サイクリングに興じた夜。


これ、鶴舞DAYTRIPでの吉村桜子さんと野呂有我さんのふたり展「おふとんの海」の様子。
フロア一面に敷き詰められた布に、炊かれたスモーク、そして展示された吉村さんの絵に流れる野呂さんの音楽に、それらにあわせてプログラミングされた照明がゆっくりと緩急をつけていく。
そんな空間自体を展示物としてライブハウスに出現させた二人にもう、ただただ恐れ入った。
試しにベッドに横になってその場の空間に身を委ねてみたのだけど滅茶苦茶気持ち良いのね。
寝起きでこの空間を目の当たりにしたいと思った。何だかそれが一番相応しい楽しみ方に思えた。
ライブハウスって、こうして考えると間口の広い空間だよなあ。大前提として防音はされてるし、規制っていう意味で受容される表現の間口も広い。その気になれば結構何にでも対応出来る空間なんじゃないか、と思ったりした。

今日は今日とて、仕事の後にサイクリングに出掛けてきた。ToDoも昨夜時間を作って臨んだお陰であらかた終わっており、何だか今日はちょっと胃がムカムカするなと違和感を感じたので体調調節も兼ねて適度な運動をしてみたのだ。
適度な運動、とはよく言ったものだ。自転車で片道一時間ばかり漕いで瀬戸市と尾張旭市の境目辺りにあるワッペリンのリーダー/ドラマーの長谷川君の家に行ってきた。今までは彼がこっちに来るばかりだったし「運動したなあ!」と達成感を感じるには丁度良い距離感だったからだ。
目的地まではほぼ一本道、夜道をひたすらにマウンテンバイクで進む。以前この道を進んだ際はあんな時だったなとかそんな事を考えながらひたすらにペダルを漕ぐと、スッキリする。丁度良い思索の時間にもなる。
一石二鳥だ。
無事に到着し、長谷川君とコンビニの前で話し込んだ。挨拶だけして帰るつもりがついつい楽しくなって話し込んでしまった。日付も変わって30分ばかしした頃、彼と別れ次は長久手へ。
今日のエントリー冒頭で触れたふたり展真っ最中(ちなみに今日は丁度空き日だった)の吉村さん宅へ、「大体こっちの方向だろう」と見当をつけてマウンテンバイクを走らせる。スマートフォンのマップ機能はこういう時に実に有効な保険として機能してくれる。長谷川君宅へ向かっている最中から無駄な疲労を防ぐため、ハイペースにならないように調節していたのが良かったのかもしれない、程なくして吉村さん宅到着。
深夜に一人暮らしの女の子の家にお邪魔する、というのが29歳の男性に相応しい行動かはいささか疑問だとして、それでも実に楽しい時間を過ごした。
突然「実は吉村さんは不思議の国から帰還したアリスだが本人はその意識がなく、そんな彼女の日常には不思議の国の住人が姿形を変えて少しずつ侵食している」という設定で(勝手に)二人芝居を始めたり、京極夏彦の作品をその場で(これまた勝手に)再現したりと、舟橋大いにはしゃぎました。
幸いコンビニで買っていったお菓子で気を良くしたのか、吉村さんは文句一つ言うでもなく付き合ってくれ、帰宅するのが面倒臭くなってきた頃合で無理やり帰宅。
今こうしてキーボードをガシャガシャとタイピングしているっていうわけ。

会いたい人には、会いに行くのが一番手っ取り早い。
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眠い最中に書くブログ

27日は早朝6時よりワッペリン練習。早朝の空気のキリリとした感じから冬の訪れを感じた。どうやら秋としての実感は台風27号に吹き飛ばされてしまったようだ。
スタジオより帰宅、前日から約束していた通り甥っ子とモンスターハンターをやる。前に一度一緒にやった際に狩猟のコツがわかったらしく、どうやら彼、日頃から結構遊んでいるみたいだ。
途中でふっと「ああ、物凄く平和だな」と思った。静かな日曜の午後に甥っ子兄弟と遊んで、その後はライブっていう自分自身の楽しみも待っている。ひょっとしたら今の僕って今までの人生で一番平和なんじゃなかろうか。

平和な時間の後は、平和な生活の中での闘いを繰り広げよう。ライブハウスで己の意地と矜持を賭けた表現活動をしよう。そういう風に意識したわけじゃあないけれどもさ、この日は上前津ZIONにてパイプカツトマミヰズでMOJタツ兄さん企画に出演。
ここ最近って同年代とか年下の人とかとやる事が多かった気がするんだけど(多分、気のせいな気もする)、この日は僕達が明らかに一番若輩。久しくなかったからか、こういうのは嬉しいものだ。僕みたいなのはもう一生後輩気質なんだろうと思う。

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ヨシダユキ先生が撮ってくれたこの一枚が象徴するような、楽器と拳と汗が入り乱れるような演奏をした。
パイプカツトマミヰズの演奏で自分に課している「冷静と情熱の間」というテーマが100点万点中75点くらい実現出来、僅かながらに前進を感じる事が出来た。

