やるならやらねば。


只今現在深夜3時。我が部屋の惨状がこれ。
これでもちょっとは綺麗になったんだ。掃除や模様替えの過程でこうなったんじゃない。元はもっと酷かった。
只でさえ物が多いのに捨てられない気質だとこうなる。快適な居住空間とは無縁のPC前の椅子とベッドの上だけ片付いている典型的な足の踏み場もない部屋、って奴だ。

とりあえず日々少しずつでも物を捨てたり片付けていこうと思っている。いざやりだすと捨てられるものの多いこと多いこと!
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芽生え

やっぱり僕にとって言語って一番扱いやすいツールで、自分や自分発信の何かを伝える際には言語やそれを使った表現を専ら扱ってきた。
けれどもここ最近、半年くらい前かな、ふとした折にふっと「もっと音楽を言語として、自分の何かを記名性を持って主張するツールとして使いたい」という思いが涌いてきてそれについては熟考してきたのだけど、僕はようやっと重い腰をあげてやるべき時が来たのではないか、と思っている。その、なんだ、自分名義の音楽を。
演劇作品を作った事でものを作る「作家」としての自覚を抱いてしまった以上、やっぱり音楽でもやるべきなんだ、と僕が思うのは当然の流れだろう。
ものを作る人間、その中でもバンドマンとしての活動にその重きを置いているにしてはその作家性の芽生えの順番が変な形にはなったけれども、自己主張してみようと思ったきっかけがなんであれ(言語を用いた脚本だった、というのは僕らしいとつくづく思う)もう今はやりたくてワクワクしている。

楽器や音符を用いた自己表現を言語を扱う感覚に近付けるために毎日自分のその時々、日記感覚で音符を扱う事でスムーズにアウトプットしづらい(少なくとも言語よりは)音楽での自己表現の鮮度をあげていこうと思っている。

そんな事を考えて、第一歩を刻んだ夜。
形にするぞ。

犬芸2013を終えて。

25日はワッペリンで犬山市は善師野にある清水寺にて行われた犬山芸術祭2013、略して犬芸2013に出演してきた。
運営に友人が関わっており「舟橋さんも出ませんか?」と声をかけて貰ったので芸術に興味津々のワッペリンで出張ったというわけ。

アンプやらドラムセット等の機材搬入は23日の夜に済ませていたので、当日は楽器と人間でゆったりと会場入り。
お寺の室内や境内を使って様々なパフォーマンスや展示が行われて、良い意味でハンドメイド感溢れる面白いお祭だった。
寺の境内で演奏するワッペリン。


午前中は小雨も降ってた空模様が晴れ渡り、絶好の演奏日和。
歴史がありそうな境内の足場に汗がポタポタ垂れてなんだか罪悪感に駆られたよ。長谷川君が自前で持ち込んだキッズドラムに僕自前の小口径のキャビにアンプヘッド、人様からお借りした真空管アンプを使って即席のステージを作ったのだけど想像よりもずっとずっと演奏しやすかった。本堂を背負っての演奏ってなかなかそうそう、出来るものではない。
珍しく裸足で(普段は足が痛いから靴を履いてる)やったのだけど足の裏の木の感触も心地好く、とても気持ち良く演奏出来た。自前セットと歪みペダルの相性も良く、犬山のお寺からファズベースを轟かせる快感ったらなかったよ。

素敵な出会いや面白いパフォーマンスも観た。
甚田剛史さんは映画「少年R」を公開。寺にある衝立にプロジェクターで上映という方法も素敵だったけれども、何気なく観始めたその映画が良かった。中途からで粗筋もわからないまま眺めていたのだけど、構図の格好良さやその映像の質感や編集の巧みさで、すぐに真面目に観入っていた。なんだろう、観る側に親切な構図というか丁寧だったりするのだけどちゃんと意図が伝わるというか。閉鎖的でなく上品に主張している感じが凄くした。本人の人柄も興味深く、なんと今かしやま君を素材に映像を撮影されているようでこれまた楽しみ。

