31歳になりました。


両親と温かい友人並びに自分の毎日と健やかな時間のお陰で本日、無事に31歳になった。
これまでの誕生日と比べて驚く程ツルンと年齢を重ねてしまったけれど、31歳もも全てに前向きに、全力でやっていこうと思います。

今日は明日の戯曲演奏計画の稽古で集まっています。
スポンサーサイト

「うつくしさとガチャガチャvol.4」の話。

先日、名古屋駅裏にあるナンジャーレという小劇場で行われた「うつくしさとガチャガチャ」というイベントにin the poolちゃんで出演してきた。
ナンジャーレ、今まで何度も足を運んできたのに(最初に行ったのは確かゲボゲボと孤独部の連続6ヶ月公演だったと思う。しかも深夜にやった回だ)一度も出演した事がないのがそりゃあ演劇に片足くらいは突っ込んでいるだろうけれども僕の活動の大半が音楽に関わる事であるからで、ナンジャーレが小劇場だからだろう。でもやはり、何だか妙に嬉しいものである。
複合型イベントを目指して過去に3回行ってきた「うつくしさとガチャガチャ」は右角81(ゲボゲボ)こと小池君と怪奇紙芝居に演劇にと多方面で活動(実はギターと歌が巧いのを舟橋走っている)赤井さんが一緒に重ねてきた活動で、今回で一区切りという事。
二人の友人としてもそういう回に出演出来たというのは嬉しいものがありますね。

今回『大人の自由研究バンド』in the poolちゃんはstudio penne君の提案で『特撮』に挑む事になった。挑む、と書いたけれども実質挑んだのはstudio penne君一人である。
そう、今回ほとんどが(数字で言うと8割は)彼に任せっきりになってしまった。僕がやった事と言えば彼から送られてきた「こういう感じのシーンが続きますよ」って映像を観て思いついた脚本を書いたくらいだ。所要時間30分。
一方吉村さんは仕事が多忙を極め、当日の参加さえも危ぶまれた。結果的に彼女は本番で実力を発揮するタイプ、カメラワークが天才的だった。やっぱりあの人凄えわ。
一方、僕らは無計画と言えば無計画であった。「どうにかなるなる!」でならなかった場合を想定しつつ、それはそれで楽しそうだからマァいいか、と放っておくタイプの人間が二人くらいは、いるものこのバンド。どういう事かと言うと、前日練習したのになんだかんだで当日、人手が足りなくなった。というか3人が楽しく演るためにはもうちょっと余裕が欲しくなった。
というわけで当日、舞台監督として現場入りしていたぱーしぃ君(廃墟文藝部)が電撃加入。何をやるか一切聞かされないままステージに招き入れられたぱーしぃ君、物凄く良い働きをしてくれた。有難う、ぱーしぃ君。
彼は、僕らの出番が終わった瞬間に脱退した。たった25分だったけど、一緒にバンドをやれて楽しかった。

さて、シーンだのカメラワークだの一体何をやったのか、と思われると思う。
順番がおかしくなるけれどもここにまとめておくと、要するに「ステージ上に置いたジオラマにリモコン操作出来るロボットを置き、その前に水槽を置いたり人形を置いたり影絵状態にしてそれを撮影、そのままプロジェクターでステージ後方のスクリーンに投影。シーン毎の切り替えやギミックの設置は全てオンタイムで"作っている様子"もきっちりお見せしつつ、studio penne君が音楽を奏で、舟橋がリーディングをしたりする事でスクリーン上では短編映画のようなものが出来上がる」という事をやってみた。
お客さんはアンビエントな音楽が流れる舞台上で「あーでもないこーでもない」と人形やジオラマを動かしたりそれを一心不乱に撮影する光景と、そのカメラを通すとどのようにジオラマ上の物体が映っているのかを同時に観る事になる。
最初studio penne君から「特撮やりたいです」と言われた時はどうなるのか想像もつかなかったけれども、結果的に今回の『大人の自由研究』は過去3回の中で一番手応えがあったし、お客さんからも評判が良かった。
暗転してる中、水槽の中に絵具を垂らしてそれをペンライトで照らしているのをカメラで撮影すると、これが本当に綺麗なんだよなあ。studio penne君の音楽も非常に良かった。あの人の作るトラックってやっぱり素敵だね。
「綺麗だった」とか「面白かった」という感想は勿論「仕事の疲れがとれました」という感想まで頂いたりして、物凄く嬉しかった。今までin the poolちゃんってわりかし手触り主義というか、何をやっても手触りは良いんだけど実体が掴めないというか掴みどころがないというか、良く言えばフワフワしていたし悪く言えばわかりづらい事をやっていた感があったから、今回のバランス感覚っていうのは3人で以前話した「わかりやすい事をやりたい」という嗜好と、この3人だからこそという実験精神の丁度良い中間地点に着地したのではないだろうか、とそんな事を思ったりもする。
studio penne君がコードと歌詞を書いて3人でアレンジをして、それをライブで3人でガンガンやる。音楽に思いっきり寄せた表現をするならそういう感覚であり、それがin the poolちゃんのクリエイティビティとして良い事なのか悪い事なのか今現在はまだわからないけれども、今回の一本筋が通った『自由研究』はそういう作り方があったからこそ、成立した部分は少なくはないと思うのだ。
そしてしまった、写真が一切、ない。

ひのみもく(少年王者舘)さんのところで僕はベースギターを弾いた。
ステージ後方、幕の後ろ、機材や脚立が置いてある一切ステージが見えない場所で。
最初にひのみもくさんから「舟君(彼女は唯一僕をそう呼ぶ人間である)ベースを弾いて貰えないだろうか」と話を貰った時は考えもしなかったけれども、ナンジャーレで客席から完全に姿を隠せる場所となると随分と限定されてくる。
はじめは通路側で、という話もあったのだけどケーブルの取り回しの事等考えているとふと思いついた。「この幕の中でいいじゃん」と。ひのみもくさんに相談したところ「それいいね!」となり、こうして僕も初めての経験である『舞台上で演者が何をやっているのか全く見えないわからないまま、その演奏に音楽を添える』というお手伝い演奏が実現したのである。
面白がってくれる人で良かった、ひのみもくさん。

2015_03_26_01
幕の後ろ、舟橋スペース。楽器好きだからこういうのはきっちり写真撮ってるんだよなあ。
Danelectroのロングホーンベースに専らBOSSのメタルゾーンをカマシっぱなしにしてそれをstudio penne君に借りたギターアンプに突っ込んでワウを踏んだり掻き毟ったりチョーキングしたり、とノイズ要素強めの即興演奏。
ほぼほぼ真っ暗の幕の裏(それでも舞台上)、僕は大いに興奮してベースギターをかき鳴らした。
面白い経験を、した。

