バンドマンの夜のバイト、の巻

折角休みの申請を出していたのにそれをすっかり忘れて夜勤に出勤してしまった。人手不足の今の状態、当然ながら僕は嬉々として作業従事者に組み込まれた。一日分の日当は稼げたからまあいいか、と思う反面、そうとわかっていれば今日断念した様々な予定を堪能したのに、とも思う。

僕が夜勤、と呼んでいるのは閉店後のパチンコ店の清掃作業だ。
一日実労働が一時間半、1800円の日当をパチンコ店と契約して清掃を請け負っている会社から貰っている。既定の人数が一店舗あたり決められていて、それ未満の人数で作業を行う日は欠員分の日当を作業従事者で割る事になり、つまり人手不足の今は日当は1800円以上。うまくバランスはとれていると思う。
作業内容はパチンコ台やホール、エスカレーター等の店内のあらゆる場所の清掃。パチンコ台の清掃、と一言で言ってしまうと簡単だけれど、僕が清掃しに行っている店舗はこの近辺ではどうやら最も大型らしく、作業内容も一人あたりが受け持つパチンコ、スロット台の台数も他の店舗より多いそうだ。一人80台分、と言ってどれだけの人間に作業の程度が伝わるかはわからないけれども、いざ灰皿からガラスから綺麗に磨き上げようと思ったら実際のところ一時間半では終わりはしない。悠長に磨いている時間はないので汗だくになって作業するわけだ。
他のホール作業やエスカレーター清掃等も、内容の差こそあれど同じようなもの。

しかしそれでもやっぱり良い小遣い稼ぎだな、と思う。一時間半コツさえ掴めば体だけ動かしていれば良い仕事をして1800円を貰う、というのは仕事としては楽な部類なんじゃあないのか、というのが僕の認識。
勿論慣れたっていうのはあるのだろうけれども。

今から2年前、人生初のワンマンライブに向けて運用費に於いて金策が必要になったので苦肉の策として労働でお金を生み出して補填する事にし、この夜間清掃のアルバイトを始めた。一時間半で1800円、実際補填が無事に終わった後も結局今日に至るまで辞めずに続けてきたっていうのはその作業内容と賃金のバランスが僕の中では絶妙だったからに他ならない。実際、時間的にも都合が良かったしね。

ただ夜の10時半頃から労働に向けて動かねばならない、というのは時として様々な弊害を生んできたのも事実である。ライブ後に慌ただしく家に帰り、あるいはライブハウスに楽器を一旦置き去りにし、夜勤へと急いで向かった事もあるし友人の誘いを断った事も何度もある。バンドの練習にも30分遅刻して参加せざるを得なかったり、その都度最も影響の少ない折り合いの付け方をしてきたけれども、夜勤労働がなかったら僕はもっと色々と動き回っていたのではないだろうか。勿論、お金は大事。

深夜に向かっての清掃作業、そこに集まる人達も印象深い。
昼の仕事があった上での副業としてしている人が多いので、同僚とも話をしていたのだけれどもやはりワケアリの人が多い。旦那さんが抱えている借金返済の足しにと働く人妻に、交通事故で入院、リハビリ中に職を失い求職中でとりあえず食べていくために働きに出ている元整備士さん、景気の悪化に伴い昼の仕事だけでは食いつないでいけないので働きに来られているサラリーマン、そしてアルバイト労働だけではままならない生活をどうにかしようとしているバンドマン、つまり僕だ。お気づきだろう、僕はお気楽な方だったのだ。
お金が必要、という動機は皆同じなれど、僕には切羽詰った事情がない。趣味も嗜好品も最低限楽しめるだけの余裕は、どれだけ財布が寂しい状態でもどうにかあった。
それに気付いたからといって、どう思ったって事もなかったのだが。

