なんでもない出会いが意外と大事なものだった話。

今から1年と半年くらい前かな、ワンマンライブに際してどんどんかさんでいく諸経費に戦々恐々として夜の空いた時間を使って小遣い稼ぎ程度のアルバイトをする事にした。
丁度新聞の折込求人広告に一日実労働一時間半、日給1800円という都合の良いアルバイト労働の求人が出ていたので応募、面接の結果採用となった。それ以降ライブや予定のない日は夜の10時半頃自宅を出て、自転車で5分もかからない場所で12時半過ぎまで清掃作業に従事している。

そんな時間に働きに来る人間の中には所謂「ワケアリ」な方もいて、そういう人達と一緒に働くっていうのはなかなか興味深い体験だ。まあ、傍から見たら僕も「こいつ、落伍者だな」とか思われてるのかもしれないけれど。
体力仕事ではあったのだが、幸いにして適性があったようでしんどい思いをする事もなく、むしろ会社受けも悪くないのでワンマンを無事終えた後もずっと働いている。
てっちゃんとは、そこで出会った。

年齢は僕より幾つか若いはずだ。見た目にもインパクトのある大柄な男で、いつも半笑いを浮かべており基本的にノリは軽く、作業中にも軽口を叩きながらモップで小突いてくるような男だ。公園で乱闘騒ぎを起こした、とか本気なのか冗談なのかわからないよな事を口走ったりもするけれど、情に厚く、仕事もデキる皆に愛される男だった。夜間アルバイト先でまだ入ったばかりの頃、口をきくのは専ら現場責任者であるバイトリーダーだけだった僕と真っ先に親しくしてくれたのも彼だった。
一緒に出勤の夜は帰りにコンビニに寄り、ジュースを買って職場の愚痴や彼が最近やっているゲームについて話を聞きながら帰るのが定例となっていた。

今夜はそんなてっちゃんの最後の出勤だった。数日前、教えてはいたけれど一度も電話もメールも送ってこなかった彼から突然「10分くらい早く一緒に行こう」と誘われ、その事実を教えて貰ったのだった。もう一つやっているアルバイト労働が忙しく、こっちの作業には出勤出来なくなるらしい。僕が働き始めた頃から当たり前のように働いていたので、まさか彼が辞める事になるだなんて思いもしなかった。
連絡先は前述したように交換してあるし自宅が近いのでその気になればいつでも飲みに行けるけれども、夜勤先の同僚、以上の関係に踏み込んだ事がないから如何せんどうなるかわからない。彼は彼でプライベートの交友関係があって、僕には僕でそういうのがあるから。でもまあ、時間が空いても特に気にせずに話が出来る関係ではありそうだから大丈夫か。

同時に今月一杯で、お世話になった社員さんが僕の勤務店舗から担当を外れる事になった。人事課に異動との事なので恐らく出世なのではないかと思われる。何かと問題の多かった勤務先、社員さんが長続きせずに担当がコロコロ変わっていったけれどもその中でも一番うまく夜間勤務スタッフとうまくやっていた方だった。
年齢が近しいというのもあってか良い兄貴分といった感じで僕も慕っていた。仕事も随分とやりやすくなったのに、残念だ。

実際のところ、夜間労働作業先での人間関係は「その場」だけのものだと思っていた。今も基本的にそう思っているけれども、それでもやっぱり寂しいと思うって事は認識以上にあそこで働く人達に感情移入していたって事なのだろう。
春は出逢いと別れの季節っていう、そんな話。
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ちなみにこの日、吹原君の家の鍵はライブ中、自宅のドアノブに挿しっぱなしであった

このブログにしては珍しく、素敵な女の子の画像から始めてみようか。

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はい、星野ゆりさんです。
こんな素敵な女の子がパイプカツトマミヰズみたいに汗水飛び散る、獣臭そうなバンドで鍵盤を弾いてくれますよ。先日一緒にスタジオに入ったのだけど、伊藤誠人君の手元をひたすら動画で撮影してた。ちょこっと鍵盤弾いてくれたのだがそれが既に良い。本番が楽しみです。あ、星野"スターフィールド"ゆり選手の登場は4月28日、新栄DAYTRIVEにて。

朝方まで練習して早朝の藤一番で味噌ラーメンを啜りながら各務君と「演奏技術の発展とバンドへの還元の仕方」について話をする。基本的にバンドでスタジオに入る時って曲を作る時以外は前回からそれまでの間にそれぞれが磨いたもの、培ったものを披露しあって齟齬を埋め合わせる作業だと思っている。
そんなこんなで帰宅して、6時に就寝。9時に起床。普段はその倍くらい眠っているのでフラフラしながら職場へ行き、近々本番を迎える発表会の練習。J-POPのベースってシンプルにコードを追ってるだけで面白い。普段自分が演奏しているのとはなんだろう、毛色が違うっていうか。コード進行って観点で勉強になる。
夕方までそのまま仕事して、いざ今池HUCK FINNへ。

この日はSpecialThanksのツアーファイナルへ出演するi GOのサポートベースギター演奏。
HUCK FINNのベースアンプ上下は最高に良い音がする。僕の普段使っている楽器を普段通り弾いて、それがそのまま凄く好みの音色でアウトプットされる。とても気持ち良い。のでこの日も上機嫌で演奏し狂う。
SpecialThanksの皆さん、リリースおめでとうございました。胸がすくようなスカッと格好良いライブだった。
MisakiちゃんのグリーンのSG、滅茶苦茶格好良い。間近で見ても格好良い。あとあの歌声は本当に素晴らしいなあ。

ここ最近、NOT REBOUND先輩とのツーマン以降のi GOは、スタジオ練習っていうのをしない時期に再び差し掛かっている。別段苦とも思わないし、それでパフォーマンスが落ちているとも思わない。「練習しますか?」に対する「大丈夫やろ」って言葉が、信頼であると同時に「やってみろ」であるとも思うし「俺達に任せとけ」でもあると思っている。だから、好き勝手やれる。前述の演奏技術と練習に関する話っていうのが全てではないのだなって話。


孤独部「たのしい平日」

シャビーボーイズのツアーファイナルに参戦した翌日は、全く異なる環境での演奏。
経験値として様々な音楽を様々な人と様々なシチュエーションで演奏するのは実に有益。その中身が面白いのならばそれは尚更だ。

前回の「たのしい平日」初日を踏まえていたので幾分か二日目は気持ち的にも余裕が生じ、運営側としても積極的に関わる事が出来た。参加者も第一回目と異なるならば演奏陣も様変わり。
一限、二限とワークショップが進み、放課兼音楽の時間という事でワッペリンで2曲演奏。当然僕も演奏に参加する。

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音の反響が凄い中、只でさえ音量が大きいワッペリンは普段の半分以下の音量での演奏となった。最初は「コミカルに」と小音量で演奏する際に気構えていたのだけれども最終的には全員たがが外れて全力での演奏となった。
上の写真はそんなこの日のワッペリン。ヤオタケシ君が撮ってくれた。

この日は終演後、翌日のライブイベントにも活かすために運営メンバーでみっちり反省会をした。一日に二度もコメダに行ったのは初めてではないか。演劇に宣伝美術に音楽、そして運営と異なる媒体を扱う人間が4人(そうそう、この日から九鬼君が孤独部を手伝ってくれている。本当に頭の回転が早く、そして自分がその時何をすべきかどうすべきか常に真摯に考えてくれていて本当に心強い)集まってあーでもないこーでもない、と話をするのは脳汁が出るっていうのかな、一番パッと思いつく表現を使うなれば「面白い」。
参加者の皆さんもそれぞれ日常への気づきを得て帰られたようで、本当に良かった。