出番と準備の関係でゆっくり観れなかった宮田大樹さんもガッツリ歌ってらっしゃったし、主催の二人が所属する『女子じゃねえ』といい、「うつくしさとガチャガチャvol.4」は随分と音楽要素が強め。
そう、女子じゃねえ!
あの3人なんなの、今までの演奏って何だかんだで全部観てると思うのだけど、観る度によくなってるって事が単純に尊いし(やればやるだけよくなるって、なかなかそうもいかないもんなんですよ)、縦笛にピーピーいううつぼ、コキリコとあとよくわからない楽器で織りなされる楽器陣営のアンサンブルは役割分担が(恐らくは自然と)明確になった分それぞれの領域でフリーキーだったり堅実だったり、実に豊潤で高水準な音楽性を感じるし、ボーカルの小池君はわりかしラップというかフリースタイル(なのか?)強めだった過去の演奏と比べて随分とメロディに踏み込んで「まだ振り幅広がるの」って感じだし、メランコリックな部分も垣間見えちゃったりで格好良かったりするし、物凄く面白いんだけど!
今回の女子じゃねえは、「下手な人達が同じ事やろうとしても形として成立しない事」をギリギリのバランス感でやってみるみたいなところから始めて、その次に安定感を得たバンドが更に懐の広さを見せつけてきたっていう演奏だった。

打ち上げも軽く参加して、終電で無事に帰宅したら物凄く眠かった。
そうだよな、早起きしたもんなってところでこの楽しい一日も終わり。アウトプットしまくった一日でした。
有難う、小池君に赤井さん。

FC POCKETから感じるそこはかとない狂気。

兎に角最近、何だかんだでほぼ毎日のように飲酒しているので休肝日というのを作らないといけないなと思いつつも、それでも今夜もやっぱり自宅でアルコール飲料をソーダ割りしたものを飲んでしまうのでしたとさ。

金曜日、職場の上司と飲み、その後友人宅にて打ち合わせをし、その時点で「未明」と言いたくなるくらいには十分に深夜だったのだけれども最近友人になった「陽気で良い奴だけれども幸薄そうな大島優子似」の後輩と飲む。
未明に偶然にもタイミングが合うっていうのも笑ってしまうけれども、早朝過ぎて飲みながらにしてこっくりこっくりやってしまった僕を尻目にそのまま飲んでいたらしい大島優子似。幸せにおなりよ。
日曜、友人と訪れたレトロゲームの専門店にてこれを買う。

fc_pocket
ファミリーコンピューターのカセットが何と携帯ゲーム機で遊べてしまう!
「お外で遊んで見せつけろ!」とか結構グッとくるよねこういうツッコミ待ちみたいな煽り文句。
作りはMADE IN CHINAだけあって新品なのに擦り傷があるしリセットボタンのゴムは引っこ抜けそうだ。だけれども一応の外観は保っているしゲームは問題なく出来る。

幼い頃、そうあれは僕はまだ太腿くらいまでの半ズボンと膝下くらいまでのソックスを履いてグリーンと白のストライプのポロシャツを着ていた頃、TVに向かって興じていたファミコンが携帯型ゲーム機で出来るようになるだなんて想像もしなかった。当時の自分に、一台のファミコンを兄がやっていない間だけ使わせて貰っていた当時の自分にこの事を教えてやりたい。お前がお年玉全額はたいて買った『熱血格闘伝説』も安く買えるようになるし、しかもそれがトイレで出来るようになっちゃうんだぜ、と。
作ってくれた会社さん、本当に有難う!

あ、面白い点が一つ。
BGMがところどころリングモジュレーターがかかったみたいに変なピッチになる。幼い時分に楽しんだ『星のカービィ 夢の泉の物語』の音楽がどこか狂気を感じるようにアレンジされてる、しかも、勝手に。
調べてみたんだけどこれはそういう仕様みたいで、TVに接続(同梱のケーブルで出来ちゃうの)してみてもやっぱりTVから出力されるBGMは同じように狂気を感じさせるものだったから、多分これって内部で起きてる異常なんだろうね。あー、これでマリオとかやったらどうなるんだろう、逆に物凄く気になる。

ノイズバンド!の巻。

ご近所さんに炭酸さんという先輩がいる。
炭酸さんはドラマーである。時折目つきをギラギラさせ「あっこの人絶対悪巧みしてるな」と人に思わせるような顔をしながら、(きっと)純粋無垢な人である。
炭酸さんとは直接お話した事がなかった頃からSNSで繋がるという、極めて現代的な交流の持ち方をしていたし、共通の友人も多いのできっとお互いに存在は認識していたはずだ。対バンした時はお話しなかったものね。僕人見知りだし多分炭酸さんもそうだもんね。

そんな炭酸さんとスタジオに入ったのは先日の話。
特に何をやると決めたわけでもなくただ「ご近所さんだし」という理由だけで自宅最寄りのスタジオに2時間ばかり二人で遊びに行った。おもむろにドカドカやりだす炭酸さんに対して僕もピーピーギャーギャー、ノイズなのか前衛的な演奏もどきのようなもの(もどきのようなもの、である。もどきでさえない事は踏まえて頂きたい)を重ねていったのだった。
45分も演奏しただろうか。お互い適度に良い汗かいて、多分同じくらい楽しかったはずだ。

かつて『耳栓犬畜生』というノイズバンドが存在した。

このバンドは名古屋で生まれ、結成当初に動画サイトにあげられた動画を観て「いつか企画に呼ぼう」という舟橋の目論見をよそに、初ライブにして解散した。名古屋ライブハウスシーンの長い歴史上、そのバンドが存在したのはほんの一瞬だったと言ってよいだろう。
ライブ後、会場にいた人間そしてメンバーのSNS上での発言から「何かが起きたらしい」と伺いしれた。え、え!何があったの!!
「何やったんだあの人ら」という驚愕(実際のところ、飲みすぎたらしいですよ)と同時に解散してしまった観てみたかったバンド=耳栓犬畜生がこの度『犬栓耳畜生』と名前を変えて再結成される。再結成、否、リベンジともとれるこのバンドのライブをまたしても僕は観る事が出来ない。
参加するからだ。


4月11日に大阪は緑橋、戦国大統領というライブハウスにて『犬栓耳畜生』というノイズバンドで演奏をします。
ドラムにツインベース(片方は僕だ)、ギターボーカルにボーカル(いまだにスタジオに来ていない)という編成のこのバンド、同日各自で現地入りをし、リハの段階で会場入りに間に合った、その場にいるメンバーで演奏するとの事。こういう発想、大好き。
「その朝起きた瞬間から即興スタートです」とはドラムの炭酸さんの弁。思えば炭酸さんとのスタジオセッションがあったから、今回の犬栓耳畜生に合流出来た。
舟橋はどうにかして制限時間内に現地入りするつもりなので、この日戦国大統領に来られたらきっと僕のベースギターからほとばしるノイズが聴ける事でしょう。

