舟橋孝裕からお知らせです。

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私、舟橋孝裕は2017年3月19日、城山友香さんと結婚する事となりました。
何かと至らないところもあるかと思いますが、これからは二人で支え合って新しい生活を築いていこうと思っております。
こちらをご覧頂いている皆様、今後もご愛顧の程、宜しくお願い致します。

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相手の方は自身も役者として別の名義で活動されてらっしゃるので、僕のバンド活動には理解を頂いております(こう書くと簡単だけれども、実際のところ相当理解を示してくれていると思う)。これからもバンド活動はバキバキと続けていこうと思っております。
より一層精進、より一層楽しく。

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二次会を結婚式同日3月19日、二人の思い出の場所である吹上 鑪ら場にて行います。
17時開会、21時閉会。1000円でワンドリンク付き、誰でも気軽にご入場頂けるパーティーです。ドレスコード等も一切ありませんので一杯ひっかける感覚でご来場頂けたら幸いです。

小学生の頃からさんざん「うちのカミさん」に憧れてきたけれども、遂に僕にも「うちのカミさん」が出来るんだなあと思うと大変に感慨深いです。
ずっと良い友達、そんな感じの夫婦でいたいなと思う。
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電波に僕の声がのるって変な感じ。

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ご縁あってFMラジオの収録に参加してきた。
有難い事にラジオ番組に出演する事はこれまで何度かあったけれどもそのいずれもがバンドマンとしてであり、そういった意味では今回のお呼ばれの仕方というのは結構なレアケース。
ライブハウスでの演劇公演運営という立場での格好良く言えばゲスト出演だったのだけれども、いやはや、うまく話せたかどうか。ほぼノーカットで電波にのるそうなんだけれども、怖い怖い。

画像は研究中の僕のデスク。
空間系の研究はそれでもやっぱり、スタジオで大きな音出しながらやりたいね。

白線の内側、京名阪ツアー最終行程の巻。

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洗濯物を干した。
洗い物をした。炊飯器の釜を洗い、明日のために飯も炊いた。
こういう家事は結構嫌いではないけれども、思っていたよりも時間を食う。
ちゃんとやるべき事、やりたい事をやった上でパソコンの前に座る時間を確保してブログを書くのは、また格別だ。
まあそんな戯言は置いておくとして、日曜日に行った扇町para-diceでの一日の事を書く。

前日の演奏、からのプチ打ち上げから帰宅後、楽器類をそのままにして眠ってしまった。アルコール飲料が実感以上に効いていたようだ。明け方にふと目を覚ましてエフェクター類を一旦片付け、再度その日持ち出す分を吟味する。この日は扇町para-diceへ白線の内側で遠征である。
二夜連続の演奏で、そうなると前夜以上の演奏をしたいと思うのは演奏家からすると当たり前の事だ。新鮮な気持ちでいきたい。
機材類の選定が終わり、パッキング作業で神経が昂ったのかそのまま洗い物やら洗濯物を干したりする。早朝5時、世界は俺のものだ。早朝番組を眺めながら軽食を食べ、再度就寝。体内時計はグチャグチャで、数時間後の起床予定時刻にバチッと目が覚めるか心配だったけれども心配は杞憂に終わった。
入浴し、今やご近所となった樫山君と自転車で今池ジャパンレンタカーへ。同行者がいた先週の先週の京都遠征から一転、今週は小型車での4人行動である。昨夜の録音を聴き返したり(主に僕が)下ネタで大笑いしつつ大阪へ向かう。半ばを過ぎた頃、今朝方の反動が来て意識消失。目が覚めると扇町駅のすぐ近くだった。

「来た来た、さえない連中がやってきたよ!」と笑い声と愛のある野次を受けながらpara-dice入り。いつ来ても落ち着くんだ、ここの楽屋は。
リハーサル前、人気の少ない楽屋でエフェクターボードにエフェクターをガムテープで固定していると死角の位置でスタッフさん同士で話をされているのが聞えてくる。
「こないだのドラムの録音なんだけどさ」「ああ、あれ聴きましたワ」その後ろではジャズが流れている。
その会話を何とはなしに聴きながら、ああ、こういうライブハウスは本当に信用出来るなあと思った。何て事はない、僕の実感を伴った直感だ。

