JR四日市駅を気に入った夜。

周りの人達が色々と"納めて"いく中、演奏納めも仕事納めもまだまだな僕は2014年が終わろうとしているのを街の往来や公共交通機関を利用した時とか、そういうふとした瞬間から感じるだけで、2015年へのワクワク感っていうのがまだあまりなかったりする。一気に大晦日に楽しもう。

今日はMoNoSiRoで四日市はbar EASTへ。元々は以前パイプカツトマミヰズで出演させて頂いたガッツUでのイベントだったのだけど、出演が決定した後にガッツUまさかの営業停止(まだバー営業はされているそうです)!やっぱりあれかな、大きな音を出す、となると何かと難しかったのかな...詳しい事情は知らないからこれは完全に無責任な発言になってしまうけれども、一日でも早く復活されるよう願っております。

さて、昼下がりのパイプカツトマミヰズ練習を終えてそのまま駒田君とJRに飛び乗って名古屋駅へ。そこから関西線に乗り換え、車内にて金森君と合流、四日市を目指す。最初は人が多くてベースギターにアンプの入ったリュックに、と荷物の多い僕はちょっと気が引けてしまったのだけれども、中途で人がドカドカッと下りて車内は一息にガラガラに。そういうものなんだな、と思いつつ座席に座ってゆっくりしてたら着きました、四日市。
駒田君から「近鉄四日市駅とJR四日市駅は随分と雰囲気が違う」とは聞いていたけれども、あれか、あんなに違うものか。JR四日市駅を利用するのが初めてだったので驚いた。
近鉄四日市駅とJR四日市駅の間は推定1km(駒田、談)、だけれどもそこに漂っている風情は全然違う。近鉄四日市駅の周りには駅前然とした賑やかさと歓迎ムードがあり、わかりやすく言うとちょっとワクワクしちゃう感じもあるのだけれどJR四日市駅の周りには極端に言ってしまえばよそから来た人間向けのものっていうのは特に目に触れず、素っ気ないって言っちゃってもいいくらい落ち着いている。駅構内にあるレンタサイクルも僕達が着いた頃には閉まっていたし、なんだろう、あの感じ、凄く良いなあ。妙に落ち着く街並みだ。逆に違和感なく馴染めちゃう。
駅を出てすぐに目に飛び込んでくる「EAST」の文字。本当に目と鼻の先だ。物凄く助かる。

入店してすぐに「バーでの演奏」という一文から想像するよりも遥かにしっかりとした機材群に驚かされる。特にメインスピーカーなんて本当にしっかりしたサイズで、ノビ太さん曰く「エリック・クラプトンが来日ツアーの時に使用したもの」なんだとか(その辺小耳に挟んだ程度なのでちょっと、うろ覚え)。
いつも使っているライブ会場内の運搬とセッティングの手間を省くためにエフェクターを固定している板を忘れてしまっていたので、お店の目の前にある酒屋さんの前に山積みになっている段ボール箱を店員さんに声をかけて一つ、頂戴する。貰った段ボール片手にぶら下げて、意気揚々と目の前のバーに姿を消す男をあの店員さんはどのように思ったのだろうか。

MoNoSiRoでの演奏は僕達、ちょっと意識的に出したい音量よりも小音量気味を心掛けている。出して気持ち良い音量、と特に負荷もなく演奏しやすい音量の間をいったりきたりしてきたわけだけれども、どうやら演奏しやすい音量に寄せた方が結果的にこのバンドでは気持ちもノるのではないかと思った次第。これは前も書いたかもしれないしひょっとしたら書いていないかもしれないけれど、音量が大きいと伝わるものも多いように思えるかもしれないが、実際は音量は適度に小さい方がそこに帯びる情報量が多いんじゃないだろうか。
んー違うかな、単純な量の違いではないだろうけれども、それぞれ伝えやすいものの質が全く異質である事は明らかだ。
怒っている時に大声でまくしたてると「怒ってるな」という事実とその怒りの熱量は伝わりやすい。
怒っている時に冷静に淡々と話すと「何故怒っているのか」と「どのように感じて怒っているのか」が伝わりやすい。
そんな話し方の違いのようなもの。
広がりや情緒っていうのはあんまり爆音だとアンサンブルの隙間から滲みづらいのではないか、と考えて今は音量を調節している。アンサンブルを構築する全員でこれをやろうとしている、というと仰々しいし大層な物言いのようだけれども特にそういうわけでもない、シンプルだ。基軸になる誰かに音量をあわせればいい。僕の場合はドラムと自分の出音のバランス感っていうのが「最低限、これだけ聴こえていれば大丈夫ですよー」というラインがなんとなくあるのでそこで合わせている。
あと意外と軽視出来ないな、と再確認したのが演奏する人間同士の物理的な距離感である。MoNoSiRoでは近い方が意思の疎通や演奏中の情報の伝達がスムーズで良い。多分どれだけ広いステージで演奏する事になっても真ん中にキュッと寄って演奏するんだろうな、と思えるくらいには僕達は今の距離感を気に入っている。

で、これらの点を踏まえて演奏したのだけどさ、今日の演奏はMoNoSiRo2014年の演奏の中でも最後の最後にしっかりと色々なものが結実したな、と思えた演奏だった。試行錯誤を始めたばかりだけれど、やっぱり考えて試して報われる、というのは嬉しいものだ。個人的な見地からも今日の演奏は全曲指で弾くという課題を自分に課していたのだけれども、気付きを多く得る事が出来た。今現在のスキルを出し切った上で無理なく演奏が出来たと思うし、良いライブが出来たんじゃないかなと思っています。