僕の文章ってやっぱり読みづらいと思うよ。

月曜日から(だから、かもしれない)仕事が忙しく、ほぼほぼ立ちっぱなし動きっぱなし喋りっぱなしで大変疲れた。
足が棒のようになっちまったダァヨ。

夜、studio penneこと鈴木君が自宅にやって来る。
今月の26日に名古屋駅近くにある小劇場ナンジャーレにて催される『美しさとガチャガチャ』と演劇(寄りの)イベントに僕とstudio penne君と吉村桜子さんでやっている大人の自由研究バンド『in the poolちゃん』で出演するのだが、そこで演る作品についての打ち合わせを少々。今回のテーマは「特撮」である。3人ともそれぞれ割と忙しい中、それぞれが出来る事を無駄なくやって(無駄なものを作るのは大好きな人達だと思う。無駄なものを無駄なく作るのが好きなのかもしれない)いこうとした結果、今回はわりかし彼が中軸になって進める事に。studio penneのクリエイティビティ大爆発、である。

打ち合わせもサクサク終わったので二人でサウナへ行った。
水風呂の温度が14℃くらいで、入っていると足首が痛くなった。多分もう3℃くらい水温が高い方が長く入っていられるのかな?
多幸感と自分の境界がなくなるようなあの「いかん感じ」はなかったけれども、これを書いている今現在きっちり意識の動きが良い感じに緩慢になっている。きっちりリラックスしてんじゃん、俺。
これで今日の分の疲れはきっちりと巻き返した感がある。なんだかんだで今週は仕事以外も慌ただしく動き回る事になりそうなので(趣味が充実しているのは良い事だ。なんだかんだで今日も面白いお誘いを頂いた。来月大阪へ一人旅する事になりそうだ。さて、どうやって行ったものか)、疲れを翌日に持ち越さない事が肝心である。


何だか今日の日記、ちょっとオジサン臭くないかね、そうかね。

昔のバンドメンバーに再会した話。

2015.3.15
2015_03_15_01
古い友人が名古屋に来ており、福井に帰るまでの短い時間だったけれども一緒に時間を過ごす事が出来た。

2015_3_15_02
かれこれ10年の付き合いになる。
僕達お互いに年齢を重ねたしその分老けたけれども、関係だけは変わらないね。
またどうせ会うだろうけれども、その日までどうか元気で。

ミギギミ×MoNoSiRo共同企画『ジェノサイドの巻物』の話。

わりかし結構、なんだかんだで相応に長い間手伝っているMoNoSiRoミギギミと共同企画を新栄DAYTRIVEで行った。
新栄の銭湯にてサウナ→水風呂のローテーションで体をリラックスさせ、多幸感に包まれながら会場入りした。

駒田君をサポートドラマーに迎えた編成も随分落ち着いてきた感がある中、金森君がまたとんでもない曲を持ってきた。
10拍子という変拍子はいいよ、もう慣れたよ。だけどまさかの「ループにあわせた演奏」ですよ。
シーケンサーとかの同期モノとはまたわけが違う、金森君が最初にループをその場で組んでそれを聴きながら我々10拍子の演奏を続ける、というこれまた非常に気を遣うというか「オラオラやったれや!」という気概だけでは乗り切れない難物の出現である。
ここ最近MoNoSiRoでの練習は金森君宅を離れ(普段は別にそんなに音量とか必要ないから金森君の部屋でミキサーに弦楽器を直接繋いで、あとはエレキドラムで練習している)スタジオに籠っていたのだけど、そのほとんどがこの新曲の練習に充てられていた。ループにあわせて変拍子、な上に最終的にシューゲイザー的なアプローチに帰結するこの曲、まず金森君が組んだループが聴こえないとどうしようもない。色々試した結果、金森君はこの曲のためにループを鳴らす専用のアンプを導入、アンプを二台使う事になった。エフェクターもスイッチャーが増えて何だか足元拡張してたな、そういえば。
兎に角諸々準備して、ライブに臨んだ結果、良い感じに新曲を終える事が出来て正直ホッとした。だってやっぱり、難しいもん。慣れなんだろうけどさ。
個人的にベースギターでシューゲイザーギターへのアプローチに挑戦出来て、こういうのは結構楽しい。普段なかなかファズかけてディレイかけて和音でガシャガシャやってそれをリバーブで飛ばして、ってやる機会がないから。

2015_03_14
ミギギミの演奏をDAYTRIVEの二階から観ていたらワイヤレスを使用している故どこまでも来れるミギギミのギター団長'君が二階まで駆け上がってきた。
二階部分から下に向かってアジテイトしている背中に忍び寄ったら飛び降りるのに満更でもない団長'。
「待てよ団長'!ここから飛び降りたら足の骨折るぞッ!やっちまった先輩を知ってるんだッッ!」
腰を掴んで止める、そんな僕の言葉に鬼の形相で叫び返す団長'。

「いけるよッ!!俺はいけるよッッ!!」
「本当かよ!無茶するなよ高いぞ!!」
「いける!!俺はいけるよッッ!!!!」

ステージでミギギミが演奏する中(驚くなかれ、一連のやりとりの間もステージ上では団長'を除くメンバーで演奏継続中である)、演奏の音量に負けじと叫び返す団長'の鬼気迫る表情に僕は悟った。
嗚呼、この人は本気だ、この人もちょっとアレな人なんだ、と。見送る僕に団長'が柵の下に消えようとしたその刹那。
僕は信じられない光景を目にした。

下で一連のやりとりを観ていた(演奏は!?ねえ演奏は!?)お客さん達が一斉に手を伸ばし、団長'をそのまま受け止めたのである。目を閉じ、両手を広げ、さながらナウシカのようにお客さん達に抱えられたままステージに運ばれていく団長'。
信じられない程、美しい光景を目にした思いだった。あれはライブハウスの喧騒と飲み放題の盛り上がり、そしてバンドの熱量が生み出した奇跡だったに違いないのだ。バンドマンの無茶が人の心を動かし、そしてそれが奇跡的に美しい瞬間を作り上げたのだった。

そして舟橋は、運ばれていく団長'の安らかな表情を恐らくはほぼ唯一真上から見た人間なんだけれども、爆笑していた。
「え、何これすっげえ!!!!」と。
感動してたんだよ?

ドン・マツオ with Bad Traffic に参加した話。

12時過ぎに今池で小池さん(ロック墓場)と合流、車にピックアップして貰いそのまま下道で四日市へ。
道中は非常に和やかで音楽の話(過去に共演した中で一番衝撃的だったG-FIGHTERの話も!またやって欲しいなあG-FIGHTER)や生活の話やら色々と楽しい話が沢山出来た。
14時頃には四日市に到着し、二人で商店街の中のラーメン屋にて四日市名物のトンテキを食べる。小池さんはラーメンとトンテキのセットを頼まれていたけれども、ラーメンも鰹の良い匂いがして大変美味しそうであった。トンテキは甘辛い味付けでニンニクも効いてて、美味しくないわけがないでしょうといった感じ。ご飯とみそ汁がおかわり自由だったのでついついはしゃいで食べ過ぎてしまった。
「ご飯が旨いと幸先が良い感じがしますね」だなんて言いながら車に戻り、この日の演奏会場へ。
そう、この日は有給休暇を使ってでもしたい演奏があった。
2015年3月13日、この日僕はドン・マツオさん(ズボンズ)のアルバムリリースツアー四日市編@ドレミファといろはでベースギターを弾いたのであった。