しかし結局、この日はそれ以上に不甲斐なさを強く感じたな。
誰と共演した、とかバンドの価値自体に何の影響もない経歴や所謂「キャリア」と呼ばれるただの履歴よりも、今現在や少し先の事を大切にしたいとつくづく思う。なかなか思うようにはいかないけれど、それでも諦めたり欲求を押し殺して幾許か現実的になるのもまだまだ早いと思う。
bradshawcamelliaもべらぼうに良かった。

しょうへいさんと飲んだ夜。

2年間続けてきた夜勤を辞めた関係で、仕事後に時間がどっさり空いた。
そりゃあ収入っていう部分では副業で稼いでいた分がバッサリなくなるわけだから辛くはなるけれども、今の僕からすれば時間が増える方がよっぽど有難い。ここ最近の僕の頭の楽しみ方って、お金がかからずにものを創りだす事ばかりだったりするし。節制っていうのも目的意識があるので楽しめてはいる。

で、折角時間が空いたわけだから今まで出来なかった事をしたいなって訳で「ゆっくりお話したいけどなかなか出来なかった人」と会おうと前から決めていて。お誘いをしてからなかなか都合があわず結局一ヶ月くらいずれこんでしまったけれどもTWOFOURのしょうへいさんと飲んできた。よくよく考えれば物凄く久しぶりな気がする、「飲みましょう」って予定をあわせて待ち合わせて乾杯する、って流れ。

いつもながらの中華料理屋で待ち合わせて「新鮮だね」だなんて言いながらもう最初から瓶ビール。
すぐに酔っ払ってしまうけれども「そういうの」をしたい気分だったのだ。以前は一口飲むだけで顔をしかめていたビールも、楽しい経験、楽しい席を経験して飲めないわけではなくなってきた。人は変わるものだ。
で、中華料理ってビールと合うんだね。とても美味しかった。

しょうへいさんが同業者として僕を見守ってくれているのって僕はずっと知っていて、いや、知っているつもりになっていて、折に触れてはそういう話をさり気なくしてきていたけれども時間の都合でなかなかライブにもいけず、結局こういう強引な手段になってしまい。
乾杯、から気がついたらバンドマンとしてとても身になる話を聞いていた。

なんだろう、ここ最近、とてもここ最近の僕の心境として今一番話をする事が、ゆっくり話を聞く事が出来て良かった人だなと思っている。一つのバンドをずっと続けてきてその時々の心境だったりこれからだったり、バンドマンとしてプレイヤーとして話を聞く事でとても刺激になったし素敵な時間だった。
良い時間、って言葉はシンプルだけれども本当にそういう時間。

バンドメンバーと年月を重ねる事での良い変化、音楽の作り方の変化っていうものについては常日頃考えている、とかく最近は本当に考える事が増えたのだけれども。しょうへいさん、このタイミングで一緒に飲みに行けて本当に良かったです。
演奏も、目の当たりにしに行きますね。

緊張とライブとリバーヴマシーン

ここ最近自室のデスクトップPCが調子良いもんだから帰宅してPCの電源さえ入れればそのまま自然とこうしてブログに向き合う事が出来ている。
はい、というわけで今日も今日の事について書きますね。

仕事中、同僚の先輩が具合が悪そうで結局早退された。日頃からお世話になっているし良くして貰ってるし、こういう言い方は先輩と後輩(しかも親子ほど年齢が離れている)の間柄上適切かはわからないけれども、仲良しだもんだから心配して、そのタイミングで忙しくなったりバタバタしている間にあっという間に仕事が終わった。
で、仕事が終わり自宅へ楽器を取りに戻っていく道中、どんどん自分が緊張していくのがわかった。
ライブ前っていうのはほぼ例外なく緊張してナーバスになる。周りに当たり散らすとか楽屋に閉じ篭るとか流石にそういうのはないけれども、気分が悪くなるっていうのはよくある。
いざ今池HUCK FINNに到着して出番直前(平日のライブって、ここ最近は到着して30分で演奏、とかよくある。主催者様や関係者各位の御厚意で出演時間を調節して貰っているから、当たり前だ)、集中するために表に出てきた長谷川君と話し始めてすぐに胃がムカムカしている事に気がついた。
いっけねえ緊張しているわ、とか冗談交じりに話したりしつつ、えづいちゃったりする。
もう毎回緊張してくるとこれも当たり前になってきて、水を飲んで落ち着こうとしたり煙草を吹かしまくったりっていうのもなくなってきた。というか、今日は意図的に緊張をそのままにしてみよう、そのままステージに上がってみようと思った。どうせ何したって緊張するし、どうせどれだけ緊張したっていざ演奏を始めればスイッチが切り替わる事くらい、これまた毎度お馴染みの事なのでわかっている。
恐らく、緊張ってのはライブに向けて僕の体と精神が準備を始めているのだと思う。どれだけ絶望的な気持ちになってもいざ演奏が始まればなんて事はないのだ。なんだかんだで、ライブの日の気持ちの流れっていうのを楽しんでいる結果なのだろう、と思う。

