(注)マーダーマーダーではありません

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撮影はヨシダユキ先生
なんか最近、どのライブでも会う気がする。3月から個展が始まるのでリンク先で是非チェックを。
パイプカツトマミヰズの写真も展示されます。

28日、鶴舞K.D japonにて開催されたmurder murder企画「(注)マーダーマーダーではありません」にナトリネのお手伝いで出演。仕事をしばきあげてマウンテンバイクで薄暗くなった名古屋を駆ける。
到着するともう一組目のシャビーボーイズのリハーサルも終わり、ライブハウスが開場に向けてその様相を変える真っ最中。物販が組まれたり手荷物や上着類が片付けられたり、バンドはライブで100%を出すためにエネルギーを入れに行ったり。僕はというと隅の方でカラーボードにエフェクターをガムテープで張り付ける、毎回お馴染みの作業。これをやっておかないと何も出来ない、っていうかする気にならない。

この日はmurder murderらしいナイスチョイスの4バンド。
シャビーボーイズはベースのりっちゃん加入後、初めて観たのだけどああ、もう何か色々思い出しながら、良い意味でうわの空だったかもしれないな、観てた。新宿JAMに一緒に行ってリハーサル後のラーメン二郎歌舞伎町店で当時のベースの一郎君が辞める、と聞かされてその後のライブ、3曲目くらいにやった『空想ワールド』で本当にあんなのは初めてだったのだけど涙が止まらなくなってしまったあの夜とか、泥酔して大丸へ行ったら偶然にもシャビーボーイズのボーイズ3人と偶然出会って泥酔したテンションのままに「ロマンチックチェリーズ」というパンクバンドを結成したあの夜だったり、野外フェスSeapusで不眠不休の犬丸ラーメン明けであと数時間だけ起きてればシャビーボーイズ、というタイミングで朝日がきれいな海を眺めながら眠ってしまい結局演奏を見逃したあの日、とか。決して多く重ねてはいないけれど、そういう瞬間がよぎった。りっちゃんというちょっとストレンジで面白いベーシストがシャビーボーイズに加入して良かった。大体からして気合いを入れるために髪の毛をポニーテールにする、だなんてよくわかってる。

chori君はソロでは観た事あったのだけど、実はバンド編成は初めてで。前回彼が単身名古屋へ乗り込んできた時は孤独部でご一緒して、今回はナトリネと「舟橋毎回出てくるバンド違うじゃねえか」って思われてそうだけど(そう思っている人は東の方にも結構いそうだ…笑)choriバンド、本当に観る事が出来て良かったと思う。個人的にポエトリーリーディングであったり台詞であったり、メロディメロディしてない声と音の共存の仕方っていうものに興味を持っているだけにあのchori君とバンドが一体となった素晴らしいパフォーマンスは本当に刺激的だった。

murder murderは何だろうあの貫録。橋本君もいさみ君もそれぞれ能動的にそれぞれのペースでそれぞれの活動をされてるようだけれども、それがぶつけあうっていうアンサンブルではなくてあの二人が一緒に音楽をやるとmurder murderであるっていうか、そういう至極当たり前なのだけれどもそんな温度と息遣いを感じる(これはハポンだからってのもあると思うけれども)演奏だった。打ち上げでいさみ君とも話していたのだけれど、実は彼らと出会ったのって相当昔でその時彼らは別のバンドをやっていた。橋本君はギターヴォーカルでいさみ君はベース。昔話から今の話、そして今後の話まで打ち上げではじっくりと話す事が出来て面白かったなあ。

ナトリネは演奏の律儀さ(≠正確さ)だけで言えば前回よりもしっかり演奏出来た気がしている。半ば面白がって持ち込んでみたDanelectroのスプリングリバーブペダルが思わぬ良い働きをしていたのでこれはまた後日改めて書こうと思う。
多くの人に観て貰えたしナトリネとしてもお客様からのリアクションがあったようなので嬉しい。

そうそう、これは書き忘れてはならない。この翌日がナトリネ 茜ちゃんは24歳の誕生日。
誕生日おめでとう!
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「アクロバティックなお寿司」

25日(実質的には26日午前未明)、友人宅で鍋をつつく。
引っ越してきたばかりの、何であればまだ寝袋で寝なければならないような部屋で僕を待ち構えていたのは達成感と自信に満ち溢れた友人の顔と、煮えたぎった火鍋だった。

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この真っ赤な鍋にキャベツやしめじや各種出汁汁で下茹でされた食材をくぐらせて、しゃぶしゃぶのようにして食べる。鶏ガラスープに聞いた事もないような香辛料を沢山ブチ込んで、調理した友人も「聞いた事のないスパイスを結構買った」と言っていた。また、この中には角煮が沈んでいる。
一口食べて「ブラヴォー!」と賛美の言葉が口をついて出た。程良く下茹でされた野菜の食感を殺す事なく、辛くて、しかしそれだけじゃない奥行と旨みのある味。本当に旨かった。大量に食って、〆にはラーメンを投入して、あまつさえ白米にこの煮汁をぶっかけてまで食った。最高だった。タフな料理だ、火鍋。

友人が「きっと気に入るから」と貸してくれた漫画を読み耽っていたら気がつけば朝で、午前11時からの練習に寝坊してしまう。そう、この日はパイプカツトマミヰズで池下CLUB UPSETにて行われたKAGEROレコ発ツアー名古屋場所へ出演。共演はpalitextdestroyバズマザーズ、そして勝手にライバルだと思っているぞクウチュウ戦にレコ発で名古屋へ襲来!KAGERO。実に実に強靭なラインナップ。"強い"バンドの見本市、ライブハウスで行われる天下一武道会!
ここまで強豪を集めたUPSET 中井さんに拍手、敬礼!

パイプカツトマミヰズの出番は一組目。この後に強靭なバンド達の演奏が続く、というのはこれはもう明確にわかっていたけれども、それを念頭に置くでもなく気にするでもなく、肩の力を抜いて出て行った。このバンドに於いては肩に力を入れてもどうしようもなく、やる気とモチベーションと精神的な余裕を懐にその場を全力で楽しむように演奏するのが良いに決まっている。その状態でも良い演奏が出来るだけの経験知はメンバー個々人、積んできている。
今回のライブに向けての  練  習  時  間  は  少  な  か  っ  た  が  な  。
結果、手応えのある演奏を感じる事が出来た。モチベーションとオラァ感はそのまま何のフィルターを通す事もなく演奏に反映され、演奏中に「今日は良いからどこまでもいっちゃおう」というのを確信するくらい自由に演奏する事が出来た。あの快感を味わいたくて、あの快楽っていうのを常に毎回味わいたくてバンドを続けている。
どうやら主観と客観が一致するようなライブだったらしく楽屋に戻ると共演者からの「やりやがったな」的な笑顔とコメントが待っていた。
しかしね、何が清々しいってそういう事を言っていた人達がそのあと尽く、本当に素晴らしい演奏を立て続けにしていった事である。

二番目のクウチュウ戦は「これがプログレだ」と喉元に突きつけるような構築美とアンサンブル。僕はあのクウチュウ戦の演奏にフロアの空気が飲み込まれる瞬間が好きだ。胸がすくような気持ちになる。早くあのバンドを国家第一種プログレバンドに指定してくれ、何らかの国の機関よ。
palitextdestroyでは伊藤誠人が再びステージへ。あの人ってパイプカツト~で一緒に演奏してる時と明確に違うっていうのが共演すると尚更、わかる。この人達も強靭なバンドなのだけれどもこの日はいつもより増してその強靭さに拍車がかかっているように思えたのは気のせいだろうか。
バズマザーズはせんちょー(ナナフシ/JONNYサポート 他)がサポートでドラムを叩くようになってから初見。もうびっくりするくらいマッチョイズムを感じさせるバンドになっていて、しかもそれが体育会系っていうのではなくバンドとしての筋肉、演奏の気迫の顕在化って意味でマッチョ。場末でマッチョで、どこかデカダン。デカダンって単語、この人達と出会ってから知ったのだけど。
そしてKAGERO。もう何なんですか先輩達!強いだけじゃないんだぜ、アーバンでもあるんだぜ、って懐の広さを見せつける演奏をしたかと思えばやっぱりバンドの血肉を使ったバッキバキの演奏もされる辺り、ええ、素直に申し上げますと悔しいです。白水さんのベースの歪み(チラッと観に行ったらベースビッグマフ一発。潔過ぎです、先輩!)具合も格好良かったなあ。

