さようなら、ラーメンのり平。

大学時代に通ったお店が今月一杯で閉店する、と聞いた。
それまでそこにあったものがなくなるって事くらい、僕は大丸の閉店で嫌という程痛感したはずだったのに、今回もまた、いざなくなると聞いて唖然とする事しか出来なかった。

サークルのライブの打ち上げを二次会までやっておきながら名残惜しくて始発までそこで盛り上がったり、合宿から帰ってきてそのままそこで飲み会になだれ込んだり、毎週金曜の部会の後はそこでワイワイやったり。
先輩に連れられて行った一年生の頃、同期とサークルの運営について議論を重ねた幹部時代、大学に泊まり込みで卒論を書き、夜中の三時に空腹を満たしに行った四年時、ちょっと手を出した後輩(♀)が別の後輩(♂)とその店から消えて、別にそうなる間柄でもなかった割に怒り狂ってその辺を狩った(大変痛々しい)卒業ライブの打ち上げ(もう8年も前の話だ)、あの店は学生時代の様々な瞬間を彩ってくれた。
卒業後も行く度に、たとえどれだけ間があこうと顔を忘れる事なく憶えていて下さる大将に、毎回嬉しくなったものだ。


ちょっと贅沢したい時はザルトロを食べた。


「世界で一番美味い生中」と定評があった。

ラーメンのり平は平成元年から八事で多くの学生の胃袋を満たして、いや、満たし続けてきた。


多くのメニューが、大将兄弟とともに多くの学生に愛されてきた。元学生、にも、勿論。

本当にご馳走様でした。
そしてお疲れ様でした。僕の学生時代を、素敵な思い出で彩ってくれて本当に有難うこざいました。
有難う、そしてさようなら、ラーメンのり平!!



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「ぼくんち」を終えて。

ここ一週間ばかりどうにもバタバタして、ここを更新する時間というか余裕みたいなものがなかった。いけないいけない。
とりあえず諸々落ち着いたので何があったのかを書いていきますね。

22日には久しぶりじゃないかな、舟橋企画「ぼくんち」@新栄CLUB ROCK'N'ROLLだった。
去年の暮れくらいから少し前までかな、自分の中に確実に憂鬱っていうものが、それまで全く存在していなかったのに突如として立ち塞がるようになって。何とはなしにやる気にならないとか、予定があるのにどうにも腰が重いとかそういうのが、時折あったりした。
まあ、これって結構当たり前にある事だと僕自身もそう思うし、健全な事なんじゃないのかな、と思うのだけど、そんな時に何だったかな、何の予定だかは忘れてしまったのだけど、ライブを観に行くのだったか映画を観に行くのだったか観劇しに行くのだったか、友達と遊びに行くのだったかご飯を食べに行くのだったか、何だったのかさえ忘れてしまったのだけど、僕はその日行かないといけない場所があって。だけれども何となく、積極的に行こうとっていうか移動しようっていう気にならなかった。
「○○に行かねばならないけど、むしろ○○がここまで来い」と場所に対して無茶な事さえ思った。

思うように、自分の好きな場所で、自分の好きなように面白いと思う事をやる際に「ライブハウスを部屋にしよう」と思ったのは多分、こんなある日の些細な、とるに足らない一瞬の思いが関係していると思う。
ものぐさで我儘な人間の思いを真に受けて、「場」を作ってみたらどうなるか。非日常的な「音楽」や「瞬間」や「時間」を作ってそれを人様に見せて楽しんで貰う側の人間として、この思い付きは荒唐無稽なものだったに違いない。だけれども想像しただけでワクワクしてしまった。自分の部屋でバンドが演奏している様子や、自分の部屋で芝居を上演したりしている様を想像して、その光景に笑ってしまった段階で今回の「ぼくんち」は実現に向けて動き出したのだった。

制作には九鬼君が手伝う、というには忍びない程深く関わってくれ、僕の思い付きをどんどん具現化してくれた。彼はそこに自分の美学(人の発想を具現化、実現に向けて動かす事に魅力を感じる素敵な男だ)を感じているので、僕もどんどん無茶な事を言い出して、でも彼もそれに乗っかって、と完全に「一緒に作って」いった。実際的な作業の部分はもうこれは自信を持って言うけれども半分以上九鬼君が担ったに違いないのだ。感謝はしない(何故なら共作した人間として素晴らしい作品を作った彼の腕前は賛美こそされども感謝されるものではないからだ。感謝するなら、そこまで僕の無茶に付き合った根気と情熱だろう)が尊敬に値する、計画力と遂行能力の高さ。
「これが本当にライブハウスか」「狂気さえ感じる」とお褒めの言葉を頂いた、ライブハウスに突如として現れた「部屋」は僕の発想と彼のスキルの作り出した作品だったと言って良い。


