反省会をした話

「ブログ読みましたよ」と連絡をくれる友人によって、ああ、意外にも俺のブログは人に読まれているのかもしれないな、と思う。
現実はいつだって曖昧模糊としていて、そうであるが故に想像する余白が僕達の想像力を刺激して、それで苦しくなる人もいるのかもしれない、と何となく思った。そういう人は、そういう発想で物事を捉えがちな人はきっと難儀だろうけれども、そういう発想を思考パターンを支持したい、と昔から思っている。きっと真面目な人達なのだろうと思うから。

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白線の内側の反省会兼忘年会兼飲み会だった。
下衆な話から表現に於けるお互いのスタンス、一緒に活動する上での潤滑剤になるような話まで随分と沢山語り合った。アルコール飲料がその燃料となった。理解出来ないけれども気は合う、そういう人間とこそバンド活動を重ねたいと思う。
同じタイミングで同じ事柄で悩む人間も気にはなるけれども、「え、そこなの」という箇所で悩みを抱く人間の方が一緒にいて人生が豊かになる。きっと相手もそうだろう。
相槌の「あ、そうなんだ」が多くなったと自覚出来る程に多くなった頃にそう思い至った。

この日記、途中まで書いたけど一部文章が消えたので怒りに駆られてる。

今夜も今夜とて焼酎ハイボールを飲みながらブログ更新。
今プシュッとやったところなのでしっかりと書けるはずだけれども、それでも最近飲み過ぎだよなあ。数年前の自分からしたら信じられない。煙草をやめた事で嗜好が変わるという話は聞いた事があるようなないような、だけれどもお酒が飲めるようになったというのは聞いた事がない。飲酒という行為とそれに対する耐性は気持ちの問題も大きく作用するそうだから、きっと僕は何か嗜好品がないといけないんだろうなあと思う。
まあ、程々にしよう。

昨夜は今池Tokuzoにて、鈴木実貴子ズのレコ発ツアーファイナルに白線の内側で出演。
レコーディングにも参加した縁でアンコール含め4曲、各務鉄平君(紙コップス)と一緒に鈴木実貴子ズ バンド編成にも参加した。一つ一つも濃いのに(薄い演奏体験ってあんまりないけれど)非常に盛り沢山で大変楽しかった。
有給休暇を取得(繁忙期だっていうのにありがてぇありがてぇ)してゆったりとお昼頃に起床、土曜日→日曜日→そして月曜日と続く三連休も今日でおしまいか、と若干の寂しさを感じながら朝食兼昼食の炊き込みご飯とおにぎりと納豆をモシャモシャと食べる。この時間が僕は嫌いではない。緊張が待ち構えているのに弛緩した、ゆったりとした時間だ。
近所の本屋に昨夜忘れた傘を取りに行き、親切な店員さんに頭を下げ帰宅の後入浴、あ、違った、正しくは起きてすぐに本屋さんに行ったんだった、その後朝食兼昼食を食べて入浴、髭も剃って体を念入りに洗って荷物の最終チェック。本日使うエフェクターとケーブル類の入れ忘れがないか、衣装は鞄に入れ忘れていないかを確認して一式を担いで近所のスタジオへ。
鈴木実貴子ズ バンド編成の最終練習である。
それまでに3回くらいスタジオに入っているので本番当日のこの日は1時間、最終確認をするための軽い練習。そして結構こういう時間が自分の本番当日の『具合』を知るのに最適な時間であったりする。『具合』とは単純に体調とかモチベーションとか(低い、ではなくて平常、興奮状態、過剰にやる気、とかそういう感じで分類出来る。やる気ないっていうのは、よっぽどないよ)そういうのである。
練習後、スタジオに自転車で乗り付けた4人でそのままTokuzoへ自転車移動。皆で自転車移動って、悪くない。

鈴木実貴子ズのリハーサルをつつがなく終え、ドキュメンツ(皆さんこのバンド知ってますか、もし知らないよって人がいたらすぐさまリンク先に飛びなさい、僕の日記はいつでも読めるけど良いバンドと出会う機会って一期一会だから。杉本君、あんたやっぱり凄えよ。昔やってたバンドも凄かったけど今の方が時間の流れとか人の歴史とか踏まえた上で言うと、尊いよ)のリハーサルを見て良い音に嫉妬をし、白線の内側のリハーサルに備える。
白線の内側での演奏については最近色々と挑戦をしていて、簡単に言えば「中音の音量を下げ」て「ベースギターの位置を若干高く」している。前者は鍵盤とドラムと一緒に情景を動かしていく演奏に貢献出来るし、後者は演奏の部分でダイナミクスや繊細なタッチ(我ながら俺が言うと気持ちが悪い)に貢献してくれる。
このバンドでの演奏は、現状自分が参加する演奏の中で一番頭と工夫を問われるけれども、その分面白い。

