30歳になった!

30歳になった。
前日まで別段感慨も何もなかったのだけれども、当日になって「ああ、これも一つの節目なんだなあ」と痛感する素敵なサプライズがあった。

いつも打ち上げで行く、最近は普通にご飯も食べに行くくらいお馴染みの中華料理屋で「ご飯を食べよう」と入っていくとそこで待ち受けていたのは仲の良い友人達。
(しまった、はかられた)と思うと同時に、普段から会ったりスタジオに入ったりしている面々が今日この日までこの会の事を伏せていたという事実に涙腺が緩んだ。誤魔化すように「聞いてないぞ」と喚く。
いや、本当に有難う、仲間達。


こんなケーキも


こんな素敵な沢山の贈り物もまさか貰えるだなんて思っていなかったもんだから、嬉しさも倍増。
僕って、愛して貰っていた。普段から一緒にいる友人達からの友情の深さを改めて痛感して、何よりもこの会やズラリと並んだお馴染みの顔ぶれが何よりの贈り物だ、と思った。口で言うと綺麗事っぽいけれども、本当に感動した。

なんて事はない、と思っていた三十路は、こうして沢山の人の好意によって節目なんだ、と痛感して始まった。
これからこの恩は返していきます。
ここをご覧になって下さっている皆さん、男は三十路からと言いますが気持ちを新たにどんどん重い白い事を具現化していくつもりなので、舟橋孝裕(30)を改めて宜しくお願いします。
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下呂から戻った日


下呂温泉より帰宅、最近はちょっとご無沙汰しちゃった孤独部の総帥こと樫山君ちに押し掛けてちょっと色々ご相談したり近況報告をしたり。

そのあと、どれくらいぶりなんだろ、兎に角壮絶に久しぶりに亀ちゃんに会ったよ。
亀ちゃん、ちょっと会わない間にバンドに入ってたりギターを買っていたよ。
なんでもフェンダーメキシコのジャズマスターを買ったらしくて、女子がジャズマスターを弾くっていう事にグッとくるのは僕だけではないはずだろうけれども、思わず拳を握って「っよしっ!」って言ってしまったよ。
ジャズマスターは自分がギターリストだったら弾いてただろうにな、ってくらいに格好良いと思う。

下呂への温泉旅行


祖母と温泉宿にて撮影した記念写真。
そう、今両親と母方の祖母と四人で下呂温泉に来ている。望川館という文字通り川を望む旅館でのんびりしている。
連休を利用した家族旅行だ。温泉に入って何をするでもなく、本当にただただゆっくりしている。


旅館のご飯。
伊勢牛や伊勢豚に舌鼓を売った。旅館のご飯でありがちな赤だしとご飯が出てくる頃にはお腹一杯、という状況もきっちり体験。


仲居さんが「良い時に来られましたね」と言っていたのだけど、丁度花火が打ち上げられる日取りだったようで。
旅館の部屋からばっちり見えた。テレビも灯りも消して家族と部屋から見る花火って、凄く良い思い出だ。

これを書いている今現在、二日目の朝。
朝風呂をきっちり済ませて、朝ごはんを食べて名古屋へ帰る。
温泉街では温泉街らしく、何をするでもなくのんびりと、ただただのんびりと過ごした。

24時には潜り込んだ旅館の布団で、夢を見た。
誰だったか覚えていないけれど、誰か親しい人間が
「最近の君のブログは何だか湿っぽいというか暗くていけない」
と言ってくる。
思い当たる節はそれこそ実体験でも思索上でもあったけれども、僕は
「そういうテイストを出していきたい頃合いなんだよ」
と苦し紛れに答えた。
きっと、どっちも僕の本音なんだろうな。


