可能性に萌える

「やうやう」と書き初めてもうすぐ30歳にならんとしている男が何が「やうやう」だよ、と思い直したので普通の書き出しで。
実際のところ、肉体ばかりがただただいたずらに年齢を重ねているようで精神年齢や経済状況や理知的な判断力は年相応のそれになっているのか、なっているのかお前はと自問自答すると甚だ疑問ではあるけれども、年相応とまではいかないけれども絶望的な状況ではないのではないか、とも思ったりもしている。
「やうやう」って書き出しで書き始めなかったし。「やうやう」に恨みがあるって訳では決してないし、他の人がそうやって書いていたって別段どうという事もないのだけれど。

今日は仕事後、車に一時間程揺られて安城まで行ってきた。
自宅スタジオって奴で音を出すという体験を記憶にある限りは生まれて初めてしたのだけれども、あれって凄い感覚になるのね。だって扉を二枚隔ててそこは立派に新築の家の廊下で、すぐそこにはリビングがあって大きなテレビで「火垂るの墓」が映し出されている。これってちょっと凄い状況だと思う。
その家、その家庭っていうのが憧れる「幸せな家庭」って奴でこう書くと自分がまるで恵まれない家庭に生まれ育ったようだけれども決してそういうわけではなくて、今現在自分がこれから「作って」いきたい家庭がそこにあってなんだか色々と前向きな気持ちになれた。
僕の死んだ弦が張ってあるベースギターはそれなりの音を出していた。それなりってどうしようもない。そろそろ張り替え時が来ているのだと思う。

キング・クリムゾンがトリプルドラム編成で来年活動を再開すると聞いて真っ先に思った「どういう音楽になるのだろう」という疑問、これは恐らく多くのファンが抱く期待の篭った疑問であろうけれどもそれに対するロバート・フリップの回答は「やってみないとわからない」であると知り、「ああ、なんてどこまでもバンドマン!」と感動をおぼえた。
音楽って発明であって欲しいし「こうしてこうするとこういう感じになるよね」っていうのは駄作になる、と断言するつもりではないけれども、想像を絶するものにはならないと思う。なので音楽という芸術に秘められた未知の領域に踏み込んでいくために自分達も想像し得ない事をやるっていうのは、バンドマンとして健全な事だと僕は思っている。
それが如何に非効率的、そして一見非生産的に思えても、だ。それは無駄な事を大いにやろうとかそういう事ではない。全員が半信半疑ならば、半分でも信じていられるならばそれはそれだけの可能性を有している事を現実的に受け止めるべきだ、という事。
僕がキング・クリムゾンの活動スタンスに興奮させられるのはそういう所かもしれない。



「チャルメラの音が遠くから聴こえてくる陰惨な曲を発表したバンド」というイメージしかなかったけれども、このダークで呪術的な感じはこのバンドに対する興味を掻き立てるには十分である。
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BOSS PSM-5のチェック。



眠る前にちょろっとエフェクターのチェック。
先日nomutextdesunahashiyuriの練習の際に「お、こいつか」「あれっここにも」状態だったBOSS PSM-5がそういえば自宅にも転がってた事を思い出し引っ張り出して試してみた。

機能としてはマスタースイッチ/パワーサプライ。ループさせたエフェクターを一発でオン/オフ出来るばかりか電源供給まで出来るという代物。電源供給に関してはエネループから分岐させているので機能的には使わないものの、マスタースイッチは面白かった。
僕は普段直列でエフェクターを繋ぎまくっているので複数のエフェクターをオン/オフする際は足が忙しく動き回るのだけど、これなら一踏みで複数個のペダルを制御出来る。だけど、一個のペダルをオン/オフする際には動作が単純に倍になるわけで、慣れれば問題ないのだろうけれど慣れるまでは煩わしいと感じてしまいそうだなあ。