「ぼくんち」でくつろぐ僕。信じられないかもしれないが、新栄CLUB ROCK'N'ROLLのフロアである。左側に写っているステージがその証拠。

「面白い」シチュエーションを作り出したら「面白い」人達を呼びたくなるのは当たり前の事で、この日は折角ライブハウスがライブハウスらしくなくなったもんだから、こと音楽に限らず「面白い」人達を節操なくご招待しようと、まあそういう風に考えていたわけなんだね。
喜劇集団ホームシックシアター」はこの喜劇集団が一人、あいば君が客演していた作品を少し前に観劇、その時の彼の演技を見てつくづく面白いなあと痛感したからお声をかけさせて頂いた。
楽屋で若干緊張しているのも何とはなく空気で察していたし、こういうイベントで普段と違った場と雰囲気の中、笑いをとるっていうのは難しかったろうと思うけれども、しっかりとお客さん、笑っていた。脚本と演技で、どちらでも笑いが起きていて喜劇集団の名は伊達じゃあない、と感じた。そして、恐らく多分彼らがこの日の出演者の中で一番「ぼくんち」というイベントの事を意識してステージに上がっていただろうな、と思う。別にこれって必要な事ではないけれども、企画者の一人としては単純に、嬉しいです。名前も「ホームシックシアター」だし、良いご縁で繋がれたと思っています。

元YMD名義で福井から参戦してくれた山田君(ex.不完全密室殺人)。
彼は元バンドメンバーだから、とかではなくて僕が興味があったり面白いと思える人達を集める好きに集めるとは、と考えた時に「今のこの人がステージに上がったら何をするだろう」と物凄く興味があって。
出演オファーをした時は「音楽を引退しようと思っているけれども、シューゲイザーでもやるか」というその発言に戦慄(彼のやるシューゲイザーも観てみたかったが)させられたけれども、やる内容は本当に何でも良くて。30分という時間を作る=作品を作るその後ろ側にいる人間が信用出来ればもう何をやってもらってもいいと思って彼を呼んだ。
結局「音楽を辞めるのだから音楽は使わない」と決めて名古屋に来、当日会場をじっくりと見つめながら「パントマイムを用意していたのだけど微妙だから辞める」と語り、そんな山田君が選んだのは僕とのフリートークだった。
まったく、ずるいよな。そりゃあ知り合って10年も経つしその半分くらいは一緒にライブをやったりしていたのだ、呼吸がわからないわけがない。フリートークだけれども、物凄く安心感があったしやってて楽しかったし、彼は巧く僕を使って自分の持ち時間を「作品」にしたと思う。山田君、本当に有難う。

nkhsこと中橋広光君は、彼がかしやま君(孤独部)を追って映像を撮影している時に出会った。
センシティブそうだけれども、話してみると温厚で、どこか朴訥としており、しかし映像について話す時は物凄く落ち着いた目つきをする人だった。この人についてはもう完全に僕から興味本位で「何かご縁があったら誘って下さいね」と声をかけたらすぐさまその場で声をかけて下さり、それがご縁となって「また何か一緒に出来たらいいね」と、そういう間柄になったのであった。中橋君は僕が最近関わった人の中でも面白い「映像作家」という種類の人だったので出演をオファーした。
過去作品を上演しないか、と声をかけた僕に「ライブハウスで上演するならそれ用の作品を撮りたい。ただ条件としてまだ存在しない映画のための音楽を書いて下さい」と逆にオファーされ、面食らいつつもこの映像作家からの挑戦状を受けないわけにはいかぬ、とレコーディングを行い、3曲を彼に送った。FILM by MUSIC、という音楽ありきの映画という表現方法だそうで、僕も「これは面白い」と楽しみにしていたのだけれども、残念ながら撮影に入る直前に身内にご不幸があったようで、ただでさえ多忙だった彼は制作に入れなくなってしまった。「場を改めて上演します」との事なので楽しみである。
中橋君の映画は、ライブハウスの大きなスピーカーと大きなスクリーンで上演して、初めて気づいた点もあった。やっぱり、映像が綺麗、長方形の中に綺麗なものを、時間を、雰囲気を残せる人っていうのはそれだけで力強い。中橋君の作品は、それはそれは美しかった。