というわけで龍宮ナイト わかめさん主催「新世界Bridge」でワッペリンでの演奏。
今日のワッペリンは実験的に風神ちゃんがセンターの前線、長谷川君と僕が左右に展開して後方、と風神ちゃんがステージ前面を左右フルに使えるように三角形に立ち位置を設定。普段は所謂プレーンな立ち位置(ステージ中央後方に長谷川君、客席寄りの左右に僕と風神ちゃん)が多いのだけどワッペリンでは時折、こういう風に立ち位置を変える事がある。横並びだった事もあったし、横並びから僕と長谷川君が少しだけ後ろに下がる事もあった。
けれども横並びだと結局一番グイングイン動きたいはずの風神ちゃんが左右を挟まれる形になって、けれどもやっぱりセンターに居て貰いたいしっていうのがあって今回の前線と後方に分かれた形となったというわけ。
風神ちゃんの背中を見ながらの演奏という瞬間が結構多かったのだけど、実に新鮮。変な物言いになるかもしれないけれどもより「ベースギターリストらしい」気持ちになるというか。面白かったし勉強になった。
ふと思うのだけど昔だったらこういう立ち位置にも抵抗を示したのかもしれないなあ、という事。
最前線で暴れまわる演奏にアイデンティティを見出した時期が、正直言えば僕にはあった。けれども今は客席から少し距離があろうとも、それこそ大暴れせずとも気迫を伝えられる自信がある。
今後も変わっていくのだろうなあ。変化は悪い事ではない。変化を自覚してからこそ、そこからまた面白くなってくる。


今日の演奏に持ち込んだ新兵器。
BEHRINGER RV600、リバーブマシーン。前々からその手のペダルが好きな友人から「良い、良い」と聞かされていたけれども本当に良かった。素敵な演奏でそっと背中を押してくれたAmia Calvaの野末氏に感謝しています。
本当にこれ、とても良い。ベースギターにかけても全然イケる。細かい設定も出来るし、痒い所に手が届く。
安くて良い、ではなく良い上に安い、って一台。ここ数ヶ月で一番のヒットかもしれないなあ。

旧い友人に会う。

NYへ音楽の武者修行、というか音楽で食べていくために渡米した中学校時代の友人が一時帰国する、という事で僅かな時間ながら会ってきた。
とりあえず向こうで体験した彼の話で印象深いものを幾つか。


・NYではストリートミュージシャンやストリートパフォーマーに対して、良いものさえ演っていれば投げ銭を提供する土壌がしっかりと出来上がっている。ちなみに彼はストリートで演奏中にアン・ハサウェイを観たらしい。
「滅茶苦茶可愛かったぞ」との事。

・レンタルスタジオのシステムが日本とは違う。向こうでは「音を出しても問題ない部屋」をひと月いくらで賃貸して、それを幾つかのバンドやミュージシャンでシェアする。

・そんなスタジオで真夜中にドラムを叩いていた時の話。トイレに行こうと廊下を歩いていると小脇に聖書を抱えた南米系のナイスガイが話しかけてきた。会話は盛り上がったものの、特にどうという事もなく別れ用を済ませ再び練習。ふと自分のドラムの音の間に変な音が聞こえ練習を止める。どうやら上の階の音が吹き抜けや階段を伝わって階下にいる自分の所へ漏れてきている様子。その音というのが棒か何かで階段の手すりや壁を「神を呪いながら」叩きまくっている音。ボソボソ喋っていたかと思うと突然大声になったりその様子は尋常ではなかったらしい。さっきのナイスガイだ、と確信すると同時に、その時ビルには彼とナイスガイしかいないと気付き肝を冷やしたという話。


他にも色々とここに書ける話から書けないような話まで聞いたのだけど、何よりそれを話す彼の様子が活き活きとしていて向こうでも彼はアクティヴにやっている事が伝わってきて友人として嬉しかった。
今後は向こうで出会ったチェロ奏者と一緒にスコットランドで活動するという。中学校時代から「ドラムで食っていく」と言っていた彼が、国境や時差なんか軽々と飛び越えて活動している様は感慨深いものがあった。
スコットランドは遠いけれども、なに、生きてりゃまた会うさ。2年前もそうやって別れたんだから。
また会おうぜ。

