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熱燗が美味しい。

一週間があっという間だ。
週末が終わって明日から平日か、と思うとすぐに金曜日がやって来る。
平日の間、例えば仕事中に思った「週末にはこれやろう」とか「平日にはこんな事をする時間がないから週末にゆっくりとやってしまおう」だとかそういう思惑はいざ週末になると霧散する。
でもまあ、悪くない。こうして僕は今日も今現在以上の楽しみを探して翌日を思い描いている、というわけだ。何て貪欲!

さて、土曜の午前中は3時間だけ仕事関係の研修。休日まで勉強して、まあその甲斐はある。
帰宅して洗濯をして、SNSで皆で盛り上がっているモンスターハンターワールドを購入してしまう。明け方東京の友人とも「モンハンよりゼルダをやれ」とやりとりをしたばっかりだって言うのにどうしても好奇心が抑えきれなかった。モンスターハンター略してモンハンも今まで何度も挑戦しては「こりゃあ俺には向いてねえわ」と断念してきたゲームだけれども、PS4の高画質、TV画面の大画面で遊んでみたかったんだよどうしても。欲しいファズを一つ、少しだけ先送りにすれば買えちゃうぞと思ったのが運の尽き、遊び始めてしまった。
で、やってみると面白いのね!休日の「予定と予定の間の空き時間」を過ごすには十分過ぎるくらいには楽しい。難易度下がったのかな、今のところ嫌気がさすような事態には陥っていない。

夕方には妻が出演する芝居を観に岐阜へ。
独特な脚本に演出で作品の全貌は掴み切れなかったけれども、パートナーの活動を観覧出来たのは良い機会であった。
終演後、駅前で義姉と寿司を肴に飲酒。少し前に会社の飲み会で熱燗を飲んでからというもの、熱燗の美味しさ(とその呑みやすさからくる危険さ)に惹かれていたのでここでも熱燗を。僕自身日本酒を2合も飲むだなんてかつては想像出来なかった。けれども飲めちゃうんだよな熱燗。とんでもない。
ベロベロになって帰宅。

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義理の姉ではあれども、9つ年下である。
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『俺の温度、軸との距離』

サウナに対する愛情を込めた作品『俺の温度、軸との距離』を新栄トワイライトで上演した。

最近は演劇であるとか一人芝居であるとかそういった「演奏以外の活動」とは、一時期に比べるとちょっと距離があるというか、正確に言えば距離をとっていたというか。
特に理由もなく、振り返ってみるとどんどんと演奏が楽しくなっていた時期だったのだと思うのだけれども、そんな中CLUB ROCK'N'ROLLの本多さんから「1月の公演は君達で何かやってよ」と今や若い人達に運営を任せてすっかり引退を決め込んでいた僕達に声がかかり、本多さんからのリクエストだったらやる他あんめぇという事で久しぶりに演劇作品を作る事になったのであった。

どうせやるなら好きな事をテーマにして思いっきりやってみよう、という考えがあった。
久しぶりの作品製作だから肩肘張ってやってもしょうがあるまい、という思いもあった。幾つか作品のアイディア自体はあったと記憶しているけれども、作品として発展性がありそうなものを具現化する事となった。
すなわち、サウナである。
抽象的だし、やり甲斐のあるテーマである。サウナというテーマでいこうと決めた瞬間に、何をどのように表現するか、何となくという言い方の3倍くらいは明確に、決まった。
今回の、というかいつもそうか、僕は人ありきで作品を作るのでまずは何よりメンバー集めが重要だった。
それぞれが忙しいと思われたけれども意外や意外、すんなりと集まったメンバーと担当パートは以下の通り。

演奏:梶藤奨(26時数秒にも満たない)、僕
身体表現:炭酸(犬栓耳畜生)
ライトドロー:タキナオ

あと、録音の関係で金森君(白線の内側、MoNoSiRo)とかしやま君(白線の内側、あたらしいまち)に手伝って貰った。
こんな素敵なメンバーが集まった段階で正直、作品作りの半分はクリアしたと思ったのを憶えている。大袈裟じゃあないか、って?いや実際のところそれだけ明確なヴィジョンがあったしそれぞれ代わりがいない人達だったのである。
この才人3人を一つの作品で邂逅させたってだけで僕は褒められていいんじゃないか?と思い上がるくらい素晴らしい人達だった。個々がきっちりと個々の役割を認識してそれに真摯に向き合って下さって、『俺の温度、軸との距離』は良い意味で僕の手を離れたのであった。