良い演奏が出来る、とリハーサルの最中から思った。音決めもバシッといき(この日は意識的にいつもより高域を削り、その分低域をアンプ側でブーストした。平時はタイトで輪郭の明瞭な音を好むのだけれども、ちょっと振動が感じられるくらいの低域のブースト具合。お気に入りだからこれからちょっとこの意識を持ってサウンドメイクをしようと思う)、リハーサルも神経質にならずに必要最低限の時間で済んだ。演奏のヴァイヴスも良い感じである。
リハーサル後、金森君と天神橋店街をブラブラ歩く。日本一長い商店街だ、何度歩いても面白い。滅茶苦茶に安いうどんやお好み焼き、寿司にうなぎに目を奪われるけれども金森君のお目当ては粉もののようだ。キャベツ焼きが150円で売っていたのでメンバーの分も買ってpara-diceに戻る。
共演者の皆様と映画の話や共通の友人の話等盛り上がっているうちに開演の時間になった。銭湯に行こうと思っていたのだが何となく止めて良かった。とても楽しい時間を過ごす事が出来た。

そうそう、この日の共演者の皆様、大変素晴らしかった。para-diceって雑な言い方をすると所謂「ハズレ」みたいなのが、全くない。何ならこっちの嗜好完全に読まれてるんじゃないかってくらい毎回楽しい時間を過ごさせて貰っているんだけれども、この日共演のポジティブハイテンションズ(初ライブとの事だったけれどもそれぞれが手練れのメンバー故か初々しさこそあれども演奏はしっかりとまとまっていて流石の貫禄。ドラムのあべさんはふつうのしあわせで共演して以来の再会!気付いた時は嬉しかった!)、sonasobi(透き通る女性ボーカルに電子音って好み過ぎ。また音のキレも太さも最高だった。そして終演後気付いたのだけれどもPCとシンセを担当されていたのはときめき☆ジャンボジャンボのハヤシさんだった。気付いた瞬間に平伏したわ。ずっとご一緒したいと思っていた関西プログレッシヴのレジェンドである。ご本人は「やめてや!」と微塵も奢っておられなかったけれども、僕が関西へこうして訪れるようになる前から一線でやられていた方だ。一方的に存じていた方とご一緒して、しかも演奏後に良い感想まで貰っちゃって最高の気分!ウッヒョー!!)、靴下小石(フラフープスからこの日を以て改名。男女二人組のユニットでリズムボックスとかグロッケンとかラジカセを使った良い意味でチープ、暖かい音が嬉しいサウンド。ここまで男女二人組のユニットが2組連続で続いたわけだけれどもこのデジタルからアナログへ、の振り切り方は最高に美味しい、扇町para-diceならでは。フェスじゃないんだから、豪華過ぎ!)、メロンソーダpop(出番直前で緊張感を噛み締めながら楽屋で主にメンタル面の準備をしていたために観れず。ただいちろー君も金森君も興奮した様子で「滅茶苦茶良かった」と言っていたので惜しい事したナァ)、いずれも素敵な人達だったし素敵な音楽/バンドだった(一部観れていないけれども)。

メロンソーダpopのメンバーさんの終電の関係でまさかのトリになってしまった白線の内側、出番前4組が良い演奏を繰り広げた後だもんだからどことなく気張るっていうか、そういう気運がバンドの中にも流れていたと思う。気張った演奏、こういう夜は大いに結構。さあ穿ちに行こうじゃあないかと一曲目から舟橋、大いに力む。力んだ結果、二曲目を弾き始めてすぐに指に力が入りづらい事に気がつく(この日は新曲以外指弾き)。コンプレッサーをかけていたために音量的には不足なかったけれども、すかさず冷静になって力ではなくスナップを効かせてピッキングするように心掛ける。以降、支障なく演奏出来たから良かったものの、あそこで興奮し過ぎて駄目になっていたらと思うとゾッとする。
この日の演奏は良くも悪くもオラオラ。あ、勿論圧倒的に良い方向の方へ作用しましまよ、念のため。
有難い事にアンコールまで頂いた。このバンドでは初めての事だと記憶している。
不完全密室殺人でお世話になっていたホンジョウさんも観に来て下さって、ダメ出しと褒め言葉を貰う事が出来た。何だか、色々なものが現在とこれからに繋がる夜だったなあ。