SANMA SONIC2013

京都より帰宅して洗濯物や荷物の整理をして、風呂に入るよりも先にまずこうしてキーボードをタイピングしている。記憶が鮮明なうちに色々書いておこうと思ってね。

今日はパイプカツトマミヰズで京都GROWLYへ。
Amia Calva主催「SANMA SONIC2013」に出演してきた。Vo,Gtの堤さんがやりたいバンドだけを集めたという京都GROWLYの一階から三階までフルに使ったこのイベント、うん、これは本当の意味でお祭り騒ぎ、フェスティバルだった。
全国的に有名なバンドから我々のようにたまにしか県外へ出ないような腰の重い(これからはちょくちょく出て行きたく思っています。あ、来月は東京に行くヨ!)バンドまで、そのセレクションは本当に面白い。
僕達は二階のスタジオ(前行った時は二階はコンクリート剥き出しの広大な控え室だったのにいつの間にか滅茶苦茶綺麗なスタジオになってるの。どうやったら短期間であんな綺麗なしっかりしたスタジオを作ったのか。魔法なのか、安斎さん)ステージでの演奏だったのだけど、密閉空間に僕達アンプを所狭しと並べて思う存分演奏して、有難い事にお客さんもその暴れまわる僕らに接触しないギリギリのスペース一杯まで沢山の方が観に来てくれたもんだからなんだろう、酸欠っていうかここ最近のパイプカツトマミヰズのライブで一番疲れた。
リハーサルの段階で各楽器のバランスを足し算の発想で作っていったもんだから(思えばこの辺りから皆意図的にたがを外しにいっていたと思う)最終的に物凄い音量で、それも異様な疲れ方の一因であると思う。
音が団子状になってて、僕の立ち位置では良い意味ではKING CRIMSONの「アースバウンド」(オフィシャル海賊盤、とでもいうもので音は物凄く分離が悪いけれども、それとバンドの気迫の漲った演奏も相まって傑作となっている)みたいになっていて笑ってしまった。悪く言ってしまえば分離が悪いってだけなんだけれども。
それでも僕達、僕達の良さを伝えられるっていう妙な自信だけはあって蓋を開けると熱量とか衝動とかそういうの「だけ」の演奏を繰り広げた。PAを担当して下さったAmia Calvaの野末さんも「最高でしたよ!」と褒めてくれたし喜んで下さっていたし、何より伝え聞いた話によると主催側も僕達にそういうのを期待して下さっていたようなので結果、良し。悔いのない時間を過ごす事が出来た。

けれども、本当になんだったんだろうあの倦怠感。
僕ってこういう沢山バンドが出演するイベントに臨む際は当日までは「良い演奏をして良いバンドを沢山観るぞ」と意気込んでいるんだけれども、いざ当日になると演奏前は緊張し過ぎて疲れちゃって、それをひっくり返すような演奏を一生懸命やってそれでまた疲れちゃって、大抵共演バンドを満足に観れていなかったりする。
今回もそう。体力をつけなくっちゃなあ、と思う。
それでも昔、それこそベースギターを手にして「いつか格好良いバンドマンになるんだ」という今尚続く野心を抱くに至ったその頃にそのバンドのコピーをする事でベースギター演奏の練習をしていた大好きだったバンドのギターリストの演奏はこの目で観る事が出来たし、Amia Calvaの素晴らしい演奏(メンバー皆で一日運営をして、絶対大変なはずだったろうし所謂"大物"も出ていたのでプレッシャーもあったろうに、そんなの微塵も感じさせなかった)も楽しむ事が出来て本当に良かったと思う。
「楽しみだったのになあ」という自分の体力の底浅さへの恨みつらみと「それでも僕は演奏をしに来たのだから」というバンドマンとして間違った事はしていないはずだという矜持の部分をいったりきたりして精神的にもちょっと内省的になっていた僕を一瞬にしてひっくり返してくれたのはAmia Calvaだと思っている。予備知識もなく、素晴らしい演奏を観る事が出来て良かった。こういうのが楽しいし、快感です。遠征は。

というわけで格好良い音で格好良い音響的アプローチを披露されていた野末さんの足元を終演後に見学に行った。
あの広がりのある艶っぽい残響音の正体は、とチェックしてみると意外にもこれが。

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前々から「良い」という評判は遠方のエフェクターギークやリバーブ好きから聞いていたけれども、いよいよ手を出す時が来たか...。

