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舟橋なずな、爆誕!

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2018年9月29日16時51分、待望の第一子が誕生した。
体重は3468グラム、女の子である。名前は妻と相談して舟橋なずな、とした。春の七草で季節は違うけれども丈夫なナズナのように育って欲しいし、何より可愛らしい名前だ。妻が挙げてくれた候補の中で一番気に入ったのがこれだった。娘がお腹の中にいる間から仮名ではあったけれどもその名前で呼びかけるようにしており、家族も愛着を持っている様子だ。妻も僕も気に入っている。
なずなちゃん、これから宜しくお願いします。

前日から定期的に痛みがくるようになっていた妻。病院に連絡したものの痛みの間隔と前日の定期検診の様子から「もう少し自宅で様子を見ましょう」という事になり、痛みが酷くなった時に病院により近いし何より妻もリラックスするだろうという事で彼女を実家へ送っていった。
夕方になり痛みの間隔が狭くなるもどうやら痛みの程度も出産までの時間もまだまだのようだ。病院に行ったもののまだ自宅待機、という事になった。母子ともに健康で心配はないとの事。妻は定期的にくる腹部の痛みに気が張りつめていた様子だったけれども、僕は一安心。
翌日である29日は午前中にどうしても外せない仕事が一件入っていたので妻をそのまま実家へ残して僕は一人帰宅。
「陣痛が来たら連絡頂戴ね」だなんて話をしてから眠りに就いた。

明け方、6時過ぎに義母から着信。
夜中から痛みの間隔が狭くなり、また痛みも増してきたため病院に妻と来たところ入院となった、との事。前日の痛みは前駆陣痛
というものだったようで、電話越しに伝わってくる妻の様子も前日のものとは一変していた。
仕事をキッチリ納めてから駆け付ける、と伝えると痛みに耐えながらも「承知!」と妻が叫んだ。強い女性だ、とこの時思った。

ソワソワしながらも夕方以降に入っていた仕事関係の催しについて連絡を回す。僕は幹事の補佐的な立場であったため、伝達は必須である。やっぱり気持ち的に落ち着かないものの、慌ててもしょうがない、と仕事をテキパキと納めるよう気持ちを落ち着けて出勤。上司も僕を気遣って下さる様子がありつつも、流石に落ち着いている。二人の娘さんがみえるからだろう、「ここから先が長いけれども、業務をまとめたらすぐに駆け付けてあげなさい」と力強い言葉を下さった。

病院に到着したのが何だかんだで13時過ぎ。ナースステーションで教えられた病室に向かって歩いていくと痛みで動けなくなっている妻と支える義母に出会う。陣痛に耐える妻とここで初めて顔を合わせたのだけれども、明らかに前日と様子が違う。痛くてたまらない様子だ。「男性には耐えられない痛み」であるとか「下剤を飲んだうえでバットで腹をボコボコに殴られるようなもんだ」とか「スイカを口から入れるような痛み」とか、陣痛に関して色々聞いてきた様々なワードが頭の中を駆け巡る。妻はこれにもう何時間も耐えてきているのだ。とてつもない。僕はアワアワしながら腰のあたりを兎に角さする事しか出来なかった。
あまりにも痛みが続き、妻の体力が心配だという事で和痛分娩を行う事になった。麻酔を打たれた後から嘘のように痛みが引いたらしく、そこで初めて妻と冷静に会話する事が出来た。深夜から付き添って下さった義母も一度帰宅し、休憩。ここでバトンタッチである。妻は束の間の休息をとる事が出来た。一睡もしていないのだ、体力も相当消耗しているだろう。妻は程無くして陣痛室のベッドで眠りにおちた。僕はといえば売店で買ったおにぎりを食べながら「一番大変じゃないのは僕だな」だなんて妙に冷静に考えていた。仕事して、腰さすってお弁当食べて今、だもんな。僕がグーグー寝てた間から妻は痛みに耐えていたのだ。凄い女性だ。