帰りの車内から大阪の夜景を眺めながら「これだからバンドは辞められんな」と思ったとさ。

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ポジティブハイテンションズのあべさんと。暗い画像を無理やり明るくしたもんだから画質が悪い悪い。

白線の内側で吹上 鑪ら場で演奏した話。

いけないいけない、毎日何だかんだと仕事やら家事、バンドの練習に忙殺されて気がつけばブログの更新も幾分かご無沙汰になってしまっていた。日記を書いていない間、日々の記録を取りこぼしていっていると考えると「何て勿体ない!」と思うくらいなんだからもっとこまめに気軽に書いていこうじゃあないか、僕さんよ。

さて、週末は先週のライブに続き、白線の内側での演奏が続いた。
21日(土)は吹上 鑪ら場にて演奏。前回の演奏からこの日までの間に反省会(残念ながら舟橋は欠席)、スタジオ一回と密なスケジュールだけれども楽しい事をもっと楽しくするためにそれなりに動いた結果、新曲が一曲出来上がった。
樫山君が体調不良で欠席、そして当日もリハーサル不在である事は確定していたため、演奏陣3人で「樫山君がいない間に一曲仕上げてライブまでに言葉(※白線の内側用語で、つまりは歌詞という事。ポエムではないだろうし歌詞でもない、台詞というと語弊がある気がするので便宜上こういう表現に落ち着いているのだと僕は思っている。皆適当に言っているだけかもしれないけれど)を練ってきて貰ってぶっつけ本番でやってしまおう」と盛り上がり、まあ要するにぶっちゃけ何となく定まってきたセットリストに飽きてきたのだ僕達は。
演奏なんていうものは毎回同じにならないのが当たり前で二度と同じものはないのだから飽きるというのも変な話だけれども、そうであるとしても同じような曲順で演奏を重ねるという事が好ましく思わずもっと劇的な変化を求めるタイミングというのは存在する。曲の数がそこまであるわけでもない僕達がいけないのではあるが。というわけで新曲を一曲増やしてそれをぶっつけ本番で演る、というのはとても刺激的に思われた。今でも、音楽を演奏するアティチュードとしては健全だと思う。

果たして、その新曲を盛り込んだ結果、演奏陣は適度な新鮮味を感じながら、バンド全体としては適度な緊張感とそれに伴う集中力を保ちながら演奏する事が出来た。いやあ、格好良い新曲が出来てそれを演奏するっていうのはやっぱりいつまで経っても楽しいもんだよ。そういうところもあってかこの日の演奏、僕以外の3人が随分と攻めるというか解放的な演奏をしているように思われた。僕も演奏中にニヤニヤとしてしまった。ただ、なぞる、ではなく演奏しながら何かを掴もうとする感覚、それがライブの30分中に数分でも、それこそ数秒でも良い、存在するとその瞬間にライブは演奏者にとって俄然面白さを増してくる。
そして肝心の新曲は演奏しながら、その瞬間に完成していく(というのもザックリした事前打ち合わせだけで実際4人で演奏したのはライブが初めてだったのだ)興奮というものを直で感じた。お客さんの評判も良かったようで何よりだ。

共演のヴィヒタ、結成したばかりのバンドという話だけれども何だかこちらの知覚をねじられるような不思議な感覚の曲、演奏。奇跡のバランス感覚のバンドだなと思う。話をすると南山大学のアメ研(そういう音楽サークルがあるのです)の人だったそうで、それが妙にしっくりきた。
中原翔太郎君、音楽の素晴らしさを言葉にする際に年齢なんて関係ないけれども、それでも思ってしまう、「凄い19歳だな」と。
僕が彼くらいの年齢の頃にはあんなライブは出来なかった。
ジェット達さんは、オチはわかっていてもやっぱり感動してしまう。皆の記憶の中にある共通認識を想起させるような普遍的なポップさを有した一人芝居だと思う。

