バタバタしているので。

最近は毎日慌ただしい日々を送ってる。
というわけで近日中に落ち着く予定なのでそうしたら、またここをガツッと書きますね。
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8月10日。台風の影響を受けた四日市で。

昼頃起床。
外は大粒の雨で台風が接近しているのを痛感する。
朝方今池を出たという駒田君は三重県の津で電車が止まり、足止めを食らっているそうだ。
この日は四日市ガッツUでパイプカツトマミヰズ演奏。ボランティアメンバーの星野さんと二人で電車移動の予定だったのだが、前夜の段階で当日の運行状態が全くわからなかったため早速調べてみる。
JRは運休、近鉄もかろうじて動いている状態。三重県では避難勧告も出たそうで、よりにもよってこんな日に台風の影響を受けなくとも、と手前勝手に天候を呪った。
とりあえず大雨の中、覚悟を決めて自転車に跨り、近所の各務君ちへ機材を運ぶ。これで身一つで動けるわい、と思うも数分間の外出でズボンはぐっしょり濡れ、壊れたビニール傘が何本も路上に落ちている惨状を目の当たりにして「これ本当に無事に着けるのか」とちょっと心配になる。

twitterにて壊れかけのテープレコーダーズ(この日は彼らのレコ発イベント四日市場所である)コモリ君達と連絡をとったり、主催のノビ太さんに連絡をとったりしつつ、家を出発する。
やはり機材を預けて正解だったし、傘を断念してレインコートにして正解だった。背中を押されて体の自由が一瞬奪われる程の風だったのだ。

星野さんと名古屋駅にて落ち合い「大変な事になったねえ」と言いながら近鉄に乗る。駅員さんに状況を確認すると四日市まで特急は運休らしいが急行か普通列車なら行けるとの事。
電車に乗ってみると流石に落ち着いた気分になった。不謹慎だけれども、若干ワクワクしていたのは否めない。これは本当に不謹慎な発言だとも思うけれども。
で、四日市に着くと天候もすっかり落ち着いている。どうにか家に帰れたという駒田君が車で駅前まで迎えに来てくれ、ガッツUに着く頃には市の車が警報が解除された旨を放送して回っていたのも目にした。
空模様もすっかり落ち着いた様子。

会場であるガッツUは元SMバーを改装した、との噂。ライブハウスではなく「憩いの場」を謳ってらっしゃるのも納得のナイスヴァイヴスのお店。店長はantoniothree リンク先の演奏も丁度ガッツUのもの)のドラム 後藤さん。音響はノビ太さん。
高くはない天井、ステージ真上に設置された空調、そして一望出来る店内、と決して広くはないのだけれども「秘密基地」感のある空間だった。こういう場所での演奏は良い意味で気を使う。いつにも増して各アンプの音量設定がシビアになるからだ。
だけれどもさして違和感もなくリハーサルが終わり、いざ本番。
ああ、そうそう、リハーサル前にきっちり食べました四日市の「新味覚」。やっぱり餃子は良いね。牛乳もセットで頼めば良かったな。

この日はここ最近の演奏の中では一番慎重になった。丁寧に丁寧に、と心掛けたわけでもなく、なんとなくそうしよう、と決めて始めた。興奮しないようにするのもまた楽しい。
一方、興奮した各務君は左目の上を切って出血してた。演奏終了時の「ドッカーーーン!!」で倒れて怪我したもんだから演奏の派手さには繋がらなかった。ご心配なく、絆創膏を貼ったら血も止まっていたし、その後何かあったって連絡もないのできっと大丈夫でしょう。帰りには疲れていたけれど!