あとループ内のペダルを全てオフにしてPSM-5のオン/オフを繰り返してみたところ、音に変化が。これは勿論PSM-5のバッファーや回路を通っている事による変化もあるのだろうけれど、直列繋ぎを日常としてる身からするとベースギターからそのままプリアンプに信号が流れてアウトプットされる音(あ、PSM-5は通ってるか)っていうのは新鮮であった。
やっぱりエフェクターの回路を通るだけで音って変わるのだね。高域の出方が変わっていた。普段はそれを当たり前として音を作っているから支障があるわけではないけれども、この違いを実感出来ただけで今回のチェックは価値があったかと思う。尤も、エフェクター数珠繋ぎと直ってのを実際に繋ぎ変えてみればいい話だし、それをやったらやったでまた違うのだろうけれども。

ちょっと実験的に使ってみるかもしれない。実際の演奏中でためしてみないとマスタースイッチとしての旨味はわからない気がするので。

衝撃的だった東京遠征。

自己顕示欲、の意味合いが自分の中で変わってきたように思う。というか、そうだな、変わってきている。
これだから生きるっていうのは、時間を重ねるっていうのは、人との関わりというのはやめられない。
変化/進化する事っていうのは性質的に素晴らしい事だと思うのだけれども、そういう観点では人間の精神性というものは変化を恐れない、変化を受け入れる余裕さえあれば最高に優れたものだと思う。
まだまだ死ねんよ。

さて、先日17日はEmily likes tennisのレコ発企画に呼んで頂き、我々パイプカツトマミヰズは久しぶりの東京遠征を果たしたのだった。
一頃は毎月のように行っていた東京だけれども、時間が空けば恋しくなるもので数日前からこの遠征を楽しみにしていた。だけれども東京で過ごした時間は想像していた何倍も愉快極まりないものだった。ちょっと自慢させてね。

朝9時に今池のジャパンレンタカーで集合した一同。今回は珍しくチームではなくメンバーだけの移動となった。ほとんど寝ずに(その代わり遅刻もせずに)集合した吉田君は車中でひたすらにただただ眠る。脛毛を剥き出しに眠る彼を見て、かつて酔い潰れた彼を全裸のままハイエースに積み込んで、燃えるような朝焼けの中向かった東京遠征を思い出した。
東京に着いて車を泊め、会場である新宿Motionに機材を搬入し、楽しみにしていた歌舞伎二郎を胃袋に入れ、リハーサルもつつがなく終え、新宿に来るとほとんど毎回覗いている中古楽器屋をチラ見し、そうやって新宿を満喫していたらあっという間に開演時間。
翌日仕事故、演奏してすぐに新幹線で帰らなければならない駒田君に配慮をして頂いてトップバッターでの演奏。関係者各位、有難うございます。
開演時からフロアの人数が多くて、こういうのって良いイベントだよなあと思う。共演した事もない、そして知名度もない我々をレコ発企画へ呼んでくれたELTへの気概にいざ応えん、と一所懸命演奏した。ギャリエン・クルーガーのベースアンプ(随分と前になるけれども以前Motionに出演した時はアッシュダウンだったと記憶している。如何にMotionが久しぶりかここで実感した)の素晴らしい音の立ち上がりとゴッツい音に気持ち良くなりながら演奏。自分の音に酔い痴れる事が出来る、というのは聴覚的ナルシズムでもなんでもなく、普段の練習の成果を存分に発揮するには実に良い環境であるという事に他ならない。
拳を振り上げて歓声を上げてくれるフロアの皆様方よ、僕達は貴方達を裏切らない、すぐにまた来る、だなんて約束は出来ないけれど、本当に嬉しかったよ。有難う。
出来るだけ早く、また行けるようにしますね!!