最後に、物凄く慣れてる場所なのに非日常感を一番感じさせてしまったのはこの人達ではないだろうか、ザ・ソファーズ
この人達とは僕がステージの上で生姜焼き定食を頬張った日に初共演し、そのキラキラした感じ、魔法のような素敵さ、「この人達絶対良い人」と信じたくなるような雰囲気の良さと、何より音楽に対する愛情に満ち溢れた良い音楽で完全にやられてしまい、かしやま君とライブを観ながら「最高じゃないか最高じゃないか」と興奮させられたのであった。
ザ・ソファーズの皆さんも僕の演目を楽しんで頂けたようで、それから後、しばらくしてから自主企画へ出演オファーを頂いた。けれども残念ながら日程がどうしてもあわず悔しい思いをさせられたのと、そういう「面白い事」(僕は自分が完成形だとは思わないけれどもつまらない事をやっている自信はない)に貪欲な人がこの日は音楽を演るべきだと思ったのとが合致、僕はザ・ソファーズへ出演オファーをしたのだった。
で、即日OKの連絡を頂いた。バンド活動だもの、諸々事情とかもあるだろうにまさか即日。その漢(メンバーの半数は素敵な女性だけれども)気にまた感じ入り、僕と九鬼君はこの日のザ・ソファーズの演奏をそれはもう無邪気に楽しみにしており、当日はその期待を上回る演奏をザ・ソファーズはしてくれたのだった。
最後の演目を、この人達の演奏にして良かった。
色々と盛り沢山だった一日だけれども、最後は素敵な音楽に体をユラユラさせる事で『場所』をライブハウスにお返しする事が出来たのではないかと、ライブハウスを部屋に奪っておきながらそんな事を思ったのだった。

この日沢山の「面白い」があった。
今回の企画のフライヤーに載せたキャッチコピーは、確か30秒くらい考えて決めた。
はからずも、今後の僕の一つの指標になるんじゃないかと、そんな風に考えている。
「想像できない」は面白い。
bokunchi_001.jpg

感謝、からのオクターヴファズ。

仕事を終えてそのまま自転車を漕いでライブハウスに向かって、っていうのを平日の夜にやるようになって思えば一年が経った。
最初こそそのサイクルは不安だったし(自転車を全力で漕いだ後の演奏の精度でもなければ、ましてやリハーサルなしでライブを行う事にでもない。単純に、間に合うのかという不安である)、色々ネガティブな要素を見つけ出してはナーバスになりかけもしたが、それも何度も繰り返すうちに慣れた、というかポジティブに捉えられるようになった。
自転車を漕いで既に開演しているライブハウスに入って慌ただしく準備をしてステージに立つのはむしろアドレナリンが出続けるから悪くないし、変に緊張(信じて貰えないかもしれないが、未だにライブ前は楽屋で緊張を押し殺している。これだけは何年やったって同じである
)、リハーサルなしでもやれるだけの対応力を培う時間は、平日でも休みをとったり遠征していた前職の頃に十分な経験値を積んでいたようで今のところ不備を感じた事はない。
平日の遠征、というのは確かに不可能になったが、気が付けばバンドメンバーも社会人、同じような状況なのでそれについて思い煩う事自体がなくなった。
一つだけ残念な点をあげるとすれば共演バンドの演奏をゆっくり観る事が難しくなった事だ。

かつては同じステージでしのぎを削ったバンドマン達、彼らの半数近くがもうステージに立っていない事、そして今尚自分がかつて程ではないにしてもライブ活動を続けていられる事を思うと感傷的になる。
先日15日、MoNoSiRoのサポートでライブを行った時、もうずっとここで演奏している新栄CLUB ROCK'N'ROLLのステージで転換作業を行いながら、そんな事をふと思った。
感謝しなければならない対象は沢山ある。

