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YONONACA新体制一回目。

一週間ばかしディレイ気味ではあるがYONONACAが新栄club ROCK'N'ROLLにて演奏をしたのでそれについての備忘録を。

平日休みを取得して日中ゆっくりして、娘を迎えに行き晩ご飯を食べさせてあげてから悠々と会場入りしようと思っていたのだが、職場のパートさんのご主人が急遽大怪我で人員不足が生じたので二時間だけ出勤。
これは完全に余談だけれど職場の上司から「〇〇さんの旦那さん、仕事中に機械に手を巻き込まれたそうだ」と切り出された時は(あッ、これ手が切断になる奴だ)と思ったけれども不幸中の幸い、複雑骨折で済んだそうだ。印刷業で機械に手を、となるとグッチャングッチャンになるかもぎ取られる、みたいな不幸な予想をしてしまいがちだけれどどうやら上司もそうだったようだし妻もその連想をしたようだった。
二時間出勤ってのはなんならもうあんまり仕事感がない。こちらも「二時間だけだなんてすみません」となるし職場の人達も「わざわざ来てもらってすみません」となるのでお互いに幸せな感じではあった。

さて、帰宅して娘の食事を済ませ、悪天候だったので車に機材を積み込んでいざ出発。
平日の演奏は久しぶりだ。
この日も僕達はやはりアウェー気味で、いやそれこそホームなんてきっとないしジャンル的に統一性とかを共演バンドに求めてるわけでもないけれど、やっぱりそう感じるところからくる「なにくそ!」という感覚は大事にしていたい。話を戻そう、この日も僕達はアウェー気味で一つ前の出番のバンドの演奏をモニター越しに観ながらさて自分達が出て行った果てにはどうなるのかしらんと気持ちが昂ったのだが、この日はなんともはや、我々ここ最近で一番良い演奏をしたんじゃなかろうかとそうご満悦になってしまう演奏を、した。

鍵盤に高畠君を迎えての新布陣だったのだがこれがメロウな部分がグッと出てきて、かつアンサンブルの色彩、位置感も前の編成とガラッと変わり、やはり4人のバンドの一人でも変わるとかくも変わるものか、と感じあったのであった。
この日の演奏の個人的なテーマは「冷静にやる」だったのだが、冷静にやろう冷静にやろうと心掛けるくらいで丁度良い熱量の演奏になったのではないだろうかと思った。オラやったるぞと力んでいくとどうしても大振りになるもんだから空振りしやすくなるけれど、冷静である事に腰を据えると色々な演奏に対応しやすい余裕みたいな部分と瞬発的なものに対応しようとする感覚的な部分とが良い感じに共存する。
そういう演奏をしている時の方が自然と演奏も感情移入出来る。
演奏終了後に若い共演者の方に声をかけて頂いたりフロアの雰囲気も良かったり、やっぱり最近の演奏の中では一番手応えがあったには違いがないのだ。

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写真は拙宅にて準備中の様子だが、この日の足元。
オクターブファズは久しぶりの出番であったが今現在のシステムの中で再度コントロールを見直して鳴らしてみたら滅茶苦茶に良かった。音量もまだまだ余裕があるし兎に角攻撃的な音がする。切り裂くような主張する歪み方はこれならでは。EQD Rainbow Machineもピッチシフトをともなわないショートディレイとして使った。これは色気が出て大変気持ちが良い。
OC-2は最早このバンドではなくてはならない存在となったし、Ibanezのecho shifterは発信やピッチシフトのカジュアルな仕様を実現した名機だと思う。

日々、研究だ。
いやそれにしても細かいゴミとか破れた襖とか生活感やばいなこの写真ね。
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HaTeNa? Active Spiceを高橋いさみ君より譲り受けた話。

ある日、鈴木実貴子ズの高橋君と話しててどんな流れだったか「ベーシスト時代の機材がそのまま埃を被ってる」というような話になった。

今でこそ鈴木実貴子ズのドラマーとして活躍(インターネット上ではマネージャーだのスタッフだのと愛情も含めて、いやきっと込められている、愛情込められた上で揶揄されているけれど彼のドラム演奏は僕はとてもアンサンブルしやすい、素晴らしいドラマーだという印象が第一にある)している高橋君だが、僕が彼と出会った頃というのはまだお互い今とは違うバンドをそれぞれやっていて、高橋君は髪型も服装も雰囲気も違った記憶があるし僕は高橋君の話だと髪型が坊主で「僕はお金はエフェクターと風俗にしか使いませんからねェ!」だなんて言いながら笑っていたらしい。最低な第一印象だな。実際「あ、この人いけない人だ」と高橋君は僕を警戒したらしいのでやっぱり当時の僕はちょっとよくわからない奴だったのかもしれない。

