BEHRINGER RV600 REVERB MACHINE


今日は購入以来、滅茶苦茶気に入っているBEHRINGER RV600 REVERB MACHINEについて書いてみる。

元はと言えば高野君(うみのて/ゲスバンド/THEピンクトカレフ)と高円寺の安い割に量は多いし味も良い中華料理屋で飲み食いした際に「あれはいいんだよ」と薦めて貰い、その後京都遠征で出会ったAmia Calvaの野末さんが良い音を出しており足元を見たらまさしくその「良いあれ」が置いてあった事から購入を決意、試奏もせずに「安いし」という理由で購入に踏み切ったわけなのだけれども、これが本当に物凄く良い。安い割に良い、ではなく良いのに安い。購入して以来様々な演奏で使い、オン/オフを繰り返している。で、「良いよ良いよ」とギタリスト、ベーシスト問わず薦めまくっている。
さあ、今夜もベースギターを繋いでスイッチオン。

このRV600、今調べてみた知ったんだけどLINE6の怪獣みたいな名前のコンパクトリバーブのコピーなんですね。価格は比べ物にならないけれど。
コントロールは原音とエフェクト音のバランスを決めるMIX(左に回しきると原音のみ、右に回しきるとエフェクト音のみ。ここが愛好家達のポイントで、リバーブ音だけを出力出来るリバーブって意外とないそうな)、リバーブ音の減衰具合を調節するDECAY(左に回しきると結構すぐに減衰、右に回しきるとどこまで続くのってくらい減衰しない)、リバーブがかかりはじめる時間を調節するTIME(左に回しきると入力があってすぐにかかるし、右に回しきると少し遅れてかかり始める。ちなみにモードによってはここをグリグリすると発振ノイズを楽しめる)、リバーブ音のトーンコントロールであるTONE(左に回せば回す程ダークなトーンになり、右に回していくと高域が増えて攻撃的な音になってくる)、そしてエフェクトをオフにした時にリバーブ音を残すか、リバーブ音もバッサリとオフにするかを決めるTRAILSスイッチ(ここが意外と曲者で、これをオンにしておくとバイパス時にもMIXコントロールが効いてしまう。つまりリバーブ音だけを出力したい場合にはTRAILはオフにしておかないとバイパス時にも音が出ない)、11種類のモードが選べるMODE(各モードもスプリングリバーブのビチャビチャ感をしっかりと楽しませてくれるSPRING、なんちゃってオルガンサウンドが楽しめるSPACEと遊び心がありながら各モードが全てきちんと"らしさ"を出している)、と5コントロール+1スイッチ。
この設定の細かさが痒い所に手が届くというか、リバーブで出したい音、施したい演出が明確に見えている演奏者にはこんなに美味しいブツはなかなかないのではないかと思わされる由縁。漠然と「リリリリバーブを試したいんだな」と直感的に使おうとしてもわかりやすいので困る事はないです。
僕は普段は洞窟をイメージしたCAVEモードでMIXを時計でいう11時~1時くらいの間で調節して使っている。
操作性としてはエフェクトのオン/オフのタイミングがちょっとだけ変わっていて、踏み込んだ瞬間ではなく足を離した瞬間にエフェクトがオン/オフになる仕様。踏んでおいて足を離してオン/オフするっていう感覚。

僕が現時点でリバーブペダルに求める事は十二分に応えてくれます。尤も、僕もそんなに数多くのリバーブを試したわけではないのでひょっとしたら物凄くリバーブにこだわる人だったら「いや、まだまだ」ってなっちゃうかもしれないけれども、バンドアンサンブルに於いてこだわった部分が効果的に反映されるコントロールの幅は十二分にあると思う。僕は毎回「大体この辺りが好みだな」っていう設定で気持ちが入った瞬間に踏むようにしています。
ちょっと色気が出るというか、空間を表現出来るのでついつい踏んじゃう。
青色のボディに青色のLEDってのも雰囲気が出ていて良い。

まだお試しでない方、是非お試しあれ。安いし。
スポンサーサイト

変化の途中の記録

いつだったか読んだ雑誌で某有名ベーシストが『貴方は世界中飛び回って、しかも連日のようにライブをして疲れてしまったりうんざりする事はないんですか』という質問に「疲れるわけないよ。僕が演奏してお客さんが喜んで拍手や歓声をくれる。それだけで冗談じゃなくて疲れなんて吹き飛んでしまうよ」と答えていた。
別に僕は毎日毎晩のように人前でベースギターを弾いていたわけではないし、ライブをするにしても毎回良い反応が得られたわけではない。それこそフロアから何の反応もないようなライブも沢山あった。それは演奏の善し悪しとは関係なかった場合もあれば、そこに起因する場合もあったのだけれど。
けれどもそこには毎回、自分に対する挑戦や反省や、達成感があった。週に何度もライブをやったり、それこそライブの日に仕事の休みを頂くと、それだけで仕事で得る収入的にその月に休める日数以上の日数のお休みを申請しなければならなかった頃の話。

いつしか、人前に立つ機会は少しずつ減っていった。バンドやメンバーの都合だったり、自分の生活に起因する理由だったりで。そして初めて気付いた事がある。あのスケジュール帳がライブの予定で埋まる事が多かった頃、僕の健全な自己顕示欲のバランスは少なくともバンド活動でそのバランスがとれていたのだ、という事に。

5時間の練習より一度のライブを、とは時折耳にする話ではあるけれども、それを肌で感じながら大学卒業後、この約8年間バンド活動を続けてきた。時には遠征で県外に行き、帰ってきて筋肉痛や疲労が蓄積された体を引きずるようにライブハウスに向かった事もあった。けれども、それでもやはりライブは、バンド活動は楽しく充実したもので僕はどれだけ満足いかない演奏をしても「今に見てろよ」と鬱屈する事なく、否、鬱屈する暇さえない程次の演奏に、次の演奏の機会に心を奪われていた。次の演奏、その次の演奏、その次の演奏とライブを行っていきながら時々ちょっと振り返って「あれは良くなかった、あれはああするべきだった」と感じ入り、目前に迫った演奏の機会でそれをすぐさま実践する。
成功して成長するも、失敗して次に活かすも、何にしてもその場所はあったし、何より人前で演奏して批評されたり評価されたり、そういう事で自分自身がそれを受けて前進している実感があった。
その実感が僕をがむしゃらに突き動かし続けた原動力の一つだったっていうのはあながち言い過ぎでもないだろう。