この日の演奏も大いに楽しんだ。
沢山の方にご来場頂き、音源も買って頂いた。有難うございます。励みになります。
実感としての報酬と、実際的な部分での報酬(的なもの)のバランスが良いと気分良いなあと再認識しながら、今池の往来を二階から眺めながら友人達と呑んでこの日の打ち上げ替わりに。

豪雪の中

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現在、移動するヴェルファイアの最後部座席でこれを書いている。
雪積もる御在所SAを出て数分、現在2時10分。24時に京都を出て、最悪通行止の可能性も懸念したものの悪くないペースで車は進みここまで来た。有難い事に運転に不慣れな僕は悪天候に見舞われた今回の行程の運転要員には加えられておらず、車内でまどろんだり飲食をして過ごしている。
順調にいけば遅くとも4時には帰宅しているだろうから、当初の見積もり道理の時間に帰宅出来るはずで帰宅後スムーズに就寝するためにも今のうちに本日の記録を残しておこうとフリック入力を駆使している次第だ。

本日は白線の内側で京都VOXhallへ遠征だった。
古い友人、おのまんこと小野満君から連絡があったのが昨年の事。JONNY、パイプカツトマミヰズでお世話になったVOXhallだがおのまんくん、動画サイトにて白線の内側のライブ動画を視聴し、有難い事に気に入ってくれたそうだ。そして今回の遠征と相成った次第。
点をばら撒いて点と点を繋いでいくのがバンド活動、とは誰が言ったか、やはりバンドの現在形は常に不特定多数に触れ得るようにしておくべきであると今回の遠征で再認識出来た。
兎も角、古い友人によって京都へ誘われ遠征が決まったわけなのだが、生憎天候は降雪。交通事情は最悪と思われた。
本日起床時は雪も止んでいた名古屋だが、それでも山を越えている間に雪が降り始め京都へ到着するのに4時間かかった。
ライブが終演する頃には京都市内も雪が降り始め、帰りはどうなることかと心配したのだけれども、ここで冒頭に戻るってわけ。
いやはや、どうにか無事に帰れそうで本当に良かった。

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白線の内側での活動、特に県外ではかつて別のバンドで時間を重ねた場所に久しぶりに訪れるという事があって、そういう時に最後に訪れた時から現在までの時間の経過と、それでも変わっていないものを感じる事が出来て妙にエモーショナルになる。おのまん君は結婚してお子さんも生まれたそうで同い年として大変嬉しい事だし、幸せそうな旧友の様子にシンプルに僕も嬉しかった。

あ、愛知県に入った。

白線の内側では僕が加入後初の京都である。当然気張る。あ、気張らない演奏はないか。
何にしても久しぶりのVOXhallだ、デカい音出してマッチョな演奏しようと気合が入った、エフェクトボードを組もうとカラーボードをガムテープでぐるぐる巻きにした愛用の板を取り出してエフェクターを並べているとおのまん君が「大きな板あるから使いなよ」と丁度良い大きさの板を貸してくれた。愛用の板より厚手で大きいそれは、大変おあつらえ向きで使いやすかった。お陰で今日は伸び伸びとエフェクターを踏んづける事が出来た。
長年パイプカツトマミヰズでの演奏を重ねていたので中音での他の楽器とのバランス感覚がわりかし大きめになっていたけれども、前回の演奏から試みとして白線の内側ではドラムとキーボードにちょっと馴染むくらいの音量で演奏するようにしている。自分の音が明瞭に聴こえ「過ぎない」くらいが丁度リズムにストイックになれて良い(ちなみにパイプカツトマミヰズではドラムと同じくらいかちょいと大きめくらいの音量で自分の音をモニタリングして、ギターや鍵盤がなっかって聴こえてくる、くらいが最適なバランスだ)。
挑戦をしているのは勿論僕だけではなく、メンバー各自がそれぞれ挑戦や修正を重ねて演奏に臨んでいる。特に金森君のアンサンブルに於けるドラムの立ち位置に対する意識を変えたのは明確な変化をもたらし、アンサンブルに良い変化をもたらしたと思う。周りのサウンドにフレキシブルに対応するスタイルから自分が自覚的に軸になる、リズムの中軸に据えるという意識に最近変わったそうでそれによってベースギター演奏がここまでやりやすくなるものか、と驚いた。
これまで演奏する際に独特の感覚を抱いており、それが良くも悪くも、だったのだけどその悪い部分が綺麗になくなった印象。白線の内側のアンサンブル構築、ここからだと思っている。いよいよ面白くなってきた。
そういう細かいけれども大きな変化を感じつつ行った今日の演奏だけれども、反省点こそ多けれども悪くない手応えだった。過去最高!ってわけではなかったかもしれないけれども挑んだ冒険の多さにに対してアベレージ以上の演奏をする事が出来たのはそのままメンバーに対する尊敬の念へと繋がった。
僕は兎に角、もっと練習する必要がある。下手くそかよ!