話が逸れた。で、それぞれ違うバンドをやっていたのだけれど高橋君はベーシストで、ジャズベースを弾いていた。そのジャズベースは高橋君が働く吹上 鑪ら場の機材置き場に開店してしばらくの間置いてあったのだけれど、ある日金森君(白線の内側)によって引き取られていった。
しかし、エフェクターは残っていた。しかもなんと埃を被って!

「え!勿体無い!買い取らせてよ!」と何があるかを聞く前からつい口をついて出た。蒐集家とはそういうものである。
「いやいや、あげますよ。あれとかありましたよ、なんだっけ、Active Spiceでしたっけ」
「おお、本当に。あれ結構良い奴じゃん。ちゃんと買うよ!」
「えー。いいですよあげますよ」とこれは確か横で鈴木さんが発した言葉。
結局押し問答の末、記憶が定かだが確か僕の妻が鈴木さんにシフォンケーキを差し入れる、というもうほぼ僕がエフェクターを貰っちゃうよ、という話と同然の契約によってActive Spiceは僕のものになる事になった。

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というわけでHaTeNa?のActive Spiceである。
Active Spiceいうとなんだか巧い人が足元に据えているイメージがないだろうか。僕はある。
なんかこう、上品な演奏を志向する演奏家の足下でその出音をさり気なくアップグレードします、みたいなイメージが勝手にあったのだけど、いやはや、それが実際その通りかどうかは別としてこれ、どういう原理かよくわからないし具体的にどこがどう良いかみたいなのが語れないけれども凄く雰囲気が良い。
雰囲気が良いっていうと漠然とし過ぎだろうけれど、なんだろうなぁ、明確にこの周波数が!とかこのアタックが!とかこの圧縮具合が!ではなくて繋いで弾きながらセッティングして、あらいいじゃない、良い音じゃないみたいなそういうペダル。

インターネットで色々な人のレビューを読んでみたのだけれど各コントロールについて書いている事が人によって微妙に違う。
Volume兎も角としてSensitivity、Gain、Color、この3つが非常に曖昧というかそれぞれ何かが明確に可変してはいるのだけど微妙に相互作用している感じもするし捉え所がない。良い音になるんだけど。
主観としてはSensitivityは右回りに回していくとグッと存在感が出るというか音が太くなるというか音が前に出てくるというかそんな感じ。Gainはそのままゲインっぽいんだけどなんかそのものずばりだけでもないような気がする。Colorはトーンだと思われる、右回りに上げていくと高域が出てくる。しかも結構バキバキに出来たりする。あまり上げ過ぎない方が旨味がある音が出る気がしますねこれね。
セッティング次第では前に出てくるけどイナたい温かい音も出るし、少し古くなった弦でも張ったばかりの頃のギラついた感じをまとわせたり、使い道は人それぞれ、幅も広いのではないかと思われる。
コンプレッサーとEQの複合機、プリアンプ的でもあるし掴み所がないけれど料理で言う出汁、或いは化学調味料的なそんなペダル。

僕は入力の最初の方に繋いで音をまとめたり少し丸い、というか温かい音を作る時に使おうと思っている。

こんな人生初、は嫌だ。

5日(土)は仕事関係の面接があったので早起きして名古屋駅へ。自他から最寄りの市営地下鉄駅まで到着した際に鞄の中に財布が入っていない事に気が付き、時間的にも然程余裕がなかったので大いに汗をかきながら急いで向かった。
到着した時に感じた安堵感によって面接の緊張が和らいだのは良かったと思う。試験管の方も大変優しい雰囲気でお話を丁寧に聞いて下さった。
午前中一杯かかるかな、と思っていたのだが10時過ぎには体が空いたので一時帰宅、この日は妻は仕事の為不在、僕が空いていれば娘と二人で過ごすはずであったが面接のため娘も妻の実家にて預かって貰っていた。
まずは何はともあれ風呂に入って汗を流した。