THE SLUDGEはバンドマンとしても人間としても大先輩。いぶし銀、というには早すぎるしあまりにも現役感と戦歴を重ねてこられたであろう風格を感じる演奏。轟く大音量の演奏に、なんだろう、ああいう年齢の重ね方をしたいと思った。
クウチュウ戦はこの日、ハジメタルさんを迎えた特別編成。美しい、あまりにも美しい。そしてプログレッシヴ。確かな演奏技術と"その筋"の人間を唸らせる説得力。それが美しいアンサンブルを織り成す際に如何に重要か思い知らされる。ストイックさっていうのが美しく結実した一つの完成系だ、と思う。佇まいからしてもう、良いんだもの。これから対峙し続けたいバンド。

そして主催のEmily likes tennis。クウチュウ戦の西平君から「いつか一緒にやると良いですよ」と前からお薦めして貰って事実事前調査でその通りだと思っていたのだけれども、演奏開始して数分後、もう大喜びでフロアで楽しんでしまった。巧いだけでなく旨い演奏、そしてエネルギーに満ち溢れた躍動感、そして皮肉とコミカルとそれらをゴッタ煮にして吹き飛ばすような面白さ、ああ、最高だ。余りにも稚拙な感想が過ぎるけれども、最高だった。メンバーもフロアで大喜び、お客さんも大喜び。
この日のブッキングの面子からもナイスセンスなのは明らかなのだけれども、本当に良いバンド。
彼らの誠意に僕らも応えたい。出来るだけ遠くない未来、名古屋にご招待します。是非名古屋でもあのライブを。
とここまで一息に書いたけれども、本当にこの日はあらゆる意味で楽し過ぎた。毎回遠征は楽しいし大好きだけれども、この日受けた衝撃って多分、ずっと根強く残るものなのだろうと思う。

終演後は翌日仕事であるメンバーもいたので東京の友人達とラーメンだけ食らって急いで名古屋モドリ。
100円払えば10玉まで替え玉出来ます、だなんて聞いた事ないぜ新宿。そして15mに一度は呼び込みに声をかけられるぜ新宿。
また行くぜ、東京。

二人きりで。

友人のバンドが年内一杯で解散する、と発表した。
バンドマンにはありがちな事だけど、少し前からそこに至る予兆は察していたし解散も発表より少し前に知っていた。だからこそ、動揺せずに静かに受け入れられた自分がいたと思う。
ライブも頻繁に観に行けるってわけでもないし、共演回数だけはそれなりにあったけれども何か一緒にガツンとやらかせたわけでもない僕にそこまでオープンになってくれて、有難う。

昨日は鶴舞DAYTRIPにて大阪の沙樹ちゃん主催「呼吸を感じる日#7」に孤独部のお手伝いで出演。
お手伝いで、っていう表現をするには随分と出張った振る舞いをしたけれども、今回の孤独部のテーマは「バンド」であってそれはバンドをテーマにした演劇作品を創る事でも、バンドを取り入れた演劇作品を創る事でもなくて演劇表現をライブハウスで続けてきたかしやま君(孤独部)とバンドをやるっていう事に他ならなかった。
少し前、それこそいつだったか判然としないくらい曖昧な記憶なのだけれども一時、かしやま君の即興芝居と僕の即興演奏で何か出来ないか、と思った時期があって今この瞬間まで忘れていたけれども、昨夜やったのは結果的にそれだったと思う。
今回かしやま君から「二人でやるっていうヴィジョンともう一つヴィジョンがあるんですがどっちがいいですかね」と相談めいたものを受けた時に「どうせこいつは何を言ったって自分のやりたい事をやるんだろうよ」という全幅の信頼を元手に自分の意見を反射的に口にしたのだけれども、結果的にかしやま君もその選択に良いヴィジョンが伴ったらしく、前夜、土壇場での練習(前回のエントリーでも書いたけれどもこれは本当に珍しい事だ)で良い手応えを感じて、かしやま君と僕はフツフツとしたものを抱えながらステージに上がった。
かしやま君の即興芝居と僕のループエフェクターを用いたベースギター演奏、これによるアンサンブルから僕達はバンドと同質のものを感じていて。結局アンサンブルする相手がドラムやギターから演劇に変わったってだけだと思う。別に珍しい形態じゃないし前代未聞ってわけじゃないけど、かしやま君の人前で発するオーラに今まで一緒にものを作ってきた事による、+ここ最近の彼との会話で積み重ねてきた信頼関係っていうものが元手にあれば細かい取り決めなんかなくたって良い具合にアンサンブルするだろうなっていうのはわかりきっていた。
結果的にかしやま君も僕も手応えを感じる事が出来たみたいで、どうせ彼の事だからこれを続けようとは思わないんじゃないかだなんて勝手に思っているけれども、やってみて良かったと思う。
僕も孤独部での演奏史上、前例がない程しっかりと彼の作品に演奏で向き合えたと思っている。