先生が妻の様子を診に来られたタイミングで妻が目覚めた。少しすると痛みがぶり返してきた様子だ。楽な姿勢になろうと半身を起こすとそこで破水。目の前でパシャッ!と音がした。妻はガウンを着ていたので実際目の当たりにする事はなかったのだが、その音だけで破水したと悟るには十分な音だった。この瞬間に漠然と「いよいよだ」と思った事を憶えている。慌ててナースコールをして破水した旨を伝えると分娩室に移される事になった。
妻の様子を診た先生曰く「あと一時間半もしたら産まれるかもしれないので、親御さんに連絡してあげて下さい」。まじかよ、いよいよだ遂にだ、と一人焦る。妻は痛みに耐えてウンウン唸っている。もう麻酔を打たずにこのまま産んだ方が良いのでそうしましょうね、という先生の言葉に無言で、だけれども強く頷いた妻を見てグッと来てしまった。
何が出来るのかそれなりに考えていたつもりであった。かける言葉もその時になれば出てくるものだと、そう思っていた。
実際何も出来なかったし言葉も「がんばれ」とかありきたりな言葉しか出てこなかった。男というのは分娩室の中では無力極まりない、と聞いていたけれども成程、確かに無力だ。
けれども、立ち会う事が出来て本当に良かった。僕はあの時間を一生忘れる事はないと思う。生命がこの世に出てくる瞬間、そうだろうとは思っていたけれども想像していた何倍も感動した。言葉にならない感動というか、その感情はもう生命というものの力強さと尊さに対する敬意の念とごちゃ混ぜになった感情である。

「上手い、上手いですよー」
助産婦さんと先生が妻がいきむ度にそう言葉をかける。実際妻はいきむのが大変上手かったそうだ、それは先生が途中で「初めてですよね?」と真顔で冗談を言う程に。ちなみに笑ったのは僕だけだった。流石にツッコミはしなかった。
もうこの頃になると妻は「痛い」と言わなくなっていた。声を出さない方が良いですよと言われていたのもあるのだろうけれども、それよりも産む事に集中しているように見えた。ハンドルを両手でしっかりと握っていきむ妻の腕のあたりを掴んで、僕も妻と一緒に息を止めたり吸ったりしていた。「あと5秒長く息を止めて下さいねー次はねー」と言われ、おいおいそんなの倒れちゃうよ、と思いながらも妻と一緒に息を止める。ブッ倒れそうになったらやめよう、けれども何もせずにはいられない、せめてその感覚の片鱗でも味わえればと思っての事だったけれども、クラクラした。妻がいきむのと助産婦さんが引くのと同時だったと思う、血まみれの、けれども髪の毛のしっかり生えた赤ん坊の頭が見えた。と思うとすぐに全身が出てきた。血まみれで出てきてすぐは全身紫色だったけれども、不思議と陰惨な印象はない。生命そのものだ。可能性の塊が目の前に出てきた!

先生達が娘を囲んで処置をして下さった。すぐに泣き声が響き渡った。医療ドラマとかで観たシーンであるけれども、本当にあの瞬間、場の空気は緩む。和やかなお祝いの雰囲気に包まれる。妻は汗だくで、けれどもやり遂げた様子で分娩台の上でぐったりしている。目線はずっと娘の方に向けたままだ。
こんな稚拙な言葉の何十倍も感動した事をここに明記しておきたい。あの時間は僕の人生の中でも最も幸福な瞬間の一つであった。
妻よ、そして娘よ、本当に有難う。僕は幸せな夫、父親だ。力強い二人の女性に支えられている、と感じる。

さあさあ、人生ますます張り合いが出てきたぞ!!
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自分の歪み史に於けるマーシャルサウンド=GV-2

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こういう物言いをすると自分が年齢を重ねた事、更には「もう若くありませんよ」みたいな雰囲気を醸し出してしまって嫌なのだけれども、今の10代の楽器演奏家達も楽器をストラップで肩から吊り下げる際のその長さであるとか、ダウンピッキングでひたすらに弦を弾く、その際のBPMの早さ等で競い合ったりするのだろうか。
そういった行為が流行した記憶こそないけれども、何となくそういう要素で人に勝っていたいみたいな気概はひっそりと持っており、そこに正直に従った結果、否、そこだけに着目してしまったが故に今の僕のような極端に偏った演奏家になってしまったのは明らかである。もし万が一ここを読んでいる貴方が10代の演奏家であればこう忠告したい。
「バランスを崩せ、好きな事だけ追求せよ」
この生き方に後悔はないのであった。