この日の演奏は僕がサポートで参加するようになってから、かつてない程スイッチが入るタイミングがガチッと噛み合ったような、そんな演奏だった。
ドラムのコジマ君はバンドを去る決断をしたわけだが、こういう演奏をこれからも続けていこうと思った。少なくとも、サポートで参加する間は。

日々は地続き。

仕事して、帰宅して晩御飯にイカリングと魚のフライを食べて、お腹が一杯になって横になったらそのまま眠ってしまって、母親の声で起きて慌てて資格試験の勉強をして。
平和な、実に平和な一日だった。
仕事でミスをする事もなく、母手製のイカリングは冷めても美味しく(年齢を重ねて気付く事って幾つかあると思うのだけれども、フライものっていうのは作り立ては当たり前のように旨いが、冷めても別の旨さがあるという歴然とした事実もそのうちの一つであると僕は思う)、うっかりとってしまった睡眠も時間に縛られる予定がなかったから誰に迷惑をかける事も咎められる事もなく、試験勉強はキチンと今日やろうと思っていた分は済ませた。
平和な、実に平和な一日だったと言って良いだろう。
最後の最後に、本当に意味で平和になったともいえる。

頭の中で引っかかる事があるうちは、やはりその平和の中には憂鬱が影を落とす。
いさかいが解決に向かった今だからこそ、本当の意味で「今日はしっかり働いたなあ」と言えるし、イカリングはその旨さを記憶に鮮やかにするし、よく眠ったと満足する事が出来、試験勉強の内容も頭の中に根付くというものだ。

こういう事をブログに書いていこうと、こういう日記めいた日記をきちんと書いていく程度にはしっかりとこのブログを書いていこうと思う。
忘れてはならない、10年後に読み返して笑うために、自分で「ああ、こんな事もあったなあ」とか「こんな事考えていたのか」とか懐かしむために、日々このブログを書いている。

そうそう、忘れちゃならない。
昼食に食べた職場の食堂の目玉焼き、あれは旨かったなあ。

ラーメン食いたい。

自転車を漕ぎながら、換気扇が回る音をぼんやり聞きながら考える事というのは在り方の話。
目の前にボールが来た時にしか攻めないオフェンスはきっと攻める機会がないままだろうし、得意料理しか作らないシェフは本質的に腕の良い料理人とは言えないのではないか、という考え方が頭の中を占める一方で、では走り回った挙句バテてしまっていざという時に走れない選手や色々作った挙句どれも相応の味しかしない料理を誰が好んで食べるのか、という事柄も考えている。
こうありたいぞという姿勢と、今現在の在り方のバランス感というのは勿論あるのだけれども、では一体何を基準に考えるべきかって言われると途端に「結局何も基準にはなり得ない」と思い知ってしまって自分で掲げた議題について考える事すら馬鹿馬鹿しくなる。
以前知人が僕の事を「自己肯定と自己否定を繰り返す人間」と評した事があったが、あながち間違っていないのかもしれない。ただそのルーチンは最終的に自己肯定に落ち着く、っていうのは持ち前のポジティブさ、そしてそれに対する執着心の成せるわざである。

実は

ずっと放置していた(危うくされていた、と書きそうになったがしていたのは何を隠そう誰でもない僕なので正直に書く事にする)僕のホームページを久しぶりにがっつり更新した。

半年間も放置して、全くなんのために作ったんだか、だ。
で、いざ手を入れだすと楽しくなっちゃって現在明け方4時。今回は放置せずに定期的に更新して、最新の僕の情報をインターネットの海の中に解き放ち続けるよう努めます。

是非見てね!

2014年のゴールデンウィーク4日目。

「舟橋さん大変ですよ、車が出せないですよ、駐車料金が123000円です。停めた場所がどうやら飲食店の駐車場だったみたいで、お店の人が怒ってそれだけ請求してきました」
そう言われて物凄く焦る夢を見て、起床後、真っ先に思ったのは「どれだけ前日を引きずってんのさ」って事。
実際にはそんなに請求されなかったし停める場所を間違えたりもしなかったのだけど。シチュエーション的に、あの夢の感じは前夜のそれだったのだなあ。


ゴールデンウィーク4連休、最終日は馬篭、妻籠に行った。
ほら、「木曽路はすべて山の中である」で有名な島崎藤村の生まれた場所ですよ。...島崎藤村、まだ読んでいないけれど。
なんだろうなあ、江戸時代からそのまま残っている建築物とか、そういうのが軒を連ねる中を歩くっていうのはそれだけで心が洗われるというか、自然と歩調もゆっくりになるもんですね。
街自体が生きた博物館、とはよく言ったものだなあ。


