変化の途中の記録

いつだったか読んだ雑誌で某有名ベーシストが『貴方は世界中飛び回って、しかも連日のようにライブをして疲れてしまったりうんざりする事はないんですか』という質問に「疲れるわけないよ。僕が演奏してお客さんが喜んで拍手や歓声をくれる。それだけで冗談じゃなくて疲れなんて吹き飛んでしまうよ」と答えていた。
別に僕は毎日毎晩のように人前でベースギターを弾いていたわけではないし、ライブをするにしても毎回良い反応が得られたわけではない。それこそフロアから何の反応もないようなライブも沢山あった。それは演奏の善し悪しとは関係なかった場合もあれば、そこに起因する場合もあったのだけれど。
けれどもそこには毎回、自分に対する挑戦や反省や、達成感があった。週に何度もライブをやったり、それこそライブの日に仕事の休みを頂くと、それだけで仕事で得る収入的にその月に休める日数以上の日数のお休みを申請しなければならなかった頃の話。

いつしか、人前に立つ機会は少しずつ減っていった。バンドやメンバーの都合だったり、自分の生活に起因する理由だったりで。そして初めて気付いた事がある。あのスケジュール帳がライブの予定で埋まる事が多かった頃、僕の健全な自己顕示欲のバランスは少なくともバンド活動でそのバランスがとれていたのだ、という事に。

5時間の練習より一度のライブを、とは時折耳にする話ではあるけれども、それを肌で感じながら大学卒業後、この約8年間バンド活動を続けてきた。時には遠征で県外に行き、帰ってきて筋肉痛や疲労が蓄積された体を引きずるようにライブハウスに向かった事もあった。けれども、それでもやはりライブは、バンド活動は楽しく充実したもので僕はどれだけ満足いかない演奏をしても「今に見てろよ」と鬱屈する事なく、否、鬱屈する暇さえない程次の演奏に、次の演奏の機会に心を奪われていた。次の演奏、その次の演奏、その次の演奏とライブを行っていきながら時々ちょっと振り返って「あれは良くなかった、あれはああするべきだった」と感じ入り、目前に迫った演奏の機会でそれをすぐさま実践する。
成功して成長するも、失敗して次に活かすも、何にしてもその場所はあったし、何より人前で演奏して批評されたり評価されたり、そういう事で自分自身がそれを受けて前進している実感があった。
その実感が僕をがむしゃらに突き動かし続けた原動力の一つだったっていうのはあながち言い過ぎでもないだろう。

ここ最近は一時期と比べれば本当に人前で演奏する機会が減ったと思う。贅沢を言っている自覚はある。それでも月に一度や二度はライブハウスのステージに立っているし、先の予定も決まっている。けれども、その感覚が僕からすると随分と長くって、僕はもう本当にうずうずする時期を通り越して変に焦ってしまっている。それっていうのは、全く完全にクリエイティヴではない。

かつての自分と現在の自分が変化するのは当たり前で、その変化っていうものに自分は軽く戸惑っている。
バンドをやるっていう事は、人前に立つっていう事は兎に角続ける事に意味がある、だなんて決して思わない。
創造性や、自負が失われたら僕はきっとその時にこういう事をもう辞めるんじゃないだろうか、と思う。
そういった意味で今僕はアウトプットをしたいという欲求が物凄くあって、有り余っていて、それの放出が思うようにいかないのでこういう、ちょっとだけ持て余してしまっている状態になっているんだなと思っている。
僕の事だからそのうちこのペースにも慣れるし、僕のように音楽やステージに立つ事で生計を立てているわけではない人間の年齢の重ね方=生活とのバランスの取り方、としては僕は僕の年齢からすればバランスの取り易いスパンに移行している最中である。僕自身がペースさえ掴めば、変に息苦しくなる事もないだろう。
無力感に苛まれて変に高ぶってしまう事もなくなるだろうし、SNSに自意識を撒き散らす愚行も減るだろう。

一度一度の演奏を今までもそうしてきた、それ以上に大事にしていこう。
生活をしている人間が作るもの作りをしよう。今回こうして書いている僕の変化って、僕の本質それ自体には変化はきたさない類のものなのだから。


友人宅で読んだ同人誌。
胸が熱くなる内容だった。専ら、男として、表紙から察するだろうけれど下半身的ではない、決してない理由で。
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自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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