サウナに対する思いやそこで得た多くの実感をテキストにしナレーションとして録音、スタートボタンを押せば終演までノンストップでサイズも進行もナレーションに任せてしまった上で我々は全員即興で表現に臨む。
テキストとテキストの間にたっぷりととった空白時間も即興で埋めたり、或いは空白を浮き彫りにしたり、その瞬間だけを考えて演奏出来たのは素晴らしい経験だった。
同時に僕はただの演奏者ではなく、その場で成っている、鳴っているものをどのように着地させるのかを考えつつも演奏していた。やっぱりそこはホラ、作り手だもんだから考えたくもなるってものである。考えては弾き、弾いては考えて、とても有意義で素敵な時間を過ごしたのであった。

今回構築したシステム、ディレイとリバーブによって一音弾いたら反射しながら1分間は音が伸びて広がっていく。
面白いもので弾いて音が広がって重なっていくのを感じると気持ち的には「じゃあ次は何を?」となるのだが、その頃には先程自分が弾いた音の事をもうすっかり、他人が弾いた音と同列に捉えているのであった。この実感って割と演奏する人間として根幹的な部分で有意義な経験というか、数秒前だろうが一瞬前だろうが、時間の進行とともに我々の演奏はどんどんと最新の演奏に更新されているのであって、やっぱり演奏は常に生産的な行為である、あるべきなのだと再認識。
数秒前の演奏なんてもう過去のものなんだし演奏は再現とは本質的に違うのだ、という事。
まあ、御託は置いておくとしてもドローンでありアンビエントなベースギター演奏はサウンドメイクも演奏自体も非常に面白い題材だった。これはちょっと今後も追及していきたいテーマである。音のレイヤーの奥に何か見出せる気がする、だなんて酷く陳腐でそれでいてロマンチックな言い草だけれども、今の自分はそういう心境だ。

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タキナオさんのライトドローはサウナという空間と時間を舞台上に立ち上げる上で、抽象的でありながらも具体的であったと思うし炭酸さんの身体表現は作品にポピュラリティを持たせる上で必要不可欠だった。梶藤君はサウナ友達として誘わないわけにはいかなかったし、今回の作品を作る上で彼が何をやろうが演奏で絶対参加して貰わなければならなかった。
結果的に三人が三人ともこちらの想定を軽く上回る表現をして下さり、作品は奥行と深みが増した。物作りをする上で最も嬉しい裏切りの一つがこれだ。他人が表現に介在する事で作品が自分の手を離れ自由に膨らみ、伸縮し、飛び回る瞬間。
これはもう、4人の作品である。
そして同時に、僕名義の現時点での紛れもない最高傑作だなと思った。

バンドの脱退を決めた。

来月末頃のライブを最後にパイプカツトマミヰズを脱退する事になった、と言うか、した。

モチベーションが維持出来なくなったのがその理由で、モチベーションはなくとも長年一緒にやってきたバンドメンバーに報いるという理由だけで活動を続ける事は出来たのかもしれないけれど、でもそんなのじゃあお互いにあんまりだ、と思って昨年末にバンドメンバーには脱退したい旨を告げたのであった。
既に後任の人間も決まっており、面白い事に僕が声をかけた。今までそれなりの人数の人間をボランティアメンバーとしてこのバンドに引き込んできた僕がまさか自分の後任を探す事になるだなんて想像もしなかった。紹介はまた改めて、このバンドに対する思いも含めて書きたいなだなんて思ってる。