ここ最近は一時期と比べれば本当に人前で演奏する機会が減ったと思う。贅沢を言っている自覚はある。それでも月に一度や二度はライブハウスのステージに立っているし、先の予定も決まっている。けれども、その感覚が僕からすると随分と長くって、僕はもう本当にうずうずする時期を通り越して変に焦ってしまっている。それっていうのは、全く完全にクリエイティヴではない。

かつての自分と現在の自分が変化するのは当たり前で、その変化っていうものに自分は軽く戸惑っている。
バンドをやるっていう事は、人前に立つっていう事は兎に角続ける事に意味がある、だなんて決して思わない。
創造性や、自負が失われたら僕はきっとその時にこういう事をもう辞めるんじゃないだろうか、と思う。
そういった意味で今僕はアウトプットをしたいという欲求が物凄くあって、有り余っていて、それの放出が思うようにいかないのでこういう、ちょっとだけ持て余してしまっている状態になっているんだなと思っている。
僕の事だからそのうちこのペースにも慣れるし、僕のように音楽やステージに立つ事で生計を立てているわけではない人間の年齢の重ね方=生活とのバランスの取り方、としては僕は僕の年齢からすればバランスの取り易いスパンに移行している最中である。僕自身がペースさえ掴めば、変に息苦しくなる事もないだろう。
無力感に苛まれて変に高ぶってしまう事もなくなるだろうし、SNSに自意識を撒き散らす愚行も減るだろう。

一度一度の演奏を今までもそうしてきた、それ以上に大事にしていこう。
生活をしている人間が作るもの作りをしよう。今回こうして書いている僕の変化って、僕の本質それ自体には変化はきたさない類のものなのだから。


友人宅で読んだ同人誌。
胸が熱くなる内容だった。専ら、男として、表紙から察するだろうけれど下半身的ではない、決してない理由で。

久しぶりの試験

今日は仕事的に「後々取得しておいた方が有利な資格」の試験でした。
これの取得は上司に「取得しておきなさい」と転職直後から言われており、視野には入っていたのだけれども仕事に慣れるのと私生活でバタバタしていたので勉強が後手後手にまわり、なんだかんだで諦めムードがうっすら漂っていたのも事実。
しかして諦めるわけにはいかんと相応に気合を入れて今日は名古屋駅付近にある試験会場に行ってきた。

試験のその日にインターネットにて公開されている模範解答と持ち帰ってきた問題用紙を照らし合わせて行った自己採点の結果、「あの勉強量でこれだけ点数取れたの!」って感じだったけれども、やはりというか何というか、不合格。
いや、やはり悔しい。半ば諦めていたとはいえ心の中で要領よくやって受かる!みたいな甘い発想があったのも事実。
情けない、ですね。

5月に再び同試験があるのでそれに向けて今度は余裕を持ってしっかりと勉強しようと評判の良い参考書を先程amazonで購入してみた。数日休んで、一から勉強し直して今度こそ資格取得したいと思います。

仕事も趣味も私生活も、全部やりたいならやっぱりそれぞれにちゃんと時間をかけないといけないよ。
わかりきっていた事だけど、身に染みた。
ので、今回受験して良かったです。

格好良い音楽を聴いたからブログを書こう。


bill laswell先生とFANUのアルバムより。
浅学であるもんだから初めてお名前をうかがったのだけど、FANUという方はヘルシンキ出身のブレイクビーツの名手、だそうで。ブレイクビーツって単語もよく聞くけれども実際どんなのか詳しくないから調べてみたのだけれども定義として「サンプリングされたドラムフレーズを、時間軸に沿って単音、もしくは任意の拍数(=音価)のサンプルに切り分け、それらをシーケンサーなどを用い元々のフレーズとは異なる順序で演奏し新たな楽曲を構成していく」技法だそう。成程。確かにそういう音楽ですね。
bill laswell先生のプロデュース作だそうで、ダークで格好良い。

今日は晩御飯を食べて試験勉強をして、そしてこんな時間まで起きている。
休み、だからだ。どうせ起きても勉強を意識の中心に据えての一日なのだからせめて生活時間だけでも休日感を。
貧乏性がこんなところまで滲んでていっけねえ!

夜中に思いついたままに書いてみる。

いよいよ今週末に控えた資格試験の勉強の合間に映画を観る。
時間的にはどっちがどっちの合間なのかはわからない配分になりかねないけども(映画、二時間だし)、精神的に中心に据えているのはどちらなのか、が問題だと思う。
課長はブラクユーモアを介する人なので(余談だけれども夏に転職して、またしても上司や先輩、同僚に恵まれたなあと思っている。誠実な人達と働くのはとかく自分が新参だと本当に有難い)「落ちたら馬鹿だぞ!」と励まして下さるし課長の上司も合格祈願にキットカットを下さった。今、職場では受験生に向けてキットカットを売っている。合格祈願の特別仕様。
一緒に受験する後輩と「プレッシャーに感じちゃうね」と笑いながら、試験までいよいよあと数日。兎にも角にも過去問をひたすらに繰り返し繰り返し解いている。論述問題は計算も含むもので、その総合的な知識を要求する難易度に一瞬絶句しかけたけれども親切にも試験範囲が提示されているのでちょっと土曜日、踏ん張ってみようと思っている。

