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「劣化ウラン弾っていくらで買えますかァァァ?」

有難い事に会社勤めをしながらも平日も演奏活動を続けている。
先日、23日金曜の事だ。仕事を終え、上司を別れた後、僕は楽器を積み込んでおいた自家用車で岡崎へ向かった。
高速道路を使っても一時間と少しかかるようである。演奏開始時間が22時50分予定だったので下道でも時間的に余裕はありそうだけれども、土地勘のない場所へ向かうのにそんな事している場合じゃない、と思い直して高速道路を使ったルートをカーナビで選択した。

この日は岡崎にあるBAR煙-en-で開催されるイベント「パンチャスカンダ」に出演するコトナのアコースティック編成版=acotonaでベースギターを弾くのである。毎回思うけどこういう説明一文で言い切ろうとするからわかりづらいよね。
で、前回のacotonaと同じ編成かと思っていたらまさかの鍵盤のはるちゃんと僕とレモンさんの3人で。ギターと歌のヒデさんもいないの!って驚いたのだけれどもこれはきっと挑戦しろっていう流れなんだな、と楽しく演奏させて頂いた。
ドラム、或いはパーカッションがいない中での演奏って僕の記憶する限りあんまりなくて、いやそりゃあ劇伴の生演奏とかでそういうのはやった事があるけれども、元々はバンドセットでやっている曲をベースと鍵盤で演奏するっていうのは大変に有意義な挑戦だった。レモンさんにはしっかりと終着点が見えていたようで、そのアテンドで随分と方向性は定まったのであった。流石先輩。

さて、高速道路を使って岡崎へ到着。初めての場所なので少しだけ迷ったけれども、無事にBAR煙-en-に到着。
夜も結構遅い時間だっていうのに結構お客さんで賑わっていて、俺、人見知り発症。
全く陰気臭い奴だよな、と思いながらも場所の面白さに興奮する。静かに、一人で。
沢山のキャンドルライトで彩られたその場所はまるでゲームの世界の砦のようで、浮世離れした雰囲気さえ感じた。場所の印象が滅茶苦茶強いから滞在時間の割に(イベントが終わるのが深夜だったのでちょっと諸々サムシングで、お先に失礼させて頂いたのであった)ずっと忘れない事だろう。

演奏はレモンさんからお借りしたマーシャルのコンボアンプの上に腰かけて行った。
尻のすぐ下から音が出るっていうのも面白いもんだ。環境的に爆音で、というわけにもいかないだろうからちょっとした演出程度にディレイとリバーブとボリュームペダルだけ足元に置いて適時使用。夜の23時過ぎにアンビエントなベースギター演奏は弾きながら自分が夢の世界に誘われそうになった。
レモンさんは全く言葉の魔術師だと思う。ああいう人と一緒に演奏すると普段自分が何気なく行使している「言葉」を改めて再度見つめ直してしまうのだなあ。
またきっと、演奏する機会を頂けるのかなとも思うので楽しみにしていよう。

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演奏後に。
キャンドルライトとレモンさん。BAR煙-en-にて。
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(まだ)秘密のレコーディングをしてきた。

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21日祝日は四日市ドレミファといろはにてレコーディング。
早めに到着するように調整して、昼食をいろはの裏にあるカリー河で食べた。使う素材にこだわった、とても美味いカレー。香辛料の影響か食べれば食べる程腹が減る、という新鮮な体験をした。大いに満足してレコーディングへ。
今回の録音はまだ秘密のお手伝いのレコーディングなのだが、ベースラインの構築や修正に関しても自宅にてフリーソフトとオーディオインターフェースを用いての録音を通じて行っており、何だか大変現代的だなあと思った。曲数は5曲と割と多かったのだけれどもベースラインに関しては提案した内容がすんなり採用して貰えたりで一安心。楽器抱えながらパソコンの前で「歌モノのベースラインとは...?歌を活かすベースとは...?サポートで僕が参加する意味とは...?」みたいにあらぬ方向に思索が飛び交い、それでも良い形にあらゆる点で帰着出来たので良かったのであろうと思う。弾いてる内容的には無自覚にそこに到達出来たとしても、考えた結果そこに至ったという時間は僕の財産である。有難い。

