッジ側両方この処置が施してある。

弦のゲージはダダリオのEXL160S、ショートスケール用の.050、.070、.085、.105というゲージのものを張った。
「弦のテンション」は厳密にはスケールと弦の太さでしか変わらないので、ショートスケールのテンションの弱さを少しでも改善出来れば、と考えたのだが、結果的にこの変更によって違和感のないテンション感になった。

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トーンコントロールは演奏中でも曲調によっては微調整を行うのでこのように電子部品屋で購入した目盛を貼り付けて対応。どことなく懐かしいルックスにこういう「改造怪獣」的なワンポイントが加わるのも好みとしてはストライク。

楽器としての性能、音の部分では弦高調整と弦のゲージの変更しか関与していないけれど、この2点の調整によってやる気のない木製ブリッジ、ショートスケールというハンディをチューニング、テンションの両側面から随分と改善出来たように思う。弦のゲージを一つ太くするだけで結構変わるものだ。もう他のゲージは貼れないな。少なくともラウンド・ワウンド弦を張るならばこれより細くする事はないと思う。
状態によってはロングスケールでも厳しい半音下げチューニング(僕がベースギターを弾くバンドではJONNYとi GOが半音下げチューニング)でもガシガシ弾く事が出来るようになった。
忘れてはならないのがピック。
普段使っているYAMAHA SBVでは出過ぎるアタックを殺す意味で多少柔らかいピックを使っているのだけど、それよりも若干硬いものを使った方がこのベースの場合は良いような気がした。
普段が「出過ぎるアタックを殺す」のであればこの場合は「ピックを替える事でアタックを強調する」ような意識。

主観としては普段が「出過ぎる楽器を制御する」ならばこの楽器は「出ない楽器を押し出すように使う」であり、サンズアンプの設定(具体的にはDRIVEコントロールが普段より上げ目になっている。時計でいう2時くらい)もそんな感じになっている。アンプとの相性によってBASSコントロールは12時~2時の間を行ったり来たり。
結果として生き残りを賭けたアンサンブルの中で過剰気味なパワーで鳴らすという普段の発想から、パワーがない楽器にパワーを注ぎ込む事で押し出すようにし、楽器の「至らなさ」というネガティヴな側面を「前に出過ぎない」抑止力として機能させる事が出来た。使うシチュエーションもそんな感じで捉えている。ツインベースとドラムというアンサンブルの中でも一丁前に存在感はあったから、所謂普通のバンドアンサンブルなら「使える」音になっているんじゃあないかと思う。勿論癖はあるけれど。ただどうしても前に出過ぎる自分のエゴに対する、ポジティヴな足枷としては凄く有効。そりゃあ勿論奏法やアンプの設定でTPOに合わせた演奏が出来るのが一番理想的ではあるのだろうけど。シチュエーションに合わせて発想やその他の部分は全く共通のまま、アンサンブルの中での立ち位置を所謂「一般的なベースギターの範囲内」に変える事が出来たと感じている。

この楽器に憧れていた頃からの野心、JONNYでの演奏に於いてロングホーンベースを使うという一つの願望が結実したのは嬉しかった。ドレミファといろはでの共演バンドのベーシストにも「いつも通りの音が出てますよ」(そりゃあ勿論全く同じってわけではないけれど出したい音のキャラクターの中には、いる)とか「あれでいけない理由がわからない」と肯定的な意見を頂けたのでこのレビューはある程度信用して頂いて良いと思う。

今はこいつでゴリゴリやるのが楽しくてしょうがない。
ショートスケール、メゾナイト(何でも木材と紙の安価な合成素材らしい)使用の上なんと中空仕様、リップスティックピックアップ採用と「本当にやる気ある?」と言いたくなるような仕様の割には、ちゃんと手をかけて調節すれば十二分に「使える楽器」だと感じた次第。
しばらく色々なシチュエーションで鳴らしてみようと思う。

ドレミファといろはにて行われた「バオー来訪者」に出演した話


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ドレミファといろは、向かってステージ全景。
2枚の画像を繋ぎ合せて一枚にしたのでつぎめが違和感バリバリなのはご容赦を!

雰囲気/ヤクタタズ(出会った頃はボラデラックス)のゴウさんが四日市で「ドレミファといろは」というお店をやられている事は開店してから少しして知った。当初からその居心地の良さは四日市近郊の人から聞いていたし、いつかは行ってみたいなだなんて思っていた。ただ、四日市に行くまとまった時間っていうのもなかなかとれず僕が「ドレミファといろは」に訪れる事は出来たのはようやく昨日、だったわけなんだけれども。ゴウさん、随分と時間をかけて向かってしまってごめんなさい。
というわけで昨日はドレミファといろはとblank outによる共同企画「バオー来訪者」にJONNYで出演。会場は勿論、ドレミファといろは。