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鍵盤担当、いちろー君から貰った写真。
Tokuzoで最近導入されたというスモークマシン、リハーサルの時に「使ってみようか」と相成って写真の通りステージ上はスモーク立ち込める光景に。スモークマシンの出番はこの日で二回目だったそうなのだけれどもその貴重な機会を頂けて嬉しかったです。
白線の内側での演奏は自分が前線に立つべきなのかそれとも情景描写たる演奏に徹するべきなのか、自分の欲求としてもバンドの美しさとしてもまだ決めかねているのだけれども、その現状も含めて毎回面白い。経験上、トライアンドエラーのエラーの方が多い僕ではあるけれども、意欲的に色々試していきたいと思う。
白線の内側での演奏はこの日で演奏納め、4月に加入して以来バタバタと、それでも充実した活動を重ねてきたけれども、年内最後の演奏に対するお客さんの反応が良かったというのはやはり単純に、嬉しい。

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撮影:ヨシダユキ先生。
バンドでの演奏というのは曲の外側から補強するような演奏と内側で泳ぐような演奏がある(ひょっとしたら他の種類も)、と思っているのだけれどもこの日鈴木実貴子ズでした演奏はきっと後者で、それが鈴木実貴子ズの二人の意にすぐわなかったわけではない、とも勝手に思っている。他人行儀なアンサンブルを構築するには僕は二人と時間を重ね過ぎたし感情移入し過ぎているし、二人もきっとそういう発想をする人間だったら僕や各務君を呼ばなかったんじゃあないか、と思うからだ。
「鹿児島から出てきてすぐの頃に対バンして、こんな格好良い人がいるんだとライブを観に行ったら下半身全裸で。こんなに凄いギターを弾く人がいるんだとライブを観に行ったら全裸で」と僕と各務君を紹介してステージに呼び込んでくれた高橋君だったけれども、彼のこの話を耳にして僕の意識は一瞬、遥か昔、高橋君や実貴子さんに出会った頃に戻った。
あの頃があって今があって、そしてそれとは関係ない次元で今があるのだなあ。それぞれ時間を重ねた結果、今のこの演奏があるんだなあと思った。そして数秒後にはそれとは無関係に今この瞬間の演奏を心掛けた。大いに楽器を振り回し、広げ、千切り、押し出し、スッと馴染ませ、歪ませた。とてもとても面白い演奏だった。

終演後は大いに酔っ払い、そしてパスタやピザをかっ食らった。
Tokuzoでの正しい楽しみ方の一つ、だと思う。

いやもう正直酔っ払ってるけどさ、ブログは好き勝手書くぜよ。

岩下の新生姜スライスを肴にお茶割を飲みながらこれを書いている。

昨夜は今池HUCK FINNにて白線の内側のライブだった。かれこれ長い付き合いになる柴山社長(ONE BY ONE RECORDS)から「僕のレテパシーズがレコ発ツアーで名古屋に来るから舟橋、いっちょ演奏しないか」とお誘い頂いて、それならばと白線の内側でオファーをお受けした次第である。柴山社長、以前ある夜唐突に「白線の内側のライブ動画を観たんだけどこれ凄いね!」ってラインをくれて(どこまでも無邪気なあの人は結構そういう事をする。以前JONNYの新曲のデータを送ったら号泣しながら電話をかけてきたりした)、いつか遠くないうちに白線の内側のライブを披露したいなあと思っていたところだったので願ったり叶ったりであった。多分、これは推測だけど柴山社長は僕のレテパシーズのベーシスト 飯田君が、彼がSEBASTIAN Xをやっていた頃からJONNYのベーシストである僕と交流があるという事を踏まえて僕に声をかけてくれたと思うのだけど、そういうところを考えると過去から現在へ繋がっていて感慨深い夜であった。
柴山社長、誘ってくれて有難うございました。柴山社長に現在進行形を褒めて貰えるのは、これはもうシンプルに嬉しかったりします。