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幕間アクトで出演した笹口騒音ハーモニカこと笹口君、かれこれ彼とは20代半ばの頃から共演しているけれども今日初めてなんじゃないかな、ゆっくり話をしたのは。そもそも笹口君、僕の事を年上だと思っていたみたい(笑)。
あの人はやっぱり天才なんだろうなと思う。ライブ開始直後はその特異過ぎるキャラクターに心を奪われるけれども、そのうちその綺麗な歌声とメロディと繊細な世界観がそのキャラクターを上回る鮮烈さを発揮するあの感じ。ああ、笹口君だ。誰かが最近言ってたと思うのだけど(誰だったかは忘れた)、人によっては弾き語りの方がその人自身に肉薄するから好きだと言っていたけど笹口君の演奏を拝見して妙に納得してしまった。
最近はプログレに興味があるそうで、ええ、是非やって下さいよ笹口君!

THIS IS JAPANのライブを観てエレキギターという楽器の浪漫を再認識した。元々あれは危ない魅力を放つ楽器なのだ、と。いや滅茶苦茶格好良いじゃんTHIS IS JAPAN。あんな風にエレキギターが弾けたら、と30超えた俺が思うんだもん、あれを高校生とかが観たらそのまま翌日楽器屋行っちゃうんじゃないかな。ふとした瞬間のUSオルタナ然とした佇まいも大変好みだった。素晴らしいバンド。
the seadaysは瑞々しさとオラオラ感の同時多発。「地元では僕はいきがってる奴扱いをされる、僕の好きなバンドの事なんか誰も知らない」って話をしていたけれど、素直に良い青春を送ったんだなってその後の演奏を観て思った。
青春時代ヘの憧憬がそのままディストーションとエレクトリックギターの力を借りて音楽を鳴らす。それが素晴らしくないわけがない。そうであって欲しい。

高速道路を降りて車は名古屋市内を走っている。どうやら4時よりも早くベッドに潜り込む事が出来そうだ。
いやー無事に帰る事が出来そうで良かったー!!!

追伸:無事に帰ったかと思ったけれど、舟橋、VOXhallに忘れ物をしていた。いっけねえ!

1日に3ステージとか久しぶりですよ、ええ。

前回の日記を書いてから少し時間が経ってしまった。その間に舟橋の尻は赤く腫れあがり痒みを発するようになった。蕁麻疹?あせも?皮膚科に行って処方薬を貰ってきて塗ったら少しずつだが改善の様子が見られた。掻き毟らない事が完治への早道!

さてJONNYでのレーベルイベント出演後、打ち上げもそこそこに帰宅。翌日である8日はパイプカツトマミヰズで新栄DAYTRIVE/DAYTRIMにてシンサカエウインター シンネンカイ編出演、ミソッカス主催ミソフェス2017出演、先述のシンサカエウインター シンネンカイ編にて赤井千晴さんの怪奇紙芝居サポートと1日に3本ライブが控えているのである。しかもシンネンカイの会場入りは9時半と、普段自分が動き回る時間と比べると若干早め。本来であればレーベル10周年記念のイベントの打ち上げだ、ヘビーに酔っ払って帰りたいところだったけれどもそれで翌日のパフォーマンスが落ちたら元も子もない。それでも不足気味だったけれども、早めに就寝して睡眠時間を稼ぐ事にした。
年齢を重ねながらこうやってその時その時の自分の環境、身体で対応出来るように音楽活動を重ねるのは楽しい、本当に楽しい。