バンド活動は辞めるつもりはない。
パイプカツトマミヰズは現状コンスタントに動いているバンドの中で一番活動期間が長いバンドなので、そこでの活動を終えるという事は感慨深くはある。
だけれども僕個人の興味と好奇心というのはまだまだ満足はしておらず、面白そうな事にはきっとどんどん首を突っ込んでいくだろう。もうこれ自体は辞められんね。
現在参加しているバンド活動も、もっと充実させていきたいと思っている。
不思議なもので同時進行的に幾つものバンドに関わる事はそれぞれの時間と活動の密度を低くする理由にはならないけれど、その中の一つがなくなるというのは他の活動の密度が高くなる、高く在りたいと思うきっかけにはなるのであった。

取り急ぎ、ご報告まで。
ドライな文章になってしまったという実感は、ある。エモーショナルなのはまたね。

温泉街でサウナを堪能。


予定のない休日だったので友人と2人でサウナへ。
折角車で出掛けるのだから、と普段では行かないようなサウナを検索して目指したら温泉街に辿り着いた。

猿投温泉、そういうのがある、とは聞いていたけれども実際に行ったのは初めてである。距離的にも車で一時間程度で小旅行感が気軽に味わえるし、山道をちょろっと登るっていうお手軽感も良い。
肝心のサウナは具合が良く、一部吹き抜けになっている浴場も外気浴にはうってつけである。
特筆すべきは水風呂で、ここ最近味わった水風呂の中でも最もハイゲインな水風呂である。平時なら2分くらい浸かって「ああ気持ち良い」となるところなのだが、30秒も浸かると体中が痛くなる程水が冷たい。
情け容赦のない、非情なる水風呂なのである。
大いに満足して名古屋へ戻ってきた。

行きつけのエフェクター専門店でMXR BLUE BOXを試す。その昔試した時は割と酷評レベルで扱いづらかった印象があるのだけれども、記憶の8倍は良かった。危うく購入しそうになる、安かったし。あっぶねえ!

DOD MEATBOX(復刻版)で暴力的なローを手に入れた。


元旦に2018年初買いという事でDOD MEATBOXの復刻版を購入、それからどの演奏でも必ず使うくらいの勢いで愛用している。

購入前から「DOD3大迷機の一つ」「MEATBOXはやばいらしい」と話には聞いていたし実際多くのレビューサイトでも「相当やばい」とか『PA殺し』とか『スピーカークラッシャー』とか悪名を聞いていたので戦々恐々としていたのだけど。いや実際、加減して使えば割と汎用性あるよコレ。加減しないと悪名通りの極悪さだけど。僕はちょっと手加減する、くらいの具合で使っている。

コントロールは復刻前のモデルのわかりづらい表記(DODといえばそれが特色でもあったのだろうけれども)から改められ、大変シンプルな表記に。
筐体も一新されて、唯一プリントされたハエがかつてのモデルの名残。
OCTAVEがサブオクターブ(ドライシグナルのオクターブ下の音)のレベル、SUBがシンセサイズド・サブハーモニクスのレベル(シンセサイズド・サブハーモニクスってなんじゃらほい、となるけれどもこのツマミを上げていくと地鳴りのようなローが出てくる)、OUTPUTが出力音量、LOWが低域のEQ。EQはブーストしていくと尋常じゃない低域がせり出してくるので大変わかりやすい。
サブオクターブのレベル調節だけども、上げていくと一定のところでドライシグナルが完全に埋もれる(笑)ので基本の音作りの仕方はこれまで使っていたBOSS OC-2とは違って最初こそ戸惑ったものの、慣れると大変わかりやすい。
ドライシグナルを活かしつつオクターブ下を、というのも出来るけどどちらかというと圧倒的、かつ暴力的なローを出して楽しみたいペダルである。

エフェクターレビューの動画とか観るよりもこれは実際触って文字通り『体感』した方が良いレベルの音圧。
ちなみに僕は
・ガシャーーン!!ってなってる時にこれをオンにして低域で殴りつける(音域的にも他楽器とは絶対に被らないのでわかりやすい。音抜け、とかそういうレベルじゃない)
・オンにしてリバーブかけてボリュームペダルで「迫り来る低域の壁!」みたいなのを出して楽しむ。
・ちょいと手加減した設定にしてオン、ヒップホップっぽい音で刻む(ドラムパッドとのアンサンブルを経験したんだけど滅茶苦茶ハマッてたよ)
みたいな使い方を楽しんだ。
これかけた後に軽く歪ませても面白いだろうなあ。バンドメンバーは「アナログシンセっぽい音が普通に出ててびっくりする。しかもアナログシンセより太い」とコメント。悪意を持ってオンにすれば内臓を揺らせる事が出来る暴力的な低音なのに喜んで貰えて嬉しいです。