KANAMORINこと金森君のソロパフォーマンスはこの日はギターと彼の歌の正攻法。ループエフェクターを使って音を重ねていくのだけど、彼の音楽って柔らかくてアンビエントなその音が寺の境内に広がっていく様はとても素敵だった。
翌日、最終日である26日は活け花と音楽の複合表現だったみたいでこれが凄く評判が良かった模様。
先日ご一緒したばかりの田中みなさんのソロ、「または田中」も田中さんの瑞々しい感性を田中さんの広がりのある演技で打ち出していて、僕、存分に楽しんだ。
田中さん、あれ相当に楽しんでたんだろうなあ。人に突き刺す表現ではないけれども、人を楽しませるひとりしばいだったと思う。ご本人の人柄通り。
そして遂にこの日、小池優作がやりやがった。「女子じゃねえ」と名付けられたそのバンドは女装した小池君(ボイスパーカッション/歌)と田中さん(魔法の笛/ぬいぐるみ)と赤井さん(魔法の笛/コキリコ)によるスリーピース。
即興で小池君が提示するテーマに田中さんと赤井さんが演奏で彩りを添えていたのだけれども、バランス感覚といい小池君の言葉選びといい小池君らしさと「バンドをやってみたかった」と語った小池君の音楽を楽しむ様がとても、とても事件性を帯びていた。「楽器が出来ないから」と自らに可能な方法論を採った結果、それが全く新しいものになっていた。音楽の原始的な快感を感じさせられるそれは、発明だと思った。小池君、お見事!
かしやま君(孤独部)が披露した今回の「drawing:」について言葉多く語る事は出来ないけど、彼もやはり続いているんだなと思った。周りの人間達の中では彼女の事は終わるものでもないだろうけど、先日のツーマンを経て再びかしやま君の即興で触れられた彼女についての言葉は、良くも悪くもなく純粋に時間の経過を感じるもので。そんなかしやま君の一人芝居は日没頃の清水寺の雰囲気に凄くマッチしていた。ステージ背後の本堂内で撤収をしながら観ていたのだけど、独特の空気があったなあ。

機材の返却の関係上、バタバタと撤収、名古屋へモドリ。
機材を無事に返却してからは風神ちゃんと長谷川君と焼き肉を半ばうんざりするくらい食べた。腹が膨れて動くのが億劫なくらいの焼肉って最高の贅沢。

この日に観た様々な表現で僕の中で「芸術」に対する革命的な変化があったわけではないけれど、やはり何かを作って表現してっていうのはたまらなく面白い事だと再認識出来た。犬山のお寺で瑞々しい時間を過ごす事が出来たからだろう。
今の僕の課題はそういう表現をどうやって不特定多数、というかそういうものに興味がない人間に楽しく提供するか、という事だとも思った。考えていかねば、ならないなあ。

犬芸2013、本当に有難う。良い時間を過ごしました。


ひみつきちから見た、犬山の空。

ツーマンを終えて翌日、僕はステージに立っていた

21日はi GOの助っ人で今池HUCK FINNにて演奏。
i GOが毎月行っているツーマンシリーズ、先月は自分が共演側だったのに今回はi GOでベースギターを弾いているっていうのも面白いシチュエーションだ。

仕事を終えて家に一時帰宅、玄関先に用意してあったベースギターを背負っていざ出撃。
到着するとZUTAZUTAZが演奏中。格好良い。パンクって最初はピリッとして怖い印象があったけど(シド・ヴィシャスに憧れてベースギターを手にした癖にね!)ファニーな部分も優しい部分があるのもわかったのはきっとi GOでベースギターを弾く機会を得てからだろう。
ナイスライブだった。

この日はお久しぶりの曲も含めてツーマンだけに普段より長い演奏時間。
僕の夜勤に気を遣わせてしまって申し訳ありませんでした。
PV用の素材撮影をしているのを尻目に後ろ髪引かれる中、夜勤に出勤。