ステーに上がる前、完全にバンドメンバーと接するのと同じような、僕からすれば日頃のバンド活動で繰り返している瞬間っていうのをかしやま君と過ごした。演奏開始のその直前まで完全に同じだったし、演奏中も曲間も僕はしっかりバンドでライブをやっている気分だった。
何が違ったかって、かしやま君が打ち出してきたものがいつもより鋭かったってだけだ。
それだけで十分。昨夜の段階でのベストは尽くせたんじゃないだろうか。

お手伝い冥利に尽きる。
ついでに僕は、自分自身の演奏上での課題も持ち帰る事が出来たんだし、言う事はない。

珍しい練習を珍しい相手とした夜の日記。

かしやま君(孤独部)宅にてライブ前夜の打ち合わせ兼練習より帰宅、ディズニーランドのホーンテッドマンションの曲「Grim Grinning Ghosts」(大好きなんだよ)を聴きながらこれを書いている。
かしやま君と僕が何かを一緒にやる際に練習って珍しい。大勢の役者、バンドマンでライブハウス作品を作っていた頃っていうのはスタジオに入ったり綿密な打ち合わせを行ったりしてきたけれども、参加人数が少なかったりそれこそ二人の共同作業ってなったりすると、それらのほとんどが練習らしい練習をしないまま本番を迎えてきた事に気がつく。これは別に手抜きってわけではなくて、物の作り方のスタンス故、だ。
練習や鍛錬っていうのは多くの表現に於いて表現技術を身につける、そしてそれを洗練させ発展させるために有意義であり、必要とされる事が多い。
けれども僕と彼が練習をしない場合というのは不確定要素を欲する事が、そしてその刺激が大きく表現を動かし得る場合であるからして積み重ねや鍛錬というのは邪魔になったりする。
それが今回は打ち合わせ兼練習、だもんな。新鮮ではあったけれども、やった結果大いに有意義だった。
今回彼と僕が挑もうとしている事は如何せん僕達も前例がない表現であって、それをきちんと表現として成り立たせるために表現足り得るか、というのを確認しておく必要があった。結果、僕と彼が今やりたい事に、お互いがお互いの領分でやりたい事を研ぎ澄ませてぶつけあえば面白いものが出来上がると確信出来た。
明日、彼は演劇で、僕はベースギターで一つの作品を作り上げるつもりだ。
大いに楽しみだ。

変なもんだなあ、ライブ前夜のワクワク感っていうのはライブ前夜にしか書けない。ライブ後に書くとそれはやった上で振り返る、になってドキュメント性を重視するならばbefore/afterの観点からライブ前後に書いておくっていうのはもっと繰り返しておくべきだったろうに、ここ最近とんとやっていなかった気がする。
そして今後も取り立てて意識的にやるってわけでもないだろう。特に意味はないけれど。

自分の演奏を磨いていく必要がある。
これからは、尚更だ。

名古屋はどんどん寒くなってきた。

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2013年12月22日(日) 名古屋 新栄CLUB ROCK'N'ROLL
「舟橋孝裕ワンマンライブ~21st Anniversary Schizoid Man~」

出演:
JONNY
孤独部
ナトリネ
パイプカツトマミヰズ
ワッペリン

開場:18:00/開演:18:30
前売:¥2000/当日:¥2500(いずれもD別)
Tシャツ付前売チケット有


こういうワンマンライブをやる事になった。
詳しくはこちらで。
そういうのが僕に求められているかだなんて定かじゃないけれど、僅かだろうが僕の想像より多かろうが喜んでくれる人の顔がちらりと浮かんだのでTシャツ付前売券も期間限定で発売する事にした。
生地の色もペイントの色も買う人自身が選んで組み合わせるシステム。衣服についてセンスのない僕がゲテモノ的な組み合わせのカラーリングを考えるより、遥かにデザインを活かしたカラーリングが生まれるだろうと思う。

