JONNYで過ごした2日間

6月4日(土)

この日はJONNYで東京遠征。7時に佐藤家集合のはずが、寝坊してしまう。

皆を起こす係を買って出、一睡もせずに起きていようとしたのが祟ったのか6時目前に眠ってしまったのだ。起床すると、8時。もう出だしからこんなんだと先が思いやられてしまう。着ている服そのままに、楽器をひっ掴んで集合場所へ。


この日のイベントは在日外国人向けの雑誌『Metropolice Magazine 』主催によるもの。何がグッとくるって、今回のイベントでの収益は全て東日本大地震復興のための義捐金にまわされるという事。主催のDANNも「ダカラ、ゲストォゴメンナサイ!」って言ってたけど、もうそんなん全然。今は同じ土地で生活すれども、生まれは全然別の土地の友人によるこの国への親愛の情に、もう無条件で僕はグッときた。東京に行く度にライブに来て下さる外国人の方が二人おられるのだけど(企画等の時は名古屋まで来てくれる。どこまでも陽気な二人だ)、そのうちの一人、元オーストラリア陸軍の大尉chibiは「ジシン、ビックリシタ!フレンドハァミナスグニヒコウキデカエッタ。デモワタシノシゴト、ツウシィンカンケイ。ダイジ!」と言って笑う。そしてこの国が好きだ、とも言ってくれた。

ライブ前、ライブ後に話をしたこの国で同じ空気を吸う海の向こうの友人達。OK、友人達。俺は君達の善意に全力で報いるよ。


この日のライブは同時通訳でMCを敢行、英語が達者な(外国人とガンガン話をしているのをたまにみかける。コミュニケーションが円滑なのは金髪だからって理由だけじゃなさそうだ)佐藤さんが英語で話し、それを僕が和訳するはずだったが佐藤さんが「君が英語で話すといい」。まあ、いいけれども俺英語そんな喋れないぜ。


「HELLO、We are JONNY,thank you. after we play music,our store will open,so,please come our store to buy our CD」

「January,February.....(と月を一月から指折り数えて) next July,we will come Tokyo city to gig! we will play very loud volume,and distortinal sound. we will play rock'n'roll music.......YOU LIKE!!!」

「HA-HA-HA-!! Sushi,Geisya,Tenpra, you know?」

「My broken English is bad. in japan ,broken English said EKIMAE RYU-GAKU」


もう悲惨な英語力。上の文を読んでもらえれば如何に僕が知っている限りの英単語を駆使したか、そして如何に文法を知らないか、そしてひょっとしたら英単語のスペルミスが多いかわかって頂けるかもしれない。

でもまあ、兎に角友人達は喜んでくれた。彼らのダイレクトな反応は物凄く嬉しかったし、終演後の

「ヨカッタヨ」

「有難う有難う。でも僕、study English more hardねー」

「コレイジョウシャベレタラ、オモシロクナァイ!」

というやりとりに集約されていると思う。英語が喋れない癖にコミュニケーションをとりたがる日本人がいる事を、彼らが知ってくれればそれで十分だ。

演奏内容?勿論全力でやった。結構ギリギリのアンサンブルではあったと思うけれども、突き抜けた清清しさはあったんじゃないのかな。


この日の大切な一枚。BLUEMAN GROUP よりBLUEMANとの一枚だ。


続・我が逃走
BLUEMANと。
僕の顔がデカいのはきっと遠近法。きっと。


この青い彼とはちょっとした縁があるのだけど、それは書いていいかわからないので書かない。

BLUEMAN、滅茶苦茶筋通したパフォーマンスで本当にそういう徹底したエンターテイメント精神って、僕も見習わなければいけないなあと思う。パフォーマンス自体は短かったけれども、劇場から車で駆けつけたBLUEMAN3人に皆大喜び!本当にナイスガイだぜ、BLUEMAN!

いやはや、実に充実した一日だった。

読んでくれた海の向こうの友人達、有難う!英語、勉強しておく!!



6月5日(日)

朝方名古屋に戻って来、昼頃起き出して準備。

この日は名大祭の後夜祭、アフターパーティーという事で新栄CLUB ROCK'N'ROLLに向かう。

名大祭、JONNYといえば去年のあの事件 をご記憶の方もおられるであろう。当時のサポートメンバーが興奮の末、野外特設ステージの足場によじ登り野外では不適切な行動に出たというあの一件。当該メンバー本人よりもそれに関してその場で危機感を覚えず、それを許してしまったJONNY3人にこそ責任があると僕は考えているのだけれども、それでも今年、後夜祭に呼んでくれたてくの君 には本当に大きな感謝を。僕の中では去年の大きな大きな「借り」も返そうとステージに臨んだ次第である。


この日のサポートドラマーは深谷陽一郎君(soulkids )。ダブルヘッダーなれど、どちらも全力で取り組む姿勢はミュージシャンの鑑。soulkidsの演奏、ステージ脇から観ていたのだけれども時に歌い、時に全体を見、聴き、ビートを全力で刻んでいく深谷陽一郎は本当に格好良かった。本人的には「まだまだだ」的な感じではあるらしいのだけど、ああ親友よ、君はどこまでもストイックで美しい。その姿勢に研磨される思いだし、君との時間はかけがえのない思い出だよ。

で、そんな深谷君がJONNYでも叩いてくれたわけで、これはもうバンドマンとしても人間としてもアガるわけですよ、やっぱり。

この日はJONNYとしてはストイックかつクールにキメたわけなのだけれども、本当に楽しく演奏出来た。前夜が「即興と人間性による発露」なればこの夜は「計画性と情熱による演奏」。前夜とは全く逆のベクトルだけれども最高に演奏を楽しんだ。これって個人的には結構珍しい事。演奏の熱量がその分あったんじゃないだろうか、と考えている。未だに振り返っている最中ではあるからして、酷く曖昧な感想だけれども。


打ち上げは杏花村。あそこの安心感って凄いな。月に何度行ってるかわからないけど、少なくとも一番行ってる中華料理屋じゃないかな。色々な人とお話し、色々な事を感じ、そしてエモーショナルな瞬間に立会い、色々思った。音楽的な話はしていないけれども(まあ、いつもか。いつもそうだな僕はな)、人対人としてその場に存在出来た数時間だったと思う。


続・我が逃走-SH3I01100001.jpg
長渕剛を熱唱する246NAGOYA 篠原さん、深谷陽一郎、しょうへいさん(TWOFOUR )。
あれ、しょうへいさんは笑ってただけだったかな・・・・。
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自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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