昼過ぎに佐藤家集合、ドレミファといろはまで1時間と少し。
携帯電話のカーナビゲーションを頼りに「恐らくこのビルの中だろう」という所で単身車を降り、お店を探す。今日の出演者がリハーサルをしているのだろう、漏れてくる音を頼りに進むと果たして2階に上がってすぐがドレミファといろはだった。店内に入ってすぐに「うわあ」と声が漏れる。
その時に見た店内の様子が今回の日記の冒頭に載せてある画像。パノラマ風にお粗末な加工をしたけれども、その時の僕の心中の半分でも察して頂ければ幸いだ。壁一面の本棚には手塚作品から少年漫画のかなりマニアックなもの、それらは漫画好きであれば(僕は漫画喫茶で興味のある作品を読むくらい)思わず手を出してしまうようなセレクションだろうし、その反対側にはカウンターがあり、少し離れた所にTVが据え付けられておりファミコンカセットが宝物のように(実際宝物、なのだろう。どれがレアもの、とかはわからないけれど箱ごと陳列されているものもあったし兎に角、凄い数だった)並べられている。この光景が見える後ろ側にも陳列ケースが置いてあってゴウさんのやられている「雰囲気」のCDも並べられていた。
兎に角、全体から「男の子の心をくすぐる何か」と温もりと、そしてアットホームな居心地の良さが立ち込めていた。
MCでも言ったけれど、楽器と漫画とゲームとお酒と、って男の子の好きなものが全部あるじゃないですがゴウさん。

そしてこればっかりは絶対に写真では切り取れない、あの空気感。
リハーサル中から感じていたけれども何だろう、普段演奏している場所とは違う、心の刺とか反骨精神をスッと抜いてしまうようなそんな空気。
勿論それらがないのが良いってわけではない。心の刺は何かの元手に出来るだろうし反骨精神なんて僕がそもそもバンド活動とか人前に立つ際に一番のガソリンになってくれるものである。だけれどもそういうのをとりあえずどこかに置いておいての演奏、物凄く簡単に言うのであればリラックスしきった状態での演奏、あれは完全にあの場の空気によってその入れられたスイッチだったに違いない。あの場でいきり立っての演奏っていうのはちょっと昨日の僕には出来なかったし、精神状態的にも普段のライブって割かしあれこれ考えたりともすればナーバスになったりもするのだけど、そんな雑味もなくただただ誠実に演奏に、音楽に向き合おうとそう思った。
ちょっとはしゃぎ過ぎた感もあるけれど、でも何だろう、力まずに一生懸命演奏する事は出来た。僕は一番カウンター側に立って演奏してたのだけど、視界の隅にPA卓を前にステージを見守るゴウさんの姿がチラチラ入ってねえ。そりゃあお店番をしながらPAもやって(しかもこの日はblank outでドラムも叩いてたよあの人!)って立場なわけだからそこにいらっしゃるのが必然なわけだけれど「何だか保護者参観みたいだ」なんて場違いな事を思ってニヤニヤしてしまったよ。
あ、最前列のお客さんに汗とかかかってなかっただろうか。それが気がかりではある。

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MC時間をさながら「講義時間」(談:サポートドラム せんちょー。画像も同じくせんちょー撮影)のように使う僕。こういう事をやっちゃうのもこういう場所ならではだと思う。
もうね、本当に楽しかったもの。漫画があってゲームがあって、ってそれだけではしゃいだわけじゃない。あそこには音楽を演奏する人間を真摯にさせる何かがあるんじゃないかな。
ご一緒したblank outもまくらも音楽、その人柄共にとても素晴らしかったもの。この日って本当に一点の曇りもなく心の底から楽しかった。お久しぶりになりがちだけど定期的に会ってはお互いを忘れさせない久保田君(ex.eureka 彼は何度か僕のブログの登場しているけれど、とりあえず僕と久保田君とはちまる君の3ショットが載ってる日のものを)や、この日は久保田君と同じくまくらのベーシストとして参戦、ゴサローさん(weenie radio shop)とも久しぶりにお会いしたんじゃないかな。

打ち上げはそのままドレミファといろはで。格安(本当に?ってな値段だったよ)の価格でじゃんじゃん料理を出して下さるゴウさんの作る料理はソファーの上で悶絶してしまったし青木さん(blank out)の卵焼きも物凄く旨かった。何であの人あんなに綺麗に卵焼き巻けるの。プロなの。
その打ち上げの空気も素晴らしくてねえ。皆思い思いにくつろいだり話したりしていて、思わず「帰りたくない」って言っちゃいましたよ。ええ。

この日の企画は主催側の気概も滲み出る素晴らしいものだったと思うし、ドレミファといろはで過ごしたこの日は本当に素晴らしい時間だった。楽器を握って演奏する人間としても得難い経験をしたと思っている。
またすぐにでも行きたい。次行く時のために漫画もゲームも手をつけなかったのだから!