面白い事が出来ると思っているし、純粋に集まってくれた人を興奮させたり、約3時間をあっという間に感じさせる演奏をするという自負はある。このブログを読んで下さる程度に僕に興味があるならば、これを読んで下さってる貴方にもきっと大いに楽しんで頂けるだろうと思う。
僕が愛する、僕が尊敬し、心を砕いて共にやってきた、やっていくバンドばかりが出演するからだ。
もう「僕を観てくれ」とは言わない。一人の個人として力をつけて自分自身のスタンスや生き様を表現物に、と志した時間は終わった。
舟橋孝裕ワンマンライブ、と銘打っているが名古屋を中心に活動する面白いバンド&演劇ユニットが出演する強烈なイベントだと思って貰えれば良い、とさえ思っている。
どんな心持ちであれ、この日を見逃して欲しくないというのが率直な僕の言葉です。

さて、フライヤーを置いて貰いに行こう。

ザックリだけど、書くわね。

ここ最近の自分の状態って実に実に閉鎖的で、自分の極めて個人的な精神状態や環境にそぐわないもの(例えば、自分の中で積極的に進めたい事案があったとしてそれを削ぐものや、もっとわかりやすい表現をすれば刺激を受ける事で自分の精神状態が移ろい得るもの)に対しては酷く拒絶的な態度をとりがちである。
少なくとも自分自身について一番よく理解している僕としては、今年一杯くらいはそれでもいいのかなと思っている。ネガティヴな事ではなく、ポジティヴに閉鎖的で在る事自体は悪い事だとは思わない。少なくとも、ストレスを抱え込まずに生きていこうとする上では。
いずれはきちんと向き合わないとなと気に留めて、今は「一旦、置いておこう」と脇によけている。

でもそういう状況だからこそ感動する時ってそれまで以上に感動しちゃう事があって。
昨夜11月9日の今池HUCK FINNでのライブは、背筋が伸びる思いだった。主催者である柴山社長(ONE BY ONE RECORDS)から「舟橋には観て欲しい」とお薦め頂いたATATA、とんでもないライブをされてたな。
良いものを観た後って色々と頭の中を駆け巡る事が多くって、挨拶もそこそこにHUCK FINNを出てワッペリン 長谷川リーダーと歩いて新栄まで行っちゃったもの。
で、なんだかんだで数時間仮眠して、明け方6時からワッペリン練習。新曲を作っています。期待していて下さいね。

練習終わりで前夜HUCK FINNにて大勢の、恐らくは初めてライブを観るであろうお客さんを前に切れ味鋭いライブをされていたi GOのリーダー、茜谷さんの誕生日パーティーに出発。昌吾さんの実家の駐車場でのBBQスタイル。そう、完全に楽しい奴だ。
もうしばらく肉はいいやってなるくらいの分量の肉やお昼間から屋外で飲むアルコール飲料の贅沢さを噛み締めつつ、茜谷さん生誕36歳を祝う。

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やっぱりこの人、本当に皆に愛されている。
ご本人もBBQからカラオケまで全力で楽しまれたようで、そういうところも皆から愛される所以なんだろうな、だなんて思った。僕が良い後輩かはわからないけど、少なくとも茜谷さんは僕の素敵な良い先輩、兄貴です。
お誕生日おめでとうございました。

ワッペリン、新HP

開設から少し時間が経つけれども、改めて。
僕の所属するバンド、ご存知ワッペリンのHPが新しくなりました。

ワッペリン HP

写真もドドン!と大きく、見応えのある感じになっているかと思います。
メンバーそれぞれのブログにもリンクが貼ってあるので覗いてみて下さい。
あ、ちなみに旧い型のIEだとうまく表示されないっぽいのでご注意を。