同僚達の中には人格面で尊敬出来る人も出来ない人も同じくらいいた。
作業中に拾ったパチンコ玉を他店で換金しようとして捕まった夫婦もいたし、どれだけ慌ただしい状態でも丁寧な作業を迅速に行う職人のような人もいた。僕のボス、作業リーダーは態度さえぶっきらぼうなところもあったかもしれないが、それでもコミュニケーションを重んじて作業を効率良くまわす凄腕である。
かと思えば大の大人が何も言わずにある日突然作業に来なくなる、なんて事もあった。
大人になったら皆まともだ、と今よりもっと若い頃は思っていたけれど、そうでもないのかもしれないと知れたのは良い機会だったかもしれない。

そんな夜間清掃作業、2年間にわたる約480回の夜勤も残すところあと二夜で終了だ。
昼の仕事との兼ね合いで辞めざるを得なくなった。経済的には勿論影響はあるだろうけれども、今後の事を考えると絶対に必要なステップである。迷う事はなかったし、同僚も気持ち良く送り出してくれそうだ。

そうそう、面白い事に昼の職場と夜間清掃作業の現場は、道路を挟んですぐ向かい側にある。
僕の生活圏って、バンド活動がなかったら結構狭いんじゃあないかしらん。
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10年後の舟橋孝裕へ

これを読んでいるという事はこのブログを書き始めた当初の「10年後に自分自身で読み返してニヤニヤする」という目的が達成されているわけで、という事はこれを読んでいる君は、あ年上だからちょっと丁寧に呼びかけた方が良いのかな、まあいいか、10年後の舟橋孝裕、貴方はこれを2023年9月26日ないしは27日に読んでいるはずである。
そちらはどうですか?元気にやっていますか?そもそも、どこでこれを読んでいるのだろう。貴方の隣には誰かいるのだろうか。
「ほら、これ10年前の僕が書いたんだよ」だなんて言いながら、隣にいる恐らくは(強がりです、いるといいな。いるよね?ね?)君が「うちのカミさん」とでも呼んでいるであろう人と笑い飛ばしながらこれを読んでくれたら僕はこんなに嬉しい事はありません。
10年後の僕よ、君は当然このエントリー以外も読み返しているであろうから、そして何より君は僕自身だから当然気付いていると思うけど、僕のブログ、ここ最近、何だかちょっと違うよね。
つまらない、とか嘘ばっかりってわけではないけれど、何だか読み手っていうのかな、本来なら君だけを意識して書き始めたこのブログを僕の友達や僕に興味を抱いてくれている人が読んでくれるってのをさ、実感しちゃって書ける事っていうのをその大半は無意識に、ほんの少しは意識的に選んで書いてる気がしないかい。
それが悪い事だとは今の僕は思わないんだよ、曲がりなりにも人前で何かをやって人に何かを突き付ける、わかりやすく言えば僕ってバンドマンじゃん(君は今の僕が望んでいるようなバンドマンになっているであろうか。なってろよ)、そういう人って自分で思っていないところで人に影響を与え得るっていうのはわかっているつもりだ。だって人は相互作用で影響を与えあうでしょう、だったら人様からお金を頂戴して何かをやるに足りている僕はそういうのを意識すべき、とも思うんだよね。

でもさ、同時にそれってこのブログを書き始めた本質からはどんどん外れていく事でもあるわけだよね。いくら記憶力が悪い君でも出発地点くらいは憶えているかと思うんだけどさ、大学生の頃に書き始めたこのブログ、最初は読み手なんて意識してなかったもの。数年前まで全然意識せずにさ、好き勝手書いてたんじゃあないのかな。
文体や書く内容の変遷、それさえも僕の記録であるからしてこの変化ってとってもドキュメンタリーではあると思うんだけどさ、じゃあ2013年9月26日(わかっちゃいると思うけど29歳の僕ってまだ昼夜逆転してるから日付的には27日ね)にこう思った、っていうのも立派にドキュメンタリー足り得ると思う。
話がそれ気味であるからして結論付けて方向修正するけれども、これからはちょっと好き勝手書いてみようかな、だなんて思うんだよ。思うにこのブログがそういう方向性に向かってきたのはここ数年の「ブログが僕の全て、名刺代わり!」みたいな思い入れだったんだよね。見知らぬ人にはじめまして、って挨拶するのがここだったわけでここが僕の拠点だったからね。