東京在住の友人 高野君(SuiseiNoboAzゲスバンド等で活躍)が名古屋にライブで来ているというので先頃目出たく復活したエフェフリにて落ち合おうか、という事に。
なんだかんだ仕事を終えた妻も合流して3人で昼食をとる事にした。あ、高野君はエフェフリでEQDのRainbow Machineを購入していた。愛好家の中では大人気の機種だが、僕の周りではまだまだ愛用者が少ないので情報交換が出来ず寂しい思いをしていた。これで楽しみが一つ増えた。

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それなりに名古屋らしいものの方が高野君も喜ぶだろう、とスガキヤラーメンへ。
「ここで一番美味いのは多分このクリームぜんざいじゃないの」と高野君が割りかし大きめの声でdisと称賛を口にしたので慌てて打ち消した。
楽しい時間だった。

そしてこの夜、原付との接触事故を起こした。人生で初めての事故だ。幸いにも先方には怪我はなく、車に乗っていた娘もスヤスヤ眠っていた。
原付きの運転手さん、大変良い人だったのだが何と偶然にも父の高校の同級生だそうだ。実家近くでの事故だったので心配した父が現場に立ち寄ったのだが、原付の運転手さんと親しげに話し始めた時は何がどうした、と思った。
こんな偶然もあるもんなんだな。それにしても事故は気持ちが落ち込む。

アデノウイルスと娘の誕生日。

幾分かブログの更新に間隔が空いてしまったが、実は5日間程寝込んでいた。
順を追って記していこう。

9月27日(金)、朝起きると目がやたら痒い。眠っている間に目元を掻いているのか、寝起きであるそれ以上に目蓋も腫れぼったい。こりゃあいかんと市販の爽快感がある目薬をポケットに入れて出勤、職場で目薬をさして痒みもおさまったので特に気にせず仕事をしていた。
翌日、友人達と弥富の方までカレーを食べに行く予定があったので早起きしたのだがどうにも体調が良くない。というか、最悪だ。関節は痛いし体も倦怠感で重たくてしょうがない。気持ちが萎えそうな体調だ。おまけに目も痒い。これはどうしたものか、と昼から予約していた歯医者を急遽キャンセルし、土曜のお昼以降でも営業している眼科をインターネットで検索、予約した。

受付で目の痒みと微熱がある事を告げると「待合室ではなくこのままこちらでお待ち下さい」と受付横の席にて待つよう言われた。「雑誌等触るとそこから人にうつる可能性もありますので」とどうやら人に感染する病気である可能性も示唆しれた。その席で検査を受けた結果、アデノウイルス と診断された。どうやら感染力の高い病気のようで、プール熱の名で知られるらしい。「小学生だと2週間は出校停止ですね」と言われ事の重大さを理解した。
残念ながらアデノウイルスには対向薬がないらしく、体内で抗体が出来上がるのを待つ他ないらしい。目の充血を抑える点眼薬を貰い、眼科を後にする。上司に電話するとアデノウイルスという名自体初耳だそうで色々調べてみる、との事。なんだか大変な事になってしまった。

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翌日は娘の誕生日だ。妻の実家の家族が娘の為に蟹料理と一升餅(一歳の子が背負って歩く風習があるそうな)の予約までしてくれていたのにアデノウイルスのお陰で僕は隔離されねばならない。妻と娘は実家へ帰った。帰る前に僕が一人で寝込むには十分な用意をしてくれたのと、妻が娘の誕生日を前倒しで祝う席を設けてくれたのが有難かった。体調不良で手伝うどころではなかったのが悔いが残る。

結局、熱は下がったり上がったりを繰り返し目の充血が治るまで仕事に出勤出来なかった。体調自体は回復の兆しはあったものの、接客業なので真っ赤に充血した目では差し障る、という上司の寛大な判断が有難かった。

妻と娘も僕が寝込む家に直ぐに帰ってきてくれたけれども、日中は眠るか横になってボーッとするか、寝過ぎで背中が痛くなると起き上がって映画を観たりしていた。世間と社会との繋がりを絶たれた5日間、仕事に復帰出来るとなった時は嬉しかった。どうやら暇潰しの才能はないらしい。家に寝ていても直ぐにする事がなくなってしまったもの!

娘よ、申し訳ない。
父は君の一歳の誕生日に寝込んでいたのだ。
多分だけど、君が保育園で貰ってしまったアデノウイルスに君経由で感染したのだ。これも思い出、だ。二歳の誕生日は一歳の分も盛大にやろうじゃあないか!

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自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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