馬篭郵便局の趣のある佇まいといったら!妻籠目では記念切手のシートも売ってて思わず反応しちゃったのですよ。
鶏蕎麦におやきに栗きんとんソフトクリームに、と食道楽もちゃっかり楽しんで、しっかり観光してきました。
何かとバタバタしていた連休の最終日、リフレッシュする事が出来ました。

ゴールデンウィーク、最高だった。悔いはない!

2014年のゴールデンウィーク3日目。

この日のメイントピックスではないけれども、自分の変化を明確に自覚する出来事があった日、5月5日(月)。
父親は誕生日を迎え、息子である僕はライブを行った。ライブに向かう前、ちょっとした変化を僕は自覚したのだった。杓子定規に物事を進めるよりも、その時の自分に一番相応しい形をとるのが一番気持ち良いものだ、と気付いた朝。

ベッドの中でうだうだしていると九鬼君からのモーニングコールに尻を叩かれ、ベッドから飛び出す。この男がいないと僕はもう駄目なんじゃないか、はたまた僕と彼が付き合っているという噂が流れるくらいには僕らは共犯関係にある。それぞれの目的に於いてお互いの存在が需要にあっているからで、利害が一致しているからこそ成立してはいるのだけれども、それ以上に何かを一緒に作る上での彼との信頼関係に助けられたここ最近であった。多分、これからもだけどね。
で、そんな九鬼君が作ってくれた(料理が趣味、と言って良いだろう)おにぎりと唐揚げを食べて皆でいざ出発、一路かしやま家から四日市に向けて我々は出発したのだった。
四日市ドレミファといろはにて一応一区切りになるというノビロックに舟橋孝裕ソロ=未確認尾行物体で出演するのだった。この日のために、準備を進めてきた。

高速道路を使わずに移動したのだけれども、懸念していた程道も混んでおらず、のんびりのんびり道中様々なリサイクルショップに寄りながら(studio penne君も僕と同じくらい機材が好きなんだぜ。あとかしやま君はスーパーファミコンにハマッてる)四日市を目指す。
到着してから、まだ時間があったので駅前のお店にてトンテキを食べた。トンテキ、一度四日市で食べてみたかったんだよなあ!行く地方行く地方での名物や美味しいものが食べられるっていうのはバンドとかやってて良かったなと思う瞬間。やってなくても食べたりは出来るだろうけれども、僕って何かと腰が重いので。
かしやま君は物凄い量のあんかけバリそばを食べていた。物凄い量の。

リハーサルはノビロック主催ノビ太さんやドレミファといろはのゴウさんに「どんなメンタリティや!」と愛のあるツッコミを頂きながら無事終了、あとは本番を迎えるだけとなった。
NINTENDO64のコントローラーが筐体になったファズや沢山の漫画、ファミコンにそれぞれ心を奪われながら時間を過ごす。


この日の未確認尾行物体は「ちびまる子ちゃん」を題材にしたもの。上記の写真はさくら先生に扮した私と、ほなみさんに扮したstudio penne氏。
内容については細かくは書かない、書けない。
けれども以前やった「ドラえもん」が面白い人間ならば即興でやっても面白いものになるはずだ、という仮定を検証するための即興作品だったのに対して、今回は「では、入念に準備して面白いと思えるものを作った結果はどうなるか」を検証するのが作品に課せられた課題の一つだった。
それプラス、今までの活動で得た実感を見せ方にフィードバックするという事も(珍しく!)意識しており、それであるが故に結構今回のはプレッシャーだった、正直。兎に角わかりやすく、もう兎に角わかりやすく、を意識して作ってみたのだけれども、結果的に狙い通りのところで欲しかったリアクションがお客さんから頂く事が出来、一つ非常に有益な実例を得た気分だ。曰く、わかりやす過ぎるくらいで丁度良い、とかくライブハウスや音楽イベントに於いては。