本当の意味で対バンって、こういう事だ。
音楽的には完全に一致するものはなくともどこか精神的な部分だったり気概的な部分で共通するものはあったであろうこの5バンド、「オラオラ」とお互い殴り合うような演奏を披露しあえたのではないかと思う。本当に美しいイベントだった。あんな夜があるから、まだまだ強くなりたいと切実に思う。
KAGERO、そしてクウチュウ戦、レコ発おめでとうございます。
バズマザーズもpalitextdestroyもまたお相手願います。

本当に楽しかったな、この日。

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楽しそうな僕達。
ヨシダユキ先生撮影。

「新世界Bridge」に出演した話

わかめさん(龍宮ナイト)について、改めて、少し。
あの人と僕は二人で飲みに行ってお互いに普段遊んでる友達にも出来ないんじゃないかっていうような話を、勿論そうやって時折話し込む仲だからこそ出来る気軽さもあって暴露しちゃう程の関係だ。出会う前、そして出会った当初は僕はかってにわかめさんの事を「怖い人だ」と思っていたし、きっとあの人も僕の事を自分とは異質な、違うな、人と人が違うのは当たり前だな、どこか相容れない存在として捉えていたんじゃないのかなって推測しているのだけれども、いつしか僕はわかめさんに全然怯える事もなく、わかめさんも僕に「ハッシーさぁ」と気軽に声をかけて下さるようになった。
そんなわかめさんからメールが来たのは大丸ラーメン閉店(実際にはそこから数日やっていたのだが)の前日だった。
そのタイミングで先々の話をする事を詫びた上で(ここまで気遣いする人もなかなかいないんじゃないのかな)わかめさんがしてくれた話っていうのは情熱的で、そして面白い、興奮する話だった。
是非ここをご一読頂きたい。
平日の名古屋を面白く、だなんてそうそう簡単に掲げられるテーマじゃあない。それがどれだけ大変な事かも6年間龍宮ナイトをやってこられたわかめさんなら、そして今池HUCK FINN店長であるクロさんなら十二分に骨の髄に染みるまでわかってらっしゃるのではないか、と思う。けれども動き出した。
凄い、凄いぞ「新世界Bridge」!
真っ先にソロでの出演を頂いた事も嬉しかった。この気概に応えねば、乗らねばならぬ、と思った。

「芸術は刹那の中で作られる」が最近のマイブームモットー(定期的に心にグッとくる言葉ってあるじゃんね、今はこれ)である僕は「潤沢な時間は圧倒的なクオリティと作り込みを目指すならば必要ではあるが、一本筋の通った表現を第一に掲げるならばむしろそれがない方が余分な贅肉が削ぎ落され、無駄のないものになる」という発想の元、本当に直前にしか動くつもりはなかった。選択肢や悩む時間があると、あれもこれもとなって結局ブレる。常に自分の中で取捨選択を迫られる、眼前につきつけられるような状況での準備→本番という流れが好みである。
そして迎えた当日。
僕は朝早起きしてかしやましげみつ(孤独部)宅にいた。

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キンコーズで深夜に購入したA1版の紙を、100円均一で購入したハケやら絵の具やら諸々で塗っていく。
最初の数分は楽しい。手伝って、というか作業の半分を担当してくれた樫山君も最初の数分は楽しそうだった。
けれどもこういう作業ってすぐに飽きる。

「飽きたね」
「飽きましたね」

時間が来たので2時間出勤。自宅からよりかしやま君宅からの方が職場は近かった。
で、2時間勤務を終えてホームセンターでブルーシートを購入して再びかしやま宅へ。作業再開。
時間が良くなったので今池HUCK FINNへ!

わかめさんの手によって彩られたHUCK FINN内、フロアにビニールシートを広げて今日の僕の「フィールド」を作る。
この日は「未確認尾行物体」としてのパフォーマンス、内容は「注文の多い料理店」。
演奏は孤独部でも御一緒している金森君にお願いした。宮沢賢治の世界観は彼の木訥とした人柄にもハマるし、情緒的なギターは朗読+即興演奏にピタリとハマる気がしたからだ。ああいう独自の視点で感性を持っている人っていうのはこういう瞬間をわかちあうとより距離が縮まる。
最初はフロアでの生声朗読、生演奏で電気を一切使わない内容になるはずだったのだが、HUCK FINN ナベちゃんが「前うちでやった芸人さんがね、面白いマイクの固定方法をやっててさ」と出してくれたハンガーマイクホルダー(さながらハーモニカを首に固定するアレみたいな!)の完璧さ、全くストレスなくマイクを使っていない感覚で増幅される肉声に興奮して有線マイクを用いての朗読となった。ハンズフリーだし、PAを通す事でエフェクトを介してナベちゃんにも演騒に参加して貰えるというのも大きな魅力。
ナベちゃんのお陰で微塵のストレスもなく演騒に集中出来た。本当に有難う。

そう、この日は朗読っていう部分に関しては本当に今までで一番良い朗読が出来たように思える。
「あ、俺ノリノリだったな」って演騒後に思ったくらいだったから間違いないだろう。ただビニールシートでフロアを敷き詰めたり開演前に注意事項、みたいに影アナを入れたのは物々し過ぎたかな、とも思う。
生クリームまみれになった中、充足感を感じながら終了。

前述の色を塗った紙はかしやま君の衣装。彼は扉役という事で物語の舞台装置として動いて貰いました。彼のナイスなアドリブ、そして金森君の期待通りで期待以上の演奏も相まってキッチリと構築、構築した上での感情まかせのパフォーマンスが成立したと言っても過言ではない。二人とも本当に有難う。

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リハーサル中の様子。
演奏する金森君と床の気持ちになっている僕。

「新世界Bridge」、初回は平日とは思えない人の多さで無事終了。
わかめさんも「まさかあそこまで皆来てくれるなんて」と仰っていたけど、本当にそう。髪の毛の青いメイクをしたパンクスや凄い服着たお姉ちゃん等、普段なかなかライブ鑑賞をご一緒する事のない方々と過ごすのも面白い体験だった。良い夜だったなあ。情熱と熱気と煙(詳しくは書きません笑)が満ち溢れた夜だった。
ブラボー!!

天下一品へ行ったっていうただの日記

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河本君(palitextdestroy)が撮影したものを勝手に拝借。
問題があったら言って下さい。

河本君が、貸していたアコースティックギターを返しに来てくれた。
腹が減っていると言うのでこれ幸いとばかりに天下一品へ誘う。「そこまで好きじゃないんですよね」と渋ったものの、最終的には樫山君(孤独部)と3人で天下一品 栄店へ。
各テーブルにTV番組で天下一品が紹介された際のものだろう、録画を延々とループ再生するモニターが設置されており盗難罪をバラエティ番組で自白し問題になったタレントが出演しているのを目を細めて眺めながら、こってり(大盛)を喰らう。人生で初めて天下一品を食べるという樫山君は特大。「最近気づいたんですけど、そんなに食べなくても大丈夫なんですよね」と言う河本君はこっさり(並)。
安定の旨さ。サービスコーナーのニラやモヤシも良い味付けで美味。
鶏ガラに野菜数十種類だけでどうやってあの濃厚なスープを作っているのか。凄いぞ天下一品。