端的に言えばオクターヴファズは必殺技。

3月16日、AM10:40、起床。
お風呂に入って機材と荷物をまとめて、今池のジャパンレンタカーに集合。レンタルしたハイエースに機材を積み込んで京都へ向かう。先月の福岡への長距離移動を経験した結果、パイプカツトマミヰズチームは京都までなら「近いね」って感覚で行けるようになった。こうやってどんどん様々な経験をして、尻が軽くなっていけば良いと思う。
何か行動を起こす事のハードルや負担が減る方向でなら尻軽になるのも悪くない。

今回も行き帰りと同行してくれた敏腕友人(スタッフ契約なんて結んでいないし約束さえしていないのだけど、好意で手伝ってくれている)が京都に降り立つと「そういえばこんなラーメンがありましてね」と教えてくれる。
入り時間までまだ余裕もあったので不眠で集合場所に現れた吉田君を車に残し、皆で食べに行った。


新福菜館の中華そば(並)は見た目程味が濃くなく、そしてチャーシューが沢山入っていた。とても旨かった。折角名古屋から離れて演奏をしに行くのならその土地の旨いものを食べたい、と毎回思う。
そういうのがあるとないとではやっぱり思い出の量も変わってくるから。思い出が多くなるとそれは思い入れになってくる、なんて。

名古屋にも友人が少なくないらしい関西の女子が主催、彼女はどうやら神戸での演奏をきっかけに僕達を知ってくれたようで、それがきっかけとなりこの日僕達に出演オファーをくれた。聞いたのだけど、まだ19歳だってよ。そんな若い女の子が名古屋から京都まで呼んでくれるっていうんだから、本当にどこにご縁があるかわからない。縁が繋がって新しい縁を呼んで、そして新しい演奏の機会が生まれていく。
商業、としてやっているわけではない僕達のようなバンドはこういう自分達が気付きもしない、気付く間さえないような時間、気付く余地さえないくらいあずかり知らぬ所で生まれたきっかけが形になる事の繰り返しで色々な経験をしているのだなあ、とちょっと感慨深い思いに浸ってしまいましたよ。
土寄さん、本当に有難う。

で、僕の感慨と演奏の内容とは一切何の関係もない。いつも通り蹂躙するようなライブを、気楽に大真面目に遊び半分で真剣にふざけて見せつけるべきだ。
最近はどんどんどんどん骨と芯、という意識で演奏している。興奮して暴れまわる事とグッと押さえつけるような演奏は等価だ。等しく熱量を有する。今までならベースギターを放り出して駆けずり回ったり振り回して叫んでいた瞬間も、興奮して心の中で快哉を叫びながら演奏に集中出来るようになってきた。そしてやっぱりそれって凄く疲れるけれど、物凄く充実感がある。演奏はもっともっと良いものを、鋭いものをアウトプットしていきたい。

と、同時にどんどんシンプルになっていっていいんじゃあないか、少なくともこのバンドでは、とも思っている。
1か10か、で良い。他のバンドや音楽では3とか5とか7があって良いのだけど、色々と足元に並べて変化を出すくらいならシンプルに削ぎ落としていって、10の変化を必殺技にした方が、音色変化っていう部分での演奏表現に制限をかけた方が、そう、面白くなるのではないか、だなんてこの日は演奏後に特に強くそう思った。

こういう日って後々、「あ、転機だった」だなんて思えるようになるのかもね。

衝撃的なタンメンに出会った、の巻。

やる気が起きない時に無理に振り絞って動き出すと、意外と興に乗ってそのままモチベーションを取り戻すという事はよくある。一人で立ち向かうべき事案に殊更多い気がする。
そういう、なんだか取り組むのに重たい腰を上げなければならない案件が一つ動き出すと他の事案も片付けられるような気がするのは人間心理として当然だ。
最近は、そういう風に初動作を「よいしょっ」っと動き出してやるべき事が多い。モチベーションの問題ではなく、それに費やすべき時間と労力が少なくないというのがわかっているからであるのだが、意識的にそういう事柄を動かし始めたのがここ数日である。