そして翌日21日、ライブイベント「たのしい平日」。
会場であるspazio ritaの中に様々な"ステージ"が設営され、必要最小限の機材、そして半ば自分達で制御する照明でライブイベントを作った。これが本当に良くて、カタオカユウタBANDの際のかしやま君の蛍光灯を使った前衛的(ぶっちゃけて言えば猟奇的)な照明を含めて、実に孤独部らしい良い意味での「ハンドメイド感」が滲んでいた。ritaの皆さんには猫町さんを始め、無理を言ったと思います。本当に有難うございました。

劇団んいいは実にフィジカルでリズミカルでコミカルなコントを披露。3人が3人とも「強い」もんだから観ていて飽きないし、ポピュラリティ有する笑いは会場内でも笑いを巻き起こしていた。運営っていうのもあるし構えてみていた僕も気がつけば声をあげて笑っていた。単純に、ファンにさせられた。
んいいの後は物凄くやりづらいだろう、とも思う。作風も相まって心一(呼我音)=DAYTRIVE 八木さんは苦労されるだろうな、と思った。案の定、作品としての温度差っていうのが(劇団んいいが高過ぎるがために)生じていて、お客さんも様子見な感じ。だけれども八木さん、流石だ。あの手この手でお客さんというかその場のツボを探し出し、3曲目で完全にその場をひっくり返した。一歩引いて見守っていたある種の「冷静さ」は完全にritaの中から消え去って、もう八木さんと八木さんの音楽を体に取り込む空気が出来上がっていた。あれって、簡単には出来ないし冷静でないと出来ない事だと思う。言ってしまえば八木さんだからこそ、成し遂げたライブだった。音楽が良いのは大前提、それにしても実に戦略的でそして巧みに構成されたライブを観た。
カタオカユウタさんはもう完全に、そしてシンプルな言い方になってしまうけれども「良い曲」を演られる。ありきたりって意味ではなくて誰しもが「ああ、良い」って思えるような、そんな人の心を必ずくすぐるようなグッド・メロディ。そりゃあかしやま君も好きだよなあ。

この日の孤独部作品については冷静に振り返る事が難しい、かもしれない。
というのも作品として作り上げて、その実像っていうのを打ち上げ兼壮絶な反省会にて皆でバラバラにしては再構築みたいな作業をしてしまったからだ。あの30分っていうのは僕にとっては熟考の良い素材過ぎる。それは今現在に於いても。だからこそ冷静に書き記すのが難しいのだけれども、でも音楽部門責任者として音楽を槍玉に上げて語るなれば、あの瞬間に鳴っていた音楽はあの場、演出と溶け合って有機的に作用していたと思う。
良い時間を作った、と捉えている。

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今回のワークショップはかしやましげみつたった一人のものだった「孤独部」に於いて、初めて運営側に人が参加して作り上げた3日間だった。皆で大いに言い合い、意見を交換し、「面白いもの」について考え、それぞれのヴィジョンを共有せんと喋った。
「たのしい平日」は忘れられない3日間になりそうだ。

BOYS MEETS GIRL

シャビーボーイズというバンドは日常的によくライブを観ているわけではないけれど、何だか相応の間隔で共演している。そもそもお恥ずかしい話ではあるが、自分の活動と生活っていうもののバランスを考慮してスケジュールを組んだ結果、なかなかライブハウスに遊びに行けていないのが実情。そんな中ではシャビーボーイズは僕にしてはよくライブを観ている方かもしれない。そりゃあ毎回ライブに行かれているお客さんからすれば僕の観たシャビーボーイズのライブというのは彼らの活動のほんの一端に過ぎないのだろうけれど、それでもその一度一度がとても印象的なのも事実である。

新宿JAMで『空想ワールド』で涙腺が決壊し、生まれて初めてライブハウスで号泣しながらライブを観たあの夜も、ベースギターを弾いていたいちろー君の最後のライブも、そして何なら見逃した事で二度と忘れられなくなってしまったseapusでのライブ(観てないけど)も、りっちゃん加入後、初めて共演した鶴舞K.Dハポンも全てが印象深い。忘れられない瞬間があるっていうのは良いライブだったという事だ。

いちろー君がバンドを去って、サポートメンバーを入れて活動する、とかいっその事辞めてしまうとか色々な選択肢がある中で、彼らをメンバーをずっと探していたそうだ。そしてボーイズはガールと出会った。
メンバーが正式に決まったからリリースがあったわけでもないけれどツアーに出る。実にシャビーボーイズらいし真摯さで彼らはツアーに出、そしてツアーファイナルを3月20日に池下UPSETで迎えた。
i GOのサポートベースギターリストとして先陣をきって演奏。フロア最前列の辺りにりっちゃんがいる。この少し前に早朝の栄で紹興酒を一緒に飲んで見事に僕を潰した酒豪だ。まだ若く、20歳そこそこである。酒では負けた。だが演奏では負けない。こういうシチュエーションで一番の花向けとなるのは良い演奏だと信じている。しかも同業者が眼前にいるならば、と大いに張り切って演奏出来た。
palitextdestroyキドリキドリも気合いの入った良い演奏をしていた。
でもやっぱりこの日のシャビーボーイズは「良いライブ」+αの演奏をしていた。実に瑞々しい、4人で音を出す事を慈しむような、そんな演奏。
ツアーに出て多くの瞬間を共にしたからっていうのもあるのだろうな、凄く強いバンドになっていて本当に驚いた。同じバンドかってくらいの変貌っぷりで、ステージ脇、腰を降ろして幕越しに観ていた僕は打ちのめされた。照明の目潰しでひょっとしたらフロアからは見えないかもしれない生々しい表情も手に取るように見える。
あんなに楽しそうに演奏する人達はそういない。

いちろー君が辞める、と高津君から歌舞伎町のラーメン二郎で聞かされたあの日の『空想ワールド』は節目に向かって突き進んでいくある種の美しい悲壮感、区切りを打つのだと決めたバンドが醸し出すだからこその強さが胸を打った。しかしこの日の『空想ワールド』は全く真逆の気配を纏い、何かが始まったんだと胸を打ち鳴らした。
胸がすくような「やられた!」って快感の中、ライブは終了。

良いイベントの後は怒涛のように打ち上げる。ジム・ビームのストレートを皆であおったりして大いに楽しんだ。
シャビーボーイズ、メンバー加入、改めておめでとう。そして岐阜のアルコール狂いりっちゃん、素晴らしいバンドが転がるきっかけになってくれて有難う。彼らの、そして貴方の一ライバルとして言いました。
また、やりましょう。

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下北沢の街を楽器と物販を抱えて闊歩した話。

前回のブログ更新後、バタバタと準備して東京に行ってきましたよ。
深夜~朝の東名高速道路を運転手(佐藤さんとせんちょー氏)のローテーションで走行、中途で仮眠をとったので不眠不休ではない分、体への負荷は少ない。それにしても今まで何度、この道を行ったり来たりしたのだろう。新東名が開通してから専らそっちを使っているけれど、実感としてはさほど変わりはない。5時間も6時間も移動は移動、である。

下北沢に到着後、そのまま今や東京在住、篠田メンバーが予約してくれていたスタジオへ向かう。
篠田君、3月から上京しており、今のJONNYは遠距離バンドとなっている。でもまあ、元々篠田君、東京と名古屋を行ったり来たりしているのであまり気分的な変化はない、のかもしれない。上京して変になってるって事も別段なく、相変わらずだった。
2時間ばかしゆっくりまったり練習して下北沢GARAGEに入り。リハーサルを行ってそのまま諸々の準備をしてメンバー4人で下北沢へ食事に出る。佐藤さんは居酒屋に行きたそうだったけれども、結局回転寿司屋へ入店した。
食事というのは自分で決めたルール、制約があると尚更楽しいものとなる。105円の皿を10皿、と決めていたのだけどこのお店、一般的なチェーン店の回転寿司とは違って105円でも赤貝やアナゴが食べる事が出来るし、十二分に寿司を楽しめるラインナップが105円欄にズラリ。もうどんどん食べて胃袋と疲れた体をチャージした次第だ。