で、家帰って作業して今に至る。
コンビニにお酒でも買いに行こうか、と思い悩んでいる。雨だからなあ。

ナトリネ復活ライブでベースギターを弾いてきた。

表立った活動を休止していたナトリネの茜ちゃんから「来年1月に活動を再開するので是非ベースギターを弾いて欲しい」と連絡を貰ったのは去年の11月頃。ナトリネとは246スタジオで河本君(palitextdestroy)を介して出会って以来、ライブを観に行ったり自分のイベントに誘ったりと付き合いを重ね、去年の5月にはサポートベーシストで活動を続けていたナトリネで一度ベースギターを弾いた事もある。活動休止以降もドラムの梶君には血Q暴鋭軍に参加して貰ったり、茜ちゃんちでカレーを御馳走になったり。
断る理由なんて、これっぽっちもなかった。
何より僕はナトリネの音楽の力を信じている。活動休止中に日常生活で精神状態を摩耗した茜ちゃんのSNSへの書き込み等を見るにつけ「早く戻って来いよな」と思っていた。今だから言える事でもあるのだけど。
バンドの活動休止を経験して、そして思うようにライブ活動がままならない中バンドが解散した経験がある人間としては活動休止よりも活動再開の方が並々ならぬ決意がいる事はわかっている。そんなバンドとして打って出る時に「力を貸して欲しい」と言われたらそりゃあ腕まくりをして出張るってもんですよ。
ただ練習に合流するのは演劇公演の関係もあったので今年に入ってからにして貰った。サポートギター鈴木君(a weeping memorial tree)とベース不在の中練習を重ねてきたナトリネとようやくスタジオに入る事が出来たのは実に今月になってからだった。

その練習の成果を多くの人が駆けつけた新栄CLUB ROCK'N'ROLLにて披露してきた。
取置表一杯に書き込まれた予約者リストを見ながら、何だか自分の事のように嬉しかった。活動休止、という言葉から受ける印象としては短い休止期間だったのかもしれない。でも本人達からすればそれは実際以上の長さがあったんじゃないか、と勝手に推測している。その間に溜まった欝憤を晴らすように梶君はドラムを叩き、茜ちゃんは伸び伸びと唄っていた。演奏しながら「ああ、練習の時より今日のナトリネの方がずっといいぞ!」と思った。
サポートギター鈴木君の存在は大きい。いやあ、あの人滅茶苦茶良いよ。ギターも音色もフレーズも多彩だし、鍵盤ハーモニカを吹いたり歌ったり大活躍。新生ナトリネはそのバンドとしての逞しさや力強さ、表現力の幅の広さもさる事ながら、彼の存在も大きいんじゃないかと一緒に演奏した僕でも思ってる。本人の人柄もナトリネの2人と滅茶苦茶あってるしね。
三宅さん(GRANCH)のアップライトも音色、フレーズ共にナトリネの音楽に幅広い彩りを加えていて、正直バトンタッチ(僕が前半4曲、三宅さんが後半2曲を担当)した身としては悔しさと「やられたなあ!」という気持ち良さがないまぜになったまま袖から観ていました。ちなみに三宅さん、先月は8バンド分のライブを行ったそう。8本、ではなく8バンド、て。どれだけ多忙なのさ。
僕は僕で僕らしく、ブンブンゴリゴリガシャーン!とやりました。ふわっとした柔らかさの中にああいう要素があるってのも面白いはず。

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ナトリネ、おかえりなさい!

世界的な評価を受けてる

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人前で何かを表現する人間として人が作り上げたこんな素敵な光景を見た後に一体何をすりゃあいいのかと考えた。
まるで映画の中にいるようだった。

孤独部での東京遠征

15日午前1時半、夜勤をバシッと終えて入浴、身支度を終えソフトケースにエフェクターも詰め込んでついでに念のためリュックサックに着替えやらホッカイロやらも詰め込んで迎えが来るのを待つ。
孤独部にて東京遠征。活動最初期に遠征しているらしいが、今の形態になってからは初だという東京遠征。大森靖子さんが高円寺 円盤にて毎月行ってきたという月例企画にご招待頂いた。
かしやま君が借りてきたレンタカー(車には頓着しない性格なので詳しくはないが、ウィッシュという車種らしい)に役者3人、バンドマン3人で乗り合わせての名古屋-東京の夜間移動。普段バンドで移動している行程ではあるのだが、今回はちょっとわけが違った。

14日日中から降り注いだ雪は東京の機能を低下させ、中央道は閉鎖、飛行機も欠航、一般道路も凍結や雪によって車移動が困難(当日東京に遠征していた友人曰く「一時間で10キロしか進んでいない」との事)になっている、との報せが耳に入ってきた段階である程度の覚悟はしていた。しかし、まさか。合計13時間かけて高円寺に行く事になるとは誰が予想しただろう。様子を見ながら進めば良い、とどこかでたかをくくっていた部分はあるにはあった。僕は、今回の事態を甘く見過ぎていたのだ。

刈谷にて今回の作品の重要なモチーフとなるかしやま君の生家を皆で見、一路東京へ。人の実家というのはノスタルジックな気持ちに間借りするようで、一種独特の感覚にさせられる。
移動を始めて数時間後、深夜4時頃だろうか。発熱。ここ数日間の間体に拭い去りようのない倦怠感を感じてはいたのだが、まさか風邪だとは。SAに止まった際に車から降りて(寒さと寒気で体がガタガタ震えて、その度に打ち身が癒えていない左腕の付け根が痛んで惨めな気持ちになった)荷台のリュックサックからホッカイロを取り出し、首筋と腰に当てる。コートとマスクと軍手で完全防寒し、そのまま眠る。
数時間後、目が覚めると体調が心なしか回復している。程なくして海老名SAに到着したのでフランフルトを一本と栄養ドリンクを2本体に入れ、再び就寝。
起きると東名高速道路から孤独部カーは降りており、コンビニの駐車場にいた。
あれ、体調治ってる…。
まさかの行きの車中で風邪をひき、行きの車中で完治!素晴らしいホッカイロ!素晴らしい栄養ドリンク!発汗作用って偉大だね!
(リハーサル後に携帯電話が壊れた時にはもうなんなの、と笑みさえこぼれた。これまた高円寺のauショップにてすぐさま機種変更。新しい物好きなんだよね、僕)

高円寺 円盤での演奏は「マイクを使わずに発声する役者3人」+「カホン」+「ラインで鳴らすエフェクターを通したエレアコ」+「ベースアンプから鳴らされるエレクトリックベースギター」という今回の編成でスタジオ入りしたどの部屋よりも演奏しやすかった。役者の声もしっかり聞こえるし各楽器のバランスも気持ち良い。音量バランスがどうってのも勿論あるにしても、あの空間ならではの雰囲気によって集中力が高まったのが大きいんじゃないかと、そんなロマンチックな事を考えている。
かしやま君の作品っていうのは自分の過去や心情を切り取って作品にしているものが僕の知る限りほとんどで、彼自身もそういう創作とそれによる表現、情感っていうのを孤独部の身上としていると思うのだけど、今回の作品程何ていうんだろう、言葉が刺さってくる作品はなかったな。脚本を書き終えた後に一旦距離を置いて役者としてそれに取り組んでいるような、そんなかしやま君の演技はその作品の性質上そうなりがちになりそうな「独りよがり」感は皆無だったし、役者チームは一丸となって表現していた。美しかったもんな。
演奏チームも良い具合にその作品の空気感をわかりやすく演出出来たのではないか、と思っている。間口を広げる役目としての演奏、っていうのは普段の演奏と違う神経を使って面白い。