僕のやっている事は、きっとそのうち実を結ぶ。

「ふたりのひとりしばい~舟橋孝裕VSかしやましげみつ(孤独部)」



舟橋企画「サマーウォーズ、とでも名付けるかと思ったかね。」第二夜はかしやましげみつ君(孤独部)との演劇対決「ふたりのひとりしばい」。
僕がライブハウスで演劇をやる後押しになった存在は紛れもなくかしやましげみつ君との出会いによるものだろう。ライブハウスに演劇で殴り込みをかけている、挑戦を続ける男がいるのならばライブハウスで日夜時間を重ねているバンドマンがやって出来ない事はないはずだ、という妙な確信めいたものがあったのは確かだ。そして今年の一月の演劇公演、そこで僕は生まれて初めて自分自身の中から出てきた表現を人に突きつける快感を知ったのだった。勿論、バンドで鳴らしてきた、鳴らしている音楽が僕の表現でないというわけではない。だけれども僕が中心となって表現の芯を形作る事って実は今までになかった事ではあったのだ。

今回はそんなかしやま君の力を借りず、まず自分自身の判断と采配で演劇作品を作ってみようと思った。
前回僕の出演シーンはほぼ即興、演出として演技をしない役柄だったので稽古も一切せずに臨んだのだが、今回は演劇というフィールドに立ってしっかりと構築しよう、と思っていた。
キャストもこの人達と、という人に声をかけ、手伝ってくれる人間も集まった。
中でも九鬼君には相当な負担を強いたと思う。彼のお陰でこの日はスムーズに進行する事が出来た。まず、九鬼君有難う。
さて携わってくれる人も集まり、あとはやるだけ。
かしやま君とも「当日が楽しみだ」と話をしていた。

だけれども、彼女の死をきっかけに作りたいものが代わった。や、これには語弊があるな。作っていたものが途端に嘘臭く思えるようになった。数日前まで鮮やかに思えていたものが酷く色褪せたのだった。
制作途中だった作品は「もしも僕がバンドをやっていなかったら」という演劇作品で、タイトル通り僕がバンドをやっていなかったらどんな人生を送っていたかを描いたものだった。普通に就職して結婚して、子供が出来て家族になってそして死んで、という当たり前だけどかけがえのない人生を描いて、でも今の自分はそれに価値を感じない、表現こそが芯でありそれをやらなければ自分自身の人生に価値を見出だせない、とまとめるつもりだった。彼女は僕の娘役で出演するはずだった。
彼女が逝く直前に残した書き置きには「出演依頼を引き受けたのにも関わらず、全う出来ずにごめんなさい」とあった。責任感の強い彼女らしい。だけどもそれを僕が読む頃には、僕はすっかりその作品に興味を失っていた。
妻役を演じるはずだった田中みなさんには「そう言うと思っていた」と言われたしメインテーマや音楽を作ってくれていた鈴木君(studio penne)にも「それは自然な事ですよ」と言われたけども、僕は散々多くの人の力を借りて作っていた作品を一瞬で捨てようとしていた。あの時の事を思うと関係者には本当に申し訳なく思う、だけれども、捨てて良かった。
その時の僕には人生は表現なんてしなくても、芸術に殉じなくても十分に素晴らしいものだ、生きているだけで価値があるものだ、と心の底から思っていた。作品に嘘を書く事は出来ない。
こうして「もしも僕がバンドをやっていなかったら」は棄却された。

彼女の訃報を聞いて、かしやま君とも話をした。
死んだ人間に生きている人間がやりたい事を引き留められる必要はない。それは悼む事とは少なくとも今回は違う。だからこそ何をやるかその直前まで決まっていなくとも「ふたりのひとりしばい」はかしやま君の二作品、僕の二作品でやるべきだ、と僕は話した。彼も同じ気持ちだった。
口ではどれだけでも立派な事を言える。その段階で僕はほとほと途方に暮れていた。作りたいものが全くないばかりか、ものを作る事さえ億劫だったからだ。友人への追悼の念と、友人との思い出に浸っていたいばかりだった。
そんな中、田中さんとの会食は良い機会だったと思う。
今は無理に作品作りの事を考えずに気持ちが落ち着くのを待てば良いと思います、という彼女の話を聞きながら、もし何か作れるのだとしたらこの人とやりたいと漠然と思ったのだった。そういう田中さん自身、彼女の死に喪失感を感じているのは間違いがなかったし、それでいてそんな言葉を口に出来るのは本人も言っていたがそんな状態の僕に付き合うぞ、という覚悟の表れのように感じられたからだ。
実際、「もしも僕がバンドをやっていなかったら」制作チームは誰一人としておりる事をしなかった。僕が再起したら、再起せずとも尽力すると約束してくれた、実に優しい、思いやりに満ちた連中ばかりだったのだ。本当に感謝しています、有難う。