正義や信念について考える。
僕は昔から半ば無意識に多数派を嫌ってきた。小学校のクラスでも、中学校のクラスでも、高校のクラスは多様化が進んでいたので違ったかな、大学のサークルでも僕は多数派というか主流派を声高にではないにしても内心嫌ってきた。
どこでもその集団に馴染めない少数と肩を並べてきたわけなのだけれども、ではそれは一体何故かと思い返したわけだ。
その思索の果てが「何故アンパンマンが嫌いなのか」に至った瞬間、嫌いなのは盲目的に集団の正義を振りかざす行為だ、と気づいた。
異端を排除しようとするクラスメートを眺めて異端に惹かれたのではなく、当時流行していた音楽を「皆が愛するから」という動機で愛する発想が嫌いなのではなく、そのどこか根拠のない行為に薄ら寒いものを感じていたのだと思う。
と同時に僕はきっとそれを嫌悪する自分の根拠のなさにも気づいていた。多数派が嫌い、だなんて多数派である事よりももっと恥ずかしいというか、なんというか。
けれども何となく絶対的な正義という概念と信念の取り合わせってやっぱり違和感を感じてしまう。
絶対的な正義という概念に違和感を感じるのではなく、それを絶対的なものだと認識しないまま盲目的に信仰し、信念だとしてしまう事に、である。
けれどもやっぱり言葉にすると途端に寒々しくなるね、こういう話って。そういうのを論じちゃう自分が一番寒々しいと感じています、今。

日陰者って言葉は便利だね。
色々なものを肯定してしまう。

パイプカツトマミヰズpresents「バレンタイン奉仕活動」のお知らせ

pipe_uhehe.jpg
何の気の迷いか、試しに自分の参加しているバンド名でイメージ検索をかけてみた@Google先生。
今よりも遥かに太っている吉田君の画像と、楽器を振り上げている、とても演奏中とは思えないようなライブ写真が何枚か出てきた。あとは僕のブログの画像。
いつまでも、例え50歳になってもアクロバティックなライブをしていたい、と思う。アクロバティックな演奏っていうのは僕の印象だと少し前に流行って、今は一時期程取り沙汰されない。一頃は「物凄く暴れる」事が高度な演奏技術と同じ程もてはやされた(少なくとも一部の界隈で)時期があったのだ。暴れながら演奏するっていうのは面白い、何が面白いって結局しっかり(この場合のしっかりってのも難しい言葉だよな)演奏していなければそれって結局どれだけ暴れようとも演奏にはならないからだ。
演奏しながら異常な運動能力を発揮する、否、そうしないと演奏出来ないんじゃないかっていうくらいのバンドマンっていうのは僕も当然憧れた。暴れる、のではなくやってしまう、って表現が適切だろうか。
僕も一時期はついつい興奮して頭の中が真っ白になる時期があった。けれどもここ最近、そうあれは或る日のパイプカツトマミヰズの演奏で、ステージ上の熱量と遊び心がフロアとの断絶を境目に鳴り響かなかったあの日、僕は何故だかふっと「これはただの狂騒状態だ」と気づいたのだ。全員が全員狂騒状態だとそれはインスタントな興奮しか生み出さないし、何より僕はその瞬間確かに「そうしたくなかった」。
僕は一拍置いて冷静に演奏する事を決意し、狂騒による混沌の中、兎に角集中する事に努めた。
その瞬間だ、ステージ上の混沌がちゃんと形となって混沌としたライブになったのは。
その後、その瞬間の実感を反芻して僕は自分の過ちを確信する事となる。或る瞬間に於いては興奮よりも冷静さを優先すべきであり、そして肉体の興奮以上に或る種の冷静さと集中は演奏者自身の熱量を打ち出す事になる、と。
それまで生き残りのアンサンブルだったパイプカツトマミヰズでの演奏に於いて、そうやって僕の意識は変わった。
やっぱり僕はアクロバティックな「ライブ」をしていたいと思う。

おいおい、導入のつもりが随分と長くなっちまったよ。
結局何が言いたいかっていうとですね、パイプカツトマミヰズは企画を行います。


2014年2月15日(土)@新栄CLUB ROCK'N'ROLL
パイプカットマミヰズ プレゼンツ「バレンタイン奉仕活動」

出演:
パイプカツトマミヰズ
センチメント
ザ・ヒューマンズ
Emily likes tennis


開場18:30/開演19:00 
前売¥2000/当日¥2300(D代別途¥500必要)



滅茶苦茶久しぶりじゃないか、パイプカツトマミヰズで企画を行うの。
今回は新栄CLUB ROCK'N'ROLLとの共催という形で、東京からEmily likes tennisをご招待。
最高だよ、ELT。


去年共演歴も何もない僕達を「ライブを観て格好良かったから」というシンプル極まりない、だけれどもバンドマンとしては血が沸き肉踊る理由で東京に呼んでくれたELTのライブを観て、僕達は全く同じ動機で彼らを名古屋に遠くない未来に呼ぶ事を決意したのだった。使命感、と言っても良いと思う。帰りの車中、新東名高速道路をレンタルしたハイエースを転がしながら吉田君は「彼らを名古屋に呼ぼうと思う。恩に報いなければならぬ。何より彼らは格好良い」と宣言したのだった。そして今回、想像していたよりも早く吉田君はその構想を現実のものとした。
名古屋で待ってる、ELT。あの新宿motionを興奮に巻き込んだ演奏を是非名古屋で!
名古屋の皆さん、是非彼らをご覧頂きたい。

そしてこの日はバレンタイ奉仕活動という事で、僕は頑張ってチョコを貰えなかった報われない男子達のために全力で演奏しようと思う。僕は貰えるんじゃないかな、と予想してるけどね。ヘッ!
あ、ハッピーな目に遭った方も是非お越し下さい。分け隔てなく、楽しませます。

スタジオのカメラより


「久しぶりにスタジオに入ったな」と思ってツイートしたのだけど思い返せば実際丸々ッと一週間以上間が空いていた。かつてのペースを考えるとなかなか、ない。
そりゃあそうだよな、とも思う。実質活動中のバンドがパイプカツトマミヰズだけになったからこそ起こる現象(社会人バンドなので予定が合わない時は本当に合わない)だ。
ただその分練習やインプットはしっかりしていて、こういう具合にゆったり自分の幅と言うか懐を深くしていく作業なじっくり取り組む時間も悪くないな、と思う。
僕みたいに世俗にまみれた人間なら、尚更の事そういう時間が必要だろう。
ちなみに今日のスタジオは特にバンドの練習ってわけではなくてちょっと興味のある技術があったのでそれの研究。
個人的に好きなドラマー氏とじっくりワイワイやりながら2時間やった。
やはり音を録音して聴き返すというのは大切な事だ。