共演の川染喜弘さん、初めてライブを拝見したのだけど滅茶苦茶良かった。サンプラーを用いた中での、っていうと語弊があるかな、システム上はサンプラーを用いて色々な音をサンプリングしてリズムトラックを形成、その上で韻を踏まないリリックをほとばしらせるスタイル。しかしきっと川染さん、リズムトラックがなくても物凄く良い表現をされるんだろうな。
表に積った雪をゴミ袋に詰めて登場、その細身をフル活用してまくしたてるように喋る喋る。雪を食べたり水を飲んだりする音をサンプリング、するもむしろそれはライブのシークエンスとシークエンスを繋ぐ要素で、あの人っていうのは本当になんだろうなあ、御自身で、御自身だけで勝負されてるんだな。凄まじかった。40分の演奏で何を受け取ったかっていうと初見の僕は川染喜弘という人間の生き様とインテリジェンス。
次回観た際にはきっとまた違ったものが見えるだろう。
大森靖子さんはつい先日THEピンクトカレフを観た後だったから尚更そう思ったのかもしれないけれど、あの人THEピンクトカレフの時と一人の時では全然表情違うのね。って当たり前か。THEピンクトカレフの時はバンドマンの顔になっていて一人の時は「大森靖子」の顔になっている(私生活をそこまで知らないのでそれがあの人のパーソナルな表情なのかどうかは判断出来ない。そこまで多くはないけど僕が見てきたステージの外での大森さんって凄く穏やかな表情をしている人だ)。
今回の二組で痛感したのはどんな形の感動であれ、人にそれを与える表現者っていうのはどこかしらその人の息吹が感じられるという事だ。その人自身であるっていう事だ。今回孤独部演奏メンバーとして共演したのは二人の人間だったなあ、とイベント終了後に痛感した。自分自身を音楽で表現出来るって、曲を作った事がない僕からするととてつもない事のように思えますね。

終演後、山田詠美「僕は勉強ができない」のハードカバーを購入。500円。樫山君をはじめ僕とあの作品を知る人は「きっと君はあれ好きだよ」と言うので気になっていた。嬉しい出会い。
打ち上げは大森さんの案内で高円寺の中華料理屋で。名前を失念してしまったのだけどどうやらここ、高円寺界隈ではバンドマンの「はきだめ」らしい。これって決してネガティヴな表現ではなくてつまり「安くて」「相応に旨くて」「居心地が良くて」「適度にはしゃげる」って事だ。実際ワンコインでご飯、スープお代わりし放題の定食(しかも種類が豊富!)とか馬鹿デカい餃子とかコストパフォーマンスは滅茶苦茶高かったし、麻婆春雨もユーリンチーも肉汁したたる餃子も全部旨かった。良い店だったなあ。

「可能な限り起きてるから!」と言い張るも、モンスターエナジーを飲みながら高速道路に乗って早々に意識を消失。名古屋までの道中は仮眠を挟みつつも樫山君が運転しきってくれた。寝ちゃってごめん。
個人的にも実りの多い東京遠征だった。

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今日は行きの車中で死にかけているかしやましげみつ君の写真でお別れしましょう!

2012年~2013年冬っていうのは何かにつけて鍋をしばきあげている。

昨夜は「感性で遊ぶ男」と「感受性で遊ぶ男」と「自分の脳味噌で遊ぶ女」と「眠る女」とキムチ鍋を手を替え品を替え食らった。「眠る女」って意味深長なようだけれども、お酒を飲んで鍋を食べてゲームをやってニコニコしながら眠ってしまったのでそう表現しただけです。

「感性で遊ぶ男」も「感受性で遊ぶ男」も、そして「自分の脳味噌で遊ぶ女」もあくまで僕から見たその人の人となりでそういう表現をしただけなのだけれども「自分の脳味噌で遊ぶ女」に関しては自覚もあるようで随分と抽象的な言葉を使ってご本人のその『遊び』について話をしても会話ががっちりと噛み合っている感覚があった。
自分の感性っていうものを一方向に向けず限定せず、他者からの刺激は勿論受け入れつつもまずは自分の感性を解き放つ遊び(ドローイングを文章で出来ないかと思って、とか凄い発想に思える、僕には)をしている彼女は僕からすれば自分の頭の中、感性という小宇宙をどんどん押し広げているような、自分の中の様々な感覚を線で結びつける作業をするような、敢えて人間とは真逆のパーソナルコンピューターに例えるならばソフトウェアをインストールせずともどんどん自分の中のアプリケーションを使って自分をアップデートしていくような、そんな風に映った。ワードとペイントソフトがインストールされているコンピューターが、それら二つを使ってそれら以上のツールを自己開発するような、そんな事を彼女は自分の脳味噌を使ってやっていた。
ちょっと、出会った事のないタイプの人間。

社会的にも思春期を乗り越えた女性としてもちゃんと自己を確立している女性ではあるのだけれども、およそ芸術表現とか自己表現っていう部分に関しては枠組みであるとか外的なものとのすり合わせっていうものをしないまま、肯定的な意味で子供と同様の強靭な想像力を残している、身近にいればこんなに面白い事はない人である。
このブログを含め自分をアーカイヴ化する事に目下心血を注いでいる僕には同じ事って出来ないだろうからこそ、物凄く刺激的だった。
「感性で遊ぶ男」も「感受性で遊ぶ男」ともそれぞれキムチ鍋を食らいながら大いに話をした。共感出来る部分も共感出来ない部分も理解出来る部分も理解出来ない部分もあってべらぼうに面白かった。
やっぱり、他人って最高に面白い。

キムチ鍋は残念ながら深夜のマックスバリューではもやしが売り切れだったので野菜は白菜と葱だけしか入れる事が出来なかったが、その分肉や餃子等楽しむ事が出来た。〆で食べたうどんが、明け方に大いに話をして刺激と感銘を受けた後だったからかもしれないが最高に美味しくて「最終的には麺類に着地するところが実に良い」と人様の分もガンガン啜ってしまった。

2013年JONNY演奏初め。

8日はJONNYでごっちんさん企画で藤ヶ丘Music Farmに出演。
2013年、JONNYでの演奏初めとなったのだが2曲目半ばでベースの音が出なくなる。どうやらアダプターの不調らしく他のメンバーに演奏を任せて、共演者にアダプターを借りにそのまま楽屋へ。機材トラブルって普段なら物凄く焦るのだけど、この日は不思議とそうでもなく。楽屋にて共演バンドのメンバー様方が「大丈夫ですか!?」と気遣って下さる中「すいませんが、アダプターをお借りできませんか。壊しませんから」とGEEKSTREEKSのベースさんにBOSSのアダプターをお借りしてステージに戻る。階段を半ばまで降りると佐藤さんが喋っているのが聞こえてくる。あ、演奏とめたんだ。申し訳ない。
ステージへ戻り、機材復旧。曲の半ばから演奏再開。
良い意味で、この初っ端のトラブルで肩の力が抜けたのかその後はのびのびと演奏出来た。GEEKSTREEKSの皆さん、有難うございました。

本番後、楽屋にてこの日共演した件-空断-さんとお話していると衝撃的な事実が判明。
それは今から何年も前、篠田君加入以前の佐藤、野々垣二人体制だった頃のJONNYのメンバー募集に件-空断-さんが応募してやって来た、というもの。
佐藤さんも言われて気付いたようでそこからはキャイキャイ興奮していた。今一緒にやっていないって事はその時は御縁がなかったのだと推察するけれども、でも件-空断-でのライブを観るとそれで正解だったんじゃないかな、と思う。だって件-空断-、格好良かったもの。機材やPCやVJを駆使しながらその演奏は実に生物っぽいというか、人間の中の動物的な部分というかそういうものを感じた。あの人が参加していたJONNYも観てみたかったけれども、そうなると件-空断-は観れなかっただろうし、それぞれの表現を続けてきてこうやってご一緒するっていうのは面白い事だ、と佐藤さんも言っていた。

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佐藤さんと件-空断-さん。
ひょっとしたら、一緒に何かを作っていたかもしれない二人。

新年一発目のレゴ

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人さらいの乗る車
実際作ったのは去年末。
人さらいの乗る車は今日も行く!
「助けて!出して!」
「叫んでも誰も来やしないよ」