深夜の納豆ご飯の罪。

深夜に食べる納豆ご飯は罪悪の味か?
否、それはやはり歴然と納豆と白米が織り成すアンサンブルであり、それを咀嚼する度僕はこう思う「日本人で良かった」と。
納豆はタレを入れる前に混ぜると粘り気が増してより旨いように感じる。けれども深夜に食べるそれは意図的にそうはしない。タレを入れる前にかき混ぜるという行為は精神的に余裕があってこそ成り立つ行為で、深夜の納豆ご飯にそれは似つかわしくない。深夜に納豆ご飯を胃袋に入れるというのはよほどのっぴきならない状態であり、つまりは余程腹が減っているという事であり、そんな状態で悠長に「タレは後で、ね」なんて言ってられるか。
似つかわしくない、という様式美のような間隔を僕は重んじる。深夜の台所でタッパーに入った白米をそのままレンジで温めて、電子レンジのタイマーがご飯をかっこむのに丁度良い「その時」を示すまで(ちなみに25秒、だ)横目で睨みつけながら、僕はその間さえも無駄にしまいと片手間で納豆にタレを流し込み奴らをかき混ぜる。
タレをぶっかけられた後で初めて箸を入れられる納豆達はその粒と粒の間に入るタレが潤滑剤になってゆるゆるとしかかき混ぜる事が出来ない。大体からして、手応えが違う。タレを入れる前にかき混ぜる時の音を「ニッチャニッチャ」と表現するならばタレを入れてかき混ぜる音は「ザラリザラリ」だ。
こうなると粘土と粒と粒の間に充満する膜を期待するのは愚の骨頂で、奴らは粒自体がスタンドアローンな存在、希薄な粘り気のみで繋がった豆の集合体になってしまう。
だけれども、それでも旨い。天晴れよ。

さてここでこのブログを読んで下さっている諸兄に問いたい。
納豆ご飯を食べる際、貴方は白米と納豆を混ぜ合わせる派だろうか、それともそうしない派だろうか。
僕は断然後者であり、白米とその上にのった納豆の分量を比率で捉えながら箸でそれらを持ち上げ、そのまま口の中に放り込んで咀嚼する。これはもうショートケーキをフォークで切り取って口に運ぶのと同じ感覚で、つまり口の中では納豆と白米の二層状態。ここの温度差っていうのがポイントだ。
白米の温度がうつった納豆っていうのはどうしても、解せない。これはもう完全に好みの問題だけれども、納豆の冷たさと白米の温かさのアンサンブルっていうのは味わう上でも大事なポイントと認識している。
所謂「丼ぶっかけ飯」の類でもそうだ。ご飯とぶっかけられる「具」の部分を完全に混ぜ合わせるのなんて卵かけご飯くらいのものだ。味噌汁をぶっかけても白米とぶっかける味噌汁の量の比率に気を遣ってぶっかけるので味噌汁のプールを白米が泳ぐ、なんて事にはならない。卵かけご飯も一頃、その点にこだわって丼の半分を卵の池にして、そこに白米を落とし込んでは適時、適切な比率の白米と卵を口の中に流し込んできた。この食べ方だと卵かけご飯を楽しむ時間の半分以上が「サラリサラリ」といった一種優雅ささえ漂う行為になる。
反面、「ぶっかけてる」のにその行為に伴う快感は半減するので粗野な気持ちの時は緩めに混ぜるのが良い。
卵かけご飯くらいじゃあないか、混ぜるという行為を許容出来るのは。

納豆に話を戻そう。
しかしてそうやって箸で山から切り取って口に運ぶ、という行為も重量感のある納豆とそれにかかっているタレの潤滑剤的な働きによって白米の山からそれらがこぼれ落ちる、という事がままある。そういう時は一種の落胆と同時に、いきおい混ざってしまった(白米の山からこぼれた納豆はどうやったって山の上に復帰させる事は出来ない。それは至難の技である)納豆と白米を口の中に運ぶ事となる。
この時に箸で運ぶよりも「ええいままよ」とかっこむのが良い。二次的な副産物ではあるけれども、この思うように事が運ばなかった事によるやけっぱちな気持ちさえも楽しむためには潔く現状を受け入れ、納豆と白米を丼(僕の場合はタッパーである事も少なくないが)の端に口をつけ、口の中に向けて箸で押し出してやるのが良い。
この場合の敗北感というのは、清々しい。負けを認めた人間だけが到達出来る天上の快感である。

そうやって一杯の納豆ご飯を食べ終えて、納豆の粘度の残滓が残ったタッパー或いは丼を眺めながら「また、やってしまった」と思うのも敗北の快感である。
いや、背徳の、というべきか?

ライブをしてしゃぶしゃぶを食らってディレイを買った話。

や、どうも、ご無沙汰ご無沙汰。
別段ここに書きつける事を忘れてたってわけじゃあないのだけれども、どうにもこうしてキーボードに向き合う気にならなかったってわけ。こうやって叩き応えのないキーボードをタイピングするっていうのは自堕落なインドア派がするスポーツに似ている。向き合ってみる前までは億劫だったりするのだけどいざランニングマシーンに足をかけたり、ダンベルを選んだりし始めると気持ちが高揚し、途端にモチベーションが上がってくるっていうわけ。
ブログを書くっていう行為の本質は僕は大好きなんだと思う。という事は使っている道具に問題があるのだろうな。ちなみに、僕はインドア嗜好だけれどもスポーツジムに足を踏み入れた事はただの一度もないのであしからず。
さて、ここを離れていた間に経験した忘れたくない出来事を今日も書きつけていこうと思う。10年後の自分に向って。
記憶があやふやな部分は予定が記してある手帳を見ながら書いていこうじゃあないか。少しは鮮明になるだろうて。