さて、録音前は素のライン信号とエフェクターやプリアンプを通したアンプの音を同時に録音してミックスしよう、といろはのゴウさんと話していたのだけれども試しに一曲録ったものを聴いてみて、何だかしっくりこなかったので急遽変更。
アンプに送る信号も素のまま送ってアンプ側でふくよかさと低音を足すようなイメージで音作りを進めた。結果的にこれが良かったのだと思う。というのもバキバキやゴリゴリしたアタックの部分は素の信号で十分確保されていたし、低域の質感やアンプっぽさというのは素の信号をいろは常設のHartkeのコンボアンプに通しただけでも十分に得られたからだ。エフェクト類を通さなかっただけ近道出来た感がある。サンズアンプの音はサンズっぽさは求めたものの、ver.2を導入してから「楽器そのものの音をアップグレードする」方向で音作りをしてきたせいかなくても違和感を感じなかった。いやそれでも大好きだから使う時は使うけれども。
ゴウさんもサンズアンプの低音の質感がミックスの際にちょっと苦手に感じる旨をおっしゃっておられたので(それでも「本当にええんか、使わんでええんか」と言って下さっていたけれども)これできっと作業もよりスムーズになるだろうと思われる。
アティチュード的にもいろはでゴウさんと録音するならこういう音で録りたい、という音で録音出来たので大変満足である。
あ、ピックもいつも使っているのではなく「指弾きの音になる」と謳われている特殊素材で両側が覆われているブ厚いピックを使った。アタックとふくよかさが得られて丁度良かった。
ゴウさんの演奏のジャッジは滅茶苦茶早くて何なら僕から「プレイバック聴かせて下さいよ!」とお願いしてニヤニヤしながらゴウさんが「ええよ」と返すような瞬間もあった。実際聴き返すと良い演奏だったのでこの人には敵わないなと再認識。

想像していたよりもスムーズに録音が終わって、呑みに行った。
夜の四日市を歩きながら「ここは良い店で、ライブも出来る」「ここも良い。ちなみにライブ出来る」というのを何度か聞いた。四日市はお酒と音楽が密接の結びついている!?

結婚して一年が経った。

結婚してまるっと一年が経った。
結婚、異動とこの一年は大きく環境が変わった一年だった。また、バンドを脱退したり加入したりと表現活動の部分でも色々と目まぐるしく変化した一年であった。それでもブッ倒れるでもなく今日までやってこれたのは毎日ともに生活している妻のお陰である部分が少なくない。僕ってばわりかし無茶苦茶な人間だと思うのだけれども文句一つ言わず毎日一緒にケラケラ笑ってくれる妻は良く出来た人だと思う。

折角の結婚記念日だったので披露宴でお世話になったよし川にて、お祝いの会食。お世話になって以降仲良くして下さってるプランナーさんともお話出来た。
食事も「何だこれ気が狂うぞ」ってくらい美味しい。一年に一度食べられれば幸運、と思える程美味しい。

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プランナーさんと記念撮影。
良い結婚記念日だった。

健康について改めて考える良い機会であった。

この時に痛いと書いていた背中だけれども実にこの一週間の間ずっと痛み続けた。しかもその間「右側が痛いからつい庇って無理な動きをしたからか左側も痛むようになる」「和らいだと思って調子に乗った結果また痛むようになる」と紆余曲折を経て、どうにか今日明日辺りには完全に痛みもなくなりそうなそんな気配だ。内臓からくる痛みなのでは、という心配さえもしたけれども、マッサージに行ったりすると楽になったのでやっぱり筋違えたりとかそういう奴だったのかな、と思っている。

あと背中が痛かったついで、ではなかったのだろうけれども喉も傷めた。
金曜夜が職場の関係のパーティーで、偉い人達とご一緒する場で薦められるままにコップを空にして注いで頂いていたらビールばっかりがぶがぶ飲んでしまい、嘔吐。帰りの電車の中も何度も意識を失って眠ってしまい降りる駅を乗り過ごす体たらく。仕事関係で飲み過ぎると大抵乗り過ごしてしまう。
で、家に帰った後も嘔吐。落ち着いた後に吐くとなると酔っ払っている最中に吐くより気分が悪い。で、翌朝起きると喉が痛くて倦怠感があって熱っぽい。これは風邪だという事で早めに叩いてやろうと花粉症で苦しんでいる妻と妻行きつけのクリニックへ。
幸い発熱もそんなにしておらず抗生物質を貰うにとどまったのだが、この抗生物質が効果てきめんで服用するようになってからすこぶる調子が良い。当初は自覚出来る程に腫れていた喉も今でもはあと少しで全快!と言えるまで回復したように思われる。
処方薬は本当に偉大だ。

