箇条書き。

・食事をしつつリドリー・スコット監督作品「ブレードランナー」を視聴する。唐揚とポテトフライを胃袋に収めてからは寝そべって観ていたのだけれども、それがいけなかったらしい。雨が降りしきるダークな色調の街の光景にまどろみ、気がつくと眠ってしまっていた。決して眠くなるような作品ではないと思うのだけども、如何せんこちら側のシチュエーションが悪過ぎた。観直さなければなあ。


・上映中の映画を観ながら寝てしまった言い訳ではないけれど、手術以降睡眠時間が急増。やはり回復には体力を要するようで、食事量及び睡眠量が手術前のそれと比べると結構な割合で増加している感がある。治れ治れ僕の体。早く治って強くなれ。


・消毒がてら、手術以来一度も解いていなかった包帯、ガーゼを外してみる。・・・目を疑った。グロい。手前の体ながら、結構パンチのある絵面になっていたと思う。


・ブログ、mixi、twitter、そしてUstreamを使い分けているのだけれども、近頃はインターネットとアーティスト(こういう表現は照れ臭い以上に違和感を感じる。単に情報発信者、としようか)の関わり方について色々と考える。ただただ良い音楽をやっていれば人に認められていく、というのはもうすでに通用しなくなっているのかもしれない。しかして僕がライブハウスに出演するようになった段階で、そんなサクセスストーリーは『古の文化遺産』に成り下がっていたわけで、では結局どうすりゃいいのか考えてみると、結局こちらから発信していくしかないわけだし、発信していくのが最も早く、そして効率が良い。消費者側も、そして消費者に商品を届ける仲介業者すらも発信されてくるものを前提に商品を選別しているきらいがある昨今では、発信する立場に立たなければ広義の意味では「人目にさえつかない」。

こんな風に考えて、そして発信方法自体が一表現手段であるとさえ思えるようになってまで考えた挙句、僕はこう思う。

それでも、そんな事を考える暇さえなくとも良い曲を作っている人間はいるし、そして僕がこんな思索に溺れている間にもきっと才能のある人間は豊かなメロディ、人を感動させる曲を作れるはずなのだ。二次的な行動、すなわち発信方法について策を練る時間があるならばその時間を用いて音楽を作る方が「音楽家」としては少なくともアーティスティックな観点でいえばその本質に近いのではないか。


・色々と書きたい事があるけれども、全ての話題がとっ散らかっている状況では、箇条書きというのは有効な手段である、とたった今再認識した。

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自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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