さて、ハイゲインの追求というのは今も昔の一部の愛好家は徹底的に追及しているところではあると思うのだが、僕もベースギター
演奏を本格的に愛好し「これこそが自分のコミュニケーションツール」であると自覚する少し前からベースギターの音を歪ませる事に随分と情熱を注いできたものである。
低く、美しく豊潤で時に感応的なそれさえ感じさせるエレクトリックベースギターの音をエフェクトペダルでグッシャグシャに歪ませてやるのである。低域等バッサリカットされ、攻撃的なアティチュード「だけ」が声高に主張されるような、そんな音色を作っては悦に入っていた時期さえあった。バンドアンサンブル中で効果的に運用するためにはどうするべきか、そんな事を考えるのはもう少し後の話、兎に角歪ませる、オラオラ歪ませる、そんな時期が僕の超初期の歪みサウンドであった。

研究は発展し技術を向上させる。
僕は様々な先達の音色を研究してはそれをそのままパクり、自分のものとして取り込もうとした。当時僕が愛聴し、かつかくありたいと思ったバンドにRAGE AGAINST THE MACHINEがいる。このバンドのベーシスト Tim Commerfordはプレベのネックをくっつけたジャズベを指弾きしてブッ太い音を出しており、その高い位置に楽器を構えた立ち姿や「Tシャツかよ」と突っ込みたくなる程沢山入ったタトゥーも相まって大変威圧的で格好良いオーラを放っていた。サイクリングで指を骨折した後、指立て伏せを取り入れた徹底したトレーニングにより骨折前より太い音を出すようになった、との武勇伝も耳にした事がある。僕はこの生き方が自分とは正反対の、しかしブッ太く歪んだ音でグイグイ弾くTim Commerfordに憧れた。少しでも何かパクれないかと思った時に彼の「ガヴァナーディストーションは最高のディストーション」との発言を知ったのであった。

今思えばTim Commerfordの言ったガヴァナーは古い型のものだったのではないか、と思う。
僕がその発言を間に受けて購入した(いや、人から譲ってもらったものだっただろうか、何にしてもどのようにして手に入れたのか記憶が曖昧模糊としている)Marshall GV-2は多分彼が使っていたものとは違うのではないだろうか。
ただ、機材棚にさえ入っていなかったこのGV-2、サビだらけでツマミもちょっとユルくなっていたけれども大変良い按配に歪んでくれたのである。
実際のところ、ベースギターに使うには非常に良いドライブペダルなんじゃないだろうか。
BASSコントロールのみならずそこより更に低い帯域をコントロールする事が出来るDEEPコントロール、これがギター用の歪みペダルをベースギターで使った際の「ひっくい、分厚いところ」が欠ける感じを補ってくれる。どころかブーストし過ぎるとモッコモコになる。MIDもTREBLEも具合が良い。本当にこれ、ベース向きなんじゃないのってな具合である。
キメの細かいドライブサウンド、ギターのみならずベースでも大変オイシイ音になる。

見た目が僕は好きじゃあないけれど。

日記はちゃんと書かないといけないな。

お医者の先生から「もういつ生まれてもおかしくない」とお墨付きを貰ってからというもの、毎日毎日今か今かと娘が妻のお腹の中からこの世界に出てくるのを心待ちにしている。
出産の際には妻の身体に物凄い負担がかかるわけであり、同時に僕は何の痛みも物理的には負わないわけでもうこれは個体としては『ひとごと』になってしまい、だからこそ無邪気に「楽しみだなあ」とか言えてしまうわけなのだろうけれども。
兎に角今は娘に会えるのが楽しみでしょうがない。

ちなみに妻は妻で早く出産をしたいそうで、彼女の場合は早く会いたいという事に加え余り娘が胎内で大きくなると出産の際の痛みが増すのではないかと現実的な側面から戦々恐々としている事も理由としてはあるのだという。
僕は毎日何かと理由をつけて「今日こそは生まれるんじゃないか」と臨月を迎えた妻に向かって言う。
「今日生まれたら金曜の夜だし娘は父親と母親が一緒に揃っている時に生まれてきたいんじゃないだろうか。だから今日生まれる気がする」
「今日は満月だから生まれる気がする」
全く、本当に無責任なものだ。最初こそ一緒に一喜一憂していた妻も今は半ば呆れ顔で「そういう発言が逆ジンクスとなって今日は生まれないのではないか、と思える」と言っている。こうして文章に書き起こすと僕はとんでもない夫であり父親だな、妻が寛容な人で良かった。