どうしたって健康は大切だ。どうしたって。
明日は結婚記念日である。

四捨五入以下繰り上げ

多分だけど、背中を痛めた。寝違えたか何かしたんだと思う。首から右肩、右肩甲骨の辺りがふとした角度で痛みが走る。
両肩甲骨を寄せて上にあげて、とストレッチをすると一時期的に楽になるんだけれども、しばらくするとまた痛む。
運動不足も関係あるのかもしれない、と腹筋ローラーでゴロゴロする日々だ。

白線の内側のライブをした翌日、仕事関係の選手が出場するという事で朝から早起きして名古屋シティマラソンの応援へ。
今までマラソンの応援って真面目にした事なかったんだけれども、今時のマラソンの応援って凄いんだな、専用アプリでランナーのゼッケン番号を入力するとGPSで追跡出来てしまう。流石に若干のタイムラグはあるようなのだけれども、そこまでしているとは思いもしなかった。

応援後、この日は犬栓耳畜生のライブがあるので会場入り、そしてリハーサルへ。
リハーサルをつつがなく終えると一旦メンバーとは別れて舟橋単独行、BBBBBBBで(まだ)秘密のミッションへ移動する。
普段は絶対に足を踏み入れないような場所での演奏、言ってしまえばオーディション的なサムシングとでもいうか、ライブとはまた違った演奏である。
西園寺君が沢山ギターアンプを調達して(演奏メンバー分含)ハイエースでミッション遂行場所に乗り付けてきた。

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この日はじめましてのメンバーさんとも挨拶しつつ(総勢で滅茶苦茶人数いるんだ、BBBBBBB)皆でアンプをゴロゴロ転がして演奏場所へ。ここから先は書いていいかわからない、というか書いていけない事なので割愛するけれども、僕、久しぶりにアンプ直で演奏した。とはいっても特殊奏法というか弦をひっかいたり金属でガチガチいわせたりアンプのゲインをフルアップして「ッシャーー!!」っていわせたり、そういうのだったけれども。アンプ直でも多彩な音が出るもんだ、と再認識。演奏した室内が暑かったので地味に汗をかいた。
演奏後はBBBBBBBチームと別れ再び単独行。

犬栓耳畜生の演奏は栄Partyzにて。Modern Loversの店外イベントという事でフロアライブで、とオーダー頂いての演奏となった。
いやこれが滅茶苦茶楽しかった。会場に集まったのは革ジャンを着た格好良いお兄さんやパンクス、僕より強そうな人ばかりであったけれども、経験上そういう見た目怖い人達は心優しいし真っ直ぐであるとわかっているつもりなので(実際この日もニコニコと声をかけて貰った。僕は油断して靴下履いてサンダルという役所のおじさんスタイルだった)大いに演奏で分かち合おうと思った通りに演奏をした。毎回指揮をとる人間が順番で変わっていく犬栓耳畜生、この日のコンダクトはまりいちゃんだったのだけれども彼女の書いた曲というのがこれまた演奏が難しい。炭酸さんが数字をカウントするカウンター(声にエフェクトをかけたりシンセを手元で操作して同時に演奏にも参加している)で、カウントに合わせて演奏内容が変化していくんだけれども途中でキメキメのセクションがあったりと挑戦しがいのあるものだった。
僕が演奏をリードする瞬間も与えて貰っており、ええ、喜び勇んで演奏したよ。フロアの四隅に陣取ってのフロアライブでお互いの姿さえ目視出来ない瞬間があるくらい(つまり会場は大入りだったって事)だったけれども、不思議とバンドの一体感は過去最高だったんじゃないかと思う。あの瞬間、あの場の空気にあてられての自画自賛してしまうけれども過去最高に熱のこもった演奏となった。
ビッグマフの発するノイズに興奮してディストーションゴッドに感謝して演奏終了。側転をしようとして腰を打ち付けたものの、幸い腰を痛める事はなかった。
今回の演奏を踏まえた犬栓耳畜生は今後もっと面白い事になる予感がしている。

妻の体調がまだ本調子でなかったのでイベント途中でお先に失礼させて頂いた。申し訳ない...お店にカレーを食べに行きたいと思う。何より、音楽は人と人を結びつけると再度認識した夜だった。

猫の目線になって

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妻が腹痛で倒れた。職場に電話がかかってきて知らされたのであった。
急遽駆けつけて救急外来に付き添った。検査の結果腸炎との事。正体が分かれば病気に対する不安というのは幾分か解消される。薬も貰ったし妻も原因がわかって幾分かホッとしたようであった。
そんなバタバタした最中、土曜日は仕事で研修→白線の内側でライブ。吹上鑪ら場にて。