購入前は「これ絶対使いづらいだろうな」と思っていたのに想像の8倍くらいは汎用性があって、毎回楽しんで使っている。
実際今後も様々なシチュエーションで使うだろう。こういうのが良いエフェクターだな、と思う。

成人式の思い出といえば、当日キャンセルしてスタジオに入った事くらい。

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写真は樫山君が自分へのクリスマスプレゼントで購入した360℃カメラで開場前に撮影したもの。

1月8日、三連休最終日。この日は白線の内側にて吹上 鑪ら場。鑪ら場、二日前にも演奏したばかりなのにまた演奏出来るなんて嬉しいね。気付いたんだけど、鑪ら場での演奏がベスト3に入るくらい緊張する。

白線の内側、何だかんだで久しぶりのライブという事と最近は打ち合わせとか各々忙しかったりとかであまり演奏を一緒に出来ていないという事で早めに集まってスタジオへ。
相変わらず「体調悪い...気圧が...」と言いながら部屋に入って来る金森君。この人は体調が良かった試しがない。センシティヴな人なのでしょうがないのだろうけれども、それでも本番までにはどうにか自分自身でコンディションを整えているから自身でも慣れているのだろう。
久しぶりの4人での演奏は、やっぱりご無沙汰している間にそれぞれ思ったり考えたり試行錯誤はしていたらしく良い意味で変化があった。この感じなら合奏の空白時間は全く無意味ではない、どころか有益だったのでは、と現金にも思ったものだ。
多分予想なんだけど割と演奏を重ねて継続していないと成長がないのは僕だけで、他の3人はそれぞれ他の活動からも演奏行為への良い循環って作り上げる事が出来ているんじゃないのかな、と思った。

この日の共演はオカリナマコトさんにまさかの登場、鈴木実貴子(バンドでやってる時と曲の雰囲気が明確に違って意識的なのかそうでないのか、いずれにしても凄いや実貴子さん!って思った)さんに浮かむ瀬
浮かむ瀬はキクチミョンサ(ex.chori)君と久しぶりの再会。前京都にライブに行った時に練習前の彼とちょろっと会う事が出来たのだけれども、こうして一緒にやれるっていうのは嬉しいものよ。
案の定滅茶苦茶良くて終演後に「詩人って人種は格好良くて嫌いだよ」と本人に伝えたら「俺以外に格好良い詩人がいるかい」と何とも粋な回答。そうそう、そういう切り返しをしてくる男だった、この同い年は。chori君、と呼んだ方がまだしっくりきてしまうのだけれども、chori君と樫山君は樫山君が孤独部を動かしていた頃にも何度か一緒にやっていて。そういう意味でも時間を経て形は互いに違えどまた一緒にやるっていうのは面白いもんだよなあとしみじみ思った。こういうご縁がグッとくるくらい、去っていく人達が増えている気がする。そうでもねえのかもしれないけれど。

この数日は詩人という人種の面白さ、懐の広さに感じ入った数日間だった。
世界はまだまだ面白い、に満ち溢れている。

一日にライブを三度した日。

1月7日、三連休二日目、この一日で三本ライブをした。

午前7時頃起床、準備をして新栄リクレクトスタジオへ。まずはこの日みそフェス2018へパイプカツトマミヰズで出演するのでその練習へ。
約一時間半、朝から爆音の中身を晒した後、新栄CLUB ROCK'N'ROLLへ。新栄のライブハウス各所を会場として行われるこのミュージックサーキットに於いて、我々は新栄CLUB ROCK'N'ROLLのトップバッターを務める。
本多さん井藤さんに新年のご挨拶をし、リハーサル。つつがなく終えるとあっという間に開演時間がやって来た。
他会場でも魅力的な出演者が多いようで、かつタイムテーブル的にも移動時間を考慮せねばならない中でどれだけのお客さんが我々を観に来るのか正直なところ、いささか不安ではあったのだけれども有難い事に結構な人数のお客さんが集まってくれた。
新曲二曲を交えて吉田君が初見の方も楽しませられるように、と組んだセットリスト。良い反応も沢山貰えて嬉しかった。