この日の共演者で特に印象深かったのがNeruQooNelu村田知哉さん。
NeruQooNeluは太平洋不知火楽団のドラム 津金さんが新しく結成したバンド(ライブはこの日で4回目だったらしい)。フライングVを携えた女性ギターヴォーカルに様々なエフェクターを使って印象深いリフや旋律を重ねるギターリスト氏、カナダ人だという女性ベーシスト、下手前列にドラムセットを据えてドラムを叩く津金さんという4人組。これが滅茶苦茶良かった。良い意味でのハンドメイド感、楽しんで作られたんだろうなと思わずニヤニヤしてしまうポップで、それでいて変拍子や一筋縄ではいかない旋律。ワールドワイドなのはメンバー構成だけにあらず。佐藤さんも歓声をあげて楽しんでいた。これって結構珍しい気がする。
村田知哉さんの名前は斉藤君がよくツイートしていて知っていただけに、気になる存在だった。よく通る耳に心地の良い歌声にアーバンだったり優しかったり、しかし共通なのは耳にすっと違和感なく入ってくる曲。しかし凄くよく考えてポップソングをやってらっしゃる方なんじゃないのかな、と思った。何だろう、あの人音楽を愛してる。
この日はバンドセットでの出演だったのだけど、それもまた楽曲の世界観を押し広げる演奏で素晴らしかった。

終演後は皆と別れ、この日僕達を東京に呼んで下さった麺王こと水口さんと二人で新代田まで徒歩で移動。麺王推薦のラーメンを食べに行った。前回渋谷で連れて行って頂いたお店も旨かっただけに今回も期待。
新代田のBASSANOVAというラーメン屋にてグリーンカレーそばを実食。「これが本当に旨いから」と麺王も太鼓判の一杯。これが、本当にべらぼうに旨かった。クリーミーでそれでいてまろやかなだけでなく、グリーンカレーとラーメンの良いところが高次元で融合して、どんどん食わせる一杯。中太の麺もガンガン食いたくなる、旨い麺。
替え玉を2回して、合計3玉胃袋に叩き込んだ。でも、まだ食べられたな、ありゃ。次回近場に行ったらまた立ち寄ろうと思う。東京の人が羨ましい。
ラーメンを食らいながら話すのは東京インディーズシーンの話や共通の友人バンドマンの話。水口さんのバンドマンや音楽への愛情がさり気ない口調の中に滲んでいて、ハッとした。僕は音楽とラーメンをこよなく愛する人と一緒にラーメンを食ってるぞ、と。水口さん、本当に有難うございました。得難い時間でした。

佐藤さんと合流、中途で仮眠を挟みながら名古屋へモドリ。
案の定仮眠で眠り過ぎて名古屋に戻ったのは予定よりも遅かったけれども、でも運転しっぱなしだったのに文句一つ言わずに運転しきってくれた佐藤さんに感謝しながら、バキバキになった体をベッドに横たえて、再び就寝。

「たのしい平日」一回目

ここ最近は夜通しスタジオだったり仕事の関係で弾くベースの練習だったりでブログ更新にまとまった時間を充てる事が出来なかった。もうすぐJONNYで東京に向かって出発するのだけど、集合時間までの暫時にブログ更新。
こういう時間を使って書いておかねば書く事ばかり溜まっていくぞ!
忙しいってわけではないのだろうけど、単純にきっと時間の使い方が下手なんだろうな。変にキュンキュンに予定をm、それこそ分単位とかで詰め込まない性分のお陰でストレスだけは溜まらないのだけど。

3月14日は孤独部ワークショップ「たのしい平日」をspazio ritaで開催。開催、って表現からもわかるように僕は運営側。本質的にかしやましげみつのみが正式所属するえんげきユニット「孤独部」であるが、どういう事かというと舟橋、今年から孤独部の音楽部門の責任者として諸々かしやま君の傍で手伝ったりニヤニヤしたり一緒に楽しく活動をしている、というわけ。改めてお知らせする機会もあると思うのだけれども、孤独部は一つの目標のために一時的にかしやま君と僕と宣伝美術担当の吉村桜子さんの3人で行動している。ソロユニットでその都度サポートメンバーを召集していたかしやま君からすれば初の「正式メンバー」的なもののよう。
如何せんワークショップという活動に参加するのが他ジャンル含めても始めてだったので僕はこの日は手探り感が凄かったのだけど、逆にそれでワークショップっていうものについて知る良い機会になったかと思う。

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この日はバンドマンが僕を含めて5人、そして一般公募により集まった参加者が14人、かしやま君と吉村さんの2人の合計21人でワークショップを行う事となった。それだけの人数で一体どうなるのか、何をやるのか、と事前説明は受けていたのだけれども、いざ蓋を開けると演劇演劇したワークショップではなくて、日常生活の中の何気ない瞬間っていうのを改めてまじまじと見つめるような、そんなワークショップとなった。
名前、っていうものの重要性、コミュニケーションに於ける名前の潤滑剤的な側面に迫る名前ゲームから、歩くという行為を改めて見つめる歩くゲーム、そしてritaの中にそれぞれの記憶の断片を集めて学校教室を再構築、それを共有してみる試み等、閉塞的な専門性というものはそこにはなかった。
その感じってかしやま君の書くえんげき作品の手触りと共通のものがあって「成程」と思った次第。

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この日持ち込んだペダル達。
音楽がこのワークショップに交わる意義っていうものを自分なりに考えて一般的にベースギターっていう楽器から連想されるような音の範疇を飛び越え得るような準備をしていったのだけれども、肝心の僕がゲームに夢中になってしまいほとんど演奏した記憶がない。歩くっていう行為にリズムをつけてみたり、情感を増す様な演奏をするはず、だったのだけれども。まあ、他の演奏陣がワークショップの内容とも良い具合にアンサンブルしていたからこその行為でもあったので僕としては大満足。ritaの音の反響の仕方が面白くて、あそこで大音量で演奏してみたくなった。
人がトランス状態に陥るメカニズム、っていうのが眼前で段階を負って繰り広げられていく様は「おおおっ」と簡単の声をあげてしまった。

「たのしい平日」は全部で3回。あと2回残っている。
一回目の結果、中身を叩き台に3人でより良い二回目にしていこうと思っている。やっとワークショップというものがなんたるか、っていうのもわかった気がするし。
さて、準備して東京へ向かいます。

感情と胃袋ってやっぱり、関係あるよ。

3/11(月)
今池HUCK FINNにて、i GOでの演奏。
一週間程前に茜谷さんから「予定を空けられないか」と連絡を頂いて参戦する事に。
2年前のこの日は物凄い衝撃を受けて、去年のこの日はライブハウスでひたすらラーメンを提供していた。
今年はベースギターを握っている。
あの3月11日っていうのはこの国の歴史を「震災以前」と「震災以降」に分けてしまう程の事だったな、と2年経った今、思う。2年前のあの日を思い出して静かに悼んだ。

整理出来ていない事は書かない。茜谷さんが一時間弾き語りをやった後に、そのままi GO。
色々なものをひとまず置いておいて、全力で演奏。

駄目だなあ、文章をうまく書けない。少なくとも、こういうブログっていう場所で人に読まれる事を前提に文章を構築する事がこの日についてだけは難しそうだ。感情の大きさが(で)言葉に出来ない、なんかではなくて自分が色々と恥ずかしいというか。つまりそれだけこの2年間を振り返って悔いが残る、という事だ。そしてもっと言ってしまえば、やめよう、書いて塵も芥にもならないなら書かなくていいんだ。
これから。

HUCK FINNに機材を置いて、そのまま夜勤。モップを奮い終わった後は機材を引き上げ、かしやま君宅にて孤独部のワークショップの打ち合わせ。山形名物「ひっぱりうどん」を見よう見まねで作って、食べる。