過剰書きで迫る日記

乱暴な方法論だけれども、箇条書きっていうのをこのブログでもする。
どうやったって一つのテーマにまとめられない事っていうのはあるわけで(まとめてもいいんだけどそこに気を配るのが不健全な気がするっていうか)、そういう時は箇条書きにする。
会話に於ける「それでね、あとね」みたいなものだと思って頂ければ。
小出しにしてけばいいじゃん、とも思うのだけど基本的に日記形式のこのブログ、憶えているうちに書いておかないとどんどんどんどん新しく書きたい事が出てきちゃったりすると困るものね、時間は絶対に過ぎるのだから。
だから何ていうんだろう、まとめられないけれども書いておきたい、そんな過剰な前のめりな姿勢で書きますのでね、「過剰書き」とでもしましょうかね。


・再び、歯が痛みだした。
先々月くらいから職場の真上の歯医者に通っているのだけど、ここがとても良い。一度治療に行くと一週間と間を空けずに次回の予約をさせて貰えるし、先生もシャキシャキ進めて下さる。どうやらどこぞの歯科大学で教鞭をとっておられるようで、物腰も落ち着いてらっしゃる。「ちょっと痛いですよ」と言われると成程確かにちょっと痛いしでもまあ、安心感あるかな。「あそこはちょっと痛いけどとっとと治してくれるのでいいよ」と評判の歯医者。虫歯が5本もあったので治療代はそれこそエフェクターが買えるくらいになってしまったのだけど、しっかりやって頂いた。で、「あーこの歯はひょっとしたら今後神経抜かないといけないかもしれませんね」って言われた歯があってそこが痛みだした。あうあうあ。


・クリエイティビティって奴について考える。
友人とクリエイティビティについて話をしていて、僕がバンド活動や表現活動について大切にとってある可能性っていうのが「自分の中から出てくる音楽」。自分で生み出して人に「これいいでしょ」って聴かせられるような、そんな自分の音楽って奴についてスラスラ出てきたら素敵だなって思うしそれを欲する気持ちも勿論あるのだけれど、でも今はそれよりも面白そうな事に力を注ぎたいしスラスラ出てこないって事は今はそうではないのでしょう、難産ならやめときましょうってシンガー、ソングライターではない僕は気楽に考えてしまう。
僕にとってのクリエイティヴ、っていうのは0からの創造性である。僕発信で僕のやっている事(朗読とか、つまりバンド以外の事ですね)っていうのは僕の28年で吸収した色々なもの、周りの面白い人達、その場のシチュエーションっていうのを熟考して再構築して、っていうものだと思っているので悲観的な意味じゃなくて現実的な話、「これはクリエイティヴではないな」と考えていたのだけれども友人曰くその再構築の過程っていうのはクリエイティビティーが発揮されるところではないのか、と。
人との会話は面白い。


・今後音楽史に於いて永久的に愛情と敬意を抱かれながらその名を呼ばれるであろうバンドの、セッションとライブの模様を収録した映画を観た。
僕はこのバンドのベーシストをシンガーソングライターとしてもベースギター・プレイヤーとしても凄い人だと思っている。この映画を観ると彼の事が嫌いになる、とこの映画を好きである知人から言われていたけれども、バンドを必死に存続させようとするその姿や彼の書いた、メンバーへの感情の顕れなんじゃないかと思われる歌詞からも僕はますます彼が好きになった。
世界最高、なんて言葉は安っぽいし価値観は相対的なものだ。だが紛れもなく世界で一番有名なベースギター・プレイヤーのトレードマークがショートスケールのヴァイオリン・ベースである事は忘れるべきではないだろう。特にショートスケールのエレクトリック・ベースギターを握る際には。

大丸ラーメンにて目にした信じられない一幕の話

友人宅にて久しぶりに桃太郎電鉄に興じた。
僕以外の経営者は皆飲酒をしつつ、僕はちょこちょこ酔っ払うと突然料理を始める家主が作ってくれる酒の肴をつまみつつざっと10年分の桃太郎電鉄。
当初のプレイ予想時間は「スムーズにいって2時間」だったが、結局1時間半程度で終わった。僕は3位。

その後、大丸ラーメンに皆で赴く。元々「桃鉄に興じた後に大丸に行こう」と計画していたのだが、予想外に皆酒が進んだらしく家主なんてフラフラしていた。そういうのも悪くない夜であった。

大丸ラーメンに到着すると並んでいるのは6名程。店内は一席空きっぱなしになっているから成程、大橋さんの入店ストップがかかっているようだ。少し前の大行列と比べればこの程度の行列ならば屁でもないさ、と列に並ぶ。
しばらくすると左側から何か圧力を感じる。見ると自転車に跨った初老の男性が予想外に近い場所に立っていた。ちょっと赤の他人同士が隣合わせで存在するには近過ぎるんじゃないか、ってなくらいの距離感。圧迫感が凄い。自転車に跨ったまま、缶酒を飲んでいる。
危ない人だったら怖いなあ、と極力その人の存在を意識しないように過ごす事にした。

前に並んだ方々がまとめて入店、次のロットで僕の番となった。と、自転車の男性が自転車を店の真ン前に駐輪した。お店を出たらすぐそこに自転車がある、という現在店内におられる方々からすると若干戸惑うような位置である。そして男性、何食わぬ顔で(食うんだけど)元いた僕の背後、友人二人を挟んだ位置に戻った。
そこで気付いた。
さっき異常に距離感が狭かったのも、この人からすれば当然で自分は列に並んでいるつもりだったからなんだ、と。自転車ごと行列に並ぶ、斬新な発想である。こういう人がいるのも大丸ならでは、というか今池の夜っぽくて面白い。