10月10日(木)
この日は新栄CLUB ROCK'N'ROLLにてワッペリンのライブ。
仕事後、機材は預けてあるので体一つで急いで新栄へ向かう。はずがこの日はちょっとそうもいかず、40分ばかし超勤。ちなみに僕の職場は超ホワイトでその超勤にしても上司からの「いける?」と尋ねられ、予定があるならば断る事だって出来る。だけれども何故かこの日の僕は「ここで断ったら勤め人として名折れだ」と思い、それはつまり「バンドマンとしても名折れだ」にいつの間にか転じ、全てを完全にやりきった上で良い演奏をするという目標を達成する事に火が付いてしまった。
結局、余裕はあったもののライブハウスに到着した頃には結構気持ちも焦っており、こういう思いをするなら普段予定がない時に可能な限り仕事を頑張ってライブの日は素直にお断りしよう、と思い直した。幸い上司もとても理解のある人で「そうしてくれた方がこちらも頼みやすい」との事。昔から先輩と上司に恵まれている人間である。

というように到着したのもギリギリなので、残念ながら共演者のそのほとんどを観逃す事になってしまった。事前にある程度はわかっていたものの、やはり寂しいし勿体無いなあと思う。良い共演者に恵まれて刺激を得て強くなっていく、というバンドマンたるものこの道を行かざる他なしな道と別の方法論を採るには僕はまだ若過ぎるので。

到着から身支度、残り少ない演奏時間までの時間をメンバーとのヴァイヴスを一致させる事に注ぎ、いざ演奏。
ここ最近のワッペリンって手前味噌ながら演奏は本当に良くなったと思う。演奏とは、ライブとは、とつき詰めてディスカッションを重ねた事の効果もあるだろうけれども、もっとシンプルな話、演奏に於ける3人の歯車がかみ合いだしたというか、そういう感覚だ。まだ入口に足を突っ込んだ段階だけれども、まだまだ伸ばせるなとも思っている。
終演後、フロアをお借りしてディスカッション。その後、市内某所にて個人的な撮影。
撮影もつつがなく終わり、カメラマン氏と帰宅。この成果は近々発表出来るかと思います。


10月11日(金)
朝から勤務。
前夜遅くまで撮影していたので睡眠不足気味だけれどレッドブルを3本飲んでやり遂げる。
レッドブル、こういう時に飲むとメンタル的にも楽しくなってきて良い。
勤務終了後は職場近くのしゃぶしゃぶ屋にて別の課の人達の打ち上げの席にお呼ばれしてきた。別の課、には父親が在籍しており、つまり父と子が互いの人生の中で初めてそういう席をともにした、ってわけ。
僕の挨拶を父がどういう気持ちで聞いていたかはわからないけれども、たらふく良い肉を胃袋に叩き込んでビールを飲んだ。社会人の仲間入り気分っていうか、会社の飲み会っていうのも思えば人生で初めての経験だったな。

泥酔して自宅のリビングルームにて就寝、起床して身なりを綺麗にして昔のバンドメンバーが福井から名古屋に来ているというのでその飲み会に参加。
精神疾患と闘いながらの就職活動や彼の送る日々についてはインターネット上で彼自身がSNSに綴る文章を通じて知っていたけれども、そこから窺がっていた様子以上に元気そうだったので安心して、そして同時にテンションが上がっている彼に少しだけ「おいおい、大丈夫かよ」と心配になった。
バンド活動に於いて緊急を要する案件が浮上したので中座してそちらに向かう。


10月12日(土)
バンド会議、からの終演後のライブハウスに行き、愛情を一心に注ぎ続けてくれる店長氏と一部バンドメンバーでそのまま飲みに行く。アルコール飲料は一杯目までで、それっていうのは終演後のドリンクカウンターで呷った缶ビールが効いていたからである。
人の愛情と信頼に報いるためにバンドをやっているわけではないけれども、それを意識せずに活動を続ける事もしたくない。信じて情熱を注いでくれる人にこそ真っ先に目にものを見せたい、と思う。


10月13日(日)
起床するとパイプカツトマミヰズの練習開始時間の40分前。慌ててシャワーを浴びてマウンテンバイクに跨って伏見へ向かう。
このバンドの練習はずっと土曜の深夜24時から29時頃まで行っていたのだが、やはりどう考えてもそれは無理があるという事で遂に土日の日中に行う事になった。日中の練習に新鮮味を感じると同時に、物事がどんどん変化していく事をも感じる。たかが練習時間の変更ってだけだってのにね。
練習後、各務君が楽器屋でピックを購入するというので着いて行き、そのまま大型古本屋に入店。
贔屓にしているスティーブン・キングの短編集を三冊購入。読書欲に駆られて、というわけでもないけれども豊かな時間を過ごすのに読書は良い友人として付き合ってくれる。
帰宅後、再びバンド会議へ。
一歩一歩確実に、精神的にも肉体的にも変化していきたい、と思う。