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3/12(火)
この日付表記には罪悪感を感じる。というのもこれから書くのは完全に日付的には3/13の事だからか。3/12の24時、3/13の0時からの事である。ちなみにこのブログ、日付表記的な部分とかは基本的に「睡眠=一日の終わり」みたいにしています。わかりやすいじゃん、その方が。そうせずに日付で区切って書き出すと僕みたいな生活してたら基本的に「前回の続き」から毎回始まってしまうよ。
話が逸れた。

スタジオにて2時間練習。向かう途中に新栄で友人の誕生パーティーが行われている、と知って練習後には某中華料理屋へ。別段腹も特別減っているわけではなかったので紹興酒をグラスに一杯、飲む。そういえばグラス一杯の紹興酒が300円だと知ってびっくりした。てっきり500円くらいするもんだと思っていたのだが。300円で楽しく酔っ払えるのなら、安いものだ。大学時代の同級生や大学時代からの先輩もその輪の中におり、皆でワイワイ楽しく飲んだ。明け方4時過ぎに店を出るとなって、空腹を感じだしたのでうどんを喰いに行こうと5名程でドヤドヤ店の前に向かうも、4時半を数分過ぎたお陰でとっくにラストオーダー、食いっぱぐれてしまった。
酒気を帯びて強気になった一行(アルコールではなく、そのうち2人、翌日仕事休みでそのうち2人が只今現在ニートである事が大きく影響していたかもしれない)はそのまま解散、というには色々と持て余していたので中華料理屋に入店。

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明け方5時の、酢豚定食(980円)。ライスがお替り自由、との表記を目にして紹興酒で清められた胃袋が唸りあげた。ラーメンは所謂本当に一般的な「中華料理屋のラーメン」で胡椒を大袈裟にふりかけて啜る。こういうラーメンはご飯のおかずとして良い仕事をしてくれる。さもしいかもしれないけれども「肉、ご飯、肉、ご飯」っていうローテーションを成功させるために酢豚の野菜は最初で一息に片付けた。この酢豚も普遍的な、ちょっと甘い酢豚。ご飯お替り後の満腹が近づいてきた胃袋でも、豚肉の旨味には敏感に反応してくれた。豆腐(何ていう名前なのか正式名称がわからない)は清涼感溢れる辛味と旨みで、とても良し。
漬物も含めて、全体的にとても普遍的な味の酢豚定食だったのだがアルコール分解が体内で行われている時にはこういう料理の方が有難い。食べ始めると露骨に口数が減り、先輩にそれを指摘された。
アルコール飲料と大量の飯に多幸感を感じながら、帰路。就寝。溜息とともに「良い夜だった」と一言漏らした。

DOD FX76 PUNKIFIER

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職場からヨシダ先生の個展イベント会場であるブラジルコーヒーに向かう道中、大型リサイクルショップがあった。
何度も立ち寄った店舗だったので「まあ、いいかな」と思いつつも何があるかわからないのでとりあえず入店。
冷やかしがてら楽器売り場を覗くと、思わず目を疑った。
ショーウインドウの中、さり気なく陳列してあるDOD FX76 PUNKIFIER。興味を持って以来「見つけたら購入するリスト」に入れていたものだ。お値段も、うん、妥当というか、何ならちょっと安いと思える範囲内。
見た所綺麗だし、完動品のようだったので購入を決意。

店員さんを呼んで購入の意思を伝えると「試奏されますか?」と言って下さり、折角なので軽く音出しをしようとお願いする。けれどもそこからが大変だった。アダプターがないため電池で駆動させる事になるわけなのだが、電池ボックスが開かない。どうやら蓋を上下逆さまに無理やり押し込んであったようで、ネジを外して裏蓋を開ける事でどうにか外す事が出来た。結果的に電池ボックスの蓋は馬鹿になってしまったけれども、普段からアダプター使用派なのでさしたる問題もなし。こういうリサイクルショップにはありがちなギターアンプでの試奏(しょうがないよな、スペースに限りがあるわけだし。むしろ試奏の有無を確認して下さるっていうのは良心的な対応だと思う)を経て、ギターアンプでこういう音が出るなら十分以上に使えるものだろう、と購入。
こういう事があるからリサイクルショップは油断ならない。いやあ、嬉しかった。その後もずっとテンション高かったのはこれのお陰もあったかもしれない。

帰宅後、改めて弄りまわしてみる。
コントロールはDODらしくPUNK、SLAM、SPIKES、MENACE。何のコントロールなのか全ッ然わからない。
どうやらPUNK=オーバードライブ/ファズのブレンド具合、SLAM=ゲイン、SPIKES=トーンコントロール、MENACE=ボリューム、のよう。
PUNKを右に回せば回す程、ファズサウンドがブレンドされてくる。左に回しきると堅実なオーバードライブサウンド、右に回す程古めかしい、しかしそれが良いファズサウンドがブレンドされてくる。このコントロールで音のキャラクターが決まると言っても過言ではない。音の芯を重要視する僕としてはこういうオーバードライブとファズの間を行ったり来たり出来る機構はとても便利。
SLAMはゲイン。歪み具合の調節。回す程に高域がひしゃげるというか滲む、というか。このペダルのファズサウンドって古臭い感じでそれがまた良い。どんどん歪ませたくなる。
SPIKESがこれまた良くて、トーンコントロールなのだが高域の変化のみで低域はロスしない。なのでローをしっかり出しつつ思い切りジャキジャキいわせる事も出来る。
PUNKとSPIKESの調節次第でヘヴィなオーバードライブサウンドからひしゃげたファズサウンドまで、音作りの幅は広いなというのが第一印象。

筐体の物々しいアーミーチックなデザインも、そして目をひくU.Sハードコアのマークも楽しい。
いや、これ本当に名器だよ。買って良かったもの。
しばらく、足元に常駐させてみようと思っている。

ヨシダ先生の個展に行った話。

何度も何度もこのブログに名前だけは登場しているけれども、改めまして皆様方よ、ご紹介します。
カメラマンであり気の良いご近所さん、ヨシダユキ先生です。

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僕の顔が赤いのは撮影の数時間前に煽ったウイスキーロックがグラスに波波と注がれた想定外の量のものであったからであり、ヨシダ先生の顔が赤いのもきっと飲酒したからだろう。あとは楽しかったからじゃないかな。

ヨシダ先生とは去年、ライブハウスで邂逅を遂げた。舟橋家からヨシダ家って自転車で3分くらいの距離で(ちなみにi GO 茜谷さん宅からも至近距離)使う地下鉄の駅も一緒ならば生活圏もほとんど一緒なのに、去年まで口も利かなかったってんだから面白い。ライブハウスのドリンクカウンターで何とはなしに話し始めてようやく交流を持つに至った。で、パイプカツトマミヰズの撮影をお願いするうちに先生は毎ライブ撮影に来てくれるようになり、今や遠征も毎回撮影で同行してくれる。全然気を遣わないし、多分彼女も遣ってないだろう。
そうこうしている間に家に遊びに行くようになり、絵が得意な先生にキング・クリムゾン男の製作を手伝って貰うようになったのをきっかけに、色々と手伝って貰うようになった。彼女からすれば、なってしまった。
演劇公演も巻き込まれてくれたし、お客さんでもなければ(お客さんとしてライブハウスにいる日も勿論あるけれど。ほとんどの場合がカメラマンだなあ、出会う時って)バンドマンでもない(余談だが、どうやらベーシストらしい。部屋にプレベがあったし、時にはリッケンバッカーのギターもあった。僕の前ではほとんど弾いてくれないけれど)ヨシダ先生に気を許して、ついつい色々と話してしまう。それを変に踏み込まず、かといって距離を取りすぎずうまくいなしてくれる良い友人である。

僕のブログでライブに関する日記にライブ写真が載るようになったのはこの人のお陰だったりするし、個人名義のアーティスト写真も撮影して貰った。「舟橋さんの悪い部分を撮りたいなぁ」と僕が個人名義のアーティスト写真に求めていた背徳感っていうものを汲み取って、素敵な写真を撮ってくれた。