田中さんとの会食から三日後、母親が観ていた映画のワンシーン、それはセールスマンが取引先に頭を下げているシーンだったのだがそのシーンを何の気なしに眺めていたところ、突然作品のアイディアが降ってきた。こうして僕の表現活動は再開された。

「ふたりのひとりしばい」当日、会場はちょっとしたピリッとした空気というか心地良い緊張感に満ちていた。
前夜の筋肉痛を引きずって、それでも頭の冴えわたった僕はそれを無邪気に楽しんだ。
先陣を切ったのは孤独部「エアコン(再演)」。前評判は聞いていたけれども、確かに一見ピースフル。それでも自覚的にか(僕はこっちだと思うのだが)無自覚なのか、やはり樫山重光という男はどこまでいっても孤独なのであった。
自分自身をテーマに作品を作り上げるからこそ、毎回彼の様々な側面が見えてくるのだが今回はもう、その明確な孤独さを僕は存分に楽しんだ。本人に言っても飄々と交わされる気がするのだけれども、やっぱりあの人、ちょっと度を越しているよ。

二番手は僕側の番。未確認尾行物体で江戸川乱歩先生の「二廢人」をやった。
小池優作君という演劇人は実に面白い。まるでどこまでいっても満たされない憂鬱を抱えているようだ。彼の素晴らしさというのは自分の憂鬱と取っ組み合ってものを作り上げるところにある。そんな人とやる「二廢人」はさだめし面白いだろう。心に傷を負った人間と体に傷を負った人間の一見穏やかな会談から始まるあの素敵な小説をステージ上で再現。
大筋だけを頭に入れて、その場の空気に身を委ねながら台詞と演技を重ね合わせたのだけど、小池君の背中の演技、お客さんにもお楽しみ頂けたようで本当に良かった。本来なら僕が体に傷を負った側、彼が心に傷を負った側を演じるのが適材だった気もするのだが、今回は逆を試してみた。
そして音楽にはstudio penne。彼はもう僕の無茶ぶりを毎回きちんと意図まで汲み取って素晴らしいものを投げ返してくれるのだけど、今回も即興演奏という形で参加してくれた。諸々、制限がある中きっちりとヴィジョンを見据えて素敵に不穏な音楽を奏でてくれた。僕の第一声と共に彼のギターがジャラリンと鳴った瞬間、やはり僕もスイッチが入ったのだった。「間」を明確に打ち出したいこの作品の中で、それが意識を持ったものと演出されたのは彼の音楽に依るところが少なくはないだろう、と思う。

かしやましげみつ名義でかしやま君が臨んだ「drawing:」、今回この即興一人芝居を自分の枠の最後に持ってくるあたりそうなるだろうと確信していたのだけれども、彼女について触れていた。
パーソナルな部分、彼の背景が見える事に妙味の一つがあるであろう孤独部の作品群、その作り手のかしやま君自身が即興で紡ぎだす言葉なのだからそりゃあ威力は同じベクトルで、孤独部より強い。演出や演劇的要素が孤独部作品より削ぎ落とされている分、好みは分かれるのだろうけれどもよりソリッド。
パーソナリティという部分から発せられる言葉には会場中が息を飲んだ。
そりゃあね、先輩だもの。かしやま君もきっとあの報せを聞いてからずっとずっと考えていたはずなのだ。あまり言葉多くに語りはしなかったが、やっぱり君もそうか、そうくるのだなかしやましげみつ。
ステージ脇で、この日彼を対戦相手に選んだ事の必然性というか、因縁めいたものを感じてしまった。結局最後は同じテーマを題材に、個々の名前でぶつかる事になったわけだ。