名古屋に音あり、南山に機あり。

連休中は大学祭にぶらりと友達のライブを観に行ったり部屋の片付けを友達を巻き込んでやったり(そしてどこで手に入れたの?ってな具合のフィギュアをまんだらけに売りに行ったり)した。充実した時間。
連休最終日の4日、朝の7時。僕は南山大学に居た。

この日はライブハウスでよく出会う、何ならちょっと個人的に話したりもする付き合いの長い娘さん達が大学祭期間中の教室を借りての自主企画「名古屋に音あり、南山に機あり」へ孤独部のお手伝いで出演+かつての職種経験上お手伝いをしに行った。
少数精鋭の企画メンバー、大学祭の中でのイベントなので収益をあげるわけにもいかずそこは赤字覚悟で、ってわけでもないだろうけれども採算も合いづらいであろう中で情熱とバンドへの愛情だけでイベントをやり遂げようとするその姿勢に、出演バンドは勿論僕も心を打たれてお手伝いする事にしたというわけ。
いつの時代だって、情熱が何かを動かし得る元手になり得ると信じていたい。そうしようとせずとも情熱を持った人間のところには力を貸す人間が集うべきだ、とそう思っている。同じ気持ちを伊藤君も抱いたようで、朝早くの南山大学で主催の三人と僕と伊藤君の5人、そして主催三人が全幅の信頼を置く音響チーム2人で機材を運んだり設置したり。実際のところ、三人は凄かった。全てちゃんと把握して、ハードルが決して低いわけでもなければ整った環境であったわけでもないのに落ち度なんてひとつもなかったし携わった人間は勿論、出演バンドもライブを観に訪れたお客さんも皆が皆、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
本当にお疲れ様でした。貴方達の手伝いが出来て、少しでもその笑顔の裏にある努力や誠実さを目の当たりにする事が出来て、僕は本当に良かったと思っています。
背筋が伸びる思いだよ、本当に。

会場となったG30教室はいわば大講堂。聞いた話によると400人規模の講義を行う場所らしく、広い教室の中でギターやドラム、ベースギターやボーカルを相応の音量で演奏するともれなくかかる天然リバーブ。
その中で素晴らしい音響チームは可能な限り快適な音空間を実現していたと思うし、出演バンドもそのシチュエーションを十二分に活かした演奏をしていて、成程、こりゃあ贅沢な時間じゃわいと感じ入った。
一組目、nothingman宮下さんの「はい、全員起立!」で始まったこのイベント、来年も実現すると良いなあ。僕は無責任にそう思っています。

今回の孤独部はワークショップを経て集まった役者さんを交えての作品を公演。
当日まで打ち合わせらしい打ち合わせがなかったのも、今現在のかしやま君の作品に向き合うスタンスを反映しているようで面白かった。実際リハーサルから本番までの間に変化した点もあって、それがこの写真。

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かしやま君、ステージに間接照明が置かれた以外は真っ暗な教室の中で自力でカーテンを開けて窓辺での表現。
「やろうと思っています」と聞いた時は「タキシード仮面か」と思わず突っ込んだものの、いざやってみると効果的な演出だったようで流石演出家。

今回は「通学路」という作品だったのだけれども、各々の通学路の記憶が入り混じって一つになるっていう事を意図していたようで、実際僕にも「舟橋さんの通学路の記憶を音で表現して下さい」という依頼を受けていた。
けれどもいざ自分の通学路の記憶を辿ると記憶はあるもののいまいち実感がない。
というわけで音楽的な効果と自分の表現意図の着地点として、終盤に金森君がギターとエフェクターを使って組み上げたループ・トラックにベースギターのフィードバックノイズを被せるという表現を行った。
一音もピッキングせずにライブを終えたのは、間違いなく生まれて初めての事。やってみるとなかなか難しかったけれども、どこか空気感を含んだベースビッグマフとベースアンプの間で発生するフィードバックノイズは豊潤なものとなった。・・・制御が難しかったけれども。ここは要練習。
終盤で客席にお客さんに混じって座っていた参加メンバーが一斉にそれぞれの通学路について一人芝居を始めるくだり、孤独部らしい空間をフルに使った演出だったと思う。