しかし会場入りしてエフェクターボードを組んでいる時に一瞬嫌な予感がしたんだよなあ。
そういう時っていうのは結構そんなネガティブな予感が的中するもので、案の定というか何というか、久しぶりに演奏中に音が出なくなった。パッチケーブルが抜けているとか電源が抜けているとか原因が視認出来るものならそうでもないのだけど、演奏中に慌てて確認したものの原因が特定出来ないまま復旧してしまったもんだから、リカバリー出来て音が出た瞬間の興奮もカタルシスも相応に感じたものの、その後も機材トラブルの動揺を引きずってしまって。そういう時のエフェクターボードというのは普段慣れ親しんだそれとは全く別の顔をしやがるのだ。「お前達俺の味方だっただろうがよ」と言いたくなる程空々しい顔をして僕の足元に君臨しやがる。
何が原因かわからない、という事はいつまた音が出なくなるかわからない可能性と闘わねばならないという事だ。
そうなってくるとエフェクターを踏む瞬間にエモーショナルな衝動や攻めの姿勢でストンピングする事は叶わず、何なら挑戦的な姿勢というのは当社比でいうところの40パーセントは失われる。音が出なくなるのってやっぱり最悪なんだよ、弾きたい時に音が出ないのって最高にもどかしいものね。
時間にして十数秒もかかっていなかっただろうけれども、あの無音の状態に恥ずかしながら相応に保守的な演奏に追い詰められてしまったのであった。
だがそんなものに敗北を喫するのは、これはもうシンプルに真っ平御免である。リカバリー後もどうにか自分のメンタルをひっくり返してやろうと挑戦をし続けて、最終的にはクリエイティビティを取り戻したものの、いやはや、機材トラブルもそうだしそれに影響受けた自分もそうだし影響受けて精度と切れ味が落ちた自分の演奏も悔いが残る。
どれだけお客さんに「良かった」と感想を貰えても(それは当たり前だけれども大変嬉しい事だ。励みになる。だけれどもそれとは全く別の次元の話として)壮絶に悔しい。「俺は何て価値がないんだ」とさえ思える。
理屈上は最新のライブが過去最高傑作であって然るべきなのに起きてしまった事象に影響をうけてあまつさえ未来にさえ影響を及ぼす事を許してしまうだなんて何て度し難い、自分はどれだけ低能なのだ、と思う。
だけれどもまあ、その日そのライブを終えて一度長い目で物事を考えるようになれば、あの瞬間と酷い後悔でさえも無駄ではなかったと思える。演奏の対価として何かを感じるっていうのは、例えそれがネガティヴなものであっても演奏をしたという実感、そして今後に繋がっていくという実感がある。

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僕のレテパシーズの飯田君の足元が大変勇ましかったので激写。
OD-3はかれこれ3台目だそうです。
BASS GUITARはBASSなれども決してBASEだけである必要はない。飯田君と話をしていると自分のそういう思いが間違っていないと再確認出来て嬉しかったです。
また一緒に演ろうよね。

「誰も触れたがらない そう雨に濡れた猫の死体のように」

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画像は10月22日(土)で吹上鑪ら場でご一緒したChileAkutaさん(パイプカツトマミヰズ 駒田君?違うよきっと違うよ!)。
リンク先のセッション動画をご覧頂ければおわかり頂けると思うがこまd、違ったChileAkutaさん、凄く良い。

というわけで白線の内側では久々の名古屋での演奏。
一組目でバキッと演奏してその後は楽しくやろうってな具合で瓶ビール片手に洒落こんでいたのだけれども(実際さんもChileAkutaさんもcamisole君も素晴らしいライブだった。舟橋は大いに感じ入ったものだ)、終演後にメンバーの様子を見ると何だか深刻な雰囲気。
舟橋は大いに酔っ払っていたのだけれどもそれに気づくくらいには理性が残っており、そして気がつけばアルコールもすっかり抜け真面目に話し込んでいた。演奏に対するメンバーの苦悩や憂鬱は言ってしまえばメンバーのもので僕のものではない、他人事だ。それぞれが最善を尽くして演奏に臨むという大前提がある以上、個人の姿勢についてはお前さんがどうにかしてくれよ、と思うタイプだ僕は、と自覚していたのだけれどもいやはや、どうしてどうして、舟橋もすっかりと感情移入してしまっていたのだね。
そりゃあそうだよな、バンドメンバーは身近な他人だけど赤の他人じゃあない。一緒に演奏するという事はそういう事じゃあない。
いやそれでもやっぱり僕にはどうしようもない範疇の話もあったりするのだけれど。しかしただ感情移入するだけではなく、それをきっかけに自分自身の演奏に対する指標というか、そもそも表現するとは何たるかみたいな思索に耽る事が出来たので良い材料を貰ったと思っている。
そうやってバンドは滋養を蓄えて次の演奏に向かって動き始める。それはノソノソとした動きだろうか?いや、きっと構成員それぞれが日々を重ねていく中で力をつけたり自信を失ったりして、それを重ねたりぶつけたり素知らぬ顔でスルーしたりでも基本的にはやっぱり演奏する以上ガッツリと組みあって演奏していく、それがきっとバンド演奏という事、バンドという営みなのだろう。