撤収後、新栄CLUB ROCK'N'ROLL前の立体駐車場に停めた車へ機材搬出。
この日は一日3ステージ、しかも各バンド毎に使うペダルも違うので大きなペダルケースに入れて全部持ち込んで、都度都度車から必要な分だけ持ち出して使う事にしていた。どうせ各バンド毎に足元バラして再構築をしなければならないので一緒なのだけれども、我ながら手間な方法をとったものだ。
機材搬出後、ノムラセントラルステーションを覗きに行くつもりだったのだけれどもなんだかんだ時間が過ぎてしまい見逃す。
新栄DAYTRIVEへ移動。

この日はシミズミミちゃん主催『シンサカエウィンター シンネンカイ編』にYONONACAで出演。のみならず鈴木陽一レモンとひでさんによるコトナのアコースティック編成「Acotona」でもベースギターで参加するという事で同会場で二度の出演。演奏行為は好きだ、大好きだ。コトナは共演もしたしレモンさんも絶対面白い人だしひでさんも友人の結婚式二次会の際にベロベロに酔っ払いつつ「いつか何か一緒にやれたら素敵ですねェ」だなんて話をしていたもんだから今回のお誘いは願ったり叶ったり。
面白い人と一緒に何かをしたくて楽器を握ってる身としては新年早々、嬉しい機会を頂いた。

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ドラムは犬栓耳畜生で日常的に一緒に演奏しているけれどもこの日はちょっと一味違うぞ、な森野君に君の名を呼びすぎる世界ではベースだけれどもAcotonaでは鍵盤参加なはるちゃん。アコースティック編成での演奏ってなかなかないけれども、何て事はない、いつも通り電気をフル活用、瞬間によっては完全に電子音に振り切って演奏した。

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いやあ、楽しかったねえ。
もっともっと練る時間があれば、とも思うけれども演奏というのは一期一会。次のご縁があったらその時はもっと腕前を披露したく思う次第。

YONONACAは練習回数こそ少ないけれども演奏と演奏の間に僕なりにそれなりに頭を使って試行錯誤した結果、このバンドでの演奏が随分と体に入ってきたように思う。練習も勿論したけれども演奏に臨む際の内面的な準備って大事だと思っている。
この日は交換留学制度?でレモンさんが一曲参加。ほぼほぼぶっつけ本番だったのだけれどもいや、アタシ震えましたよ。Acotonaでは空間を引っ張っていく力を発揮していたレモンさんがこちらだと完全にゲストとして一点突破に注力されていたように思われて。その結果バンドのテンションも上がるという非常に良い効果、理想的な結果を実現して頂いた。こういうの大変面白い。
YONONACAはまだまだ演奏中に無意識の力の作用の仕合い、みたいなのはまだないけれどもその分瞬間瞬間で意思の疎通を図って組み上げていく面白さがある。
そんなYONONACAのライブの模様を撮影して貰ったものがあるので貼り付けておきますね。



シンサカエウィンター、BBBBBBBは『今年メインで活動していく4人編成』、大変暴力的(あ、実は僕も膨大な参加メンバーの中に名前を連ねる事になりました。ステージネームはクリストファー・ノーヒットノーランです)鉛の風船はギター持って数年とは思えない粒立ちの良い演奏に残虐なアルペジオ、これまた犬栓耳畜生で普段一緒に演奏している炭酸さんの弾き語りは炭酸さんの中のドロドロした部分やポップな部分を等身大で表現されておられるようで、いずれも大変素晴らしかった。面白い事やったるぞ、という気概が会場全体に渦巻いていたのが何よりイベントの素晴らしさを表しているようだった。