「それでも人生はすばらしい」~2

演劇公演「それでも人生はすばらしい」に関わったチームメンバーについて。

予告編動画でも使用した音楽、そして劇中客席後方で生バンドを指揮してBGMを担当してくれた伊藤誠人君。
この人との付き合いはかれこれ計算すると実に10年以上になる。紛れもなくバンドマンの中では一番長い付き合いで「ライブハウスでの演劇公演」の話が持ち上がった数年前の段階でオファーしていて。今回改めて話を持ち寄った際にも「あの時約束したからな」と快諾、素晴らしい、本当に素晴らしい音楽で演劇公演前半パートを彩ってくれた。
Aパート前半の最後は彼自らが歌うテーマで終わったのだけれども、これは「君が歌ってくれよ」とお願いして実現した。通し稽古の際に「本番では誰かボーカリストを探そうと思っているんだけど」と前置きして彼が歌った、その感じが本当に素晴らしくてカラオケ以外では人前で歌う事に難色を示し続けてきた彼の顔を知っていながらお願いした。
彼からするときっともっと巧く歌える人間がいる、と思ってのボーカリストを探す発言だったのだろうけれども、やはりここは彼が歌う事に意味があったと今でも僕は思っている。何より本番、楽屋の扉をうっすら開けてそこから聞こえてきた歌声は心に響いた。
劇中も役者の演技を引き出す演奏をしてくれて、本当に感謝している。

ギターを弾いてくれたのは各務鉄平(紙コップス/パイプカツトマミヰズ ボランティアメンバー)君。
伊藤君に続き、二日連続で「20周年はすばらしい」でエレキギターを弾き倒してくれたのは各務君。彼も長い付き合いになる。元々は彼と一緒にバンドをやっていた頃に本多さんから頂いた演劇公演、やっぱりどうしても当時のメンバーに出て貰いたくて最初は役者でもオファーをしていた(その頃の脚本というのいは最終稿とはまた違ったものだったので)。熟考の末、役者での出演は違うという事になりそれが紆余曲折を経て結果的にああいう作品になったのだからその判断も、先読みしたわけではないだろうけれども感謝している。
スタジオに来る段階で彼が持ち込んでくれたアルトリコーダーをはじめとする生楽器の数々は劇中、幽霊の登場シーンで大活躍。ギタリストという枠を超えた大活躍をしてくれた。
本当に感謝してる。

ドラムパッドによるパーカッションを担当してくれたのはせんちょー(ナナフシ/JONNY サポートメンバー他)。
伊藤誠人君に「ライン出力前提でリズムセクションを担当してくれる人を探してみてくれ」と話をしてからしばらく後、伊藤君と僕がほぼ同時に「この人だ!」と思い当たったのがせんちょー。
JONNYでの活動を通じて体感したこの人の、良い意味で作品の作り手に深く入り込み過ぎずそれ故発揮される作品そのものへの誠実さっていうのが僕は大好きで。せんちょーの参戦が決まって演奏陣3人の顔ぶれが見えた時、今回の劇中音楽は絶対に良いものになると確信出来た。HIP-HOP(って言っていいのかあれ)にのせて幽霊の背景を物語るシーンでもせんちょーのリズム感が絶妙だったし、何よりやっぱり抜群に引き出しと勘が鋭いもんだから一切、はずれがなかった。せんちょー、感謝しています。

宣材としても使われた僕個人のアーティスト写真撮影、当日の影アナ、そして常にお客さんの一番近くで自由に動けるように待機してくれていたのはヨシダユキ先生
いつもいつもご近所さんだから成り行き上巻き込んでしまう事が多いヨシダ先生だけれども、今回程巻き込まれてくれて良かったと思った事は正直なかったよ。事の進行具合は定期的に報告していて、そして稽古らしい稽古は当日最後の通し稽古まで観ずにいて貰い、通し稽古を観るヨシダ先生の表情を離れたところから見ていた。その時の先生の表情でますます僕は自信をつけたのだった。
アーティスト写真に関しても僕をどう見せたいか、っていう部分を明確に持って撮影に臨んでくれて(しかもそれが僕の見せたい部分と一致している、という快感!)本当に有難かったし、結果的に今回の演劇公演で披露する事が出来た僕の本質の部分が写真にも出ていると思う。
諸々、感謝しています。

予告動画撮影及び編集、そして当日は照明スタッフとして携わってくれたのはもぐら君
最後の予告動画編集に入る前くらいかな、彼は東京へ上京して。それまで彼の部屋や路上で撮影したり編集作業したり、それ以外にも色々な時間を重ねていたので遠くに行った事は純粋に寂しかったけれども、それでも400km近い距離を正月早々、彼は名古屋へ来てくれた。
動画撮影も編集も専門外だった彼に予告動画製作依頼をした僕も無茶苦茶だけれど、数日間で素材となった動画からしっかりした予告動画を完成させた彼は良い意味でもっと無茶苦茶だ、と思った。そして一緒にものを作る上で何が嬉しかったって彼自身、自分の作る作品=予告動画にプライドを持って臨んでくれた事。普段からカメラマンというものを表現する側にいる彼だからそれは想像出来るといえば出来るのだけど、想像以上のプライドで良い動画を三本、作ってくれた。
照明に関しても触った事もないであろう照明卓を井藤さんの簡単なレクチャーだけで扱いこなし、こちらの注文と彼の感性を踏まえた上で舞台を素敵に彩ってくれた。
もぐら君、無茶ぶりに応えてくれて有難う。

阿刀田美奈子役として体を張った好演で応えてくれた田中みなさん(ゲボゲボ)は孤独部のライブハウス作品を通じて知り合った。
元はといえば僕のライブに遊びに来てくれていた田中さんにふと「舞台上で服って脱げる?」と冗談混じりで訊いたのがきっかけでオファーと相成ったわけなのだけれども、あの時の田中さんの即答気味の「脱げますよ」は本当に潔かった。
バンドマンが作、演出というわけでそれまでゲボゲボという劇団で役者業を重ねてきた田中さんは実際のところ相当戸惑ったのではないかと思う。門外漢が責任者である演劇公演、という普通ならば「お前それ違うだろ、こうだよこう!」と言いたくなるような瞬間も多々あったであろう制作現場に於いて、田中さんは元々モチーフもない役だっただけに実際頭を悩ませている様子も見せていた。しかし最初に脚本を読んで貰った時「舟橋さんの人となりをもっと知りたいと思う」とアプローチしてきた段階でこの人にオファーして正解だった、と僕は思っていたので、本番では絶対に主観でも客観でも一番良い表現を繰り出してくる事は確信していた。後半パートに於いて僕は僕として出ていく以上、特に計算も何も必要ない。ただ彼らは29歳の劇中人物である。勿論虚構の人間ではあるのだが、僕の29年に虚構の29歳として向き合う際に相応する説得力は必要不可欠である。先程も書いたが、演じる役にモチーフも何もない田中さんには相当に無茶なお願いをしたのではないか、と思っていた。だが。
いざ、舞台にあがって彼らからすると『驚異』となる存在として対峙した際に、僕の眼前には田中さんではなく役である阿刀田美奈子が居た。
交際相手である東野に寄り添うその姿勢は完全に普段の田中さんのそれではないし、僕を見つめる目も田中さんではない。凄いもんだ、役者っていうのは。田中みなさんっていう役者は。
本当に有難う、貴女の表現に一番近くで、一番興奮させられました。

幽霊役は劇団バッカスの水族館より相羽広大君。
彼とも孤独部のライブハウス作品を通じて出会った。スタジオでの練習時から彼の挙動に目が釘付けになり、今回コメディリリーフとして幽霊役を考えた際に相羽君以上の適役はいないのではないかと思われた。
がっしりとした体格の彼が温厚で落ち着いたその人間性からは想像も出来ないような瞬発力で繰り出す挙動っていうのは本当に観ていておかしいし、「デカくて早い」っていうのは単純に男の夢である。かしやま君も「相羽君が笑いの部分は全部引き受けてくれますから」って言っていたのも納得で、彼が稽古に参加した初回から僕は相羽君に笑わされっぱなしだった。こちらが期待した以上のものをアドリブで繰り出してくれるので「もっともっと!」とどんどん要求はエスカレートしていった。演奏チームとの通し稽古でも、曲入りのタイミングが彼のアドリブで一発で決まったりしていた。当然、その瞬間も演奏チームは皆笑っていた。
相羽君、前半部分の印象を決定づける大役を果たして頂いて、本当に感謝しています。