そんなヨシダユキ先生の個展が期間限定で金山はブラジルコーヒーで行われており、昨夜はライブイベントもあるというので出掛けていった。ブラジルコーヒーは普段からライブイベントが行われたりしており、定食も旨いというので気にはなっていたのだけれどもようやく行く事が出来た。良い雰囲気、ってのを具現化したような空間。残念ながらその後の予定があったので定食は食べる事が出来なかったのだけれど、きっとまたそう遠くないうちにあそこに行くだろうからその時に食べようと思う。
めでたくソールドアウトした会場には沢山の人。それぞれテーブルや座席に座ってご飯を食べたりお酒を飲んだりしている。何て良い雰囲気。
その間を縫うように小柄な人が動き回ってる、と思ったら髪の毛を切ったヨシダ先生だった。滅茶苦茶に楽しそうで、友人のこういう顔を見ただけでも来て良かったなと思った。
出演したオズニッキGRANCHTOYはどのバンドも温度を感じられる素敵な演奏だったし、イベントを通じてヨシダ先生が今までライブハウスで築き上げてきた人間関係や信頼、そして先生の人柄までも感じられるとてもナイスなライブイベント。
終演後に盛り上がりの余韻を楽しむ会場の中、壁に貼られた写真を見て回る。何枚かの写真に色々な瞬間の僕がいた。そうかそうか、本当に多くの瞬間を共にしたのだなあ。
背筋が伸びる思いで挑んだあのライブも、遠征先で見せつけてやると意気込んだあの演奏も、演奏陣で一つのものを作り上げようと集中したあの夜も、どれもこれも本気だったのだが同じくフロアで、時にはステージ脇でヨシダ先生もレンズ越しに本気だったのだ。

個展成功、おめでとう。
これからも先生が楽しくシャッターを切れるように、面白い現場に連れ回します。
願わくば先生のレンズの先に僕が居続けますように!

芸術は刹那の中で作られる。

シックリくるものからは物凄く影響を受けやすい。
映画監督 園子温監督の自伝『非道に生きる』を読んでから「芸術は刹那の中で作られる」という言葉が僕の中で物凄く大きくなっている。
「非道に生きる」には映画監督としての、ものを作るクリエイターとしてのご自分の発想や矜持等についても書かれているのだけれども、この「芸術は刹那の~」というのは「余裕や時間があると余分な発想やいらない迷いが生まれる。時間や余裕がない中パッパッとやった方が無駄なものはなく、本質的に自分の見せたいもの、アウトプットしたいものが絞られてリアルになり得る」という事。それってとても納得出来る。
あと「自分が面白い、やりたいと思っている以上それはまずは"自分"という最低一人はそれを面白いと評価する人間がいるのだから、他人の意見に耳を貸して中途半端にするくらいならいっその事を耳を貸すな」というのも凄く腑に落ちる話。
当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれども(これが正論、って奴の力だと思う)、監督の丁寧だけれども力強い言葉と論旨に僕はえらく感銘を受けた。これを読んだのは丁度去年の12月半ば。その頃の僕というのはバンド活動に加えて年明け5日に個人名義で主催する演劇公演に向けて心を砕いていた。そのタイミングで友人 九鬼君が貸してくれたこの『非道に生きる』は絶好のタイミングで僕の背中を押してくれたと言って良い。
それ以降のソロ活動も何もかも、この「面白い」と最低限、自分自身が思えるものだけをやる事の繰り返しであり、そして「芸術は刹那の中で作られる」という言葉によって僕はライブ活動やバンドの練習、日々の生活でソロ本番前夜に慌てて準備をしていてもそれまでのように「ああ、もっと時間さえあれば…」とネガティヴにならなくなった。
「芸術は刹那の中で作られる。では無駄なものは出てこないはずだし、出すまい」と能動的かつ攻撃的に自己表現に向き合う事が出来るようになった。この気持ちの差っていうのは概要として同じ表現物を作ったとしても、その密度と力強さに大きな差をもたらす。
もう一度書いておく。時間をかけたものを否定するつもりはない。多くの膨大な時間と情熱を費やして完成するものもあるだろう。だが僕にとって「芸術は刹那の中で生まれる」ものでもあるのだ。

だが、それにしても今回の、3月6日のソロ公演についてはいよいよギリギリまで作業していた。今までは最低でも前夜、当日に食い込んだとしても相応に時間に余裕を持って準備していたのだが、今回は準備終了と同時にそのままライブハウスへ駈け込んでセッティング。うん、本当にいよいよ、刹那の中で動き出したな。
今回新栄CLUB ROCK'N'ROLLで行った舟橋孝裕ソロ=未確認尾行物体は名作コミック「孤独のグルメ」を原作としたもの。全てはTOKUZOでの打ち上げ中の「僕は舟橋君の"孤独のグルメ"が観たいんだよなあ」というsunsetrecords スガイさんの言葉に端を発する。丁度この日、6日のソロ公演で何をやるかなあとアイディアが降りてくるのを待っている最中だったのだが、この「孤独のグルメ」という言葉を聞いて数分もしないうちに公演内容が具体的な、興味をそそる、面白いものとして浮かび上がってきた。
「スガイさん、それ頂きます」

丁度そのテーブルを囲む人間の中に前述の『非道に生きる』を僕にもたらした九鬼君もおり、そしてなんと彼は料理が得意である。ステージに立った事がなく、そして立つ意思もなかった彼を半ば強引に巻き込んで(やる、となったら彼はやる、そして成し遂げてしまう人間である事はよくわかっていた)、「舟橋版 孤独のグルメ」は動き出した。
自分の胸中を代弁してくれるナレーションを流し、それにあわせた飲食を作品とする。今回はガッチリ、構築して持って行き、演る。
で、本番当日3日前。深夜に九鬼君ちに、いた。

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今回のメニューは生姜焼き定食(ざく切りキャベツがつけあわせの生姜焼き/大盛ご飯/キャベツとゆかりの漬物)に豚汁、ほうれん草のおひたし、なめたけじゃこ大根おろし。それにしても僕、頭でけえな。
これを実食しながら頭の中を推敲せずに口述、それを録音して後々脚本として採用する、といういわばインプロ形式の曲作り。
「ズズッ…この豚汁、メインとしてもズズッ、…成立するな…モグモグそれにしてもこの豚汁っていうのはゴックン、…無条件で実家感が漂う…」
それにしても流石は九鬼君、どれもこれも旨いのね。生姜焼きの絶妙さっていうのはかなりハイクオリティだった。

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「どれ、キャベツと一緒に食べてみるか…モグッシャキッ…モグモグ…キャベツによってトレブルが効いてくる。この高域のエッジは、嫌いではない…モグモグ」

で、ライブ当日。お昼過ぎ。
孤独部でも実は最近彼のバンドのお手伝いでも何かと行動を共にしている金森君(a.k.a KANAMORIN)宅にてレコーディング開始。約25分間の間、物語の進行と僕の胸中を代弁してくれるナレーションのレコーディング。
金森君宅ってしっかりしたDTM環境が整っていて、そして彼自身良いエンジニアなので僕は「録音したい録音したい」と言って横であーでもないこーでもない言うだけ。彼の情感が欲しい、と思って急遽ギターの演奏もしてそれも録音して貰った。
で、入り時間数分前にミックス、CD焼き作業が終わり、本番もCDの音出し/音止めとして参加して貰う事になった(本番3時間前に)金森君と慌てて金森君宅を出る。幸い新栄CLUB ROCK'N'ROLLまで徒歩数分。ギリギリで間に合った。脚本も完成していないまま(それもあって終盤はその場その場で考えながら録音したのだけど、却ってリアルな本音が出せたと思う)レコーディングに向かって、そして間に合ったのはひとえに金森君の処理能力の高さのお陰である。本当にありがとう。
ここ最近の僕のソロでは最早お馴染み、かしやま(孤独部)君も参戦して貰った。店、感を出すために必要な、そして味噌汁を豚汁に変更→「豚と豚でかぶってしまったぞ…」とコンボに繋げるための重要な役どころ。
今までかしやま君には「野菜とか色々突っ込んでジューサーにかけたものを1リットル近く飲ませる」とか「椅子の中に何時間も軟禁する」とか「舞台上でボコボコにする」とか散々な思いをさせてきたけれども、今回は文字通り「美味しい」思いをして貰えたのではないか、と思っている。