店の中の様子を一望出来る位置に陣取り(そういえば行列の位置の変化にも随分と慣れた。もう違和感なく並ぶ事が出来る)、まんじりともせずに待つ。僕の前に並んでいた6人は大丸の常連であり、慣れた様子で食べている。
心の中で「大丸プロ」と呼んでいる方々だ。食べるスピードが、圧倒的に速い。そして慣れている。滲み出る常連感。こういう方々と席を並べて食べるとなるとそれはそれはストイックな大丸の楽しみ方が出来て嬉しいものだが、この眼前でラーメンが供されて人の胃袋に納まっていく様を眺める側としてもこんなに心強いシチュエーションはそうそうない。自分の番はもうすぐそこである、と知れるからである。

と、背後から突然、音楽が響いた。携帯電話か携帯音楽プレイヤーに搭載されている小型のスピーカーで音量を無理やりひねり上げたような、そんなドライヴ感を伴った音楽。振り返ると先程の男性が携帯電話で動画か何かを観ているのだろう、音源はそこであるようだった。
外出先で音楽や動画を楽しむ事はあれど、まさかこの至近距離に人がいる状態でスピーカー出力で音楽を流されるだなんて思っておらず少々面食らった。だが、麺食らうのはもうすぐであるからして動揺を押し殺し、再び待機。
音楽が某国民的アイドルグループのものに変わった。

「♪アイウォンチュー (アイウォンチュー) アイニーヂュー (アイニーヂュー)♪」

初老の男性からすると意外過ぎる選曲、そして大丸前というこのシチュエーションとのギャップに思わずすぐ後ろに控えている友人と目をあわせる。この人、ただものじゃあないぞ、と目で示し合う。

そして入店の時がやってきた。今夜の大丸はどうやら6人ずつ入店、全員食べ終わったら次の6人、という6人入れ替え方式。ドカドカと僕を先頭に6人が入店する。初老の男性のターンはここから始まった。
「いやあ久し振りだね大将!」を皮切りに喋る喋る。隣に座った男性客に対して自分がどれだけここが好きか、そして大丸ラーメンとは何なのかと延々と語り続ける(余談だが「もやしと練りがなきゃ大丸じゃあないよ!」との件の男性の発言にその隣の男性が静かに「出されたものがすなわち大丸だと思ってます」と切り返したのにはハッとした)。大橋さんも当初はにこやかに受け答えをしていたのだが、男性の「ラーメン横丁って知ってる?俺、大丸推薦しちゃうよ出店しなよ!大将もさ、ピチピチのギャルを雇えばいいんだよ。それとも枯れちゃった?」云々の発言にあからさまに不機嫌になっている。店内の他のお客さんもこの男性に戸惑っているのが明らかである。
ああ、フラストレーション溜まるなあ。今日はこの人の声を聞きながら食べなきゃならないのか。
基本的にラーメンor大橋さんと一対一のやりとりであると大丸で過ごす時間の事は捉えているのだが、どれだけ集中しようとも耳に入ってくる不快な男性の喋りのトーンにナーバスな気持ちになってくる。
ラーメンが供された。…旨い。しかし男性は以前喋り続ける。

「どうだい?…ほら耳に入ってないよ。それくらい集中させる何かがこの一杯にはあるんだよなあ。俺はやっぱりモヤシだね。モヤシがドーンと乗ってないとさぁ…」

頼む、ブログでやってくれそういうのは。人生の年長者に言いたくはないけれど、不快なんだ。

「はい立って下さい」
男性にラーメンが供される。

「おおおおおおおおきたきたきたきたぁ!これだよこれ、おおお、そんなに入れちゃうの?そんなにモヤシ、ああ、やっぱりこうだよなあ、大丸はこうでなくっちゃなあ!嘘!?まだ入れるの?うわあ嬉しいなあ」
男性のテンション、最高潮。ちょっとわざとらしい程だ。それもまた気に障る。
この人、どんな食べ方するんだろ。
そんな事を思いながら丼に向き合って麺を口に入れる。と、店内にどよめきが。
何の気なしに顔をあげると、僕の随分と後ろに偶然並んでいた友人が件の男性に背中を押されて半ば強制的に入店させられた所だった。

「はい食べて食べて!!」

着席させられる友人。半ば条件反射なのだろう、割り箸を手に取る。
何が起きたか、理解出来なかった。あれだけ興奮したのにラーメンを前に順番を譲った、だと…!?
店の出口では件の男性が別の客を捕まえて「ほら、こうやって若い連中がラーメン食べてる背中を見るのがいいんだよ、な?」だなんてやっている。
え?食べないの?自転車ごと並んだし店内でも散々、うるさいくらいに愛情を表明してきたのに?
大橋さんは別に気にするでもなく普段通り。
え?