でも僕はここ最近HPを作ったんだよ。君がこれを読んでいる今も形を変えているにしても同じような役割のものはあって欲しいなって思うんだけどさ、僕はそれをここ最近始めた。
だからそこに所謂外向けの僕をまとめて僕を投影して、ここは確かにそのHPからもリンクは貼ってあると思うんだけど、もっと人間的に好き勝手書いてしまおうと思うんだよね。落ち込んでる、とか葛藤とかそういうの、ほら、これも忘れていて欲しくないんだけど友達のとても可愛い女子高生が亡くなったじゃないか、それ以降幸いな事に浮き沈みがちらほら生まれてね、多分ここ数年で一番僕、人間らしいわけだよ。いや、君がどうなっているかはわからない。細胞は日々死んで再生して、きっと10年もすれば同じものって僕の意思くらいなものだろうからね、肉体的には全く別個の個体と言えるのかもしれない。ひょっとしたら肉体の変化に伴ってそういう部分も変わっているかもしれないね。変わる事を楽しみたい、と思って生きていくだろうから変わっている方が自然かもしれない。

10年後の君が今現在、2013年の僕の記録をこうして読み返して「何て馬鹿なんだ」と思わないと良いなと思うのだけど、僕は今、気持ち的な浮き沈みって奴が満更害悪でもないと思えているのですよ。

もう始まっちゃってるけど軌道修正して、何をしようかって思ったらわかりやすい近況報告ね、きっと忘れたり記憶が薄れてるかと思うから。
箇条書き気味になるかもしれないけれどどうかご容赦を。

まず、前述したように浮き沈みを愛してる。
人を殴る際は拳を引くわけだし、飛び上がる前には体を落とす。その後のアクションを想定出来ていれば、少なくともそのイメージさえあれば落ち込む事も悪くないのかな、むしろもっと人間らしく力強くダイナミックに人生を謳歌するためにはそういうのも必要なんだろうなって思ってるよ。

転職してさ、恐らくは君は今頃正社員になってるだろうけれども、その仕事を始めたばかりで精神的にも将来のヴィジョンが見えていよいよ安定してきているよ。矛盾してるかな。兎に角、精神活動っていう意味以外での浮き沈みはなくなった。将来への不安とかそういうものから解き放たれて、僕は充実した健全な状態を保っている。
でも不思議なもんでね、今日実感したばかりなんだけれどもきりがないね、僕の欲しがりっぷりったら。
望んでいた状態を手にしたら、今度は自意識の部分で葛藤してる。
人前で音楽を演奏したり何かを表現したりする人間としての葛藤っていうか、自意識が、自己顕示欲が満たされない状態っていうのが続いているよ。もっともっともっともっと、人に面白がられたい。僕はね、10年後の君はどう思っているかはわからないけれども、僕はまだまだ僕の面白さをもっと人に突き付けないといけないと思ってる。
まだまだ正当な評価を得ていないとさえ感じているのだよ。
評価を気にして何かを作るっていうのはナンセンスかもしれないけれども、でもそういう観点で突き詰めて考えると僕にとってはまだ自己表現=自己顕示欲なのだな。表現自体の楽しさっていう点だけにフォーカスして表現っていう行為を楽しむ事が出来ない。部屋で一人で良いものを作って「ああ、何て素敵なんだろう」って楽しむ事がまだ出来ないんだ。でも僕はまだまだ諦めないつもりだ。もっと面白い事が出来ると思っているし、僕の強靭さっていうのはこれから発揮されるだろうと盲信している。

でも皮肉な事にねえ、自己顕示欲が満たされない(これは周りが僕を評価していないのか、それとも僕の欲求が増大しただけなのかはわからないけれどね)この頃だけれども、そんな中僕のベースギターの演奏技術、表現力っていうのは可能性の片鱗を感じさせてくれるには十分な実感を僕に与えている。変なもんだね、バンドマンとして、ベースギター奏者として、僕は今凄く充実した段階を踏んでいると思っている。
ところで君はまだ、サンズアンプを使っているかい?もし何か変化があって君の演奏にサンズアンプが介在していなかったら、生産が中止になって(ま、それはないと信じてる)価格が高騰していたとしても是非何とかして手に入れてまた使って御覧なさい。10年前の自分を信じろ。

