12月を振り返って-演劇公演-

12月23日は前夜3時間ぶっ続けで演奏した新栄CLUB ROCK'N'ROLLにて演劇公演。
名前こそ出さなかったけれど、全作品僕が作、出演を務める演劇公演だった。

演劇公演となると僕は二転三転する。今回も然り、である。元を辿れば夏の公演である。
夏の公演では僕は確か『もしも僕がバンドをやっていなかったら』という作品を作ろうとしていた。
僕が学生時代ベースギターを握る事なくそのまま順当に大学を卒業して就職していたらどんな人生を歩んだだろう、という内容のものだった。
実際脚本も書き上がっており、役者に配布までしていたし稽古の日取りも立っていたのだが、作中で僕の娘役を演じるはずだった友人の突然の死によって僕は立ち止まらずを得なくなり、そして自分の「何か作って、残してからこそ人間は自分の存在意義を見出す事が出来る」(これはまた随分と簡単に言っているのだけれど)というそれまでの価値観が簡単にひっくり返ってしまった。何かを創造しようとする、その高邁な精神こそが人間を人間たらしめる、という僕の安っぽい信念は間近で観た友人の死によって一瞬で覆ったのだった。
身近で演劇領域のみならず音楽にも自分の何かを焼き付けようと躍起になっていた17歳の女子高生の死は僕を打ち砕くのには十分過ぎたし、そして僕はその作品の次に描こうとしていた「自分を深く掘り下げる」というテーマも酷くつまらないものに感じてしまったのだった。

いずれ、何か降りてくるに違いない。
そう信じて時間を過ごし本番数週間前、今回の公演自体のコンセプトが固まった。
「2013年で深く関わった演劇畑の人間に、向き合った作品を作る」というものだった。

そしてかしやましげみつ(孤独部の作/演出/出演)、田中みな(または田中の作/演出、女優)、studio penne氏(音楽家、バンドマン)と演るならどんなものが良いかという3作品が出揃った。
脚本を書きたくない、相手の肉声そのままで、相手の声と演技でその瞬間に作品を作り上げたい、音楽でいうセッションのような方法論を採りたいというその時の心境が、脚本を書かずに公演を行うという作品の作り方を選ばせた。門外漢だからこそ、そしてそういう素っ頓狂な方法でも良いものを作れる人間達が身近にいたからこそ、選べた選択肢だろうと思う。

手伝ってくれる人間も、出演者も全力で事にあたり、そして迎えた当日。
『星に願いを』『VSぼくのみぎて』『仰天の"い"』の3作品を上演した。今、冷静な目線で振り返れば「どうにかやり遂げた」という感じだ。僕以外の出演者や関係者は全く完全にそれぞれの本分を全うした。しかし僕がいけなかった。
制作面でも、中身の作り込みとしても後悔とまではいかないが、思うところはある。悔いがあるわけでは決してないのだが。

これを書いているのは12月31日早朝未明、29日は名古屋や仙台、東京で活動する劇団の作品を実に6団体分、一息に観る機会があった。それを観たからこそ抱く反省点もあるだろうし、終わった直後から思うところもあった。
僕はまだまだ足りないものの方が圧倒的に多くて、それってやっぱり思いついた瞬間に「あ、面白い」と思ったそれを元手に人前で披露する作品を作る人間からすれば完全なる敗北なのだ。
敗北のない発展も稀有だろうから、今回の経験や反省が無駄だったとは口が裂けても言えないけれど。
そして勿論、自分がつまらないものを作ったわけではない事はわかっているしこれからもそれは、きっとそうだ。

打ち上げはかしやま君と田中さんと、そして店長 本多さんと。
兎に角恐縮しきりで、またしても僕は奮起するきっかけを貰ったと言って良い。


『仰天の"い"』より。僕とかしやま君。

どれだけこうやって書き連ねても「まだ足りない、まだまだ足りない」って毎日思ってる。
人に知って貰いたいわけではない、こういう日記やブログでさえも思いのままに書けない、満足出来ない人間が満足出来る作品を作れるのだろうかっていう単純な疑問からだ。だから何度も加筆修正してしまうのだろう。
何であるにしても100%をアウトプット出来る人間でいたい、と切実に思う。
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12月を振り返って-21st Anniversary Schizoid Man-