2年ぶり、ひょっとしたらもっとぶりくらいに観たover skillがびっくりするくらい良かった。どこがどう良くなった、ではなく演奏も曲も、全部が持ち味そのままにパワーアップした感じ。猫村さんも歌、とても良くなってた。昔よりもっと気持ち良く聴ける。今年で結成6年目だそうで、続けるという事の凄味というか意味というかそれがもたらすものというか、そういう色々って、やっぱり凄く力がある。

時間軸を意識するのって、なんだかんだ年の瀬を意識しているからなんですかね。

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何が言いたいって()ってとても便利。

読書(スティーブン・キングが10代の頃に書いたものを後に加筆して出版したという『ハイスクール・パニック』という如何にもなタイトルの小説を読んだ。10代の少年チャーリー・デッカーが拳銃を片手に教師を射殺、教室にクラスメートを人質に立て籠もるというもの。コロンバイン高校銃乱射事件を受けてキング自身が発禁処分を下した、といういわく付の作品である。鼻につく部分はあるものの、それすらも10代の瑞々しさが感じられて読んでいて面白かった。勿論、プロットから想像される方向とは違った方向に進んでいく物語も)や映画視聴(『南極料理人』を観た。珍しくも日本映画だ。何とはなしに観始めたものの、気付いたら最後まで観てしまっていた。日本映画って物凄い偏見に固まった言い方をしてしまえば派手さもないし作家性もそこまであるわけでもなしみたいな印象があって"観ず嫌い"傾向があったのだけど、それでもやっぱりいざ観ると面白いし良い作品が沢山あるもんだなあと思った。ただ観ていて面白い、とか素敵だなっていう事の何が悪い。この映画でやっぱり生瀬勝久さんって素敵な顔をされているなあと思った。あとご飯が美味しそうな映画はとても良い)に勤しんでいる。

その合間に自動車学校で路上教習(自転車で走り回っている道もいざ自動車で走ると印象が全然違う事に気が付く。面白いのは景色っていうのはどんどん流れていくのに、道の印象っていうのはしっかり残る。ここは凸凹しているんだな、とかここは坂なんだな、というのが妙に生々しい。タイヤ越しだっていうのにダイレクトに伝わってくるものってあって、妙にハッとさせられた)に励んだり、合同コンパ(突然出てきたこの単語、非常に僕に似つかわしくないだろうけれども事情を書かせて貰うと、パイプカツトマミヰズの練習中に吉田君と『合同コンパがしたいね』という話で盛り上がった事に端を発する。そのまま勢いでSNSを用いて募集をかけたところ、まさかの70人以上の皆様に情報拡散して頂いた。今までバンドでしてきたどんな告知やお知らせよりも多くの拡散っていうのが不思議な気持ちになりそうではあるけれども、でもそういうバンドだよなって何となく、妙に納得出来た。面白ければそれでいいやっていう事でニヤニヤしてたらまさかの応募して下さった方が二組いらして、今回はその一組の方と合同コンパをしてきたってわけ。そしてまさかの言い出しっぺの片棒、吉田君が欠席というオチもしっかりついた)で大いに楽しんだり、舟橋は元気にやっています。

勿論ちゃんとやらなければならない事はあって、仕事の他にも脚本
(一月に演劇イベントがあり、そこで20分と少しの作品を作、演出して上演する事になった。とりあえず僕は自身を作家性とか言いたい事がどうのっていうタイプよりかは面白いと思った事を悪ふざけの勢いそのままにブラッシュアップしてアウトプットした方が良い結果になりがちな人間だと自認しているわけで、何かやりたい事湧いてこないかなあと思って自転車を漕いでいたらふっと出てきた自分が興に乗りそうなアイディアをガツッと頭の中でまとめて、それを脚本に落とし込む作業を今している。しかしどうにも書く段になって良いテンプレートがあるんじゃないか、そもそも見やすい脚本とは、みたいな事を考えだしちゃって、そこでもしっかり楽しんだ。あ、良いテンプレートは見つかったので楽しんで作っています)を書いている。

きちんとお風呂に入って、寝る。基本だね。

『ゴーン・ガール』を観たり本を読んだり。インプットへの欲求凄い。

週末になるとテンションが上がるのは良い事だ。
前も書いたかもしれないけれど、大学卒業後土曜も平日も関係ないような仕事をしていたので予定のない日は全部仕事、最高で月に一度しか休日がなかった事もあったし、それってつまり予定がない休日っていうのがないっていう事にもなる。
自分で進んでそうしていたのだから特に不満もないし職場に関しても労働基準法ギリギリで働かせて貰えて感謝しているのだが、でもその頃からの反動か、転職して一年半、未だに週末が近づいてくると興奮する。金曜の夜や土曜の夜はテンションが最高潮。多分、これはずっとこのままだな。
ウィークエンドって、最高だね。