あんまり長く書いてもあれだから今日は兎に角この辺で。
これからは10年後の君に親切なように思いっきり、兎に角思いっきり書いてやるつもりだ。

「ノスタルファンタジー」


写真は疲れ果てたかしやましげみつ君(孤独部)。

孤独部と大森靖子さんのツーマン「ノスタルファンタジー」で孤独部にてベースギターを弾いた。
打ち込みのリズムトラックとの演奏は意外にも生身のドラマーとの演奏とは違った自由があった。結局のところ、何を弾くかではなくどう弾くかっていうところを考えると大抵のシチュエーションでも能動的な意思の元に演奏出来たりするものだ。きっと3年前は出来なかったな、と思う。
良い経験をした。

孤独部が今回取り組んだのはライブハウス作品「学生」。僕が初めて孤独部に関わった際にも扱った作品だけに感慨深い。その際にはギラギラした役者と参加者のパーソナリティーを重んじた物作りをしていたかしやま君の演出によって全体的にアッパーな作品になったのだけど、今回はここ最近のかしやま君の心情を反映してか切れ味のある、どちらかと言えば暗い作品になっただろうと思う。
演技も演出も抑制の利いたもので、音楽も激情的なものではなく抑制の利いたものをかしやま君は欲していたように思う。かしやま君と役者と演奏と、一丸となって良い作品を作れたのではないだろうか。

大森靖子さんの音楽は相変わらずとてもとても剥き出しで色々な感情を湧き上らせる。
彼女を「激情系」と呼ぶ向きがいるそうだけれども、実は観る人間を「激情的」にさせる人なのではないだろうか。これってとても凄い事。
ステージを降りるととても穏やかでやっぱり話していて楽しい気分にさせられる人でもあるのだけど。

祝日は駄目人間になった。

仕事の休憩時間に食堂で書いている。
先の週末は

土曜日:仕事
日曜日:バンドの練習等
月曜日:祝日にて仕事休み。一日モンスターハンター4をやる。

といった過ごし方をした。
土曜日の職場は静か。他の課の皆さんはほとんどが休み。朝から夕方までと普段の僕の勤務体系からすると珍しい勤務時間なので新鮮だった。
日曜日は朝から孤独部の練習。
25日に控えた大森靖子さんとのツーマン「ノスタルファンタジー」にて孤独部はライブハウス作品「学生」を再演する。
僕が初めて孤独部に関わった作品だけに印象深い作品だ。今まではドラムとギターと僕の三人で音楽をつけていたのだけど、今回はリズムトラックとギターと僕という編成。慣れるまでは試行錯誤したけれども、慣れれば物凄く面白かった。そういえばドラマー不在のアンサンブルっていうのは初めてではないだろうか。

練習後は遅めの昼食、大須散策を経てワッぺリンの練習へ。ここ最近は新曲製作と平行して既存の曲のアレンジ見直しを行っている。演奏者が一人変われば重なる音も変わるわけで、それを有機的に活かすためにはこういう作業は当然の過程だと言えるだろう。こちらも良い成果を出せて満足。

深夜までスタジオに籠り、その後は友人とモンスターハンター4をやろうとコンビニを探し回る。
ソフト版を探していたのだけど、やはりというかどこも売り切れ。結局ダウンロード版を購入してダウンロードが終わったのが早朝7時。祝日だもん、思いっきり駄目人間ライフを楽しむのも良かろうとそのままやり続ける。
この日はほとんど一日、モンスターハンター4。

あ、孤独部の役者稽古の見学というか冷やかしに行って豚キムチを作った。
好評だった。

こうやって淡々とした日記を書くのも楽しい。打ち込みトラックのような。

DECADENCE OF DECADENCE5

前夜の筋肉痛も癒えないまま、i GOの月例ツーマンシリーズ第5回にて助っ人演奏。
仕事を終えてから今池HUCK FINNへやきんのよういも携えてマウンテンバイクで乗り付ける。
仕事→HUCK FINNという流れももう慣れたものだ。