まずはミソフェス2017での演奏。
何会場か同時に始まる、所謂ミュージックサーキットであるミソフェス2017に於いて僕達はHeartLand STUDIOにてトップバッターの出演。早い時間だったし時間的にかぶっている人達も魅力的な人選だったので(というかタイムテーブル眺めても僕達が一番「誰?」ってなるような人達ばかりであった)、誰も観に来ないんじゃないかとちょっとヒヤヒヤしていた。
転換BGMが流れて出ていくと想像以上、いや想像の何倍ものお客さんが迎えて下さって舟橋は本当に嬉しかったです。感謝の気持ちもそこそこに本当にいつも通り脱力したMCをし、演奏は気合を入れてバギャン!とやる。
ほとんどのお客さんが初見だったと思うのだけどそのうちの少なくはない何人かの皆様は楽しんで下さっていたようで(根拠?SNSでのエゴサーチだよ!)嬉しかった。
大いに楽器を振り回し(不思議なもんで興奮してがむしゃらに楽器を振り回すようなそんな日の方が演奏は良かったりする。事実、ここ最近のパイプカツトマミヰズの中での演奏としては一番心技体のバランスが取れた演奏をしていたと思う、俺)、楽しんであっという間の演奏時間終了。

外に出ると雨が降っていた。本当はDAYTRIVEとミソフェス2017を行ったり来たりするつもりだったのだけれど、天候の影響とあと何より想定していたよりも遥かに消耗していたので(睡眠不足、だったのか)赤井さんの怪奇紙芝居のセッティングまで体力回復に努める。食べ放題飲み放題というのは助かる。供された鍋を食べ、カレーを貪り、消耗により意識が下に向きがちなところにビールを一杯流し込む。あとは体を落ち着けて集中力を高めていく。
赤井さんとの怪奇紙芝居は今回で4回目で、毎回同じ作品をやっているのだけれども不思議と毎回印象が違う。今回が一番「生身でやる」事を意識してかつ「セッション」であったな、と思う。お客様や共演者の人達からも出番後にポジティヴな感想を頂いていたようでサポートメンバー冥利に尽きる。

そうして、会場入りしてから約11時間の時を経てこの日のトリとしてステージに上がったパイプカツトマミヰズ。
正直、時間による摩耗と消耗を想定していなかったけれどもそれでも善戦したんじゃあないか、と思う。このライブより約4年ぶりに音源を発売出来た。終演直後に「駒田君、物販行こう」と二人でお店番に立つのも既に懐かしい。ここ最近のライブは音源さえ売っていなかったから。全てはここから始めるため、だ。
それとこれは忘れずに書いておかねばならない。
この日を以てボランティアメンバーとして参加してくれていた柴田めぐみ君がボランティアメンバーとしてのその活動を終了した。
僕が入る前はメンバーとして在籍していた彼を呼び戻したのは僕の所謂悪戯心だったのだけれども(吉田君に内緒でスタジオに呼んでそのままボランティアメンバー化)、それでもなんだかんだそこから結構な回数を一緒に演奏した。彼のピュアな感性やそのユニークな人柄も僕はとても好きだし、演奏も柴田君カラーみたいなのが出てきた矢先だったので今回の活動終了は残念だけれども、なに、機会があったらまた一緒に演奏する事もあるだろう。何せホラ、一度はメンバーから脱退した彼が戻ってきたわけだし。

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終演後、そこそこで帰宅。
いやはや、ハードな一日だった。でもこういうクタクタは大歓迎だ。

THIS IS ONE BY ONE

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写真はJONNY-1、+1。
+1はTheキャンプのりゅうし君。りゅうし君はJONNYでギターを弾いた事もあるんだよ。

新年早々、目出度いイベントでの演奏となった。
2017年最初のライブはONE BY ONE RECORDSのレーベル10周年記念イベントにてJONNYでの演奏だった。
この日記によると僕が参加したJONNYの演奏は2013年5月、実に3年半ぶりの演奏となったわけだ。3年半かぁ、随分と長かったなあ。