12月22日は新栄CLB ROCK'N'ROLLの21周年を祝うべく自分主催で「舟橋孝裕ワンマンライブ-21st Anniversary Schizoid Man-」を挙行した。
以前ここにも書いたけれども、僕が所属/参加/助演するバンドに集まって貰って熾烈な演奏を繰り広げる一日。いずれのバンドもベースギターは勿論僕。
ワンマンライブって名前の割に、どうしてもそういう感じにはモチベーション的になれなかったので各バンドには兎に角普段通りで、特に僕をフューチャーするとかではなく当たり前の様に良い演奏をしよう、と一緒に演奏する人間として出演をお願いした。結果的に当初描いていた出演陣、全バンドが出演してくれて舟橋は本当に満足。


ナトリネ
本人達は「誘われて驚いた」と言っていたけれども僕からすればもうナトリネはこういう場にいないと違和感さえある存在。それくらい濃密な関わり方をしたと少ない回数ながら演奏を共にした人間として思うし、やっぱりこの人達の創る音楽は素敵だ。
予定していた練習二回のうち一回を僕の風邪でキャンセルしてしまって、しかもそれでいてセットリストに(僕は初演奏の)新曲が入っていたりで何気に一番緊張したかもしれない。でも演奏はうまくいったしナトリネの音楽の中で自分的に果たさなければならない役割は果たせたのではないかと思っている。


パイプカツトマミヰズ
この日一番気負う事なく、良い意味でステージにブラリと立ってそのまま演奏を始める事が出来た。変に気負ってもこのバンドでは良くない。兎に角ただただ良い演奏を、という発想で目の前で起こる事に対応すれば良い演奏が出来る領域までこのバンドに深く立ち入る事が出来た、と思っている。しかし各務君に伊藤君の二人のボランティアメンバーはあれはもうびっくり人間だな。吉田君のMCも普段通り、だけれどもちょっとしたメンバー間の信頼関係みたいなものを感じちゃって(多分、僕の勘違いだけどね!)それも相まって良い演奏が出来たっていうのは書いておかねばなりますまい。駒田君もこの日は汗をほとばしらせながら良い演奏をしていた。


孤独部
本番一週間前の段階でもどんな事をやるか決まっておらず、それでも何も不安に思わなかったし本番当日まで練習らしい練習も、打ち合わせらしい打ち合わせもほとんどなく僕とかしやま君はステージに立った。
「普段通り」っていうのが孤独部に於いては成立しない。かしやま君はこの日ステージの上で僕との出逢いから僕とどんな時間を過ごしたかを、温度の通った言葉で謳った。僕はそれにベースギターでちょっとした音を添えただけ。
それっていうのは何だろう、ちょっとした公開ノロケのようでもあったけれども彼が語り始めて数分後に胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
彼と僕の時間をテーマにした彼の作品が、多くの人に好評だったようで僕も嬉しいです。


i GO
当日まで完全シークレットだった割に、そういえば不思議と誰も驚いていなかったi GO兄貴達の登場。
この日は茜谷さんがギターを持たず、全曲ピンボーカル。久しぶりに弾く曲から初めて演奏する曲まで、何だか感慨深いものがあった。
力んでしまったのか、i GOの演奏中に手元に違和感を感じてふと見るとピックが血まみれに。右手の人差し指が弦でえぐれたのか、出血していた。痛みもなかったし傷もそんなに深くなかったのだけれども、血だけは一杯出ちゃったもんだから見た目だけは陰惨になってしまった(その状態で演奏を続けた結果が一番上の画像)。
忙しい中、無理言って出て頂きました。有難うございます!


ワッペリン
この日、ライブ中に発表があったけれども僕は年内一杯でこのバンドを脱退する事になった。
理由はバンドマンとしてのスタンスの違い。
そういう状況もあって練習も噛み締めるように、丁寧に丁寧に3人で行ってきたけれどもそういう積み重ねてきたものを顕在化させる事が出来た演奏だったと思う。
もうあそこまでマイクに向かって歌う事もないのかと思うと寂しいものがあるけれど、実に良い経験が出来た。
ワッペリンと僕の今後を乞うご期待!