ドン・マツオさんはソロツアーを「各地の若いミュージシャンとその日限りのバンドを組んで演奏する」という、ちょっと他に聞いた事がない形で行われている。ツアー初日の名古屋編を観に行った際にその爆発力とスリリングさを大いに楽しんだのだけども、いざ自分がやるとなると色々と予測出来ないだけに緊張するシチュエーションである。
四日市場所をアテンドしたのは今まで何度もお世話になったノビ太さん。ノビ太さんが今回召集したのは前述の小池和伸さん(ロック墓場)、十三さん(Libra.etc)、そして僕。
この名古屋オルタナティヴ界の先輩方に挟まれての演奏っていうのも、また背筋が伸びるシチュエーションである。
だが、やらねばならぬ。男はどうしても引くわけにはいかない時があり、バンドマンには弾かねばならぬ時があるものなのだ。

事前にドンさんから送って頂いた8曲、これらを小池さんと十三さんとスタジオで確認してあとはぶっつけ当日、である。
リハーサルからあらゆる情報を逃さぬよう、空気を体に出来るだけ吸い込んでおくように集中して臨んだ。ドンさんはとても気配りして下さる方で音楽演奏に集中出来るよう、場の空気を見つつしかし的確に「良い音楽」が鳴らされるように環境から作っていく。
演奏しながらドンさんから指示(これが実にわかりやすく、かつ同時に良い感じに想像力を刺激するもの、であった)がとんできてバンドの演奏はどんどん躍動していく。その手法は事前に知っていたし名古屋編でも観ていたのだけれども、想像していたよりもその演奏は遥かに自由で、指揮の通り演奏するというよりかは音楽的なコミュニケーションに富んだものだった。4人の演奏で出来上がったものをドンさんが汲み取って時に刺激を与えたり、時にまとめたり時に自由に解き放ったり、波を見て波を作って波を掴んで演奏していくのだった。
リハーサルは「これ以上やると良くないね」というドンさんの言葉で終了。

この日の共演はばけばけばーうんにょろず
ばけばけばーは陽気な哲学者(数学者、かもしれない)のようなアンサンブルで舟橋大いに衝撃を受ける。
うんにょろずは即興とは思えない程歌心と気品のある美しさがあり、錬金術師のようなライブを観た思いだった。
本番前に楽屋で集合した頃には舟橋、すっかりいきりたっており気分はさながら軍曹についていく二等兵さながら、大いにやる気に満ちていた。

かくしてドン・マツオ with Bad Traffic(この日のバンド名、である)は1時間近く演奏したのだろうか、演奏を終えたのであった。
どんな演奏だったかというと、うん、本当に楽しかったし刺激的な時間を過ごした。確かに出し切った、良いものを出したという手応えが残る演奏をした。「リハーサルであれだけやった」にも関わらず本番の演奏と興奮は別格、3人とも大いにハッスルしてドンさんと演奏したのだった。
いや、しかしドンさん凄いわ。物凄く周りを見ているし人の良さを引き出すのが物凄く早く、ズルリと引っ張っていかれる。そして「どれだけやったって大丈夫」という安心感と「もっとやりにこい」みたいな挑戦的な気配を身に纏いながらギターを弾いて歌い、叫ぶ。あれだけ短くて濃密な一時間は久しぶり、いや、初めてだったかもしれない。
顔合わせをしてどんな演奏者なのかを見てどう引き出すかを判断して、まさに「波を見るように」演奏が一線を越える瞬間を見て音楽を、バンドが変化するように刺激を与える。あれを毎晩毎晩やってこられるというのは想像を絶する。
「音楽を演奏するのではなく、大きな音楽という存在に演奏させられる」という主旨の発言を終演後にされていたけれども、演奏の案内役であるドンさん自身も先がどうなるかだなんてわからないんじゃないだろうか。
お互い次に何をやるか不明の音楽家が4人揃って、兎に角良いものをもっと良いものをというその一点を共有して意識を集中してクリエイティビティと興奮に身と頭を任せて刹那毎に演奏を重ねる。
ドンさんはその波を見る。良い瞬間を捕まえてアウトプットして、道先案内人としてさらに転がす。
最高にエキサイティングな経験なのであった。

今回の演奏に参加して思った事が一つある。
音楽を演奏するという事は「再現」ではなくあくまで「演奏」なのであるという事だ。
同じ顔触れで集まって曲を作り練り上げて練習を重ね、演奏すればする程、人前での演奏行為=ライブは「再現」になってしまっておかしくない。けれども演奏というのは本質的には「クリエイト」する行為であるわけで、同じものを作るという発想のものでもないはずだ。
その時の空気、メンバーのバイオリズム、そして自分の気概に忠実に演奏する事で再現ではなくライブは瞬間芸術になっていくのではないだろうか、だなんてそんな事を考えたりした。少なくともそういう心持で演奏に臨みたいものだね、だなんて思ったところで、じゃあそう考えてる自分ってそういう部分を忘れがちだったなと思い当り素直に反省した。
正確無比な再現を志して演奏した事なんて一度もないけれども、クリエイティブで自由な瞬間瞬間の積み重ねで音楽は本来の力を持つという事は意識しておかねばならないな、とも思うのだ。

演奏中の刺激も凄ければ、心に残った鮮烈な記憶も大きい夜だった。
ご来場頂いた皆様、声をかけて下さったノビ太さん、そしてドン・マツオさん、有難うございました。

donmatsuo_with_badtraffic
左から、小池さん、ドンさん、僕、十三さん。
本当に楽しい夜だったなあ!

「サウナトランス」へ挑戦の巻。

僕は今池という街に住んでいる。
文化の町と言われるだけあってライブハウスも映画館もある。過去には劇場もあったし少し裏通りに入っていけばそれなりにイカガワシイ素敵なお店もある(韓国式マッサージのそういうサービスの"切り替えの早さ"に閉口した話はまたいずれ書く機会もあるだろう)し、本当に、結構栄えた独特の風情がある街である。
そこで40年間営業していたスーパー銭湯がある。一部では"そういう場所"としても有名だそうで知人も大きなお兄さんに見つめられて笑いかけられた、とかそんな話がまことしやかに風にのって流れてくる。僕もバンドの練習終わりや友人とパジャマパーティー等をする折に利用したりもした。貴方が名古屋を訪れた事のあるバンドマンだったら或いはご存知かもしれない。名を「スオミの湯」という。

suomi
そのスオミの湯が3月一杯で閉店するとの話を聞き、友人と「一度は行っておきたいね」と盛り上がったので早速出掛けてきた。個人的には少し前に存在を知った「サウナトランス」を試してみたかったのである。
ちょっとアンダーグラウンドな話題を期待されている向きには申し訳ないけれども、今回は舟橋がサウナトランスで体験した事のない新感覚を味わったお話である。

さて、僕がサウナトランスについて知ったのは漫画家タナカカツキ氏の作品を偶然読んだ事に端を発する。
タナカカツキ氏は日本サウナ・スパ協会が任命したサウナ大使で、僕が偶然目にしたのは氏の『サ道』という作品だった。
所謂エッセイ漫画なのだけれども「サウナだなんて熱いばかりだ」と今まで我慢大会か何かかのように思っていた僕からするとただのエッセイ漫画ではなかった。氏のサウナに対する愛情、サウナで繰り広げられる人間模様、そして「サウナトランス」。
氏によると「サウナトランス」とはサウナと水風呂を交互に繰り返す事で得られる恍惚状態の事。サウナと水風呂をローテーションで繰り返し、乾いた体を長椅子に横たえる或いは椅子に腰深く腰掛けていると突然物凄いディープリラックス状態が訪れるそうなのである。作中では「整ったーーー!」という表現とともに物凄い気持ち良さそうな描写がなされていた。
そんなんさ、聞いたら試してみたくなるじゃん!