「驚愕の"あ"」は恐らく一生涯忘れる事の出来ないアウトプット、自分の表現になるだろう。
恐らくそのままステージに立ったら弔辞めいた言葉を投げて終わっていたであろう心理状態の僕が、やっぱり作品にはポピュラリティがどうしても欲しくてギリギリまで粘った結果ストン!と生まれた作品だ。人生で初めてのフィクション作品。
大筋を提示した上で田中さんと即興芝居(エチュード、というんだったかな)めいた稽古で手応えを掴み、それでもまだお互いの長台詞やキャラクター設定はそれぞれが考えてきて当日ぶつけ合う、という制作方法をとったのだが、これはこの時の僕と田中さんだからうまくいったであろう事は間違いがない。恐らく、僕があれやこれやと考えている間田中さんも同じ位、いやひょっとしたらもっと自分の役柄について向き合っていたに違いない。即興なのにお互い言葉が淀みないばかりかスラスラと、まるでそこに脚本があるかのようにスムーズに芝居が進んでいった理由はそこにある気がしている。
田中さんとでなければ出来なかった、と断言出来る。田中みなさんとのあの即興演技の時間は実にかけがえのないものだった。前半のコメディ部分も僕は思いっきり瞬発力でやり、田中さんはそれを遮る事なく受け応え、後半の田中さんとのやりとりの最中はここ最近考えていた「自殺」というテーマについて自分の考えを端的に述べる事が出来たと思う。
今回痛感したのは表現による自浄作用、だ。僕の憂鬱は熟し、そして表現によって消化されたと言って良い。この作品によって僕は復活する事が出来た。
田中さん、貴方は本当に素晴らしい役者だ。この作品は貴方抜きでは出来なかったし、貴方とだから出来た作品だ。僕はそれが何よりも嬉しい。
貴方と演れて、本当に良かったです。

かしやま君との「ふたりのひとりしばい」は最終的に彼女の選択に対する僕達二人の回答を提示する事で終了した。
関わってくれた皆さん、ご心配をおかけしました。そして有難う。これから恩を返していきたいと思います。

そしてご来場頂いた皆様、第一夜は敬愛する先輩と、そして第二夜は立場こそ異なれど表現について探求する友人との全力の決闘、いかがだったでしょうか。
「サマーウォーズ、とでも名付けるかと思ったかね。」、本当にやって良かったです。有難う。

「ふたりの演騒~舟橋孝裕VSのむーん」

summerwars.jpg
8月19日、20日と新栄CLUB ROCK'N'ROLLで2デイズイベントを行った。
店長本多さんと「舟橋君、夏はなんもやらんの?」とお話していてソノ気になって計画していたイベント。
2マン×2デイズというのはやろうと思い立ってすぐに固まった。初日はバンドで、二日目は演劇で、というのも当初から決まっていた事。幸い、初日「ふたりの演騒」の対戦相手ののむーんさんも二日目「ふたりのひとりしばい」の対戦相手のかしやましげみつ君(孤独部)も出演を快諾、ここに「サマーウォーズ、とでも名付けるかと思ったかね。」の二日間の基盤が固まったのだった。
初日ののむーんさんとの対決はお互いが所属しているバンドでの対決2日目のかしやま君との対決はお互いの作品をぶつけあう演劇対決となった。

日取りも決まり、出演陣も決まったのが春先だったかな。想定外だったのが僕の転職。
これによって連日仕事を休むっていうのが難しくなり、初日はまさかの主催者が不在のままイベント開始となった。それでも全く不安でなかったのはのむーんさんが体調不良にも関わらず当日まで力強かったから。
「仕事は大切!きっちりやろう!」という先輩の言葉に不肖後輩、随分と気持ちが楽になりました。今度はお互い、休みの日にやりましょうね!(笑)