JONNY
皆、待ってたでしょう。
演奏を開始してすぐにフロアが洪水のような状態になり、ダイブが巻き起こるわ詰め寄ったお客さんによってマイクスタンドが倒れてくるわで大変な状態に。でも僕も本当に嬉しかったし、佐藤さんも篠田君もせんちょーも本当に嬉しそうだった。それぞれが異なった状況、場所でそれぞれの表現活動を続けて、で今回はこういう折角の機会なのでって事で篠田君も忙しい中、名古屋にやって来てくれた。当日朝、本当に久しぶりに入った練習でも彼が全く変わっていない事がわかったし、ライブ中も篠田君自身、自分が「JONNYの篠田」である事を楽しんでいたように思う。
そしてそれが無性に嬉しかった。
興奮して今までだったら混沌としていた演奏も、地に足をつけて堅実に出来たと思う。JONNYでしたかった、するべきだった演奏がやっと出来たんじゃないかと僕は思っている。
本当に楽しかったし、充実感があった。またやろう、やらないわけにはいかないな。


リハーサルから本番まで、6バンド分やるわけでこの日はここ最近で一番ベースギターを弾いた。
ベースギター本体を替え、サンズアンプの設定を変え、アンプヘッドのつまみを変え、衣装を変え「まだまだいける!」と自分に激を入れながら、そのバンドに一番相応しいと思える「僕の音」を、「僕の演奏」をしようと躍起になった。得たものは物凄くあったし感じるところも壮絶にあった。
僕の人生最後の自分名義のワンマンライブは、こうして終わった。
次は、バンドで挑むワンマンライブをやろうと思う。



この熱量、この気迫、そしてこの美しさに憧れてずっとバンド活動をやってきた。
きっとこれからも憧れ続けるでしょう。

12月を振り返って -犬丸ラーメン-

や、どうもご無沙汰。舟橋です。
毎日毎日考える事や準備する事が多くってなかなか更新する気になれなかったよ(※時間がなかったわけではない)。
でもやっと一息つけたので書こうと思います。
しかし僕は駄目だなあ。大きなイベント事に向かう時や、頭の中でぐるぐる色々考えている時程こういうブログって書く甲斐があるんじゃあないのかい。これは2013年の僕から2014年の僕に向けての反省の一つ。

inumaru2013.jpg
2013年12月3日、大丸ラーメンコピーバンド「犬丸ラーメン」は再結成し今池HUCK FINNにて犬丸ラーメンの提供を行った。店舗再現は今回はせず(あれはワンマン公演だから出来たとも言える)、机を並べて出来るだけ多くの人に食べて頂けるよう11席用意した。調理担当 石黒君と「今回は100食を目標にしよう」と今までのざっと倍の量の食材を発注、大丸ラーメンがなくなった今、特注麺の製造をストップしていた製麺所様も「それだけまとまった数ならば」とこの日のために特注麺を100人分150玉、用意して下さった。
20時開店予定で告知をしていたのだけど、最初のお客さんが並ばれたのは19時半。一人並び出すとあとは物凄い勢いで行列が形成され、明け方5時までのんびりやろうと思っていた思惑は嬉しい裏切りにより打ち砕かれ、完全に食材がなくなった午前2時、今回の提供は終了した。合計120食。買い足し買い足しで繋いだとはいえ、よくここまで調理チームもやったと思う。
今池HUCK FINNをはじめとする「今池午前二時」チーム、本当に有難うございます。最早、犬丸ラーメンは貴方方あってのチームです。一つの物事に多くの人間であたるという快感。心地良い疲れに身を任せながら、器材を石黒君宅に運んでHUCK FINNに戻る車内でのはみちゃんとの会話が印象深い。あれは確かに何かを一緒に作り上げた人間同士の会話だ。
僕はもう、次回もやりたくなってるよ。
この日、新栄CLUB ROCK'N'ROLL営業終了後に食べに来て下さった店長本多さんがかけて下さった言葉、僕は恐らく一生忘れないと思う。色々と思索に耽っていた、そしてそれによって行動力を失いかけていた自分にとっては奮起するきっかけになった一日。犬丸ラーメン、またいつか。

22日は新栄CLUB ROCK'N'ROLLの21周年を記念して僕がセッティングした「舟橋孝裕ワンマンライブ-21st Anniversary Schizoid Man-」。それについてはまた次回。明日にでも書こうと思う。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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