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新栄ClUB ROCK'N'ROLLで生姜焼き定食と豚汁定食を作った人間が、過去にいただろうか。開演直前までドリンクカウンター上、カセットコンロで煮込まれた豚汁、事前仕込みにより温めるだけ、まで作り込んであった生姜焼き、どれもこれもライブハウス側からの寛容な許可と(勿論通すべき筋と通したからやらせて貰えたんだろうけれど笑)、九鬼君の気迫が成し遂げたものである。
今回のMVPは間違いなく九鬼君。だって僕、主役だけど舞台上で飯食ってただけだし。
いや、それを差し引いても九鬼君には本当に今回助けて貰った。「ものを作る上で対等な関係」は脚本構築の上でも成立していたし(僕は初めてステージに立つんですよ、って九鬼君がものを作る上ではやはりそういうストイックさを出してきたのがもう本当に格好良くて僕はそれが凄く嬉しかった)、九鬼君は料理を作る人として、そしてライブ作品を作る人として絶妙なバランス感覚で物事の判断、采配をしてくれたと思う。
特殊な技術、秀でた何かがあれば人前で何かを表現する事、ライブハウスのステージに上がる事は出来ると僕は思っているのだけど、九鬼君は改めて僕の眼前でそれを実証してくれた。

九鬼君の調理技術に今まで吸収してきた多くの映画や本や音楽のアーカイヴから構築された「面白さ」への確かな判断力、金森君の演奏技術に録音技術にそしてここ最近膀胱炎になりつつも取り組んでいたという舞台音響技術、かしやま君の演技力に彼自身大好きな「ものを食う」という行為に対するステージ上でのリアルと演技も混じった賞賛とそれに対する真摯な姿勢、サポートメンバーの素養とそれぞれのフィールドでの技術力の結晶。
スガイさんの発言から盛り上がった「孤独のグルメ」はこうして多くの人の力を借りて結実した。

最後にもう一度。
「芸術は刹那の中で作られる」。
僕の場合は、僕のその刹那にすかさず彼らのベストを返してくれる作り手が周りにいるから、でもあろう。

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会場入りして30分もしないうちにライブをした話。

5日はナトリネ@池下CLUB UPSETにてベースギターで参戦。
急遽決まったこのライブ、てっきり演奏納めかと思いきや再び鈴木君と僕のサポート陣営。
や、鈴木君のギター好きだから嬉しいのだけど。

仕事の後、帰宅してドーナツ一つ腹に入れてエネルギー充電。演奏前に食べ過ぎるのが良くない事くらい自分の体が一番わかっている。普段なら何も食べない所だけれども、ちょっと疲れていたので補充。
池下CLUB UPSETは何を隠そう自宅から徒歩で数分。ベースケースにエフェクターとベースギターを入れて、右手にラックケース入りのアンプヘッドをぶら下げて会場入り。もうとっくに開演しているのでそのまま楽屋にてメンバーと合流。
手早くペダルボードを組み、転換、からのそのまま演奏。この日はちょっとした良い事情でドラムの梶藤君が下手最前列へ出、ステージ中央後方にベースアンプと僕が陣取り、その横に鈴木君、上手最前列に茜ちゃんというメンバー2人を前に出した陣営。リハーサルもないのによくやるな、と思ったけれどもこれも信頼関係の現れである。
むしろこの立ち位置、今までで一番しっくりきたもんな。
先日の大阪遠征で掴んだ感触をそのままに、この日も冷静と情熱の間を行ったり来たりする演奏をした。
ここ最近人前でベースギターを弾く機会が多くて、何より僕自身自分の演奏が磨かれていく実感を得ている。3時間の練習より30分のライブの方が自分の演奏へフィードバック出来る情報は多く得られる。
主観レベルの情報を、客観レベルでも得るためにライブを録音するツールの入手を検討している。今の時代、安くてもそこそこの音質で気軽に録音出来るレコーダーは沢山出回っているだろうから。

演奏後は予定があったので楽屋にて機材をバラして、そのまま帰路へ。一度もフロアへ出ていない(演奏前にチラリと覗いたけれど)。こんな経験はよく考えれば初めてだ。慌しくってナトリネのお二人には申し訳なかったけれど、良い経験をした。

呼吸を感じた日の話。

3月3日、神戸に遠征。

遡って、去年のある夜の事である。
twitter上でやりとりをしていた関西在住の女の子からダイレクトメッセージが届いた。
読むと、相談があるので連絡先を教えて欲しいとの事。丁寧な申し出だったし無闇やたらにそういう事を言う人ではない、とそれまでの交流で十二分に理解していたし、イベントを主催しているという彼女に関する僅かな知識がその「相談」の内容を自然と連想させたので背筋を伸ばして返信。
数分後、通話するに至った。

(前略)
「…で相談というのはですね。明日、照らすのレコ発企画の神戸場所をやりたいと思いまして」
「はい。アルバム出ますものね」
「パイプカツトマミヰズさんにご出演頂きたいと思いまして」
「はい。…って   な  ん  だ  と  !  ?」

イベントの出演オファー順、それに優劣や思い入れという観点で意味があるとは僕は考えていない。それでも明日、照らすのレコ初企画として彼女はどうやら真っ先に僕達に声をかけてくれたらしいのだ。両バンドをご存知の方がいらしたらすぐにおわかり頂けるだろうが(もし明日、照らすをご存知ない方がいらっしゃるのならばリンク先にとんでご覧なさい。或いはYOUTUBEにMVがアップロードされているから視聴してご覧なさい)、この2バンドを真っ先に出演バンドとして決めにくる彼女の感性というものに僕は大いに驚かされた。しかしそれ以上に、嬉しかった。
落ち着いて話を聞けば、彼女の考えている趣旨というのは実に面白いものだったし、そのイベントが面白いものになるというヴィジョンを僕も確かに持った。メンバーの予定を調節して、多少なら無理してでも調節してお返事致します、と応えて電話を切った。
沙樹ちゃんの企画に僕達が出演する事になったのはひとえに彼女のその発想、情熱故である。名古屋にも度々やって来た彼女に、僕はパイプカツトマミヰズをはじめ他のバンドの演奏も披露したし、新年早々挙行した演劇公演も彼女は見ている。出演する側として主催者との密なコミュニケーションって、大きな安心要素。
何の不安もストレスもなく、僕達大いにイベント当日、楽しみました。お陰で良い演奏も出来たし、沙樹ちゃん本当に有難う。

そして明日、照らす。
JONNYとしてはレーベルメイトだけれども、まさか神戸の街で彼らと対バンするとは思わなかった。今まで何度もライブを見てきたけれども、この日は遠征先だし自分達の演奏後に愛犬が亡くなったっていう知らせを聞いて妙にセンチメンタルというか、何だかスンッとした気分になっていたのでこの日の明日、照らすは自分の反応も含めて本当に楽しみだった。何なら今までで一番楽しみだった。レーベルメイトとしても実は村上君っていう存在は一番意識している部分もあるし、アルバムを出してそのツアーで回るっていうタイミングでの神戸での共演は僕は本当に楽しみにしていた。転換が終わって、あとは演奏が始まるっていうその時間、フロアの後方、中央辺りに陣取って今か今かと演奏が始まるのを待っている僕は何であればただの一ファンだったに違いない。そして周りにもそういうバンドマンが大勢、いた。