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孤独部参加メンバーで集合写真。僕、疲れた顔してるな・・・。
あと金森君、目閉じちゃってるよ。

終演後は機材の撤収、そして普段から比べるとずっと早い時間から開始の打ち上げ。
満ち足りた時間だった。
最後にもう一度。主催の御三方、お疲れ様でした。有難う。

「格好良いとはこういう事だ」とKAGEROを観て思った日の日記

11月1日(金)

この日から職場は繁忙期に突入。
転職後初の繁忙期、という事で緊張感が伴う出勤。だけれどもそれだけではない、この日は仕事の後ライブが控えていたのでどうしてもミスをして残業するわけにはいかないし、普通に退勤したとしても自転車を飛ばしてライブハウスに向かわねば転換時間に間に合わない(転換開始は仕事終了時間の20分後である)という文字通り分刻みのスケジュールで動く一日だった。自分が好きでこういうスケジュールになったわけなのだけれどもさ(それにそのスケジュールのために調節をして下さっている人がいる事もわかっているし)、やっぱり家を出る際に玄関口に楽器をそのまま担いで出られるように準備しておく程度には緊張していた。
間に合わなかったら間に合わなかっただ、でどうにかなっちゃうバンドだっていうのもわかっているし、そこで泡吹いてどうにかなっちゃう程自分がつまらない人間だとも思わないけれども、なかなかどうして、無事に間に合った時には「深層心理下ではこの快感を味わうためにわざとこういう予定で動くように仕向けているんじゃないか」と思ってしまう程快感を感じたものだ。

さてアンプのヘッドとベースギターを背負って池下CLUB UPSETの楽屋に到着。
「間に合ったね!」の声に迎えられて目にした光景はKAGERO先輩とバンドメンバーが楽屋でくつろぐ様子。KAGEROの白水先輩、間に合わなかったらベースギターを代わりに弾いてくれる気だったらしく伊藤君曰く「しかも結構いけそうだったぜ、あの人」との事。惜しかったな、世にも珍しい代役が実現しかけたのに、と複雑な心境に陥った。


この日のイベントはKAGERO先輩に直接誘って頂いての出演。スタイリッシュで格好良い先輩方が僕達みたいな見た目も冴えない「プログレ始めます」っていう割には良い意味で知性の欠片もない曲を演奏するバンドを呼んで下さった事が本当に嬉しい。自分達の音楽が人の心を動かした、という紛れもない結果の一つだからだ。
その嬉しさも相まって、いやあこの日はやったねえ。
大いにやった。
ライブがバンドの底力を示す一つの機会ならば、この機会を我々は貪ったと言えるんじゃなかろうか。そりゃあ演奏には粗もあったかもしれないけれども、久しぶりにあそこまでリラックスして無茶苦茶やった。
お客さんも喜んで下さったようで、我々に相応しい宴会のような拍手を頂いたし沢山の方に音源を買って頂いた。うむうむ、ライブとは、バンドとはかくも興奮するものかと満足してKAGERO先輩の演奏を拝見したのだけれども、いや「格好良いとはこういう事だ」と言わんばかりのライブ。やられてしまった。
ちっくしょう、やられたなあ、まだまだ頑張らんとなあと清々しい思いでアンコールまで楽しんだ。
先輩、またやりましょう。その頃にはきっと僕達、もっと強くなっているかと思いますので。

翌日、KAGERO白水先輩の基本ビッグマフをかけたあのファズベースサウンドに打ちのめされた僕は日常的に使っているベースビッグマフを、また一から新鮮な気持ちで触っていた。ああでもない、こうでもないと弄りまわし、チラッと見た先輩と同じセッティングにしてみた。男らしい音がした。
「格好良いとはこういう事だ」と言われた気がした。ツイートしたら「お前の使ってるのはmod.品じゃねえか。青色に光ってるじゃねえかああああ」と先輩に言われてしまったけれど。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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