その瞬間、何となく理解出来た。
自転車ごと並んだのも、行列の最中スピーカーから音楽を鳴らしたのも、店内で喋くりまくったのも、そしてラーメンを受け取った瞬間に退店したのも、恐らくは全て計画通り。この人、始めからそうするつもりだったのではないか、と。
帰路につきながら同行した友人達と「あれも一種の大丸プロだよなあ。清々しいまでの裏切り方だったなあ」とこぼしあった。不快感は、消えていた。

パイプカツトマミヰズがライブ動画をアップロードしました。

個人的にはやはりバンドはライブが良くてナンボだろうと思っているし、自身の所属/参加するバンドもライブを観て判断して頂きたいな、とも思う。
けれどもなかなか全部が全部、そういうわけにもいかないわけで。

パイプカツトマミヰズというバンドは最近でこそ意欲的に活動、遠征とかもガシガシやっているけれどもメンバーに社会人がいるし他のバンドにも所属/参加しているメンバー(僕ですね)、ボランティアメンバーがいる関係で「月に一度はどっかかしらに遠征して活動を積み重ねて」っていうのは、なかなか出来ない。や、諸々のタイミングが重なれば不可能ではないのだろうけれども。
「焦ってやってもしょうがない」とメンバー皆が皆思っているであろうパイプカツトマミヰズ、遠方の方や不特定多数の方にライブの雰囲気を察して頂くにはどうすればいいか、と僕は個人的に考えてたのね。

そんな中、twitterで漠然と「誰かライブ動画を撮影してくれないかなぁ」とツイートした所、中川さん(ondo records)から「やろうか」と一事リプライが!中川さんが映像撮影、編集、そして配信のスペシャリストである事は存じていたのでこのリプライには驚いたのなんの。驚きも冷めやらぬ内にダイレクトメッセージを通じて連絡先交換、そして直接お話して「面白い事をやろう!」と、あっという間に話が決まった。
中川さんの存在はずっと存じていたし、それこそ直接ご挨拶する機会を漠然と窺ってはいたのだけれどもまさかいきなりこういった形でセッションする事になるとは思わなかったので嬉しいサプライズだった。
正直ね、中川さんはondo recordsっていう看板を背負ってやられているしその経歴や活動諸々、何かを一緒にやる際にお声がけするにはハードルが高い方なのかもしれないっていう先入観があったのだ。
結論から書いてしまうと今回の一番の成果はその先入観が爽快に盛大にブッ壊れた事かもしれない。

で、当日の様子はこの日の日記でも触れているけれど、普段なかなか目にする機会のないカメラの数々(詳しい機材については中川さんのブログに詳しい)でリハーサルなし、「ここでこうします」なんて僕達決めたくもないしそこは中川さんも察して下さってたし何なら「いつも通りに、カメラがないものだと思って大暴れして貰って構わないしカメラなんてそうそう簡単にブッ壊れないよ!」って発破かけて下さった。
「面白いアングルとれそうだねえ」と伊藤誠人君の鍵盤の上にカメラを張り付けたのにはメンバー全員、(絶対、壊す…)と思いつつも中川さんのそのお心意気に感謝、そしてライブが始まると当然良い意味で目の前の事しか出来ない僕達は本当に"いつも通りに"演奏した。
そして持ち帰られた映像、音源を元に中川さんが編集して下さったのがこのライブ映像。


過去最高の画質、アングル、音質、編集によって映し出されるパイプカツトマミヰズ2012年の現在形。
是非ご覧になって下さい。
そしてもし気に入ったならここ、福岡のネットレーベル now&then recordsでCDも通販してるので買って下さい。
500円だけど名曲が一杯入ってるよ!

BIG CIRCLE

夜中の中央道を通って埼玉県のロックシティ(nothingman 宮下さん、頂きました)熊谷へ向かう。
中央道に乗った辺りで記憶がない。車内でコンビニで購入したパフェを食べてから満足して眠ってしまったみたいで覚醒するとそこは長野県の、畑と山ばかりか視界に入る中突然ローソンがあるようなそんな凄くグッとくるような場所を走っていた。JONNYはETCカードの深夜割引の関係で関東方面への遠征は大体演奏当日の午前2時とかに出発となる。時計を確認すると6時頃で、道理で運転席の佐藤さんと助手席の篠田君が乾いた笑いを浮かべながらシュールな事ばかり言い続けてるわけだ。あ、あの二人は普段から結構、そうか。