私生活でそういう事柄が動き始めると意欲的に取り組んでいる事についてもより前向きに取り組めるから面白い。
僕っていう人間は何か一つしこりのようなものがあるとそれで全体的に引っ張られる人間なのだと再認識した。

仕事後、資格試験の勉強をして、制作が大詰めを迎えた映像作品の追加撮影に監督と赴く。
大仕事を依頼してしまい、かんとくにも随分と心労をかけてしまっているけれども、お陰様で距離がぐっと近くなった。
追加撮影、恐らくは最後の撮影になるであろう撮影で撮れた素材が大変良い感じだったので気分良いまま稲沢は「元祖タンメン」を謳う店へ。
前々から食べさせたいと言って貰っていたのだけれども、ようやく食べる事が出来た。
これが、べらぼうに旨かった。気分が良かったからというわけではあるまい。確かに人に自信を持って薦めるだけの事はある。一気呵成に啜り上げて綺麗に完食。想定していなかった替え玉までしてしまった。


一口目で衝撃を受ける私。
カメラマンだけあってこういうスナップさえもしっかりとしている。

家に帰り、また作業。
調子が良かったのはきっと気分が良かったという事と、タンメンが旨かったからだ。

「お前よりかは良いよ」というのは何の肯定的評価でもない。

何があったってわけでもないんだけど、年齢を重ねるにつれて許せないものが増えてきたなあと思う。
物事の経験値が人の見識を広げ、判断力や発想を養って思索を助けるのと同時に、その人自身の素養によっては経験値が見識を狭め、判断力や発想以前にルーチン的な思考しか出来なくする場合もあるのだな、と考えた。
そして何かを盲信する事に注ぐ力は魅力的でも、盲信した結果というのは得てして一時は自分自身を幸せにしても長期的に考えれば可能性への断絶へと繋がるのだろうな、とも。

ここ最近、舟橋はライブを2本やった。いずれもベースギターを弾いた。
1日目はドカンと、しかしきっちりと。2日目は手元の表現力に今まで以上に神経を注いで。
そんな二日間の話。いずれも新栄CLUB ROCK'N'ROLLでの演奏だ。

まずは9日。
昼頃に起きだしてマラソンによって通行止めになり、分断された今池-新栄間を歩道橋を駆使してパイプカツトマミヰズ(6人編成)の練習のためスタジオへ向かう。
パイプカツトマミヰズは社会人、社会人以上に働くパチンコ屋店員をメンバーに擁するので練習は休日しか出来ないしない。故にライブが土日だと当日練習っていうのもあるわけでこの日も入時間の前に一時間ばかし体を慣らす意味で練習に入った。
...メンバー全員揃わず!やっぱり通行止めって怖いんだね!
リハーサル後は大須へ手巻き煙草を仕入れに自転車で出掛ける。僕以外のメンバーはサイゼリ屋で飲んでいたようで、あそこはコストパフォーマンスが良いもんだから皆ワインをガバガバ飲んで泥酔して潰れて、復活して戻ってきたメンバーは当初二日酔い状態だった。
頭が痛い、と喚くメンバーと共にステージに上がる。かつての僕なら抜けているとは言え演奏前にアルコールを摂取する事自体に難色を示しただろうけれども、今は「そうであっても良い演奏が出来るなら別に」って感じの考え方である。どっちにしたって良い演奏をしてくれればそれで良い。極論であるという自覚を踏まえて言えば、人格破綻者だろうが博愛主義者だろうがチケット代とそれに対する情熱以上の衝撃を提供出来ればどんな状態であってもステージに上がる勝算はあるはずだ。
で、この日は結果的に単純な演奏の精度の話であれば疑問符が浮かばないわけでもないけれど、観る人の網膜に焼き付くようなライブをしたと思う。
僕は専ら音楽を構築する役割で検討出来た。駒田君と僕は最近わりかし、しっかり曲を提示する事に興味が向いている。