搬出後、ダイアモンドホールにて行われているというみそフェスの打ち上げに顔を出す。

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ヤオタケシ君撮影の集合写真にきっちり写り込んだ俺。隣の駒田君は奇跡的に顔が隠れてしまっているので是非どこにいるか探してみて下さい。
みそっかすの皆、今年も呼んでくれて有難うね。

家に帰る頃には既に体がバキバキでした。

2018年演奏始めはMoNoSiRoで。

この三連休、三日間で5本ライブをするというちょっと数がおかしい三日間だった。

人から「よくそれだけライブがやれますね」と言葉を額面通り受け取ってポィティヴな驚きを込めて言われると(これが呆れ、でない事を願うばかりだが)「時間の使い方が下手なんですよ」と返すのが常であるのだが、いや、実際そうだと思うしそんな状況を許してくれる各バンドメンバーにも感謝しかないのだけれども、兎に角、そう口で言いながらも心の奥底にある感情はその一方で「これでまた強くなれる」という口にした言葉とは相反した上昇志向気味なものである。
これは実感として言うのだけれども、バンドマンは場数を踏めば踏む程強くなる側面がある。これは演奏技術、所謂場慣れ、自分の感情的成長あらゆる観点から見てそうであると断言出来る。それがその人にとって良い事かどうかは別としても人前で演奏を続ける人間が人前で演奏をする事を重ねる事は悪い事であるとは思えない。
そしてその演奏の間隔が狭ければ狭い程、受け取る情報の密度は高くなる。
引き換えに体はバキバキになり(例え棒立ちでも人前での演奏というのはどうやら無意識に体に力が入るようなのだ。これはどうにかしたい。課題の一つ)、演奏翌日を体のリカバリーに充てる必要は出てくるのだけれども。でもまあサイヤ人みてえなもんだ。死にかければ死にかける程、回復すると強くなる。
兎も角、この三連休はそんな有難い「強くなる」機会だった。

三連休初日、2018年のライブ始めはMoNoSiRo@吹上鑪ら場だった。

最近はどんどんアンビエントな方向に演奏が向かっているMoNoSiRo、これはバンドが変化したというか金森君のやりたかった事にようやくサポートメンバーである我々が到達出来たという事なのだろう。「ロックバンド」然としたアティチュードから主体を捨て去る事でバンドは、演奏はより自由になったように感じている。

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演奏時間の約半分が即興演奏になった結果、僕の足元もここ最近では一番物量が多くなってしまった。
使い勝手が良いからその価値はあるけれども。
個人的にはこの日の演奏はまだ吹上鑪ら場という空間を把握しきれていなかった、というかこのバンド、この演奏でどのように場に向き合うかというのが不明瞭なまま臨んでしまったのではないか、と振り返って思うのである。
もっと自分の音量、音色、ニュアンス、そして内容と諸々がもう少しだけ合致すればアンサンブル中で効果的に作用出来たのではないかと思っている。

年齢を重ねるのは面白いもので心境の変化というのが無理なくシームレスに訪れたりする。
以前は「どんな場所でも同じ音で同じ印象を受け手に与えていたい」と思っていたのだが最近では「その場その場の環境を活かして自分達の演奏をわかりやすくアウトプットしたい」と思うようになった。
だってその方が面白いじゃん。

そういえば少し前のMoNoSiRoの演奏動画がアップロードされたのでそのうちの一つを貼り付けておきますね。

2017年の演奏納め。

深夜、リビングにて。
頂き物の高級あご出汁を使った具なし味噌汁を作って飲みながらこれを書いている。マグカップで啜っている分には珈琲っぽいが味は完全に味噌汁だ。しかも美味い味噌汁。出汁が大事というのはどうやら本当らしい。
昨年末の最後の演奏について書いておく。

名古屋での演奏納めの翌日、年越しに向けての大掃除やら酷使した/する体のメンテナンスにカイロプラクティックに行ったり(友人が施術をしており良くして貰っている。こういう専門技術を持った友人がいると友人ならではの距離感で質問等出来るので有難い)した後、仮眠、明け方に起床して31日の早朝未明、名古屋を出発した。
目的地は東京、大晦日に最後の一日を送る事になる新宿JAMにてJONNYで演奏するための演奏旅行である。ちなみにメンバーとは現地集合、現地解散。僕は演奏後に早々に帰らねばならなかったのでむしろ都合が良い。