今回の「ちびまる子ちゃん」はチームワークで無事に作品にする事が出来たと思う。
九鬼君、studio penne君、かしやま君の尽力がなければ形にならなかっただろう。こちらの要求に対して要求以上の音楽に、さらにそこに自信のクリエイティビティさえも注ぎ込んで当日は「ほなみさん」になりきってくれたstudio penne君、裏方である美学を当日まで遺憾なく発揮し、そして自身の挑戦に見事打ち勝った九鬼君、僕の作品である事を意識しながらもこちらが欲していた「あの感じ」をキッチリ体現してくれたかしやま君、この人達の協力があったからこそ「ちびまる子ちゃん」は出来ました。

この日は共演者の皆さんも良い感じで名古屋から車一台でお邪魔した我々全員、心底楽しみました。
魚座の藤井さん、素敵だったなあ!!

2014年のゴールデンウィーク2日目。

起床すると友人宅のベッドの脇、フローリングの上だった、5月4日(日)。
パックの日本酒を飲んで意識を失う直前まで観ていた情熱大陸、あれはそうだ、日本人の建築家の回だった。その回の音楽が僕の琴線に触れるものばかり(『山の魔王の宮殿にて』、ピンク・フロイド『マネー』、『モンタギュー家 とキャピュレット家』)で中途までニコニコ観ていたのにCMになった瞬間に集中力が途切れてしまったのだった。
また後で、と言い残して友人宅を後にして、自宅にて寝直す。
前日のように遅刻する事もなく、パイプカツトマミヰズのスタジオ練習に無事に間に合った。
この日は新栄CLUB ROCK'N'ROLLにてパイプカツトマミヰズのライブ。

『びりぃぶ』と『太陽と前立腺』という新曲2曲がボランティアメンバー伊藤誠人君とスタジオに入っていない間に出来上がっていたので、彼にその2曲を覚えて貰い、全員でアレンジを詰め直す。良いところまでいったら「あとは回数重ねていく過程で」というのは良い風潮だと思う。ライブで肉体的に演奏している間に、曲に筋肉がついてくる事も多いだろうから。
この新曲2曲が出来てバンドの中の空気も一新されたな、と思う。それまでネガティヴだったわけではないけれど、何だか一層ポジティヴになったような、そんな心持ちだ。そういうのを毎回のように繰り返してバンドは強くなっていくんだな、というのを改めて思い知らされた。


この日、前回の京都に続き前説(バンドで前説って聞いた事ないですよ!って共演者さんに言われたけれども、僕もです)を担当してくれたかしやましげみつ(孤独部)君と楽屋でアーティスト写真風に一枚記念撮影。あ、吉田君いねえわ。

果たしてこの日の演奏は達成感のあるものだった。毎回これを上回る達成感を積み重ねていければいつか物凄い事になれちゃうんじゃないの、って齢30にしてそんな青臭い事を思っちゃうくらいの演奏をした、という実感。
少し前に新しく買ったギャリエンクルーガーのベースアンプを慣れたCLUB ROCK'N'ROLLのステージで実戦投入、その手応えも良かった。出音が気持ち良いとアウトプットする行為自体が気持ち良いので表現という行為にストイックになれる、というのはボロボロになっていたストラトキャスターのネックを交換、「ものすっごい気持ち良い!」とギュインギュインギターを弾いていたボランティアメンバー各務君と話していても思った事だけれども、改めて肌でそれを感じちゃいましたねあたしは。
京都で完全に音が出なくなったRolandのキーボードから88鍵のデカいの(メーカー名不詳)に持ち替えた伊藤君は流石に馬鹿デカい88鍵を持ち上げて振り回すわけにもいかなかったようで、興奮しつつもいつもより堅実に演奏していた。
かしやま君から「いつもより演奏がタイトでしたね」と言われたのにそれは関係あるのか、ないのか。どうなのか。

打ち上げに流れていくメンバーと共演者さん達を横目に、翌日にソロライブの準備が終わっていないのでサクッと帰宅。
ライブの夜に日付が変わる前に自室にいるだなんて珍しい!と思いながらパソコンに向き合って作業作業。
印刷して欲しいデータを九鬼君にメール送信して就寝。

2014年のゴールデンウィーク1日目。

というわけで今年も黄金週間がやってきた。
カレンダー通りのお休み、という事で4連休を頂いた。個人的には4日間有意義に過ごす事が出来たので日付別に記録を残しておく事にする。