そして今日。
以前レコーディングに参加したMoNoSiRoというバンドのサポートでベースギターを弾いた。
2.5拍子+5拍子がイントロでAメロは2.5拍子+4拍子で、というようにとんでもない曲を演奏したりするわけだけれども、モチベーション的に手元で色々とやるという課題を自分に課そう、となっていて、実際足元にはオクターヴファズだけを置いて(いつも、これはもう100%といって良いだろう、繋いでるサンズアンプは勿論繋いだ)ピック弾き、指弾き、どこをピッキングするかどのようにピッキングするか、はたまた親指で弾いたりボリューム奏法に挑戦したり、と自分が普段の演奏ではあまり要求されない事に前向きに取り組む事が出来た。
パイプカツトマミヰズってそれこそ1か10か、みたいな演奏をした方がわかりやすいとは思うのだが、MoNoSiRoでの演奏はその間に3も5も7もあって、どちらが良いとかではなくて新鮮で楽しい。弾き応えがある。
この弾き応えっていうのが大事で、そこでテンションがワーッと上がってそれが演奏自体にもモチベーションや集中力の向上をもたらしているんじゃないかと考えるのだけれども、いやはや、変なミスもなく個人的には内々の狙い所もクリアー出来てある種の達成感を感じる演奏をする事が出来た。
MNoSiRoのサポートは今後も続けていくのでお時間合う方は是非。

ライブ後にご飯食べてビールを少し嗜んで、自宅へ楽器を置きに帰りここ最近ずっと切りたかった髪の毛を切って貰いに友人宅へ向かおうと夜の帳の中を自転車で疾走中、道端で抱き合う育ちの良さそうな女性と感じの良い男性、あれはそうだな、20代半ばくらいかな、そんな二人組が結構しっかりと抱き合っていた。
そのまま照れ笑いを浮かべてじゃれあいながら道を歩いていく二人を遠巻きに眺めながら、そうか、もうすぐ春が来るなと再認識したってわけ。

画像フォルダから最近のものを引っ張り出して書く日記。


少し前に大須のエフェクターフリークスで試したベースファズ。
これが滅法格好良かった。
真ん中のレバーを上下させると音が変わるというギミックも男の子の心をくすぐるし、VUメーターもRATEコントロールにあわせて緑色に発光を繰り返す。原音とのミックス機能もついてて実に優秀なペダルでしたなあ。
ライブで興奮して踏み壊しそうだから買えないけれども。っていうか32800円はこのペダルに関しては安いけれども、それでも今の僕には簡単に買える代物ではない。
いつか縁があればまた出会うでしょう。


最近煙草を手巻き煙草に変えた。
海外では低所得者の煙草、と言われるくらいなのだが、本当に安い。喫煙なんて元々体に悪いものだし生涯続ける趣味でもないぞ、と心に決めているからこれに変える事に抵抗はなかった。
巻く手間と一本あたりの満足感で本数も減りそうです。
これにしてから部屋が煙草臭くなくなったり、日常生活で人の体についた煙草の匂いに前より気がつくようになった事を考えると市販の紙巻煙草に化学物質が含まれているって話は本当なんじゃないか、と思っている。
だからといってオーガニックな手巻き煙草の方が体に良い、だなんて思わないけれど。喫煙は喫煙、と自戒している。

平日の休みを利用してゾンビ映画に出てきそうな、ちょっと都市部から離れたショッピングセンターへ遊びに行った。
映画館もあるしブックオフもあったしゲームセンターもあった。楽器を置いてるCD屋さんもあった。
普段の行動範囲外に出るというのは面白い。ただ遠出したってだけでワクワク出来るからだろう。



深夜だよ、そろそろ寝なさい、と自分に言い聞かせる曲。
バッハが作曲し、不眠症の伯爵のためにゴルトベルク少年が演奏したという逸話付きのこの曲は映画史上にその名を燦然と輝かすサイコスリラーの劇中でも効果的に使われた。
どこか物悲しく、憂鬱さを感じさせる曲だ。