仕事の研修を終えてやる気と野心に沸々としながら吹上鑪ら場まで歩く。
リハーサルに参加出来なかった事は残念だったけれども、不安は微塵もない。何度もやった場所での演奏という事に加え、スタッフさんさえ大丈夫なのであればこちらは確認事項を全部確認して100パーセント安心する必要等ない、という思いがある。その時自然と起こる作用を演奏に抱き込みながら消化して昇華していきたい、という欲求だ。
こう弾くとこう楽器が鳴る、というのは何となくわかっているにしてもでは今日のセッティングではこういう音で出力される、とかエフェクターの反応はこうである、とかは緻密に作り込む必要を感じない時というのが結構あって、僕はそれを良い意味での余地と捉えている。予測不可能な事が突然起こった時こそ演奏家が演奏家としての矜持や能力を発揮する最も過激な極地の一つであり、性根の部分はその瞬間に顕在化するのだとそう思っている。
勿論ネガティブなエラーというのもあるので事故は起きないように準備しておく必要はある。けれどもメンバーとの間以前に自分自身の中で化学反応が起こり得る隙間は残しておいたって良い。

セットリストさえ、メンバー間で共有せずに本番に臨んだ。かしやま君の中ではきっとライブの流れがあって曲順も想定されたものがあったに違いないのだけれども、それを一曲終わる毎にでは次は、と提示されながら我々は演奏していくという進行の仕方は少なくとも白線の内側というバンドには合っているように思われた。目の前の事だけに注力する、瞬間を瞬間として意識する事がより明確に出来るようになったというか。僕自身非常に健全な気持ちで演奏に臨む事が出来た。先の事なんか考えないくらいの方が良かったりする事もあるもんだ。

Live atホトトギス、公開されました。

この時に撮影したBBBBBBBワンマンライブが遂に映像作品として公開された。

『Documentary of BBBBBBB ライブatホトトギス ~鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス~』

バンド参加最初の演奏(?)がこれだったわけなんだけれども、いやはや初っ端から面白い経験が出来た。
西園寺君から話を聞いた時に想像した以上に絵面が面白い。
あ、重ねて言いますが参加動物の安全に配慮した上で撮影されています。鳥って結構ストレスにシビアらしいのね。大きな音にさらすのは危険だろう、という事でその辺も配慮する西園寺君、ヤサシイ。
ちなみに過去の映像作品もヤバイ。

『BBBBBBB LIVE AT 車内 〜揺れろ!俺の車!〜』

これはアカン奴だ...狂気...。
そしてBBBBBBBの名を一躍広めた「ノイズ卓球」こと

『BBBBBBB Live at Tabletennis』

この動画を多くの人が拡散した事で僕もこのバンドの存在を知ったのであった。
炭酸さん(犬栓耳畜生)も出てる。
上記2作品も併せてご覧下さい。

(ちなみにLive atホトトギス、再現ライブ、するらしいよ...鳥...)

パイプカツトマミヰズ脱退しました。

パイプカツトマミヰズを脱退して一週間が経った。
約8年間にわたってベースギターを担当してきたわけだけれども、喪失感だとかそういった感情は不思議と、ない。
「終わったんだな」という感覚はあるけれども、それよりもこれからをどう楽しもうか、という感情の方が強くてきっとそれはお互い様だろう。こう書くと不仲で辞めたみたいだけれども、決してそういうわけではない。
生活が変わってバンド活動が継続困難になったわけでもない、音楽性の違いでもない。
はっきり書いてしまうと僕のモチベーションが持続出来なくなったのでバンドを脱退させて貰いたい事を昨年末頃、メンバーに告げた。そういう決断を自分の中で下してしまう前にどうにか出来なかったのか、という思いもあるにはあったけれども結果的に言えばどうしようもなかった。やりたい事が違うのだ、こればっかりはしょうがない話だろう。