今だから書く事が出来る話。
JONNYが活動のペースを落として、というか落とさざるを得ない状況になってからも出演オファーは結構頂いていたようなのだけれども、やっぱりどうしてもライブをする事はなかなか出来なくて。
理由としては、内側の人間の実感として単純にそれぞれが忙し過ぎた。もっと正確に言えばそれぞれがそれぞれその時々で一番向き合うべき事に向き合った結果、やっぱりどうしてもバンドとして動く事が難しくなったんじゃあないかとそんな風に僕は思っている。
それでもメンバー同士「やりたいよね」「やりたさはあるよね」「でも今は出来ないね」みたいな連絡を取ったりはしていた。それも随分と時間が空いたりはしたけれど。でもまあきっといつかは、そのいつかがいつかはわからない、ひょっとしたら自分が完全に中年になってからかもしれないけれども、きっとまたいつか演奏する事が出来るだろうと僕は自分の所属を書く時、プロフィールを書く時にはJONNYの名前を書くようにしていた。随分とうすらぼんやりとした、そして諦念の混じった願掛けだったなと思う。

柴山社長から「レーベルの10周年イベントをやるのだけれどもダメ元で誘う、JONNYにも出て欲しい。ギリギリまでフライヤー、名前載せるスペースを空けて待ってるから」と言って頂き、柴山さんへの誠意とひょっとしたら、という淡い期待の二つを元手にメンバーに連絡をとった。想像もしていなかった、全員OKだとは。そうして、実に久しぶりのJONNYの演奏が決まったというわけである。
部屋の隅では青色のYAMAHA SBV(半音下げ仕様に調節済み)がキラリと光っている。そのままにしておいて良かったなと思った。

年内は何もしなかった、あ、したかな、佐藤さんからセットリストが送られてきたり東京で篠田君と会った時とかに「楽しみだねえ」とか話したりせんちょーと偶然ライブハウスで出会った時に「久しぶりだけどバキッとやりたいですねえ」と話したり、した。あとは正月休みの間に音源に合わせてどれだけ憶えて(忘れて)いるかサラッと確認したりした。頭では思い出せなくても曲に合わせてベースギターを弾いていると指が勝手に反応した。
東京から来た篠田君を交えメンバー全員でスタジオに入ったのは、実にライブ前夜になってからだった。
そのスタジオでの2時間半の練習、それぞれがこの日まで3年半の間に何をしていたか、というのがポジティヴな意味で音に出ていて面白かった。
せんちょーはドラムの音量が物凄く大きくなり、篠田君は技術に磨きがかかっていた。佐藤さんはフロントマンとしてのストイックさっていうのだろうか、余裕?安定感?みたいなものが物凄く出ていた。僕?僕はわからない。自分の事だし僕は毎日、僕だから。
兎に角馬鹿でかい音でギャンギャン練習した。練習の様子を覗きに来られた柴山社長は部屋に入って5分後にはもう泣いていた。早過ぎですよ社長。

そして迎えた当日。有難い事にチケットはソールドアウトらしい。
ONE BY ONE RECORDS所属バンドが全バンド集合するのだ、当然他のバンドのライブも楽しみだが、自分達が一番良い演奏をしたい。バンドマンとして当たり前の、そして本音の部分。久しぶりだからといって同窓会みたいな演奏は絶対にしたくない(これは他のメンバーも同じ気持ちだろう、と勝手に思っていた)、シンプルに良い演奏をしたい。つまりいつも通りやろう、とそう思った。少なくとも意識の上では自分にそう言い聞かせる事は有益と思われた。特に興奮もせず、冷静に、普段通りに事を運ぼうじゃあないか。なあに、何年バンドやってるんだ、それくらい出来なくてどうする。
そして演奏が始まった。