陣痛が夜中に来るかもしれないから、と毎日何だかんだ早寝するようになったり、眠れる時に寝ておこうという発想が根付いたのは良い事の一つ。それでも日中は眠いのは何故なのだろう。どれだけ眠っても人は眠いのか。

日記っちゃ日記だけどもさ

・『突っ張り棒の話』
最近、突っ張り棒がマイブームである。
この日記でも何度か触れてきたが、社宅に入居してからというもの、元押し入れである約一畳分のスペースが僕の自室となっている。その中に以前はメタルラックを組んでパソコンやら機材やらを収納して折り畳み椅子に座って作業したりしていたのだが、どうにもくつろげない事に気がつき思い切ってラックを撤去、床に直接座る事を前提に家具の配置を直した。
最終的には座椅子を導入して随分とくつろげる自室になったのだけれども、こうなってくると高さがそれまでと比べて余ってきた。折角なので空間の有効活用を、と突っ張り棒を使って収納スペースを生み出す事にした。
で、ニ○リで買った突っ張り棒やダ○ソーで買った突っ張り棒をあれこれと試しているのだけれども、断言する、突っ張り棒はニ○リのものが素晴らしい。突っ張り方が半端でなく、壁さえ頑健であればしっかりと突っ張る事が出来る。
世の中の突っ張り棒は全部ニ○リのものなら良いのにな、と思う。

・『娘の話』
妻の胎内の娘、まだ産まれず。
これはいよいよ陣痛が来るか!?という兆候がちらほらあったので妻と揃って期待していたのだけれども、全くもって娘(予定)はじらしてくれる。まあ、将来モテそうだから良いか。

・『死んでいく弦への鎮魂歌』
詩を書いた。どうしようもない内容だけれども折角なのでここに転載しておく。

げんがしんでいく
作:舟橋孝裕

ああ げんが しんでいく
はりかえて いっしゅうかん してからが
だだりおの ほんきだと
だれが いったか

おれは はりたての
おとが すきだ
ああ げんが しんでいく
げんが しんでいく

にぶった てつの
おとを させながら

僕だって真面目に考えたりはする。

冷静に考えれば、先日の演奏を終えてから約2ヶ月ライブの予定が、ない。
これは大変珍しい事でともすればこの10年間、有難い事に一ヶ月に一度は人前での演奏の機会を得てきたし多い時はもっと人前で演奏してきた。僕のようなスタンス(つまり自己研鑽のための演奏活動を主とし、平日は仕事で収入を得、平日夜或いは週末の演奏でそれを成し遂げるというスタンスである)で演奏活動を継続する人間としてはこれは結構珍しいのではないか。月に一度の演奏が、ではなくそれを10年の間絶える事無く継続する事が出来た事が、である。もしかしてもしかすると、これは音楽を生業に、音楽で生計を立てようとしている人間でさえこの期間人前で演奏をし続ける事というのは難しい事なんじゃないかとさえ思う。
これはひとえに僕が節操がなかったからで、内容も選ばずに必要とお声がかかれば『まずは』やってみるスタンス(これでしっぺ返しを食らう事も僅かではあったけれども、あったものよ)で、あとは同時に幾つもそういうお声がけを抱えたり有難い事に気に入って頂いて継続的に演奏に参加したりその結果加入したり、そういうのがあったからである。この10年間、本当に多くの人と演奏したと思う。
ただ勿論続けている事が自慢になるわけではない。素晴らしい演奏家だけれども今は人前で演奏する機会がほぼほぼない同業者を僕は知っている。その人の演奏だったら僕は優先事項の上記ベスト3に入れるレベルで観に行きたいと思う。そう思える演奏家が今は人前で演奏していないのだから続ける事は僕の演奏技術の向上に繋がりこそすれ、イコール演奏家としての僕の価値とはならないのがはなはだ残念ではある。
変な物言いになるけれどもさ、一緒に演奏する人間や演奏する内容を選ばなければ、そりゃあ絶える事無くバンド活動を続ける事は出来るよ。そうしない人達が圧倒的に多いという、ただそれだけだ。
僕は有難い事に都度都度一緒にやってみたいと思う演奏や挑戦してみたい音楽がそこに存在したのである。
では何故その10年間を経た上で11月まで演奏の予定がないのか。これはひとえに心境の変化である。
これは、これだけはと半ば意地になって続けてきた時期もあった演奏活動を一旦差し置いて、向き合いたいと思う『予定』が差し迫っている。

