靴下にサンダルで歩くのって良い感じだよ。

2015_04_29
終電で地元の駅まで変える事が出来ず、結局一時間半歩いて帰宅した。
悪い気はしない、どころか実に充実した気分だ。そもそも体に悪い事ではない。時間もあって体力に余裕があるならこういう時間の使い方というのはむしろ積極的にすべきなのだ。お金も必要とせず、健康に良いのだから。
ってこういう貧乏性が抜けきらない事言っちゃってるから積極的に運動しないんだろうね。

さて靴下履いた足をサンダルに突っ込んで歩きながら何を思ったかと言えば筋肉の話だ。
これは極めて単純な「これだけ歩けば良い運動になるだろうな」→「足の筋肉も鍛わるに違いなかろう」という連想からくる話なのだけれども。

「ベースという音がバンドアンサンブルで担う役割というのは、人体で言えば筋肉である」という僕の持論がある。
大多数のバンドアンサンブルに於いてはリズムセクションを担う事になるベースのサウンドは(それを構成する周波数帯域という意味に於いて)真っ先に耳に飛び込んでくるものではない。歌があったら歌を聴くだろうし、ギターソロではエレクトリックギターが脚光を浴びる、少なくとも"一般的"には(自分で書いていてナンだけれども、つくづくつまらない表現だとも思う。だけども同時に便利だな、とも思う。ここで神経質に書き始めては話が全然進まないからね!)ベースギターがこれまた"一般的な"リスナーの耳に真っ先に着目(着耳、というべきか?)される事はほぼない。ベースギター奏者か、我々からすれば有難い事この上ないその手の音の「愛好家」だけである少なくともあの音に真っ先に耳がいくっていうのは。
で、そんな目立たないベースサウンドだけれども音楽の躍動感を体現するっていう意味では骨であるドラムと連動して、共闘してバンド=音楽という「肉体」を動かして=転がしていく重要な役割を担っている。

夜道を一時間半も歩いたんだもん、ちょっとは演奏する上での持久力とか養われていればいいのにな、とか思っちゃったわけである。
あるわけないのにねえ、健康面でのメリットしか。あっはっは。
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MoNoSiROでの演奏@吹上鑪ら場 2015.04.26

吹上 鑪ら場にてMoNoSiRoで演奏をしたのでその備忘録。

防音が業者によってしっかりと施してあるけれども地下である会場の上は普通のアパート、鑪ら場では一応ベースギターの音量に気を遣う(特に低音というのは壁を伝って騒音となりやすいのである)。お店側も「爆音はちょっと相談させてくださいね」スタンスなので最初に鑪ら場で演奏する際は店長コンビ(=鈴木実貴子ズ)がリハーサルの時に客席側で入念なチェックに付き合ってくれた。
「これ以上大きいとお店的にはやばいです」と「だけども音楽的にはもうちょっと欲しいです」の間をちゃんとこちらの演奏しやすさも慮りながらいったりきたりしてくれるので本当に有難かった記憶がある。
それ以降はその初回演奏時のセッティングをばっちり憶えておいて、そこから微調整で済んでいるのでセッティングも楽チンだったりするのだけど、そういう所謂「慣れ」からくる気安さを差し引いてもここでの演奏というのが僕は好きである。
特にMoNoSiRoの時はバンドの曲のサイズ感(物理的な音量という話でもなければクリエイター的な話でどれだけ大衆向けか、とかそういうのでもない。演奏側と聴く側の距離感的な部分で、これは物理的な問題や実際に鳴っているアンプの音量、そしてそれをどのような経路で聴き手に届けるのか、とか様々な要因で変化するものである。そして一概に近ければ良いってもんでもなく、その音楽毎にベストのものがあるようにも思える)が鑪ら場とフィットしているように思われてとてもスンナリ演奏出来てしまう。
メインスピーカーから大きい音がドーン!と出てギターアンプがギャーン!となり、ドラムがドコスカ!と打たれてみたいな環境より可能な限り生音、何ならドラムは軽くミュートして思いっきりぶっ叩くというよりかは優しく鳴らし、その音量とバランスがとれるくらいの音量をアンプで足してやるくらいの感じでいく環境のがこのバンドにはしっくりくるのだ現状、個人的にね。
そんな「抑え目でガツガツ出す感じではないヨネ」ってのが前提にあるMoNoSiROの鑪ら場での演奏、だけれども慣れというのは恐ろしい、過去の演奏通りのボリュームにアンプヘッドを調節してやると幾分か「出し過ぎなんじゃないのかこれは」とさえ感じちゃったんだよね僕。
更に音量抑えたもんな。それでもライブ序盤はちょっとベースアンプの音量が気持ち大きめに感じられたくらいだった。全くもって慣れというのは恐ろしい。
爆音を志向するフィードバック大好きな僕が小さめの音量を愛するようになるとは!
爆音で弾く時とそこまで音量を出さずに演奏する時は、集中力の質が違うように思うのだけれども、これもちょっと今後考えてみると面白いテーマかもしれないなと思う。

