考える事は未だに飽きない。

漠然と自分に自信がないのであれば、そんな時はどう足掻いたって自分に対して肯定的になれるわけなんてないのだから大人しく寝てしまうか、それとも発想を切り替えて自己肯定感を高めていく他ない。或いは「自信なんてなくたって良いのだ」と開き直るか、自信を持てるように尽力するか。
ああ、わりかし僕ぁ最後の二つである事が多いなあ。自信を持てるように不安な事象を潰していこうとする事は一見とても素晴らしい事のように思えるけれども、やりきった時に初めて素晴らしい事と出来るのであって、別の角度から自分を持ち上げようとする事とあまり変わりがないんじゃないかって、そんな風に思うんだ。

はい、ここまでとてもわかりづらいよね?
じゃあ例を挙げてわかりやすく書いてみる。
「僕は運動が出来ない」という事がコンプレックスであったとしよう。

1.「僕は運動が出来ない」→「寝よう」
2.「僕は運動が出来ない」→「でも勉強は出来る」
3.「僕は運動が出来ない」→「それでも死にゃあしない」
4.「僕は運動が出来ない」→「毎日ランニングやトレーニングをして運動神経を養おう」

最後のが一番健全のように思えるけれども、日々の鍛錬の結果何かしら成果を残したからそれは美しいのであって、さらにその先に

「僕は運動が出来ない」→「毎日ランニングやトレーニングをして運動神経を養おう」→「三日で飽きた」or「成果は出なかった」
となった場合、じゃあそれは実際素晴らしいのかと言われたら1,は睡眠時間を確保している分有益といえるし2.はそう思える発想自体が素晴らしく、そしてその得意分野を突き詰めた先に何か素晴らしい事があるかもしれない、3,はそこに至った瞬間にコンプレックスがコンプレックスでなくなっている=克服している、なので実は一番最強。

煩悶する事こそが美しいのであって、その先の過程こそがその人の生き方そのもので、そしてその結果は結果でしかないんじゃないかってそんな風にボーッと思った。いや特に何があったってわけじゃあないんだけどね。

2017_02_22_001
写真は、最近の僕。
何でこんなにスカしてるんだろう、と思う。
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自己紹介

舟橋孝裕

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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