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この日の明日、照らすの演奏は素晴らしいものだった。一本筋の通った音楽と言葉があれば他には奇をてらったパフォーマンスも、爆音も、ギミックも何もいらない(それらがある事が=弱さだったり誤魔化しである、と言うつもりではない。決してない。それとこれとは別の話である)、ちゃんと人の心を打つ音楽として成立するのだな、と改めて見せつけられた。
ライブ終盤にふとフロアを見回すと目を潤ませたり泣いているお客さんが何人か見受けられた。その人達が何に泣いていたのか僕にはわからない。きっとそれぞれ違った理由だったり違った感性が反応しての涙なのだろう。
それって、純粋に凄い事だよ。少なくとも今の僕には出来ない。
改めて、アルバム発売おめでとうございます。
持ち時間押して申し訳なかった。お互いもっと強くなったら、また一緒にやりましょう。

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この日も同行してくれたヨシダユキ先生が写真を撮影してくれた。先生いつも有難う。
楽屋で上裸で過ごしていた吉田君に皆が興にのり、半ば無理やりそのまま演奏して貰った。プロレスラーみたいな体型で面白かったんだもん。
初めての神戸上陸となったパイプカツトマミヰズだが、特に何も考えずにフラッと出て行って「こういうライブをしよう」とか考えずにその場その場でベストを尽くした結果、良いヴァイヴスが出せたと思う。全身全霊でふざけるこのバンドの演奏者達の面白がり方が十二分に発揮されたのではないだろうか。気負う、という言葉はこのバンドには似合わない。「今日は頑張ろうぜ」とかはあっても良いのかもしれないが、変に熱くなったりそこに殉じようとするよりもただただ格好良いと思える曲を作って面白いと思えるライブを脊髄反射でやる。そういうこのバンドの楽しみ方をより強く自覚した結果となった。
演奏後、前夜のスタジオ練習からそのまま神戸入りした疲れもたたってかボロボロになって会場隅のソファに座った吉田君の横に腰を沈めていると、30秒近く黙った後で突然こちらを向いて「ウケたね」と一言。
ああ、本当にそうだね。やった、感が強いライブだった。極めて誘導的ではあったけれども、出番3組目にしてアンコールのリクエストを頂けるだなんて思いもしなかったものな。

良い夜だった。新しい出会いと、そして今後に繋がる縁と確かな充足感と、呼吸を感じた夜。
沙樹ちゃん、本当に有難う。

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村上君と沙樹ちゃん(の手)。
しかし村上君、ライブ中の発言をそのまま端的にブログに書くのはやめてください。
僕が悪者になってしまいますよ!

ナトリネにひっついて大阪遠征をしてきた話。

ご無沙汰しています。
ちょっと諸々の事情でブログの更新が滞っておりました。もう一日に何回かは「ブログ書かなきゃ」と思いつつもやっぱり現実的に動き回る事を優先してしまい、書きたいものも思うように書けず(それでも前回のエントリーは絶対にすぐに書かなきゃ駄目だ、って事でふとした隙に更新)悶々とした日々を送っていた。
僕の場合、ブログに書いてやっと「過去」に出来る感じがあるので。
それではちょっと遡って2月後半のナトリネの大阪遠征についてから。

2/26(火)
ナトリネにて大阪、心斎橋FANJにて遠征。ここ最近ナトリネのサポートチームとして行動を共にしていた鈴木君がこの日は仕事の都合で参戦出来ず、となったので茜ちゃん、梶藤君のナトリネ二人に僕を加えた3人編成での演奏。
運転手として茜ちゃんの弟、ユウタロウ君がついてきてくれた。
その直前まで夜中のスタジオやら何やらでそれなりに予定が立て込んでいたのでそれを慮った茜ちゃん、「癒しの旅にして下さいね」と事前に言っていてくれた。諸々、二人が気を遣ってくれたお陰でライブ中以外は食っちゃ寝、食っちゃ寝の楽しい旅となった。有難う、優しい人達を手伝えて僕も嬉しい!

前夜、梶藤君とラーメンを胃袋に入れた(余裕が出来ても結局限界ギリギリまで起きていたい、と思ってしまう。ねるのが勿体無いとか体強くない癖に考えるんじゃないよ馬鹿野郎、とも思う)影響で空腹を感じぬまま、車に乗って少しすると意識が消沈、覚醒すると大阪だった。
この日の3人編成、実はまだこの段階で一度もスタジオ練習をしていなかった。事前に梶藤君が予約してくれていた246グループ系列のスタジオQにピットイン、2時間バシッと練習する。

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快適な環境での練習、事前にこの日のために覚え直しておいた2曲も特に支障なく、良い手応えを感じる。
ナトリネでのベースギター演奏って、音を詰め込み過ぎてもいけないしかといって後ろに引きすぎてもいけない。
全てに於いて全力で押していくと曲をぶち壊すので場に馴染む音でフレーズを構築するか、力強い音でシンプルに支えるのが良いのではないか、と再認識。嗜好っていうものが大きいけれども僕が採った方法は後者。
いつも通りの音に相応の数のペダル(ナトリネの場合常に爆音!堅実なローを!ってわけでもないので普段なら使い所がないようなペダルも意外と馴染んだりする)を使って浮遊感の中で雰囲気のあるベースギター演奏を心掛ける。
良い練習だった。

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練習後は程近くのお好み焼き屋さんにて定食ランチ。初大阪遠征だというナトリネ、その空気に煽られて胃袋がすっかり大阪モードになっていたのでこれには大満足。旨かったなあ。

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リハーサル後に食べたたこ焼き@タコタコキング。これまた旨かった。

心斎橋FANJは本当に久しぶり。前回JONNYで行って以来だ。こんぼい店長とも去年の企画以来だから、これまた久しぶり。お互い元気そうで何より、次回は対バンしましょうよ!
この日のナトリネの演奏は練習以上の手応えを感じられるものだった。ここ最近マイブームになっているDanelectroのリバーブペダルが大活躍、狙い通りの効果を出してくれたしバンドのヴァイヴスも良い感じに一方向に向いていたように思えた。
お客さん、共演者の反応も良くて僕も嬉しかった。
演奏後は簡単な中打ちをし、楽しみにしていた二郎系ラーメン屋へ。こんぼい君に「この辺りにそんな店ありましたかね…?」と訝しまれつつも地図を見せて場所を教えて貰い、小雨の降る中徒歩で向かうナトリネ二人+ユウタロウ君+僕。
教えられた場所へ着いて愕然とした。閉店している。
雨の勢いが心なしかましてきた深夜の心斎橋を、胃袋がすっかりラーメンになってしまった一行は兎に角もうどんな店でもいいのでラーメン屋を求めて歩き回る。どうにか見つけたラーメン屋にて、舟橋、替え玉を4回する。合計5玉のラーメンにて落ち込んだ気持ちを盛り上げて、名古屋へ帰路。
ユウタロウ君のナイスドライビングのお陰でスムーズに名古屋到着、帰宅して就寝。

食べ物に関してばっかり書いてるって?
気のせいです。

友よ、安らかに。

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書かなきゃいけないライブの思い出も、日常の記録もこれからの事も沢山沢山あるけれど、どうしても今この瞬間にこの事を書いておきたい、書いておくべきだと思って、書く。