2015.04.26pedalboard
この日の足元。
最近導入したMASF raptioはグリッチサウンドモードで。これ本当に面白いね。飛び道具なようで意外と汎用性のある機材だと思う。詳しくはまた近日中に。
リバーブとディレイの空間系セクションもどんどんその扱いに慣れてきた感じがある。特にリバーブは今まで何だかなぁと試行錯誤していたところがスッキリと解消された感があるので大変演奏しやすかった。

新曲が
・基本、7拍子
・ベースがリフを刻み、ギターのリードフレーズは裏拍からin。
・ドラムは途中から8拍子でつまりポリリズム。

とここ最近の曲の中では一番難解だったのだけれども、それはそれは楽しゅうござんした。
難解な変拍子や曲構成に慣れてきて、もうちょっとであと少し、表現力が増しそうなそんな気がしている。

VSMYBLUESにサポート参加した話。

奪われたものは取り返さなきゃならない。
それにどれだけ時間を費やそうが労力が必要とされようが、一度自分のものだったものが奪われたのならキッチリハッキリ取り返さなければ気が済まない。
そういう生き方をしてきたつもりだし、そういう矜持を腹の底にしっかり抱え込んで生きている。

平日のライブというのも随分と久しぶりな気がした。朝早く起きだして仕事をし、お昼休憩には「今日はどんな演奏が出来るだろうか」とワクワクしながら携帯電話(というか今時はスマートフォンというべきか)片手に昼食を食べる。
退勤時間が近付くとドキドキしながら物凄い勢いでロッカールームに駆け込んで急いで着替えて、マウンテンバイクに跨って自宅へ戻る。
この日は時間があったので一通りこの日演奏する曲を流しながらベースギターを抱えて復習、いや予習というべきか。
晩御飯を軽く食べて気持ちが落ち着いたら楽器を用意して家を出た。いざ今池HUCK FINNへ。

VSMYBLUESと名前を変えたex.i GO先輩達から声がかかったのはいつだったかな、具体的な時期は憶えていないけれど、VSMYBLUESとしての初ライブを観た時にはもう演奏する事が決まっていたので相応に前の事である。
久しぶりに何度かスタジオに入って練習して(i GOの頃とかは一旦曲を憶えたらもうスタジオ自体入らなかったりしたもんな)曲を体に落とし込んで、それで当日を迎えた。新バンドだもの、そりゃあ緊張も一層するというものだ。
ステージに上がって楽器を担ぐまでそんな風に結構気負っていたつもりだったのだが、いざ演奏が始まるとやっぱりいつも通りの感覚である。演奏行動というのはいつだって新鮮でいつだって刺激的だもんだから、緊張するっていうのはあまりない。始まるまでは絶望的な気持ちになる程緊張するのだけど、それって色々と「想定」する癖が未だ治っていないからなんだろうなと思う。

新バンドVSMYBLUESでベースギターを弾くにあたって茜谷さんから言われたのが「今までみたいにギャーン!って感じの音じゃないのがええねん」という事。挑戦しないと意味ないなとも常日頃思うので、ここはいっちょ思い切ってやってみっかと愛用のプリアンプ(愛用ってレベルじゃない程愛用してる。もう僕の楽器の一部だと思う)=サンズアンプを外してベースギターの素の音をアンプでイコラジングして演奏してみた。演奏上必要と判断したからオーバードライブを一つ、チューナーを一つ挟んだけれどもこんなにスッキリした足元は初めてだ。
練習の時からそういう感じでやったものだから戸惑いこそしなかったけれど、やっぱり新鮮だなと思う。
ステージもフロアも誰もいない静かなHUCK FINNのステージ上、いの一番についた僕が音をガツンと鳴らした時にナベちゃん(同い年/今池HUCK FINN)が言った「やっぱり舟橋君の音だなあ」って言葉がやっぱり嬉しかった。
挑戦は反芻してさらに上を目指して継続していかねば意味がない。もしまた声がかかる事があったら、きっともっと良い演奏が出来ると確信している。