妻の出産である。

出産というのは一大事だ、特に妻にとっては本当に一大事だ。僕なんかでは想像もつかないような大事を彼女は抱えている。
大前提として、妻は僕の演奏活動に関して大変寛容だ。週末の時間の使い方はそのまま家族としての時間の使い方に関係してくるのでライブのオファーを所属バンドが貰ったり僕個人宛にオファーを頂くとまず僕は妻に相談する。
「ライブのお誘いが入ったのだけれども」「ああ、やってきたら?」
即答である。彼女は内容や時期ではなくその日その時に家族としての予定の有無で検討している。その結果過去のオファーでは8割、いや9割方「やってきたら?」と肯定的な回答であった。
ではこの時期ライブの予定がないのは彼女の、妻の要望によってなのか?答えは否である。
彼女は家族である僕も驚いたのだが9月上旬、つまり臨月のオファーも「やってきたら?」と答えた。予定日近くのオファーに関しては「その日別に予定は空いてるけど、生まれちゃうかもしれないよ」と答えた事もあったな、確か。ストロング過ぎる。
こういう人と家族というコミュニティを形成するとなると、やはり背筋が伸びる。こういう人間に負担をかけてはいけないな、と思う。

あと妻のお腹が大きくなるにつれ、どうやら自然と心境の変化が僕に訪れたようである。
演奏が何よりの楽しみであったし人とのコミュニケーションであったけれども、僕は妻のお腹の中にいる自分の遺伝子を持つ他人の存在が興味深くてしょうがない。彼女に会えるのが待ち遠しくて仕方がないのだ。この分だと彼女が妻の胎内から出てきた後も相当興味を刺激されるに違いない。子どもという存在にちょっとじっくり取り組んでみたいという気持ちがある。
そういうわけで次の演奏が11月になった。しかもその演奏も自宅の近所、大変融通が効く、というかオファー元に融通を効かせて貰えそうだから妻への相談と熟考の末、引き受けた。これからはなかなか家を空けられぬ、というか空けたがらなくなるような気もする。育児は大変だろうけれども楽しかろう。妻も妻で表現する事に喜びを感じる人種なので妻の時間も尊重したい。
諸々関係して、その時期になった。長い人生だ、自分の興味の方向も様々な方向に向くだろうし、自分の一日24時間の使い方も色々な状況で変化するのが当然である。僕は欲張りだからその時その時で全てのバランスが『良い具合』であるように望む。
家族も仕事も、そして音楽も楽しくやりたい。何かを我慢する、のではなく向き合い方、取り組み方を変える事によってそれを成し遂げようと思っている。

真面目な話はこれでおしまい。
この三連休は家でゆったり過ごしたり今池祭に遊びに行ったりした。妻の体調が安定せずではあったのだけれども、様子を見ながら妻も一緒に出掛けた。

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犬栓耳畜生のまりいちゃんと出会ったので妻と。
まりいちゃんも妻と子の事を慮ってくれていて嗚呼、優しい娘さんだなあと思った。

あれも欲しいしこれも欲しいしもっと欲しい

妻が実家に帰ってから(こう書くと聞こえが悪い。実際は臨月を迎えて実家に一時的に戻っている状況である)というもの、生活が一変した。

家に帰る、一人飯なので思いっきり適当にどうにかする(例えば冷凍食品やインスタントラーメン等)、家の片付けや家事を適度にやる、その後はもう眠るまで自由時間。テレビゲームに興じたりビデオ試写室の如く模様替えした自室に篭って楽器を弾いたりパソコンを触ったり、あとは映画を観たりそんな感じだ。
ああ、とっても自堕落!!人間一人きりだとかくも堕落するものか!別に部屋が散らかってるわけでもない、シンクが荒れているわけでもない、ゴミ屋敷のようになっているわけでもない、しかしてなんだろう、この罪悪感は。