朝起きた時は「今夜は早く寝よう」とか思っているのにいざ夜になると「もうちょっと、もうちょっと」と思ってしまう、この次官に於いても貧乏性なところはどうにかせねばなるまい。

「さいごのうた」と彼の話。

先週ぶりの芸小へ、今度は出演ではなく手伝いで二日間通ってきた。
あ、少しだけ顔出したのも入れると三日間か。

孤独部第二回本公演「さいごのうた」。それにまつわる、ちょっとした思い出話。専ら、彼についての。
愛知芸術文化センター小ホールの広さは、先週行ったばかりだからすぐわかる。というか先週行った際にもこの二日間の、彼のやろうとしている事を思って「まじかよ」と思った。だってさ、芸小で25歳の男が(年齢って問題ではないけれども、この場合は活動歴と捉えて頂ければ)一人芝居で単独公演を行うってんだから。2日間、合計3公演。
そりゃあやる事自体は誰だって出来る。然るべき手続きと、あとは元手となるものさえあれば誰だって場所をおさえて単独公演を行う事は可能だろう。だけれども、どんな25歳でも出来るだろうけれどもどんな25歳も行わなかった事をやるってんだから気概を感じる。
公演日時自体は一年程前に決まっていた。そして僕はその公演の手伝い、中身の方の手伝いで参加を要請されていた。
音楽を演奏するはずだったし実際結構な人数の人間が彼のその目標に向かって集まったと記憶している。彼自身も必死だっただろう。
しかし、彼は相応の時間を重ねた結果、一人でその大舞台に挑む事を選んだ。
最初は思わず笑ってしまった。
「おいおい、本気かよ」と。本気だった。
ずっと、彼はそういう男だった。

何なら3公演全部観に行こう、と思っていた時に本人から「手伝ってくれませんか」と連絡を貰った。
断るはずがない。内容がなんだって僕は手伝う気でいたし、彼の頼み方っていうのは実に心を打ったのだった。その、なんだね、兎に角参加して欲しいっていう気持ちを勝手に感じちゃったんだね。

で、昨日と今日と僕は音響ブースにてフェーダーを上げ下げしたりituneの再生ボタンを押したり、何より嬉しかったのが開演前の前説をやらせて貰ったりした。音響ブースの中でマイクに向かって注意事項を読み上げる。なんて事ない役割かもしれないけれども、僕は結局一度も噛まずに、自分でも驚くくらい気持ち良く読み上げる事が出来た。
あとは、彼の邪魔にならないように、けれども自分が思う彼と自分との距離感を考えてひょっとしたら何か出来るかもしれない、と彼の近くをウロウロしたりとりとめのない話をしたり真面目な話をしたりした。
彼は舞台の下ではあまりにも温度を感じさせる人間だ。人を受け入れない、距離感をとる人間だと言う人もいる。けれどもなんだか長くもないけれども密度を感じさせる時間を重ねてきた結果、距離感とか親密さってさほど問題でもなくなった。僕の事をよく知らない、と言う彼に対して僕は彼が結構僕の事を知っている事を知っているし多分彼も僕がそう思っている事は知っているんじゃあないかと思う。
そういう人間に対しては僕はどこまでも純粋に向き合える。純粋に、彼のこの本気の公演を成功させる手伝いをしようと思った。

通し稽古を通じて合計5回、彼の作品を観た。どれも内容が違うもので、中には180度真反対のベクトルを向いたものさえあった。けれどもどれも彼そのものだった。何てドキュメンタリーな男なんだろう。
作品の中身について細かく書く気はないけれども、千秋楽の最後の回、昼の部を終えて疲れてはいるけれども目だけは決して挑戦する事を、自分に対して真摯である事を諦めない彼の目つきに僕は一人感じ入ってしまったものだ。

千秋楽、音響ブースの中で僕は涙を流していた。
彼の言葉、彼の立ち振る舞い、彼の放つオーラに僕は心を掴まれて、感動していた。彼の孤独っていうのは何て深くて、何て心を揺さぶるのだろう。
人が作ったもので涙を流す、そして作り手として打ちのめされる事っていうのは痛快だ。それ以降はずっと音響ブースの中で立ち上がって彼の作品を見守った。いやはや、本当に良いものを観た。

お疲れ様でした、樫山重光君。
良いものを観せてくれて有難う。忘れない、得難い時間でした。


ものを作るという行為


最近は「ものを作るという事」についてよく考える。

嘘だ、ずっとずっと考えてきた。時に漠然と、時に緻密に、時に真摯に、時に適度な距離感で、時に投げやりに、ずっとずっと考えてきた。
作るという行為そのものについて、作るという過程について、作ったその先、作ったものがどこに何をもたらすか、作り続ける事、そのために必要な事、それの楽しさ、それにまつわる煩わしい諸々、何かを作ってそれを人に提供する、披露する人間として当たり前な程度には考えてきたつもりだ。
そしてその都度、その時の自分に相応しい、相応しいと思える/思いたい、その時の自分を鼓舞したり奮い立たせたり、時には一息つくためにちょっとだけ甘やかしたりするために、その時なりの答えを出してきた。

ここ最近はだがしかし、もっともっと根本的な「では何故俺はものを作るのか」という事について自分の人生と照らし合わせて考えている。動機、というか目的というか、そういう類の話。
そこで思い返す今まで自分が作ってきたもの達。
幼稚園の頃に作った紙で作った怪獣は自分が楽しく遊ぶため、小学生の頃に勝手に作った壁新聞は自分が面白がるため、中学生の頃に書いた小説は思い付きを具現化するため、高校時代に作ったバンドはやってみたかったから、大学卒業の頃に組んだバンドは気のあう仲間と楽しく遊ぶため、そのバンドで作った壁新聞は音源は自分達の表現欲求に忠実にあらんとするがため、そのバンドでプレスまでして作ったアルバムは自分達が作ったものをもっと良い品質で人様に「自慢」するため。これはその後も何度も繰り返した。その時一緒にものを作った人間達との「どうだ、俺達こんなに良いものを作ったんだぞ」という自慢だ。28歳の冬に作った演劇作品は自分の頭の中を、いや人生を、その時の生き方を人の眼前で叩きつけるために作った。