しかしこの日は本当に面白かった。
HUCK FINNの熱気に満ちた空気が頭の中に入ってきて、自然と興奮するようだった。熱気にあてられるというのはああいう事を言うのだろう。
hiroponsも格好良かった。是非パイプカツトマミヰズでもお手合わせ願いたいです。


DJで参加されていたオカザえもんさんと。

犬栓耳畜生@緑橋 戦国大統領

04/11(土)
その日が、来た。
去年の8月から自動車教習所に通っていたのだが、教習終了期間(これを越えるともうお金も返せないよー教習終了だよー)ひと月をきったところでこの日どうにか卒業検定。仕事の合間に少しずつ通ってこのペース、ではあるのだけど正直内心ヒヤヒヤしてたから安心感があった。
しっかり練習もしたし卒業検定もばっちりなはず、ではあったのだけどいざ受験するとなるとやっぱり緊張するよね。
結果としては無事に合格。ロビーモニターに表示された『おめでとうございます、全員合格です』の文字と拍手の中、若干エモーショナルになったけれども卒業式は想像よりも淡泊で、そりゃそうだよなあと思いつつ平針試験場(名古屋人はここで本、免試験を受ける)へと思いを馳せた。
長かった自動車教習場通いもこれにておしまい。技能教習の際に教官にイラついた事もほんの数回あったけど、思い返せば教官達が言っていた事って一切間違ってなくて、いらつけばいらつく程次の教習に活きてきたりするもんだからやっぱり僕は師に恵まれたのだと思う。お世話になった教官は何人もいらっしゃるけれど、特に気にかけて下さった教官が二人いらっしゃるので免許を取得した暁にはきちんとご挨拶に伺おうと思う。
30歳からの自動車教習場通いは周りの教習生との年齢差とか気になっちゃうのかな、と思っていたけど意外とそうでもなかった。多分周りもそんなに気にしてないし教官達も「お仕事しながら大変でしょうが頑張って下さいね」と言葉をかけて下さったり時には予定のやりくりをして下さったりと十二分に慮って下さった。
もしこれを読んでいる貴方が自動車免許をまだ持っておらず、かつ「自分は通うには遅過ぎるのではないか」と物怖じしているのであれば悪い事は言わない、すぐに通った方が良い。年齢に関する問題で貴方が懸念しているような事柄はきっと起きないだろうし、それに何より一定の年齢を重ねてコミュニケーション能力も相応に磨かれてからの自動車教習場はとても楽しい。

さて、その後一度帰宅し荷物を持って名古屋駅へ。
この日は犬栓耳畜生という新規参加したノイズバンドで大阪は緑橋 戦国大統領にて演奏、他のメンバーと別行動の僕は高速バスで往復の移動をする。
インターネットは便利だ。前日仕事の休憩中にスマートフォンで往復の高速バスをサクサクッと予約する事が出来た。クレジットカード引き落とし&インターネットって最強だよな、とその利便性と恐ろしさについて考えていると予約確認メールに気になる一文があった。
「大きな楽器はお持ち込みをお断りする場合があります」
一般的にギグケースに入れたベースギターというのは多分、デカい。いや絶対にデカい。持ち込み手荷物の許容サイズみたいなのを見たら全長1メートル以内、とか書いてあって舟橋その瞬間に頭抱えそうになっちゃったよ。
しかしすぐに閃いた。
犬栓耳畜生で使っているベースギターはダンエレクトロのロングホーンベース。ショートスケールのボルトオンネックだ。
ボルト(ネジで)オン(とめる)。ネックとボディはバラバラになるし紙と木の合成樹脂メゾタイト製のこのベースギターは著しく軽い。ちょっと不安になるくらい軽い上に、中空でここまでくると下手なギターより軽いくらいだ。
ネックとボディをバラバラにして、リュックサックに入れて手荷物扱いにして車内持ち込み出来ないだろうか?
トランクに入れる事は断られてもそれなら「膝の上で抱えますから!」と言えば許して貰えそうな気がする。
バス会社に電話してみると「トランクに楽器のケースを入れる事はお断りするケースは稀にありますが、入れて頂く事も不可能ではありません。ただ膝の上に抱えて頂いた方が安心かとは思います」とお返事頂いた。
「楽器をバラバラにして」と僕が提案した瞬間に一瞬電話の向こうで「え」って聞こえたのは気のせいだきっと。
というわけで僕は念には念を入れてリュックサックに演奏道具一式を詰めて持ち込む事にした。やってみたかった、というのが正直なところだ。