というわけで舟橋、友人を巻き込んで試してみた。
まず、サウナ(一回目)。やはりサウナは苦手だ。10分程度入っていたのだけど汗をダラダラかくし呼吸するのも嫌なくらい空気が熱い。なんだよこれ我慢大会じゃん。しかしこの後に水風呂に入るので体の芯まで温めておく事にする。
そして水風呂(一回目)。今までまず入ろうと思わなかった水風呂。だって冷たいじゃん。足を突っ込んだだけで一瞬「やめようかな」と心が折れそうになった。けれども折角なんだし!と息を吐きながら腰まで落とす。ここで固まりそうになるのをこらえて肩までつかる。冷たい・・・!けれども、あれ、肩まで入ると意外と辛くない?
そうなのである、体と水の間にうっすらと温度の膜というか、そういうのを感じてそこまで冷たくない。あ、これならいけるいける。ただ人が入ってきたりで水流を感じるとやはり、冷たい!(笑)
一回目は10分くらいボーッと入っていただろうか。いけちゃったのである。
さて、サウナ(二回目)。あれ、熱くない。おかしいな、熱くない。水風呂から上がった体は当然だけれども冷えており、一回目とは全然感覚が違う。これなら辛くないぞ、それどころかこの寒暖の差は新感覚だ。
頭からタオルを被り、静かに目を閉じる。サウナルームのTVから流れている音声がさっきまでと違って聞こえる、気がする。思えば、何だかちょっとこのあたりから気持ち良くなっていた気がする。
水風呂(二回目)。もう恐れない。肩までつかる。楽器に使われる金属パーツを絶対零度まで冷却し、分子の並びを整えるクライオ処理というのを聞いた事がある。水風呂はひょっとしたら人体に施すクライオ処理のようなものなのかもしれない。何だか自分の体が色々と再起動する感覚というか、そりゃあサウナは自律神経に良いって言われるわけだよ。
そんな事をボーッと考えながら水風呂の中で膝を抱えて目を閉じる。ドバドバドバ、というお湯が浴槽に流れ込む音が大音響で響く浴室の中、水風呂で友人と並んで目を閉じる。

風呂から上がり体を拭いて、としていると体が物凄い浮遊感がある。というか脱力している。今まで何をそんなに力んでいたのか、というくらい体が弛緩しているのがわかる。服を着て休憩所に行き、腰掛けると体が「クター」となる。
意識もどこか覚醒しながら周囲の環境と調和するというか、何だこの感覚、瞑想状態に近いのだろうか。
ひょっとしたら「整った」のかもしれない。何にしてもちょっとこれって大丈夫なのってくらい、体がリラックスしたのがわかった。意識面でもどこまでも体が沈み込むようなベッドに身を投げ出したような、そんな安心感と倦怠感がある。
帰宅して、すぐに寝てしまった。物凄く深く眠った。
ちなみに起床しても、体がリラックスしている感覚があった。仕事中には危ない表現になるけれども多幸感さえ感じた。

僕はプラシーボ効果とか、恐らく効果てきめんなタイプだ。催眠も暗示もかかりやすいだろう。「整いに行った」感さえあるけれども、あの気持ち良さは癖になる。思い込みの激しい性格故にあそこまでサウナ→水風呂の効果が出たのだとしたらつくづく得な性分だと思う。
サウナ、多分ハマるなこりゃ。こうして書いてる間にまた行きたくなってきたもの。

春という季節に際しての話。大した内容じゃあないよ。

今日は大雪が降ったので別としてもここ数日の名古屋は少しずつ春の気配を感じさせるような気候で、もうすぐやってくる春の気配に僕は少しばかりヤラれていたりする。

春というのは華やいだ季節ではあるけれども終わりと始まりの季節でもある。
三月に終わって、四月ですぐに始まる。卒業に入学に内示に部署移動に、と環境が変わったり終わったり始まったりするのはきまってこの季節。
というわけで「春=終わりと始まりの季節(出会いと別れの季節と言っても良い)」の方程式が僕の中でも成立しているわけなのだけれども、今年の春、僕は何も終わらないし何も始まらなさそうで、それっていうのはまあ安定しているっていう意味でも良い事だし、自分の身を置く環境の変化というのもまだ少しの間なさそうではあるからして、まあ良くも悪くもない事なんだけれども、春の気配から感じられるそんな「変化」に対して「変化しない」自分が若干ナーバスになるというか、勝手に「置いて行かれた!」だなんて感じてしまっているというわけなのだ。
なんとも手前勝手な事よ。

一瞬「強引に何かを終わらせて何かを始めてみるか」と無茶苦茶な事を考えてもみたけれど(無茶苦茶、と言いながらこういう半ば形式に無理やり自分を従わせる、という行動が新しい何かを生み出し得るという事もわかっている。人間というのは構築と破壊を繰り返すものだと思っているから)、ご飯を食べながら10分程考えてみた結果ワクワクするようなアイディアも思い浮かばなかったので棄却。ここは素直に「置いて行かれている感」を楽しむ事にした。
人間は現状に満足すると未来と過去に意識を向けたりするもので、ネガティヴな発想というのは過去からやってきたりする、僕の場合は。A=BならばB=Aというようにネガティヴな時は過去に向かうようで、僕はセンチメンタルとともに懐古的になってみたりもした。懐古趣味それ自体は悪い事ではない。「昔は良かった」という論旨もそれを言う人間とシチュエーションによって良い意味にも悪い意味にもなる。ノスタルジーというのは前進のために必要な事だ。
しかし僕が浸ったノスタルジーは生産性もへったくれもなかったし、おまけにどんどん加速した。
過去の改竄と美化は紙一重、3年前では「こうだったらいいのにな」と妄想を元手にした仮定で彩る事を楽しんでいた10年前の出来事は3年の時を経て「こうだった」と半ば現実味さえ伴っており、僕は事実の改竄は不可能でも事実に向き合った自分の心情は改竄可能なのだと知った。時間の経過と成長を悪用する大人になるとこういう事を平気でするようになってしまうのだった。

ナルシスティックな感情に浸る行為とは幾分距離をとるように心掛けていたけれど、その行為と落とし前のつけ方次第では幾分かカンフル剤の役割を果たすのだと思い出した。そういうのを大事にしないと超然とはしているけれども情緒のある大人にはなれやしない。