kowarekake_2014_8_10
「まず来れて良かった」というコモリ君の言葉。
いや、それは本当そうだけど台風の影響を受けて色々あって、最後の最後に登場して演奏した壊れかけのテープレコーダーズはこの日の壮絶な一日の締めに相応しく、本当に素晴らしい演奏をしていた。
理想とするロックバンドの一つの形を見た、っていうとまた仰々しくなるかもしれないけれど、アーティスティックできっとそれぞれが美しい音楽っていうのを追い求めている4人が一緒に鳴らす音楽っていうのは物凄く美しい。コモリ君の美意識っていうのが孤高の、っていうと気障ったらしいし語弊があるだろうけど、凄く「詩人」っぽい感じがして(これもまた難しい言い方。俗っぽくないというか、作品に対してちゃんと作り手として純度の高いものを注ぐように見えるのですよ、彼は)、またそれがとても音楽としてフィットしているような、そんな気がする。
なんにしてもこの日の壊れかけのテープレコーダーズは身を乗り出して見入る瞬間が何度もあったし、終演する頃にはそれまで雨風に打たれたり暑くなったりして崩しかけていた体調も良くなっていた。披露は残っていたけれど、気分は良かった。
良いものを観たなあ、と満足しながら吉田君の運転する車(帰りは無理言って載せて貰った)の後部座席で、僕はご満悦だった次第だ。

8月9日。新編成MoNoSiRo初陣の話。

ついちょっと間が空いてしまったぞ。

9日、朝から雨が降る中、自動車学校の入校式へ向かう。
恥ずかしながら自分は名古屋の、比較的交通の便が良いところに生まれ育ってどこへ行くにも公共交通機関で動く事が出来たし、地下鉄やバスが動いていない時間はそれならそれで自転車で相応の距離を走る事でどうにかなってきた。バンドで遠征をするようになってから毎回のようにメンバーにちくりとやられるものの、実際的な弊害はそれくらいで物臭な僕は自動車学校へ行く気もなく、この年齢になってしまった。
だけれどもそろそろ、という気持ちが高まって齢30歳にして遂に自動車学校へ入学した。
ちなみに有名な話だけれども、名古屋では自動車学校の事を「車校」と言います。

入校式、適正検査(1~10番まである第一段階の学科授業、その1番である)を受けてから帰りに大型質屋に寄ると以前からいつかは欲しい、と思っていた今は生産していないファズペダルをジャンク品で発見。音が出ないという事だったけれどもファズならば誰かがどうにか出来るだろう、と値段も安かったので救出。

帰宅後、それなりにボーッとしていざライブへ。この日はドラム脱退以前からお手伝いしているMoNoSiRoの新編成初陣。今回から参加となったサポートドラムは駒田和希(パイプカツトマミヰズ)。
ドラムは誰がいいだろうか、と金森君が話している時にふと思いついたので提案したところ、本人も快諾の上、ここ最近はずっとスタジオに入ってきた。普段から一緒に演奏しているから演奏面でも意思の疎通の上でもそりゃあやりやすいのは勿論だけど、それでもこのMoNoSiRoでの演奏を通じて駒田君の新しい一面を多く知る事が出来た。
あの人、普段は音圧とか音量っていう部分に比重を多く割いてるだけで、他にも色々出来る人だった。彼の参加が普段から一緒にしている演奏にも良い影響を及ぼすだろうな、と漠然と予感がある。

この日は懐かしい人達が共演者にもいて嬉しかった。
その昔、定期的に顔を合わせていたけれどもここ最近はご無沙汰だったベーシストの先輩にそっくりな人がいるな、と共演者のリハーサルを見ていたらまさしくご本人だったり(「ドラムがやってみたくてねぇ」と可愛く笑う先輩。先輩、ガンガンいきまくりです)、東京のぐしゃ姉妹と久しぶりの再会を果たしたり。

gusya_shimai_2014_08_09
ぐしゃ姉妹と一緒にツアーでやってきた妖精達もバブルの匂いをプンプンさせながら、でも奇想天外なステージングで堅実な演奏でしっかり名古屋にその名を刻み込んでいった。いや、東京の"最先端"2バンド、面白かったなー!
あまり名古屋ではああいう肌触りのライブというかバンドというか、観ない気がするので久々にあの徹底した感じ、本当に楽しかったです。

しかし一方その頃、台風が徐々に近づいていた。近鉄線は前線運休になり、駒田君は家に帰れずに(彼の生家は亀山)夜の今池へと消えていった。翌日の四日市遠征、一体どうなるんだと気掛かりながらも疲れた体をベッドに横たえたのであった。