結局、僕は僕のためにものを作り続けてそれを面白がって楽しんでいる。
惰性で続けた事も時にはあったかもしれないけれど、そういうのは記憶に残っている限り、僅かな回数ではあったけれどことごとく失敗した。
人は自分の表現欲求が一定以上に高まると何かを作り、それを人前にて晒す。
評価や結果を気にして作るものよりも欲求に忠実であり続けた方が僕の場合は結果的に良いものを作った、と言えるだろう。それが評価された、されるは別の話として。

だから僕はものを作り続けるのだ。
作る事が目的ではない。やりたいから、やるのだという当たり前の結論に至った際にその力強さに思わず顔が綻んだ。

ラーメン屋の店主が言った。「2kgの麺はすり鉢で出します。言い方悪いですけれど、餌ですよ」

仕事でミスをして落ち込んだりするも、理解ある上司達に助けられている。尻拭いって意味でもそうだけど、ここ最近のポカの場合は理解ある対応という意味で。
失敗とは二度とそれをしないための勉強材料であるはずなので肝に銘じようと思った。
仕事とは自分にとってどういうものなのかという事を考える。少なくともただただ日銭を稼ぐためだけのものではないのは確かだ。

両親が海外旅行に旅立って、3日が経った。
楽しい友人や身近な人間のお陰で寂しい思いをするでもなく、僕は元気にやっている。生活力もなければ料理が得意なわけでもないので外食をして胃袋を満たすわけなのだが、歯ごたえを重視してチョップ(肉の塊部分)が幾分か多めに残してあるハンバーグステーキや400gの極太麺のラーメンや社員食堂で毎日顔を合わせるおじさんの作ってくれる定食を食べたりしている。社員食堂のおじさんはここぞとばかりにサービスしてくれ、毎日パンパンに膨れ上がった腹を抱えて僕は喫煙室で食後の一服をしている。

仕事が終わり、20時20分、急げば間に合うなって事で自転車をとばして愛すべきエフェクター専門店「エフェクターフリークス」へ向かう。
習慣上、定期的にインターネットで情報収集をして新製品や「安いけれども面白かったりエグい機材」(麺の太いラーメンが好きなバンドマンは傾向としてこういう器材を好む気がする、経験上)についての情報を集めているのだけれども最近はどうにもどれもこれも「おお!欲しい!」とモチベーションが上がらずにいたのだけれども、最近興味を抱いている音楽への探究心も相まってちょっと試してみたい機材が出てきたので慌てて買いに行ったというわけ。
閉店間際の店内へ駆け込んだのだが、顔馴染みの店員氏(彼はこのブログに登場した事も確かあったし彼がやっているバンドも確か登場したはずだ。彼は良いギターリストだ。僕の中では変態プレイヤーというよりかはトラディショナルな技工と表現技術を持った良いギターリストというイメージだが、そんな彼が気の狂ったようなペダルにも理解があるというのが嬉しい)が僕の腹が決まるまで待っていてくれた。
改めて書く機会もあるだろうから、今日のところはパス。しっかり書きたいもの。

思うがままにつらつらと文章を書き連ねた。
何が言いたいかっていうと結局、僕は元気だって事だ。



「こういうの好きならきっとこれも好きですよ」と薦められたvenetian snares。
成程、好きだ。薦められた曲も悪夢を見そうだったけれども、これも夢見が悪そう。

舟橋孝裕は連休を大いに楽しんだ。

三連休の話。
カレンダー通りにお休みを頂ける職場なので転職以降ちょくちょく連休というのを楽しんでいるのだけれども、大学卒業後約7年間、当たり前のようにライブがある日以外は仕事をしていたので土日休みってだけでもウハウハしちゃうのに三連休ともなると気分としては長期休暇、前日から「さて何しようかな」と舌なめずりしてこの三日間を楽しみにしていた。ちょっと駆け足気味になるけれども振り返って記録をつけておく。

1月11日(土)
この日は愛知芸術文化センター小ホールにてベースギターを弾いた。
バンドメンバーである佐藤さんも役者として出演しているミュージカル『サ××ド・オブ・ミュージック』の回替りゲストコーナーに「舟橋さんらしいパフォーマンスを5分程」と呼んで頂いたのだった。
他の回の方は物凄い豪華な方がゲストとして出演されたりするわけで、ちょっと恐縮だけれどもバンドマンとして呼ばれたわけだし、期待以上のものを全力で出しきらねばならぬ。
ベースアンプがない中ではあるけれども音響チームと制作チームのご厚意により、迫力のある音で快適な環境で本番を迎える事が出来た。
公演に音楽を添える演奏チームとして参加されていたケンタロヲさんとの即興演奏を行ったのだけど、第一に目的として音楽を聴きに来ているわけではないお客さんを相手にしているという事を念頭に於いて「肉体表現を主軸に据えたダイナミックさ」を心掛けて出ていった。
折角劇場なんだし、と拙いながらに小芝居をして(この蛮行を何としよう。背後には出演されてる役者さんがズラリと並んでおられたのだ!)ベースギターを掻き鳴らし、叩き、振り回し、転がり、吠えた。
小ホールのステージは広い。前夜に用意した10メートルのシールドケーブル2本が大いに役に立った。転がるのにも気持ちの余裕が持てた。ケーブルの長さはそのまま余裕に繋がると知った。

夜はちょっとした案件のためJR清洲駅まで自転車で出掛けた。片道約15キロメートルの道のりを自転車で走破するのはそれなりの達成感と充実感が得られた。
適度な運動は昂った精神状態を落ち着かせるのに良い。
眠くなったので昼まで就寝。