習作

「彼女」に対する片思いは、彼女の日記に対して始まったと言って良い。

当時ぼくたち若者の間で流行っていたSNS。「m」で始まるアレといえばピンとくる人も少なくないだろう。
自分の好きなコミュニティに所属して同じ趣味の人間と出会ったり日記を公開して他人からのコメントを待ちわびたり逆に友人の日記にコメントをつけてやりとりをしたり、と自分のパーソナルスペース感はあったものの同時にそこがしっかりと開かれている、という今思えばよく出来たあのSNSに多くの人間が面白味を見出し、ぼくも御多分に漏れずそこに日記を書き、自分の趣味の世界で同好の士とのやりとりを楽しんだ。
毎日自分のページに訪れる「見知らぬ誰か」と「知ってる友人」のページを訪れてはダラダラと眺めたり気の利かない言葉の一つも残す。結構な時間をあのSNSに費やしたのだった。

そのSNSでぼくは彼女の日記に出会ったのだった。きっかけは憶えていない。彼女がぼくのページに訪れた履歴が残っていたのか、それとも友人の日記を閲覧している時にそこに残された彼女のコメントをたまたま目にしたのか。いずれにしたって些細なものだったと思う。
彼女はバンドをやっていて、共通の友人伝いに彼女のバンドの事を聞いていたぼくはすぐに「ああ、あの人だ」と名前くらいは浮かんだと思う。
ぼくは何の気なしに彼女のページを見に行った。彼女からすれば見知らぬ僕が自分のページを閲覧しに来た、という履歴こそ残るものの、どうせ見知らぬ者同士どんどんとその痕跡を残しあうのが常のSNSだ、ぼくも大勢の中にすぐに埋没するだろうと軽い気持ちで彼女の名前をクリックした。

そのSNSで見知らぬ人のページを閲覧するとぼくはまず日記から覗いてみる事にしている。
人の日記ほど面白いものはないし、何より日記は人そのものを表しているからだ。日記が思慮深い人間は思慮深い人間だし、気配りの行き届いた日記を書く人間は気配りの出来る人間で、面白い日記を書く人間は面白い人間である。
彼女の日記がどうだったかというと、決して美しい日本語は使われてはいなかったし文章も整えられた精緻なものではなかったものの、冗長ではないセンテンスと改行を巧みに、しかし恐らくは無意識に多用した独特のリズム感と宙に浮かんでいるような言葉を主に使った、それまでに見た事が、いや、読んだ事がないようなものだった。
素直に面白い、とぼくは思った。それだけではない、夢中になった。
彼女と直接コンタクトこそ取ろうとしなかったものの、ぼくが履歴を残すと律儀にぼくのページにも履歴を残す彼女の名前を辿って、ぼくは毎日のように彼女の日記を読みに行った。
彼女自身に興味があったのか、と問われると正直なところ微妙なところだった。その証拠にバンドを観に行こうとは思わなかったし、彼女の趣味の世界にもそこまで興味がなかった。ただただあの独特の日記をずっと読んでいたい。
それだけがぼくの願望だった。

彼女の日記には彼女の病気の事が書かれていた。
彼女は心の病を患っているようだった。日常生活にも支障をきたす程のものだったようで、時にそれに苦しんでいる様子も相変わらず宙に浮かんだような言葉で書かれていた。
ぼくの身近にも心の病を患っている友人が何人かいた。けれども彼らと彼女が決定的に違うのは、彼女は全く他人を意識せずにそれと闘っているところだった。他人の助力もはなからあてにしていないような、そんな気配が彼女独特の文章の行間から滲んでいた。今思い返すと彼女の日記には「つらい」という言葉が一言もなかったように思う。
病気なのだから、辛くて当たり前だし悩んで当たり前だし他人の助けを欲して当然だろう、だけれどもそれが一切ない。こう書くと孤高の人、という印象を持つだろうけれども、さも当たり前のように自分と自分の病気以外が眼中にないような日記を書く彼女からはそれさえも感じられなかった。
それでぼくはますます彼女の日記に興味を持った。毎晩のように宙に浮いた言葉を独特のタイミングで改行する彼女の日記を読み続けた。

そんな日記の書き手と読み手という関係が変化したのは、意外にも彼女からのアクションがあったからだった。
その夜もぼくはそのSNSにログインした。そのSNSは他人にメッセージを送る事が出来る。いつもは何て事ないやりとりを友人としていたのだが「メッセージが来ています」との通知にメッセージボックスを開いたぼくは信じられないものを目にする事になる。彼女がメッセージを送ってきたのだった。
共通の友人の存在を察した彼女はただただ無邪気にぼくにメッセージを送ってきたのだった。毎晩のように自分のページを訪れてくる見知らぬ男の存在に不信を抱く事も警戒する事もせずに、あの日記特有の文章をぼく宛に送ってきたのだった。
秘め事を見つけられたような照れ臭さとその何倍ものきまずさを感じながら返信を打つと、すぐにそれに対するリアクションが返ってきた。
こうしてぼくたちはオンライン上の友人になったのだった。

住んでいる場所も近くて共通の友人もおり、そしてやりとりを重ねてお互いに違和感がない関係が続けば「直接会ってみよう」となるのは不思議ではないはずだ。その提案にぼくはさしたる抵抗もなく賛同した。彼女と個人同士のやりとりを続ける事でぼくは彼女自身にも彼女の日記と同じくらいには興味を抱いていたから。
忘れないように書いておくと、彼女からメッセージが来て直接会う事になるまでそこまで時間はかかっていないはずだ。
だけれども不思議と下心や淡い期待はなかった。お互いになかった、と断言して良いだろう。彼女に対して女性に対する期待をその段階で抱くには、彼女の書く日記は浮世離れし過ぎていたから。単純に「あの日記を書いている人と会える」という期待だけはあった。
少し嘘をついたかもしれない。
下卑た期待はなかったにしても、高揚感はあったかもしれない。
彼女の日常が写真としてアップロードされている、非公開のパーソナルなWEBのURLを教えて貰い、ぼくはそこに投稿されていた彼女の写真を見ていた。率直に言ってしまえば、彼女の容姿は整っていた。そこに映っていた彼女はやはり、生活感なんてとてもなかったのだけれども。

直接会った彼女はとても楽しそうに話をした。共通の友人の話から始まり自分の学校生活、バンド活動や趣味の話、それこそ日記の文章そのままに宙に浮いているような言葉を使って話をした。
ぼく自身もそういう経験がないわけではない、という事を知っていたからか共通の体験を有する者同士の気さくさで、彼女は自分の自傷行為についてもそれまでと変わらぬ口調のまま楽しそうに話をした。思春期の頃、辛い環境に置かれた人間のうち何人かは「不幸自慢」を楽しそうにしたけれど、彼女のその楽しさは自分の好きな本や音楽や映画について語るそれと同じようで、彼女が自分の病気を日常のものとしている事が痛烈に伝わってきた。
会話の弾みから彼女が自分の傷だらけの太腿をぼくに見せる事になった。差し向かいで挟んだテーブルの下を覗くと、彼女がワンピースの裾をゆっくりと持ち上げるところだった。太腿にはしった何本もの傷跡は彼女の白い肌とコントラストを成しており、それがそこにあるという事実やその意味合いも超越したものを感じさせた。ぼくは素直にそれを「綺麗だな」と思った。