いわば子どもが生まれるまでの期間限定付の『自由気ままな男の一人暮らし』なわけだが、気楽さここに極まれり。毎日本当に気楽なもんである。けれども同時にこんな生活が続いたら緩やかに心が死んでいくんじゃないか、というようなそんな心持ちさえ感じる。
何か憂鬱なわけでもない、仕事も順調、子どもももうすぐ生まれる、夫婦仲も良いし趣味の表現活動は有難い事に次のワクワクする事も控えているし達成したい目標はあるしまだまだ興味は尽きそうにない。現状、あらゆる角度から見て自分の人生に不満は何一つない。

となるとつまりこれはあれか、そういう奴か。
毎日気ままにやり過ぎてそこに罪悪感を感じている、これは言わば贅沢病なのかもしれない。
時間があり過ぎるのも考え物、という事だろうか。

ELECTROGRAVE RIPPER FUZZ dry signal mod.について。うん、ただの自慢なんだ。

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自慢じゃないがファズは良いものを幾つか所有している。今現在手元にあるものはどれも手放せないものばかりだ。
どんなアンサンブルでも主張出来るアレ、ポンと置いてフルテンにすれば格好良い音がするコレ、問答無用にシビれる音が出るソレ、兎に角馬鹿デカく、そして雷のような音がするアイツにあのレコーディングやこのレコーディングで使った野太いコイツ等、僕の手元にあるファズはベース専用機に限らず良いファズばかりだと思う。
勿論、所謂『当たり』ばかりではない。機材選びは投資とチャレンジの世界、試奏コーナーでそれなりの音量で弾いたってわかるわけない、ずっと付き合っていけるブツかどうかは大音量で現場で鳴らさないとわかりゃしない。だからちょっとでも気になったら買う。試奏して「コイツならいけそうだ」と少しでも感じられれば買う。
実際のところ、愚行であると思う。だってその中の半分、いや良く言い過ぎか、6割くらいはご縁がなくて自分の手元から旅立って行く事を僕は経験上知っているのだから。勿論ご縁がないブツとはもっと良いオーナーと出会えるように中古ショップに売るのだが、その段階でそのアイテムは中古品、ともすれば中古品の中古品で自分という所有者を経ている以上、値段も買ったそのままとはいかない。経済とはそういうものだ。買った金額-手元に残った金額=勉強代。そう思う他ない。
まったく、一生付き合っていけるブツなんてのは全体の4割にもひょっとしたら満たないのかもしれない。この割合、今でこそそうだけれどもその昔はもっと低い割合だった。
人間は経験をもとに学習する事が出来る生き物だ。僕は多くの投資とトライ&エラーを繰り返して何となく「ああ、こいつは長くお付き合い出来そうだ」というブツを選ぶだけの審美眼(耳、だろうか)を養う事が出来た。
きっと、最初からもっと優れた耳をしていればこんなに沢山のお金を勉強代として支払う事はなかったはずだ。僕はようやく人並みの選定基準を得たんだとそう思っている。真面目な話。

さて、エフェクター、とりわけファズの中でも弾いた瞬間に「これは俺の手元に来るべきアイテムだ」と思えるものがある。
ELECTROGRAVE RIPPER FUZZはそんな一台。「これは絶対に手に入れないといけない」とそう強く思わされた一因に「これじゃないと出ない音」がある。この言い回し、エフェクターをついつい買ってしまうペダルギーク達にとっては常套句なのだろうけれども兎角このRIPPER FUZZに於いては誇張でもロマンでもなく、歴然とした事実である。このファズじゃないと、出ない音が、出来ない演奏がある。

ビルダー小池さんが「完全に無音の瞬間を作る事で破壊力を追及した」と完成直後に興奮しながら教えて下さったけれども弾いてみてその意味がすぐにわかった。ゲイン値固定のこの強力なファズ(「ゲイン?そんなものいるの?どうせフルアップでしょ?」とは小池さんの弁)は本来であればオンにするや否や強烈なフィードバックノイズを放つであろうけれども、RIPPERコントロールによって音を発音しない限り完全なる静寂を実現したのである。SENSITIVITYによってその掛かり具合をコントロールする事が出来るのだが、左に回し切る事で演奏者は世にも不思議な体験をする事が出来る。
グッシャグシャに、バッシャバシャに歪んだファズサウンドが炸裂するのだが弦をミュートした次の瞬間、否、その瞬間、完全なる無音が辺りを包むのである。ゲートファズのそれとは完全に異なるこの異様な体験に僕は思わず笑ってしまった。
強力な轟音で辺りを薙ぎ払うような演奏をし、次の瞬間完全なる無音。彼岸と此岸を行き来する、何だかとんでもなくイケナいファズのような感じである。