1月12日(日)
起床してからバンドの練習に。
その後新年会を兼ねて鶴舞駅前のお酒が飲める蕎麦屋さんでメンバーと時折ボランティアメンバーで参加してくれている星野ゆりさんと飲んだ。ビールジョッキ一杯で気持ち良くなれてしまう自分はつくづく安上がりなバンドマンだと思う。
中座して、大阪から友人が遊びに来ていたので彼女を囲む会に移動。もう十分に酔っ払っていたのでコーラをガブガブと飲み、笑い、そして語らった。ご近所さんの友人が「どうするー!カラオケ行くー!?」とアルコールによる興奮状態になっていたのでとりあえずゲームセンターに移動。そこからの女子二人とのカラオケ。
と書くと随分と色気のある話に思えるけれども、それは舟橋とカラオケに行った事がないから!僕ってキメの一曲とか十八番なんてないもんだから兎に角歌いやすいザ・ドリフターズや歌って楽しい植木等、アニメソングを連発する。モテるはずもないよ。
カラオケに行くまでは「眠い」とごねていた僕もしっかり朝方まで歌って帰宅。
あ、そういえば僕が夫ある人と不倫をしていたという噂が流れていた事があったそうだ。相手が美人だっただけに、思わず「したかったよ、んなもん!」と返してしまった。していません。


1月13日(月、祝日)
起床して、両親が一週間のオーストラリア旅行に行くのをパジャマ姿のまま見送る。
というわけでこの日から僕は実家でプチ独り暮らし状態。両親の寝心地が素晴らしいベッドで眠れるのが嬉しい。
夕方から今池HUCK FINNに入って、この日はパイプカツトマミヰズとしての今年初ライブ(としての、って微妙な言い回しな理由はこのエントリー参照)。
丁寧に堅実に、を心掛けて演奏したのだけれども(この場合、普段よりもっと心掛けている。前列3人が興奮すればする程より一層丁寧に弾こう、リフの骨をガツンと作ろう、となる。誠実ってよりかは美味しいところを取りたいってだけな気もするけれど、ね!)、どうしても興奮しきって4弦を変にチョーキングしたりベースが思わぬ方向に吹き飛びそうになったりした。
トリのサクラショック! 酒井さん側は持ち込みのVOXアンプにJC120にベースアンプに、とアンプの壁。髪の毛を根元5cm残して金髪に染めた氏はいよいよ外人っぽかった。馬鹿でかいけれども決して下品ではない轟音、あれはギタリスト冥利に尽きるだろうなあ。
帰宅して結構早めの時間に就寝。



人力ドラムンベースに興味を持っている。
この動画でベースギターを使ってベースギターとは思えないベースサウンド(ややこしいな)をアウトプットしているのはjohn davisさん。
なんでもBOSS OC-2からエフェクト音だけ出力してそれにフィルターやファズをかけてこの音を作っているそう。
勉強になりますね。

深夜のラーメンは退廃の味。

最近何だか頻繁に喉が渇く。
食生活に原因があるのか、と自分の食生活を省みても昼⇒社員食堂にておかずと母手製のおにぎり、夜⇒自宅にて夕食or外食、夜食⇒コンビニで買ったり、深夜もやってるラーメン屋とか、と相変わらず何が変わったってわけでもなく、どうやら食生活に原因があるわけではないようだ。
一体、何が。と言いながらいっけねえ、お茶をペットボトルでグイグイ飲んでしまった。

今日は予定通り仕事を終えた後、地下鉄名城線名城公園にて下車、市の施設にて行われている『サ××ド・オブ・ミュージック』の稽古にお邪魔してきた。
自分のゲスト出演に関する打ち合わせを済ませ、後は稽古場所となっている活動室(市の施設っぽい良い名前。この部屋の大きさと貸出料金を知ったらバンドマンは普段自分達が借りている練習スタジオが防音設備と機材レンタル費込みの値段なのだ、と痛感出来るかと思う。つまりそれくらい安い)の隅っこに座って稽古の様子を見ていた。
ダンスの練習に励んだり、芝居の一シーンをそれこそ呼吸のレベルまでこだわって詰めていく様子を見て、率直に言ってしまえば背筋が伸びるような思いだった。
当日は劇場という環境とその場のシチュエーション、そして期待されている役割を考えた上で思いっきりやろうと思う。

帰宅してtwitterでエゴサーチをするとをポチポチ見ていると自分のバンドが「2013年ブレイクするかもしれない格好良い新人(?)バンド特集」にまとめられているのを発見した。
残念ながらパイプカツトマミヰズは2013年でブレイクする事はなかった。けれども遠方のバンドの自主企画に呼ばれたり大きなイベントに誘ってもらったり情熱溢れる個人イベンターさんに呼んで貰ったりetc.と前年に比べれば随分と人が関わった場所に出張る事が増えたように思う。つまり、それだけ知って、興味を持って、情熱を注いで下さる方が増えたという事で、これは長く楽しくバンドを続けて良いものを作っていく上では確かに前進と言える事だろうと思う。
我々の歩みがいつ上記まとめページをまとめて下さった方のもとへ、ひょっとしたらいるかもしれないこれを読んではいるもののパイプカツトマミヰズの演奏をご覧になった事がない、そんな貴方のもとへ到達するかはわからない。けれどもやるからには我々、ちゃんとやるつもりだ。勿論、そのちゃんとっていうのは何よりもまず自分達が楽しむ事、大いにふざけるっていう事も含まれてはいるのだが。

夜中に腹が減ったのでかじくんとラーメンを食べに行った。
山岡家というチェーン展開されているラーメン屋であそこまでジャンクっぽいラーメンが食べられるのが驚異的である。
まさしく喉が渇く一杯、である。特製味噌ラーメンは最高。



かつての美青年も老いて太った。
解散から再結成の間はローカルバンドでベースを弾いたりスタジオを経営したりしていたそうだ。
人前に出続けていたBenの外見があまり変わっていない事を考えると感じ入ってしまう。
だけれどもRobertのビッグマフをかけた強烈なファズベースに抜いたジャックをホットタッチする事で繰り出すノイズパーカッション(?)と変則的な演奏も健在、であるばかりか演奏は若かりし頃より円熟していて良い。
そう、年齢を重ねる事っていうのは楽しい事なんだ、悪い事ばかりじゃあないぜと教えて貰える良い一例。