その夜、ぼくたちは終電を逃してしまった。
よくもまあ何時間も何時間も話し込めるものだ、と思うけれどもぼくたちには話す事が沢山あった。お互いの人生経験を宙に浮かばせて、それに向かって捉えどころがあったりなかったりする言葉を意図的にぶつける。相手の投げたそういう言葉、どうとでもとれるような言葉を探ってみたりそのまま曲解して話したり、そういうのが楽しい夜だったのだ。傍から見たら一周して気楽なペシミストを気取りたい若者達のおままごとに見えたかもしれないけれども、それはそれで相手次第ではとても楽しい事だった。
ぼくたちはタクシーに乗り込んだ。すでに歩こうにも話し疲れていたし、ゆっくりと休める場所が欲しかった。かといってやっぱり目の前にいるのは「女」ではなく浮世離れした「彼女」だもんだから、ぼくの下心は誠実さによって圧死させられており、この素敵な友人との行先はぼくの自宅となった。
実家住まいのぼくの家ならば迂闊な事をしようにも出来ないはずだ、と彼女が思ったのかそうでないのかは定かではないけれども、疲れた様子ながらも特に考える風でもなく「そうしよう」と彼女はタクシーの座席に身を沈めたのだった。

豆電球だけつけた電灯の下、ベッドと床に敷いた布団で横になりながらポツリポツリと話をした。互いに眠気にまみれながらの話だったので何を話したのか憶えてはいないけれども、日記を読む事で始まった彼女との関係、そしてこの夜の膨大な会話に決着をつけるようなものでもなく、本当にただただ眠りに落ちる間までのうろんなやりとりだったと思う。
朝方、帰宅する前に彼女と出会った母親は目を丸くして「まあ」と言った。突然息子が見知らぬ女の子を家に泊めたのだ、母親なりに精一杯の抗議だったのかもしれないと思ったけれども、彼女が帰宅した後の母親の「なに、あの凄い雰囲気ある娘さん。あんな人初めて見た。ミドリマコみたいな子だね」という言葉から察するにそうではなかったらしい。
ミドリマコ、が緑魔子である事をぼくが知ったのはインターネットで調べた後の事で、母親にそう思われていた旨を彼女に告げると悪い気はしていないようだった。

その後、幾つかのやりとりを経て結局ぼくは彼女に恋愛感情を抱いてしまう。
誠実さというていの良い言葉の下に隠していた高揚感の正体は結局自分にない浮世離れした彼女に対する憧れで、相応の時間を重ねるうちにそれが女性としての彼女に対する尊敬の念に切り替わっていったのだった。
けれども当時は煩悶もさせられた恋愛感情に対して、ぼくは微笑ましい気持ちで当時を思い出すのと同時に、幾許かの疑問も抱いている。果たしてあれは、あの感情は純粋な恋愛感情のそれだったのか、という疑問だ。
何故なら彼女に思いを告げて彼女らしい言葉で自分の恋愛が成就しない事を悟った瞬間でもぼくの気持ちは然程動揺する事はなかったし、その直後、いやその瞬間から彼女の良い友人という席に抵抗なく収まる事が出来た。その後彼女と交流を続けていく過程で生活環境の変化に伴って彼女が生活感を伴うようになると同時に彼女が受け入れていた心の病も少しだけ良い方向に向かっていき、反比例するように僕と彼女の交流も疎遠になっていった。かつては崇拝と言っても良い程だった彼女に対する感情も現実味を伴った友人に対するものへと変化していったのだった。
「あれは、本当に彼女に対する恋愛感情だったのか」という疑問に対してはあの瞬間だけを切り取るのならばイエスだし、今現在のぼくの視点から振り返るのであれば半分はノーだ。今のぼくからするとぼくは彼女の日記と彼女が無意識に醸し出していた浮世離れした気配から勝手に偶像を作り上げて、それに恋愛をしていたのではないか。

「彼女」の偶像の半分が彼女の実像そのものだったとしても、それに向けた僕の感情が純粋な恋愛感情だったと言えるのかどうか、今現在のぼくからするといささか自信がない、というのが正直なところだ。

そんな事を、未だに良い友人である彼女に対して思っているのだった。

東京から来たアイツ編

随分と時間が経ってしまったけれども、先日の日曜日(3月1日)に面白い演奏をしたのできっちり記録を書いておく。
MoNoSiRoでドラムを叩いていたコジマ君に誘われてtasotokyoの名古屋でのライブサポートをする事になったのはいつの事だったか、確か最初に「そういう機会があったら演奏しませんか」と話を貰ったのはもう去年の事だったように思う。
面白そうだったし気になった話は基本的に断らないタチなので「やる時は声かけてね」と返事したら今年に入って少しした頃に日取りが決まってきた事と、正式にお願いしますと連絡を貰った。
東京在住のSWW(この表記、最初に目にした時は「なんじゃこりゃ」と思ったけどシンガーソングライターの略なのね)の名古屋場所でのサポート、となると練習は当日一発である。ドラムのコジマ君と頂いた音源(と資料)を参考に何度かスタジオに入って「これなら大丈夫でしょう」と迎えた当日。
多少なりともエキセントリックな人を想像していたけれどもいざ名古屋に現れたtasotokyo、というか大石さんって呼んでるから大石さんって書くわね、大石さんはエキセントリックではあったけれどもしっかりした人だった。そして想像よりも身長大きかった。名古屋駅で合流してそのままスタジオへ入り一時間と少し、練習。
「ベースに関しては楽しくやって、任せる」との話だったので送られてきたデモから随分とこざっぱりと=シンプルにまとめたのだけれど、今回の「人が弾いたベースラインを自分なりに再構築する」という作業は大変参考になった。今まで(自慢じゃあないがサポートの経験は多いから他人が弾いたベースラインを再構築っていうのは経験、結構あるのだよ)無意識にやっていた事ではあるけれども、いざ意識的にやってみると自分がベースギターで何をどう弾くかっていう事に対してどう考えているのかがわかった気がする。