右角81君は孤独部とゲボゲボの深夜公演で初めてその姿を拝見し、その少し後だろうかtwitter上で交流を持つようになったのがきっかけ。物作りについて意見を交換している間に「この人にも参加して欲しい」という思いが高じてオファーさせて頂いた。役者としてお願いしたものの、最終的には田中さんも所属した劇団であるゲボゲボを主宰、作/演出も手がけてきた経験をそのまま本公演でも活かして貰おうと演劇人としての経験と知識もお借りした形になった。稽古を見て彼が気になった点、自分ならこう演出するという点を記したメモを皆で共有、そこに「各々がこれを踏まえた上でどう思うか、それを演技に活かすも良し、違うと思うなら反映しないという形で活かすも良し」という旨を伝えた。結果的に客観的に見た視点での右角81君のこの演出メモは大いに役者陣の参考になったようで、当日も準備が終わって開場を待つ間、舞台上でかしやま君と右角81君が話し込んでいる姿が見受けられた。また、演技も彼の独特な雰囲気が僕の知る「バンドマン」そのもので、物語の導入を司る役として大いに貢献して頂いた。
右角81君、君のクリエイティビティを遺憾なく貸してくれて本当に有難う。

さて、今回の公演をそもそもからして挙行するに踏み切るに至ったにはこの男との出会いがあったからだ、と自信を持って言えるのが主役を演じてくれた孤独部主宰、かしやましげみつ君。
演劇公演の話を頂き、やりたい内容も漠然と見えた際にまず僕がしたのは彼の家に行き、構想を話し、彼のリアクションを見る事であった。都合2年間も演劇公演が実現しなかったのは彼のように演劇という表現に身を置きながらライブハウス、バンドマンという存在に対して共感を感じてフレキシブルに動ける男が身近にいなかったからだ。なおかつ、彼は面白い事をやっているのは孤独部の活動を通じて知っているつもりでいたし、何にしても彼の知識と経験と力は必要だった。僕のプレゼンに対して彼の返答は極めて明確で、かつ喜ばしいものだった。

「…やりましょう。この話を断ったら役者として名折れです」
「本当かい。ただ、僕はステージの上で君を殴るよ」
「それは怖いです」
「うん、すまない、殴るよ」
「怖いですね。でもやりましょう。絶対に面白いですよ、これ」

その後、キャスティングを練るにあたっても彼に相談をし、脚本の第一稿が出来上がるとすぐに彼に目を通して貰い、僅かな変更点も彼に報告をし、作品に対する思いも何を表現したいのかも自信も不安も彼に話をしてきた。スーパーで大量の食材を購入し、二人で鍋を囲みながら芸術に対する話をし、面白いと思うものを共有し、そして同時に僕のソロ活動に協力して貰い、彼の演劇公演を観に行き彼のクリエイティビティとバイタリティに畏れおののき、そしてお互いの領域でお互いの表現活動を続け結果と成果を持ち寄って、そして今回の演劇公演に向かってきた。スケジュールの関係上なかなか稽古に参加出来ない間は彼が諸々の調整をしてくれたし、演劇に必要な知識も与えてくれた。後半部分の脚本を棄却する、という決断も彼の後押しがあったからこそ確信が自信に変わって踏み切る事が出来た。
そして本番。
そんな一緒にものを作ってきた彼が演じる東野の右顔面を思いっきり殴りつけた瞬間、自分の中で確実にスイッチが入ったのがわかった。舞台に上がって数分後から彼演じる東野と田中さん演じる阿刀田に感じていた違和感、そしてイラつきは暴力という形で顕在化し、僅かに残っていた彼らと重ねてきた時間への愛着も思い入れも、一度の暴力で粉微塵に粉砕した。開場直前に二人と舞台の上で三人っきりで話をした。「今回の演劇公演を成功させるためには何だってする。けれども出来れば訴訟は起こさないで欲しい。そしてひょっとしたら君達との関係も今日これっきりになるかもしれないと思っている」と。その段階ではまだ戸惑っていた、と言っていいだろう。けれども一度彼らを蹂躙する方向に動き出した瞬間、僕はもうとことんこの眼前の二人を脅かしてやりたいと、蹂躙してやりたいと心の底から思った。心の息の根を止めて、肉体的にも破壊してやろうと思った。そしてそんな気分も悪くない、と。
しかしそれも、かしやま君と田中さんの演技があったからだ。あの静かに燃えたぎるような自分の開放感は、彼らが完璧な演技で場に臨んだからこそ出てきたものである、と思っている。
終盤の、両手両足をガムテープでふん縛られたまま舞台に横たわる東野と目があった時、自然とお互いに笑みがこぼれた。何なんだろうなあ、あの感じ。敵対する者同士が認め合ってしまうような、共感を感じてしまうようなそんな雰囲気。それまでの暴力的な気持ちとは裏腹にとても穏やかで、何であれば充足感さえ感じるあの空気。あの瞬間は紛れもなく僕と東野の二人きりの瞬間だった、と思う。演劇公演だろうが何だろうが関係ない、そんな空気の中にいた。ちょっと得難い経験だった。
かしやま君、最初から最後まで力を貸してくれて有難う。力の貸し借りを約束して始まった関係だけれども、正直僕は随分と借り過ぎた気がしています。これから返していくのでね。

こんな素敵なチームで、今回の演劇公演「それでも人生はすばらしい」は作られた。
そして忘れちゃいけない、最後の一要素。
新栄CLUB ROCK'N'ROLL。
あの場があったのは、紛れもなくあのライブハウスだったからで、当日の通し稽古の際痛感したのは「ここでやる事によって、今回の演劇公演、最後のワンピースが埋まったな」という事だった。そりゃそうだよな、あそこでやる事を想像してニヤニヤしながら書いた脚本だもの。
本多さん、井藤さん、そして新栄CLUB ROCK'N'ROLL、本当に有難うございます。今までも、そしてこれからもずっと僕の素敵な遊び場です。これからも面白い事を、空間を時間を重ねていく事を約束します。

僕の人生はすばらしい。大いにすばらしい。
面白い事をやる、という明確なる目標とそれに邁進する意志、そして身近に面白い人間と場所があるからだ。
そりゃあそのためにはちょっとした対価は必要だったりするし、リスクも必要だろう。ひょっとすると、大いに失敗するかもしれない。
それでも、人生はすばらしい。

「それでも人生はすばらしい」~その1

「それでも音楽はすばらしい」が終わってお客さん、出演者さえも全員いなくなった後に僕と「それでも人生はすばらしい」に携わったチームで新栄CLUB ROCK'N'ROLLを劇場にする作業を行った。
事前に採寸したものの、それでも実際に現場に持ち込んでみないとわからない、との判断からベニヤや角材を持ち込んで、フロアでの日曜大工。ステージの上にアパートの一室を再現するためにフローリングから壁から全部設置し終えたのは日付が変わった頃だったろうか。ライブも遊びに来てくれていたチームメンバー、そして最後まで見守ってくれていた新栄CLUB ROCK'N'ROLLの本多さんに井藤さん、有難うございました。
その後、アパートの一室と化したステージに腰掛けてそのままなんとなく、皆が車座になったまま本多さんとお話した。実際のところ、本多さんが僕に演劇公演っていうものを投げかけてから、実現するまで3年越しのプロジェクトだった。随分とお待たせしてしまったし、本当に多くの人を振り回したと思っている。けれどもこの日に至るまでただの一度も文句も、苦情も、弱音も口にしなかったチームメンバーには感謝しかない。