空腹と前夜からの疲労の蓄積に若干不安を感じたので最寄りのコンビニエンスストアで鱒寿司とレッドブルを購入してから向かう。

この日のi GOは最初こそ力みがちで演奏していたものの、中途から良い意味で脱力して兎に角「誠実に」演奏する事を心掛けた。バンドに誠実に、曲に誠実に、その場所のその瞬間に誠実に。
結果、良い演奏が出来たと思う。最近まで兎に角がむしゃらに演奏する事こそが美徳、の一つではあったのだけど、確実にここ数日で意識に変化が生じている。
オンとオフ、メリとハリとフレキシブルな姿勢を心掛ければ僕の演奏はもっともっと良くなる。

アンコールも無事に終え、遅刻せずに夜勤をこなし、HUCK FINNに戻る。既に地下に通じるシャッターは降りていたけれど、一階の事務所前に茜谷さん達が僕の機材一式をあげておいてくれた。
エフェクトボードにガムテープで固定したエフェクター達をバラバラにしてベースギターのソフトケースにしまいながら事務所で仕事をされていた下平さんとゆっくりお話をする。なかなかないけれども、こういう突発的な人とのコミュニケーションの機会っていうのは日々に彩りを添えてくれる嬉しい瞬間だ。

帰宅して晩御飯を食べて風呂に入り、友人宅で散髪をして貰った。
筋肉痛がこの二日間のフル稼働を物語っている。

マイナスを足す演奏

今日もライブだったけれどもまずは順を追って昨日の話から。

ワッペリンで新栄CLUB ROCK'N'ROLLに出演した。
朝から仕事でしかも初めての三時間超勤、起き慣れない時間に起きたもんだから後半は完全に変な具合に目がギンギンになっていたと思う。レッドブルをライブ直前も含めると三本も飲んでしまった。

ワッペリンは今回のライブにあたって実験精神に富んでいた。試行錯誤と多くの話し合いの末、良い意味で吹っ切れていたのだろう。自分の中でもここ最近の模索が良い具合に熟した頃合いで今までワッペリンでステージに立つ時と違った心持ちだったのは間違いない。
僕という演奏者は今まで生き残りゲームみたいな、全員が押して押して押しまくっていくというアンサンブルの構築をしていて、それというのはそれで良い演奏をしてきた自負があるからなのだけど、少し前からワッペリンでのアンサンブルの構築についてバンドメンバーと議論やセッションを重ねるにつれて考え方が柔軟になってきたのを感じていた。
引き算のアンサンブル、ではなくマイナスを足す足し算のアンサンブルの構築方法。
具体的にはステージ内側で鳴っている音のバンド単位での適切な小音量化、歌詞をきちんと聴こえるようにするという目的意識の共有、そして個人レベルでは歪みペダルの適切な(飽和感を抑えて曲のセクションに気と頭を遣って踏み変える)行使の仕方。
これらの点を踏まえて演奏を行ったところ、今までになく演奏がしやすかった。そうなってくると楽しいもんだからまた演奏が良くなる。
実験は良い意味でも悪い意味でも得るものが多かった。風神ちゃんも今までになく活き活きと演奏していたし長谷川君も演奏後に「音量に気を遣いながらドラムを叩くと、逆に疲れますね」と言いながらも満更でもなさそうだった。
これらの変化は大きな変化ではない。バンドの根底を覆すような変革でもない。それでも効果はあったようでどうやら観る人にも変化が伝わったようだった。
小さな一歩だが、進んだ実感がある。

理屈ではわかっているが一見受け入れ難い事を楽しんでやれるようになるには時間とスイッチが入る瞬間が必要となる。それらが一つの良い実感として得られたのが昨夜だった。僕個人も良くなるし、ワッペリンというバンドもまだまだ良くなるだろう。
楽しい演奏だった。

ここ最近は自分の演奏というものに真摯に向き合おうと思っている。やっぱり、一つに固執するのは良い事ではない、というか今はそれをする時ではないのかもな、と思っている。29歳の今現在は自分の中の扉をどんどん開けていく時期なのかもしれない。