会場となったのは柴田@hill。初めてのライブハウスでとても新鮮。
YAMAHA SBVにサンズアンプにギャリエンクルーガー、おまけに何かあった時用にビッグマフと最近買ったオーバードライブと装備はしっかり固めてあったのだけれども、この日「本当に興奮した時に」踏むように持ち込んだビッグマフが大活躍。
結果的に本番直前に"本当にいつも通り"やろうと決めた僕は想定していた倍以上の頻度でビッグマフをオン、それはそれは気持ち良く音が伸び、それでさらに興奮して良い演奏が出来たと思う。
ドラムのコジマ君は大石さんからのオーダーでクリックを聴きながら叩いていたのだけれども、きっちりとリズムキープしながらちゃんと熱量を共有する事が出来た実感があって大変やりやすかった。クリックを聴きながらそういう部分を共有する事って結構難しいんじゃないのか、と僕みたいなのは思ったりもするんだけど。いや、一緒にしちゃあいかんか。
曲を弾く、という事を改めて考えている今日この頃なのだけれども、何故「人間が」「音楽を」「演奏する」のかという事を考えるとそりゃあただ漠然と肩から楽器をぶら下げてただ弾くっていう事なんて出来やしない。
曲を、音楽を、その場の熱量を呼吸させるようなっていうと大袈裟な上でにとてもわかりづらいだろうけれども、でも実際にそういった気持ちで演奏に臨む。するとどうだろうか、演奏に於ける冷静と情熱の間に実に気配りする点が多くあるのがわかり、演奏はより快感と充実感に満ちたものがある。リズムは明瞭化し、ここに打ち込むべきだというアンサンブル上でのスペースも感じられるようになってくる(のかもしれない)。要するに集中力が増すというわけで、やっぱりポジティヴな姿勢っていうのは演奏に於いても何よりも必要な事なのだと思い知る。
大石さんが曲間でも結構話をふってくるもんだから舟橋、大いに話しましたよ。大石さんとのアンサンブルはトークセッションに於いてもスリリングで、かつ面白いものとなった。物凄く自画自賛だけれども、この日は演奏も曲間も有機的に機能出来たと思う。大変充実したものとなった。
あ、曲間は下ネタが酷くてここでは書けないような話ばかりだったけれど。

我ながらわかりやすいというかなんというか、この日一日一緒に過ごしただけだというのにライブが終わって名古屋駅までさあ行くぞって頃にはすっかり名残惜しくなった僕であった。それだけ本当に、この日の演奏楽しかったんですね。
やはり何でもやってみるものだ。経験というのは財産で、実地で得た経験ほど後々自分を助けてくれる知識もないと思う。
機会があれば是非また演奏したいもんだなあ!


演奏終了後のコジマ君、大石君、僕。
僕の顔が浮腫んでいるのはお酒を飲んだのと、あと疲れてるからっていうのはあるかもしれませんね。
翌日からきっちり風邪引いて、あとはしゃいだ後遺症=筋肉痛が酷かったです。
体に負荷がかかったのか、後日新栄の整体に行ったら「背中と首がモノスゴクハッテルヨ!」と言われました。

諸君、私はエフェクターが好きだ。

「結局のところ、楽器は道具である」という気持ちが日増しに強くなっている。
楽器が音楽を作るのではない、人が楽器を道具として用いて音楽を作る。
僕のような作曲をしない人間でも同じである。楽器を鳴らす人間がその瞬間にどんな音が鳴るかを決める、というのは演奏者の意思の上では(例えばここはAmを弾こう、とかそういう話だこれは)明らかにそうだし、非常にオカルトじみた物言いに聞こえるかもしれないけれども、人間にはその人自身の音というのがあると僕は思うわけだ。
人が音を作る。
どんな人間かどんな人生を歩んできたか、極端な話今朝何を食ったかが音に影響する、と真面目に思っているのが僕なわけで、でもこれっていうのはピッキングの角度や癖、右手と左手のバランス等、その人固有の「振動のさせ方」があるはずなので科学の分野から考えてもあながちオカルトだけで終わる話でもないはずである。
そりゃあ勿論今朝何を食ったかっていうのが弦振動に影響を与えるとは僕も思っていないけれども(あ、でもどうかなちょっとは思ってるかな)、要するにそれくらいの事で人間の状態っていうのは変化するでしょうしそれがその人の演奏に与える影響っていうのはあるのでしょうよって話である。
演奏というのはその時の気分と精神力と集中力、実に多くのものに良くも悪くも影響を受けやすいものなのである。

さて話はここで戻るよ。
音を作る(=鳴らす)のはその人自身、となるとでは果たして楽器は何でもいいのかどうか。何でもいいのだろう、きっと。
何を作るかどう作るかが究極的なクリエイティビティの行き着く先であって、そのための楽器っていうのは「道具」に過ぎない。
だけれども、同時にこうも思う。道具にこだわる事もあって良いはずだ、と。
僕は僕の楽器を熟知していて物凄く扱いやすい(=コントロールしやすい)。つまり自分の表現したい事がそのままスッと出ていくわけで、道具としては大変優秀だと思う。それを取り上げられたら大変ストレスで演奏にも支障が出る瞬間がないとは言い切れない。だから楽器を大切にしている。
同時に自分の楽器が弾きやすくておまけに良い音で恍惚としちゃったり、お気に入りのファズでグインと良い感じに音が飛び出した時なんていうのは大変良い気持ちで(あの瞬間の興奮っていうのは高校三年生の頃に大きな音でエレクトリックギターを鳴らした興奮とほぼほぼ同じであると信じている)、その興奮が演奏に及ぼす恩恵っていうのはもうここ何年もお世話になってきたというか、そういうので普段じゃあ出来ないような演奏をしてきたのだ僕は。
だから何かを作る際の「道具」として僕は自分のベ^スギターと、そしてそう「エフェクター」を大変敬愛している。

そんな僕だけれども先日、エフェクターが好きで何か面白いものはないか新しい「発明」が出来そうなものはないかと開店当初から週に一度(ちょっと盛ったかな、気持ち的にはそれくらい)は通った大須にあるエフェクター専門店「エフェクターフリークス」のツイキャス配信にゲスト出演してきた。
今回で8回目となるツイキャス配信、この度初のベーシストをゲストに招いての配信という事で、有難くも僕を起用して頂いたわけでありまして。いやあ、嬉しい!
大好きなお店の配信で初のベースギター奏者ゲスト回ですよ。嬉しくないわけがない。諸々、頑張ってきて良かったー!

というわけで事前に企画書を送付して頂いてそのしっかりした内容に恐れおののいたり
「あのー、僕コンプとか全然詳しくないよ、これ格好良い音するなあ!とかズゴン!といきますねとかしか言えないよ」
「いいんですよそういう感じで」
と打ち合わせを行ったりで迎えた当日。
最初はわりかし落ち着いて話したりして、いや嘘だわごめん、落ち着こうと心掛けて話していたのだけれども視聴されてる方からの「ベースでの王道のファズや歪みの話をしてください」と言われて一気に興奮、気がつけば配信予定時間を越えて喋っていた。・・・すいませんでした。
いやでも楽しかったなあ。
SNSでエゴサーチしまくったけど、ゲストとして呼ばれた以上お伝えしたかったエフェクター選びの際のポイント(そんな大それたもんでもないかもしれない)とか良い感じに伝わったみたいで一安心。

2015_02_27
名古屋近郊の皆様も、そして名古屋から離れた皆様もエフェクター好きなら是非一度は覗いてみてください、大須はエフェクターフリークス!

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

お問い合わせ

お問い合わせ、出演オファー、サポート依頼等はこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

検索フォーム