5月3日(土)
この日はお昼頃からかしやま君(孤独部)の家で5日に控えたソロライブの準備を行う事になっていた。
前夜に諸々手伝ってくれている(作業内容によっては最早共作していると言っても良い)九鬼君から「ビーフストロガノフを作ってみるので興味があるなら食べに来ないか」となんとも興味深いお誘いを貰っていたので11時に彼の家にて早めの昼食、のはずが寝坊。
遅刻して結局20分遅延で行動開始となった。あ、ビーフストロガノフは旨かった。九鬼君は納得いってなかったし、その気持ちも彼の料理の腕を知っている身からするとわからないではないのだけど。

で、かしやま君宅にて作業開始。
発泡スチロールの加工が作業の中心だったのだけれども、それまでの『カッターナイフの刃を熱して切って、熱して切ってを繰り返し、刃を駄目にしてしまった』経験が一体なんだったのかと言いたくなるくらい我々が新たに導入した発泡スチロールカッターによる加工精度は高かったし、作業時間も短縮する事が出来た。
5日のソロライブにて演奏を担当してくれるstudio penne君もやって来、準備してくれた音源を聴き、当日の流れを簡単に確認してこの日の作業は終了。

ふっと一息ついて、皆でスーパーに買出しに行って素麺を購入、夏を先取って素麺を楽しんだ。
いや、素麺って本当に美味しいねえ。爽やかな食感だし本当に夏が楽しみ。今年の夏は素麺を沢山食べよう!

お腹も一杯になったので桃鉄をたっぷり6時間近く、やりました。
圧勝しました。


僕の圧勝っぷりったらないでしょう。

「貴方はいつまで怒っているんですか?」
と問われ、お気に入りの漫画の台詞でふざけて
「膨大な僕の過去を膨大な僕の未来が駆逐するまでだ」
と答えたのだけど、言いながらあながち冗談でもないな、と気付いた。
僕はここ最近、数ヶ月もの間、ひょっとするとそのずっと前から、もう毎日のように怒っている。
「でも、そういう感情に付き合ってる時間って勿体ないと思いませんか?」
思わないんだよ、友人よ。僕はずっとずっと、もうずっとこうやってやってきた。ある時は手を変え、ある時は品を変えては怒っていて、その感情をモチベーションにしてずっと、やってきた。
反骨精神だなんて崇高なものじゃあない。復讐してやる、とか畜生馬鹿にしやがって、とか今にみてろよ、とか、言葉にするならそれはそういった下劣な言葉にしかならないような感情だ。
そうやって毎日毎日怒りながら、それを駆逐するために息巻いて、そうしている間にちょっとした事でさらなる要因が積み重なっていく。
それでいい、それがいい。

年寄り染みた物言いってのもたまには良い、たまには。

先日はMoNoSiRoのサポートで新栄Six-Dogにて演奏した。

年齢層で言えばこの日の出演者の皆さんは比較的お若い方が多く(なんと高校生の方もいらした。ライブ、物凄かったよ、興奮したもの。クオリティ高かったなあ!)、僕はお店の皆さんを含めてその日敷地内で最年長...!
これはもう大人気ない大人の演奏を見せるしかない、と普段よりもゲイン高めで挑んだ次第である。

Six-Dogの皆さんと終演後にお話する時間があったのだけど、もし自分が高校生の頃Six-Dogに出演したりしていたらライブハウスとの距離の詰め方も違ったかもしれないな、と思った。それは別に、僕が今までお世話になったライブハウスや僕を育ててくれたライブハウスが悪かった、という意味でなく。
この日は出演者に若い方が沢山いたからだろう、スタッフの皆さんのそういう人達に対する情熱っていうのを肌で感じたりして、そんな風に考えた。
勿論、僕も親切に気持ち良く演奏させて貰った。

自分より10歳近く年下の人の演奏というのは物凄く刺激的だ。
10年前という、遠い過去ではないけれどここ最近、でもない昔の自分と冷静に比較しやすいからだ。
比較したからどうって事はないけれどもさ、自分がどれだけ至っていなかったかわかるじゃない。今からでもやろうって思ったりするよ。


ライブとは全く関係ないが、友人の頭をバリカンで刈るために自宅の風呂場を新聞紙で敷き詰めた。
これだけで物々しい雰囲気を感じるのは映画の観過ぎだろうか。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

お問い合わせ

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