新宿JAM、閉店。
ビルの老朽化に伴って、との事であるがまさかJAMが終わるだなんて。新宿JAMは有名なので説明するまでもない事であろうけれども、つまりそれくらい長く続いた老舗ライブハウスである。
けれども場所としては格式高く構えるとかそういうのは全くなくて、石塚店長も大変気さくで愉快なおじちゃんである。石塚店長に声をかけて貰い、有難い事にJONNYで何度もお世話になった。どうせならちゃんと別れを告げたい、最後に演奏したいと思った。けれども今やライブを行う事がなかなか難しいJONNYであるからなんとなく「ああ、このまま演奏する機会もなく閉店の日を迎えるんだろうな」と少しだけ寂しい思いをしていたのであった。それがまさか機会を頂けるだなんて。
大晦日だもの、東京遠征だなんて普通だったら考えられないけれども折角の機会なのだ、この日演奏しなかったら一生後悔する、そう思って予定を調節した。
新幹線が予約出来るのか、そして予約出来たとしても大晦日のバタバタした中、組んだタイムテーブル通りに動けるのか怪しかったので結局僕と妻と友人の三人交代の運転で東京へ向かった。
大晦日だし高速道路もきっと渋滞しているだろう、と息巻いて早めに出発したのだけれどもさにあらず、むしろ空いていたのでいつもより早く到着してしまった。時間に余裕があったらやっておきたかった事(ハードオフ楽器スタジオ詣出、富士そばを食べる、漫画で見た銭湯に行く等)は全部やった。ぼちぼちメンバーと取り決めた集合時間だったので新宿へ向かう。

新宿JAM横の駐車場に自家用車を停めて店内に降り立つともう賑わっている。最後の一日、という風情よりかはお祭騒ぎといった感じだ。湿っぽいのは似合わないもんな、と勝手に思った。
程無くして到着した篠田メンバー(流石東京在住、早過ぎもせず遅過ぎもせず)と近況を話したりしていると、佐藤さんとせんちょーは時間ギリギリの到着になりそうとの事。
大晦日だもんな、で済んでしまうのがこの日の良いところ。そしてもうすぐ約一年ぶりに行う4人での演奏が妙に楽しみで些末な事は気にならない。
前のバンドの演奏が始まった頃(観たかったな、サーティーン)頃、楽屋で練習。全員生音、せんちょーに至っては口ドラムなので皆で自分のフレーズを口に出して確認。
久しぶりの演奏だし練習らしい練習はしてないけれども、どうにかなるはずだ。俺達何年バンドやってんだ。

だけれどもステージにはやはり予測不可能な出来事が待っている。
持ち込んだ愛用のアンプヘッドが異常な動作を起こしており、にっちもさっちもいかない。常設のアンプヘッドは苦手なアンペグ(しかも転換中にすれ違った将棋部a.k.a Emily likes tennisが「JAMのアンペグはバキバキいうなぁ!」と言っており、事実その通りだった。ミドルを上げるとトレブルが持ち上がるくらい腰高。されど重低音は出る)だったけれどもなあに、こうなりゃ音が出れば良い。転換中のステージ上は既に篠田君の爆音のギターでよくわからないカオティックな空間になっている(良い意味で)。さあ、やろう。

楽しい演奏はあっという間だけれども、随分と濃密な時間だった。昔は体の思うがままにやっていた演奏だけれどもメンバーの挙動にも少しだけ以前より意識を向けられるようになった。俺達は確かにバンドで確かにチームなんだな、と一年ぶりに演奏する人達に対して思えたのは2017年の一つの大きな収穫だったかもしれない。
演奏終了後、機材を半ば無理やり詰め込んで新宿を後にする。バンドメンバーで挨拶出来たのは唯一佐藤さん、しかもステージ上で別れを告げた。なに、またそのうち、きっとやるさ。