パソコンが突如として立ち上がらなくなったので舟橋家でコンピューターに一番強い父の案内でパソコン屋さんへデスクトップコンピューターを修理に持って行った。色々な人から言われてやっとそうであると認識したのだけれども僕達父子は仲が良い。そんなの父子なんだから当たり前だろうと思うのだが、そうでない事例も勿論あるのだろうから、これはきっととても幸せな事だ。ちなみに母とも仲が良い。二人の育て方が良かったのだね。
パイプカツトマミヰズはボランティアメンバーである各務鉄平君が卒業したので、大晦日と2015年1月10日の演奏を新編成で行う事になりそうだ。急な事でバンドの人事権を預けてもらっている僕もいささか面食らったけれども、幸いにも素敵なギターリストがボランティア参加してくれる事になり、各務君の手伝いもあって新ボランティアギターリスト(新、とは言ったものの今のところ決まっているのは大晦日だけだ)へギターフレーズの引継ぎはうまくいっている。というか引き継ぎと自由に、のバランスがとても楽しい。毎回毎回新しいボランティアメンバーの人とやる度に思うけれども、前任者を意識する必要なんて全くなくって、常にその人らしく在って欲しい、と思う。当初はしょうがなくボランティアメンバーで活動を継続する事を選んだのだけれども、今となってはわりかしこの色々な人達と演奏出来る形態っていうのが楽しくて気に入っている。
多くの人とやればやる程、自分自身の演奏に気付く事って少なくないし(それは例え曲が同じでも、いや同じだからこそ多いのだ)、刺激的である。別にギターリストが前任でいたポジションにギターリストがくる必要もない。サックス奏者でもノイジシャンでもテルミンでもダンサーでも演劇でも、それこそ料理をする人だって格好良ければ構わない。
常に形骸化を良しとせず、前進し続ける。スタイルや形式美、音楽ジャンルとしてではないプログレッシヴって、そういう事なんじゃないかと思っている。音楽は多くの刺激で進化し続ける。僕達はちょっとズルして直接的に進化させているだけだ。


デビット・フィンチャー監督作品『ゴーン・ガール』を観てきた。
公開中の映画だったのでネタバレは避けるけれども、とても良くできたブラック・コメディ(サスペンス風味)だと思った。
ベン・アフレックは出てきた瞬間に「年とったなあ!」ってなる体型でうだつがあがらないにも程があったけれども、だけれども同時にそこがとても良かった。ロザムンド・パイクは美人。007に出てきた時も思ったけれども棘のある美人だと思う。
とても楽しかったし、観終わった後にストンと「良いもの観た!」と言える映画。予告や報道では「結婚が怖くなる」みたいに煽られているけれど特にそんな事はなかったかな。だけれども男という生き物がたまらなく笑えてくるし「だよなあ、しょうがねえよなあ!」と悲しいながらも笑えてきちゃう感じ。
観に行って良かったです。

今日の自撮りは愛するファズと。ちなみに本文とは関係がない。


複雑な心境になるような夢を見たりすると目覚めもちょっと複雑な心境になる。
特にかつてはそこにあったけれども今現在となっては失ったものや人が出てきたりすると、別段自覚の上では意識したり執着したりしているわけではないのに(昔からわりかし、思い切りの良い方だと思っている)自分がなんだか無意識ではまだそれらに拘っているようで、自分に裏切られた気持ちになる。
フロイト先生だっけか、夢は無意識の顕在化がどうとか言ったのは。大学で心理学を勉強していた割には詳しくないから申し訳ないけれど、まあいいや誰でもいい、夢と無意識を結びつけた人間を座らせて叱りつけてやりたい気分だ。
だって、なんとなくは納得出来てしまうものね。別に意識してない、の別にって辺りに、まだそこはかとなく拘ってたりするのが滲んでいる事くらい自分でもわかっている。
けれども自分の過去や捨てたものとか、或いはすれ違った人間とか、そういうのに執着するでもなく、そういうのを大切にしていた自分に執着しているわけで、それは不健全な事ではない。
過去は過去で、過去以上の重みなんて結局のところ、ないのである。

仕事の関係で受けた面接試験は、無事に受かっていた。絶対に落ちたと思っていたのに。
嬉しくなってニヤニヤしながら自転車を漕いでいたら、雪が溶けて凍った地面に滑って盛大に転んだ。
上司に「滑って転ばないようにね」と言われた15分後の事だった。

名古屋に大雪が降った夜


鍋を囲み、ドラマを観てあーでもないこーでもないとやり、外に出てみるとそこは一面の雪景色。なんだこれ、とんでもねえと口には出しなからもしっかりと防寒対策をしてあったので体力的には余裕を持ちながら徒歩にて帰宅。
雪で覆われた名古屋の街は街頭を雪が照り返すもんだから普段よりよっぽど明るくて、なんだか非常にムードがあった。自分のつけた足跡を見て「本陣殺人事件」を思い返した。

これは今日、というか今さっき気付いた事だが基本的に人が3人以上いる場所やシチュエーション下では、はしゃぎまわる。
決して落ち着いてはいないし発言も適当だったりする。してしまう。僕と本当に落ち着いて話をしたい向きは是非差し向かいで、をお薦めする。
落ち着いた僕がそこにいるはずだ。

眠たいから今夜はこの辺で。
おやすみなさい。

手書き日記は削ぎ落とされていて良いかもしらん


稚拙、文章も文字も余りに稚拙ではあるが、そういうのこそ残しておかなければならない、と変な使命感に燃えている。
これは自分自身の記録としての、である。
潔癖とも言えるだろうが、そういう無価値なものをどんどんと積み上げて露呈させていく事にどういった意味があるのか、と自問自答するくらいのきっかけにはなり得るだろう。