『メランコリア』を観た。

ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』を観た。
この人が『ドッグヴィル』の監督だと知ったのは「観るぞ!」と決めてからだった(ちなみに『ドッグヴィル』の感想。もう6年も経ってる、観てから)。
キルスティン・ダンストはアメイジングじゃない方の『スパイダーマン』シリーズや(サム・ライミ版もなんだかんだで好きだ)『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』で観たけれども、好きな女優の一人。顔が良い。あと妙に浮世離れした目つき。なんだか下卑た目線で眺める事を拒絶するような、そんな美しさがある。
「ちょっと気になるなこの映画」を「観てみようかなこの映画」にするくらい、求心力のある人だ。


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その日はジャスティンにとって、人生最高の1日になるはずだった。マイケルとの結婚パーティーは、いま、姉クレアと夫ジョンの豪華な邸宅で盛大に行われている。しかし、皆の祝福を受けながら、ジャスティンは激しい虚しさと気だるさに囚われていた。何かに絡みつかれたかのように、自らの感情をコントロールできなくなるジャスティン。そして、パーティーは最悪の結末を迎える。憔悴しきったジャスティンが、クレアとジョンの邸宅を再び訪れた際、惑星メランコリアは地球に異常接近していた。地球との衝突を恐れて怯えるクレア。しかし、ジャスティンはなぜか心が軽くなっていく感覚を覚える。彼女には全てがわかっていたのだ。そして、メランコリアが地球に最も接近する夜、ジャスティンはクレアたちと共に、その瞬間が訪れるのを待ち構えていた。それは「世界の終わり」が訪れるかもしれない瞬間--。

端的に言えば、世界が終わってしまう映画。
そういう映画は今まで何本もあったけれども、その中のどれともこの映画が違うのは超濃厚な家族愛もなければ終わりを免れようとする美しき生命の躍動もへったくれも、主軸に据えられていないところだ。
端的に言えば「ああ、世界終わってもいいな」って思えてしまう。主人公に感情移入して観ちゃってると悪あがきする人物達が滑稽で、愚かしく見える。奇跡は起きるよ、諦めなければ、みたいな大ドンデン返しは起こらない、というかいらない。
もう皆死んじゃうんだよしょうがないじゃん。みたいな気持ちになってしまう変な映画だ。

主人公ジャスティンはどこか神がかった能力というか、超常的な力を持っていてそれであるが故に恐らくは精神疾患を抱えている(この描写が滅茶苦茶巧い。流石鬱病の監督に鬱病で苦しんだ女優)。
十二分に幸せを堪能して良いはずの結婚式では徐々に具合を悪くしていくし(どこかのレビューサイトで"主人公は世界の終わりを結婚式の最中に知覚した。母親も同じタイミングでそれを知覚しており、だから二人とも同じタイミングで入浴したのだ"みたいな解説を読んだけど、成程と思った)、結局結婚もご破算になっちゃうわ仕事も失うわ、自分一人ではタクシーも乗れなくなっちゃうわ歩けなくなるわ、大好物のミートローフを食べても「灰の味がする」って泣き出しちゃうわ、もうこの辺キルスティン・ダンストのこんな姿が見られるとは、って驚いた。
お風呂に一人で入れなくて、片足を上げる事もままならず赤子のように泣くキルスティンを観ていて胸が締め付けられるようになった。
で、惑星メランコリアがどうやら地球に激突するよってわかり始めたあたりから美味しそうにご飯も食べるし目つきもしっかりしてくるし、それに対してそれまでは落ち着いていた姉がどんどん冷静さを失っていくし(そりゃそうだ)、この姉妹の対照さって、でもそりゃそうだよなあと思っちゃうのが怖いところ。
鬱病で苦しんでる人からすれば世界が終わるってなったらそれは「救済」になるのかもしれない。全員が全員そうだとは決して思えないけれども、この映画を観てる限り監督はハッピーエンドのつもりで作ったんだろうなあ、とそう思った。
あ、でも待てよ、主人公が世界の終わりを知覚してから具合を悪くして、どんどん行き詰ってでもいざそれが近付いてきた時に落ち着いてそれを迎えるっていう流れを考えると、これは人が「死」を受け入れるまでの映画なのかもしれないなってなんとなくそう思った。

冒頭の「映像美」然とした映像もクラシック音楽とリンクしたキルスティン・ダンストのヌードも10年後には忘れちゃうかもしれないけれども、この映画から感じた妙に静かで、それでいて優しい気怠げな「憂鬱」とその手触りと、この映画の存在だけはずっと心に残るんだろうなあという、そんな気がした。