打ち上げも、その後の銭湯もきっちり楽しんだ。久しぶりに朝方まで起きていたのはきっと余韻に浸りたかったからだ。


先日三重県で見つけた非常に親近感の湧く花屋さん。

お知らせ


ここ最近は夜な夜な漫画喫茶に籠って作業に従事していた。
3時間パック(819円)×2の果てに完成しました。

舟橋孝裕official website

ここ数年ずっと必要だ必要だと思っていたものの、なかなか着手出来ずにいた個人HP。
今現在の自分をわかりやすくお知らせするために、そしてライブ予定の整理のためにも今このタイミングで作りました。
わかりやすく、シンプルにをテーマに作ったのだけど、多分きっとガチャガチャしてくるかと思う。コンテンツも増える予定なので定期的に覗いてみて下さいね。

もうすぐ朝だな

自室にてPCに向き合ってひたすらに作業。処理速度の遅いPCで作業。
前々から必要性を感じてはいたけれども、状況を直視して直面しないと動き出さない自分に喝を入れたい気分である。
我が身の戒めとならん、と始めた作業ではあったけれどもいざ進行してみればとても楽しいし、完成が待ち遠しい。悲壮感はどこへやら、我ながら現金な性格である。

さて、先程「処理速度の遅いPC」と書いた。恐らく何やらプログラムだかソフトウェアだか何だかの不調で(この言い回しからお察しの通り、コンピューターには強くない)処理速度が遅くなっている、と言った方が適切だ。
しかし解決の仕方もわからず、我慢しながら作業を進めていた。しかしやはり快適に動作した事を考えると能率が悪い。次第に苛々がつのり「やってられるかぁっ!」となる。怒りに任せて「漫画喫茶でも行ってやろうかしらん」云々とSNSに投稿。数分後...。

そこには快適に動作するPCがあった。
機械に心が、あるのか。
という本当にただの日記。

ワッペリンで激しく練習した週末。


そしてmeets ヤオタケシ君!
ちょっと折り入った相談があって新栄は杏花村で相談させて貰ったのだけど、やっぱりナイスガイ。
「もう一件行きましょう」という事で自分一人じゃ気後れして入れないようなカフェで色々と教えて貰った。
tumblr、面白そうだね、やってみようかな。

土曜日、日曜日とワッペリンでスタジオ入り。半日抑えても物凄く安い某スタジオにて色々と試行錯誤。最近痛感するのは言語によるコミュニケーションはやはり大切で、その後の音のコミュニケーションの「効率化」を促進するという事。効率重視ってわけではないけれど、物凄く遠回りする気もない僕達には必要な事だと思う。人生は有限で環境や心境はどんどん変わっていくだけにその時の最大限のスペックを引き出すためにはこういう時間を惜しみたくはないなあ。

最近、人と会って話す事の重要さを再認識してる。

夜中になると元気になるのは如何なものか。

夜中の作業というのはともすれば自室の環境に甚大なる被害を及ぼす。
空のペットボトルは煙草の灰がそこかしこに散った床に転がり、栄養補給と称して貪ったスナック菓子の空き袋が散乱する。もとより荒れ果てた自室だからこそ、この状態なのは疑いようがないのだが流石にせねばと思ってもやっぱり夜になると作業が最優先。
自分自身をアウトプットする事を最優先事項にしてそんな自分自身の安息の場所を汚れたままにしておく始末。
今だってこうやって自嘲しながら凄惨極まる部屋の様子をそのままにしているではないか。
...近々、やります。ガツッと片付けますからね。