駆け足で振り返るには写真というのは便利な素材足り得る。

週末の最中、今週をふと振り返ると何だか盛り沢山だったなあという印象。
自動車学校はついに第二段階、舟橋は仮免許を取得して只今現在、路上実習を行っている。人生で初めて公道を走った感想としては恐怖と興奮が半々といったところ。


最近買ったワウペダルと昔から愛用しているワウペダルの比較も行った。
これについてはまた改めて。新しく買ったワウペダルは5000円ちょっとで買えた割に書ける事が多過ぎる。
同時に昔から使っていたワウペダルの良さも再認識出来た。


久しぶりのサイクリング。
瀬戸駅まで自転車で1時間半といったところか。自宅(名古屋市千種区)から尾張旭まではちょくちょく行ったりもしているのだけど、瀬戸駅となると難易度がぐんと上がる。
でもやっぱりサイクリングはお金のかからない(初期投資こそ必要かもしれないが)良い趣味だ。時間と情熱と体力を費やす割には、お金がかからないので低所得者にはピッタリかつ、色々な気付きと相応の充実感が得られる。

尊敬していた人間がその実、自分が思っていた程自分にとっては素晴らしくもなければ聡明でもなかったと知った時の悲しさというのは結構、耐え難いものがある。そういう時の僕というのは至ってシンプルで、その落胆を敵意に変えてそのままぶつけてしまう。可愛さ余って憎さ百倍、とはよく言ったものだ。自分の場合は感情に変なものを自分で付け加える傾向がある。

AMT electronics LLM-2 ボリュームペダルをベースで使いたくて買った話。

llm-2
靴下で踏んでから写真撮ったので、ゴミとかつきまくっててすいません。

この日、リハーサルして昼食後に単独行。や、メンバーはアルコール飲料を嗜むっていうし、僕はそんなに飲めないし第一飲むと駄目になっちゃうタイプの人間だから。で、単独行。
本多さんとドライブして、その後大須のエフェクター専門店にお目当ての品を試しに行く。
で、お目当ての品の購入を決定してから何気なく陳列棚を眺めていると、少し前から心に引っかかっていた、今日記録をつけるエフェクターが置いてあったってわけ。

AMT electronicsって最初に見たのは、確か楽器屋勤務だった頃にメーカーの営業さんが「こんなの出るんですよ」って持ってこられたのがきっかけだったと思う。その時拝見したのは紫色のワウペダルだったと思うのだけど「こんな小さいのか!」と驚いた。そりゃあそうだよ、ワウペダルといったらデカくて重くて、みたいな印象があったし(だからIbanezのWH-10とか軽くて便利だなと思っていた。あのジョン・フルシアンテが使って有名になった奴ね)、大体からしてBOSSのコンパクトエフェクターくらいのサイズしかないんだもん、そりゃあ一見「これがワウ!?」ってなりますよ。
で、なんでまたこのメーカーのボリュームペダルなのかというと、パイプカツトマミヰズでは押せや攻めろやの大音量で「生き残りゲーム」みたいな気持ちでアンサンブルしてるからあまり使う機会はなかったりするのだけれども、それ以外の演奏の時って足元にボリュームペダルがあると便利だろうな、という瞬間が結構あって。
小まめに微調整する、とかそういう巧そうな(あくまで、巧そうな、ね)使い方ではなく、単純にボリューム奏法が好きだったりする。実際にMoNoSiRoでもファズベースでボリューム奏法を曲中でやっていたりするし、即興演奏とかでも結構やるんだよなあボリューム奏法。6弦ギタリストがやるんだからベースギターでやってもオツなはずだ、くらいの発想で最初はやってたりしたんだけど、あの想像力を刺激する雰囲気には何かと刺激される事が多くって、昔からちょいちょいそういうのをやっていたりする。『絵を描くように』ベースギターを弾きたい時の常套手段だったりするわけだ。
で、最近は手元のボリュームツマミでそれをやっていたりもしたのだけど、それだとピッキングしてツマミを触って、って手元が忙しい。ボリュームペダルがあると便利だろうなあ楽だろうなあボリュームツマミだと出来ない事が出来るだろうなあ、でもボリュームペダルて大きいし重たいし買っても絶対スタジオやライブに持っていかないだろうなあ、と考えていたところ、AMT electronicsの存在を思い出したという次第だ。
このサイズなら、全然アリ。こう言っちゃなんだけどボリュームペダルみたいにあると便利だけど地味なものより、もっとこう、景気よくガッツーンと音色が変わるものの方をついつい選んでしまいがちな自転車移動がメインの僕からすると、このサイズは本当に助かる。これなら「こんな重たいの持ってくなら、○○(ファズ、やらディレイ、やらリバーブ、やらフェイザーが入ると思って頂ければ宜しい)持ってくわ!」とならないであろう。
というわけで音色よりも何よりも、サイズ感という観点で僕にとって選択肢はなかったのだ、ボリュームペダル。