自分で決めた何かをやり通すっていうのは気持ち的にも良い影響を生む、と実感している。

実は今月末に試験を受ける。
職業上取得しておいた方が後々の自分にとって有利な資格試験なのだけれども、学生時代ぶりに参考書なんかを買ってはほら、赤い下敷きみたいなのあったじゃないか、あの蛍光ペンで書いた部分を隠してくれる奴、あれなんかで正答を隠してはひたすら繰り返し問題を解き続けるっていうのをやっている。
どこかノスタルジックな感情を刺激する行為である。

合間合間で映画を観たり(例によってゾンビもの)、今週末に控えているミュージカルへのゲスト出演(詳しくはここ参照。舟橋はゲスト枠として与えられた5分程度の時間でベースギターをガツンと弾くつもりだ)の打ち合わせをしたり、ベースギターを弾いたりエフェクターの研究をしたりしている。つまり勉強時間以外は平常運転って事だ。
そう、ミュージカル出演、である。
JONNYの佐藤さんはここ何ヶ月かしっかり稽古に通いしっかり役者としてのスキルを(恐らくは)磨き上げて、その道で活動を繰り広げてきた強者の中に混じってこの作品『サ××ド・オブ・ミュージック』に出演している。今回のゲスト出演の話はそんな佐藤さんからの縁もあって頂戴した話なのだけれども、僕自身ミュージカルへの出演や芸術文化小劇場でのパフォーマンス等、普段なかなか観られない様々な瞬間を見られそうでとてもワクワクしている。
演劇という表現媒体に興味を持つ身としても大いに刺激になる事間違いなし。
明日は稽古にお邪魔してくる。



昔友人が作ってくれたファズペダルを引っ張り出して久しぶりにゆっくり触ってみた。
昔はどうにも手懐けられなかったこの一台、Z.Vexのベースファズのコピーなのだけれども今日触ってみたらとても具合が良かった。昔の僕って、歪ませ過ぎだったんだね。それで音がひしゃげちゃってどうにもならなかったのだけれども、ちゃんと具合を見ながら慎重に調節したら太くて「これぞファズ」って音が出た。周りがギャンギャン鳴ってる中では自己主張出来ないだろうけれども、古き良きベースファズサウンドが必要になる瞬間には引っ張り出してみようと思う。
僕のやってる音楽でも、時折そういう瞬間ってあったりする。

そろそろ30歳になるわけだし、健康を慮って減煙を再開した。一日10本まで減らして、そしてそれが当たり前になったらどんどん減らしていこうと思っている。増えた白髪や増えた腹まわりから端的に「加齢」というものを実感する。
少なくとも外見に関してはその言葉のイメージするものより随分と良い年齢の重ね方をしている、とは思うが。油断は大敵である。

本当に本当に本当にただの日記ですわいな、これ。

この週末はエフェクターを売ったりその足で友人達と大須をぶらぶらしたり(着物を購入するという友人がいたのでついて見ていたのだけど、いやあ面白い。見識が広がった)していた。
中でも自分でもニヤリとしてしまう時間の過ごし方は日曜の夕方以降から「処刑山」と海外ドラマの「ウォーキングデッド」をブッ続けで観た事。もうね、兎に角ゾンビ。ゾンビからのゾンビ。
「処刑山」は雪山に眠るナチスの大隊がゾンビになって若者に襲いかかるというノルウェー製、コメディー要素のあるホラー。「ウォーキングデッド」は大人気のシリーズもの。文明社会がゾンビによる一大パニックで滅んだ後を懸命に生きる人達を描く。
全然経路は違うけれども、ゾンビってテーマでまとめてみるとまあ、何だろう、この有意義だけど駄目な気分になる時間の過ごし方は。あ、いや、ニヤニヤしちゃうのだけどね。

たまには意味深な事も憂鬱が香るようなメランコリックな文章も、色々なものが渦巻く腹の底の気配を感じさせる啖呵もなしにブログを終えよう。
替わりに、とってもナイスなミュージックを!



映画『ファントム・オブ・パラダイス』のEDテーマで劇中でも悪徳プロデューサーを演じたポール・ウィリアムスが歌う名曲。海外の歌番組に出演時の映像だと思われるけれども、仰々しい演出が楽しいなあ。
小柄なポールはその体格だからこそ何だか仙人めいた風格を醸していますね。
曲も前半のダークな感じから後半の楽しいセクションまで、ウィットとブラックユーモアに満ちてる人生のような、そんな曲ですね。

2014年演奏初め

2014年の演奏初めはパイプカツトマミヰズで新栄CLUB ROCK'N'ROLLの新年会にて。
しかしいつもの演奏ではない、GOING STEADYのコピーバンドとしての演奏だった。バンド名を店長 本多さんから尋ねられて独断で「パイピングステディ」としたのだけどこのわかりやすいネーミングは確かにわかりやすいけど、ちょっと自分でも直球過ぎたな、と思う。
開場直前に出演者全員でビール瓶で乾杯をした。前夜の唯一の練習後、2時間しか寝ずに仕事初めをしてきた自分の体調をちょっと侮り過ぎたようであっという間に酔っ払う、どころか酩酊してしまう。嘔吐。

嘔吐という行為は決して嫌いではない。体調がリセットされる感じもあるし、あの自分が紛れもなく生き物であるという変な生々しさがその気にさせるというのもある。「オラ、やってやんぞ」という気持ちになる。アルコールがまわった脳味噌で今日も「オラ、やってやんぞ」となってステージに上がった。