杏花村に寄って、THEピンクトカレフ、ザ・フロイト、パイプカツトマミヰズの打ち上げに中途から混ざる。やっぱり主催者としては初日の出演者とも乾杯したかったので。
で、翌朝も早いのはわかっていたので(僕にしては)早い時間に撤収。自宅にて残った作業を済ませ、就寝。

翌朝、起床して集合場所へ向かう途中、ちょっとした交通事故に遭った。
マウンテンバイクで走っているところ、路地から車が突然出てきた。減速していた中、急ブレーキをかけたとは言えども、本当にすれすれで出てきたので間に合わず車の横っつらに思いっきり突っ込んだ。顔面をボンネットにぶつけ、自転車から転げ落ちる。
「あーやっちまったなあ、面倒臭いなあ」というのが咄嗟に頭に浮かんだ。運転手さん、大変誠実な方で終始こちらの心配をして下さった(後日、二人で再び会い今後の話をしっかりし、今回の一件についてはキチンと決着がついております。一応、念のため記載)。
チームメンバーに連絡を入れ、再び集合場所へ、ゆっくりと周りを注意深く見ながら向かう。
前日準備に今回の公演に対する自分の胸中をメンバーに話して、そして紛れもなく能動的に自分のヴィジョンを人と共有して一つのものにして完成へと向かう、ともすれば人生で初めてと言ってもいいかもしれない積極的な自己表現だってのにその朝に、よりにもよって交通事故、だと?
この段階で僕は、今夜の演劇公演は成功する、と確信した。

自分が主導になった演劇公演っていうお話を頂いた際に思い描いた脚本は、最終的に「自分っていう人間を100パーセントステージの上で曝け出す」というテーマを伴ったものとなった。それは露悪行為になるかもしれないし、人前に立つ人間ならば誰もが抱かれ得る「パブリックイメージ」の醜悪な破壊行為に繋がるかもしれないけれども、でもそれがやりたかった。自分を完全に晒してそれを肯定して欲しい、だなんて思惑は微塵もない。むしろ自分という人間を突き付けてそれを否定する人間が現れ得るかもしれない、と自分の人間性を客観視して、ワクワクしていた。否定も肯定もそこにはいらない。ただただ自分という人間を一度きっちりと、自分自身が能動的になってステージの上から投げつける行為への必要性を感じていた。あのライブハウスでバンドマンとして多くの時間を重ねた自分が、その中で元からあった素養を育んでき、その人間性をより強固なものとしてきたのなら20周年記念と銘打って二日間頂いたこの中で初日はバンドマンとしての現在形、二日目は人間としての自分の現在形を打ち出すのが何より新栄CLUB ROCK'N'ROLL20周年への自分なりの向き合い方だ、とも思った。

演劇公演、前半は29歳のバンドマンが一人暮らしという新生活初夜に遭遇するちょっと不思議な体験をコメディタッチで描いた。
彼は多くのバンドにベーシストとして参加していて、フリーアルバイターとして日銭を稼いでいる。実家の建て直しに際して一念発起して一人暮らしを始め、新生活への期待に胸を膨らませている。そこへ大学時代からの交際相手がやって来て別れ話を切り出す。大学卒業後、就職して日々を重ねていた彼女は結婚出来ない、このままでは家庭を持てない彼との交際に先が見えなくなったのだという。引きとめようとする彼。
そこへ幽霊が現れる。幽霊はどうやらかつてこの部屋で自殺したサラリーマンらしい。彼は単身赴任でこの部屋へとやって来たが、彼の単身赴任中に彼の妻はよりにもよって彼の上司と浮気をしたらしく、絶望した彼は自らの人生に終止符を打ったのだという。そして奇遇にも彼の妻と主人公の交際相手である彼女は外見が酷似している。
様々な除霊方法を試したものの、そのどれもが失敗した主人公は彼女に幽霊の妻のふりをさせて懺悔させる方法を思いつく。彼女にその案を伝え、いざ実践。
しかし彼女は自分の言葉で話し出す。それは、男心と女心の差異と恋愛に於ける誠実さとは、といった内容で誠実さの伴った彼女の言葉に心打たれた幽霊は成仏する。
部屋には再び二人きり。二人は、別れるのではなくこれからどうしていけば二人の関係を続けていけるのか話し合おう、と決意する。

これが僕が脚本を書いた前半部分。ここでは徹底的に自分の嫌いな、共感出来ない人間達を描いた。
主人公は何となくバンド活動を続け、そして彼女にいざ現実を突き付けられても自分のどこを問題視して彼女が別れを突き付けたのかを理解していない。理解しようとしない。楽な方、楽な方へと、自分の居心地が良い方へと流れようとしている。
そんな彼の交際相手である彼女も、今まで何度も切り出すチャンスはあったろうに今更になって一方的に別れを切り出している。そこまではまだ良いとしても、幽霊が成仏するきっかけとなった自分の心情吐露に「酔って」相応の覚悟をもって話をしに来た自分の別れ話をも易々と撤回してしまう。彼女もまた自分で自分の人生に決着をつける事が出来ない人間。

今回の公演について友人が詳細な粗筋と思った事を書いてくれていた。
僕の粗筋なんかよりもわかりやすいと思うのでリンクを貼っておく。
好奇心は猫をも拐す

後半は、そんな二人に対して作り手として、自分自身として決着をつけた。
作中人物、として眼前に存在し続ける彼らを本当に殴り、蹴り、恫喝して服を脱がせ心を殺してプライドもへったくれも身も心も蹂躙して全てをズタボロにしながら、ああ、確かに僕は今自分が言いたい事を、自分自身の言葉で表現出来ていると思った。
当初は脚本がしっかりあって、僕は隣人として登場する予定だったのだが、2012年12月後半、ふと一線引いて脚本を読み返している時に思ってしまったのだ。「これは俺、演技するぞ」と。
そりゃあそうだろう、そこには僕が僕として言葉を発する「台詞」があり、ここでこうするという「脚本」があったのだから。自分の人間性を生々しく表現するにはこれではいけない。そう思って前半から引き続き後半にも出演する二人に「脚本の後半部分を棄却したい」と相談した。演劇人ではまずしないでしょうが、と前置きをした上で二人とも快諾。こうして僕は本当に、100%自分自身として舞台に立つ事が出来た。
バンドマンが行う演劇公演、すなわち、バンドマンがバンドマンとして、演技をしない公演。
その純度を保つための判断の結果、30分程を予定していた後半パートは1時間に膨れ上がり、そしてその結末は(厳密に今回の公演のオチは決まっていたものの)僕の想像を上回るものとなった。後半を即興芝居に変更、今回の演劇公演についての考えを3人で共有する事で結果的に前半パートの出演者、演奏チーム、そしてスタッフチーム全員で作り上げた作品にする事が出来たのではないか、と思う。後半、舞台の上で特に気張る事もなく振る舞いながら、ああ、自分の作品が良い意味で自分の手を離れたのだな、と感じた。あの空気感は、作り手がこれ言うのもなんだけどさ、そういう作り方じゃなきゃ出来ないよ。

人生はすばらしい、という言葉についてご覧になられた方がそれぞれ解釈して下さって、ご自身の身に置き換えて考えて下さっているのをインターネット上で目にしました。ご覧になられた方々の心に何か少しでも影響を与えられたのなら、ものを作る人間としてこんなに嬉しい事はありません。

様々な覚悟をしてアウトプットした表現が人の心に何がしかの形で、刺さる。
思えば、人生ではじめての感覚かもしれない。今まで僕は人の表現の中にいて自分の要素を積極的に打ち出していく側だったから。それは今後も変わらないしそれはそれで面白いし十二分に突き付け続ける価値がある事なのだけれども。それでも今回の演劇公演は今後人前で何かをやっていく人間として、ものを作る人間として余りにも意義があり過ぎた。本当にやって良かったと思っている。