「ゆたかなみずのまち」

昨夜はパイプカツトマミヰズのライブ写真や動画をよく撮ってくれているヨシダユキ先生の企画@今池HUCK FINNにパイプカツトマミヰズで出演。

壮絶な夜だった。全出演者が必殺技をバンバン撃ち合うような、そんなライブをしていた。
百長は初見だったけど最近近しい人達の間で話題にあがるのがよくわかるナイスギグをかましていたし、岡田ピロー(ex.夕暮レトロニカ)も持ち曲+会場の人達があげた単語を使っての即興コーナーでグッと惹きつけて離さないライブを披露、そして東京から“降臨”したクウチュウ戦は色気ムンムンのTHIS IS プログレ、神がかった風格さえ醸し出していた。メシアと人人は轟音に感情をのせて一気に吐き出すようなエモーショナルな演奏、最前列で観たけど耳にギンギンくる、最高。
それぞれがそれぞれの技でフロアに、芸術に挑みかかっていた。

凄いライブを観ていると、シンプルに腹の底にグッと力が入る。勿論素直に感動するのだけど「こいつぁ負けられねえな」と肝が震え上がる。この気持ちがある間は僕はバンドを続けると確信出来る、そういう負けん気を刺激されるようなライブを立て続けに観た。
信用出来る人のブッキングだもの、疑いはそこには全くなかったけれどもいざ蓋を開けてみると完璧な夜で、そこにはもう「さあやってみろ」と自分達が試されているような、そんな気さえ手前勝手に感じたものだ。


ちなみにメシアと人人のステージの様子。
「ここら辺、部屋みたいに汚くなっとんねん!」の言葉は嘘ではない。今まで見た中で一番散らかったステージ。
エフェクターだけは綺麗に並べてあって、そこにプレイヤーとして鍛え上げられたものを感じたり。

パイプカツトマミヰズはこの日有難くもダブルアンコールを頂いた。
全15曲。肉汁がしたたるような演奏が観るのもやるのも好きなのだが、昨夜のは何かしら汁はしたたっていたように思う。
こういう日こそしっかりと演奏を、と滾る気持ちを抑え込んだりその手をパッと離したりしながら楽しんだ。
ステージ上からはフロア前方の楽しそうな笑顔も、フロア後方の様子を眺めるような視線も全部見える。
あれは、縮図だ。縮図以外の何物でもない。現状の達成感と今後の攻め込むべき場所が見えた気がした。
今に見てろよ、という気持ちだけは忘れないようにしたい。


バンドの様々な瞬間(それこそ良い時も悪い時も)を間近で見てる友人と、強敵達に感謝した夜。
また、やろうぜ!

BOSS OC-2を使ってガンガン弾いてみた夜の話。

昨夜、今夜と二日連続で夜中の3時までやっているカフェにてパフェを食べてきた。
カフェと言ってもその言葉から連想される洒落た感じではない。ダサくはないけれども、もうちょっとこう、肉々しいというか雄々しいというか。ピラフや定食メニューは量が2倍に出来る、お値段据え置きで。パフェもわりかし結構量がある。
「甘くて、疲れた」と食べながら言ってしまう程に。
そういうところで深夜にいちごパフェを食べるっていうのはいくつになっても浪漫を感じるものだ。

さて、この頃から興味を持っていたBOSS OC-2だが、その後「人力ドラムンベースに僕も挑戦してみよう!」と興奮して結局、購入した。
オープンしてからというもの名古屋近郊のエフェクター好きのたむろする場所となっている(?)エフェクター専門店に閉店30分前に飛び込み、わざわざ台湾製と日本製の音質の違いをチェックした上で購入した。
ちなみに、ダイレクト音出力を完全にオフにして、オクターブ下のエフェクト音だけを比較した。その時はドラムンベース用の地を這うようなエフェクト音だけが欲しかったので。
その結果、台湾製のエフェクト音に比べ日本製のものの方が歪んでおり、そのダーティーさがまた格好良かった。しかし意外だよな、日本製のが歪むっていうのは日本製品の有するイメージとは真逆だ。もっと律儀な感じかと思ってたんだけど。
で、その後きっちり人力ドラムンベースに挑戦し、レコーディングまでした。これはまたいつかお目見えする事もあるのではないだろうか。わからないけど。



