地下鉄鶴舞線にて。

病み上がりの体で、それでも休日を充実したものにしようとちょっと出掛けた。
帰路は地下鉄で。
下車しようとするとふとざわついた空気を感じて振り返ると、優先席の女性に目の前に立った男性が詰め寄っている。
女性は嫌そうに顔を背けている。イヤホンをしていたので聞き取れなかったが口は「何ですか」とか「やめてください」とかそういう言葉を発しているようだった。間に何人か降りようとする人がいたのでその隙間からしか彼らの様子は窺い知れなかったけれども、何だろうとイヤホンを外すと丁度女性に詰め寄っている男性が言葉を発するところだった。

「今度から俺みたいなおじさんが乗ってきたら席を譲れよ、いいな、譲れよ」

恫喝、である。
しかも根拠のない。その証拠に、その女性の隣にはたっぷり2人分は座れそうなスペースが空いていた。ひょっとしたら駅につくまでその優先席は空いていなかったのかもしれない。だとしても、である。僕の横は空いていたはずだ。
あらゆる可能性を考えてもその女性がそこまでその老人に恫喝されるいわれはないはずである。
席は、空いていたのだ。

そのまま下車する。なんてことはない、関わり合いたくなかったのだ。
降りて振り返ると老人も下車するところだった。その身なりのしっかりした老人は下車するとそのまま歩き出すでもなく、人を吐き出して、人を吸い込んで走り出さんとする車輌の中を窓越しにじっと見ている。その様は先程の女性に駄目押しで因縁をつけるようで、とてもとても静かだった。老人は地下鉄が発車するまでずっとそのままの姿勢で車輌の中に視線を注ぎ続けていた。僕は知っている。その視線は、先程座って顔を背けていた女性に注がれているであろう事を。
その視線を直視しなくて良かった、と思った。傍観者のままで良かった、と。

ひょっとするとその女性は物凄く無礼な言葉をその老人に吐いたのかもしれない。吐かなかったのかもしれない。
だけれども、状況的にどう考えても因縁をつけられるいわれのない女性に、必要以上の様子で恫喝する行為は妥当ではないと思われたし、その様子はとても正常なそれではなかった。

僕が今回書いておかねばならないのは優先席がどう使われるべきか、とか地下鉄内のマナーは、とか、年長者に対する敬意の向け方やその方向ではない。
あの老人は、僕の目からすればもう狂っていた。思索は目の前で起こった事態から乖離して、どんどん観念的なものになっていく。とかく、移動中なんかは。

狂気っていうのはふっと日常に湧いて出てきて、それは見るものを酷く悲しい気持ちにさせるという事。
そして当の本人はそれがきっと正常な事である、と思い込んでいるのであろうという事。
ではひょっとすると僕が日常的に感じる義憤や怒りっていうのも端から見れば狂っているのかもしれないな、とかそんなとりとめのない、思春期にでも考えそうな事をつらつらと考えた。
帰宅して、発注した工具や材料が届いているのを確認して、調子の悪かったベースギターの修理をした。完全に、修理は成功した。
つまり僕は、とっても精神的に余裕のある状態だったってわけ。



人間の躍動感を感じさせないトラックにノイズっていうのは実に興味深い。
人間味を感じさせないのだけれども、その分人間の内面に深く潜り込むような音楽である気がしている。
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自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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