すいませんでした!!!!!!!!!
滅茶苦茶興奮しました!!!!!!!!
いやあ、繰り返し滅茶苦茶って言葉を使ってしまうくらい滅茶苦茶に楽しかった。俺のゲイン、ここ最近で一番高かったんじゃなかろうか。大いにベースギターを弾き、そして久しぶりにマイクに向かってコーラスをした。JONNYのライブでここまで歌った事はなかったんじゃないかってくらい歌った。瞬間瞬間「あ、これやったろ」と思う演奏は即座にやった。曲の良さは折り紙付きだ、じゃああとは演奏で火力を加えていくだけである。
『POP STAR』のサビでは大合唱が起きた。佐藤さんは悠然とマイクから離れ、お客さんの歌声でサビを一周させた。拝啓ノエル・ギャラガー様、貴方が『Don't Look Back in anger』を演奏する時の気持ちが少しだけわかったかもしれません。意識は自分達から離れ、音楽はバンドから発信されるもの以上の何かとして会場を飛び交い、包み込み、そして想像以上のものとなる。最高ですね。
結果的に、終わった後でメンバー同士「荒々しかったねえ」と笑ってしまうくらい荒っぽい演奏ではあったけれど、スッキリと出し切る事が出来た。あっという間の時間だった。お客さんの何人かは泣いていた。

ONE BY ONE RECORDS10周年おめでとうございます。柴山さんから声をかけて貰えて、僕達自身、良かったです。
これからもマイペースにでも、続けていきたい。
最後に佐藤リーダーがSNSでJONNYのオフィシャルアカウントにて発信した発言のスクリーンショットを貼っておく。

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ひとまずは

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怒涛の2日間で4連戦より帰宅、晩御飯をババッと作って食べたらもうこんな時間である。
ひとまず体力回復のために寝ます。
詳しくはまた後日。うっひゃあ、書く事沢山あるぞう。

新年明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。
拙ブログを日頃ご覧になって頂いている皆様、一体どのような方がどれだけ読んで下さっているかはわかりませんが「ひょっとしたら読んで下さってるかもしれない誰か」、つまり皆さんと忘れっぽい割に楽しい毎日を記録に残しておきたがる自分の欲求によってこのブログも書き始めて10年が経ちました。本当に有難うございます。
いやまあぶっちゃけ何よりも自分のために書いているのでこれからも自由きままに日記を書いていくかと思いますが、バンド活動やエフェクター蒐集についても書いていこうと思っていますのでお暇な時は読み返してみてください。

あー、かしこまった口調で書くのはやっぱり違和感がある。
年始のご挨拶を、という事で普段よりかは少しだけ改まった口調で書いてみたのだけれど、やはり慣れない事はするべきではない。言い直しになってしまうけれども2017年が始まった。今年も宜しくお願い致します。
このブログも10年書いている。これだけ長く続いたのはバンド活動とブログを書く事くらいだろうから、これからものびのびと書いていこうと思う。10年前の事を読み返して笑うために書き始めたブログだけれども、過去を思い返してニヤニヤするにはまだちょっと毎日が慌ただし過ぎるのでそういうのは差し控えて、毎日前のめりにやっていきたいところ。
さて、大晦日からお正月だけれども今年のお正月は例年になく食べまくった。大いに食べた。
大晦日は珍しく暖かい室内で過ごしいきなり大いに食べたし(年越し蕎麦、お蕎麦屋さんで一杯ひっかけてからやりたかったのだけれども僕みたいなのはカップ蕎麦で十分であった)、元旦は家族で大いに食べ、そりゃあ太るよお正月ってなもんだ。
適度に買い物に出掛けたり初詣に出掛けて行列に辟易して帰ってきたりお正月らしい特番なんかを眺めたり、年末年始ムードを感じたわけでもなかったのにそういう外的な情報から何となく年を越したんだなと感じられるこの数日間だった。
ええ、太った。太りましたとも。

無事に仕事始めも本日終え、2017年が本格的に始まろうとしている。有難い事に1月から演奏の予定も沢山ある事だし、今年は春先にかけて人生の大きなイベント(散々行間から滲んでいただろうけれども、これはまた改めて)も控えているし慌ただしい一年になりそうだ。
今年の目標は「真っ当に攻める」。なりふり構わず、でも我武者羅に、でもなく堅実にしっかりと真っ当に、ガンガンいこうぜ。
そういう一年にしたいと思っております。

2017年も舟橋孝裕をどうぞ宜しくお願い致します。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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