果たしてこの日、バス乗り場でベースギターのヘッドが突き出したリュックは無事に手荷物として認められた。何も触れられる事なく搭乗する事が出来たし、隣の席のお姉さんに「邪魔じゃないですか」と訊いたら「大丈夫ですよ、むしろごめんなさい、私が棚の上使っちゃったから」と物凄く気持ちの良いお返事まで頂いちゃった。


結論:ダンエレクトロはリュックサックに入れて持ち運ぶ事が出来る。その場合、リュックサックはギグケースになるばかりかエフェクトボードも兼ねる事が出来る。

高速バスを降りてからはGoogle Mapと乗り換えナビとスマートフォンのアプリケーションをフル活用して戦国大統領を目指す。スマートフォン最高だぜ、可愛いよスマートフォン。
メンバーから遅れる事数時間(その数時間の間にメンバーは焼肉とリハーサルとモツ鍋とアルコールを大量に摂取していた模様。開場前の段階で「往復の交通費よりも飲食費のがかかっている」と言っていた)、無事に到着した戦国大統領は入店するなり雀卓を囲んでいる怖そうなお兄さん方、配管のパイプで覆われた天井に良い意味で雑多な店内、そこかしこに漂うアンダーグラウンド(地下鉄の出口から直接入場出来るので文字通り、そうである)な気配と「THEライブハウス」という感じで最高だった。大好き、ああいう雰囲気の場所。ちょっとビビるけど。
さてそこで演奏した犬栓耳畜生のこの日の演奏がノーカットでYoutubeにアップロードされている。



純然たるノイズかと言われるとどうなのだろう、わっからないけれどもこの日僕達はお互いのエクストリームした感情を殴りあうようにぶつけ合い、その過程でアンサンブルを構築する喜びを知り、結果的にはわかりやすい、ポップな演奏が出来たと思う。それぞれが課題を見出す事が(恐らくは)出来ただろうし新バンドの結成一回目の演奏として相応の収穫を得る事が出来たと思う。
舟橋の課題としては「緩急のついたノイズ」「弾かない、とは」「もっと絵具をぶちまけるように」。
それにしても初めてマーシャルのギターアンプを使ったけれど、あれって(ギターアンプ)初心者には難しいねえ。音質と音量調節が難しくて「ええい、ままよ」という気分になった。
このバンドは今後も続いていくようなので次の機会に活かしたいと思う。
演奏後にテキーラで乾杯する戦国大統領、好きだよ。
終演後にテキーラで乾杯する戦国大統領、好きだよ。
少し時間を空けて、今度はウォッカで乾杯する戦国大統領、好きだよ。
きっと、また行きたいと思う。

夜はラーメンを食べて、ビデオ試写室で寝ました。
翌朝は早起きして、高速バスで名古屋へ帰った。
ちなみに、荷物は床下のトランクへ放り込んだ。誰にも、咎められなかった事をここに記しておく。

とかくこの世は無責任!

ストレスというものについて考える。

僕ってつくづくストレスって抱えてなくて、これも一つの才能の一つだと思うんだけどそれによって自分が「健やかに」「楽しく」「新鮮な気持ちで」公私ともに動き回ってこられた部分は少なくないと思うのだ。悩みながら何かをやる、作るっていう経験は勿論した事あるし、葛藤する事もなくはないのだけど、その最中でさえ「これを乗り越えたら楽しい」という確信があるし「これは今楽しい行為、時期なのだ」と思ったりもする。
根本にあるのは「きっと一年後、最低でも10年後にはあの時(つまり悩んだり葛藤したりしている最中だ)があって良かったと思えているだろうな」という自分のポジティヴシンキングに対する自信なのだけど、それを裏付けするのが自分のストレス耐性だ。
そもそも大抵の事というのは(それこそ人生に大きく関わる一大事=命に関わるような事等)以外は見方を変えればポジティヴに変換出来る。