僕が小池さんにオーダーしたのは只の一点、この素晴らしい兵器、RIPPER FUZZをベースギターで完全に使いこなせるようにするためにドライボリュームを搭載して頂いた。ドライシグナルとファズシグナルをブレンドする事でトーンの効きがこれまた極悪で面白いRIPPER FUZZの魅力を存分に活かす事が出来る、そう感じたのである。
完成品を受け取りに行った時、小池さんは興奮気味に「これで死角ナシ!」と言い放った。弾いた直後、僕はきっとそれ以上に興奮していたに違いなかろう、「死角ナシ!!」。
微妙な匙加減、というあんばいがこのペダルに必要かどうかは別として、微妙な匙加減の音作りも可能になってしまった。もう完璧だ、恐ろしく完璧だ。物凄くタイトな、休符だらけのリフだろうがギンッギンに歪ませてかけっぱなしで刻めるようになってしまった。
弾いてると「あれ、これって本当に歪んでいるっけ」とゲシュタルト崩壊を起こす程演奏にタイトだ。これをファズトーンと呼んでしまっていいのかわからなくなる。全く新しい、小池さんによる『発明』なのでは?
そんな風にさえ思えてくる。

これはもう絶対に手放さない。手放せない。

これが本当のRandy's Revenge

台風21号の脅威に晒された一日。
ここ最近、名古屋は大雨とか台風とかほとんどが夜中に通過していって日中その脅威を目の当たりにする事って久しくなくて、前日まで何となく今回もそんな感じだろうとか危機感が全くなかったのだけれど。
予報通り正午頃から崩れる天気、吹き荒れる風に職場の建物がウオオオオオ...と揺れ、物凄い風の音に思わず「ちょっと大丈夫か、これ」と口から出てしまった。
尤も、仕事を終え同僚の運転する車に乗せてもらい特に支障無く帰宅出来てしまい、本当に僕は今回の台風に関しても特に被害らしい被害を被らずに済んだ。
報道やSNSを見ているととんでもない動画や画像が出回っていたり、街中でも看板が剥がれたり信号が停電で動いてなかったり「有事」という言葉に相応しい光景も目の当たりにしたのだった。
被災した方々が少しでも早く元の生活に戻れますように。
家族を持つようになってこういう言葉も以前と意味が変わってきた。生活というのは尊いものだと痛感する。

さて、話はガラリと変わって今夜もエフェクターについて記録しておく。
ベースギター本体からの信号をバッファ→ボリュームを下げるペダルという順番で流してから他のエフェクターにインするようになってからというもの、それまでよりもグンとその真価を発揮するようになったエフェクターは少なくなく、一度は手放したものの再度購入したエフェクターも幾つがあってその中の一つにFAIRFIELD CIRCUITRYのリングモジュレーター Randy's Revengeがある。

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以前は何なら「俺とは相性が悪い」という論調でブログに感想を書いたけれども、少し前の金曜の夜だったか、仕事が早く終わってテンションが高かったためサイクリングがてら行きつけのエフェクター専門店に飛び道具気味のリバーブを探し求めて行った際にコイツに再会した。
気になっていたリバーブはどうもしっくり来ず、久しぶりにコレを触ってみたい、と試奏させて貰ってたまげた。滅茶苦茶良い、どころか滅茶苦茶に『美しい』でやんの。