やっぱりバンド活動は面白えな、と思った夜だった。
同時に自分自身も力をつけねばならぬ、と思った夜でもあった。

地下室へ愛を込めて。

筋肉痛が酷い。
今日は偶然にも仕事が休みだというのに溜まった疲労にやられてしまって家から一歩も出ていない。つい先程ベッドから起きだして『Mr.タスク』(狂った男がセイウチ人間を作ろうとする映画である)を観ている。何という休日。夜にはスタジオ練習があるから、まあ、それまで家から出なくてもいっか!
それよりも今その気になった時にこの筋肉痛の原因、昨夜の扇町para-diceっでの演奏について振り返ろうと思う。

もう率直に言ってしまって扇町para-diceはバンド『白線の内側』にとってホームである。
白線の内側は名古屋在住の4人組で言ってしまえば名古屋のバンドなのだけれども、大阪の扇町para-diceがホームである。
勿論名古屋にも素晴らしいライブハウスは沢山あるし良くしてくれる人もいるのだけれども、出演の頻度で言えばここが一番高い。そしてpara-diceの何が凄いって出演回数を重ねる程に同時に実りある時間を重ねる事が出来る、という事。ライブハウスだもん、僕達も人間だししかも嗜好の違う4人が集まっているわけだから「今日の共演者は最高だぜ」というメンバーがいれば「よくわからなかった、好みじゃない」というメンバーもいて当然である。だがしかしpara-diceからの帰りの車中は「今日は良い日だったね」とか「あのバンドは素晴らしかったね」とか自然とそういう会話になる。勿論共演者が好みであろうとなかろうと僕達演奏者という生き物はやる事は変わらないし変わるべきではないのだろうけれども、同時に素晴らしい共演者にはあてられて奮起するのが僕達演奏者という生き物でもあるのだ。毎回「今日は良い演奏をした!」と思ってもその日の帰りには「悔しい、次こそは」と思える一夜を過ごす事が出来る。扇町para-diceはそういうライブハウスである。
で、そんな扇町para-diceのイベント「Bossa/Nova」vol.12にお呼ばれして出演してきたというわけ。
ここで恥ずかしい話を告白しておきたい。僕は昨夜終演までこのイベントが周年イベントだと思ってたのね。それくらい素晴らしい日だったから。いつどこでそういう誤認が生まれたのか僕自身定かじゃないけれど、それでもそう思い込んだまま終演を迎えるって僕がどれだけハッピー野郎なのか、という事とその夜がどれだけ良いイベントだったのか、って事の一つの証左になるのではなかろうか。

ジャカランタンとご一緒出来たのも大変嬉しかった。瀧井さん(ジャカランタンVo,Gtにしてpara-dice総帥)は以前PAをやって頂いて以来だけどゆっくりお話させて頂いて、途中から僕の思い出話みたいになってしまったけれど(笑)、そんな話でも缶ビール片手に穏やかに聞いて頂いて嬉しかった。
というかジャカランタンですよ。ああいうバンドが一組目っていうのはとんでもない。質実剛健っていうのはああいう事を言う。安井さんから「ジャカランタンを倒せ」と密命を受けた僕達なんだけれども、いやはや舟橋、ジャカランタンにライブを観て物凄く燃え上がった。

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この日の足元。
白線の内側での使用エフェクターは日によって(つまり気分によって)多少変更はあれども今や僕が参加するバンドの中で最大規模のものになってしまった。共演のORANGE STONES(昔々、para-diceがdiceだった頃にご一緒した記憶有)のギターさんに「こだわりの感じられる良いボードですね」って言われて内心ニヤニヤしていたら、その後当のご本人の足元がまたとんでもない規模感(しかもビンテージのビッグマフも積んでた)で愕然としたよね。ありゃあ好きじゃないと揃わない機材量だわ。
所詮楽器、道具は道具という思いこそあれど、今の僕が出したい音、したい演奏には不可欠なペダルばかりである。白線の内側はここでこれを踏むとかは決めていないけれども、ふとした瞬間に音の隙間に音を滲ませたり立体感を出したり奥へ引っ込めたり、と色々出来る事があるので演奏中は頭も感性も足元もフル回転である。
それにしてもサンズアンプver.2は良いなあ。これについてはまた後日ゆっくりと書きたい。

演奏後、この日出店されてた平田屋さんのフードを肴にガンガンと金麦を飲む。肴が大変旨いもんだから(結局全種類食らった)金麦も進む。
泥酔した。最前列で缶ビール片手に興奮する日が来るだなんて思いもしなかった。

帰りの車中、SAで食事をした以外の記憶がない。かしやま君の「着きましたよ」という声で目覚めると今池だった。
行きの運転、頑張って良かった。そういえばこの日は俺が人生で初、バンドの遠征で片道運転しきった日でもあったのだった。

自己紹介

Author:舟橋孝裕
愛知県在住、ベースギター奏者です。
・JONNY
・パイプカツトマミヰズ
・犬栓耳畜生
・白線の内側
 やサポートでベースを弾きます。

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