体の倦怠感に最早季節の変わり目恒例の風邪かと怯えながら仕事をして、帰宅して夕食を食べて(ピーマンの肉詰め、だ。幼い頃は食べられなかったものの旨さがわかるようになると途端に人生は彩りを増している事に気付く)仮眠、寝汗をかいて目を覚まして夜勤へ。
ここでまた汗をかく。体調も崩すはずだ、そのまま適度に冷えた部屋で過ごすのだから。
睡眠時間を沢山とらねばならないとわかってはいるがこのまま一日を終えるのはなんだかなぁ、と制作作業。
最近はちょっと思うところもあって(これについてはまたいずれ)作曲というものをしているのだけれども、これがなかなか面白い。
経験値を元手に頭で小難しく考えて完成形を想定して作っていると途端に作業が進まなくなる。面白味を感じなくなって嗚呼、どうしたものかとなってしまう。
経験値を元手に柔軟に考えよう、どうにかなるさと挑むと作業は一気に進み始める。経験やバックグラウンドを理性の部分で活かすか感性の部分で活かすか、でこうも違うものかと愉快な気分になった。


作業のお供達。
アンドロイド携帯に簡素なMTR(マルチトラックレコーダー、である)アプリケーションをインストール、携帯電話本体のマイクで集音するものだから爆音で鳴らせるわけもない自室では音程を明瞭にするために常にオクターヴファズをかけっぱなしにしてメモ替わりとしている。

i GOと僕と魚達。

8月31日、小学生達が(恐らく)夏休みの宿題におわれている頃、僕は休日を満喫した。


夕方からは職場の先輩の送別会。
初めて職場の皆さんの私服姿を見た。というかお食事をご一緒するのも初めての経験。入って数ヵ月だからまだまだ新参だけれども、楽しく飲み食いしてお話した。お世話になった先輩は定年退職されるのだけど「貴方は眼鏡をかけてる方が男前よ」と素敵な誉め言葉を頂戴した。
それにしても、半年前には想像もしなかった一大決心の末の転職であったが、僕の人生に於いてこれはどうやら大正解。毎日刺激的で楽しくやれている。
生活に向き合う精神性が安定したので、そりゃあ表現活動も楽しいってもんだよ。

で、送別会を一次会で失礼して今池HUCK FINNへ。
この日はi GOの助っ人で出演。
i GOの出演は最後。送別会が思った以上に早く終わったので中途からにはなるけれども共演者の演奏も観る事が出来た。
で、これって結構毎回そうなんだけど共演者の演奏を観ていると緊張してくるのだよね。この日も時間の経過とともに緊張が募る。
出演30分前にもなるとソワソワしてフロアや受付や階段辺りをウロウロしてしまう。で、最終的に階段で一人漏れてくる音、歓声を聞きながら煙草を吸っていると(その前にゲロを吐いたりもする)気持ちが落ち着いてくる、というか緊張の質が「どうしよう」というものから「やるぞ」というものに変わってくる。この瞬間が僕は結構、好きだ。一人でニヤニヤして、勝手に今までの自分の全演奏の積み重ねを顕在化させてやると意気込んで、そしてひょっとしたら物凄く駄目な演奏をするかもしれない、という不安といやいや俺も伊達じゃあねえんだぞという気概とが入り乱れる。不安が多いくらいの方が自分自身、ひっくり返し甲斐があって良い。
結局、楽器を担いでステージに立っている頃には影も形もなくなるこの途方もない緊張に、僕は後押しされていると毎回思うのだ。

この日の演奏は後半にいくにつれて冷静で、何ならここ最近のi GOの演奏では一番冷静だったかもしれない。今までは指で弾いていた部分をベースギター本体のトーンを絞ってピック弾きを本番中に試してみたのだがこれが実にしっくりきて、やっぱりピック弾きって良いなあと一人感じ入った。
i GOでのライブっていうのは毎回ほとんどスタジオに入らない。その信頼に応えようと毎回躍起になっているのだけれど、どんどん深化していくバンドのグルーヴとの僅かな誤差が生じてきたと感じているので(それでも良い演奏をした、という自負はあるのだけれども)今現在絶賛忙しいi GOが落ち着いたらスタジオに入れないか、と茜谷さんに相談させて頂いた。
うん、まだまだ楽しみが多い。演奏活動は最高の自己進化だ。

打ち上げは飲み慣れないビールを沢山胃袋に流し込み(大量の餃子の王将の餃子や酢豚も胃袋に叩き込んだ)、泥酔。
帰宅後、失敗する。
そんな晩夏の一日。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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