けれどもやっぱり8年間在籍したバンドだ、これから先のバンドの時間に自分がいる想像は全くつかなかったけれども、バンドの歩みを止める事にはなって欲しくないというまあよくある辞める側の手前勝手な感情だけは僕も持ち合わせており、吉田君や駒田君にも誰か良いベーシストはいないだろうかという話をフワッと尋ねられてはいたので後任の、所謂サポートメンバーとして伊藤理絵(リマリッジマリッジ)さんに声をかけた。直接のきっかけは吉田君の半ば以上冗談であろう「舟橋の意志を継ぐ人間はいないのか」という言葉で、これを言われた瞬間に僕は僕の事を「師匠、師匠」と言って声をかけてくれる自称・弟子(自称としているのは別に僕が師匠らしい事を出来ていないからである)の存在を思い浮かべたのであった。
自分がモチベーションを無くして脱退するバンドに自称・弟子を紹介するっていうのも何だか奥歯にものが挟まったような気持ちになるなと思ったので辞める理由や諸々をきちんとお話して、それでも彼女は「面白そう」と言ってくれたのできっと4月以降のライブは彼女が思うパイプカツトマミヰズのベースを彼女の演奏でやる事だろう。僕は観に行こうと思っている。

8年の間には色々あった。
色々な場所にも行ったし色々な共演者にも恵まれたし色々な人にお世話になった。こうして活動に一区切りつくとなるとこのブログで小まめに日記をつけてきて良かったと思う。振り返ろうと思えば何なら日付さえもここにまとまっているからだ。
8年間で出会った皆様、そしてメンバー、お世話になりました。
パイプカツトマミヰズ、次一緒にやる時はきっと対バンである。対バンは対バンらしく叩き潰すつもりで臨もうと、それだけは決めている。

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今日はバリバリ作業する日と決めていたのだけれども折角なので日記も書き散らかす。

本来の順番であればパイプカツトマミヰズの脱退ならびにその日の最後の演奏について書くのが時系列的には正当な順番なのだろうけれども、折角ならもう少しだけ冷静に振り返る時間を設けてからの方が記録として鮮明に、緻密に残せると思うので今日のところはパス。普通の日記。

昨夜、仕事を終え帰宅するために車を運転していた時の事である。
最近は車通勤で折角ならとbluetoothでカーステレオに同期してitunesで音楽を聴いているのだけれども、そのランダム再生された音源が自分が演奏に参加した7年前のライブ演奏の記録だった。記録とは言ってもちゃんとミックスされ、世の中に出てこそいないけれどもメンバー内で共有するだけの代物としては十分過ぎる程の音源だった。
振り返りと時折聴き返すために音源として取り込んでおいたのであろう、ここ数年の間こそ聴き返しもしなかったけれども当時手伝っていたそのバンドの音源を聴き返して、妙に懐かしい気持ちになった。
刹那、そのバンドのアンサンブルの中で鳴っている自分のベースギターの音色、そして演奏自体を聴いていて沸々と複雑な感情が湧き起って来た。全く当時は何てお気楽に演奏してやがったんだ、という気持ちとこの頃重ねたものがあって今の自分があるんだな、とかあの頃はこんな事があったあんな糞野郎がいた(失礼!僕だって全く遺恨もなく人生生きてきたってぇわけじゃあないさ)、その頃はあんな女の子と付き合っていたなとかこんなものが好きだったなとかこんな事したな、とか要するに懐古的になったというわけだ。
懐古的?綺麗な表現過ぎる。Don't look back in angerとは真逆のベクトルの思考の動き方、look back in angerだ。人間の脳味噌の構造としては嫌な事ばかり鮮明に覚えているのはしょうがない事だそうで、ハンドルを握りながら僕は僕の報われなさを掘り起こしては目の前に突き出してまじまじと見つめていたのであった。
これは別に僕が不幸だなんて言いたいわけじゃあない。むしろ自信を持って言えるのだけれども僕は恵まれている、と感じる。日常生活の90パーセント以上の瞬間でそう感じているんだから目出度いものである。
だけれども思い返したり思い至ったりしては憤怒の感情に駆られるような事が、無理やりにでも出来なくはないという事なのである。
「幸せだけれども強いて言えば、あれがむかつく」
こういう発想が巧くいくと人は良い感じにエネルギーを得られる瞬間がある。昨夜の僕はまさにエネルギーの塊であった。
良かった、俺の人生にはまだ憂鬱があった。
車の免許をとって実家を出て結婚して正社員になって、毎日天職だなあと思える仕事に勤しみながら演奏活動や表現活動を人生のエキサイティングな出来事として楽しみながら生きている。
私生活の部分では全く問題なく順風満帆、だけれどももっと人生は刺激的であるべきだ、俺はもっと楽しめるはずだという思い。

これがあれば割と、どういう風にでも人生は面白くなる。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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