のむーんさんという人は本当に不思議なプレイヤーで当たり前だけど僕にないものを本当に沢山持ってらっしゃる。僕の周りでフロントマン然としたベースギタープレイヤーといえばのむーんさんが筆頭にあがるし、それでもあの人、一ベースギター奏者として見てもスキルが高い。普段でこそガッシャーン!なイメージがあるけれども音楽を愛でる事で培ってきた土壌がしっかりされているというか、これはのむーんさんの発言からの推測になるのだけど学生時代からキッチリ練習をされてきたのだろうなあという演奏を、そしてその側面を一度マイクの前を離れると垣間見せて下さる。基本がしっかりした上で和音弾きやスラップをするのだからそりゃあ演奏はきっちりしてるはずだよ。アヴァンギャルドの一辺倒なわけではなくて、懐の深い演奏はのむーんさんならでは。
エンターティナーとしてののむーんさんはノムラセントラルステーション(この日は未見だけど)で、ベースギタープレイヤーとしての懐はi GO&THE NOW POND DESTINATIONSで披露されていた。

となると、後攻に回った僕もきっちり迎え撃たねばならない。
パイプカツトマミ井ズではこのバンドで最近心掛けている冷静さと本能的な部分の両立を目指し、ワッペリンでは3ピースバンドの妙味を体現せん、と全力を尽くした。
後輩として先輩の尻を蹴り上げるような演奏が出来たかは当日ご覧頂いた皆様の判断に委ねるが、悔いのない演奏が出来たと思う。

アンコールではのむーんさんと、そして二人が共通してアンサンブルを構築しているi GOの吹原君を招いて3人でレッサーホースの「コダマ638号」(リンク先はノムセンのもの)をツインベースの3ピース編成で演奏した。
演奏直前にのむーんさんが「舟橋君、君が歌うんだよ」とボソッと仰って下さり、僕もそうするつもりで歌詞を憶えてきたのだけど結局歌詞が抜けてしまいツインボーカル状態。結局先輩の肩をお借りして演奏終了。
この曲、優しいメロディと力強い歌詞がのむーんさんの人柄そのままを表していて本当に良い曲だと思う。大好きな曲だ。

先輩、貴方は僕がライブハウスでステージに立つようになる頃から形を変えてもずっと第一線でご自身の表現をされてらっしゃいます。バンドマンとして、エンターティナーを志す者として、そして人間として先人が力強いと後輩は奮い立つものです。是非またご一緒させて下さいね。

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ヨシダユキ先生が撮ってくれた、素敵なのむーんさんとの一枚。

ビートルベースの巻。


両親が11月に来日するポール・マッカートニーの東京公演のチケットを当てたらしい。羨ましい。

だからってわけじゃないけどご縁があってGrecoのヴァイオリンベースを手に入れました。
友人が働いている中古楽器屋にて廉価楽器メーカー製のヴァイオリンベースを「前から欲しかったんだよなぁ」だなんて言いながら試していて若干微妙な気持ちになり、友人から「やっぱ本家ヘフナーかGrecoじゃないかな」とコメントを頂戴した直後にふらりと立ち寄った大型質屋のジャンクコーナーにてさり気なくこれが置いてあったというわけ。
リアピックアップの音が出ないしネックも反ってるし迷ったけれども、煙草12箱くらいの価格だったので衝動的に連れて帰ってきてしまった。

幸いトラスロッドを回してみたらネックもましな状態になり、フロントピックアップだけでも十分に「そうそう、これでいいんだよ」って音が出た。

気長にメンテナンスして持ち出してみようと思う。

訃報に際して。

この一週間の間、ちょっと言葉を失っていてSNSもこのブログも何も書けなかった。

親愛なるずっと年下の友人の訃報が届いたのは今から丁度一週間前。
朝起きると見慣れぬ番号からの着信とショートメールが大量に残っており、見てみると彼女のお姉さんからのものだった。彼女は若くして亡くなった、との事。現実味がないまま電話をかけ直し、事情を聞く。そこから通夜、告別式まで現実味がないがどこか漠然とした喪失感を抱いたまま時間を過ごした。
堰を切ったように悲しくなったのは告別式の夜。身近な人間の前であられもなく泣いた。