で、踏み心地だけが気になっていたのだけど靴を履いて試してみるとこの小ささも気にならない。わりかし踏みやすいし操作もしやすい。というか、操作性を慮るなら多分このサイズがギリギリ限界の小ささだろう。
ブースト機能がついているところからわかるように、電池駆動。内蔵のバッファは通ってしまう設計ですね。このバッファ、事前調べでもわかっていた事ではあるのだけれども、高域が強調される。というか、出力されている帯域が全体的に通していない時よりも持ち上がる印象。カマさずに弾いた時とカマして弾いた時とじっくり検討すると、低域の濃密さがちょっとスッキリしちゃうかな。とは言ってもプリアンプやアンプで補正出来ない範囲ではないしそんなの気になるなら他のエフェクターも使ってないし、そういうのを気にする柄でもない。別にキャビネットまで持ち込むわけでもないから毎回同じキャラクターの音ではあれど、同じ音を出しているってわけでもないし。シャビンシャビンになったりするわけでもないから音質の変化は僕は特に気にしていません。だけれども音質変化って精神衛生上意識すると気にはなるもんだから、そういうのを重んじる方は是非入念な試奏を。
僕は「レコーディングとかで常にカマすかって言われたらそんな事はしないけど、ボリュームペダルが使いたいライブでは足元に置く分には気にならない範囲の音質変化」と捉えています。
あ、あとさっきサラッと書いたブースト機能、これ、結構ブーストされます。なんでそんなに!?ってレベル。

安く軽くて場所も取らないボリュームペダルが手に入ったから、満足です。ゴツくて可愛いし。

とりあえず、って悪い事ばっかりじゃあない。


実は先日のライブの前に、というかリハーサル後にエフェクターを二つ仕入れたのだけど(一日に二つってどれだけ大人なんだよ、というツッコミは置いておくとして、安かったんですよ、欲しかったのが)、研究がてらそれのレビューも書かねばならんなあと思いつつ、今日は友人が誕生日だというのでお祝いしようと思って(そりゃあ僕だって自分を祝ってくれた友人の誕生日に時間があったらお祝いするよ!)出掛けていったらあれよこれよという間にこんな時間。
ワウペダルとボリュームペダルのレビューはまた近日中に。書いてないエフェクターの備忘録とか色々あるから書かないとなあ。

友人「お祝いされるというか、自分にスポットが当たるの嫌いなんですよね」
僕「えっ」

というわけでお祝いパーティーというよりかはホットケーキパーティーになりました。
夜も空いてるスーパーでホットケーキミックスやら何やら買い込んで、友達の家でひたすら焼いて食らう。
夜に食べるとカロリーが気になるけど、やっぱり美味しいねホットケーキ。

で、最近劇作について勉強しているというかしやま君(孤独部)から色々な話を聞いたり(=知識を盗んだり)しつつ、最近悩んでいる事を何気なく相談してみたところ

僕「ねえねえ、かしやま君ってさ、脚本書き上げる前に途中で飽きちゃうというか、"これって面白くないなあ"ってなっちゃう事ってないの?」
かしやま「あー、僕、そう思う前に書き上げちゃいますねえとりあえず」
僕「ほ」
かしやま「で、こう言っちゃなんですけど書き上げたものにはあまり興味がないというか、さあこれをどう面白くしようって発想になりますねえ」

という返答が。
いやあ、これには目から鱗でした。
来年の一月にまた20分弱の演劇作品を上演する機会に恵まれそうなので日夜頭の中で「あーでもないこーでもない」とやりくりしているのだけれども、20分ならワンアイディアで一気に書き上げるには丁度良い尺だろうに手を動かす前に「あーやっぱり面白くないかもな」とか思っちゃって『頭の中で』どんどん没にしていっていて。
お前は劇作家じゃねえだろ、と言われてもしょうがないのだけど、でもやるからには面白いものを作りたいしアイディアの段階では経験値とかあまり差はないだろうって思っていて。技術や経験に依る部分以前の段階でつまずいちゃっていたのだけど返ってきた「とりあえず手を動かす」という答えは本当に明快でわかりやすくて、ああそれなら俺もまずはそうしてみようと思った。思えば今まで人前に出せる程度には自信を持ってやってきた事って、とりあえず形にしてみたものばかりだったし。
思いついた瞬間の風速を大事にしようと思った。どこにどう吹かすかは書き上げてから考えよう、とも。
というわけでとりあえず手を動かし始めたので気持ちは随分と健やかに!やっぱり動かないと駄目だ駄目だ。やる前からうんうん唸るっていうのは僕らしくもない。

フィードバック多めな日。

さて、12月6日の日記。

早起きして自動車学校へ救命実習を受けに行く。3時間連続との事でどんな内容かと思っていたら、交通事故傷病者に対する救命行為についての座学、心肺蘇生や人工呼吸等を専用の人形相手に行う実習と盛り沢山の内容だった。実習が間に挟まると飽きずに出来て良い。最後に交通事故傷病者に対する救命の重要性を描いたミニ・フィルムを視聴するのだがああいうのも、また、良い。女優のやたらシナを作るような演技が気にかかった。

帰宅すると、入り時間30分前。この日は新栄CLUB ROCK'N'ROLLにパイプカツトマミヰズで出演。
新栄CLUB ROCK'N'ROLLは今月で22周年(オフィシャルで12月1日より営業を開始した事になっている。ちょっとあやふやだそうだけれど笑)、毎年恒例アニバーサリー月間に突入したわけなのだけれど、こうしてパイプカツトマミヰズでそういう記念すべき月間に出演出来るのはやっぱり嬉しいものだ。
あそこに出るようになって10年以上経った。僕が初めて行ったライブハウスであり、僕が初めて出演したライブハウスである。他にも特別なライブハウスは沢山あるし好きな場所も多いけれども、自分が育った場所というのは思い入れもまた、ひとしおだ。