10月14日(月)
カレンダー通りの休みが得られる職場で本当に良かった、と思う。
正午に起床、甥っ子とカレーを食べてモンスターハンターに興じるという実に祝日らしい時間を過ごした。
小学校6年生の甥からするとモンスターハンターは我慢を強要されるゲームのようで、突っ込んでいってチャンチャンバラバラ、ボタンを連打すれば勝利!みたいなゲームを好む気質の彼にはなかなか思うように遊べていなかったようなので年長者としてちょっとしたアドバイスを施した。
一緒にプレイしていく過程で目まぐるしくそのプレイが向上する甥に、叔父として嬉しい気持ちになる。
その後予定があったのでその時間まで品揃えが変わっていないか2週間程前の開店初日にも出掛けて行った楽-YA「エフェクターフリークス」を冷やかしに行く。


結果、ワゴンセールみたいな扱いになっていたコーナーからguyatoneのデジタルディレイを連れて帰ってきてしまった。ショートディレイ気味にして使うとギンギンいって楽しい。
僕がNUMBER GIRLの影響から抜け出すのはいつの事だろうか。

深夜に暴飲暴食してつらつらと書いてます

深夜2時を過ぎてるってのに24時間営業のスーパーで購入したお菓子をバリバリモシャモシャやりながらノートパソコンのキーボードを叩いている。ここ最近は自分用のデスクトップPCが調子が悪いので、つらつらと書きたい時は母親のノートパソコンを使ってこのブログを書いている。

今日の名古屋は台風が日本海側を通過した影響で湿度も高く、曇り空で雨もパラついた憂鬱っていうのを天気にすればこんな感じだろうなっていう天気。僕は職場の自分の定位置から、外のどんどん薄暗くなっていく空を眺めつつ自分が室内にいる安堵感を感じていた。そして性格の悪い事に「どしゃっと降ればいいのに」だなんて優越感に浸りつつ更に悪天候を望んだりもした。勿論雨が降ればただでさえ天候を警戒してか平時よりかは遠のいていたであろう客足も減って困ってしまうし、自分が帰る時には雨天っていうのは億劫なものでしかないのだが。
本当に、現金なものだ。
年齢を重ねれば感覚的にはこういう天候とか景色とか色彩とかそういったものに向ける感覚はどんどん鈍く、くすんでいってしまいそうだけれども僕のそういう想定というか思い込みに反してここ最近はそういうものに趣を感じる事がどんどん増えている。趣を感じるって表現をした瞬間に「それはただ年をとっただけだよ」とも思ったが、何だろう、外的刺激に対する反応が敏感になっている感覚がある。
そういう時って僕の場合は基本的にセンチメンタルになっている時で、そのものずばり言葉で言ってしまえば「感じやすく」なっているという表現が相応しいように思う。
ただ一年でそうである時が増えてきたってのは、これまたどういう事なんだろうね。

湿度の関係か仕事疲れか、はたまた単純な体調不良か判然としないまま、今日はワッペリンの練習を近所のスタジオで行った。雨が降る、しかも結構大雨だ、と聞いていたので自転車移動を日常の主とする僕の希望でスタジオを自宅から徒歩圏内の場所にしてもらったのに、その頃にはすっかり晴れていてなんだかなあという気持ちになった。
明日、10日のライブのセットリストを一通り通して曲間には色々と注意点を話したりいつポジティヴなメンバー間の化学反応になるかわからない雑談をしながら(書きながら気付いたけど、いつもそうか)3人で作り上げる30分、というものに向かっていった。
あ、3人で、と書いたけど本質的にはって意味ね。勿論PAさんや多くの人と一緒に作ってお客さんへ向ける30分なのだけれども。やはり僕達がガツンとやらにゃあ何も生まれないだろうから。
一通りセットリストを通してひとまず休憩、となり全員ライブの準備は出来たと感じていたのでロビーにて色々、話した。実にワッペリンとして3人で過ごす時間って半分、とまではいかないけど結構な割合をこの会話に充てている。そこから生まれるものっていうのがこのバンドでは大きい。
僕も最近良い意味で適当に、色々と発言出来るようになってきていよいよ楽しい。


映画監督であり映像作家である甚田君が撮影したかしやま君(孤独部)のドキュメンタリー。
5分を過ぎたところで出てくる僕はライブ直後の気持ち的にはガンッとあがっているけれども肉体は疲労の極みっていう状態のせいか表情はところどころひきつっているし目つきも落ち着きがない。
友人には狂人だ、と笑われたけれども実はこの瞬間って僕としては結構弱っている部分だったりで照れ臭いものがある。

ノイズ楽器を自作した話。


先日打ち合わせで訪れた場所で偶然耳にしたノイズミュージックがあまりにも素敵だったので誰がやってるどんな盤なのか訊いてみたらこれだった。
ノイズとサックス、美しき融合。