僕より遥かに若いのに表現に対する姿勢は背筋が伸びる思いをする程、真摯な人だ。
「まだお互いに面白いという事を見せつけあっていないので近々ちゃんと突きつけあおう」と約束したばかりだったし、実際僕は彼女と共にものを作っている最中だった。
ちょっとした書き置きが彼女から残されており、ご家族のご好意で頂く事が出来た。それを見る度に彼女との深夜の通信、楽しかった会話、年齢を超越したやりとりが思い返される。
物凄く、良い女だった。中身も容姿も、これから更に磨きがかけられるところだったろうに残念でならない。

人はいつか死ぬ、と言うのは容易いし人生は素晴らしい、というのも同じくだ。
近しい大人として彼女に年齢を重ねる喜びを提示出来なかった事に責任を感じるけれども、でも彼女の表現に賭ける情熱を知っていたからこそどうしようもなかったのかもしれない、とも思ってしまう。まだ整理は出来ていない。彼女の存在を自分の中で昇華出来るのはまだ先なのだろうな、とも思う。

本当に美しい、瑞々しい人だった。
君の事を忘れないし、まだまだ考えるよ。
どうか、安らかに。

ご無沙汰してます

ここ最近は連日連夜演劇の脚本を書いたり飲酒したりしています。
ウイスキーを口一杯に流し込んで、一息で飲み下して数分後にじわりじわりと酔っ払ってくる、あの感覚が好きです。

昨夜は早朝の坦々素麺。
午前4時半からこんな豪勢なものを食べました。粗びきの挽き肉が良いアクセントになっていた。
ご馳走様でした。

密室殺人の後で。

机の引き出しの中はほぼデッドスペース。滅多な事がない限り開いたりしないし中身がなんなのかさえもわからない。
「そういえばCDが沢山入っていたなー」と思って引き出してみると、大量のCDの中から真っ先に目に飛び込んできたのは一枚のDVD-R。
手書きのラベルによると昔やっていたバンドのライブDVDらしい。

僕は懐古趣味があるから今夜、観てみた。どんな内容なのかも定かじゃないままパソコンに入れて再生してみると、存在さえも忘れかけていた宣伝用のDVDだった。アルバムを制作直後に全国流通という一つの野心を叶えんと50社くらいかな、様々なインディーズレーベルにアルバムのサンプルとライブDVDをアポなしで送りつけた事がある。その時のものだった。
DVDには自分達がどんな活動を重ねてきたか様々な観点からわかって貰えるように、普通の演奏と当時やっていた演劇形式のライブ一本全編が収録されていた。今こうしてブログを書きながら思い出したくらいだから相当前のものだ。

演劇形式のライブを丸々観てみたのだけど、手前味噌ながら面白かった。日本兵の若者三人が大戦中のニューギニア戦線に送り出されて、という話だったのだけど、丁度当時の僕達なりに演奏と演劇形式のバランスがとれていた頃のもので今だからこそ粗も目立つしやりようは他にもあっただろうに、とも思うが随分と思いきった事をやったものだ。

パソコンのモニターの中の自分は日本兵の扮装をしてベースギターを振り回している。暴れればいい、みたいな演奏に今より過剰な、だけれども効果的なペダルの使い方。過去の自分を省みて今現在の自分に確信を持つ部分とまだまだだな、という部分を感じた。
一演奏者としてだけではなく、ものを作る人間としても思うところがあったりして実に有意義な、それは過去の自分から今現在の自分への挑戦状と言ったら大袈裟かな、だけれども奮い立つものがあったのは事実である。

2013年現在、バンド解散後、ギターヴォーカルは実家で療養中、バンド活動なんてとんでもない状況で、だけれども曲は作っているらしい。リードギターは練習で週に一度は会う。今の方が格好良い。ドラマーはこないだ野外フェスで久しぶりに演奏を観たけれど相変わらず練習せずとも格好良いドラムを叩く。人前に出る事はほとわどないが。

元バンドメンバーというのは不思議な関係だ。現メンバー、とも違うし赤の他人とは全く違う。それはもう「元バンドメンバー」という関係でしか言い表せない不思議な関係だ。

やりたくなったらまたやろう、ただし満場一致でやりたくなったら、という事だけ決めて解散したけれども全員細い線ながらも未だに線が途絶えていないのは有難い話。
現状やれる予感は皆無だし自分がいざその時になったらやりたいかどうかさえもわからないけれども。
まあ、そこをあてにしていちゃ話が違うしね。