さてアンプとベースギターを背負ってマウンテンバイクで乗り付けて、つつがなくリハーサルを終了。
入り時間が1時とちょっと早かったもんだからリハーサルが終わったのも2時くらいで、でそれくらいの時間ってやっぱりお腹が減る。偶然にも駒田君以外全員昼食がまだだったもんだから、遂に行きましたよ。途中で前通ったら出汁の良い匂いがしてたんだ。

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いつかは行ってみたかった、新栄 吉野家!
その筋の愛好家達の間では大盛り(この表現だとソフトなくらい多い。大盛りだと3.2キロとかだったかな?)で有名である。店員さんに確認すると並でも他店より多いとの事で、大人しく味噌煮込みうどん(並)を注文。
いやあ、とても旨かった!うどんの硬さも味噌煮込みとしての味も素晴らしく、しかも量が多いのにお値段が780円!あの値段にあの味で、780年!他のメニューも是非試してみたい。また絶対行くぞ。

コンビニに行くというメンバーと別れてロック(場所名を書く度に新栄CLUB ROCK'N'ROLLって書いてると語呂が悪い気がするから、もう普段から使ってる呼称で書いちゃう)へ戻ると店長 本多さんが「ドライブに行こう」と。単純にコピー屋さんに行く時に駐車場に車入れるの面倒だから見ておいてくれって事だったんだけど、色々な話が出来て楽しかった。
何だか、年末っぽいというかアニバーサリーっぽいというか、今年一年を振り返るとか具体的にしたわけじゃないけれども、この日の演奏前にこういう時間があって、僕にはとても良い時間だったと思う。

で、いざ演奏。
この日は一年の総決算!とかアニバーサリーだから!みたいな話があって実現したってわけでもなかったのだけれども(大抵そういうのより何となく、とかやりたいから、が優先されるバンドである)、鍵盤に伊藤誠人君(palitextdestroy/いとまとあやこ)と星野ゆりさん(里帰り)の二人を迎えたツインキーボード編成。
やっぱり、この日にやって良かった。L字に並べられた鍵盤は開始早々に崩れたL字になり、戻って、また崩れて。今年一年の活動を(その前からだけども)それぞれの表現とそれぞれのやり方で支えてくれた二人がズラッと並んで演奏するのは、面白かったんじゃあないかと思っている。
演奏について。この日打ち上げで話したりしてて自分で言語化した事で再認識出来たのだけれども、パイプカツトマミヰズに於いては僕は圧倒的に「キッチリしっかり、ベースギターを弾く」という意識が根底にあって。そう言うからって他のバンドとか他の音楽で適当にっていうわけでもなく、例えばリフを刻む瞬間に興奮したとする、もう物凄く興奮したとする。その時にベースを持ち上げてガッシャーンとやるか、それとも堅実にリフを刻み続けるのか、という選択肢では僕は前者をとる事がそれまで多かったんだけど(この例え話でいうと、である)、パイプカツトマミヰズではそれをやる人達ばかりいるような気もするので僕はちゃんとリフを刻まないと、否、刻みたいなとそういう風に考えている。
けれどもやっぱり気持ち的にはガンガン突っ込んで敵将の首とかとりたいタイプだから(しかも刀を振り回しまくって)気持ち的には衝動に忠実で在りたい、って部分もあって。でも今までそこに忠実になった結果、その瞬間は面白いし興奮するしそれこそそれがしっかり伝わってる感覚もあったんだけど、半分くらいは音楽的でなかったような気もしていて。
音楽としてあの瞬間を成立させるなら間違いなく僕と駒田君は堅実に、しっかりと尋常じゃない音量でリフを提示し続けるべきなんだけれど、どうなんだろうなあ、バンドマンとしてのエゴが理性的な部分と衝動的な部分に分かれていて、そこを模索するのが妙に面白そうだなと思っている。ちょっとこれからそういう部分を試行錯誤していこうと思っています。

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演奏後に宮地君(牧師に鯛/センチメント)がいつも通りのあのキラキラした目で「舟橋さんは、あの、一緒にやったバンドのベースの人で、衝撃を受けたり『あーこいつには叶わねえなあ』みたいなのって、思った事、ありますか?」と突然訊いてきた。
宮地君、一気にガッと横に来て訊いてくれたもんだから、絶対に何となく訊いてきたんじゃないぞこれはっていうのが、その行動からも話してる感じからも、わかった。と同時に、彼が僕に投げかけた質問の底深さ、難しさにちょっと戦慄も、した。
適当に答えるのは宮地君に悪いし、かといって二人でゆっくり話しながらそれぞれ思うところを提示しあって、みたいなのもその時のシチュエーション(何せまだイベントは途中だったので)的に難しかった。
「今日中に答えを出すから、必ず出すから後でまたゆっくり話そう」と約束すると宮地君はフロアに姿を消した。
さて、参ったなあ、どこからどこまで考えれば良いのだろうか。切り取るところで様々な答えが出る話では、ある。

結局、楽器を担いで帰ろうとしてる宮地君を呼び止めて「僕は多分本質的には、そういうの一度もない。今回は今日は負けたと思っても、勝てない相手じゃなかったと思ってるし、心のどこかでやっぱり自分が一番格好良いと、そう思っています。でもバンドマンってきっと皆そうなんじゃないかと思って、宮地君もそうでしょう?」。
あの瞬間の、あの笑顔は忘れられんなあ!
宮地君、またやりましょう。あの答えを持ち帰りあった僕達は是非また一緒に、やりましょう。