「誰も自分に興味がない」=「自分だけは興味があり、それをこれから他人に伝えていく事を考える余地がある」
「人に嫌われた」=「(自分に非がないと心の底から思えるのであれば)対人関係に於ける指標の一つを手に入れた。そして覆すべき物事、人が現れた」
「仕事がうまくいかない」=「うまくいくにはどうするか考えれば良いという事が明確である」
「毎日、妙に面白くない」=「面白くする事が出来るし退屈な時程、人は思い切った事が出来るはず」

わかってる、暴論だっていう事も必要最低限を持っている人間の楽観的な発想だというのもわかっている。
けれど、例えそれらを心の底から肯定する事は出来なくとも「変換出来る」事を知っている間は人は完全に打ちのめされる事はないはずだと僕は信仰しているのだ。
この思想は危険なものだとも思う。ストレスを感じないように生きるあまりにないがしろにされるものもきっと、少なくはないだろう。あと、こういう考え方が自分の中に定着した人間程、それで対処出来ない事態になると腑抜けになる(なっちまったんだよ)。

こういう人間だからこそ、ストレスを抱えながらそれでも生きていく人間は尊く、そして自分よりも力強いと感じる。
脅威、でさえあると言って良い。
僕には出来ないもんなあ。きっと。

「舟橋さんと二人で飲んだ」→「寝ちゃったの?」っていう流れがあり、それを僕が知っているどころか僕に直接笑いながら話せちゃうって何て平和でキャッチーなんだろうと思ったわけよ。

女の子が一人で歩けば、20メートルも歩かないうちにナンパされてしまい、そこかしこに泥酔した若者が嬌声をあげる、そんな猛り狂った夜の鶴舞公園で(今日のエントリーはそんな夜の鶴舞公園での花見の時の一幕より)やはりこれまた泥酔した年頃の女子に「師匠、ベースを教えて下さい」と絡まれた。
そもそも、この女子とはスタジオに一緒に入ってサンズアンプについて研究したり「僕がいいよって言うまでグリッサンド(弦をスライドしてッドゥーーン!っていわせる奴ね)をひたすらに続けて」と言い放って寝ちゃって起きたらストイックに「ッドゥーーン!ッドゥーーン!!」ってグリッサンドし続けていたり、とベースギターの演奏について僕の教えられる事(このブログを普段から読んで頂いている皆様には既におわかりであろう、そう、まさしくその9割が精神論である)はそれなりに教えてきたつもりだったのだ。
それを今更!しかも「教えて下さい」って今から始まるみたいな口調だけれども、君僕の事を師匠って呼んでるじゃん、何なら仲良くなってからずっと!

ただ勿論彼女には思うところがあったそうで、改めてしごき直して(女の子としごくって言葉を並べるのに罪悪感を感じるのは僕がもうよい年したオジサンだからだろうか)欲しいとの事で「教える事、あるのかなぁ」と首をかしげながら今夜自宅より自転車で2分かからないくらいのところに住んでいる彼女の家に行ってきた。勿論、ベースギターを担いで。
なんだかんだ真面目な人なので昨夜の様子とはうって変わって物凄く真面目な眼差し。こりゃあちゃんとやらんわけにはいかんだろうよ、という事でまずは軽く弾いて貰う。
うん、やっぱり巧いじゃん教える事なんて何もないじゃん、と思いつつ彼女が普段奏法としてメインでは用いていないピック弾きについて話をしたり、した。