僕は僕で環境の変化こそあれどあの頃より今の方が面白い事がやれるという自負があるし、当時とやっている事こそ端から見たら違うかもしれないが打ち込んで活動しているバンドがある。これはシンプルに嬉しい事だ。昔は俺も、とか昔は良かった、だなんてどれだけ駄目になっても言うつもりはないし言わないような人間であるつもりだ。

ただね、君達。
たまには四人でゆっくり遊びたいものだねえ。

ナトリネのレコーディングに参加した話

29日、日付的には30日か、夜勤後ナトリネのレコーディング@246NAGOYA。

車で夜勤先まで迎えに来てくれた二人。風呂にバババッと入って汗を流してコンビニでバジルソースの冷製パスタを胃に入れて(この時ズボンにソースをこぼしてバジルソースの匂いに包まれながらのレコーディングセッション)スタジオへ。

現在制作中のナトリネのアルバムは曲毎にベース奏者が違うという、色々なサポートベースを迎えてライブ活動を重ねてきたナトリネらしい作品。僕も有り難くも一曲弾かせて頂く事に。
他の参加者との差別化を図った肩書き面白いだろう、という僕の思惑と様々なベース推しの音源にしたいというナトリネ側の思惑が合致した結果、随分と思い通りにやらせて貰った。


ベースギターはSBV550改、使用アンプはスタジオ常設のHartke。DIはエンジニアを務めて下さった高木氏(246NAGOYA)お気に入りのアヴァロンU5。アンプヘッドはよく触っていたモデルだったので特に苦労せず、DIはイコライザー等搭載しているがしばし弄った結果イコライザーはバイパスした方が好みだったのでスイッチはオフ。


別室にキャビを設置、この後にオフ気味のマイクも追加されてマイク、オフ気味のマイク、素のライン(アンプに入力される信号にはサンズアンプがカマしてある)の計3回線を確保。
好み的にはオフ気味のマイクの音が一番好みだった。オンのマイクの録り音はスピーカーを通して聴くとちょっと下品過ぎるかな、とも思ったので。尤もそこが良いんだがな、サンズアンプ!


今回は愛用のサンズアンプを全編にかけた。オルガナイザーはエフェクティヴなセクションでオン、オクターブ上と下のふりきった設定のものを2パターンをリアンプ方式で素のライン音にかけたものをミックスルーム側で録音。
愛用のファズ、ビッグマフは曲のほぼ全箇所でかけっぱなし。
今回の個人的な思い入れはこれで、色を出すという観点からも一聴して僕だとわかるように思いきった設定にしてみた。
これまた素の音にビッグマフ→サンズアンプとかけてミックスルームで録音。
このビッグマフの音とアンプからの録り音、ライン信号が確保してあればミックス時にも随分と融通が効くのではないかという事で今回は敢えてビッグマフをリアンプ方式でかけた。演奏時の録り音の段階でかけてしまうより遥かにミックスの幅を設ける事が出来たはず。
ただ、ベースだけで結構トラック数を使ってしまう。いやあ、便利な時代になりましたなあ!

思い通りに理想系のファズベース追求をやらせてくれたナトリネ、そしてノリノリで協力して下さっただけでなくベーシストとしての見地からも意見を下さった高木氏、本当に有難うございました。

ラフミックスの段階で良い感じになっていたので本ミックスが楽しみだ。

少女とエビ天


多くは語るまい。

28日、女子高生とかしやま君(孤独部)宅で素麺を食らった。真夏みたいな健康的な色気を醸し出す女子高生という存在と素麺の組み合わせは良かったなあ。
女子高生に狂喜乱舞する僕にかしやま君と鈴木君(studio penne)はドン引きしていたような気もする。

彼女は現役女子高生ながら役者にバンドに活躍するスーパー女子高生。
僕の演劇作品にも出演して頂きます。

しかし、女子高生ってだけで興奮する29歳。毎日楽しいなあ!

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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