で、今日スタジオにて一般的なオクターバーの使い方、すなわち「原音も同時に出力してリフに厚みを持たせたり一人でユニゾンフレーズを弾く」という使い方でこのOC-2を試してみた。これがまた格好良かった。
やっぱりダーティーさはここでも健在。あとびっくりしたのが原音の忠実さだ。少なくとも僕の持っているOC-2はブラインドチェックではオンなのかオフなのかわからないレベルで遜色のない原音を出力してくれた。
追従性について語るならば、そりゃあどれだけ細かいフレーズを高速で弾いてもついてくる、って事はないかと思う。けれどもEBSのオクターバーと比較してみたけれど、そんなに歴然とした差は感じなかった。僕の持ってたEBSのオクターバーはブッ壊れてるのかな?そうでないなら追従性に然程差があるようには思えなかった。OC-2でエラーが出るようなフレーズではEBSのものでもエラーが出ていたし。徹底的にチェックしたわけではないし、そもそも自分にとってオクターバーって徹底的なユニゾンを求めるものでもなく「歪ませたいわけではないけどリフやフレーズに一癖加えたい」時や「何だか明確ではないけれども底知れない不気味さや圧迫感を演出したい」時に踏むものなので、追従性についてはシビアには見ていないっていうのもあるかもしれないけれど。
ベースでは絶対活躍しないだろ!って言いたくなる2オクターブ下のツマミも少しだけ上げた方がエフェクト音に色気が出るような気がするけれども、これは多分気のせい。

チョコレートっぽい見た目も、このツマミの配置も好き。
音も良いし扱いやすい。多くのベーシストが足元に置いている(某専門誌の機材紹介でもオクターバー使ってる人ってほとんどこれな気がする。それこそnerveの人はこれに拘ってたりするわけだし)のも妙に納得の一台である。

多分しばらく、愛用するな、これは。

見た目も愛おしいぞPSM-5。

最近、エフェクターに対してモチベーションが低い。

ちょっとした衝撃だわよ、大学2年生の春、所属していた軽音サークルのライブにてディレイやらワウやらフランジャーを駆使して(本人曰く「適当に使って」)先輩が物凄い音を出されてたのを聴いた時からずっと、それこそ半年くらい前まで取り憑かれたように色々試していたエフェクターに、まさか自分で明言してしまうくらい「モチベーションが下がる」事があるだなんて!
20歳の誕生日には確か20個目のペダルを買っていたからかれこれ10年以上、それこそ試したペダルはどれだけだろうか、歪みものにハマる時期もあればリング・モジュレーターにうつつを抜かしたり、ファズ一本で決める!と誓って飽きたり、またファズの魅力に目覚めたり、ピッチシフターやディレイや、多くのペダルをボードに組み込んでスタジオやライブに持ち込んで、眺めたり踏んづけたりニヤニヤしたりして。
それらの記録はこのブログにも綴られているけれども、まさか長年の趣味もと思っていたエフェクターとこんな付き合い方になるとは。
生きてると面白い事もあるものだ。

だからと言って演奏する際のモチベーションは低いわけではなくて、最近は意識的にスタジオに持ち込むペダルを限定版していたのだけどつい先頃のスタジオでは久しぶりにフェイザーやらオクターバーやら使ってみて「ああ、やっぱり良いなあ」と感じいったりした。
ふくよかに歪ませたい時はコレ、ソリッドにいきたい時はこれ、リフに一癖加えたい時はコレ、と選択肢が自分の中でそれなりに良い水準で絞られてきたっていうのもあるのだろうけれども。

けれどもシンプルに寂しかったりもする。
さて、次に腹の底から興奮する出会いはいつになるのだろう。
気長に待つとします。日々、探してはいるけど結局縁だものね。

それを待ってばかりもいられないから、こういう時期には手元にある機材を再評価シリーズ。


人間椅子の和嶋さんが使われてるってだけで興奮するよね、BOSSのPSM-5。
これのループに組み込むか否かでの音色変化については以前実験して効果を実感した事があるので導入してみたいペダルではあるのだけど、でもスイッチング作業が一つ増えるっていうのは多少慌ただしくとも感覚的にガツンッ!と踏み込んですぐさまオンにしたい僕みたいなのには向いてない気がしている。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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