始めてからもうすぐ7年になるこのブログによると、前回JONNYで熊谷に行ったのは2009年5月13日。
その日の演奏がどうだったか、については恐らくツアー中であったしこれはもう確信を持って言えるのだけど移動中の車内で今でいうツイート感覚で書いたのだろう、簡素な文と10ドルステーキの画像しか掲載されていないのでわからない。けれども快心の出来ではなかったんじゃないだろうか、と今から3年と5ヶ月前の自分の文章の行間を読んで思う。
3年と5ヶ月。随分と間が空いてしまった。MORTAR RECORDの山さん(ここ数年は山さんが名古屋に来られた際にお会いする事の方が多かったけれども、熊谷を、そして音楽に情熱を注ぐ人を盛り上げようと御自身もまた情熱的に動かれる素敵な方だ)は実はJONNYを熊谷に、それも素敵なタイミングで呼ぼうとして下さっていたのだけど、これはもう完全にバンド側の理由、それも結果的に誠実だなんて口が裂けても言えないような形で応える事が出来なかった。
情熱には情熱で報いねばならない。
だからってわけじゃない、山さんがずっとそれを気にしてるとは思っていなかったしでもやっぱりこちらは忘れられず、久しぶりの熊谷だったし柴山社長(ONE BY ONE RECORDS)がレーベルの名を冠するイベント(書き遅れたけれども、昨日は熊谷でMORTAR RECORDとONE BY ONE RECORDの共同企画「BIG CIRCLE」が行われて名古屋からはレーベルメイトであるnothingman、この日がレコ発ツアー初日となるpalitextdestroyと我々の3バンドが参戦)で僕達を誘った意図も少しはわかっているつもりだったであるからこそ、この日の僕はやる気に満ちていたのだ。
あ、勿論イベント名もさ、絶対にあの愛すべきラーメン屋さんを含んだものだって思ったしね。

どうやら、楽器が、機材がその僕のやる気に負けたようだ。ベースアンプヘッドの不調らしく、音が小さくなって完全に途切れる事が演奏中に何度もあった。シールドケーブルを交換しても症状は改善されず。
畜生、こんな日に限って。とはいえ、その状況の中、最大限の演奏はしたと言えるし言いたい事も言った。JONNYから熊谷への宣戦布告、だなんて大それたものじゃあないけれど、3年と5ヶ月時間が空いてしまった熊谷という街とバンドがまた関係を始めるには30分という時間は十分なきっかけになったんじゃあないかな、と思う。
勿論JONNYというバンドのペースもあるけれども、個人的にはコンスタントに演奏しに、遊びに行きたい街だ。
色々考えてバンド活動をいうものを重ねるようになった今だからこそそう思うのかもしれない。そう考えるとこの数年という時間は僕個人には必要だったのかもしれないなあ。ま、結果論だけれども。
共演者との素敵な出会いもあったし、山さんお薦め、終演後に皆で食べに行った爆弾ハンバーグはライスお代わり自由との事で名古屋モドリの中央道分のエネルギーを十二分に補充させて頂いた。
人と人との繋がりだとか、そんな漠然と考えてきている事を改めて痛烈に考える事になった一日だった。

最後に重ねて、山さん、柴山さん、熊谷VJ-1、熊谷の皆様、本当に有難うございました。
そしてplitextdestroy、アルバムリリースおめでとう。

孤独部ライブハウス作品「教室」初演でベースを弾いた話

月日の流れに対する長短っていうのは実際の所、相対的なものであると思っている。人それぞれ。別に充実してるから一年が早いってわけでもないだろうし、のんべんだらりと過ごしたからといって一年が長くなるっていうのも随分と早とちりな話である。充実した時間を過ごそうが時間の流れは遅く感じる人はいるだろうし、ボーッとしている割にあっという間に時間が過ぎてしまう人もいるだろう。時間の流れに対する長短は相対的なものだ。
で、最近は一人の人間の中でも何についてか、によって時間の流れに対する長短は変わってくるんじゃないかな、と思う。

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僕の中でも「え、まだそれだけなの」といった具合に感じるのが、孤独部との付き合いである。実際のところ、5ヶ月程しか関わってないんだね。もっと長く一緒にやってるように感じるけど。記憶を辿れば実感の割にライブをやった記憶っていうのはそんなにないから、確かに僕と孤独部の付き合いは5ヶ月そこそこなのだろう。
「学生」という作品は前回のライブにて一区切り、というのは主宰というか唯一の部員である樫山君から聞いていた。「学生」に続き樫山君が持ってきたのは「教室」という作品である。

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スタジオでの稽古時間(ここで演奏陣の演奏内容は決まるので、気持ち的には作曲3割アレンジ7割、みたいな作業である)っていうのは今回はまとまった時間をおさえる事が出来ず(専ら僕のせい!)、それこそ本番当日、新栄CLUB ROCK'N'ROLLでのリハーサル後に徒歩5分の練習スタジオに入るくらいギリギリまで詰めていたのだけど、でもそれだけやった価値はそれ以上にあったと思う。だって本番が一番良く出来たもの。
適度に冷静で、そして有機的で終盤にいくにつれて熱量をあげていくような、そんな自然な演奏が出来たんじゃないかと思っている。しかし語彙力のなさは孤独部での演奏に限らず僕の課題だな。自分の粗っていう奴程、表現活動を重ねていく上で強敵なものはないんじゃないかな、とも思う。

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孤独部でのベース演奏に、いつも通りの機材の組み合わせではパンチが出過ぎなのではないかと思っていたし、しかして自分が抑えられるとも思っておらず、楽器自体を持ち替えてしまう事に。
Danelectroのロングホーンベース、色々と手を加えた結果それなりの音は出るようになっていたので実戦投入。いつもの僕の音がそのまま文字通りスケールダウンしたような、そんな役者さんの演技や台詞とは程良い距離感でやっていけるんじゃないかってな音は出た。