で、なんとなくエモーショナルな話になり、音楽なんて聴きながら昔を懐かしんだりした。
言ってしまえば31歳と24歳がベースギター抱えながら共通の思い出話に華を咲かせているっていうだけなんだけど、でもなんとなく彼女がこの夜、というかこういう機会に欲しかったのは=取り戻したかったのは、その時話題にしている時間の中で彼女が日々抱いていたものに違いないんだろうなって思った。
バンドが解散し、社会に出、サポート活動はしつつも継続的にバンド活動を続ける事がままならなかった程忙しい日々の中で、それはきっとある程度奥にしまっておかねばならない感情だったに違いない。
バンド活動が出来る状況に身を置いたわけで、さあいざとベースギターを手に取って自分にストイックになるところから始めたのかな、と思う。
なんだかんだで、バンドをやるのが一番だよみたいな結論になって、エモーショナルな空気を感じつつ帰ってきた。
けれども最終的に今後に繋がる、という意味では一番良い着地点に落ち着いたんじゃないだろうかと、ふとそんな事を思ったりもする。だってやっぱり、結局バンドをやるのが彼女にとっては一番のしごきになるだろうから。真面目だし、自分に自分で厳しくしちゃうタイプの人なんですよ。

僕は僕で過去は自分が積み重ねた時間の積み重ねに過ぎない、今が大事でしょ今でしょだなんてずっと思っていたけど何だかんだで現在に続く過去っていうのは決して軽んじる事は出来ないなと思い直すようになってきて、今夜のひと時でその思いをますます強くするようになった。気付きを得た、と言っても良い。

現在とこの先を大事にするなら、過去は物凄く大事だ。一番良いサンプルなのだから。

花見


友人と夜の山崎川に花見に行った。

戯曲演奏計画に参加した話。

先日、戯曲演奏計画というイベントに参加してきた。
このイベントの詳細をフライヤーより抜粋。

「音楽をしている人と演劇をしている人が交流する企画を続けたら、面白い表現が生まれるのでは」
という思いから始まったものです。
「出品者が戯曲を書く」ことと、「音楽を演劇作品の一部 にする」というルールを設け、後者に関しては「BGM・オペラ・ミュージカルはNG」という制約付きです。
音楽と演劇の人たちが、書いて、演出して、奏でます。


これに出品するかしやましげみつ君(孤独部)の作品『浮かんで漂う、』に役者として出演した。
作品についてはかしやま君がこのブログに書いている。終わった後に振り返ってみて僕目線で書くと(あくまで僕目線というか僕が受け取った感じ、ね)「役者を"楽器"として、音楽の中に存在させるように、戯曲を据える」事をやったのではないかと思ったのでした。
よくわからんね。
演劇っていうのは役者がいて演技が在って、そこに音楽が鳴っていてもそれは所謂バックグラウンドミュージック=BGMだったりするわけなんだけれども、今回やったのはむしろ音楽を中心というか、舞台装置(とそれが作りだす光景、雰囲気)を音楽で描き、役者のリーディング(所謂ト書きも実際に演技するのではなく台詞のように発声した)が音楽の中を漂うようにする事でそこに作品が立ち上がってくるような、そんな音楽と戯曲が同列の存在というか二つで一つのような、そんな作品をかしやま君は意図したのだろうなと思います。
「音楽をちゃんと聴くように」「音楽の中をたゆたうように」という演出が印象的。

今回かしやま君が作品の印象そのものを担う音楽での参加をお願いしたのが野呂有我さん。
以前から存在は知っていたのだけど今回初めてしっかりとご一緒出来て、僕ぁ本当に嬉しかったですよ。
有我さん目線の戯曲演奏計画かしやま組に関するレポートは僕のブログなんかよりよっぽどこの日何をやったかのかわかりやすいから、是非ご一読を。
最終的に声にもリバーブをかけたりして、有我さんの音楽と声が一体化して、いやそれ以上に参加メンバー全員の意識がちゃんと同じ方向を向いている感じがあって「お、これは良い感じにイメージが立ち上がってきたんじゃないのかな」だなんて手応えを感じたり、した。

かしやま組の出演はトップバッターだったし昼の部と夜の部と二回公演があったので、結果的にきちんと全作品拝見する事が出来た。
この日ご一緒した方々の中には芸大の音楽科だった方もいらして、やっぱりそういう方が作られる演劇作品っていうのは普段僕が目にする作品とは随分と趣が違うように思えた。
実験的だったり構造からして音楽的だったり、でもどこか静謐な匂いが共通して漂っているのは面白かった。

そして「戯曲を演奏するとは」と考えてみたら随分と面白そうな気がして、是非次は出品をだなんて欲が出てきちゃたよ僕。
素敵な出会いもあったし最初から最後まできっちり、楽しい一日だった「戯曲演奏計画」!


本番中の様子。
見えづらいですが奥の方に、います。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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