で、その衝撃的な美しさが忘れられず僕の悪い癖でノイズに興味津々。是非自分もノイズを出してみたい、それもベースギターで出しているようなのではなく、ノイズノイズしたのを出してみたいとミーハーな欲求を抱いた結果、ふと昔バンドメンバーが手製のノイズ楽器をギターアンプで鳴らしていたのを思い出してぼくも試しに作ってみる事にした。


中古楽器屋でDimarzio社とIbanezが共同開発した7弦ギター用のピックアップを入手、すぐ隣の100円均一で蜜柑のシラップ漬けを購入。ちなみに蜜柑のシラップ漬け缶の中身は一緒にいた友人にあげた。
で、ピックアップと空き缶をガムテープで固定。ピックアップにはアウトプットジャックを直接ハンダ付け。


缶の中身はとりあえずこれまた100円均一で購入したクリップ。
釘とかでも良いのだろうけれどガシャガシャし過ぎそうでなんとなくクリップにしてみた。幸い缶詰めながら着脱可能な合成樹脂の蓋が付いていたので中身は入れ替えることが出来る。


で、ガムテープで補強。
写真ではジャックが無期だしだけどこの後ガムテープで本体に固定しました。

早速スタジオのJC-120に繋いでみたところ、爆音でクリップが缶の中を転がる音が!
...いや、これはちょっと、想像以上の出力の大きさだ。歪ませたりディレイをかけたりで金属的な、破壊的なノイズパーカッションを楽しんだ。中に入れるクリップの量で音の感じが変わるし、研究のし甲斐がありそうである。

これから金属片を見る目が変わりそうだ。
ホクホクして帰宅して、寝っ転がってスマートフォンを見ていると偶然にも大学時代にちょっと「ご縁」があった女の子の結婚式の写真を発見してしまう。
別に引きずってるとか未練があるとかではないのだけど、なんだろうかなあこの感じ!
結婚おめでとう、貴女を祝福するために、ではないけれども今日はスタジオでノイズパーカッションをガラガラと打ち鳴らそうと思うよ。

10月初日の日記

前回のエフェクター専門店に関する日記を読んだ友人から「あれは一体どこにある店舗なのか詳しく教えて欲しい」と連絡があった。
彼女がギターリストなのは勿論知っていたし演奏も随分と昔だけど観た事があったが、エフェクターにそんなに食いつくとは思わなかった。場所を返信すると「今暇か」と。ちょっとその後予定があるんだよなーっと「何時まで暇なのか」と返すと「ダブル浅野が出ているドラマを観始めてしまったからまた今度」と何とも彼女らしい、こう言っちゃあなんだけども微笑ましい返信が来て思わず嬉しくなってしまった。
うんうん、最近なかなか会えない友人がこうして時々でも読んでくれるのならば、やっぱりこのブログは思うがままに書き続けていこう。

今、煙草に火をつけた、
僕って以前から、そう二十歳の頃から愛煙家でここ最近は一日一箱ペースで煙草を灰にするという「嗜む」と「ヘビースモーカー」の「嗜む」寄りの愛煙家だったのだけど、実は昨日から減煙を試みている。いきなり禁煙、といかないところがミソね。
減煙なんて出来るのか、と思っていたけれども意外となかなかどうして、今のところ順調である。今まで煙草に火をつけていたタイミングの二回に一度を「まあいいか、後で」と先延ばしにしてしまえばいいのだと思い直してからは本当に順調だ。それどころかどういう風の吹きまわしか、煙草が美味しくないとすら感じている。
刺客体も協力してくれいるのだし、一日10本のこのペースは守っていきたいところだ。

夜勤を辞めて最初の夜だったのだけど、モンスターハンター4に熱を入れて過ごした。
身近なバンドマン、役者達とモンスターハンターに興じるこの頃だけれども、こうして娯楽に熱をあげるのも良いものだ。適度な駄目さっていうのは日常の丁度良いスパイスだったりする、と思っている。

簡単な文章だけど興奮してるよ、本当に。


9月28日、名古屋に待ちに待ったエフェクター専門店が開店!
しかも休日は多くの人でごった返す繁華街、大須商店街に!わーいわーい、素晴らしい!
中古CDや楽器を扱う楽YAというチェーン店の新規店舗なのだけど、大須店はエフェクターと洋楽CDに特化した店舗に、という事でその名も「エフェクターフリークス」という新品、中古入り乱れて本当にエフェクターとその関連商品「しか」(このしか、がどれだけ嬉しいか!)売っていない僕にとっては夢のようなお店が開店したというわけ。

いやあ、最高でしたよ。
ショーウインドーの中をニヤニヤ眺めてるとあっという間に時間が過ぎる。
その間にも友人知人が入れ替わり立ち替わり登場して、そりゃあオープン初日だもんな、皆覗いてみるよね。

大須に通いたいお店が出来た。
これからも楽しみです。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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