この日のイベントは京都の詩人 chori君のアルバム発売記念イベント。chori君、おめでとう!
chori君のポエトリーリーディング、抜き身の刀みたいで、そしてその刀自体がchori君みたいでいやはや、詩人って人種は凄まじい。

「ねえねえchori君、ちょっと訊いてもいいかしら」
「ん、ええよ」
「詩人ってさ、24時間詩人なわけじゃないか。何ていうんだろう、大変じゃないの?」
「お坊さんもそうだと思うんだけどさ、お坊さんってお坊さんの生き方があるわけじゃん。慣れるもんだよ」
「へえ!」

詩人は生き方。己の言葉、己の発想、己の生活を元手に日々を重ねる詩人の生き方に、憧れを感じたそんな舟橋孝裕、28歳の秋の夜。

新宿JAMでのJONNY企画を終えて。

JONNYはここ一年、所謂流通音源という奴を一枚も出していない。
勿論バンドは活動を止めていなかったし、ライブハウス限定音源2枚の発売に大丸コンピへの参加、と何だかんだで定期的に動いてはきたけれども、それでもやっぱり友達とかレーベルメイトに比べると(そこと比較したって何の意味もないばかりかナンセンスな事くらいは理解している。心情的な話ね。やっぱり対抗心って、あるもの!)所謂トピックスが少なかったイメージってのはあるんじゃなかろうか、だなんて思いつつもそれでもそういう活動を続けてきた。
JONNYが所属するONE BY ONE RECORDSの柴山社長にはきっと心配もかけたし気も揉ませたと思うけれども、僕達は声をかけて頂いた素敵なイベントへの出演や遠征等のライブ活動にその時々の可能な限りの実直さで(実直、って言葉程JONNYのイメージからかけ離れているものもないと思うのだけれども、そこはそこ。人前でやってるんだもの、誇りと誠実さは持ち合わせているつもり!笑)向き合ってきたつもりだ。
前述したけれど、悔しい思いをしなかったわけではない。色々なバランスをとりながら活動してきたらこうなってたってだけだ。

で、今年は東京には2ヶ月に一度のペースで行ってたのかな。これが多いのか少ないのか判断は出来ないけれども、先日新宿JAMで行った「JONNY B. Goode chap.TOKYO vol.2」はこれまでのJONNYの活動の一部分が結実したものになったんじゃないか、とそう思っている。
この日はフィードバックノイズさえも愛おしかった早く野外の大きな舞台で観たいthatta、スーツを着、テレキャスターでフロアを辻斬りにした侍達バズマザーズ、見事な音圧と素晴らしいギターサウンドでフロアを興奮の坩堝に叩き込んだMY WAY MY LOVE、そして一体この人達のクリエイティビティーって奴はどこからきてどこまで行くのかmothercoat、そして我々JONNYの計5組。
どのバンドもリリース直後ってわけではないし何か記念してお祝いするタイミングでもない(会場となった新宿JAMは周年イベント中であるけれども。有難うそしておめでとうございます新宿JAM。これからも貴方達の歴史に名を刻ませて頂けたら幸いです)。けれどもどのバンドもこのタイミングでJONNYが企画を行う事に「?」って回答はしなかったし、全力でそこに集まっている人達を楽しませようとしていた。
あの日の新宿JAMは立派に証明していたと思う。格好良いバンドが集まってただただ誠実に音楽を演奏するだけで、何なら素晴らしいイベントっていうのは成立する、と。
我々も2012年、今日に至るまで「作品」を残していない分、あの場を一つの「作品」じゃないな、「証明」じゃないな、何であるにしてもそこに何か自分達のやってきた事が顕在化するだろうと、そういう意識があった。
僕達の出番になろうとしている時、僕達以外の4バンドが尽く良い演奏を繰り広げた後だったので楽屋で軽口の一つも叩きながら、それでも全員気迫に満ちていたのは僕の気のせいではないように思う。
「全力で楽しもう」。
一見責任と覚悟からは少しだけ離れた場所にあるように思えるこの言葉の内包する意味合いの大きさったら、あの瞬間程それを全員が志し、そしてそれこそが一番端的に全員のやる気を表していた瞬間はなかったと思う。
僕もステージの上から「楽しかったですか」と問いかけながら内心「つまらないはずないよな」と思っていたし、その楽しさに良い意味で止めを刺す気が満々だった。
少なからず、目的は達したと思っている。

最近のJONNYのライブというのは本当に、JONNYでベースを弾くようになってからここまでライブ一本の意味を考えた事あるかいってくらい(や、勿論その時その時できっとやってきたんだぜ。だけど青い時期ってあったのだよね今思えば)思い詰めて臨むようにしている。頭を抱えて「何故こんな思いをするのか」というくらいまでライブについて危機感を感じた方がステージに上がった瞬間の解放感、そして演奏への能動的な意志が強くなるからである。自分で意図的にストレスを与えている部分ってあるんだろうなって思うしそれが健康的だとも思えないけれど、普段はその分楽天的だし、そういう時期もあって良いと思っている。