2018年を迎えたのは高速道路の上でだった。同行して貰った妻や引きずりまわした友人には悪いけれども、僕に似つかわしい新年の迎え方だな、と思った。
2018年も宜しくお願い致します。

2017年名古屋での演奏納め。

新年明けましておめでとうございます。

普段からこのブログを読んで下さっている方、こんな自分自身のためにしか書いてないような日記を普段からチェックして下さって有難う。僕の人生にお付き合い下さいね。たまたまこの日記を読んでいる貴方も有難う。すれ違ってこれっきりかもしれないけれども、まあいずれまたお会いしましょう。

というわけで2018年1月1日、正午頃、レッドブルをグラスに注いで氷で冷やしたものを飲みつつこれを書いている。お正月特番は15分くらい観てよく知りもしない芸人の漫才できっちり笑ってしまったのでもう満足。この後は初売りを冷やかしに行こうと思っているのだけれども(僕が狙っているのは、そう、エフェクターだ)、それまで少し時間が空いたのでこうしてブログを書いている。2017年の事でどうしても書き記しておきたい事が2つあるので、それをこの正月休みの間にバババッと記録しておこうという魂胆だ。

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2017年名古屋での演奏納めは鈴木実貴子ズのサポートで鶴舞K.Dハポンにて。12月29日(金)の事だ。

この日は仕事をきっちり納めてから機材を積み込んだ車でそのままハポンに向かい、心配して(させて)損させたレベルで開場前に無事到着。
この日はハポンのモモジさんプレゼンツのプルタタと実貴子ズのツーマン。お恥ずかしながらプルタタは初見だったのだけれども、この日はダンサーに人形操演に演奏に、とまさにお祭り、祝祭ムードで空間に飲み込まれるよう。何だか心が綺麗になるようで(高橋君も言っていたけれども禊のようであった)様々な要素がその時間と空間に集まっているのに観ているこちらはどんどんとプリミティヴな方向に向かっていくのが大変面白い実感であった。
共演でなければ、と久しぶりに思う。特にこんなバタバタ移動して駈けつけてきた日にゃあ演奏前から準備とか色々立て込んでいてゆっくり観る事もままならない。

名古屋での演奏納め、かつ去年一年通じても鈴木実貴子ズのサポート活動は印象深い活動だったので気合いは十分。
練習の成果と練りあがったバンドアンサンブルを顕在化しつつも実貴子さんの歌を邪魔しないように、願わくば押し出せるように、と注力して演奏する。このバンドでの演奏はシンプル極まりないけれども、その分曲の筋肉というか抑揚、呼吸、そういったものにダイレクトに影響を与えるようで非常に弾き甲斐がある。一音強く弾き過ぎるだけでもその後の演奏の意味合いが変わるような、勝手にそれくらいの気概を持って演奏している。ほら、面白そうだろ。いいだろ、弾いてて楽しいんだぜ。
この日は演奏しながら多くの感情が行っては来てして、ああなんて心が豊かになる演奏なんだ、色々なものが引きずり出されるなあと感じた。実貴子さんは途中のMCで「私は多くの死骸の上に立っていて」と話し始めて大変興味深く思った。同じ実感が僕にもあるからだ。「そんな自分を大変申し訳なく思います」。ああ、この人はなんて謙虚で美しいんだ。死体の山の上で死体を更に踏みつけるようにして踏ん反り返っている僕に対してこの人の在り方はかくも美しい。心の綺麗な人は人の心を打ちにいく事が出来る。僕のような人間は辻斬りの如くやたらめったらやる他あるまいよ。

演奏終盤、紙吹雪が降って来た。
上の写真でもお分かり頂けると思う。心優しい子ども達がプルタタの演奏で降らせたものを転換中から拾い集めて用意してくれていたのだ。おいおい、美し過ぎるだろ。目の前が紙吹雪に包まれてその向こうに見える客席の景色が全く別のものに見えた。ハッとしながらも演奏を続けた。汗をかいた首筋に紙吹雪が引っ付いてくる。二重の意味でくすぐったかった。まさかこんな思いが出来るとは。


2017年、名古屋での演奏納めは非常に印象深いものになった。有難う。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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