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保活、終わりました。

色々あって先月始めた保活(保育園探し)だが、無事終わった。
希望する保育園は区役所で「4月の2次募集で空きが1人分ありますよ」とは聞いていたのだが、まさか出してすぐに申請が通るとは思いもしなかったので驚いている。認可保育園については数年前に「保育園落ちた。日本死ね」発言がSNSで話題になったのが心に残っており、もっと難航するものだと思っていた。
風の噂で聞いた話だが、父母の職種によっては申請が通りやすかったりするらしく、ああじゃあこれもひとえに教員である妻のお陰だなと思ったりもする。或いはたまたま他に希望者がなかっただけかもしれないが、いずれにしても有難い事だ。


一番気がかりだったのは4月から突然環境が変わる娘の事である。先生にもお友達にも愛着を感じているようで、保育園の様子を訊くとニコニコと楽しそうにお話してくれる。そんな保育園から仕方がない事とはいえ、突然別の保育園に通う事になってしまったのだから心配しないわけにはいかないのだが、こればかりは娘の環境適応能力を信じる他あるまい。幸いまだ2歳、これから通う保育園の方が登園期間は長いという事になる。娘の記憶に楽しい日々が残れば良い。
入園説明は年度末でお休みが取得しやすい状況だった妻が行ってくれた。感謝。
もうすぐ4月。
舟橋家は割と環境が変わりそうである。積極的に向き合っていこう。

2021_03_29_001
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3月ももう終わりである。

気がつけばもう3月も終わりに近い。いっけねえ、また日記を書く事をサボってしまった。

3月に入ってバタバタと出された雛人形も僕がぼーっとしてある間に妻が片付けをしており(何たる無能)、雛祭らしい事をしてあげられなかったけれども、それでもスマートホンの写真フォルダを振り返ってみると3月に入ってからも依然、娘の写真は大量に撮っているので娘への執着、止まらず。
もうね、日増しに可愛いの。言葉が増えてきて発言も大人っぽくなっている。まだ少ない語彙力の中で言葉を駆使して意思の疎通をはかってくれるのだけど、なんだかんだそれでも言いたい内容がわかるのだから子どもの脳みそは何て柔軟なのだろう。言葉を沢山持っている大人の方が言葉が不自由なんじゃないかしら、と思ってしまう程である。

あと、娘が咳をコホコホするようになり、数日後に「おさまってきたかな?」と思うと今度は妻が咳をするようになった。これはもしや、と思ったら案の定僕も喉を痛めて声が掠れるようになった。数日後に咳も出るようになってしまい、ほら今、こんな時勢でしょう?滅茶苦茶気を遣うので職場の近くに評判の良いクリニックがあると聞いたので行ってみた。丁度職場近くに飛び込めるお医者さんが一つ欲しかったところだったので。
そうしたら評判以上に滅茶苦茶良いところで、ああやっぱり口コミって信用に足りるんだなと思った次第。

あとファズを買いまくっている。
近年では一番高額な買い物じゃないの?ってファズも買ってしまった。これはまた改めて。

久しぶりにクアトロに出た。

2021年初回のライブは名古屋CLUB QUATTROであった。
記憶が確かであれば前回名古屋CLUB QUATTROで演奏したのは大石理乃御大のサポートで演奏に参加したこの日で、実に3年半ぶりの出演となった。
ああいう大きなステージでの演奏、毎回終える度に「もっとこうすれば良かったああすれば良かった」みたいな気付きがあるのだが、いかんせん広いステージでの演奏となると間隔が空きがちでその間にすっかりその気付きも薄れ、悪くするとすっかり頭からすっぽ抜けてしまいリセットされているという始末。かくして今回も「ああこうすれば良かったなあ」みたいなテクニカル的な部分での反省はあれども終わった時にはすっかり後の祭、その日の帰りのタクシーの中で反芻して思い返したくらいであったのだから僕の学習能力も程度が知れている。
ただやはりこういう広い舞台、というか普段演奏する環境とは若干違う環境で演奏するという事は良いきっかけにはなっており、この日あたりから漠然とまた音作りを見直すようになったのであった。

さて最近は専らこのバンドでしか活動出来ていない、というかこのバンドしか動けていない状態である(畜生めが、コロナという思いもある)鈴木実貴子ズであるが、当初こそはバンド編成は特別版みたいな思いが演奏している僕自身にもあったけれど、近頃ではすっかりともう一つのバンドとして捉えている。
筋肉みたいな部分、もやはり鈴木実貴子さんに依っているのが本当に楽しい。歌がその瞬間にない時こそは好き放題とまではいかずとも自分の欲求に従ったりはすれど、歌が歌われている瞬間はその欲求が歌に向かっている実感があり、今自分は人生で一番歌に意識を向けて演奏しているかもしれんなぁとさえ思う。勿論演奏する時は何かに気を配ったりアンサンブルの中での役割とかそういうのは意識するけれど、かくも歌というものにフォーカスする事があまりなかったので今のこの状態は痛快だ。

この日の名古屋CLUB QUATTROは竹原ピストルさんとのツーマン。
竹原さん、共演バンドやかつてのレーベルメイトから良い人らしいとは聞いていたけれどもいやはや、本当に鑑のような方だ。挨拶して十数秒で「あ、凄く良い人だ」と肌で感じちゃうような。
こういう方は音楽も強い。しかし、想像しているよりも強かった。アコースティックギターを使っての弾き語りってこれはもう完全に個人の嗜好なんだけど飽きずにライブを楽しめる事の方が少なくて(ごめんなさい)、これは僕の集中力のなさとかそういうのも関係あるのだろうけれども、竹原ピストルさんにはすっかり射抜かれてしまったもんなあ。ギターの音の雄弁さ、その人がそのまま飛んでくるような歌。
やっぱりライブって素晴らしいなと改めて思った次第である。そんな当たり前の事を再度認識してしまうくらいには間隔が空いていたという事もあったのだろうけれども、この日の竹原ピストルさんのライブは感じ入ってしまった。
けれども後攻は自分達、感動して「良い一日だったナァ」では終われない。
気張って演奏せねばならぬ。

空間の広さに、意識が散ったか。それとも単純に肝の座り方が未熟なのか。いずれにしても「まだまだやれる」的な演奏をしてしまい若干落ち込む。ライブというのは毎回演奏をする度に「ああ、難しいなぁ」と思うけれども、この階段の今の段で足踏みはいつまでするのだろうか。そろそろ次の段に登らないといけませんよ。

2021_03_16_001

自己紹介

フナハシタカヒロ

Author:フナハシタカヒロ
愛知県在住、ベースギター奏者です。

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