「それでも音楽はすばらしい」

2013年のお正月は家で寝倒したり(個人的に思うのだけど元旦より大晦日の方がワクワクする。その余波で寝正月になる、ってのが恒例)、「寒空の下、徘徊しながらなら酔い潰れないのではないか」という仮説を検証、ウイスキー瓶を30分もしないうちに乾した結果、室内に入った瞬間に轟沈する、等と楽しく過ごした。
そしてそして1月4日、ついに僕がここ最近精力を傾けていた二日間が幕を開けた。

新栄CLUB ROCK'N'ROLL 20周年のこの記念すべき時に、その記念すべき歴史と節目に捧ぐ舟橋孝裕presents「20周年はすばらしい」
バンドマンとして、そして表現者としての根本的には一つの僕という人間に統合出来ると僕は思っているのだけれども、それぞれの特化した形としての表現を2日間にわけて今の僕を形成する多くの要素を育んできた新栄CLUB ROCK'N'ROLLで顕在化する。20周年記念公演、という内容ながら直接的にはライブハウスに向けた感情を形にするものではないのかもしれないけれども、それでもここでやってきた10年間を具体的に一つの結果としてお見せする事が今の僕には一番しっくりくる内容で。それで多くの人を巻き込んで準備してきた。

まずは初日、第一夜「それでも音楽はすばらしい」。
THEピンクトカレフザ・フロイトという強豪2バンドをパイプカツトマミヰズで迎え撃つ、新年早々バンドマンとしての自分を試す事になりかねないような、そんなスリーマンを挙行した。
THEピンクトカレフ、ザ・フロイト、パイプカツトマミヰズ。相応の年月人と繋がりながらバンド活動を続けてきた身として、正直に打ち明ければ頭の片隅には数年前のこの日があった。あの日もいつになるかわからない「また」を約束して僕達は新栄を後にしたはずだったのだけれども、それでもそれが叶う事っていうのは恐らくもう、ないだろう。不完全密室殺人は解散、太平洋不知火楽団は活動休止、ザ・フロイトは存続しているけれどもメンバーの生活圏が遠く離れ、そして家庭を持っているメンバーがほとんどである。実現させるには離散したバンドメンバーを集めなければならないし、活動を再開せなばならないし、4人の事情を考慮して奮起せねばならない。限りなく可能性が低い以上最低限の誠実さとして「もうない」と表現したのだけれども、その3バンドに参加、拳を重ねてきたバンド所属のメンバーの現在形、っていう発想が全くなかったと言えば嘘になるだろう。僕も、大内君(THEピンクトカレフ/太平洋不知火楽団)も、専ら連絡をとってくれた小森君(ザ・フロイト)もそれぞれの中での意義は違えど、それはきっと心のどこかにあったはずだ。

それだけだったなら、この日の企画は主催しなかった。そんな同窓会めいた場所での演奏のぶつけ合いは「決着をつける」には全く相応しくないし、観に来る人にも各バンドにも、何より「あの夜」にも失礼極まりない、と考えている。
この日、この3バンドで主催するに至った理由っていうのは色々あるけれども、根幹にあるのはやはり「決闘」だったのだ。僕がパイプカツトマミヰズに対して後から入ったメンバーであろうとも己のクリエイティビティを投入して望んでいるのは皆様ご存知だろうし、THEピンクトカレフはそれこそ知るきっかけこそ「宿敵がやっているバンド」だったけれどもあの音楽を体感して、そして音楽をぶつけあってメンバーと話をしていくっていう時間を重ねる内に僕の中ではもうあそこはバンドとしてやりあいたいバンドなのだよ。大内君とも決着はつけたいけれどもさ、今回は自分の中できちんとTHEピンクトカレフとしてお越し頂くっていうのは意識は、あった。
ザ・フロイト。このバンドをこういう夜に呼ばないっていうのは僕からすれば在り得ない事で、今までもこれからもこの人達っていうのは僕にとって名古屋での、身近な位置での強敵であり続けるんだろうなって思う。例えライブが年に一回になっても、なかなかメンバー個々人と会う事が敵わなくっても、こういう時に出てきて貰って演奏会をして貰う必要が僕にはあった。手前勝手な感情だけれども、でもきっと多くの人が彼ら4人を待っているとも思っていた。

この日は新栄CLUB ROCK'N'ROLL 2013年営業開始日。
そんな日にこの企画を主催出来て本当に嬉しく思った。本当の意味での鳴り初め、はカウントダウンパーティーで行われたsoulkidsだったのだけれども、それでも僕はこの日の高揚感と営業開始日、というワードにあてられて「俺達が最初に壁を震わすんだ」と意気高揚していた。そういう辺り、自分は都合が良くてそしてこういう部分が僕が常に幸せである事の根拠だとも思う。

パイプカツトマミヰズの演奏は新年一発目にしていきなり肉体を酷使するものとなった。スリーマン、という事でメンバーに無理言って長いセットリストを組んで貰った上に(それでも僕達の場合、一曲が短いから知れてるのだけれど)ライブの興奮も相まって凄く汗をかいた。新年早々幸先が良い。
そしてライブ終盤、ボランティアメンバー各務君が振りかざしていたギターを手が滑って取り落し、それが僕の頭の上に降ってくるという「お年玉」もあった。痛かったけれども、面白かったので殴りかかった。うん、今年もこのバンドは良い汗をかき、旨いものを食えそうだ。

THEピンクトカレフって「大森靖子&THEピンクトカレフ」から「THEピンクトカレフ」になったのって僕の中での印象として凄く自然で。クリエイティビティ溢れる「色彩感」が強いバンドメンバーを「&以降」の存在にしておくのって大森さんも我慢ならなかったんじゃないかなって勝手に思っているのだけど、つまりそれだけ各メンバーが有機的に音楽に作用している。大森さんの表現って凄く生物的で人の心を雑巾みたいに絞る瞬間さえある。コモリ君(壊れかけのテープレコーダーズ)って僕の中では新しい形のギターヒーローだし(BIG MUFFを愛している、と出音で理解出来る数少ない人だ)、大内君は進化して深化していた。ウシさんのドラムはアンサンブルをアンサンブルとして、そして各人の演奏を引き立たせる事によって御自身のドラムも際立っている。ワンマンバンドじゃない、生物としてバンドがより強靭になっていた。

ザ・フロイト。もう単純にシンプルにファンとして、長年観れていなかった人間として久しぶりに4人がステージに立っている姿を観て胸にくるものがあった。ライブ開始時の念仏が始まった瞬間に絶叫、その後は開く涙腺を押しとどめながらきっちり最初から最後まで楽しませて頂きました。
何が凄いって、劣化どころかより強力になっていたところ。久しぶりのライブで丁寧に、って意識があったのかなかったのかはわからないけどアンサンブルって観点で言えば今まで観てきた中では一番ガッチリ、強力にアンサンブルしていた。あれは格好良かったわ。本当に格好良かった。
そして遂に封印を解かれた「トチギのダンス」。やっぱり皆、あれ観たかったんだね。終演後に大内君も嬉しそうに「ダンスやったね!」と言っていた。

総括して、新年早々大いに楽しんだ。良いスリーマンだった、と思う。芯のしっかりある、それでいて各々自らの音楽をある人間は精神性と、ある人間は矜持と共に打ち鳴らしたような、そんな夜。
イベント名は結果的にこの夜を先取りした形となった。
即ち、人生長いし色々あるけど
「それでも音楽はすばらしい」。

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新年のご挨拶

2013年になって一週間以上が過ぎ(その間の事はこれから書いていくつもりです。実際、それが終わるまでは書けるような心持ではなかった、というのが本音)随分と遅くなってしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
紋切り型のご挨拶ではあるけれども、この「宜しく」って言葉には色々な意味を充てる事が出来ると思う中、僕は「どうぞ今年も僕の活動、表現を宜しくどうぞ、面白がらせながら振り回しますからね」って意味を充てたいと思います。
漠然とだけれども人生の中に於いて、2013年の今年一年は大きな転機になる、否、しようと思っています。

お見逃しなく。今年もどうぞご愛顧の程を宜しくお願いします。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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