楽しいサイクリング

2月最後の日は新栄CLUB ROCK'N'ROLLの座り公演にて舟橋ソロ=未確認尾行物体で出演。
出演者が物凄い人数、かつ出順はその場の空気による自己申告や指名制という前例がないイベントだった。
皆、歌が巧い。深夜までお客さんもしっかり残っていて、そりゃあそうだよなっていう良い雰囲気。
僕は今回は宮沢賢治の「フランドン農学校の豚」をかしやま君(孤独部)と伊藤誠人君とやった。
終演後、実に参考になるアドバイスを先輩から貰って、今度から早速活かしていこうと思う。やはりTPOだTPO。

今日、親しい人が口にした「貴方がどうなりたいかわからない」という言葉。
悪意も否定もそこにはなく、純粋な事実として向けられた言葉に僕は思わず「うん、そうだろうね」と答えた。
だって僕自身、わからないのだ。
この先、どうなりたいかだなんて考えようとした事さえほとんどなかったと言って良い。その時々によって答えは出せたりしたのだろうけれども、つまりそういう事だ。
改めて時間をかけて僕は「自分がどうなりたいのか」考えてみた。
結果、どうなりたいかというよりかはどうありたいか、に思索の方向は動いていった。どうなりたいか、は明確な答えはない。
例えば10年後にどうなっているか、目標を据えてそれに向かって動き出して1年、2年、3年...と時間を重ねたとして、その過程で旬なものを選択していった結果、当初設定したその目標自体が変わっていそうだ、と思った。
去年一年で僕は変化する事のネガティヴな面と、それ以上の面白さを知ったからだ。去年一年で僕におとずれた変化というのは決して僕の心安らぐものではなかった。まず自分を疑って「自分って良くもなく悪くもあって等身代なんだな」とやっと、29年間でようやく思い知る事が出来た。それってやぱり、それまで自分自身に妄信的になれていた人間からすると辛い事、でもそれてちゃっぱり甘えだけどね。
後々、内側から吹き出した疑問や信頼の失墜って、きっと外からも反響してくるもので、当然それがあった。最初はその大きさに驚いたものの、耳を塞ぐでもなく、その頃には僕は「変化も楽しいもんだぞ」だなんて思い始めていて。
結局何が一番罪悪って何かをしようとする際に自分自身に素直でないって事で、じゃあ信念らしい信念も、人に伝えたい生まれ持った何かも特になく、ただただ「面白い事を!」と渇望してきた僕は面白がるために、楽しむために後悔する前に次にそれを活かす事、そしてそれを楽しむために変化する事に対して肯定的である事だけは自分で決めようと思ったってわけ。手を変え品を変え、っていうのはそれだけできっと苦労する事だろうけれども本当にそれが必要ならばやるべきだ。

ただ勿論、この書き方ね、一番罪悪、とか素直、とか散々書いておいてナンだけども何が罪悪って判決を下すのは自分だし決心は自分自身で決めてるし何が面白い、何がつまらないって僕の感性で動くわけだからはたから見た際に僕のその感じってただの妄執だったりそういうものになってるのかもな、って事だけは意識しておかねば、自覚しておかねばならないなと思った。
勿論、生活っていうレベルでは目標はあったりするけれども、何かを作る人間としてはもう兎に角「楽しく楽しく、まずは自分が楽しく、それで人が楽しく」っていう程度のあり方しか言葉に出来ないのかもな。

非常に良いエクスキューズを貰ったと思っている。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。
以下、ライブ予定。


12/28(水) 新栄DAYTRIVE
犬栓耳畜生

2017/1/07(土) 今池HUCKFINN
ONE BY ONE RECORDS レーベル10周年イベント
JONNY

1/08(日) ミソフェス2017(http://www.misofes.com/)
パイプカツトマミヰズ

1/08(日) 新栄DAYTRIVE&TRIM
パイプカツトマミヰズ


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