憶えきれなかったコード進行を大きくカンニングペーパーに書いてマイクスタンドに貼る事で演奏の熱量を確保し、Turbo RATでガンガンに歪ませて演奏した。アタックが張り出した、自分の中でのパンクっぽい音のイメージを実現出来た、と思う。共演した旧cumbers(大学時代の同期、落合君が所属しておりその昔やっていたバンドがライバルと意識していたQucumbersのメンバー+サポートメンバー2人のバンド。演奏曲はQucumbersのナンバーだったり、でグッとこみ上げてくるものがあった)の面々に出音を褒めて貰えて嬉しかった。

アルコールを摂取して大腕ふって出て行った割に、一曲目で機材を壊すわ演奏はグッチャグチャだわでそりゃあお世辞にも良いコピーバンドだったとは言えないだろうけれども、なんだろう、今後の演奏に反映出来る収穫(というか反省)もあったし何より一つのバンドの曲を久しぶりに4曲もコピーする事でそれなりにじっくりと取り組む事で勉強になった。
GOING STEADYは今までほとんどじっくり聴いた事がなくて(銀杏BOYZは聴いていた)今回ので本当に良いバンドだと思った。それだけでも大きな収穫。

最近アルコールを摂取すると自分の中の気難しい部分を痛感する。
憂鬱というのは自分自身で管理出来ている間は感性の友だと思っているけれども、それでも僕のここ最近顕在化してきた気難しさっていうのは同時に僕自身の卑俗さを象徴しているようで若干複雑な気持ちになる。
曰く、人が楽しそうにしていてその楽しさを120%共感出来ないと悔しくてならなくなる。
だからアルコールがある場所で自分が酔っ払って辟易している時に自分より楽しそうにしている人を見ると悔しくなるんだね。
これはお酒を飲むようになったからこそ気付いた感情かもしれない。
勿論、それだけではないんだろうけれども、さ。

最近こういう風に過ごすのが楽しかったりする。


沢山のお酒を提供したりフリーフードの鍋を準備したり、そればかりか旧cumbersではコーラスで飛び入りまで果たして大忙しだった星野さん。さきちゃんもそうだけどテキパキと動き回っている女性は可愛い。
くさくさした感情を弄ぶグロテスクなブログの最後は、口直しってわけじゃないけどそんな星野さんのファニーな魅力溢れる一枚でお別れしましょう。

新年のご挨拶

A HAPPY NEW YEAR!!
2014年!明けましておめでとうございます!
昨年は舟橋孝裕及び当ブログをご愛顧頂き誠に有難うございました。
今年もますます精進していく所存ですので何卒宜しくお願い申し上げます。

2013年は振り返ると変化の一年だった。
得たものと削ぎ落とされたものがどちらも物凄く多くあったし、それで考える事も一杯あった。
だけれどもその変化を僕は今現在「とても良い」と感じているだけに、こうして終えてみるととても良い一年だったのだと思う。2013年一年の変化を踏まえて、今年は新しく始める事もあるだろうし発展させようと思っている事もある。
年齢も、もうすぐ30歳になる。人生設計って奴はかれこれ半年程前から視野に入れてはいるけれどもそれに向けても邁進せねばならぬ。

2013年、最後の出勤を終え仕事を納め(転職も大きな出来事だったな、2013年)新栄CLUB ROCK'N'ROLLにてカウントダウンパーティーにワッペリンで出演。この日を最後に僕はこのバンドを脱退したわけなのだけれども、前夜の練習の時には「最後感ないねえ」「22日に出し切りましたもんねえ」とか話していたのだけれどもなんだかんだ3人ともちょっぴり3人でやってきたこの一年を振り返ったりして、うん、最後の最後にワッペリンでの活動の集大成的な演奏は出来たと思う。これからのワッペリンと、そして僕の活動にご期待下さいね。

2014年が訪れた頃、僕は地下鉄に乗っていた。秒読みをするでもなし「あ、明けたんだ」ってくらいなもんで、そんな風に呆気なく2013年は終わったのだった。ほんの一瞬去年を振り返ったりもしたけれど、それよりも今年への期待の方が大きかった。今年の抱負を友人と話したのだけれども、僕の抱負は「勝つ」。漠然としているけれどもあらゆる状況に於いても適用出来る豊富だと思う。ああ、そうだ、僕はまだまだ勝ちに行くぞ。
芝居小屋でカウントダウンイベントを終えた演劇関係の友人達に新年の挨拶をし、偶然出会ったたかにゃん(映像作家、そしてかつて一瞬組んだバンド、テレパシーズのドラマー)と友人と年越しそばを胃袋に入れようと無軌道に車を走らせてラーメンを食べた。何だかんだ戻った芝居小屋で打ち上げに混ざって顔馴染みの演出家、作家にビールを頂いてしっかり酔っ払って早朝帰宅。

起床したらもう昼過ぎで慌てて年賀状を書いた。
職業柄毎日触っていたというのに、書く暇というか心持ちがなかなか出来ず、結局書いたのは2014年。年賀状を書きながらこの時初めて「あ、2014年なんだな」と思った。普段なかなか手紙の類を出す機会がないだけに、こういう行為でお正月を実感する。悪い気はしないばかりか、幾許か気分が良かった。あれは多分、お正月のワクワク感って奴の片鱗なのだろうと思う。来年の年賀状こそは今年の間に出しておこうと心に誓いつつ、昨年の間に決めておいたエフェクター開きをするために大須はエフェクターフリークスへ。

本当はBOSSの旧い歪みものを購入しに行ったのだけれども、結局購入したのはこれ。


グニャーン!と変化するピッチの様に飛躍したい、という願掛けじゃないけどそういう気持ちも込めて購入。
ピッチベンドっていうの?アームモードが楽しい楽しい。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。
以下、ライブ予定。


12/28(水) 新栄DAYTRIVE
犬栓耳畜生

2017/1/07(土) 今池HUCKFINN
ONE BY ONE RECORDS レーベル10周年イベント
JONNY

1/08(日) ミソフェス2017(http://www.misofes.com/)
パイプカツトマミヰズ

1/08(日) 新栄DAYTRIVE&TRIM
パイプカツトマミヰズ


チケット予約はこの下の「お問合せ」より承っております。

お問い合わせ

お問い合わせ、出演オファー、サポート依頼等はこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

検索フォーム