終演後の打ち上げではコータさん(folt)ととっくりと話し込んだ。バンド活動を続ける事、その面白味、年齢とバンド活動(こういう話は先輩とさせて頂くのが一番、安心感がある。こうなんだよ、と俺もそうだよ、が一緒にそこに存在するが故)、ベースの演奏について、何を特化させるのか、ロックが22周年を迎えた事、そして今日のお互いの演奏について、多くの話をした。座席の関係で、皆の輪から離れた所に席があったのも関係あるかもしれないけれども、本当に二人っきりでゆっくりと、沢山の話をした。あんなに打ち上げで一人の方と差し向かいで話をしたのは久しぶりだったし、ここ最近ではめっきり減ってしまった事でもあった。
バンドを脱退して、6年間バンド活動をせず、でも多くのものを見(きっと同時に多くの事を思ったんだろうな、と舟橋は思う)、そしてバンド活動を再び始め「今最高にバンドが楽しい」と笑うコータさんの姿に物凄い説得力を感じると同時に、バンド活動を続ける、続けようと思える事の根本に存在するのは「これを伝えたい!」とか「有名になりたい」とかそういう何がしかの欲求でもなくて、単純に「楽しい」なのではないかと、そしてそれが僕には一番しっくりくるものだなあと、再度思わされた。僕も単純に「楽しい」からやっている人間です。

色々な瞬間が、印象深い一日だったなあ。

2014.12.03「今池午前二時 大丸メモリアルfeat.犬丸ラーメン」

12月3日。
今から2年前、名古屋は千種区今池にて一軒のラーメン屋がひっそりとその長い歴史を、静かに終えた。
今池の大通りが砂利道だった頃から50年。雨の日も風の日も台風が来ようが大晦日だろうが何だろうが、その店は一日も休まなかった(ガス漏れの危険がある、とガス会社から連絡があった日を除く)。
はじめは昼から営業していたそのお店は、たった一人で(一説によると昔はバイトの女性がいた時期もあったそうだが)お店を営業する大将の加齢に伴って、その営業時間を遅らせていった。ほら、疲れると作業とかって、遅くなるじゃない。
お昼が夕方になり、夕方が夜になり、夜が深夜になり、深夜が未明になった。もうこれ以上遅く出来ないぞ、という頃合いに店を構えるビル自体の取り壊し(その地域でも古い建物だったそうで、老朽化に伴った解体であったそうだ)によって、そのお店はその長い、静かで、しかし確かに多くの人に愛された歴史に幕を閉じたのであった。

大丸ラーメン。

大丸ラーメンがその歴史に幕を閉じてもう2年になる。
「もっと前のような気すらするなあ」だなんて思いながら、12月3日の僕は仕事終わりにマウンテンバイクに跨って今池HUCK FINNへ向かっていた。
リュックの中には薬缶に、一年に一度しか着る事はない、けれども衣裳ケースの中で大切に保管されているあの衣裳。
そう、去年のあの日から丁度一年、今年も犬丸ラーメンは「今池午前二時 大丸メモリアルfeat.犬丸ラーメン」として中華そば(550円)の提供を行ったのである。

20時15分より26時30分。
最後の方は記憶が定かではないけれど、つまり大体約6時間お店を営業した事になる。
去年よりも遥かに長い時間、という事は去年よりも沢山の方がご来場頂いたという事に(単純計算ならば)なる。
「一体どれだけ来られますかねー」「去年より減るかもね」みたいなやりとりも杞憂も実際こちら側にはあったのだけれども、大丸を懐かしむ多くのファンの気持ちって、全く衰えていないばかりかむしろその想いを強くしていたのだね...。

2014inumaru
階段の下から上に上がり、交差点近くまで時には二列になりながらも続く行列に胸を熱くしたのはきっと僕だけじゃないはずだ。行列の長さに食べるのを断念して帰られた(途中で雨も降ってきた)方も少なくなかったみたいで、感謝と申し訳なさで一杯です。聞いた話だと、5時間並んで下さった方もみえたそう。
本当に有難うございます...!

人をそこまで突き動かすのも、きっとその人の中の大丸での思い出があるからこそ。
今回痛感したのは、皆それぞれの記憶の中の大丸ラーメンと、あそこで過ごす大橋店長との時間を追体験しに犬丸ラーメンに来られるのだ、という事。僕より年上のお兄さんが「おじさんいいよ、もう年なんだから俺運ぶよ」ともやしの箱を運んで下さったり、食べ終わった後にお兄さん学生さんお姉さん達が「いつまでも続けてね」「美味しかったよ有難う」と声をかけて下さったり完全に大丸に通ったたでしょって方が「大将、今日味薄いね!」ときっといつもと同じように気さくに笑ったり。
きっと、皆の目線と記憶の先にはいつかの今池、深夜に大丸ラーメンで過ごした時間があったのだ。
それを最前列で見聞きし、体験出来た僕はひょっとしたら昨夜という時間を一番楽しませて貰ったのかもしれない。

胸が熱くなるような瞬間が何度もあった。
皆が期待して行列を作っている光景、そしてそれを僕に追い返されながらも嬉しそうに(きっと脳裏には閉店間際のあの夜があったに違いないのだ)散っていく様子。
ラーメンを食べる時に調味料をああでもないこうでもない、と友達と話す様子。
ふとした瞬間に皆が無言になり、ただ鍋の煮える音とじっと息を殺してラーメンが出来上がるのを待つ気配だけが色濃く空間を支配する、あの素敵で幸せな圧迫感。
解放的に楽しまれる飲み食いする音、舌鼓を打つ音。