2013年、3月3日、舟橋家の愛犬ショコラが永眠した。享年11歳。
今から12年前、家族の一員として迎え入れられた彼女はそれから昨日に至るまで僕達を楽しませ続けてくれた。
昔、魚屋の魚を食べてしまって保健所送りになりそうになった所を舟橋家に引き取られたビーグル犬のキース(前の飼い主がローリング・ストーンズのファンだったそうだ)が亡くなって、彼との生活を忘れられなかった父が母の反対を押し切って半ば強引に一家へ招いたのがイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルのショコラだった。「名前を付ける権利をやる」と言われ、当時NIRVANAにハマッていた僕は雌犬という事で安易に「コートニー」と名付けようと提案したのだけれども曖昧な笑みとともに彼女の名前はショコラ、になった。
室内犬として生活し、後にここ数年彼女を苦しめたてんかん発作を起こすようになる前まではほとんど無駄な遠吠えもなく、比較的温厚な性格でその癖母より男性陣を好む男好きな犬だった。獣臭い息を吐きながら短い尻尾をブンブン振って顔面をベロベロ舐めてくる彼女に、時に「僕にそこまでしてくれる女の子は君だけだよ」と慰められ、時にカーペットの上で一緒に横になって眠りながら留守番をするというのどかな時間を貰った。目の間や顎、後頭部を撫でられるのが好きなようでちょっと撫でて辞めてしまうと「もっとやれ」と言わんばかりに前足をこちらの手にひっかけてくる。撫でているとそのうち目つきがトロンとしてきてゴロンと横になる。そんな挙動がいちいち愛らしかった。

数年前にてんかん発作を起こしてから、僕達家族、特に両親の生活は一変した。いつ発作を起こすかわからないので父はそれまで寝ていたダブルベッドから離れ、リビングに布団を敷きショコラと一緒に眠るようになった。深夜でも発作を起こすと近所の動物病院まで彼女を運び、注射を打って貰い落ち着くのを待った。好きな旅行も我慢して、TV番組でハワイ旅行について報じられると「今は行けんなあ」と苦笑していた。母もそうだが、特に父はショコラに入れ込んでいたので。
僕は美人だと思うのだけど母は「君は本当のスプリンガーの美しさを知らないんだよ」と笑いながら言っていた。そんな会話をしながらも母の視線は慈愛に満ちていた。女同士気もあったのか、一人と一匹はよく話をしていた。母の良い話し相手になっていたのだと思う。

垂れ下がった頬の肉と随分と余った顔の皮でとても凛々しい顔立ち、とは言えないけれども本当に愛嬌のある可愛い奴だったな、と思う。段ボールの棺桶に花と愛用のリード、ビニール袋に包まれた餌と一緒に眠る彼女の顔はよくある言い回しだけれども本当に眠っているようで、遠征先で訃報を聞いて胸の中をザワつかせながら自宅へ戻った僕は拍子抜けしたものだ。

命ある者は必ずいつかは終わりが来る。彼らと出会った僕としては出会って仲を深めて感情移入して愛した存在を失うのは本当に恐ろしい。怖い。恐怖以外の何者でもない。でもその恐怖と喪失感に立ち向かって、立ち上がるために人生には多くの出会いがあって、その出会いが深まっていつしかそんな時に寄り添ってくれる存在が色々な形で出来るのだと思う。補填、ではなく替わり、でもなく、それがあるから踏ん張る事が出来るような、そんな存在の話だ。そうして多くの喪失を経験していく間にいつしか、自分自身が失われる。そうやって人生は終わるのかもしれないなあ。

本当に可愛い、素敵な家族だった。
ショコラ、12年間僕達を楽しませてくれて有難う。願わくば君も楽しんでくれたなら嬉しい。
そしてお疲れ様。本当に、本当によく頑張った。
どうぞ、安らかに。忘れないよ。

ワッペリンのみんなで脳天大爆発!にて演奏した話。

sunsetrecords企画より帰宅、夜勤先の送別会にちょろりと顔を出す。
偶然にも同じ大学の同じ学部でその上ドラマーだった後輩が就職を機に夜勤先でのアルバイト労働を終了。毎日1時間半の短時間労働故、人間関係が築きづらく送別会とは言っても内々の4人だけでの慎ましやかな飲み会。
後輩よ、7ヶ月間お疲れ様でした。いつかスタジオでキング・クリムゾンをセッションしよう。介護職は大変だと聞くけれども頑張れ。

そしてライブも目前に迫ったワッペリンの練習へ。
この日は各々がコンセプトの元に製作した衣装を持ち込んで、着込んでの練習。何故そこまでやるかというと衣装が演奏に支障をきたしかねない構造だから、である。
順序が逆になるけれども、誠心誠意製作したこの日のワッペリンのライブ画像をドン。

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祝!新栄CLUB ROCK'N'ROLL20周年!
という事でCLUB R&Rのチケットでお馴染み、あのスマイルマークを衣装にしてみた。
風神嬢はスマイルマークを大量にあしらったワンピースに20周年を頭部に記念、カリクビ君は全身タイツにスマイルマークマスクでそのものに、そして僕は巨大なスマイルマークを着込んでみた。
この格好で一曲目、この日のために作曲された「ロックンロール」を演奏。
無論、2曲目以降は脱ぎ捨てて普通の格好で演奏したけれども、本多さんも井藤さんも(きっと)喜んでくれたみたいで良かった。

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吉村桜子さんが教えてくれた「段ボールを繊維の向きが互い違いになるように水で伸ばした木工用ボンドで張り合わせるとちょっとびっくりするくらいの強度が得られる」という技術の実験も兼ねて、レッツ工作。大きな段ボールを円形に切って(極めて古典的なコンパスに鉛筆を紐で括って円を描く、というのをやりました、よ!)貼り合わせ、製作場所となった平井亜矢子(いとまとあやこ)さんちに転がっていた壁紙素材(亜矢子さんが駅でテイクフリーと置かれていたのを回収してきたそうだ)で覆いポスターカラーで着色。
目は段ボールを適当に切ったものを同じくポスターカラーで着色、口は直接本体に描いて、赤く塗った壁紙に段ボールで裏当てをしたベロを装着。

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首から吊るすためのビニール紐、横ズレを防ぐために腰と本体を固定するベルトを装着して出来上がり。
思った以上にクオリティの高いものが出来上がってテンションが上がった。手伝ってくれたのは孤独部のかしやま君。いつも悪巧みに付き合ってくれて有難う。

で、これなんだけど当然演奏しづらい。腰が曲げられないし腕の可動範囲も制限される。一曲が限界だったなァ。
この日ワッペリンでの演奏は初陣だったわけなのだけれども、やはり前任のレッド君の存在感って凄くて。自分主催の企画に出て貰ったり一緒に東京に行ったり共演したり。今まで観たバンドの中では結構ライブ観覧回数を重ねているワッペリンだけにいざレッド君の後に演奏するってなると最初はどうすべきか暫し思案した。しかし、彼のデスボイスなんて端から出るわけないんだしいつも通り前任者を意識せず自分なりに最善を尽くす事に。
「圧」だったレッド君のベースの音は極めて個性的だったけれども、僕ならこうする、とリフの見えやすい輪郭のはっきりした音を作って歪み2種類(いつも通りのオーバードライブとベースビッグマフ。特にこの日はベースビッグマフが大活躍)とワウペダルやフェイザーで色付けをしていく方法論を採った。
気持ち良い音が作れたっていうのは勿論あるのだろうけれども、風神嬢とカリクビ君の「ライブ中に面白いと思った事はどんどんやって貰って構わないです」という言葉や練習中のコミュニケーションも相まって本当にリラックスして良い演奏が出来たと思った。ワッペリンの音楽と自分の演奏が相性が悪いはずがないとは思っていたけれども、多くの人が抱いたであろう「レッド君脱退後のワッペリン」に対する未知数さへの懸念というのを吹き飛ばす事が出来たんじゃないかと思う、この日のワッペリン。僕個人も気持ち良く、実りある演奏が出来ました。お二方、有難う。

早朝3~7時の練習、そして数時間仮眠後の会場入り前の練習でヘロヘロになっていたけれども、その時の最大値で楽しんだ一日だった。打ち上げでは紹興酒をカリクビ君と井藤さんと酌み交わしていたらいつの間にか轟沈。
それなりには体にキテたんだネェ。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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