普段愛用しているelectro harmonixのリングモジュレーターは音が微妙にヨレてて、それでも主張が強い音で好きなんだけれどもRandy's Revengeは「綺麗に」リングモジュレートするというか、綺麗にかかってくれる。透き通るような濁った音という矛盾した表現をお許し願いたい。他の語彙力ではこの芸術的な音を表現するにはそれが一番しっくりくるのだ。
ブレンドコントロールはドライシグナル側に振り切れば完全にドライシグナルだけになるし、ボリュームコントロールをその状態でちょいとブーストすればクリーンブースターになるくらい音量の可変域もある。
真ん中の大きなツマミは以前は設定がシビア過ぎる印象だったけれども今改めて触るとどの設定でも音楽的なリングモジュレートサウンドになるし、何ならシビアさも然程感じなかった。感覚って変わるものである。
エフェクトシグナルだけに作用するローパスフィルターも素晴らしく、これで思い切った音も耳に痛くなく=アンサンブルに馴染むようにする事が出来る。勿論その逆も然り。
スイッチ切り替えでトレモロみたいな効果も得られるしいやあ、面白いし一々美しいですよこれは。
これは買わねばならない、これを逃すと罪悪感さえ感じるだろう、と思い詰め翌日購入。触りまくってその翌日の鈴木実貴子ズの現場から早速導入した。
所謂歌モノの演奏の際にはファズの後段に接続、エフェクトシグナルはギヂッッ!という具合の過激目な設定、しかしてブレンドは抑え目にして多少音にエッジと輪郭を出すようなイメージでボリュームはブースト目。
これでファズで歪んだ音を更にブーストするようなイメージで使ってみたところ狙い通りの効果が得られた。

勿論先日の『あめつち』:での即興演奏の際も大いに活用した。
単体でも使用したしDOD MEATBOXで使ったサブオクターブにブレンド抑え目にして輪郭を押し出すようにかけてやるとこれまた面白いサウンドになった。

コントロールの融通の効き具合とエフェクトの美しさのお陰で汎用性を獲得したリングモジュレーターの傑作。
一度は手放してしまったかつての僕の頬をはたいてやりたい。もう、手放さないぞ。

『あめつち』終演しました。

昨夜は千種 喫茶モノコトにて『あめつち』という公演に参加した。総合的な一つの作品を画家タキナオさんの招集の下に集まった絵画、音楽、造形に携わる7人のクリエイターによって作り上げて上演したわけなんだけれども、これが滅法面白かった。
途中休憩を挟んで前半後半、幾つかのシークエンスに分かれておりそれらがゆったりと移ろうように変化して進行していくのだが、僕は梶藤君と主に即興パートを担当させて貰って、梶藤君とタキナオさんと即興でライトドローと演奏で空間を立ち上げん、と挑んだ次第。
あ、この際だから参加アーティストをご紹介。

天野入華/美術作家
梶藤奨/パーカッション・シンセサイザー・マニピュレーション
Kazuyuki Ito/ギタリスト
せをはやみ/サウンドアーティスト・ミュージシャン
タキナオ/画家・ライトドロー(即興映像)
舟橋孝裕/ベーシスト・エフェクター演奏家
Yakko/ドラマー

いずれの方もしっかりとご自身の表現を持っておられて活動を重ねておられる方々ばかりで。有難い事に梶藤君とタキナオさん以外ほぼほぼはじめましての方々ばかりの中、大変新鮮な気持ちで音を出し続ける事が出来た。
僕と梶藤君、前半の海をテーマとした即興シークエンスではタキナオさんのライトドローに添えるように音を出すつもりだったんだけれどもついつい楽しくなっちゃって随分と深くて壮大な海のイメージに引っ張ってしまい。こりゃあどうなるかとちょっと気がかりだったんだけれどもせおはやみさんとYakkoさん、Kazuyuki Itoさんのお三方が綺麗に色を上塗りして下さって。
この前半があったので後半の即興シークエンスはタキナオさんのライトドローを煽るようにノイズや重低音まみれの即興演奏となった。タキナオさんのライトドローって僕みたいなのからすると門外漢なんだけれどもそんな僕でもわかるくらいキッチリと即興演奏に応えて下さっていて。タキナオさんは今まで何度かご一緒した事があってその都度思ってきたんだけれども他者と一緒にやる意味というかその場その瞬間をとても大切にされていて、そこに反応して表現をして下さるので一緒にやっていてとても楽しい。
楽し過ぎて僕も梶藤君もついついドロドロしたものを顕在化させてしまった。
のだがここでも前述のお三方、綺麗な世界観に引き戻して下さってもうこのコントラストって逆に良かったんじゃないか、と自分の出番が終わった後は放心状態で目の前のクリエイションを堪能していたのであった。
天野さんの造形が全体のイメージをかたどって、いやはや、ライトドローに造形に音楽に、とガッツリ組み合ってあめつちを作り上げていたなあと振り返る。

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終演後に集合写真。
またこの7人で何かやれたら素敵だろうなあ。

自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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