どれもこれもが一年前と同じくらい、いや、一年前よりスケールアップしているようで、それを成し得たのは完全にご来店頂いた皆様の成したものだと、一晩経った今そう思っています。

また来年、夜の今池でお会いしましょう。

活字を読むとダイレクトに影響を受ける。

こんな特に何を書くような事がないような日でも「習慣」として日記を書く価値はある。
すなわち「自分は仕事へ行き食事をし睡眠をとる、というルーチン以外にも何か意図的に継続している事が一つはあるぞ」と思えるという事。それだけでも毎日のようにキーボードをタイピングする価値はあるという事だ。

財布を落とした。
仕事に行く前、財布が見当たらなかったあたりから嫌な予感はしていたけれども、「財布を落とした」と確信してからは生きた心地がしなかったというのは言い過ぎだとしても、焦燥感に駆られたのは揺るぎようもない事実である。
駄目元でとった「昨夜訪れた場所に電話してみる」という行動が僕に快哉を叫ばせたのは全くもって運が良かったとしか言いようがないだろう。「お預かりしておりますよ」。全く、本当に耳に心地良い響きだった。
「お預かりしておりますよ」。
何度反芻したって良い言葉だ。
更に良かったのはその財布の中身が、現金もそっくりそのまま残っていたところだ。自分の運の良さに感謝した。

本を読んでいる。
自分の低俗さといったりきたりする精神の高潔さ(高潔でありたい、とは思っている。それが例えどれだけ自分本位の判断基準だとしても、だ)に辟易とする時も少なくはないけれども、けれども結局何をどう、豊かに感じるかという点が大事だ、と思っている。そして卑小さに等身大の人間の魅力を感じるようになった点は僕をますます卑小で低俗にする事に一役買っているだろう。
だけれども、僕は僕を肯定し続けるだろうと思う。

再会を喜んだ話。

2014年も残すところあと一ヶ月となった。一年という単位から見れば今年一年はあっという間に過ぎ去った。年齢を重ねると月日の流れが早くなる、というのはどうやら本当らしい。
しかしあった出来事、起こった出来事や自分が体験した事を振り返っていくと例えば半年前の事でももう随分と昔の事のように思える。つまり、安易な発想かもしれないけれども今年も盛り沢山な一年だったという事で有難い限りである。無為な月日を重ねて一年が長く感じる、その何倍も良い一年の過ごし方をしているとは思う。

今日、職場に中学時代の恩師がやって来た。
中学二年生の時に担任を受け持って頂いた方で、理科を教えてらっしゃった快活な先生。冗談も言うし、楽しい先生で生徒からも人気があった。けれども真面目な方で、僕も随分とひねくれた中学生ではあったと思うのだけど(しかし思春期を振り返ると僕の周りの人間は大抵「屈折してた」とか「色々とこじらせていた」とか「思い出したくもないくらい勘違いしてた」と決して学校社会に適応していたぞ、なんて言わないもんだから、えてして思春期というのは皆そういうものなのかもしれない。違うか)、随分と先生のお陰でまともな人間に近付けたと思う。生徒の長所と短所をしっかりと把握されており、かつ長い目で見てらっしゃったのだな、と当時の先生を思い返して今思う。
けれども久しぶりに見かけたそのお姿は随分と印象が違って、外見は全くと言って良い程変わっておられなかった(15年という月日を経たとは思えない変わらなさだった)のだけれども雰囲気がこう、あの明るかった先生とはちょっと違って随分と落ち着いてらっしゃったもんだからこちらから声をかけるのを最初迷ってしまった。
けれども、意を決して声をかけると「おお!君か!」とすぐさまあの先生が、眼前に立っておられた。そりゃあそうだよな、普段からそんな快活にふるまう人の方が少ないかもしれない。僕が見ていたのは特定多数を前にした先生のお姿だったわけだし。
そこからしばし話し込む。15年も経っているので名乗るところから始めて何年前の卒業生で、と話を進めようと思っていたのだけれども名乗ったらすぐさま「高校卒業後に大学はどこそこで卒業後は」ともう完全に僕と認めて下さった話を始めて下さって。本当に驚いた。
そこまで派手な生徒だったわけでもないし、目立たないとは言わないけれどもそれこそ長い教員生活の中で受け持ったたった一人の生徒だった僕の事を名前を聞いただけで記憶に蘇らす事が出来るだなんて、ああ、どこまで時間が流れても僕と先生は「教師と生徒」なんだなあとさえ、感じ入ったものだ。
しばし近況報告等をして「じゃあまた来るな」と先生。
本当にご挨拶して良かった。人の記憶の中に自分のかつての姿が少しでも(少しでも、だなんて言うにはあまりにも先生の記憶は鮮明だったけれど)残っていたという事実に妙に嬉しさを憶えるのは、僕のきっと生き方、感じ方に起因するのだろう。

人は生きていく間で多くの人間と関わって、時間を重ねたり別れたりする。再び交差する人間もいれば二度と交わる事のない人生だってあるだろう。僕は出来るだけ多くの人間の中に自分の痕跡を残したい、と思う。例えそれが良いものだろうと、なんなら悪いものだろうと構いやしない。
安っぽい口説き文句に「そんな女だと思いますか」と返してきた瞬間が、実に格好良くて同時にそんな事を思ったり思わなかったり。
なんて〆方は格好付け過ぎかね、そうかね。


著者、近影。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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