あの日あの場所にお集まり頂いた100人を超える皆様方、本当に有難うございました。
次はもっともっと目にもの、見せます。

大阪→京都→大阪の話

28日から30日まで仕事とライブで関西地方をうろうろしていた。
28日夕方頃名古屋を出発、大阪のワールドトレードセンター到着が19時頃。物凄く噛み砕いて説明してしまえば「コミケのアコースティックギター版」みたいなイベントがATCホールにて2日間行われ、去年に続き職場がこのイベントに出店、スタッフとして行ってきたというわけ。
会場に大量のアコースティックギターを運びこみ、ブースの設営を終えホテルにチェックイン。気を利かせた上司が朝食バイキング付シングルルームを予約してくれ、悠々自適の一時。

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そうそう、28日の晩ご飯はお世話になってるメーカーの営業さんにユニバーサルシティに連れて行って頂いた。インド料理屋でソーセージやタンドリーチキンやバターカレーを大量に食って大満足。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンって残念ながらまだ行った事ないんだけど、ユニバーサル・シティの町並みだけで興奮した僕なら絶対にはしゃぎまわれるね。近々行きたいと思います。
で、ホテルにて全裸で窓べりに立ってみたりシングルルームならではの過ごし方をして就寝。

29日は昼頃まで働いて、京都に向けていざ出発!
大阪にてバズマザーズ一行にピックアップして貰って一緒に京都へ。チームJONNYは名古屋から京都へ出発。現地で落ち合うという個人的体験からしたら珍しいパターン。
この日は今年3月にオープンしたばかりという京都GROWLYに出演。CUSTOM NOISE 安斎さんに誘って頂いた。安斎さん、次回は是非ご一緒したいです!
で、偶然にもつい先日のパイプカツトマミヰズ@京都VOXhallでPAを担当して頂いた方がこの日のGROWLYでもPA担当。
「一週間で二度、お会い出来るとは思っていませんでした。今日はかぶりものしていないのですが宜しくお願いします」との言葉に笑顔で「そうかそうか」と。職人っぽい見た目、あのプロ意識、僕ぁああいう方が大好きだね!

この日のGROWLYは大入り。しかしJONNYをご覧になられるのは初めての方がほとんど(演奏開始直前のステージ上からのアンケートによるものなので間違いない、ぞ)。こういうシチュエーションこそ燃える。や、勿論いつだって気持は切り込んでいく武士のようなものなのだが。だが機知の方大勢を相手に演奏するのと初見の方に囲まれて演奏するのでは気持ち的に違う。全然違う。どちらも面白いが、あの日は後者のシチュエーションで良かった、と思う。自分自身が意志の生き物で、自分の中で恥じ入る部分なぞ微塵もない演奏が出来たからだ。
状況をひっくり返す事に成功した、とは言い切れないが、少なくとも僕達はあの場をエンターテインさせる事が出来たんじゃあないかと思ってる。バンドマンとして毎回毎ライブ、やって当たり前の事ではあるのだけどね。
打ち上げ中に階上の食堂で頂いたGEISYA丼(ご飯の上にサーモンと漬物が乗せられ、粉チーズとマヨネーズベースのソースがかけられている)がべらぼうに旨かった。
おのまん君(京都VOXhall/太平洋不知火楽団スタッフ)に教えられたルートで翌朝大阪入りするため、おのまん君に見送られながらタクシーで三条へ。無事にDVD試写室にピットインし、折角なので、折角なのでなんだぜ?別にたまってたとかそういうのでは全然ないけど、DVDを7枚ばかし選んでちょっと小競り合いをした。
密室だと思って別にそんな好きでもないんだけどさ、折角だからってなもんでちょっとばかしはしゃいだら天井間近が隙間になってやんの。そりゃあ廊下を行きかう人の物音が鮮明に聞こえるわけだよ。
ああ、やっちまったなぁと省みていたら隣室からは語尾があがるタイプの「うううっ…!」という呻き声が。
皆、好き過ぎでしょう。はい就寝。

4時間後にモーニングコールで目を覚まし、京阪電車で大阪へ。
17時半にイベント終了後、撤収、19時に会場を後に一路名古屋へ。台風が上陸し、日中ホールのガラス越しに雨風が物凄いのを見ていたのだけれどこの頃になると大阪はもうすっかり落ち着いていた。結果的に台風を追いかけるような動き方をする事になったわけだけれども、僕達が名古屋に到着する頃には地面もすっかり乾いていた。
名古屋市内には避難勧告が出た区域もあったそうで、そんな大きな台風なのにいまいち実感がない。
ただ、名阪の通行止めによって帰宅時間に2時間程の遅延があった。車中ではほとんど寝ていたのでこれまたいまいち実感がない。

大阪→京都→大阪という移動は良い経験になった。
そして数時間後には佐藤さんちに集まって東京へ!明日10月2日は新宿JAMにてJONNY企画!
僕の「一人東名阪」もこれで一区切りってわけだ。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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